複雑な生き方をする少女 厄災編 第一章 ”はじまり”の厄災と若き魔女(1/2)
公開 2025/11/24 09:49
最終更新
2025/12/16 20:15
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この世界は異常だ。狂っていると表現してもいいほどに。世界を記録する者として訪れた時から思っていた。けれど他の世界とは違う点があり、それはこの世界が未完成であるということだ。世界として構成する部分の一部を失ったまま生み出されたことで、それを補おうと悪しきものを取り込んでしまう現象が起きていた。それによって動き出した世界はほとんどの場合、消滅の道を進むはずだが、この世界は未完成な世界の中でも良からぬものを取り込んでいた。それは厄災と呼ばれる何が起こるかわからない時限爆弾。
それを記録したのはこの世界を訪れる前、白紙の本が記した謎の現象であった。世界が生まれて気づかぬ間に記録されることはたまに存在するが、この世界はその厄災によって何度も繰り返していた。
一度目の厄災は多くの種族が生まれて特有の力を身につけて、それぞれの道に向かおうとしていた頃、選ばれた一人の手によって行われた。
十度目の厄災は多くの種族が生まれて特有の力を身につけて、かなりの険悪だった頃、選ばれた一人によって行われた。
百度目の厄災は多くの種族が生まれて特有の力を身につけて、良好で協力的だった頃、選ばれた一人によって行われた。
白紙の本は百度目の厄災まで何が起きたのか記していた。しかしその後、似たような事象が起こると、同じようなことを書かないようにするためか、飛ばすようになって回数も数えなくなった。この世界を訪れた時にはもうその状態になっていて、厄災を止める方法は見つからずにいた。
第一章 “はじまり”の厄災と若き魔女
厄災は決して悪いことばかりを起こしていたわけではない。未完成な世界を完成へと導くため、多くの種族の犠牲によってあらゆる強化を手に入れた者達がいた。例えば人族はすべての種族の中で唯一、魔力を宿すことが出来ず、それ故に魔法が使えなかったため、何をするにも遅くて弱かった。最初の頃は差別も酷くて厄災が起こる前に全滅していることなどざらにあった。しかし何度も繰り返された“はじまり”の厄災により嫌悪も良好も経験した未完成な世界は少しずつであったが弱い種族にも恩恵が与えられた。人族に与えられたのは魔力を宿した赤子が生まれるものだった。しかし赤子全員というわけではなく、少ない確率のもとに選別されていた。
ある日、人族に新たな赤子が生まれて、その子は魔力を宿していた。しかしその力は今まで生まれた赤子と違い、魔力の量が膨大で生まれてすぐ両親含めて周りにいた人々を白い光に包んで消し去ってしまった。暴発した魔力により一時的に眠りについたが、その後も度々、魔力が暴走して育てようとする人族達は少しずつその赤子を見捨てるようになった。だがそこに現れた人物はその赤子を抱えて、人族達に告げた。
「この子を育ててもいいだろうか?」
突然言われた提案を人族はすぐに承諾し、化け物とさえ言われ始めていた赤子はその人物が引き取ることとなった。その人物はとある依頼で訪れていた魔女だった。とんでもない魔力の波長を感じ取って赤子に辿り着いた。家に帰る途中、赤子の名前を考えていたが、両親が名づける前からその赤子には名前がついていた。
赤子は成長して幼い少女となり、魔女の手助けを受けて失敗こそするが少しずつ魔力の制御が出来るようになっていた。その過程で魔女は幼い少女の師匠となり、魔法の訓練を始めた。最初は暴発するたびに放っていた白い光しか飛ばせなかったが、魔力が完全に制御できるようになると、想像するものを無詠唱で放つようになっていた。
魔法の訓練を一人でこなせるようになっていた頃、魔女は大量の本を机に置いて読み続けていた。
「お師匠様。この本なーに?」
「さくら、これはね、依頼に必要なもの。知り合いがやっと見つけてくれたの。それを捕まえるための方法を調べているのよ」
「つかまえる? 悪い人なの?」
「悪い人……になってしまった。だから止めないといけない」
その言葉には詰まるところがあり、さくらには話せない内容も含まれていた。しかしさくらも少しずつ魔法についての知見を得ようと難しい本を読むうちに、それが“はじまり”の厄災であることを知った。
「繰り返される厄災……多くの種族から一人選ばれて、厄災を体に宿してすべてが終わる。それを知る者はこの世界にいない……? ならこの本はなんで……? 誰が書いた? 世界の……なんて読むんだろう?」
読めない言葉も多々あったが、魔女が危険な魔法を使おうとしていたのは明白であった。
魔女の外出が多くなり、さくらはひとりぼっちになることもあった。魔女がいない間は魔法の訓練をしたり本を読んだりしていたが、一通り終わると暇になってしまった。「早く帰ってこないかな?」と呟く頻度も増えていた。
ある時、同じように留守番していたが、変な魔力の波長を感じて読んでいた本を置き去りにして外に出た。それはずっと遠くまで続いていて恐怖もあったが、嫌な予感がして魔女が行った方へと走った。魔法で飛ぶこともさくらには出来たが、その考えは頭から抜け落ちていた。足が痛くなるほど走り続けたが辿り着けず、しかし魔力の波長は異常なものへと変わっていた。足を休めて息を整えていると、飛べば行けるという考えが浮かび、近くに落ちていた木々で箒を作って乗り飛び立つまでをすべて魔法で行(おこな)った。
かなり長い道を飛んで辿り着いた場所には多くの魔女が集まっていた。その中心に拘束された人物がいて、その人物の足元には巨大な魔法陣が組まれて、何が行われているのかすぐに理解することは出来なかった。多くの魔女から少し離れた場所で箒から降りた。すると背後から気配がしたが、そこには知っている者が立っていた。
「どうしてここに!? 危ないから戻りなさい!」
しかしその声は驚きと同時に心配と怒りが込められていた。魔女はさくらを家に帰らせようと転移魔法を使おうとしたが、その瞬間、強風に煽られ地面が揺れて自然はすべて破壊された。一瞬の出来事で驚いて、さくらはこけかけるが、なんとか立ったままでいられた。魔女はさくらの周りに結界を施して転移でいなくなった。同時にまた地面が揺れて更地は広がり、その中心に拘束されていたはずの人物はその体から得体の知れないものを出していた。「もしかして……あれが厄災?」と小さく呟き、さくらは結界を魔法弾で叩き割ろうとしたが上手くいかなかった。
魔女は“はじまり”の厄災を封印するため、ずっと調べていた。各地の魔女達と話し合い、多くの作戦を立てたものの上手くいく保証はどこにもなかった。しかし厄災を宿した者を発見したという話を聞いた時、何があってもさくらは守らなければならないと思うようになった。今まで多くの魔力を持った者達に出会った。しかしその制御を怠り、死へと向かう者は少なくなかった。さくらも自分に会わなければきっと皆と同じことになっていたかもしれない。魔女と呼ばれる者は“はじまり”の厄災によって生み出された新たな種族として、本来知ることすら叶わない本にはそう書かれていた。その本を読んで魔女はこの世界が何度も繰り返されていることと今まで多くの失敗をしてきたことを知った。そしてさくらとの出会いもまたどこかですでに行われていたのではないか、と考えるようになった。
厄災を宿した者を拘束状態にしたのは魔女達ではなく、その者の自己意思だった。作戦の中心地で自らを拘束し、どんな仕打ちを受けようとも構わない、と言った。それから数日をかけて、巨大な魔法陣を完成させて封印を施すところまでやってきた。しかし最後のあがきと言わんばかりに、その者の意識を奪って“はじまり”の厄災は目覚めてしまった。得体の知れないものが暴れ出し、それを再度拘束しようと箒に乗って飛んだ魔女達を薙ぎ払っていた。だがすでに世界中から多くの魔女が集まって、少しずつ厄災を抑え込んでいた。箒に乗った者達は厄災の興味を引くために攻撃に集中し、地面で立つ者達は新たな封印の魔法陣を組み直していた。そして少しばかりの犠牲はあったが、魔法陣を実行させて厄災の動きは完全に止まった。
さくらを守っていた結界は厄災の封印とともに砕け散った。しかしそれは魔女の死を表しているわけではなく、魔力を消耗しすぎたため残っていたものを吸収したに過ぎなかった。それに気づいていたさくらは走って探し、魔女は疲れて地面に座り込んでいた。
「お師匠様」
「……さくら。やっと……やり遂げた。厄災……“はじまり”の厄災を止められた。これでもう……」
話すことすらつらそうなのに、さくらの姿を見て安心の笑みを浮かべていた。周りの魔女達も喜び合い、すべてが終わったかのように見えたが、封印は一時的なものだった。
《世界は拒む 新たな『厄災』を》
さくらにはそれが聞こえていたが、伝える前に魔女は結界を張っていた。封印は解かれて砂埃が舞ったが、それすらも吹き飛ばされた。そこにいたのは厄災ではなく赤子だった。後でわかったことだが、十人の赤子が厄災の中心地で生まれていた。種族はバラバラでその中の一人が急成長して大人になっていた。そして魔女の半数以上を一瞬で消し飛ばして殺した。それは動き出し、厄災以上の力を放っていた。すべての魔女、いやすべての種族を消し去らんとする、“はじまり”の厄災と同じ行動をしていた。
「また……いや大丈夫」
「お師匠様……?」
魔女は立ち上がってそれの方へ歩き出した。止めようと手を伸ばしても大声で叫んでも届かなかった。さくらは恐怖を押し切って立ち上がったが、魔女の罠でそれ以上動けないようにされてしまった。
それは魔女の方を向いて同じように放った。しかしその攻撃は効かなかった。それは首を傾げて魔女の方を見ると、少し怪我はしているが体の周りに魔法弾を浮かばせていた。それが放つ異様な力を魔女は魔法弾で相殺していた。しかし“はじまり”の厄災を封印する魔法陣の維持に魔力を使っていたため、その行為は少しずつ命を削っていた。けれどそれも今までの殺戮で力を消耗していたから、攻撃の頻度は少しばかり落ちていた。お互いの攻防戦が繰り広げられたが、それが圧倒的な力を見せて、魔女の体の傷は増えてかなりの量の血が出て、意識が朦朧とし始めていた。体の維持が難して魔女はその場に座り込むことを見逃すはずがなく、それは右手を変形して刃物として魔女の目の前まで近づいた。光のない真っ黒な目が魔女の謎の笑みを映しながら首をはねた。そして次の標的としてさくらの方を見ていたが、次の瞬間、魔女の手は小さな魔法陣に触れていて白い光に包まれながら爆発した。最後の切り札として残していたものに巻き込まれたそれの体も吹き飛んだが、頭なくしてその体はさくらの方に近づいていた。しかしその体は歩くたび砂のように崩れて形を失っていた。さくらのもとに辿り着いた時、その手は一瞬彼女の左腕を掴んで、声にもならない音を発して完全に消え去った。掴まれた左腕の痛みを感じながら魔女のもとへ向かうが、その体はすべて消し飛んでいた。そこに残されていたのは魔女が大切に身につけていた小さな砂時計だった。
“はじまり”の厄災から新たに生まれた『厄災』と十人の赤子。一人はあの日消滅したが、残された九人は未だ行方不明となっていた。すべてが終わった後、厄災の中心地の調査に出た者達によるとそこに赤子の姿は無かったという。何者かの手によって連れて行かれたと思われたが、残された波長から『厄災』の意思で遠くに飛ばしたのではないかとも考えられた。後者だった場合、『厄災』は残された九人の誰かに引き継がれた可能性が高いと判断され、新たな『厄災』の被害を抑えるために世界に散らばった名も無き赤子を殺す作戦を取られた。しかしすでに遅く、あの日の急成長から考えると赤子のままにしておくはずがないと思った。
魔女の死後、悲しみと憎しみの感情に苦しめられながらさくらは『厄災』の声にならない音を考えていた。完全に聞こえたわけではないが、掴んできた左腕の侵食は体を乗っ取ろうとしているのかもしれないと思った。その痛みは治癒魔法で治すことが出来ずに抑える程度だったが、少しずつ蝕んで左腕の感覚を失って動かなくなった。このままでは人族として死に至るだけだと思ったが、魔法の訓練を摘む間に魔女となるための魔法があることを知った。しかしそれを会得するにはかなりの時間が必要とされ、気づけばさくらは大人と呼べる歳になっていた。
そして捨虫(さんし)の魔法を使って不老となった。それによって人族から魔女へと種族が変わった。しかし左腕の治療法はまったく見つからず、今は止まっているがいつ侵食が始まってもおかしくはなかった。ある日、魔女達のお茶会で〈治癒(ちゆ)の神〉の話を聞いた。その神はどんな怪我も病気も治すことが出来る村の守り神で、かつてその村で発生した難病から救い出したと言われていた。その村は飛んでいけばさほど遠くはなかった。しかし家を長いこと空けておくことになる。それを少しためらったが、自分の命なくしては意味がないと思い、鞄に必要なものを入れた。腰には魔女の形見である小さな砂時計をつけて、箒に乗って旅に出た。
人里から離れた森の中、男は仲間とはぐれて一人迷っていた。薄暗い森から差し込む光を見つけて進むが、それが迷いの原因になっているとは気づかなかった。すると何か音がして驚き。足元を見ると小さな鏡が割れていた。どうやらそれを踏んだらしいが、どうしてこんなところに鏡があるんだと疑問に思っていると、いつの間にかその鏡が散らばっている場所へと入り込んでいた。地面だけでなく、その鏡は木々や謎の建物にも張りつけてあって光を集めていた。日の光だと思っていたものは鏡で反射されただけの偽物の光であると気づいた時、男は絶望していた。そしてその光を無くそうと辺り一面、その目に映った鏡から踏みつけて投げつけて割りまくった。かすかに残った光さえなくなり、完全な真っ暗になった時、不気味な笑いが聞こえた。それは少しずつ増えて恐怖して下がるが気に当たってビクッとした。明かりを求めてポケットからライターを取り出してつけると、目の前に何かが刀を振り下ろしていた。男の悲鳴は一瞬で狩り取られ、地面に落ちたライターの火は踏みつけられて壊れていた。
さほど遠くない村への旅だと思っていた。しかしその道中は甘くなく、さくらの姿を見た者達は魔女であることをいいことに、その力を貸してもらおうと話しかけてきた。その度に足を止めて話を聞いているといつの間にかかなりの日数が経っていた。内心めんどくさいなと感じながら、とある集落へと辿り着いた。しかし呼び止められる前にさくらは行動しようと出口の方に急いでいると呼び止められてしまった。
「魔女様。その道は……行かないで」
「どうして?」
「何も出来ずに死んでしまうから」
どういうことなのか聞き出す前に住民達が集まってきて、その道から遠ざけられてしまった。道から離れた後、何があったのか聞いてみると、この集落を抜けた先にある森、そこから現れる〈人喰い鬼〉が原因だった。その者達は〈人食い鬼〉に怯えて、警告を聞かなかった旅人達はなすすべもなく殺されて喰われた。少し前に訪れた魔女がいたが、その者もあっけなく殺されてしまい、誰も〈人喰い鬼〉を止められないと思い、遠回りしてでもこの道は通してはならぬと決めていた。
「つまりその道を通れば」
「はい……」
「でも鬼族は聞いたことがあるけど、人を喰らうなんて聞いたことがない」
「元はそんなことをする種族ではありません。私達、人族にも優しく接してくれましたから。ですが、『厄災』が原因で一部の鬼族が変異してしまった、と……正常な鬼族から聞きました」
「変異……」
「一度は鬼族達とともに封印の手伝いをしたのですが、最近また暴れるようになって……その筆頭に鬼族でも勝つことが出来ない〈人喰い鬼〉が現れて、手をつけられなくなってしまい」
「そう」
「だからお願いです。魔女様まで」
「心配は受け取っておきます。だけど私はあの道を通らなければならない。じゃないと目的を果たせないから」
そう言っても住民達はさくらを止めようとしてきた。しかし「邪魔するなら」と低く威圧する声を出すとその手を離し、さくらはその道の方に歩き始めた。
その道を進んだ先、すぐにそれは現れた。静かに音をたてることなく、血肉を喰らっていた。その体は人を喰って力をつける過程で歪に変異し、手のような所には刀が握られていた。その刀は血に塗れて妖刀化していて、魔力に似た何かを帯びていた。どれだけの命を吸ってきたのかわからないが、相当強いものだとさくらは感じていた。
「……次は」
その声が聞こえた時には〈人喰い鬼〉の姿は消えて、さくらの背後で首を切ろうとしていた。しかしそれは通らず首元に現れた危険察知の小さな防御壁で守られた。次々と出される攻撃を避けつつ、かわせなかったものはすべて小さな防御壁で防いでいた。一通りの攻撃が終わると〈人喰い鬼〉はさくらとの距離を取って睨んでいた。
「前の魔女とは違う」
すんなり殺せないこと苛立っているのか少し冷静さにかけていた。さくらは反撃のチャンスかなと思い、青色の炎魔法を撃って燃やし尽くそうとした。〈人喰い鬼〉の体に当たったかは着弾した瞬間に起きた砂埃のせいでよく見えなかったが、周りがかなりの高温になっているのはわかった。しかし砂埃が晴れて出てきた体に燃えた様子はなく、刀の方が少し燃えていた。そしてその炎を返さんとそのまま斬りかかったが、さくらは防御壁に水を取り込み消火した。
「ならこれはどう?」
さくらは〈人喰い鬼〉に届かない程度に飛び、右手を空の方にあげて光を一か所に集めて、かなり巨大になったところで分散し、〈人喰い鬼〉を囲むように小さな魔法弾は設置されて撃ち出された。陽の光と魔力が尽きない限り撃ち続けられる、幼い頃からの得意魔法である白い光、それは師匠が最後に使っていた魔法でもあった。〈人喰い鬼〉は速さで避けていくが、数の暴力ですべてを避けることは出来なかった。しかし当たる前に刀を振り回し、魔法弾を斬って消滅させている様子に、さくらは驚き、〈人喰い鬼〉は魔法弾に対して「遅い」と呟いていた。けれど数には叶わず、刀でも斬れず、〈人喰い鬼〉はとうとう攻撃を受けてしまった。
妖刀の気配が少し薄れて地面に足をつけたさくらと多少の傷でも立ち続ける〈人喰い鬼〉。しかし〈人喰い鬼〉は何かを感じてさくらに問いかけた。
「何故、左手を使わない? まさか手加減しているのか」
その問いにさくらは答えず、静かに空中で氷のナイフを作っていた。それを右手で取って何かを唱えた。すると地面から突然植物が生えて〈人喰い鬼〉の体と捕まえた。そして持っていた氷のナイフを投げて〈人喰い鬼〉の体に刺すと、氷は張りついて凍らせて一つの水晶となって重さで地面に落ちた。
しかしそれは一時的な封印もどきだった。水晶の硬さでさえ砕かれて〈人喰い鬼〉は殺意をあらわにしていた。何も知らなくていい、さくらはそう思い、あらゆる魔法を試してみた。それに対抗するように〈人喰い鬼〉も斬り伏せて抗っていたが、どこか楽しげな様子も見せた。単純な殺戮に飽きていた〈人喰い鬼〉はあらゆる攻撃の手段で仕掛けてくるさくらに興味を持ちながら、それでも使われない左手の疑問を抱えたまま動いていると、手に持っていた刀を弾かれて地面に落としてしまい、風の檻に閉じ込められた。だがさくらは〈人喰い鬼〉を殺さず、その檻の方へ近づいた。
「負けか……」
「……」
「お前は強い、今まで戦ってきた誰よりも。こんなに戦っていて楽しいと思ったことも」
「私は殺さない」
「何故? 処せばすべてが終わるのに」
「……」
言葉が詰まるさくらに対して〈人喰い鬼〉は風の檻を破壊しようとした。しかしかなりの魔法を斬り続け、消耗した体力は計り知れない。しかし地面に落ちた妖刀は〈人喰い鬼〉の意思を汲み取ったのか勝手に動き出し、さくらごと風の檻を斬った。危険察知もいきなりの不意打ちに気づけず、防御壁も間に合わず、その攻撃を受けたさくらは血を流してその場に倒れた。
「……あっけない」
そう言って〈人喰い鬼〉はさくらの体から流れ出す血を指につけて舐めた。相当な魔力を宿したその血は消耗した体力を瞬時に回復させた。そしてずっと気になっていた左手を見て布を取ると、左腕は腐敗していて血はまったく通っている様子はなかった。その腕に触れてみるがすぐに手を離し、恐怖を覚えた自分自身に驚いた。
「なんだ? どこかで……似たような、何か……まさか」
そう言いながら妖刀の方を見た。戦いが終わって地面に流れた血を僅かながら吸っていた。大量の血を吸って錆びつき始めていたその刀は斬れ味が悪くなっていたが、さくらの血を吸ってその錆が取れて、血の色を秘めた真紅の刀へと変わっていた。〈人喰い鬼〉と呼ばれるようになってから、その前から記憶はなかった。血肉を喰らって生きていることだけは覚えていたからそうしてきた。だから戦いが楽しいと感じるのも本当はわからない。
「いたた……」
「え?」
弱々しい声だったが体を起こそうとするさくらから離れた。考えているうちに血は止まっていて、その傷もなかったことにされた。
「もしものために起動していた治癒(ちゆ)が残っててよかった」
「……本当になんなんだ」
「あっ、包帯が取れている……見たの?」
「見た。それは」
「『厄災』が侵食している。今は止まっているけど、いつ動き出すかわからない」
「……そうか」
「さて」
「お前……その腕を治す気はあるのか?」
「え、あるよ。ちょうど……その旅の途中だから」
「ならついていく」
「なんで?」
「完全状態で戦ってみたいと思ったからさ」
何を言っているのか、驚きの連続で少し考えていたが、これ以上〈人喰い鬼〉による被害が増えないのなら、引き寄せるのも手かとさくらは思った。けれどどうして急にそんなこと言い始めたのかわからず、背後を取られたまま少し歩いていたが、〈人喰い鬼〉の歪な姿を考えて足を止めた。
「どうした?」
「えっと、その姿を……人らしく? 変えた方がいいかなって。今の姿だと〈人喰い鬼〉の認識もあるし、それによって恐怖を与えかねないし」
「……一理あるか。だが人の形か……」
「それは魔法で何とかするから……あなたはなりたい自分を思い浮かべて」
「なりたい……ね」
さくらは地面に魔法陣を描いて、〈人喰い鬼〉はその中心に座っていた。息を整えて変化の魔法を唱えるさくらの声を聞きながら、〈人喰い鬼〉はなりたい自分を想像した。記憶がないとはいえ、断片的に残されていた名前と斬り伏せた多くの種族、そして戦いを楽しむ心とさくらとの出会い、いろんなことが頭の中を巡ってその姿は新しい形へと変わっていた。
「出来た……って!?」
目を覚ました〈人喰い鬼〉はさくらの驚く声に何が起きたのか分からなかった。しかし立ち上がってみると、さくらと同じ身長で刀は鞘に納められていた。おでこ近くを触ってみると角が一本生えていた。服は人族のものを模倣したのかよくわからなかった。「これを見て」と渡された鏡にはさくらと瓜二つの顔が映っていた。
「これが……」
「ちょっとびっくりしちゃったけど、上手くいってよかった」
「髪の長さが違うくらいか」
「そうだね」
「あたしは理夏(りか)」
「え?」
「名前」
「あっ、私はさくら。これからよろしくね」
「よろしく」
理夏はそう言い、さくらを置いて歩き始めたが、「待って!」とすぐに呼び止められた。さくらは箒を作って乗って理夏に手を差し伸べた。またがればいいのかと思い、さくらにつかまると浮かび上がって空を飛んだ。飛び始めた直後は少し怖がっていたが、慣れてきて理夏は周りの風景を見ていた。
この世界は異常だ。狂っていると表現してもいいほどに。世界を記録する者として訪れた時から思っていた。けれど他の世界とは違う点があり、それはこの世界が未完成であるということだ。世界として構成する部分の一部を失ったまま生み出されたことで、それを補おうと悪しきものを取り込んでしまう現象が起きていた。それによって動き出した世界はほとんどの場合、消滅の道を進むはずだが、この世界は未完成な世界の中でも良からぬものを取り込んでいた。それは厄災と呼ばれる何が起こるかわからない時限爆弾。
それを記録したのはこの世界を訪れる前、白紙の本が記した謎の現象であった。世界が生まれて気づかぬ間に記録されることはたまに存在するが、この世界はその厄災によって何度も繰り返していた。
一度目の厄災は多くの種族が生まれて特有の力を身につけて、それぞれの道に向かおうとしていた頃、選ばれた一人の手によって行われた。
十度目の厄災は多くの種族が生まれて特有の力を身につけて、かなりの険悪だった頃、選ばれた一人によって行われた。
百度目の厄災は多くの種族が生まれて特有の力を身につけて、良好で協力的だった頃、選ばれた一人によって行われた。
白紙の本は百度目の厄災まで何が起きたのか記していた。しかしその後、似たような事象が起こると、同じようなことを書かないようにするためか、飛ばすようになって回数も数えなくなった。この世界を訪れた時にはもうその状態になっていて、厄災を止める方法は見つからずにいた。
第一章 “はじまり”の厄災と若き魔女
厄災は決して悪いことばかりを起こしていたわけではない。未完成な世界を完成へと導くため、多くの種族の犠牲によってあらゆる強化を手に入れた者達がいた。例えば人族はすべての種族の中で唯一、魔力を宿すことが出来ず、それ故に魔法が使えなかったため、何をするにも遅くて弱かった。最初の頃は差別も酷くて厄災が起こる前に全滅していることなどざらにあった。しかし何度も繰り返された“はじまり”の厄災により嫌悪も良好も経験した未完成な世界は少しずつであったが弱い種族にも恩恵が与えられた。人族に与えられたのは魔力を宿した赤子が生まれるものだった。しかし赤子全員というわけではなく、少ない確率のもとに選別されていた。
ある日、人族に新たな赤子が生まれて、その子は魔力を宿していた。しかしその力は今まで生まれた赤子と違い、魔力の量が膨大で生まれてすぐ両親含めて周りにいた人々を白い光に包んで消し去ってしまった。暴発した魔力により一時的に眠りについたが、その後も度々、魔力が暴走して育てようとする人族達は少しずつその赤子を見捨てるようになった。だがそこに現れた人物はその赤子を抱えて、人族達に告げた。
「この子を育ててもいいだろうか?」
突然言われた提案を人族はすぐに承諾し、化け物とさえ言われ始めていた赤子はその人物が引き取ることとなった。その人物はとある依頼で訪れていた魔女だった。とんでもない魔力の波長を感じ取って赤子に辿り着いた。家に帰る途中、赤子の名前を考えていたが、両親が名づける前からその赤子には名前がついていた。
赤子は成長して幼い少女となり、魔女の手助けを受けて失敗こそするが少しずつ魔力の制御が出来るようになっていた。その過程で魔女は幼い少女の師匠となり、魔法の訓練を始めた。最初は暴発するたびに放っていた白い光しか飛ばせなかったが、魔力が完全に制御できるようになると、想像するものを無詠唱で放つようになっていた。
魔法の訓練を一人でこなせるようになっていた頃、魔女は大量の本を机に置いて読み続けていた。
「お師匠様。この本なーに?」
「さくら、これはね、依頼に必要なもの。知り合いがやっと見つけてくれたの。それを捕まえるための方法を調べているのよ」
「つかまえる? 悪い人なの?」
「悪い人……になってしまった。だから止めないといけない」
その言葉には詰まるところがあり、さくらには話せない内容も含まれていた。しかしさくらも少しずつ魔法についての知見を得ようと難しい本を読むうちに、それが“はじまり”の厄災であることを知った。
「繰り返される厄災……多くの種族から一人選ばれて、厄災を体に宿してすべてが終わる。それを知る者はこの世界にいない……? ならこの本はなんで……? 誰が書いた? 世界の……なんて読むんだろう?」
読めない言葉も多々あったが、魔女が危険な魔法を使おうとしていたのは明白であった。
魔女の外出が多くなり、さくらはひとりぼっちになることもあった。魔女がいない間は魔法の訓練をしたり本を読んだりしていたが、一通り終わると暇になってしまった。「早く帰ってこないかな?」と呟く頻度も増えていた。
ある時、同じように留守番していたが、変な魔力の波長を感じて読んでいた本を置き去りにして外に出た。それはずっと遠くまで続いていて恐怖もあったが、嫌な予感がして魔女が行った方へと走った。魔法で飛ぶこともさくらには出来たが、その考えは頭から抜け落ちていた。足が痛くなるほど走り続けたが辿り着けず、しかし魔力の波長は異常なものへと変わっていた。足を休めて息を整えていると、飛べば行けるという考えが浮かび、近くに落ちていた木々で箒を作って乗り飛び立つまでをすべて魔法で行(おこな)った。
かなり長い道を飛んで辿り着いた場所には多くの魔女が集まっていた。その中心に拘束された人物がいて、その人物の足元には巨大な魔法陣が組まれて、何が行われているのかすぐに理解することは出来なかった。多くの魔女から少し離れた場所で箒から降りた。すると背後から気配がしたが、そこには知っている者が立っていた。
「どうしてここに!? 危ないから戻りなさい!」
しかしその声は驚きと同時に心配と怒りが込められていた。魔女はさくらを家に帰らせようと転移魔法を使おうとしたが、その瞬間、強風に煽られ地面が揺れて自然はすべて破壊された。一瞬の出来事で驚いて、さくらはこけかけるが、なんとか立ったままでいられた。魔女はさくらの周りに結界を施して転移でいなくなった。同時にまた地面が揺れて更地は広がり、その中心に拘束されていたはずの人物はその体から得体の知れないものを出していた。「もしかして……あれが厄災?」と小さく呟き、さくらは結界を魔法弾で叩き割ろうとしたが上手くいかなかった。
魔女は“はじまり”の厄災を封印するため、ずっと調べていた。各地の魔女達と話し合い、多くの作戦を立てたものの上手くいく保証はどこにもなかった。しかし厄災を宿した者を発見したという話を聞いた時、何があってもさくらは守らなければならないと思うようになった。今まで多くの魔力を持った者達に出会った。しかしその制御を怠り、死へと向かう者は少なくなかった。さくらも自分に会わなければきっと皆と同じことになっていたかもしれない。魔女と呼ばれる者は“はじまり”の厄災によって生み出された新たな種族として、本来知ることすら叶わない本にはそう書かれていた。その本を読んで魔女はこの世界が何度も繰り返されていることと今まで多くの失敗をしてきたことを知った。そしてさくらとの出会いもまたどこかですでに行われていたのではないか、と考えるようになった。
厄災を宿した者を拘束状態にしたのは魔女達ではなく、その者の自己意思だった。作戦の中心地で自らを拘束し、どんな仕打ちを受けようとも構わない、と言った。それから数日をかけて、巨大な魔法陣を完成させて封印を施すところまでやってきた。しかし最後のあがきと言わんばかりに、その者の意識を奪って“はじまり”の厄災は目覚めてしまった。得体の知れないものが暴れ出し、それを再度拘束しようと箒に乗って飛んだ魔女達を薙ぎ払っていた。だがすでに世界中から多くの魔女が集まって、少しずつ厄災を抑え込んでいた。箒に乗った者達は厄災の興味を引くために攻撃に集中し、地面で立つ者達は新たな封印の魔法陣を組み直していた。そして少しばかりの犠牲はあったが、魔法陣を実行させて厄災の動きは完全に止まった。
さくらを守っていた結界は厄災の封印とともに砕け散った。しかしそれは魔女の死を表しているわけではなく、魔力を消耗しすぎたため残っていたものを吸収したに過ぎなかった。それに気づいていたさくらは走って探し、魔女は疲れて地面に座り込んでいた。
「お師匠様」
「……さくら。やっと……やり遂げた。厄災……“はじまり”の厄災を止められた。これでもう……」
話すことすらつらそうなのに、さくらの姿を見て安心の笑みを浮かべていた。周りの魔女達も喜び合い、すべてが終わったかのように見えたが、封印は一時的なものだった。
《世界は拒む 新たな『厄災』を》
さくらにはそれが聞こえていたが、伝える前に魔女は結界を張っていた。封印は解かれて砂埃が舞ったが、それすらも吹き飛ばされた。そこにいたのは厄災ではなく赤子だった。後でわかったことだが、十人の赤子が厄災の中心地で生まれていた。種族はバラバラでその中の一人が急成長して大人になっていた。そして魔女の半数以上を一瞬で消し飛ばして殺した。それは動き出し、厄災以上の力を放っていた。すべての魔女、いやすべての種族を消し去らんとする、“はじまり”の厄災と同じ行動をしていた。
「また……いや大丈夫」
「お師匠様……?」
魔女は立ち上がってそれの方へ歩き出した。止めようと手を伸ばしても大声で叫んでも届かなかった。さくらは恐怖を押し切って立ち上がったが、魔女の罠でそれ以上動けないようにされてしまった。
それは魔女の方を向いて同じように放った。しかしその攻撃は効かなかった。それは首を傾げて魔女の方を見ると、少し怪我はしているが体の周りに魔法弾を浮かばせていた。それが放つ異様な力を魔女は魔法弾で相殺していた。しかし“はじまり”の厄災を封印する魔法陣の維持に魔力を使っていたため、その行為は少しずつ命を削っていた。けれどそれも今までの殺戮で力を消耗していたから、攻撃の頻度は少しばかり落ちていた。お互いの攻防戦が繰り広げられたが、それが圧倒的な力を見せて、魔女の体の傷は増えてかなりの量の血が出て、意識が朦朧とし始めていた。体の維持が難して魔女はその場に座り込むことを見逃すはずがなく、それは右手を変形して刃物として魔女の目の前まで近づいた。光のない真っ黒な目が魔女の謎の笑みを映しながら首をはねた。そして次の標的としてさくらの方を見ていたが、次の瞬間、魔女の手は小さな魔法陣に触れていて白い光に包まれながら爆発した。最後の切り札として残していたものに巻き込まれたそれの体も吹き飛んだが、頭なくしてその体はさくらの方に近づいていた。しかしその体は歩くたび砂のように崩れて形を失っていた。さくらのもとに辿り着いた時、その手は一瞬彼女の左腕を掴んで、声にもならない音を発して完全に消え去った。掴まれた左腕の痛みを感じながら魔女のもとへ向かうが、その体はすべて消し飛んでいた。そこに残されていたのは魔女が大切に身につけていた小さな砂時計だった。
“はじまり”の厄災から新たに生まれた『厄災』と十人の赤子。一人はあの日消滅したが、残された九人は未だ行方不明となっていた。すべてが終わった後、厄災の中心地の調査に出た者達によるとそこに赤子の姿は無かったという。何者かの手によって連れて行かれたと思われたが、残された波長から『厄災』の意思で遠くに飛ばしたのではないかとも考えられた。後者だった場合、『厄災』は残された九人の誰かに引き継がれた可能性が高いと判断され、新たな『厄災』の被害を抑えるために世界に散らばった名も無き赤子を殺す作戦を取られた。しかしすでに遅く、あの日の急成長から考えると赤子のままにしておくはずがないと思った。
魔女の死後、悲しみと憎しみの感情に苦しめられながらさくらは『厄災』の声にならない音を考えていた。完全に聞こえたわけではないが、掴んできた左腕の侵食は体を乗っ取ろうとしているのかもしれないと思った。その痛みは治癒魔法で治すことが出来ずに抑える程度だったが、少しずつ蝕んで左腕の感覚を失って動かなくなった。このままでは人族として死に至るだけだと思ったが、魔法の訓練を摘む間に魔女となるための魔法があることを知った。しかしそれを会得するにはかなりの時間が必要とされ、気づけばさくらは大人と呼べる歳になっていた。
そして捨虫(さんし)の魔法を使って不老となった。それによって人族から魔女へと種族が変わった。しかし左腕の治療法はまったく見つからず、今は止まっているがいつ侵食が始まってもおかしくはなかった。ある日、魔女達のお茶会で〈治癒(ちゆ)の神〉の話を聞いた。その神はどんな怪我も病気も治すことが出来る村の守り神で、かつてその村で発生した難病から救い出したと言われていた。その村は飛んでいけばさほど遠くはなかった。しかし家を長いこと空けておくことになる。それを少しためらったが、自分の命なくしては意味がないと思い、鞄に必要なものを入れた。腰には魔女の形見である小さな砂時計をつけて、箒に乗って旅に出た。
人里から離れた森の中、男は仲間とはぐれて一人迷っていた。薄暗い森から差し込む光を見つけて進むが、それが迷いの原因になっているとは気づかなかった。すると何か音がして驚き。足元を見ると小さな鏡が割れていた。どうやらそれを踏んだらしいが、どうしてこんなところに鏡があるんだと疑問に思っていると、いつの間にかその鏡が散らばっている場所へと入り込んでいた。地面だけでなく、その鏡は木々や謎の建物にも張りつけてあって光を集めていた。日の光だと思っていたものは鏡で反射されただけの偽物の光であると気づいた時、男は絶望していた。そしてその光を無くそうと辺り一面、その目に映った鏡から踏みつけて投げつけて割りまくった。かすかに残った光さえなくなり、完全な真っ暗になった時、不気味な笑いが聞こえた。それは少しずつ増えて恐怖して下がるが気に当たってビクッとした。明かりを求めてポケットからライターを取り出してつけると、目の前に何かが刀を振り下ろしていた。男の悲鳴は一瞬で狩り取られ、地面に落ちたライターの火は踏みつけられて壊れていた。
さほど遠くない村への旅だと思っていた。しかしその道中は甘くなく、さくらの姿を見た者達は魔女であることをいいことに、その力を貸してもらおうと話しかけてきた。その度に足を止めて話を聞いているといつの間にかかなりの日数が経っていた。内心めんどくさいなと感じながら、とある集落へと辿り着いた。しかし呼び止められる前にさくらは行動しようと出口の方に急いでいると呼び止められてしまった。
「魔女様。その道は……行かないで」
「どうして?」
「何も出来ずに死んでしまうから」
どういうことなのか聞き出す前に住民達が集まってきて、その道から遠ざけられてしまった。道から離れた後、何があったのか聞いてみると、この集落を抜けた先にある森、そこから現れる〈人喰い鬼〉が原因だった。その者達は〈人食い鬼〉に怯えて、警告を聞かなかった旅人達はなすすべもなく殺されて喰われた。少し前に訪れた魔女がいたが、その者もあっけなく殺されてしまい、誰も〈人喰い鬼〉を止められないと思い、遠回りしてでもこの道は通してはならぬと決めていた。
「つまりその道を通れば」
「はい……」
「でも鬼族は聞いたことがあるけど、人を喰らうなんて聞いたことがない」
「元はそんなことをする種族ではありません。私達、人族にも優しく接してくれましたから。ですが、『厄災』が原因で一部の鬼族が変異してしまった、と……正常な鬼族から聞きました」
「変異……」
「一度は鬼族達とともに封印の手伝いをしたのですが、最近また暴れるようになって……その筆頭に鬼族でも勝つことが出来ない〈人喰い鬼〉が現れて、手をつけられなくなってしまい」
「そう」
「だからお願いです。魔女様まで」
「心配は受け取っておきます。だけど私はあの道を通らなければならない。じゃないと目的を果たせないから」
そう言っても住民達はさくらを止めようとしてきた。しかし「邪魔するなら」と低く威圧する声を出すとその手を離し、さくらはその道の方に歩き始めた。
その道を進んだ先、すぐにそれは現れた。静かに音をたてることなく、血肉を喰らっていた。その体は人を喰って力をつける過程で歪に変異し、手のような所には刀が握られていた。その刀は血に塗れて妖刀化していて、魔力に似た何かを帯びていた。どれだけの命を吸ってきたのかわからないが、相当強いものだとさくらは感じていた。
「……次は」
その声が聞こえた時には〈人喰い鬼〉の姿は消えて、さくらの背後で首を切ろうとしていた。しかしそれは通らず首元に現れた危険察知の小さな防御壁で守られた。次々と出される攻撃を避けつつ、かわせなかったものはすべて小さな防御壁で防いでいた。一通りの攻撃が終わると〈人喰い鬼〉はさくらとの距離を取って睨んでいた。
「前の魔女とは違う」
すんなり殺せないこと苛立っているのか少し冷静さにかけていた。さくらは反撃のチャンスかなと思い、青色の炎魔法を撃って燃やし尽くそうとした。〈人喰い鬼〉の体に当たったかは着弾した瞬間に起きた砂埃のせいでよく見えなかったが、周りがかなりの高温になっているのはわかった。しかし砂埃が晴れて出てきた体に燃えた様子はなく、刀の方が少し燃えていた。そしてその炎を返さんとそのまま斬りかかったが、さくらは防御壁に水を取り込み消火した。
「ならこれはどう?」
さくらは〈人喰い鬼〉に届かない程度に飛び、右手を空の方にあげて光を一か所に集めて、かなり巨大になったところで分散し、〈人喰い鬼〉を囲むように小さな魔法弾は設置されて撃ち出された。陽の光と魔力が尽きない限り撃ち続けられる、幼い頃からの得意魔法である白い光、それは師匠が最後に使っていた魔法でもあった。〈人喰い鬼〉は速さで避けていくが、数の暴力ですべてを避けることは出来なかった。しかし当たる前に刀を振り回し、魔法弾を斬って消滅させている様子に、さくらは驚き、〈人喰い鬼〉は魔法弾に対して「遅い」と呟いていた。けれど数には叶わず、刀でも斬れず、〈人喰い鬼〉はとうとう攻撃を受けてしまった。
妖刀の気配が少し薄れて地面に足をつけたさくらと多少の傷でも立ち続ける〈人喰い鬼〉。しかし〈人喰い鬼〉は何かを感じてさくらに問いかけた。
「何故、左手を使わない? まさか手加減しているのか」
その問いにさくらは答えず、静かに空中で氷のナイフを作っていた。それを右手で取って何かを唱えた。すると地面から突然植物が生えて〈人喰い鬼〉の体と捕まえた。そして持っていた氷のナイフを投げて〈人喰い鬼〉の体に刺すと、氷は張りついて凍らせて一つの水晶となって重さで地面に落ちた。
しかしそれは一時的な封印もどきだった。水晶の硬さでさえ砕かれて〈人喰い鬼〉は殺意をあらわにしていた。何も知らなくていい、さくらはそう思い、あらゆる魔法を試してみた。それに対抗するように〈人喰い鬼〉も斬り伏せて抗っていたが、どこか楽しげな様子も見せた。単純な殺戮に飽きていた〈人喰い鬼〉はあらゆる攻撃の手段で仕掛けてくるさくらに興味を持ちながら、それでも使われない左手の疑問を抱えたまま動いていると、手に持っていた刀を弾かれて地面に落としてしまい、風の檻に閉じ込められた。だがさくらは〈人喰い鬼〉を殺さず、その檻の方へ近づいた。
「負けか……」
「……」
「お前は強い、今まで戦ってきた誰よりも。こんなに戦っていて楽しいと思ったことも」
「私は殺さない」
「何故? 処せばすべてが終わるのに」
「……」
言葉が詰まるさくらに対して〈人喰い鬼〉は風の檻を破壊しようとした。しかしかなりの魔法を斬り続け、消耗した体力は計り知れない。しかし地面に落ちた妖刀は〈人喰い鬼〉の意思を汲み取ったのか勝手に動き出し、さくらごと風の檻を斬った。危険察知もいきなりの不意打ちに気づけず、防御壁も間に合わず、その攻撃を受けたさくらは血を流してその場に倒れた。
「……あっけない」
そう言って〈人喰い鬼〉はさくらの体から流れ出す血を指につけて舐めた。相当な魔力を宿したその血は消耗した体力を瞬時に回復させた。そしてずっと気になっていた左手を見て布を取ると、左腕は腐敗していて血はまったく通っている様子はなかった。その腕に触れてみるがすぐに手を離し、恐怖を覚えた自分自身に驚いた。
「なんだ? どこかで……似たような、何か……まさか」
そう言いながら妖刀の方を見た。戦いが終わって地面に流れた血を僅かながら吸っていた。大量の血を吸って錆びつき始めていたその刀は斬れ味が悪くなっていたが、さくらの血を吸ってその錆が取れて、血の色を秘めた真紅の刀へと変わっていた。〈人喰い鬼〉と呼ばれるようになってから、その前から記憶はなかった。血肉を喰らって生きていることだけは覚えていたからそうしてきた。だから戦いが楽しいと感じるのも本当はわからない。
「いたた……」
「え?」
弱々しい声だったが体を起こそうとするさくらから離れた。考えているうちに血は止まっていて、その傷もなかったことにされた。
「もしものために起動していた治癒(ちゆ)が残っててよかった」
「……本当になんなんだ」
「あっ、包帯が取れている……見たの?」
「見た。それは」
「『厄災』が侵食している。今は止まっているけど、いつ動き出すかわからない」
「……そうか」
「さて」
「お前……その腕を治す気はあるのか?」
「え、あるよ。ちょうど……その旅の途中だから」
「ならついていく」
「なんで?」
「完全状態で戦ってみたいと思ったからさ」
何を言っているのか、驚きの連続で少し考えていたが、これ以上〈人喰い鬼〉による被害が増えないのなら、引き寄せるのも手かとさくらは思った。けれどどうして急にそんなこと言い始めたのかわからず、背後を取られたまま少し歩いていたが、〈人喰い鬼〉の歪な姿を考えて足を止めた。
「どうした?」
「えっと、その姿を……人らしく? 変えた方がいいかなって。今の姿だと〈人喰い鬼〉の認識もあるし、それによって恐怖を与えかねないし」
「……一理あるか。だが人の形か……」
「それは魔法で何とかするから……あなたはなりたい自分を思い浮かべて」
「なりたい……ね」
さくらは地面に魔法陣を描いて、〈人喰い鬼〉はその中心に座っていた。息を整えて変化の魔法を唱えるさくらの声を聞きながら、〈人喰い鬼〉はなりたい自分を想像した。記憶がないとはいえ、断片的に残されていた名前と斬り伏せた多くの種族、そして戦いを楽しむ心とさくらとの出会い、いろんなことが頭の中を巡ってその姿は新しい形へと変わっていた。
「出来た……って!?」
目を覚ました〈人喰い鬼〉はさくらの驚く声に何が起きたのか分からなかった。しかし立ち上がってみると、さくらと同じ身長で刀は鞘に納められていた。おでこ近くを触ってみると角が一本生えていた。服は人族のものを模倣したのかよくわからなかった。「これを見て」と渡された鏡にはさくらと瓜二つの顔が映っていた。
「これが……」
「ちょっとびっくりしちゃったけど、上手くいってよかった」
「髪の長さが違うくらいか」
「そうだね」
「あたしは理夏(りか)」
「え?」
「名前」
「あっ、私はさくら。これからよろしくね」
「よろしく」
理夏はそう言い、さくらを置いて歩き始めたが、「待って!」とすぐに呼び止められた。さくらは箒を作って乗って理夏に手を差し伸べた。またがればいいのかと思い、さくらにつかまると浮かび上がって空を飛んだ。飛び始めた直後は少し怖がっていたが、慣れてきて理夏は周りの風景を見ていた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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