影に秘められたあの世の未来
公開 2026/02/15 10:53
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(空白)
 雲一つない快晴の空に大きな切り株、そこに生き物達が群がっていた。その切り株の上に置かれていたのは謎の卵だった。温めることもなく放置された卵は風に吹かれて冷たくなっていたが、太陽とさほど変わらない光を放っていた。生き物達は誰も触れないままそれを見ていたが、ひび割れた音がして後退りして見守るものと逃げて木々に隠れるものがいた。そうしているうちに卵は完全に砕け散ったが、中から溢れたのは黒い液体だった。そしてその液体は生き物達の真似事をするかのように形を変える影となった。
 最初は誰も受け入れなかった。恐怖の方が勝って生き物達はその影を森から排除しようとしていた。しかし彼は生き物達に対して何の危害を与えるわけもなく、ただ真似事を繰り返して過ごしていた。ある日、森の中に人間達が入ってきた。彼は初めて見る人間の姿を追い、何か重たいものを背負っていることに気づいた。それが銃であると知らないまま、彼は小さな猪を見つけた。いつものように形を変えてその猪に近づこうとした時、人間の一人が銃を撃った。猪はその場に倒れて人間達は喜んで運んでいった。何が起きたのか理解できなかったが、何の姿でもない影になって人間達を追うと、その猪は皮をはがされて肉はバラバラに切り裂かれて、残された骨は土に埋めることなく捨てられた。人間達は楽しそうに猪肉を食べていた。
「あれが人間……生き物達の言っていた恐怖の対象」
 彼はそう呟き、森の中で時々聞こえていた生き物達の悲鳴の正体がこの銃撃であることを知った。

 それから彼はよく森を徘徊するようになり、生き物達を見守っていた。それに生き物達も彼は危険なものではないと判断し始めて、少しずつ受け入れられるようになった。しかし人間達による狩りは収まることを知らなかった。だからそれを止めるために人間達の前に立つことにした。生き物達には説明をして立ち入らないようにし、逃げ遅れた一匹の猪のふりをしてわざと人間達に見つかるようにした。人間達は彼を見つけて銃を撃ったが、それはすべて影にのみ込まれ、膨れ上がる姿に人間達は恐怖を覚えて逃げ出した。悲鳴を上げて「化け物! 化け物が……」と叫び続けたが、その声は一つ、また一つと消えた。静まりかえった森の中には人間達が逃げようとして落とした血の道が出来ていた。しかしその血の道は一瞬にして、綺麗な自然の道へと戻って、彼は人の姿をした影になった。
 彼は森の守護者にして、自然を蔑ろにする人間達の殺戮者になっていた。一時は人の姿をとっていたが、生き物達が判断できないとして、森に捨てられていた本に描かれていたものの姿をとることにした。それはどこかの世界を終わらせた古龍の姿に似ていた。

 だが何百年経とうとも人間達は学習しない。彼という化け物が森の中で暮らしていると知っているはずなのに、生き物達を襲って食料にしようと愚かな人間達は入り込む。彼の影ですら飲み込めないほどの血が森の中に流れて地面に染み込み、木々が枯れて自然が悲鳴を上げ始めていた。それに人間を殺すために強力になっていく影を彼は少しずつ恐怖するようになった。いつか理性がなくなって暴走し、生き物達のみならずこの森さえも飲み込んでしまうのではないかと考えるようになっていた。
 それはいつものように森の中を見回っている時だった。草花がむしり取られて、木々には謎の傷がついていた。その近くの地面には魔法陣が描かれていて、その魔法陣を守る罠が仕掛けられていた。その罠を繋ぐために木々が傷つけられていた。彼はその行為に怒りを覚えて罠を取り除き、そのまま魔法陣も消し去ってやろうと思った。しかしその中心には少女が倒れていて、彼女の手足には枷がつけられて、まるで死んでいるかのように動かなかった。それを見た彼は今まで人間に対して思わなかった、かわいそうにという感情が流れ込んでいた。「……何をしようとしている」と考えて彼が魔法陣に触れると影の一部がのみ込まれ、霧のようなものへと変わって晴れると、さっきまでなかった少女の右の薬指に光を失ったルビーの指輪が現れた。そして魔法陣は壊れたかのように色を失って灰になった。
「これで……!」
 後は少女をどうにかするだけだったが、人間達の足音が聞こえて彼は姿を消した。人間達は罠と魔法陣が破壊されていることに気づき、彼の存在を認識していた。それでもなお新しく罠と魔法陣を張り直し、何かの本を読んでいた。それはこの世界から別の世界へと転移するための儀式に必要なものが書かれた本だった。何のためにそんなことをするのか彼には関係なく、どうしてこの場所なのかという怒りが膨れ上がっていた。すぐにでも殺してやろうと思ったが、どうしても少女のことが気になって姿を現すことが出来なかった。
 魔法陣を囲むように人間達は立って、別の世界への扉を開くための詠唱を始めた。しかし詠唱が終わっても扉が現れることはなかった。贄である少女が目覚めていないことが原因かと思った人間の一人が魔法陣に足を踏み入れた時、突然起動し始めて少女は浮かび上がった。手足につけられていた枷は一つずつ壊れて、綺麗な黒髪は白髪へと、ゆっくり開いた瞳は空色から赤色へと変わっていた。そして光を失っていたルビーの指輪は赤い光を放っていた。
「何が起きている!?」
「わかりません。それにあの指輪は……見たことがない」
 人間達はそう言って慌てふためき、魔法陣の中心に立つ少女に対して別の詠唱を始めていたが、その本は勝手に燃え始めて塵一つ残さず消え去った。それでも人間達は魔法を撃とうとし、彼はその火を見た時、とうとう姿を現した。少女の目の前に現れた彼の姿に人間達はどうすることも出来ず、影の中にのみ込みながら潰して殺した。何もかも終わって少しの沈黙の後、彼は少女に近づいた。しかし人間達の処理をしている間に指輪はまた光を失って、少女は魔法陣の中心に倒れていた。深いため息をついて少女を森の外へと連れて行くために運んでいたが、どこに行こうとも外に出られなかった。毎日のように徘徊しているから道は知っているはずなのに、どうやっても森の中へと戻ってきてしまった。
 そして森の中を行き来し続けて辿り着いた先に一つの扉が立っていた。すると少女が目を覚まし、赤色の瞳は若草色へと変わっていた。
『見えぬものが見えないように、閉ざされた扉が開かぬように』
 彼はハッとして周りを見たが、少女以外の気配は何も感じなかった。すると少女は扉の方に手を伸ばし、彼がおろしてあげるとそのまま歩いて扉に触れた。
『間違えぬ選択を起こさないように』
 また聞こえたその声は少女にも聞こえていたようで、首を傾げていた。しかし少女は光を失った指輪を見つめた後、彼の方をじっと見ていた。


 あの世とこの世を繋ぐ扉、開かれる時以外その扉は閉ざされていなければならない。しかし禁忌を動かし、死者を蔓延らせようとする愚か者が世界中に存在している。それは一つの世界の出来事ではない、複数の並行世界において存在している。その悲劇を起こさないために“あの世界”には守り手がいた。


 彼は少女に見つめられて何をしているのか分からなかったが、その瞳の奥にある冷たさを感じ取っていた。彼がまだ卵だった頃に感じていたものに似ていて、思い返せばあの声もどこかで聞いたことがあるような声をしていた。だがそれを思い出すことが出来ない。影となって生き物達の真似事を繰り返すたびに、冷たさは温かさに変わって少しずつ溶け出した氷は水になって吸い込まれた。閉じていた心は開かれて、化け物と呼ぶにはあまりにも豊かすぎる感情を手に入れてしまった。それが変わってしまったということなのだろう。元には戻れないからあの声を思い出すことが出来ない。
「……行かなきゃ」
 小さな少女の声に重なる謎の砂嵐。扉は開いてその中は暗く淀んでいた。少女が足を踏み入れようと進むが、彼は嫌な予感がしてその手を握って動かなかった。彼は少女に対して首を振り、扉から離れるように促したが、少女は彼から手を離して中に入っていった。少女が入り込んでからも扉は開いたままだった。まるで彼を招いているかのように閉じることはなかった。少し考えた後、行きたくなかったが少女のことが心配になって扉の中へと進んだ。彼が森からいなくなって扉は閉じて、その扉は跡形もなく消えた。

 扉の向こう側は暗闇に星が瞬く宇宙空間のようなものになっていた。しかし奥に進むとその輝きは失われて冷たい暗闇が広がり始めていた。何も見えないほどになった時、少女は一つの光になって立っていた。だがそれに彼が近づいた時、それが少女ではないことに気づいた。
「……誰だ」
『……』
「何を言っている」
『……』
「だから」
『そう……覚えていない』
「覚えていない?」
 彼がそう言った時、目の前の光は消えた。しかし消える瞬間、壊れたルビーの指輪が落ちていた。まさかと思って彼は少女を探し回ったが、暗闇の中では何も見えなかった。少女の名前も知らず、呼びかけることも出来ないまま、何かにぶつかった。
 それは祭壇だった。痛みはなかったが、周りは少し明るく、どうやら月の光が差し込んでいたようだった。少女よりは高く、髪も長い女性が暗く淀んだ空を見上げていた。その瞳は冷たい藍色でたまに赤色に染まっていた。彼はその姿を見て「あ……そうだ」と思い出した。

 この世とあの世を繋ぐ扉は永遠に閉じられるはずだった。だが繰り返される悲劇は世界に埋め込まれた運命の如く、誰も止めることが出来なかった。あの世に生きる彼女はそれを認識し、たとえ自分の姿が消えようとも未来を変える方法を探していた。そして答えに辿り着いたのは彼女ではなく、指輪の方だった。彼女とともにあの世を守っていた指輪の力は新たな持ち主、未来を変える“過去の少女”に出会うため、あの世界へと渡った。しかしあの世界に渡る際に拒まれた力の一部が落ちて、小さな卵となって彼が生まれた。元は指輪の意思、だから少女を人間達とは違うものと判断したのかと思った。
「ならば……」
 すべてを思い出した時、扉が閉ざされたことに気づいて後戻りは出来ないとわかった。月の光に照らされた女性のもとへ行くとその姿は消えて、少女へと変わっていた。少女の瞳は若草色のままだったが、彼を見つけると泣き出して走り寄ってきた。
「大丈夫……何も心配する必要はない」
 泣きじゃくる少女には聞こえていないようだったが、彼は少女の頭を撫でていた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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