闇堕ちの能力者 第四章 亡くした心は蝶の夢を見る(2/3)
公開 2026/01/22 14:07
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(空白)

 次の日、セオンはとある建物の屋上でマスターからもらった小さな蝶のブローチを見ていた。もらった時よりも藍色の深い青が暗く沈み、青というより黒に近くなっていた。「何かを暗示しているのか?」と呟いていると、突然電話がかかってきて、また怒られるか、と思いながら相手の名前を見ると、それは彩雲(さいうん)ランデだった。
「もしもし……俺に電話をかけるなんて珍しいですね」
『コタラを知らないか?』
「いつも通りなら役所にいるのでは?」
『……セオンが知らないなんて』
「何が?」
『役所……今、立入禁止になってんだよ』
「え? そんな話」
『やっぱり情報が消されている。セオン、今から会えるか?』
「もちろん。待ち合わせは……」
 そう言いながら小さな蝶のブローチをポケットに忍ばせて、待ち合わせ場所を告げて一度電話を切った。すぐにその場所に向かうと思いきや、役所の方へ『転移』した。そこはランデが言っていたように立入禁止の黄色いテープが張られており、たくさんのパトカーが止まっていた。「何が起きている?」と疑問にもちつつ、その足は役所の方に進めなかった。立入禁止になっているからではない。何か良くないものを感じ取ったからだった。

 待ち合わせ場所に着く前にランデと合流し、近くの路地裏でコタラがいないと知ったきっかけを話してくれた。
「今日、病院から電話があって……予約なんてしてませんよ、と言ったらコタラの話になって。どうやら不眠症? それに近い症状になっていたらしく、その治療と薬をもらうために予約していたが、時間になっても来ない。それで連絡先として何故か俺の電話番号が書かれていて……もし見つけたら言っといてくださいって頼まれたから、コタラに電話したが繋がらない。不審に思って役所に行ったら、立入禁止になっていてさ」
「それで俺に電話をかけたと」
「セオンなら何か知っているかもしれないと思って」
「……さっき電話で情報が消されているって言ってましたけど」
「あー、それはなんとなくで」
「そうですか。でもそんな気がします。本来、事件なんか起きたら俺じゃなくても別の情報屋が気づくはず……それなのに誰も気づかないなんておかしい」
「『記憶を消去する能力』……?」
「おそらく、リイノさんから聞いた話の中にそのような人物はいましたから」
「じゃあ……コタラは」
「その連中に連れて行かれた可能性があります。ただ目星はついていて」
「誰なんだ!」
「いきなり大声出さないでください。ランデさんはご存知ないかもしれませんが、闇市の生き残りの可能性があって」
「闇市……ああ、この前ギボシが言っていたやつらか。でも壊滅状態にしたんだろう?」
「いえ、完全には」
「……そいつらがコタラを」
「はい。それに急がないといけないかもしれない」
 セオンは言いながらポケットに入れていた小さな蝶のブローチを手に取った。ランでは不思議そうに見ていたが、その輝きはすでに失われていた。
「そうだったんですね」
「……」
「これをもらったのが数日前で、その時すでに彼は行方不明になっていた。けれど誰も気づけなかった。この蝶のブローチ以外は」
「路地裏だからよく見えないのか?」
「いえ、電話がかかってくる前からこの状態で、数日前ならまだ藍色の深い青が見えていた」
「早く、倒しに」
「……役所に行ってから……確認したいことが」
「確認? なんだよ」
「あの……あの子はどこに?」
「それは見てないな。でもなんで? 別に気にする必要」
「『亡心』の能力が暴走状態に陥ったらどうなるか? ランデさんは知っているはず」
「……まさか」
「無理やり能力を引き出されて、『式神システム』なしで能力を使えばどうなるか」
「大量虐殺か」
「遭ってほしくないですが」
 嫌な予感を的中させたくはないが、セオンはランデを連れて役所まで飛び、大勢の警察官からバレないように潜入して確認したが、そこにはやはり『式神システム』が置き去りにされていた。それを抱えて少し止まっていたが、ランデが「急げ」と言ってセオンは飛んでいた意識を取り戻して役所を出た。
「次はどこに行く?」
「一度、ミヒシさんのところに……希望は薄いけど、ミヒシさんのことだから二人を泊めているかも」
「二人って?」
「ソルヒとリイノさん。退院祝いも兼ねてミヒシさんのところで夕食取ったらって提案したから」
「なるほど……じゃあ、行こうぜ」
 そう言って向かう途中、ランデは何かの気配を感じて後ろを振り返った。すると少し遠くに見知った顔があったが、その姿は暗く沈んだおぞましいものへと変わっていた。セオンも気づいたが遅く、その声は心臓を苦しめていた。
「これは……馬鹿だな」
「……ランデさん」
「一応、止めたことはあるんだぜ。コタラの暴走状態……だからさ。早くそいつを連れて」
 セオンはコタラの暴走状態を見たことがなかった。資料でしか過去の出来事を知らず、今ある状況を理解する脳は停止していた。止めたことなんてそれすらも嘘かもしれない。けれど何が起こるかわからない状態で、ランデはコタラの前に立っていた。虚ろな目がランデを映してその暴走は少しだけ収まったが、コタラの周りにはたくさんの死体が溢れていた。
「行け! セオン」
 ランデが叫び、セオンの体を押し飛ばした。すると無意識の中で『転移』が発動していなくなった。いなくなったことを確認すると一息ついて、コタラに言った。
「また自分で止められなくなったのか? 止める手伝いならしてやるよ」


 夜も遅いから、とミヒシに言われて泊まることになったソルヒとリイノは畳の部屋を借りて布団を敷いて眠っていた。しかしまだ夜だというのに目が覚めたリイノは壁に手を置きながら月の光を頼りに歩いていた。転びそうになりながらも店の扉に手をかけると、鍵はかかっていなくて開いた。雪が降るような寒さは少しだけ緩和されていても、寒いのには変わりはない。ひんやりとした風がリイノの体を包み込み、残っていたあったかさをかき消した。しかしその扉は閉めずにむしろ外に出て、近くにあったベンチに座った。
「……どうして外に?」
「蛇達が外を気にして……ってあなたなら知っているでしょ」
「まぁ、知ってますね」
「でも教えてはくれない……わかっている」
「……ヒントなら……あまり干渉は許されていませんけど、流石に誰も気づかないのはおかしすぎるので」
「え? 気づかないって何?」
「同じ目に遭ったあなたなら“記憶”と聞いたらわかるはず」
「……もしかして消された」
「はい。僕もさっき……ちゃんと記録されているか確認するために本を開いていたらページが増えてて……これはかなり」
「酷いことになっている」
「あっ、えっと……肯定も否定も僕には出来ないけど」
「恐ろしいことが起きているんだね」とリイノは問うが、碧海(へきかい)ツクシは何はそれ以上何も言わなかった。しかしツクシの瞳には月の光に照らされる蝶の形をした霊が見えていた。

 寒空の下にいるわけにもいかず、リイノが店に戻って畳の部屋の布団に潜り込んだ後、何事もなく眠りにつくとそのまま朝になった。おいしそうな匂いに目が覚めてゆっくりと立ち上がって、においの方に行くとミヒシが厨房で朝ご飯を作っていた。しかしそれでもソルヒは起きる様子がなく、朝ご飯を作り切ったミヒシが叩き起こしていた。
「あー……まだ寝ていたい」
「十分寝ただろうが。リイノさんは眠れた?」
「はい……」
「慣れない環境だと眠れないと聞くし、あまり無理しないでね」
「大丈夫です」
「そうかい。朝ご飯作ったから……と言っても昨日の残りが大半だが」
「でもこのパンは」
「自家製だよ。まぁ失敗作だから本当は自分で食べるようだったんだけどね」
「えっ、こんなにふわふわでおいしいのに!?」
「味は変わらなくても、形が良くないと出せないからね」と言ってミヒシは笑っていた。そうなんだ、とリイノは思いながら食べていたが、一緒にご飯を食べていた二匹の蛇が同時に扉の方を向いていた。次の瞬間、何かが扉に当たる大きな音がして、リイノがびっくりしているのを聞いて、扉を見続ける黒い蛇は「シャー」と怒っていた。そのせいで『破壊』の力は強くなり、持っていたフォークが曲がるよりも先に壊れてしまった。
 その音がなくなって静かになり、ミヒシが扉に近づいておそるおそる開けてみると、セオンが気絶した状態で倒れていた。ソルヒの手を借りて二人でセオンを運び込み、寝かせた。ミヒシは包帯などの救急箱を取りに行って、ソルヒはセオンのそばにいた。すると意識を取り戻して目覚めて起き上がった。
「痛った……あれ?」
「大丈夫か?」
「……よかった、辿り着けた……」
「辿り着けたって……何があった?」
「『亡心』が暴走している。そして数日間の記憶が消された」
「消された? それに能力制御出来ていたんじゃ」
「……リイノさんはどこに?」
「リイノなら『破壊』を収めているところだけど……大きな扉の音にびっくりしたリイノに反応して黒い蛇の『破壊』が強くなって、今それをなだめている」
「それはごめん」
「で、なんでリイノを」
「暴走を止めるには『封印』しかないと思って……早く、ランデさんを助けないと」
「一緒にいたのか」
「コタラさんが行方不明になったのを教えてくれたのがランデさん。それで見つけたんだけど、すでに暴走状態で……それを止めようとランデさんが俺を逃がして」
「……だからリイノを差し出せと」
「危険な目に遭わせたくないのはわかっている。だけど誰も死なせたくないんだよ!」
「……」
「大変なことになっているのか」
「ミヒシさん」
「そのぬいぐるみがここにあるということは……」
「はい。俺は資料でしか知らなかったんですけど……今回で二度目なんですね」
「……あれは街開発の時、伝統を守っていた村と反発しあっていた。とある人は『悪夢に苦しむ者を解放して幸せな夢へと変える』という不思議な力を持っていた。それは《呪われた血》以前から存在していた能力で、その村の一つの家で引き継がれていたものだった。コタラはその当時『亡心』を使ったことがなかった。厳密にいうと《呪われた血》を打って暴走しかけた時からずっと使っていなかった。それで能力の制御なんてどうやればいいかわからず、悪い方へと考える頭は悪夢を生み出してしまった。だからその人の不思議な力で助けてもらっていた」
「だけど上手くは行かなかった」
「そうだ。話し合いを行っていたのは村の中でも地位の高い人物で、それをよく思わなかった者達によって温厚に隠れた殺意が暴れていた。その人も被害に遭い、コタラに会うことが出来なくなってしまった。そのせいで引き起こされた惨劇……たった一つの言葉だった。『亡心』の能力が付与されてしまった言葉は生死の判別なく死に至らしめた。不安定な精神状態で能力を発動していることもわからないまま、その村は壊滅したという」
「その後って」
「気を失って病院に運ばれ、復活した時にランデと一緒に聞いたが、医者から、無意識に記憶を奥に押し込んでいると言っていた。だから滅多なことでは思い出さないとも」
「でも人を大量に殺したことがあるって……初めて会った時に」
「それはな、ソルヒ。罪の意識はあるんだよ。ただ欠如してて思い出せないだけで……」
 ミヒシがまだ話している時、また扉の方で大きな音が鳴った。それはセオンがぶつかった時よりも酷いものだった。ソルヒはリイノの様子を見に行くと扉が壊されて、コタラが彼女に接触しようとしていた。黒い蛇は瞬時に白い蛇へと変わっていたがその手は震えていた。
「リイノ!」
 そう叫んだソルヒの声にリイノは反応してコタラの周りで徘徊する謎の手を避けようとした。しかし「つめたい」と一つの言葉を放った時、心臓が痛くなってその場に座り込んでしまった。ソルヒ含めた三人も同じ状況になっていたが、ソルヒは無理やり立ち上がってリイノの手を取って『時計』でコタラの動きが止まった。
「あれが……暴走した『亡心』の力」
「……痛みが治まった」
「今は止めているから……多分動き出したら」
「……え? あれって……ルジオさん?」
「何を言って!?」
 止まっている中でも見えた掴まれた人々の中にルジオとランデがいた。ほとんどは心臓を潰されて即死しているようだが、その二人はまだかろうじて息があるように見えた。
「……暴走している中でまだ理性が残っている。仲間は殺さないように」
「コタラさんも苦しんでいる……助けないと……でもわからない」
「わからない?」
「私はまだ『亡心』を理解できていない」
 その声に白い蛇も反応して止まっている時間の中、コタラに触れたが『封印』が上手く機能していないようだった。能力の説明をしても実際に見なければ、感じなければわからないという意味なのか。『分身』が封じ込められた時の話を聞いていたソルヒは、コタラのこの状況でリイノの接触を許すのはただの恐怖でしかなかった。しかし『時計』は突然、効果を失って時間は動き出し、また心臓に負担がかかり痛みが発生した。なんとかリイノを引き寄せることには成功し、次々と襲いかかる攻撃は避けられたが、店の中はどうしようもないほど壊された。そして壁が崩れ去った時、コタラの足元から放たれた黒い花がソルヒの死角に入り込み、気づくのが遅くなって目の前まで来ていた。その花は口を開き、リイノ共々喰らおうとしていた。だが何か透明なものに当たってコタラは驚いていた。
「ギリギリセーフ……ってところかな」
 それはミヒシが持つ『結射』の能力によるもので、仲間達を守るためによく見ないとわからない半球状の結界が張られていた。
「邪魔」
「本当はこんなことしたくないんだろう?」
「僕は」
「コタラ……乗っ取られたのか、能力に。それとも弱い心に」
「……何も知らないくせに」
「そう思うか?」
「みんな……た」
 コタラの声は途切れて黒い花以外にも得体の知れないものが溢れ出し、結界をどうにかして壊そうとしていた。しかしミヒシには『たすけて』と本心が聞こえて、セオンを残して結界の外に出た。止めようとするセオンに首を振り、代わりに「二人を連れてどこか遠くに」と告げた。また逃げるのか、とセオンは思ったが、戦う手段を持ち合わせていない状態で、死を待つだけなど本当に良いものかとも考えた。
「ミヒシさん……死なないでくださいね」
 そう言ってセオンはソルヒとリイノに何も言わずに『転移』を使ってその場を離れた。いなくなったことを確認し、コタラと二人っきりになったミヒシの守っていた結界は多くの攻撃で粉々に砕け散った。
「もう……終わりにしよう」
 コタラが放った言葉の痛みは今まで以上に酷くなり、ミヒシも立っているのがやっとだったが、そこに得体の知れないものが近づいて攻撃した。しかし弾かれて得体の知れないものは背後の壁に激突していた。
「やっぱり……この力は自分にしか使えないか」
 それは『守護』に《呪われた血》が打ち込まれて『結射』と名前を変える必要が出来た理由。結界だけならば『守護』のままでも支障はなかった。しかしそれは反射と呼ばれる変異によって別の力が付与されていたから『結射』と呼ぶしかなかった。そして反射の力を使う時、心の花は紅(あか)く染まった。
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