闇堕ちの能力者 第三章 楽しい祭りと記念の宴を(1/2)
公開 2025/09/21 10:14
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季節の変わり目を忘れた空、日の光が照らしたアスファルトの地面から籠った熱が風に乗って、夏の暑さから逃れたい体にまとわりついた。暑さに異常をきたし、動ける体も嫌気がさして、冷房の効いた部屋から一歩も動きたくなくなった。そんな場所でも汗だくになっていた水鏡(すいきょう)コタラは外から運び込まれた荷物の整理をしていた。普段こういう仕事は別の人に任せていたが、近年の流行り病によって長引いた休暇は人手不足を招いていた。そんな時、ポケットに入れていたスマホが鳴って、持っていた箱をその場におろした。確認するとその名前は久しぶりに見るものだった。
数日後、コタラは空港の中で待っていた。過ぎ去ったはずの梅雨が戻ってきて、大雨と雷を落とした天気を繰り返していたが、今日はそんなことなく雲一つない快晴の空になっていた。多くの人々が通り過ぎていく中、スーツケースを引いて歩く人がコタラに向かって手を振っていた。元気そうにしているが、実のところ飛行機の遅れで待ち合わせ時間よりもかなり遅くなっていた。
「……やっと着いた」
「お疲れ」
「コタラもごめんね。忙しいはずなのに」
「忙しいけどお前が帰ってくるってなったら、それ以上に重要なことはないし……みんなに連絡したのか?」
「したけど相変わらず、忙しいって返されちゃったよ」
「……そっか、いつも通りか」
「それよりも外に出ようぜ」
そう言ってコタラを置いたまま歩き出した足を追うように彼もついていった。空港の外に出て目一杯の空気を吸い込んで吐き出し、周りを見渡して驚いた顔をしていた。
その頃、街では大きな祭りが開催されるという話で持ちきりで、いろんな所でチラシが張られ、病院内の掲示板でも他のお知らせを押しのけて張られていた。それと同時に一時的外出の許可をもらおうという動きが活発になっていた。桜陰(さくらかげ)リイノもまた掲示板を見て祭りのことを知ったが、いろんなことが起きすぎたことで、迷惑はかけられないと思って「行きたい」と声に出すことはなかった。
しかし病室に訪れる涼月(りょうげつ)ソルヒはリイノを祭りに連れて行きたかった。いろんなことが起きすぎたからこそ、楽しい思い出を作ってほしいと願っていた。けれど医者は屋上での出来事から立入禁止にして、その後のリハビリはすべて病院内で行われていた。危険だと判断したのは賢い選択だが、ソルヒにとってそれはまた逆戻りだ、心を開き始めたリイノをまた苦しめることになる、と思っていた。
そんな中、中立の立場にいたはずの情報屋、甘雨(かんう)セオンは内情に入り込み過ぎて、その他の情報屋に怒られていた。しかしそれを聞き流しつつ、スマホで連絡を確認していた。取り上げられそうになるが、『転移』で避けまくり、怒っていた相手は諦めた。するとセオンはスマホの指を止めて、新しい連絡を見つけて『転移』で完全に逃げ出して電話をかけていた。電話の相手は警察官の朝寒(あささむ)ルジオだった。
「もしもし」
『あっ、何度もすみません』
「いえ、ちょっと……怒られてて」
『だ、大丈夫ですか? もしかして……』
「いや、それではなく」
『よかった……』
「それで?」
『そう、そうでした。この前のことなんですが……』
この前のこと、と言われてセオンは少し暗めの路地裏へと入り込んだ。詳しくは資料として後で送ると言ったが、発せられる音声を聞かれるわけにはいかないと物静かな空間で電話越しのルジオとセオンの声だけが響いていた。
会話が終わって電話を切ると近くに影の気配がしてそっちを見た。そこには偶然通りかかった冬茜(ふゆあかね)ミヒシが立っていた。「忙しそうだね」と声をかけるミヒシに少し驚きつつも身内で安心した。いつも通り店を開いていたミヒシだったが、コタラの連絡で貸し切りの日を聞いて準備するために、食材の買い足しをしていた。
「本当に帰ってきたんですね」
「本当に……あーそっか。この前、直前になって帰れなくなったって言ったから」
「でもまたこうやって宴が出来ると思うと」
「楽しいけど準備がね……」
「いつもありがとうございます。何も出来ないのが……」
「あっ、そうだった」
「?」
「コタラがさ。ソルヒを連れてきてくれないかって」
「あー」
「今後のためとか言っていたけどさ。人は多い方が楽しいからね」
「一応、聞いてみますね。そういえば祭りの屋台も出るんですか?」
「やるよ。まぁ特別メニューは一部を除いて予約が埋まってしまってね」
「いつも思いますけど早いですね」
「ギボシが遺跡の調査で当日、祭りに来れないからその分を用意してくれないかと頼まれて」
「結局、日にちズラせなかったんですね」
「でも宴には来るってさ」
「それならよかった」
「……そうだ、予約するかい?」
「俺は……俺じゃなくて」
「うん、用意しておくね」
ミヒシはセオンが別の誰かのために予約しようとしていることを察し、セオンは考えを読まれたと驚いたがすぐに表情を変えて平常心を貫こうとしていた。
翌日、病院内。リイノが目覚めて起き上がると碧海(へきかい)ツクシが本を開いて立っていた。「おはよう」とリイノが声をかけると「あっ」と驚いて本を閉じた。
「何か書かれていたの?」
「うん……平和な日記だった」
「……見せてもらえないよね」
「『記録』としては干渉しすぎるから見せられない」
「単なる日記なのに?」
「日記の中に溢れた情報は遠い未来で起こることも書かれている。だから知ることは許されない」
「……わからないけどダメなんだね」
「教えられることは教えたいけど」
ツクシが困った感じを出していると病室の扉が開いて、彼はリイノから少し離れた場所に行った。扉を開けた主は予想通りソルヒだった。急いだ様子でリイノに近づいて、持っていたチラシを机に置いた。それは祭りが開催されるというお知らせを書いたもので、病院内に貼られていたものと変わらなかった。
「リイノは」
「知っているよ……掲示板に貼ってあるから」
「なんだ、なら話は早い」
「行けないって……私は危険人物だから」
「そんなことない! ほら外に出ることを申請すれば許可が通るかもしれないよ」
「だから……無理だって」
「……言い争いしているところ悪いけど、無理じゃない」
リイノとソルヒの会話の間に入り込んだ声はセオンだった。セオンの手には何かのファイルが握られて、それをソルヒの方に投げた。いきなりだったことから取れずに床に落ちた。ファイルから抜けた何枚かの紙のうち、ソルヒは一枚の紙に書かれた内容に「え?」と反応していた。
「これって」
「外出の許可はもう出ている」
「……え? 私は何も」
「本来は退院できるはずだった。あんなことがなければ」
「屋上での転落事故」
「そうだ。それで警戒度は今まで以上に高くなった。しかし外でのリハビリは行いたい。それが医院長の判断だ」
「なぜセオンが知っている? 普通リイノが最初に知る話のはずだろう」
「伝えてくれと頼まれた。祭りのせいで多くの患者が外出許可を求めて判断に追われているらしいから」
「……昨日のリハビリの帰りも多くの人が集まっていたから」
「そうなのか」
「だから俺が先に知った。まぁ読むなとは言われたが」
「おい! じゃあ、ダメじゃねぇか」
「リイノはどうしたい? 許可は下りているが、祭りだからと言って無理に出る必要はない」
「ううん……行ってみたい」
「なら一緒に行こう」
「ちょっと! 僕を置いていくな」
驚きつつも好奇心からは逃れられないように、リイノは嬉しそうに肯定し、セオンは少しホッとしていた。しかし会話から切り離されていたソルヒは置いて行かれそうになってつっこんでいた。
祭りは一週間で多くの催し物が行われて、最終日の夜には花火が上がることになっていた。外に出る許可が下りたとはいえ、安全性を保つためにせいぜい出られるのは一日ももたず、数時間程度だった。その一日の昼、約束をしていたが、ソルヒが仕事の都合で少し遅れるという話をセオンから聞き、リイノは彼とともに病院から出て祭りへ向かった。リハビリによって車椅子から歩ける状態へとなりつつあったが、まだ転ぶ時もあったため、今回の外出では車椅子を使用して行動することになった。
祭り会場へ向かう中でも街の雰囲気はいつもと違って賑わっていた。しかしリイノにはどの景色も初めて感じるものばかりで、不審にならない程度にキョロキョロしていた。祭りの入場門を通り、中に進んでいくと多くの屋台が出店していた。おなじみの焼きそばやかき氷、りんご飴などの飲食屋台、金魚すくいやヨーヨー釣りなどの遊び屋台、その他見たことない謎の屋台までいろんなものが見えた。その道の途中に異常なまでに行列が出来ている屋台があった。両隣は過疎っていてあまりにも目立っていた。人だかりで近くまで行かないと分からなかったが、屋台の主はセオンがよく知るミヒシだった。
「相変わらずミヒシさんすごいな……」
「知っている人?」
「ああ、冬茜ミヒシ、この街で飲食店を営んでいる人で、その料理のうまさから街外からのお客も多い」
「そうなんだ……すごい人」
「そんな人が屋台を開くってなったら……にしても人集まりすぎて邪魔になってんな」
「……通れないね」
「仕方ない……遠回りになるが」
「そういえばどこに行くの?」
「暑いから休憩所に行こうかと……本当は『転移』で飛んで行ってもいいが、祭りの雰囲気を楽しみたいだろうし」
「あ、ありがとう。でも『転移』使ってもいいよ。この子達も暑さでくたびれてきているから」
そう言ってリイノのそばにいる二匹の蛇はさっきから元気がなく、黒い蛇の方に至っては何もかも『破壊』したくなっていた。しかし白い蛇の『封印』によってかろうじて動きを止めていた。それを見て聞いたセオンはすぐに『転移』を使って休憩所に辿り着いた。いきなり現れた二人に驚く観光客もいたが、ほとんどは気づいていなかった。するとそこには同じように休憩しているソルヒがいた。セオンが気づいて車椅子から手を離し、『転移』でソルヒの方に行って、彼を連れてすぐにリイノのところに戻ってきた。
「ご、ごめん」
「中にいるなら連絡しろよ」
「連絡は……した」
「え? あっ、俺が気づいていなかっただけだ」
「……」
「それはすまん」
「でもソルヒに会えてよかった。これで一緒に回れるね」
「リイノごめんな。まさか延びるとは思ってなかった」
「いいよ」
嬉しそうにするリイノを見て二人の言い争いはすぐに収まり、セオンはソルヒに屋台の様子を話した。
「少し危ないか」
「まぁあそこの行列さえ収まれば、他は何ともないだろうけど」
「……」
「心配はしなくていい……とは言えないか」
「先に何個か買ってくるか、俺達で」
「私は?」
「悪いけどちょっと待っててくれるか?」
「……うん」
仕方ないとはいえ悲しい顔をさせてしまったことに、ソルヒはやるせない気持ちになった。セオンはそれに気づいて何も言わなかったが、ソルヒの肩を掴んで『転移』で姿を消した。リイノは一人残されて車椅子はその場に固定された。多くの人が暑さに負けて休憩所を訪れる。床に置かれたものと天井に取り付けられていた扇風機をもってしても、涼しさより熱風が勝って、冷たさは支給されたペットボトルの飲料くらいしかなかった。
多くの人を見過ぎて疲れてしまい、リイノは床の方を見ていると何か手渡してくる手が見えた。手には色鮮やかなペロペロキャンディが握られていた。誰だろうと思って顔を上げるとその人は顔を隠していたが、隠していた隙間から奇抜な髪が見えてすぐに誰だかわかってリイノは名前を言った。
「メノカさん? それともえっと……」
「あっちの名前は言わなくていいよ。それにしても気づくの早いね」
「でもどうしてここに? 星に帰ったんじゃなかったの?」
「帰ったよ。そして病は治り、皆は救われた。すべてはこの街のおかげだよ。ありがとう」
「それはセオンさんに言って……私はあまり分からないから」
「あの男にはいろいろ助けてもらった。感謝しきれないほどに……それで自由になって星にいたんだが、完治した者達から街に対して感謝をしたいというから、その手紙と星の特産物で作ったお菓子をもってここに来た。手紙は仲間達が預かっているが、お菓子の一部は俺が持っている」
「それがこのキャンディ……」
「正直俺はそんなに食べないからわからないが、人の味覚には合うらしい」
「……」
「そろそろバレるか」
「え?」
「意外とファンってさ、気づくんだよ。無期限で活動休止にしたのに、お忍びでここにいるのに……もっと君と話したかったのにな」
そう言って足早に去っていくメノカの顔を隠していたフードが取れて、疑問に思っていた人々が確信して追いかけていった。大変そう、と思っていると本の開く音がして、何もないところからツクシの姿が見えた。
「大変そうですね」
「うん……」
「それにしても二人戻ってきませんね」
「人多かったから並んでいるのかも……でも病室から出られないと思っていたからちょっとびっくりしちゃった」
「別に動けないわけじゃないから……『記録』はいろんな場所で行わないといけないし」
「じゃあ、いなかったのはどこかに行っていたの?」
「……まぁ」
「話せないよね」
「話せない……でもみんな祭りを楽しんでいる。今だけでなく過去も……」
「過去?」と疑問を唱えたリイノの言葉にツクシは何も返さず、近づく足音に気づいてそれ以上喋ろうとしなかった。足音の正体は二人が戻ってきたという意味を示していた。定番からおそらくミヒシから受け取ってきた予約の品など多くの袋を抱えていた。
「かなり待たせてしまった……? なんだ、そのキャンディ」
「あっ……えっと」
「もしかしてメノカか」
「うん、二人がいなくなってから……少しだけ話した」
「あの野郎……今度見つけたら」
「危険なことされてないから大丈夫だよ、ソルヒ。……たくさんあるね」
「ちょうどお腹空いていたからたくさん買ってきた。セオンはいらないって言っていたのに、その、ミヒシってやつのところには並ぶし、そいつのが一番多いし」
「これでも少ない方、それに予約品は限られた人しか、毎年メニューを変える徹底ぶりで同じものは食べられないんだよ」
「だから一人分しかなかったのか……それでも多い」
「リイノにはこれも……ミヒシさんが余り物で作ったって言っていたけど」
そう言って料理とともに受け取った袋にはクッキーが入っていた。クッキーというよりポルボロンな感じで口に入れるとすぐに崩れて、ほんのりチョコの味がした。
「優しい味がする」
「わかる」
「こんなにうまいのかよ……ミヒシってやつ」
「だから予約を取らないとすぐに売り切れる、それでソルヒ」
「なんだ?」
「さっきの話のことだけどさ」
「ああ、夜な」
「さっきの話って何?」
「リイノは気にしないでくれ」
「……」
たまに隠しごとをする二人を見て、危険なことをしようとしているのではないかと思って少し心配になった。
季節の変わり目を忘れた空、日の光が照らしたアスファルトの地面から籠った熱が風に乗って、夏の暑さから逃れたい体にまとわりついた。暑さに異常をきたし、動ける体も嫌気がさして、冷房の効いた部屋から一歩も動きたくなくなった。そんな場所でも汗だくになっていた水鏡(すいきょう)コタラは外から運び込まれた荷物の整理をしていた。普段こういう仕事は別の人に任せていたが、近年の流行り病によって長引いた休暇は人手不足を招いていた。そんな時、ポケットに入れていたスマホが鳴って、持っていた箱をその場におろした。確認するとその名前は久しぶりに見るものだった。
数日後、コタラは空港の中で待っていた。過ぎ去ったはずの梅雨が戻ってきて、大雨と雷を落とした天気を繰り返していたが、今日はそんなことなく雲一つない快晴の空になっていた。多くの人々が通り過ぎていく中、スーツケースを引いて歩く人がコタラに向かって手を振っていた。元気そうにしているが、実のところ飛行機の遅れで待ち合わせ時間よりもかなり遅くなっていた。
「……やっと着いた」
「お疲れ」
「コタラもごめんね。忙しいはずなのに」
「忙しいけどお前が帰ってくるってなったら、それ以上に重要なことはないし……みんなに連絡したのか?」
「したけど相変わらず、忙しいって返されちゃったよ」
「……そっか、いつも通りか」
「それよりも外に出ようぜ」
そう言ってコタラを置いたまま歩き出した足を追うように彼もついていった。空港の外に出て目一杯の空気を吸い込んで吐き出し、周りを見渡して驚いた顔をしていた。
その頃、街では大きな祭りが開催されるという話で持ちきりで、いろんな所でチラシが張られ、病院内の掲示板でも他のお知らせを押しのけて張られていた。それと同時に一時的外出の許可をもらおうという動きが活発になっていた。桜陰(さくらかげ)リイノもまた掲示板を見て祭りのことを知ったが、いろんなことが起きすぎたことで、迷惑はかけられないと思って「行きたい」と声に出すことはなかった。
しかし病室に訪れる涼月(りょうげつ)ソルヒはリイノを祭りに連れて行きたかった。いろんなことが起きすぎたからこそ、楽しい思い出を作ってほしいと願っていた。けれど医者は屋上での出来事から立入禁止にして、その後のリハビリはすべて病院内で行われていた。危険だと判断したのは賢い選択だが、ソルヒにとってそれはまた逆戻りだ、心を開き始めたリイノをまた苦しめることになる、と思っていた。
そんな中、中立の立場にいたはずの情報屋、甘雨(かんう)セオンは内情に入り込み過ぎて、その他の情報屋に怒られていた。しかしそれを聞き流しつつ、スマホで連絡を確認していた。取り上げられそうになるが、『転移』で避けまくり、怒っていた相手は諦めた。するとセオンはスマホの指を止めて、新しい連絡を見つけて『転移』で完全に逃げ出して電話をかけていた。電話の相手は警察官の朝寒(あささむ)ルジオだった。
「もしもし」
『あっ、何度もすみません』
「いえ、ちょっと……怒られてて」
『だ、大丈夫ですか? もしかして……』
「いや、それではなく」
『よかった……』
「それで?」
『そう、そうでした。この前のことなんですが……』
この前のこと、と言われてセオンは少し暗めの路地裏へと入り込んだ。詳しくは資料として後で送ると言ったが、発せられる音声を聞かれるわけにはいかないと物静かな空間で電話越しのルジオとセオンの声だけが響いていた。
会話が終わって電話を切ると近くに影の気配がしてそっちを見た。そこには偶然通りかかった冬茜(ふゆあかね)ミヒシが立っていた。「忙しそうだね」と声をかけるミヒシに少し驚きつつも身内で安心した。いつも通り店を開いていたミヒシだったが、コタラの連絡で貸し切りの日を聞いて準備するために、食材の買い足しをしていた。
「本当に帰ってきたんですね」
「本当に……あーそっか。この前、直前になって帰れなくなったって言ったから」
「でもまたこうやって宴が出来ると思うと」
「楽しいけど準備がね……」
「いつもありがとうございます。何も出来ないのが……」
「あっ、そうだった」
「?」
「コタラがさ。ソルヒを連れてきてくれないかって」
「あー」
「今後のためとか言っていたけどさ。人は多い方が楽しいからね」
「一応、聞いてみますね。そういえば祭りの屋台も出るんですか?」
「やるよ。まぁ特別メニューは一部を除いて予約が埋まってしまってね」
「いつも思いますけど早いですね」
「ギボシが遺跡の調査で当日、祭りに来れないからその分を用意してくれないかと頼まれて」
「結局、日にちズラせなかったんですね」
「でも宴には来るってさ」
「それならよかった」
「……そうだ、予約するかい?」
「俺は……俺じゃなくて」
「うん、用意しておくね」
ミヒシはセオンが別の誰かのために予約しようとしていることを察し、セオンは考えを読まれたと驚いたがすぐに表情を変えて平常心を貫こうとしていた。
翌日、病院内。リイノが目覚めて起き上がると碧海(へきかい)ツクシが本を開いて立っていた。「おはよう」とリイノが声をかけると「あっ」と驚いて本を閉じた。
「何か書かれていたの?」
「うん……平和な日記だった」
「……見せてもらえないよね」
「『記録』としては干渉しすぎるから見せられない」
「単なる日記なのに?」
「日記の中に溢れた情報は遠い未来で起こることも書かれている。だから知ることは許されない」
「……わからないけどダメなんだね」
「教えられることは教えたいけど」
ツクシが困った感じを出していると病室の扉が開いて、彼はリイノから少し離れた場所に行った。扉を開けた主は予想通りソルヒだった。急いだ様子でリイノに近づいて、持っていたチラシを机に置いた。それは祭りが開催されるというお知らせを書いたもので、病院内に貼られていたものと変わらなかった。
「リイノは」
「知っているよ……掲示板に貼ってあるから」
「なんだ、なら話は早い」
「行けないって……私は危険人物だから」
「そんなことない! ほら外に出ることを申請すれば許可が通るかもしれないよ」
「だから……無理だって」
「……言い争いしているところ悪いけど、無理じゃない」
リイノとソルヒの会話の間に入り込んだ声はセオンだった。セオンの手には何かのファイルが握られて、それをソルヒの方に投げた。いきなりだったことから取れずに床に落ちた。ファイルから抜けた何枚かの紙のうち、ソルヒは一枚の紙に書かれた内容に「え?」と反応していた。
「これって」
「外出の許可はもう出ている」
「……え? 私は何も」
「本来は退院できるはずだった。あんなことがなければ」
「屋上での転落事故」
「そうだ。それで警戒度は今まで以上に高くなった。しかし外でのリハビリは行いたい。それが医院長の判断だ」
「なぜセオンが知っている? 普通リイノが最初に知る話のはずだろう」
「伝えてくれと頼まれた。祭りのせいで多くの患者が外出許可を求めて判断に追われているらしいから」
「……昨日のリハビリの帰りも多くの人が集まっていたから」
「そうなのか」
「だから俺が先に知った。まぁ読むなとは言われたが」
「おい! じゃあ、ダメじゃねぇか」
「リイノはどうしたい? 許可は下りているが、祭りだからと言って無理に出る必要はない」
「ううん……行ってみたい」
「なら一緒に行こう」
「ちょっと! 僕を置いていくな」
驚きつつも好奇心からは逃れられないように、リイノは嬉しそうに肯定し、セオンは少しホッとしていた。しかし会話から切り離されていたソルヒは置いて行かれそうになってつっこんでいた。
祭りは一週間で多くの催し物が行われて、最終日の夜には花火が上がることになっていた。外に出る許可が下りたとはいえ、安全性を保つためにせいぜい出られるのは一日ももたず、数時間程度だった。その一日の昼、約束をしていたが、ソルヒが仕事の都合で少し遅れるという話をセオンから聞き、リイノは彼とともに病院から出て祭りへ向かった。リハビリによって車椅子から歩ける状態へとなりつつあったが、まだ転ぶ時もあったため、今回の外出では車椅子を使用して行動することになった。
祭り会場へ向かう中でも街の雰囲気はいつもと違って賑わっていた。しかしリイノにはどの景色も初めて感じるものばかりで、不審にならない程度にキョロキョロしていた。祭りの入場門を通り、中に進んでいくと多くの屋台が出店していた。おなじみの焼きそばやかき氷、りんご飴などの飲食屋台、金魚すくいやヨーヨー釣りなどの遊び屋台、その他見たことない謎の屋台までいろんなものが見えた。その道の途中に異常なまでに行列が出来ている屋台があった。両隣は過疎っていてあまりにも目立っていた。人だかりで近くまで行かないと分からなかったが、屋台の主はセオンがよく知るミヒシだった。
「相変わらずミヒシさんすごいな……」
「知っている人?」
「ああ、冬茜ミヒシ、この街で飲食店を営んでいる人で、その料理のうまさから街外からのお客も多い」
「そうなんだ……すごい人」
「そんな人が屋台を開くってなったら……にしても人集まりすぎて邪魔になってんな」
「……通れないね」
「仕方ない……遠回りになるが」
「そういえばどこに行くの?」
「暑いから休憩所に行こうかと……本当は『転移』で飛んで行ってもいいが、祭りの雰囲気を楽しみたいだろうし」
「あ、ありがとう。でも『転移』使ってもいいよ。この子達も暑さでくたびれてきているから」
そう言ってリイノのそばにいる二匹の蛇はさっきから元気がなく、黒い蛇の方に至っては何もかも『破壊』したくなっていた。しかし白い蛇の『封印』によってかろうじて動きを止めていた。それを見て聞いたセオンはすぐに『転移』を使って休憩所に辿り着いた。いきなり現れた二人に驚く観光客もいたが、ほとんどは気づいていなかった。するとそこには同じように休憩しているソルヒがいた。セオンが気づいて車椅子から手を離し、『転移』でソルヒの方に行って、彼を連れてすぐにリイノのところに戻ってきた。
「ご、ごめん」
「中にいるなら連絡しろよ」
「連絡は……した」
「え? あっ、俺が気づいていなかっただけだ」
「……」
「それはすまん」
「でもソルヒに会えてよかった。これで一緒に回れるね」
「リイノごめんな。まさか延びるとは思ってなかった」
「いいよ」
嬉しそうにするリイノを見て二人の言い争いはすぐに収まり、セオンはソルヒに屋台の様子を話した。
「少し危ないか」
「まぁあそこの行列さえ収まれば、他は何ともないだろうけど」
「……」
「心配はしなくていい……とは言えないか」
「先に何個か買ってくるか、俺達で」
「私は?」
「悪いけどちょっと待っててくれるか?」
「……うん」
仕方ないとはいえ悲しい顔をさせてしまったことに、ソルヒはやるせない気持ちになった。セオンはそれに気づいて何も言わなかったが、ソルヒの肩を掴んで『転移』で姿を消した。リイノは一人残されて車椅子はその場に固定された。多くの人が暑さに負けて休憩所を訪れる。床に置かれたものと天井に取り付けられていた扇風機をもってしても、涼しさより熱風が勝って、冷たさは支給されたペットボトルの飲料くらいしかなかった。
多くの人を見過ぎて疲れてしまい、リイノは床の方を見ていると何か手渡してくる手が見えた。手には色鮮やかなペロペロキャンディが握られていた。誰だろうと思って顔を上げるとその人は顔を隠していたが、隠していた隙間から奇抜な髪が見えてすぐに誰だかわかってリイノは名前を言った。
「メノカさん? それともえっと……」
「あっちの名前は言わなくていいよ。それにしても気づくの早いね」
「でもどうしてここに? 星に帰ったんじゃなかったの?」
「帰ったよ。そして病は治り、皆は救われた。すべてはこの街のおかげだよ。ありがとう」
「それはセオンさんに言って……私はあまり分からないから」
「あの男にはいろいろ助けてもらった。感謝しきれないほどに……それで自由になって星にいたんだが、完治した者達から街に対して感謝をしたいというから、その手紙と星の特産物で作ったお菓子をもってここに来た。手紙は仲間達が預かっているが、お菓子の一部は俺が持っている」
「それがこのキャンディ……」
「正直俺はそんなに食べないからわからないが、人の味覚には合うらしい」
「……」
「そろそろバレるか」
「え?」
「意外とファンってさ、気づくんだよ。無期限で活動休止にしたのに、お忍びでここにいるのに……もっと君と話したかったのにな」
そう言って足早に去っていくメノカの顔を隠していたフードが取れて、疑問に思っていた人々が確信して追いかけていった。大変そう、と思っていると本の開く音がして、何もないところからツクシの姿が見えた。
「大変そうですね」
「うん……」
「それにしても二人戻ってきませんね」
「人多かったから並んでいるのかも……でも病室から出られないと思っていたからちょっとびっくりしちゃった」
「別に動けないわけじゃないから……『記録』はいろんな場所で行わないといけないし」
「じゃあ、いなかったのはどこかに行っていたの?」
「……まぁ」
「話せないよね」
「話せない……でもみんな祭りを楽しんでいる。今だけでなく過去も……」
「過去?」と疑問を唱えたリイノの言葉にツクシは何も返さず、近づく足音に気づいてそれ以上喋ろうとしなかった。足音の正体は二人が戻ってきたという意味を示していた。定番からおそらくミヒシから受け取ってきた予約の品など多くの袋を抱えていた。
「かなり待たせてしまった……? なんだ、そのキャンディ」
「あっ……えっと」
「もしかしてメノカか」
「うん、二人がいなくなってから……少しだけ話した」
「あの野郎……今度見つけたら」
「危険なことされてないから大丈夫だよ、ソルヒ。……たくさんあるね」
「ちょうどお腹空いていたからたくさん買ってきた。セオンはいらないって言っていたのに、その、ミヒシってやつのところには並ぶし、そいつのが一番多いし」
「これでも少ない方、それに予約品は限られた人しか、毎年メニューを変える徹底ぶりで同じものは食べられないんだよ」
「だから一人分しかなかったのか……それでも多い」
「リイノにはこれも……ミヒシさんが余り物で作ったって言っていたけど」
そう言って料理とともに受け取った袋にはクッキーが入っていた。クッキーというよりポルボロンな感じで口に入れるとすぐに崩れて、ほんのりチョコの味がした。
「優しい味がする」
「わかる」
「こんなにうまいのかよ……ミヒシってやつ」
「だから予約を取らないとすぐに売り切れる、それでソルヒ」
「なんだ?」
「さっきの話のことだけどさ」
「ああ、夜な」
「さっきの話って何?」
「リイノは気にしないでくれ」
「……」
たまに隠しごとをする二人を見て、危険なことをしようとしているのではないかと思って少し心配になった。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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