闇の街と奪われた光
公開 2026/03/25 13:12
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この星が生まれた時、すでに存在していた。星の中心地、誰も認識できない場所、そこには闇があった。表面に現れることのない闇は地上という名の自然が生まれてからも誰一人気づくことはなかった。しかし気づかないことを良いことに闇は少しずつ地下という空間を作り出し、その時をずっと待っていた。
そして長い眠りの中で地上での文明が発達し、多くの種族が生まれていた。しかし闇が何も思わないわけがなかった。溜まった闇は地下を覆い尽くして耐え切れなくなり、地上めがけて噴き出した。その揺れは最悪の大地震を起こし、地面が割れて地下が露わになるとともに、そこから這い上がってきた魔物達によって戦争が起こった。
しかし苦戦を強いられることはなく、噴き出した闇はすぐに収まって魔物の数も少なかった。代わりに自然が腐って再生できないような事態には陥っていたが、地下を封印することでその原因も止められた。封印は多くの種族の魔法を束ねて行われ、その当時では解くことが不可能な術となっていた。
しかしそれは単なる時間しのぎでしかなかった。地下と闇、それから魔物に関する伝承は語り継がれる中で、危険なものであるという認識は生まれていたが、少しずつ良くない方向へと傾き始めていた。封印を解くことはどんな罪でも裁くことの出来ない重罪だったが、それよりも地下への好奇心が一部の種族達を狂わせた。しかしその者達は封印の地に足を踏み入れることが出来なかった。魔法の罠による妨害ではなく、それは闇が必要としていないというものだった。闇が欲しがったのは好奇心ではなく、生きることを失って死のうとしている自殺者だった。
そしてとうとう見つけた。いや見つかってしまったというのが正しい。封印は強固なものだったが、流石に長い年月が経って綻びが生まれていた。闇は封印の地へ自殺者を招き入れて、綻びに触れさせて封印を破壊した。それと同時にその体は地下へと転落して暗闇に消えた。
地上に住む種族達は協力関係を結んで、地下から這い上がってくる魔物達を討伐していた。忌み嫌う者であっても同じ目的のためならばと苦渋の選択をした種族もいたが、さほど苦戦もなく順調に魔物の数は減ってきた。しかしある戦場にて魔物に囲まれた子供を発見した。魔物が出た区域には避難所が設けられて騎士達などによる誘導で逃げ遅れることはないのだが、たまに迷い込んでしまう者もいた。その類だろうと子供を助けようとした時、子供に見覚えがあった。それは行方不明扱いとなっていた子供だったが、すでに数年が経っており、その目は虚ろで生きているというにはあまりにもおかしい状態だった。しかし嫌な気配を感じるには遅く、助けようとした騎士は魔物に頭から食われた。その子供は姿こそ行方不明のままだったが、中身はすでに闇に染まって魔物達と変わらなかった。
再びの戦争は激化し、一度目の戦争では見られなかった魔物まで現れた。それに対抗しようとしたが、少しずつ魔物に押されてかなりの被害を受けた。このままでは闇に侵食されて魔物が蔓延る状態へと変わってしまうと危惧した者はある者の手を借りることにした。
それは地下の封印が解かれた頃、魔物が這い上がって現れる戦場とは別のところで研究者達は集められていた。表向きは魔物に襲われて怪我をした者の治療薬を開発するためだったが、その研究者の一部は地下への好奇心がやめられずにいた。そしてその研究者達は禁忌を犯して地下の入り口にやってきた。そこから調査を重ねる中で弱っていた魔物を捕獲し、遺伝子を採取しては治療と言いつつあらゆる種族の体に打ち込んだ。その変異を見てより強力なものを作ろうとして一人、また一人と研究者は減っていった。
訪ねたのはそういうことを犯した者達のことだった。実験の成果は見つからないように一部を除いて地下に突き落とした。残された成功作と呼ばれたものは戦争の道具として扱われた。魔物の勢いは落ちて活気が戻ってきたが、それを良しとしなかった者達による正当な主張により事実上実験は禁止された。しかし禁止されてなお、実験は繰り返されて失敗作は作られるたびにゴミのように地下へ捨てられた。それは実験に使用された種族のみならず、反発した研究者達も騙されて地下に突き落とされた。
地下に落ちれば最後、生きて帰ることは出来ない。そう語られていた。暗闇で何も見えない地下の最終地点には無数の棘で覆われた地面があり、突き刺さるしか落ちる勢いを止めることは出来なかった。研究者の男もまたその無数の棘の餌食となった。しかしその死体には少量の光が当たって影が出来ていた。本来地下は真っ暗で光が入る場所などなかった。しかし死体になり果てた男の影はひとりでに動き出して、無数の棘地帯から抜け出していた。
無数の棘地帯を抜けると真っ暗な道の中で何かの声が聞こえた。その声は大きくなって建物が見えてきた。それは地下に落とされた失敗作によって築かれた『闇の街』だった。影がその街に足を踏み入れるとそこの住民達は少々驚いたが、同じように落とされたのだろうと理解して受け入れてくれた。街の住民達の半分以上が記憶の欠如を訴えており、影の彼には記憶なんてものがなかった。それでも楽しそうに過ごしていたが、一つの違いで彼は嫌われた。それは地下の影響を受けたものは地上の光を受ける時、その体は消滅してしまう、という地下に落とされた者ならば同様だと思っていた。だが彼は地上の光に当たっても体が消滅することはなかった。それを知った住民達は彼を街から追い出し、代わりに無数の棘に刺さった死体を回収するように頼んだ。
「……こいつは違う。我らとは異なる」
「……」
「ならば死体の回収も容易だろう。すべては地上に……復讐をもたらすために」
闇の街の住民達は死体回収をした時だけ会話を許されて、期限に間に合わない時はいつも怪我をするほどボコボコにされていた。何のために必要な死体なのかわからないまま、無数の棘の近くで落ちてくるのを待っていた。
ある日、同じように待っていた彼のもとに一人の少女が落ちてきた。彼女は今までの中で裕福そうな格好をしていた。そのまま落ちて死体となり果てて回収する、そう思っていたが、彼の体は勝手に動いて少女の体が棘に刺さる前に助けてしまった。少女は地下への急速落下で気を失っていた。彼は一度、闇の街から離れた自宅のベッドに運んで見守っていた。
「……真っ黒な」
「起きたか……」
目覚めた少女は彼の声にびっくりして起き上がった体は近くにいた彼に激突した。
「いたた……あっ、ごめんなさい。そこにいるなんてわからなくて」
「そりゃ見えてねぇし、普通の反応だよ」
「でも……薄っすら」
「?」
「魔力……が教えてくれて」
「……お前、魔法が使えるのか?」
「うん……でも」
「でも?」
「名前……は、えっと……そう、サクラ。それから魔法は知っている……以外のこと思い出せない」
「そうか……普通だな」
「普通?」
「地下だと普通だよ。記憶喪失なんて」
「あなたも?」
「ああ、俺もだ」
少女はサクラと名乗り、少しばかり会話をしていたが、扉をドンドン叩く音が聞こえて彼が扉を開くと闇の住民の一人が訪ねてきた。
「死体はどうなった」
「……まだ回収」
「人族のにおいがする……それも、まだ生きている」
「それは」
「何故」
「……」
「この姿では地上の光に耐えられないと何度言ったらわかる。新鮮な死体に魂を移して地上に出る、我らの計画を邪魔する気か」
「俺は」
言おうとした時、その住民は手を上げて彼を叩きつけた。それを合図に離れていた住民達も出てきて彼をボコボコにした。立ち上がるのがやっとの彼を見て住民達は睨みつけていた。
「口答えは許さない。お前は従っていればいい」
「……」
彼は何も言えないまま住民達は姿を消して、家の中に入ると玄関の近くでサクラが立っていた。真っ黒な部屋でゆっくりと動きながらここまでやってきたが、少し痛そうにしていた。
「大丈夫? 凄い音がしたけど……ううん、大丈夫じゃない! 血の匂いがするから」
「怪我なんて自然に治る……」
心配させまいと彼はサクラから離れようと壁を伝いながら歩いていたが、体が思うように動かせずその場に座り込んで気を失った。サクラは少し驚きながら彼の手を見つけると握って、手から全身へと治療魔法を施した。傷はみるみるうちに消え去り、真っ黒な空間と同化していた。
彼が目を覚ました時、サクラは横で眠っていた。怪我は何事もなかったかのように消えて、体は軽くなっていた。膨大な魔力でも消費したのかと思ってサクラを抱えようとした時、彼女は目覚めた。彼の元気そうな姿を見て「よかった」と安心していた。
その日からサクラは少しずつ彼の姿を認識することが出来るようになり、見えないままぶつかるなんてことがなくなった。けれどサクラには不便すぎるほど暗く、光魔法が何故か使えない状態で照明すら作れなかった。それを知った彼は本来不要な照明をあっちこっちにつけて、暗さを少しでもなくすようにした。その過程でサクラは彼の顔を見た。影そのものである彼に顔はなく、黒いのっぺらぼうと変わらなかった。
それでもサクラは怖がる様子はなく、それどころか彼に名前をつけた。彼は今まで闇の街の住民達に“影”としか呼ばれていなかったから不便と感じることはなかった。しかしサクラは彼のことをどう呼んだらいいのかわからなくて、彼女が彼を呼ぶための名前が欲しいと言った。そして彼の名前は「クロ」となったが、その名前に彼は何故かしっくりきた。
サクラと暮らしていく中でも死体回収は続き、そのたびに「人族の処理はどうした?」と闇の街の住民達に尋ねられた。最初の頃は「殺していない」と言うと殴られたが、少しずつ気にしなくなったのか、そもそも聞いてこなくなった。けれど死体回収の役目から離れることはなく、無数の棘地帯に赴いては地上から降ってくる体が突き刺さるのを見ていた。
そしてもう一つ問題が起きていた。それはサクラが持つ魔法が少しずつ闇を纏い始めたことだった。地下に落ちてきた時点では何もなかったし、光魔法を除くその他の魔法については普通に扱うことが出来ていた。しかし地下にいる時間が長くなるたびに、その魔法には闇が纏い始めて、体を蝕んでいるのか彼女は苦しそうにしている姿が多く見られるようになった。彼には彼女を看病することしか出来ず、どうにかできないのか、と相談しに行った。そこは彼の家と闇の街の間にある古い屋敷だった。
「あら」
「ひさしぶり」
「……まぁ、来るのはわかっていたけどね」
「いつもの水晶か、ルカ」
彼の問いにルカと呼ばれた女性は頷いていた。ルカの体はスライムで出来ていて人の形を取って古びた服を着ていた。ルカもまた地上から落ちてきた際に記憶を失っているが、サクラのような記憶喪失まではいかず、少しの記憶を保持していた。しかし代わりに地上で暮らしていた頃の姿を失い、スライム体になっていた。
「そういえば、最近……クロって呼ばれているらしいね」
「……なんで知っている」
「だって、この前、サクラちゃんだっけ? その子と話したから」
「……」
「ある程度、自由にさせているんでしょ? でも闇の街の方には行かないように」
「それは言ってあるから」
「……大丈夫かしら」
「ならサクラのこともわかるな」
「何?」
「同じ……魔法を使うことが出来るルカならサクラを助けられないか?」
「それは無理」
「なんでだ!」
「……代償だからよ」
「どういうことだ」
「そのままの意味。地下から落ちてきた者の代償……それもまだ払い続けている状態」
「は? 記憶は失われて何も思い出せないって」
「サクラちゃんの場合はその代償が重すぎるのよ。このまま魔法のすべてが闇を纏って闇魔法に変わってしまったら、彼女の人格は失われてしまうわ」
「……なくなったら」
「考えたくないけど、古びた本に書かれていた『戦争の道具』と変わらないでしょうね」
「何も出来ないのか」
「……出来ないこともないわよ。でもそのためにはサクラちゃんの意思が必要ね」
「どうしたらいい」
「そうね……」とルカは言いながら彼にある一冊の本を渡した。その本にはこの星が生まれて一度目の戦争と地下の闇、魔物に関する話が書かれていた。そしてその本のページをめくる彼の耳元でルカは何かを呟いていた。その言葉に彼は動揺することはなく、本は閉じられてルカにお礼をして家に戻っていった。
「礼なんて……」
そう言いながら背後に迫る闇の街の住民達の気配を感じて、深いため息をして「仕方ないなぁ」と呟いていた。
家に戻ってきたクロを出迎えてくれたサクラは少し咳をしていた。体には深い闇が纏って本当はつらいのに立っていた。ふらつく彼女の体を引き寄せて抱きしめる彼に驚いていたが、力なくそのまま崩れ落ちていた。もらってきた本を床に落としてそのページが開こうとも、彼はしゃがみ込みながら彼女の闇が少しでも収まるように待っていた。
「クロ……苦しい」
「……」
「苦しい……息が」
しかし強く抱きしめていたせいで、サクラの息が持たなくなってちょっと離れたいと思ったが、クロの力が強すぎるのと彼が気づいていないので彼女はそのまま意識を失ってしまった。気づいたのは少し経ってからで彼は急いでベッドまで運んで、手を握り続けていた。それから彼女は目を覚ましたが、すぐに彼を認識することが出来ずに頭を上げてぶつかっていた。
「……ごめん」
「……ううん。大丈夫……だから」
「話したいことがある」
「?」
「ひとまずこの本を読んでくれ」
そう言って床に落とした本を拾って持ってきたクロはサクラにその本を渡した。ゆっくりとページを開きながら読めないところは彼が教えてくれた。しかし彼は一度、ルカのところで読んでいたこともあって、集中して読み続ける彼女から少し離れていた。読み終わると彼女は少し黙っていたが、「悪い人じゃなかったんだ……」と小さく呟いていた。
「その本には」
「……みんなを助けなきゃ」
「?」
「騙される前に……実験の被害者になる前に」
「は? そんなこと書いてあったか?」
「……最後の方に書いてあったよ。クロは一回読んだからって無視した後に、気になってすべてのページを見た」
「それで皆を」
「うん……地下と地上の種族達を助けて、魔物と実験の加害者を殺さなきゃ」
「……サクラ」
「やっぱり無理かな」
「いや、俺はそういうことになると思っていなかった。ただ地上に行こうと提案したかっただけで」
「え?」
「サクラの纏っている闇は地下にいる限り受け続ける。だから地上にいけば……」
しかしクロは言葉を詰まらせた。あの時ルカは耳元で「地上なら代償を抑えられるけど、完全に消えることはない」と言った。それが本当かどうかも分からない状態で、彼はそう言いながら彼女を失う恐怖を感じていた。
「そうだったの? じゃあ、行こうよ! クロも一緒にいてくれる……」
サクラは少し苦しそうにクロを見ていた。体はもう痛みで耐えきれないのかもしれない。彼はそう思って彼女を抱えて家の外に出た。すると闇の街の住民達が集まってきて彼女を殺そうと襲いかかってきた。
「地上に行くだと! 絶対に許さない」
「……話は聞いたぞ! 人族も殺せずに逃がすか」
「まだ我らの計画は終わっていない!」
クロに対して吐かれる暴言の数は人知れず、サクラを殺そうと背後から武器を振り下ろしたが、二人の周りには結界が張られていて弾かれた。
「……必ず皆を助けますから……だから」
サクラは闇の街の住民達の方を向いてそう言った。その姿を見た闇の街の住民達の一人が「……まさか」と呟き、それに反応したその他の者達も攻撃をやめた。突然の行動にクロは何が起きたのか分からなかったが、転移魔法は紡がれてそれが発動して地上へと着いた。一瞬の出来事だったが、地上の光を浴びても消滅の危険性はなく、またサクラの体に纏っていた闇が少しだったが収まっていた。
この星が生まれた時、すでに存在していた。星の中心地、誰も認識できない場所、そこには闇があった。表面に現れることのない闇は地上という名の自然が生まれてからも誰一人気づくことはなかった。しかし気づかないことを良いことに闇は少しずつ地下という空間を作り出し、その時をずっと待っていた。
そして長い眠りの中で地上での文明が発達し、多くの種族が生まれていた。しかし闇が何も思わないわけがなかった。溜まった闇は地下を覆い尽くして耐え切れなくなり、地上めがけて噴き出した。その揺れは最悪の大地震を起こし、地面が割れて地下が露わになるとともに、そこから這い上がってきた魔物達によって戦争が起こった。
しかし苦戦を強いられることはなく、噴き出した闇はすぐに収まって魔物の数も少なかった。代わりに自然が腐って再生できないような事態には陥っていたが、地下を封印することでその原因も止められた。封印は多くの種族の魔法を束ねて行われ、その当時では解くことが不可能な術となっていた。
しかしそれは単なる時間しのぎでしかなかった。地下と闇、それから魔物に関する伝承は語り継がれる中で、危険なものであるという認識は生まれていたが、少しずつ良くない方向へと傾き始めていた。封印を解くことはどんな罪でも裁くことの出来ない重罪だったが、それよりも地下への好奇心が一部の種族達を狂わせた。しかしその者達は封印の地に足を踏み入れることが出来なかった。魔法の罠による妨害ではなく、それは闇が必要としていないというものだった。闇が欲しがったのは好奇心ではなく、生きることを失って死のうとしている自殺者だった。
そしてとうとう見つけた。いや見つかってしまったというのが正しい。封印は強固なものだったが、流石に長い年月が経って綻びが生まれていた。闇は封印の地へ自殺者を招き入れて、綻びに触れさせて封印を破壊した。それと同時にその体は地下へと転落して暗闇に消えた。
地上に住む種族達は協力関係を結んで、地下から這い上がってくる魔物達を討伐していた。忌み嫌う者であっても同じ目的のためならばと苦渋の選択をした種族もいたが、さほど苦戦もなく順調に魔物の数は減ってきた。しかしある戦場にて魔物に囲まれた子供を発見した。魔物が出た区域には避難所が設けられて騎士達などによる誘導で逃げ遅れることはないのだが、たまに迷い込んでしまう者もいた。その類だろうと子供を助けようとした時、子供に見覚えがあった。それは行方不明扱いとなっていた子供だったが、すでに数年が経っており、その目は虚ろで生きているというにはあまりにもおかしい状態だった。しかし嫌な気配を感じるには遅く、助けようとした騎士は魔物に頭から食われた。その子供は姿こそ行方不明のままだったが、中身はすでに闇に染まって魔物達と変わらなかった。
再びの戦争は激化し、一度目の戦争では見られなかった魔物まで現れた。それに対抗しようとしたが、少しずつ魔物に押されてかなりの被害を受けた。このままでは闇に侵食されて魔物が蔓延る状態へと変わってしまうと危惧した者はある者の手を借りることにした。
それは地下の封印が解かれた頃、魔物が這い上がって現れる戦場とは別のところで研究者達は集められていた。表向きは魔物に襲われて怪我をした者の治療薬を開発するためだったが、その研究者の一部は地下への好奇心がやめられずにいた。そしてその研究者達は禁忌を犯して地下の入り口にやってきた。そこから調査を重ねる中で弱っていた魔物を捕獲し、遺伝子を採取しては治療と言いつつあらゆる種族の体に打ち込んだ。その変異を見てより強力なものを作ろうとして一人、また一人と研究者は減っていった。
訪ねたのはそういうことを犯した者達のことだった。実験の成果は見つからないように一部を除いて地下に突き落とした。残された成功作と呼ばれたものは戦争の道具として扱われた。魔物の勢いは落ちて活気が戻ってきたが、それを良しとしなかった者達による正当な主張により事実上実験は禁止された。しかし禁止されてなお、実験は繰り返されて失敗作は作られるたびにゴミのように地下へ捨てられた。それは実験に使用された種族のみならず、反発した研究者達も騙されて地下に突き落とされた。
地下に落ちれば最後、生きて帰ることは出来ない。そう語られていた。暗闇で何も見えない地下の最終地点には無数の棘で覆われた地面があり、突き刺さるしか落ちる勢いを止めることは出来なかった。研究者の男もまたその無数の棘の餌食となった。しかしその死体には少量の光が当たって影が出来ていた。本来地下は真っ暗で光が入る場所などなかった。しかし死体になり果てた男の影はひとりでに動き出して、無数の棘地帯から抜け出していた。
無数の棘地帯を抜けると真っ暗な道の中で何かの声が聞こえた。その声は大きくなって建物が見えてきた。それは地下に落とされた失敗作によって築かれた『闇の街』だった。影がその街に足を踏み入れるとそこの住民達は少々驚いたが、同じように落とされたのだろうと理解して受け入れてくれた。街の住民達の半分以上が記憶の欠如を訴えており、影の彼には記憶なんてものがなかった。それでも楽しそうに過ごしていたが、一つの違いで彼は嫌われた。それは地下の影響を受けたものは地上の光を受ける時、その体は消滅してしまう、という地下に落とされた者ならば同様だと思っていた。だが彼は地上の光に当たっても体が消滅することはなかった。それを知った住民達は彼を街から追い出し、代わりに無数の棘に刺さった死体を回収するように頼んだ。
「……こいつは違う。我らとは異なる」
「……」
「ならば死体の回収も容易だろう。すべては地上に……復讐をもたらすために」
闇の街の住民達は死体回収をした時だけ会話を許されて、期限に間に合わない時はいつも怪我をするほどボコボコにされていた。何のために必要な死体なのかわからないまま、無数の棘の近くで落ちてくるのを待っていた。
ある日、同じように待っていた彼のもとに一人の少女が落ちてきた。彼女は今までの中で裕福そうな格好をしていた。そのまま落ちて死体となり果てて回収する、そう思っていたが、彼の体は勝手に動いて少女の体が棘に刺さる前に助けてしまった。少女は地下への急速落下で気を失っていた。彼は一度、闇の街から離れた自宅のベッドに運んで見守っていた。
「……真っ黒な」
「起きたか……」
目覚めた少女は彼の声にびっくりして起き上がった体は近くにいた彼に激突した。
「いたた……あっ、ごめんなさい。そこにいるなんてわからなくて」
「そりゃ見えてねぇし、普通の反応だよ」
「でも……薄っすら」
「?」
「魔力……が教えてくれて」
「……お前、魔法が使えるのか?」
「うん……でも」
「でも?」
「名前……は、えっと……そう、サクラ。それから魔法は知っている……以外のこと思い出せない」
「そうか……普通だな」
「普通?」
「地下だと普通だよ。記憶喪失なんて」
「あなたも?」
「ああ、俺もだ」
少女はサクラと名乗り、少しばかり会話をしていたが、扉をドンドン叩く音が聞こえて彼が扉を開くと闇の住民の一人が訪ねてきた。
「死体はどうなった」
「……まだ回収」
「人族のにおいがする……それも、まだ生きている」
「それは」
「何故」
「……」
「この姿では地上の光に耐えられないと何度言ったらわかる。新鮮な死体に魂を移して地上に出る、我らの計画を邪魔する気か」
「俺は」
言おうとした時、その住民は手を上げて彼を叩きつけた。それを合図に離れていた住民達も出てきて彼をボコボコにした。立ち上がるのがやっとの彼を見て住民達は睨みつけていた。
「口答えは許さない。お前は従っていればいい」
「……」
彼は何も言えないまま住民達は姿を消して、家の中に入ると玄関の近くでサクラが立っていた。真っ黒な部屋でゆっくりと動きながらここまでやってきたが、少し痛そうにしていた。
「大丈夫? 凄い音がしたけど……ううん、大丈夫じゃない! 血の匂いがするから」
「怪我なんて自然に治る……」
心配させまいと彼はサクラから離れようと壁を伝いながら歩いていたが、体が思うように動かせずその場に座り込んで気を失った。サクラは少し驚きながら彼の手を見つけると握って、手から全身へと治療魔法を施した。傷はみるみるうちに消え去り、真っ黒な空間と同化していた。
彼が目を覚ました時、サクラは横で眠っていた。怪我は何事もなかったかのように消えて、体は軽くなっていた。膨大な魔力でも消費したのかと思ってサクラを抱えようとした時、彼女は目覚めた。彼の元気そうな姿を見て「よかった」と安心していた。
その日からサクラは少しずつ彼の姿を認識することが出来るようになり、見えないままぶつかるなんてことがなくなった。けれどサクラには不便すぎるほど暗く、光魔法が何故か使えない状態で照明すら作れなかった。それを知った彼は本来不要な照明をあっちこっちにつけて、暗さを少しでもなくすようにした。その過程でサクラは彼の顔を見た。影そのものである彼に顔はなく、黒いのっぺらぼうと変わらなかった。
それでもサクラは怖がる様子はなく、それどころか彼に名前をつけた。彼は今まで闇の街の住民達に“影”としか呼ばれていなかったから不便と感じることはなかった。しかしサクラは彼のことをどう呼んだらいいのかわからなくて、彼女が彼を呼ぶための名前が欲しいと言った。そして彼の名前は「クロ」となったが、その名前に彼は何故かしっくりきた。
サクラと暮らしていく中でも死体回収は続き、そのたびに「人族の処理はどうした?」と闇の街の住民達に尋ねられた。最初の頃は「殺していない」と言うと殴られたが、少しずつ気にしなくなったのか、そもそも聞いてこなくなった。けれど死体回収の役目から離れることはなく、無数の棘地帯に赴いては地上から降ってくる体が突き刺さるのを見ていた。
そしてもう一つ問題が起きていた。それはサクラが持つ魔法が少しずつ闇を纏い始めたことだった。地下に落ちてきた時点では何もなかったし、光魔法を除くその他の魔法については普通に扱うことが出来ていた。しかし地下にいる時間が長くなるたびに、その魔法には闇が纏い始めて、体を蝕んでいるのか彼女は苦しそうにしている姿が多く見られるようになった。彼には彼女を看病することしか出来ず、どうにかできないのか、と相談しに行った。そこは彼の家と闇の街の間にある古い屋敷だった。
「あら」
「ひさしぶり」
「……まぁ、来るのはわかっていたけどね」
「いつもの水晶か、ルカ」
彼の問いにルカと呼ばれた女性は頷いていた。ルカの体はスライムで出来ていて人の形を取って古びた服を着ていた。ルカもまた地上から落ちてきた際に記憶を失っているが、サクラのような記憶喪失まではいかず、少しの記憶を保持していた。しかし代わりに地上で暮らしていた頃の姿を失い、スライム体になっていた。
「そういえば、最近……クロって呼ばれているらしいね」
「……なんで知っている」
「だって、この前、サクラちゃんだっけ? その子と話したから」
「……」
「ある程度、自由にさせているんでしょ? でも闇の街の方には行かないように」
「それは言ってあるから」
「……大丈夫かしら」
「ならサクラのこともわかるな」
「何?」
「同じ……魔法を使うことが出来るルカならサクラを助けられないか?」
「それは無理」
「なんでだ!」
「……代償だからよ」
「どういうことだ」
「そのままの意味。地下から落ちてきた者の代償……それもまだ払い続けている状態」
「は? 記憶は失われて何も思い出せないって」
「サクラちゃんの場合はその代償が重すぎるのよ。このまま魔法のすべてが闇を纏って闇魔法に変わってしまったら、彼女の人格は失われてしまうわ」
「……なくなったら」
「考えたくないけど、古びた本に書かれていた『戦争の道具』と変わらないでしょうね」
「何も出来ないのか」
「……出来ないこともないわよ。でもそのためにはサクラちゃんの意思が必要ね」
「どうしたらいい」
「そうね……」とルカは言いながら彼にある一冊の本を渡した。その本にはこの星が生まれて一度目の戦争と地下の闇、魔物に関する話が書かれていた。そしてその本のページをめくる彼の耳元でルカは何かを呟いていた。その言葉に彼は動揺することはなく、本は閉じられてルカにお礼をして家に戻っていった。
「礼なんて……」
そう言いながら背後に迫る闇の街の住民達の気配を感じて、深いため息をして「仕方ないなぁ」と呟いていた。
家に戻ってきたクロを出迎えてくれたサクラは少し咳をしていた。体には深い闇が纏って本当はつらいのに立っていた。ふらつく彼女の体を引き寄せて抱きしめる彼に驚いていたが、力なくそのまま崩れ落ちていた。もらってきた本を床に落としてそのページが開こうとも、彼はしゃがみ込みながら彼女の闇が少しでも収まるように待っていた。
「クロ……苦しい」
「……」
「苦しい……息が」
しかし強く抱きしめていたせいで、サクラの息が持たなくなってちょっと離れたいと思ったが、クロの力が強すぎるのと彼が気づいていないので彼女はそのまま意識を失ってしまった。気づいたのは少し経ってからで彼は急いでベッドまで運んで、手を握り続けていた。それから彼女は目を覚ましたが、すぐに彼を認識することが出来ずに頭を上げてぶつかっていた。
「……ごめん」
「……ううん。大丈夫……だから」
「話したいことがある」
「?」
「ひとまずこの本を読んでくれ」
そう言って床に落とした本を拾って持ってきたクロはサクラにその本を渡した。ゆっくりとページを開きながら読めないところは彼が教えてくれた。しかし彼は一度、ルカのところで読んでいたこともあって、集中して読み続ける彼女から少し離れていた。読み終わると彼女は少し黙っていたが、「悪い人じゃなかったんだ……」と小さく呟いていた。
「その本には」
「……みんなを助けなきゃ」
「?」
「騙される前に……実験の被害者になる前に」
「は? そんなこと書いてあったか?」
「……最後の方に書いてあったよ。クロは一回読んだからって無視した後に、気になってすべてのページを見た」
「それで皆を」
「うん……地下と地上の種族達を助けて、魔物と実験の加害者を殺さなきゃ」
「……サクラ」
「やっぱり無理かな」
「いや、俺はそういうことになると思っていなかった。ただ地上に行こうと提案したかっただけで」
「え?」
「サクラの纏っている闇は地下にいる限り受け続ける。だから地上にいけば……」
しかしクロは言葉を詰まらせた。あの時ルカは耳元で「地上なら代償を抑えられるけど、完全に消えることはない」と言った。それが本当かどうかも分からない状態で、彼はそう言いながら彼女を失う恐怖を感じていた。
「そうだったの? じゃあ、行こうよ! クロも一緒にいてくれる……」
サクラは少し苦しそうにクロを見ていた。体はもう痛みで耐えきれないのかもしれない。彼はそう思って彼女を抱えて家の外に出た。すると闇の街の住民達が集まってきて彼女を殺そうと襲いかかってきた。
「地上に行くだと! 絶対に許さない」
「……話は聞いたぞ! 人族も殺せずに逃がすか」
「まだ我らの計画は終わっていない!」
クロに対して吐かれる暴言の数は人知れず、サクラを殺そうと背後から武器を振り下ろしたが、二人の周りには結界が張られていて弾かれた。
「……必ず皆を助けますから……だから」
サクラは闇の街の住民達の方を向いてそう言った。その姿を見た闇の街の住民達の一人が「……まさか」と呟き、それに反応したその他の者達も攻撃をやめた。突然の行動にクロは何が起きたのか分からなかったが、転移魔法は紡がれてそれが発動して地上へと着いた。一瞬の出来事だったが、地上の光を浴びても消滅の危険性はなく、またサクラの体に纏っていた闇が少しだったが収まっていた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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