”不明”に隠れた世界を渡る少女の話
公開 2025/12/20 20:46
最終更新 -
(空白)
 世界を救済するために書き加えられたものは、正常だった世界を汚染する。けれど彼はそれを知らなかった。あの世界の異物として判断されていた彼は、それを感知することが出来なかった。『記録者』として覚醒したにもかかわらず、『不明』の能力は未だ真実を隠していた。

 永遠の夢を見続けることで「―――」を終わらせた『空白の記録者』は世界を救済したい『創作者(きろくしゃ)』に出会った。彼は自分のせいで狂わせてしまった世界を元に戻すために行動していた。その魂が元の世界に戻れなくなって、『創作者』という役割を得てしまっても、彼は悪に染まることはなかった。
 しかし一つの世界を救済するということは別の世界を狂わせることとなる。すべて正常な世界など「―――」が作り出した基盤の中では存在しない。むしろ異常な世界の方が多いまである。だから“あの世界”が救われても別の綻びが生まれてしまう。

 それを知りながら『空白の記録者』が手を差し出したのには理由があった。それは『記録者』と呼ばれる者達が生まれた時、唯一語られぬまま存在した者。『時間』、『空間』、『結界』、『速度』、『永眠』、『透明』の六人は『記録者』として多くの世界を渡って、各々の能力とともに記録して、穢れを発する悪を取り除いて修正を行っていた。しかし七人目として生み出された『不明』は六人と同様に「世界を修正する力」を持っていたにもかかわらず、その役割は「『記録者』がそれぞれ持っている能力を封じる」ものだった。だが彼にその役割を与えたのには「世界を正常に動かすため」という「―――」の意図があった。
 作られた世界には「魂の共鳴」という「並行世界の自分自身」の概念があった。『記録者』達はその「魂の共鳴」を濃く受け継ぎ、それが重なれば重なるほど強力な能力を得ることとなる。しかし世界によってはその強力な能力は脅威となるため、彼にはそれを封じる力を与えられた。だが物語として書かれることはなく、その世界が存在したことは「―――」を除いて『空白の記録者』以外誰も知らなかった。

 その物語から『記録者』自体の世界が語られることはなく、彼に関する話は何も広がらなかった。『空白の記録者』は他の『記録者』との関わりはなかったが、実質最後の『記録者』である『不明』の彼は知っていた。一人ぼっちの彼の手助けをしたわけじゃないが、彼がどう思っていたのかわからない。
けれどそれも長くは続かない。『空白の記録者』は永遠に広がり続ける世界、「―――」が綴り続ける世界、それを終わらせると決めた。楽しいと思い続けた時間はいつしか苦しみへと変わり果てる。それを『空白の記録者』は気づいていた。「―――」を解放するためにはそうするしか方法はない。だから彼の元から離れなければ、罪を負った者とともにいてはならないと。
〈さよなら 永遠に出会うことはないでしょうけど……もう一度会うならば、その時は私を思い出さないで〉


 異様な形で差し込む光に彼は重さを感じていた。暗いと思ったら開いたままの本が顔に乗ったままだった。それを手に取って起き上がると文章は止まっていた。この世界の記録はほんの一部しか書き記していない。『記録者』としてあらゆる場面に赴いてもすべてを記録するなど無茶な話だった。だが「白紙の本」はそれを可能とする。彼が見ていない場所も「白紙の本」は知っている。情報の整理はお手の物だが、彼にはそれを理解する時間が少なすぎた。
 病室の中で窓の外を見ている車椅子の少女。彼はどこか『誰か』を感じ取っていた。しかし『記録者』としての記憶を思い出しても、『誰か』を思い出すことは出来なかった。少女に触れた時に感じた懐かしさを『不明』はかき消そうとした。しかし交わった答えはそれを否定し、彼の頭の中に残り続けていた。
 この世界は「魂の共鳴」から少し外れてしまっている。少女を含めた能力者達はどこか似た世界の登場人物と近しいが、混ざり合った力は新たな世界の道しるべとなる。『時計』は『速度』を、『迷霧(めいむ)』は『透明』を取り込んだ。それによってあるべき姿を失った者達は少なからず影響を受けている。ただそれでもこの世界が機能しているのは「―――」が作り出した世界の基盤が正常に動いているということだった。
彼は「―――」を「魂の共鳴」の過程で知っている。その時は単なる「翆色(すいしょく)の魂」でしかなかった。それを救ってくれたのは『透明の記録者』だった。知らない世界で漂い続ける彼を助けた『透明の記録者』は「―――」のもとに訪れた。その世界からこぼれ落ちた幻の幽霊として存在していた彼の魂は『翆の霊』と呼ばれ、『不明』の二つ名をつけられた。
 彼の「魂の共鳴」としての力は弱いが、今となっては『記録者』として動いているのはおそらく彼と『時間の記録者』だけだ。『時計』の能力者から感じたのはもろに『時間の記録者』の存在だったから、彼は自分の姿が認識できる状態ならば、話してみたい相手であった。だが現状、彼の姿を見ることが出来るのは『破壊』と『封印』を持つ少女だけだった。


 本当はもう訪れることはないと思っていた。彼がこの世界にいるのなら私は必要ないから。けれど『創作者』に手を差し出してしまった手前、この世界に降りかかる災難がどんなものになるのか不安だけども。彼はこの世界で名前を手に入れた。いずれにせよ、『記録者』という役割を引き継いだまま、裏側の存在から登場人物へと変わっていくだろう。そうなれば私の存在は認識できなくなる。少女を介して見てきたけれど、もう私にはそれを行うことは出来ない。だからもし助けを求めるならば『不明』は教えてくれるから、この世界が異質であるように、私が「―――」を殺したように。

 誰もこの世界を止めることは出来ないのだから
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