闇堕ちの能力者 第四章 亡くした心は蝶の夢を見る(3/3)
公開 2026/01/22 14:09
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簡単にコタラが三人を逃がすとは思えなかった。体の痛みがまだ治りきっていないセオンは体力の消費も相まって遠い距離を一気に『転移』することが出来ず、どこかのビルの屋上を休憩所としながら逃げていた。しかし休憩しようとするたびに、黒い花の葉が伸びてきたが、『時計』で時間を止めて攻撃をかわしていた。
「このままではきりがない……それにどこまで逃げれば」
限界以上に能力を使用すれば『式神システム』が耐えきれずに暴走状態になる。それを十分に理解しているつもりだったが、そんなこと言っている場合ではなかった。暴走状態になれば敵味方関係なく、ランダムに『転移』してしまうのだろうか、とセオンは考えながら二人とともに飛び続けていたが、後ろから追ってきていた得体の知れないものの攻撃がソルヒの体を貫いていた。「え?」とセオンは唖然となったが、ソルヒに「リイノの手は離すな」と言ってそのまま墜落していった。リイノもソルヒの名前を叫んでその手を取ろうとしていたが届かず、セオンは最後の『転移』を使って病院の屋上に辿り着いた。
「どうして……どうして」
「……ソルヒなら……『時計』なら……それよりも……リイノさん、逃げて」
「セオンさん!?」
能力を使い果たして崩れ去るように倒れたセオンとずっと持っていたぬいぐるみ。けれどぬいぐるみと思われていたそれはリイノが見ていることに気づかないまま動き出していた。
「……やっぱりそうだったんだ」
しかしリイノはそのことに驚く様子もなく、むしろぬいぐるみの方が驚いてどこか隠れようとあたふたしていた。
「大丈夫。あなたのご主人様を助けるから。でも……ううん……怒られちゃうかもしれないけど」
リイノはぬいぐるみを抱えて、病院内へと入り込んだ。屋上の扉が閉まった頃に得体の知れないもの達も上りきった。取り残されたセオンを気にもせず、リイノだけを追い求めて病院を壊す勢いで攻撃を繰り返した。リイノはぬいぐるみを頭に乗せて『破壊』で得体の知れないものを倒したが、その場に広がるのはドロドロとした黒い液体で身動きが出来なくなるだけでなく、それすらも追跡してくる酷い状態でとうとう一室に閉じ込められてしまった。そこにコタラもやってきて静かに口を開いた。
「意味なんてない」
「……そんなことないよ。この子だって」
「……!」
頭に乗せていたぬいぐるみを視認したコタラの動きが一瞬止まり、声の音が聞こえない口の動きで『やめて』と言っていた。本心はやめたがっているのに、能力の暴走は止められない。その状況に陥っているのだと改めて理解した。
虚ろな瞳がリイノを映し、足元から溢れる黒い液体から生み出された棘が彼女を貫こうとする。『破壊』で触れると砂のように崩れ去ったが、そこには頭蓋骨が紛れていた。悲鳴をあげそうになるリイノはそれに触れないようにしたが、棘の代わりに頭蓋骨が溢れて壁まで追い詰められた。
「……ああ」
何かを言おうとするコタラの目から涙がこぼれていた。殺したくない想いも残されていた理性も、長い暴走状態の中で何もかも失ってしまった。コタラの意思はどこにもなく、『亡心』という能力が完全に彼を乗っ取っていた。
「さよなら」
放たれた黒い花の蔓(つる)が埋もれていたリイノを貫いて引き抜こうとした。しかしリイノはその棘にまみれた蔓を掴んで離さなかった。痛みをこらえながら能力は『破壊』は『封印』に変わって、その足は少しずつコタラの方に近づいていた。
ドロドロとした黒い液体はリイノを沈めることなく、彼女の足が触れた途端消えてなくなった。得体の知れないものが飛びかかってきても、リイノに触れる前に光に包まれて消えた。恐怖を感じ取った『亡心』は勢いよく黒い花の蔓をリイノから引っこ抜き、遠ざけようとしたがすでに遅く、コタラの体に彼女は寄りかかっていた。コタラの鼓動を聞きながらリイノは血塗れの中で『封印』を施していた。
しかし乗っ取られていた体がコタラの元に戻ろうとしていた時、今までの『亡心』の蓄積を一時的に『封印』でしのいでいたリイノの体が耐えきれるはずもなかった。暴走状態から解放されたコタラはその場で意識を失っているだけだったが、リイノはすでに冷たくなり始めていた。
不意の『亡心』からの攻撃で転落していたソルヒは『時計』の能力を駆使してなんとか着地出来ていたが、怪我が酷くすぐに動ける状態ではなかった。しかしなんとか時間を巻き戻して傷は塞がったが、『亡心』による痛みが引くことはなかった。それでもセオンの「病院に行く」という言葉を思い出し、痛みをこらえながら走っては休憩を繰り返してなんとか辿り着いた。しかし建物にびっしりと得体の知れないものが張りついて、病院内に入ろうとしたがどの出入り口も塞がれていた。「くそ!」とキレ散らかしていると、いきなり肩を軽く叩かれて振り返ると息を切らしたミヒシが立っていた。ミヒシ曰く、コタラの暴走を止めようとしたが、三人がいなくなったことに気づくとコタラはそっちに、ミヒシの動きは得体の知れないものの大量発生で止められてしまった。
しかし足止めはすぐに解消した。張りついていた得体の知れないものが一斉に消滅し、壁がひび割れていた病院が露わになった。玄関のガラス扉は粉々に砕かれ、ソルヒはコタラが通ったであろう形跡を追って、リイノの名前を叫び続けた。だが辿り着いた時、二人は倒れていてミヒシがコタラの方を、ソルヒがリイノの方を確認したが、彼女の体が冷たくなりすぎていることに恐怖を感じて、心臓の音を聞くために耳を当てた。
「……聞こえない」
そんなことありえない、とソルヒはリイノの体を抱えて『時計』を使って巻き戻しを試みたが、何も起こらなかった。
「そんな……死んだなんて……認めたくない」
「……」
「また……守れなかったのか、僕は」
ソルヒは涙をこらえてコタラの方を睨みつけた。けれど『亡心』の性質を知って『封印』を使うなら最初からそうしようとしていたのではないか、と思い始めた。死ぬとわかっていてもみんなを守るために。
それは白い空間だった。多くの文字が文章となって紡がれて物語が形成される。それを記録して保管する、世界の書庫という場所に。「世界を記録する力」を持つ『世界の観測者』、「世界を消滅させる力」を持つ『永遠の機械人形』、そしてその後継者となった『記録者』達。彼はその『記録者』の一人だった。記憶は曖昧でもそれは思い出していた。しかし後継者とはいえ、世界を記録するだけが『記録者』の役割じゃない。世界を記録し「修正する」、それが『記録者』に与えられた力だった。ここに与えられた名前とともに付与された力は違えども、「世界を修正する力」は『記録者』なら誰でも持っていた。しかしこの力は本来、悪しきものを取り除くために存在し、それ以外で使用すれば何が起こるかわからなかった。
碧海(へきかい)ツクシ、それはこの世界で登場するためにつけられた名前。本当の名はなく、ただ『不明の記録者』と呼ばれ続けた最後の『記録者』。彼はずっとこの世界の記録を取り続けていた。桜陰リイノ、彼女に出会って『記録者』のことを思い出した時からずっと『誰か』を探し続けていた。一度はあきらめた『誰か』の存在を求めるように、リイノに生きてほしいと願っていた。しかし彼女は自分の判断で死を受け入れた。悲しむ人物がいるとわかっていながら、それでもみんなを守るために。
あのまま本が閉じれば物語は終わる。しかし白紙の本にはまだページが残っていた。彼はこの結末を望まなかった。ヒントとは言わず答えを伝えていれば何か変わっていたのかもしれない。しかし干渉しすぎる力はこの世界の崩壊をもたらす可能性もあった。だから何も教えられない、そうするしかなかった。
けれどまだやり直せるのだとしたら、彼は何も書かれていない白紙のページを開いた。紙を触って目を閉じていた。すると文字が抜け落ちて新たな文章が生み出される。「世界を修正する力」は彼の願いを聞き届け、リイノの死をなかったことにした。
しかしそこに訪れるのは代償だった。悪しきものを取り除くために使用されるはずの「世界を修正する力」、それを自分自身のために使ったらどうなるか、彼はまだ理解していなかった。
何もかもが終わった後、セオンはリイノの体を支えて泣き叫ぶソルヒを見ていた。『封印』の能力を使い、『亡心』を止めた代償は『時計』でも巻き戻せない恐ろしい死だった。セオンは自分が気を失わずに動けていれば、まだ生きている可能性があったかもしれないと思い、後悔しても後悔しきれなかった。しかし彼はリイノの手がソルヒの顔に当たっているのに気づいた。
「……ソルヒ」
「!」
「……泣かないで」
「あ……あ、い、生きて」
「うん」
「また……守れなかったと」
「……そんなことは……止められたよ」
「わかっているから……だから、すぐに」
「……」
「リイノ? リイノ! おい! 目を開けてくれ!!」
「ソルヒ、あんまり体を揺らすな」
「だって……」
「わかるが、今は……もう少しで治療が出来る」
「……え? でも」
「俺の知り合いの医者がいる。安心しな、闇医者ではないから。コタラも知っているし」
そう言ってもソルヒは心配するだろうとセオンは思いながら、一息ついて集中し『転移』を使った。それは倒れているコタラの様子を見るミヒシ、リイノを抱えるソルヒとセオンの五人を一気に別の病院へと『転移』する普段よりも負荷がかかりすぎる方法だった。セオンの姿を見た医者は倒れている二人を急いで運ぶように看護師に言い、ソルヒは近くでもいいからいさせてくれと頼み、そのままついていった。
「本当に大丈夫なのだろうか」
「大丈夫です。信用できる医者なので」
「……あの二人は」
「生きていますよ。暴走状態であったとしてもルジオさんとランデさんの命は奪わなかったようなので」
「そうか……よかった」
「ただ問題があるとすれば、多くの人々が『亡心』によって命を落とすことになったので、コタラさんの信用が……ってところですが」
「なんとか出来ないのか?」
「一応、改竄は出来ます。情報の錯乱なら別にやりますけど。それを望むかは彼次第なので」
「……そうなるよな」
「まぁ悪いのはコタラさんじゃないですからね」
そういうセオンにミヒシはそれ以上追求することはなかった。何か裏で恐ろしいことが起きていて、それを探して排除し街を守るために、一般人を巻き込まないように情報も最低限で動いているのだろう、とミヒシは思っていた。
治療が終わっても眠ったままでソルヒはリイノの手を握り続けていた。すると壊死状態だった二匹の蛇が動き出し、リイノの枕元に近づいてじっとしていると彼女はゆっくりと目を覚ました。「まだ泣いている……」とソルヒを見ながらリイノが微笑むと彼は「よかった」と安堵していた。コタラが目を覚ますとお腹の辺りにぬいぐるみが置かれていた。「ごめんな」と優しく触れると、そのぬいぐるみは嬉しそうにして頬にすり寄っていた。
何も見えない暗闇の中で動いている奇妙な機械。そこには目を閉じている人が入っていた。その一つが目を開き、ガラスの扉が開いて液体がこぼれ落ちた。
「まったく……無駄にするなと」
「ごめん、でもいきなりじゃ避けられないって」
「確かにあれは不意過ぎたか」
「だからさ……あいつに言わないでよ」
「それとこれとでは別の話だ。お前は作戦に失敗した」
「え?」
「あの方の求めたものは手に入っていないからな」
「そ、そんな……」
「だが未完成であることも事実。だからその能力、完全に再現して見せよ、とのことだ」
「それって……チャンスくれるってこと?」
「そう思うならそう思えばいい。お前にはその能力以外にも再現してもらわなきゃいけないからな」
「が、頑張ります!」
「じゃあ、俺は研究に戻るから。次、無駄にしたら容赦しないからな」
そう言って研究者と思われる者は去っていった。残された一人は未だ眠り続ける仲間達の複製体を見た後、暗闇から出ていった。
簡単にコタラが三人を逃がすとは思えなかった。体の痛みがまだ治りきっていないセオンは体力の消費も相まって遠い距離を一気に『転移』することが出来ず、どこかのビルの屋上を休憩所としながら逃げていた。しかし休憩しようとするたびに、黒い花の葉が伸びてきたが、『時計』で時間を止めて攻撃をかわしていた。
「このままではきりがない……それにどこまで逃げれば」
限界以上に能力を使用すれば『式神システム』が耐えきれずに暴走状態になる。それを十分に理解しているつもりだったが、そんなこと言っている場合ではなかった。暴走状態になれば敵味方関係なく、ランダムに『転移』してしまうのだろうか、とセオンは考えながら二人とともに飛び続けていたが、後ろから追ってきていた得体の知れないものの攻撃がソルヒの体を貫いていた。「え?」とセオンは唖然となったが、ソルヒに「リイノの手は離すな」と言ってそのまま墜落していった。リイノもソルヒの名前を叫んでその手を取ろうとしていたが届かず、セオンは最後の『転移』を使って病院の屋上に辿り着いた。
「どうして……どうして」
「……ソルヒなら……『時計』なら……それよりも……リイノさん、逃げて」
「セオンさん!?」
能力を使い果たして崩れ去るように倒れたセオンとずっと持っていたぬいぐるみ。けれどぬいぐるみと思われていたそれはリイノが見ていることに気づかないまま動き出していた。
「……やっぱりそうだったんだ」
しかしリイノはそのことに驚く様子もなく、むしろぬいぐるみの方が驚いてどこか隠れようとあたふたしていた。
「大丈夫。あなたのご主人様を助けるから。でも……ううん……怒られちゃうかもしれないけど」
リイノはぬいぐるみを抱えて、病院内へと入り込んだ。屋上の扉が閉まった頃に得体の知れないもの達も上りきった。取り残されたセオンを気にもせず、リイノだけを追い求めて病院を壊す勢いで攻撃を繰り返した。リイノはぬいぐるみを頭に乗せて『破壊』で得体の知れないものを倒したが、その場に広がるのはドロドロとした黒い液体で身動きが出来なくなるだけでなく、それすらも追跡してくる酷い状態でとうとう一室に閉じ込められてしまった。そこにコタラもやってきて静かに口を開いた。
「意味なんてない」
「……そんなことないよ。この子だって」
「……!」
頭に乗せていたぬいぐるみを視認したコタラの動きが一瞬止まり、声の音が聞こえない口の動きで『やめて』と言っていた。本心はやめたがっているのに、能力の暴走は止められない。その状況に陥っているのだと改めて理解した。
虚ろな瞳がリイノを映し、足元から溢れる黒い液体から生み出された棘が彼女を貫こうとする。『破壊』で触れると砂のように崩れ去ったが、そこには頭蓋骨が紛れていた。悲鳴をあげそうになるリイノはそれに触れないようにしたが、棘の代わりに頭蓋骨が溢れて壁まで追い詰められた。
「……ああ」
何かを言おうとするコタラの目から涙がこぼれていた。殺したくない想いも残されていた理性も、長い暴走状態の中で何もかも失ってしまった。コタラの意思はどこにもなく、『亡心』という能力が完全に彼を乗っ取っていた。
「さよなら」
放たれた黒い花の蔓(つる)が埋もれていたリイノを貫いて引き抜こうとした。しかしリイノはその棘にまみれた蔓を掴んで離さなかった。痛みをこらえながら能力は『破壊』は『封印』に変わって、その足は少しずつコタラの方に近づいていた。
ドロドロとした黒い液体はリイノを沈めることなく、彼女の足が触れた途端消えてなくなった。得体の知れないものが飛びかかってきても、リイノに触れる前に光に包まれて消えた。恐怖を感じ取った『亡心』は勢いよく黒い花の蔓をリイノから引っこ抜き、遠ざけようとしたがすでに遅く、コタラの体に彼女は寄りかかっていた。コタラの鼓動を聞きながらリイノは血塗れの中で『封印』を施していた。
しかし乗っ取られていた体がコタラの元に戻ろうとしていた時、今までの『亡心』の蓄積を一時的に『封印』でしのいでいたリイノの体が耐えきれるはずもなかった。暴走状態から解放されたコタラはその場で意識を失っているだけだったが、リイノはすでに冷たくなり始めていた。
不意の『亡心』からの攻撃で転落していたソルヒは『時計』の能力を駆使してなんとか着地出来ていたが、怪我が酷くすぐに動ける状態ではなかった。しかしなんとか時間を巻き戻して傷は塞がったが、『亡心』による痛みが引くことはなかった。それでもセオンの「病院に行く」という言葉を思い出し、痛みをこらえながら走っては休憩を繰り返してなんとか辿り着いた。しかし建物にびっしりと得体の知れないものが張りついて、病院内に入ろうとしたがどの出入り口も塞がれていた。「くそ!」とキレ散らかしていると、いきなり肩を軽く叩かれて振り返ると息を切らしたミヒシが立っていた。ミヒシ曰く、コタラの暴走を止めようとしたが、三人がいなくなったことに気づくとコタラはそっちに、ミヒシの動きは得体の知れないものの大量発生で止められてしまった。
しかし足止めはすぐに解消した。張りついていた得体の知れないものが一斉に消滅し、壁がひび割れていた病院が露わになった。玄関のガラス扉は粉々に砕かれ、ソルヒはコタラが通ったであろう形跡を追って、リイノの名前を叫び続けた。だが辿り着いた時、二人は倒れていてミヒシがコタラの方を、ソルヒがリイノの方を確認したが、彼女の体が冷たくなりすぎていることに恐怖を感じて、心臓の音を聞くために耳を当てた。
「……聞こえない」
そんなことありえない、とソルヒはリイノの体を抱えて『時計』を使って巻き戻しを試みたが、何も起こらなかった。
「そんな……死んだなんて……認めたくない」
「……」
「また……守れなかったのか、僕は」
ソルヒは涙をこらえてコタラの方を睨みつけた。けれど『亡心』の性質を知って『封印』を使うなら最初からそうしようとしていたのではないか、と思い始めた。死ぬとわかっていてもみんなを守るために。
それは白い空間だった。多くの文字が文章となって紡がれて物語が形成される。それを記録して保管する、世界の書庫という場所に。「世界を記録する力」を持つ『世界の観測者』、「世界を消滅させる力」を持つ『永遠の機械人形』、そしてその後継者となった『記録者』達。彼はその『記録者』の一人だった。記憶は曖昧でもそれは思い出していた。しかし後継者とはいえ、世界を記録するだけが『記録者』の役割じゃない。世界を記録し「修正する」、それが『記録者』に与えられた力だった。ここに与えられた名前とともに付与された力は違えども、「世界を修正する力」は『記録者』なら誰でも持っていた。しかしこの力は本来、悪しきものを取り除くために存在し、それ以外で使用すれば何が起こるかわからなかった。
碧海(へきかい)ツクシ、それはこの世界で登場するためにつけられた名前。本当の名はなく、ただ『不明の記録者』と呼ばれ続けた最後の『記録者』。彼はずっとこの世界の記録を取り続けていた。桜陰リイノ、彼女に出会って『記録者』のことを思い出した時からずっと『誰か』を探し続けていた。一度はあきらめた『誰か』の存在を求めるように、リイノに生きてほしいと願っていた。しかし彼女は自分の判断で死を受け入れた。悲しむ人物がいるとわかっていながら、それでもみんなを守るために。
あのまま本が閉じれば物語は終わる。しかし白紙の本にはまだページが残っていた。彼はこの結末を望まなかった。ヒントとは言わず答えを伝えていれば何か変わっていたのかもしれない。しかし干渉しすぎる力はこの世界の崩壊をもたらす可能性もあった。だから何も教えられない、そうするしかなかった。
けれどまだやり直せるのだとしたら、彼は何も書かれていない白紙のページを開いた。紙を触って目を閉じていた。すると文字が抜け落ちて新たな文章が生み出される。「世界を修正する力」は彼の願いを聞き届け、リイノの死をなかったことにした。
しかしそこに訪れるのは代償だった。悪しきものを取り除くために使用されるはずの「世界を修正する力」、それを自分自身のために使ったらどうなるか、彼はまだ理解していなかった。
何もかもが終わった後、セオンはリイノの体を支えて泣き叫ぶソルヒを見ていた。『封印』の能力を使い、『亡心』を止めた代償は『時計』でも巻き戻せない恐ろしい死だった。セオンは自分が気を失わずに動けていれば、まだ生きている可能性があったかもしれないと思い、後悔しても後悔しきれなかった。しかし彼はリイノの手がソルヒの顔に当たっているのに気づいた。
「……ソルヒ」
「!」
「……泣かないで」
「あ……あ、い、生きて」
「うん」
「また……守れなかったと」
「……そんなことは……止められたよ」
「わかっているから……だから、すぐに」
「……」
「リイノ? リイノ! おい! 目を開けてくれ!!」
「ソルヒ、あんまり体を揺らすな」
「だって……」
「わかるが、今は……もう少しで治療が出来る」
「……え? でも」
「俺の知り合いの医者がいる。安心しな、闇医者ではないから。コタラも知っているし」
そう言ってもソルヒは心配するだろうとセオンは思いながら、一息ついて集中し『転移』を使った。それは倒れているコタラの様子を見るミヒシ、リイノを抱えるソルヒとセオンの五人を一気に別の病院へと『転移』する普段よりも負荷がかかりすぎる方法だった。セオンの姿を見た医者は倒れている二人を急いで運ぶように看護師に言い、ソルヒは近くでもいいからいさせてくれと頼み、そのままついていった。
「本当に大丈夫なのだろうか」
「大丈夫です。信用できる医者なので」
「……あの二人は」
「生きていますよ。暴走状態であったとしてもルジオさんとランデさんの命は奪わなかったようなので」
「そうか……よかった」
「ただ問題があるとすれば、多くの人々が『亡心』によって命を落とすことになったので、コタラさんの信用が……ってところですが」
「なんとか出来ないのか?」
「一応、改竄は出来ます。情報の錯乱なら別にやりますけど。それを望むかは彼次第なので」
「……そうなるよな」
「まぁ悪いのはコタラさんじゃないですからね」
そういうセオンにミヒシはそれ以上追求することはなかった。何か裏で恐ろしいことが起きていて、それを探して排除し街を守るために、一般人を巻き込まないように情報も最低限で動いているのだろう、とミヒシは思っていた。
治療が終わっても眠ったままでソルヒはリイノの手を握り続けていた。すると壊死状態だった二匹の蛇が動き出し、リイノの枕元に近づいてじっとしていると彼女はゆっくりと目を覚ました。「まだ泣いている……」とソルヒを見ながらリイノが微笑むと彼は「よかった」と安堵していた。コタラが目を覚ますとお腹の辺りにぬいぐるみが置かれていた。「ごめんな」と優しく触れると、そのぬいぐるみは嬉しそうにして頬にすり寄っていた。
何も見えない暗闇の中で動いている奇妙な機械。そこには目を閉じている人が入っていた。その一つが目を開き、ガラスの扉が開いて液体がこぼれ落ちた。
「まったく……無駄にするなと」
「ごめん、でもいきなりじゃ避けられないって」
「確かにあれは不意過ぎたか」
「だからさ……あいつに言わないでよ」
「それとこれとでは別の話だ。お前は作戦に失敗した」
「え?」
「あの方の求めたものは手に入っていないからな」
「そ、そんな……」
「だが未完成であることも事実。だからその能力、完全に再現して見せよ、とのことだ」
「それって……チャンスくれるってこと?」
「そう思うならそう思えばいい。お前にはその能力以外にも再現してもらわなきゃいけないからな」
「が、頑張ります!」
「じゃあ、俺は研究に戻るから。次、無駄にしたら容赦しないからな」
そう言って研究者と思われる者は去っていった。残された一人は未だ眠り続ける仲間達の複製体を見た後、暗闇から出ていった。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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