消極的な幽霊 第二章 冷酷の歩いた惨劇
公開 2025/08/15 09:04
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(空白)
 それは昼食を作り始めた頃だった
 曇っていた空は一瞬だけ晴れた
 それが最悪な結果を生むなんて
 その時は誰も知る由はなかった

 小さな光に導かれて辿り着いた暗闇、そこで出会ったのは空虚の幽霊 イナニスとなる人物だった。彼女は白い球体を包み込むように両手で抱えて歩いていた。かすかに浮かぶかつて存在した色の霊になぞらえて残されたものが、その球体の中であらゆる色となって点滅していた。多くの幽霊がその色を求めて触れようとするが拒絶されて弾かれていた。少女もまたそうなのだろうと思っていたが、触れる前に透明だった手は青く染まって体に取り込まれ、残されていた温かさは一瞬にして凍りついた。それと同時に記憶が封印されて、性格が歪むほどの変化を受けた。
 イナニスと会話を交わすことはなく、少女は新たに『冷酷の幽霊 クルラーナ』として《世界を渡る力》を使って多くの世界を訪れていた。しかしどの世界も変わり映えがなく、つまらない、の一言で収まるくらい退屈だった。

 空に開いた穴から落とされたもの
 それは一瞬にしてあらゆるものを消し去った
 火を忘れた光の中で燃えたこともわからず
 煙が集めた雨は黒く染まっていた

 これで最後にしよう、そうクルラーナは思って《世界を渡る力》を使って辿り着いた。しかし少女は何故か知っていた。かつて『世界の観測者』が記録したとこの世界に足を踏み入れた時、頭に入ってきた言葉。彼らの物語の一端となった存在として、残された色に染みついていた記憶。そしてその記憶を辿っていくと一人の青年の死体を見つけた。銃で打ち抜かれた彼のそばに樒(しきみ)の花の硝子玉が落ちていた。
 その硝子玉に触れようとするが、一瞬の砂嵐の後、何もなかったと世界が拒否した。世界は修正される、それがこの世界の理(ことわり)。クルラーナよりも前に誰かが干渉し、この世界はすでに壊れてしまっていた。

 弾け飛んだ血の匂いは焦げ臭く
 痛みという概念はもう恐怖に変わっていた
 落ちゆく爛れた肉と露わになった骨
 体の一部を失っても意識だけは残っていた

 青年の死体は幽霊となり、天に導かれるはずだった。しかし空から落ちてきた黒い物体によって、その道を断たれて地上へと落ちた。その惨劇を見ていたように、クルラーナも追いつつ見ていた。色鮮やかだった風景は一瞬にして灰色の大地となり、光に晒された体は黒く焦げつき炭となった。そうでなくとも建物は火を上げずに崩れ去り、硝子が飛び散って生きていた人々の体に突き刺さった。しかし突き刺さらず、刃物のように飛び去った無機物は人々の体を切り裂いた。動けなくなった体は血だまりの中で息を引き取った。
 しかし意識が残ってしまった体は助けを求めて歩き出していた。その体の骨が見えて肉が爛れていたとしても、体の一部が欠損して何故動けているのか分からなくなっていたとしても、人々は歩いていた。その途中で喉を潤そうとして辿り着いた噴水には、油が浮いて異様な虹色を放っていた。しかし喉の渇きは思考を鈍らせて、毒を体に取り込んでいると知らないまま飲みこんだ。そしてその喉が潤すことはなく、水を求め続けて蓄積した毒によって亡くなった。

 しかしクルラーナは青年の姿を見失っていた。歩んだ道は同じはずなのに辿り着いた場所は違っていた。青年が辿り着いたのは導かれた道があったからで、クルラーナにはそれが聞こえていなかった。そして彼女が辿り着いたのは一つの大破した鐘だった。その鐘の破片に触れると、かつて存在した建物の風景が見えた。天主堂と呼ばれた建物にあった二つの鐘、祈りの時間になると鳴り響いた音色が重なり合っていた。その音色は外にも響き、家にいても外を歩いていても、畑仕事をしていても静かにその場で祈りを捧げていた。
 その風景が流れ込んできた後に、黒い物体が放った光が建物を包み込み、一瞬にして倒壊した映像が見えた。大破していたのは北側に存在していた鐘で、その音色が戻らないほど壊れていた。

 地下深くにいた者達は幸運を得る
 そう思っていたのも束の間だった
 体を蝕む放射線は地下深くまで根づき
 永遠に続く後遺症に苦しめられることとなる

 歩みはいつしか病院へたどり着いた。その間にも息を引き取り、亡くなった死体が地面に転がっていた。声を失って、音を失って、手も足も、あらゆる箇所が失われた体。生きていることが絶望に近い状態の人々を治療しようと走る者。しかし放射線による苦しみを取り除く薬はなく、患者が増えていく一方だった。そこに一人の少年がいたが、その息はもう尽きそうになっていた。治療によって延命させられているものの、傷だらけの体を維持するほどの血が体内になく、地面に流れ落ちていた。
 阿鼻叫喚な病院内、クルラーナは上を見たままの少年のベッドのそばにいた。熱風と異臭が広がることなく濃くなっていく中、見ているだけの彼女に少年の手が当たった。冷たく凍った体を溶かしてしまうほどの熱さがこの惨劇を表していた。そして触れたことで少年の記憶を見た。

 一瞬の光、爆風とともに流れ出す死体の数。地面に伏せて目や耳を手で塞いで、口を少し開けていた彼の体は吹き飛ばされて、山となった。しかし下敷きとなった者は無傷で済んだが、一番上となってしまった不運な体は硝子の破片が突き刺さって命の輝きを奪っていった。少年は真ん中くらいに重なったが、内側というより外側寄りだったため、硝子の破片が突き刺さり、子供の体はみるみるうちに衰弱していった。しかし息があったことで運が良かったのか病院に運ばれた。だがその命は未だ安定せず尽きそうになっていた。


 最後を願い続ける想いは
 届いているように見えて無視している
 二度と繰り返さないで と唱えても
 意思は固く閉ざされたまま動かない

 熱く燃え上がるその風景にクルラーナは一度飲みこまれそうになったが、冷酷の青色にまでは届かなかった。風景が一つ、二つと形取られた写真や映像に変わる中、彼女の感覚は奪われて底のない暗闇に落ちていった。
 ハッと目を覚ました時、クルラーナは何気もない道の真ん中で倒れていた。雲が少し流れる青い空が広がって、暑さを取り込んだ風が吹いていた。起き上がって歩き出した道は記憶として同じものを見せるが、それは過去として記録されたもの。今見える風景は自然に囲まれた豊かな場所だった。そこに一人の少女が立っていた。

 少女はふとクルラーナの方を見たが、その視線は合っていなかった。しかし少女が歩き出すと記憶に混ざって青年と少年の姿が映った。一瞬の出来事で動揺したが、すぐに冷静を取り戻して少し考えた後、少女についていくことにした。少女は歩き続けるが、そのたびに何かの姿が映って、クルラーナは立ち止まることを繰り返した。
 その足はとある場所で止まる。それはどこか見たことがある建物だったが、鐘の音は一つだけだった。そして少女は姿を消した。青年も少年も、それ以外の何者かもすべて消え去った。

 恐ろしい真実のもとに生まれた者は
 それを伝えなければと思った
 それと同時に大破した鐘のことを知り
 和解の印として贈りたいと願った

 あの日から鐘は一つになって、寂しそうに揺れていた。遠い日の記憶を懐かしみ、惨劇の記録を残し続けた鐘の音は人々を見守っていた。平和に向かう願いと異常なまでの戦争の激化、極端になった世界の考えはそれぞれの道を辿りながら進んでいた。
 何度も訪れる投下された日、あの日を再現するかのように上昇した暑さは異常さを増した。幼い頃の苦手な時間と恐怖に支配された瞬時の記憶、籠(こも)った熱が涼しい風を忘れて閉じ込めた。過ぎ行く時間の中で忘れることのない過去をとどめておくように。

 青年や少年を見てきたクルラーナは立ち止まった先で同じような話を繰り返し聞いていた。少しずつ見えてくる風景を繋ぎ合わせて、あの日の全貌が見えていた。しかし記録の無い空白が想像の中でしかなく、真実として語るにはあまりにも足りなかった。
 だが道はある場所を指し示した。遠く離れた地、多くの資料を机の中に並べて語る者がいた。

 平和の地でもう一度重なる音色
 繰り返した時間はこれからもずっと
 語り手は少しずつ新しい手を取って
 紡がれる記憶は願いを乗せる

 天気が怪しくて雨と曇りを繰り返していた。強風に煽られた横殴りの雨が色鮮やかな傘の花に当たっていた。しかし時間が近づくたびに、空はそれを止めるように促した。すると風は強さを放棄して、雨は小さな雫になって、雲は灰から白へと変わっていた。
 語り継がれる恐怖の記憶、様々な状況下で多くの話が語られた。しかしその語り手は少しずつ失われ、聞くことが出来る時間は限られていた。話す言葉は写真や映像ではわからない心、感情を示す。震える声がゆっくりと静寂のもとで聞こえていた。

 長い間、一人ぼっちだった鐘のそばで和解の印として贈られた鐘が鳴る。重なる音色が新たな世界への一歩を踏み出した。

 その音色を聞きながら黙祷したクルラーナは自分の手を見て時間切れだと気づいた。しかし引き込まれる現実に今まで感じたことのない興味を抱いた。このまま見続けたいとも思ったくらいに、この世界のことを知りたいと思った。
そう思っていると背後に気配がして振り返った。消えたはずの少女が立っていた。少女は完全にクルラーナをとらえていて、その手を差し出した。少女の足元から描かれたように砂浜が広がっていた。クルラーナの足元の色が失われて白くなり、少女の手を取ると一瞬だけ変な映像が流れた。驚いて離れるクルラーナに少女は悲しそうな顔をしていた。
「あなたは忘れてしまった。この世界の概念に囚われて……私達と同じなのに」
 その言葉を残して少女は砂浜を消し去って、白いキャンパスの空間の中で光に包まれていなくなった。その光にクルラーナも取り込まれ目を閉じた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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