愛の形
公開 2026/01/25 02:48
最終更新
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ふわり、と鼻腔をくすぐる香りが変わったのはいつからだっただろうか。
最初はえらく相応しくない香りを選ぶのだな、位にしか思わなかった。
若い男が好みそうな軽薄な香りは全く漂流者には似合わなくて。
しかし嗜好品に口を出すような間柄でもない我が指摘するのも野暮というもの。
むせ返るほどの香りなわけではないし、そのことに触れぬまま今日まで過ごしてきた。
しかしいつの頃からかその香りがしなくなった。
香りに飽きたのだろうかと思ったが、ふいにあれは誰かの移り香だったのでは?と気付き合点がいった。
なるほど、これは面白そうだ。
いつも飄々としている奴を揶揄う材料になるに違いない。
どういうわけかなかなか口に出せないまま時間だけが過ぎていた。
口に出せない理由が思いつかなくはない。
そこで考えるのをやめた。
こればかりはどうにもならんだろうし。
「閣下、今日はなんの話をしようか」
「聞きたいことがあるならKIMで済ませればいいだろうに、なぜわざわざ出向いてくるのだ。そんなに暇なのかテンノというやつは」
「暇じゃないよー、Loidに用事もあったし上の人達にも用があるのさ」
漂流者はそこら辺の椅子を引きずってきて隣に腰をおろした。
これは長くなりそうだ。
膝がつくほど近くに座り身振り手振りを交えて話す漂流者に、我も手にした本を置き耳を傾ける。
それは日常の延長線のような刺激のないつまらない話に思えたが、毎日聞かされれば続きが気になるというものだ。
ましてや大聖堂にはそういう会話を楽しめる相手はいないのだし。
「あ!Tagferから聞いたよ」
「何をだ?」
「閣下はなんだかんだいって優しいよね」
そういう漂流者の顔はこちらを揶揄うような笑みではなく、心から感心したような親しみのあるそういう顔だった。
気付けばいつからか漂流者と必ず目を見て話すようになっていた。
今も視線が交わり漂流者は微笑みながら我を見上げている。
面映いが嫌な気分ではない。
優しさだけではないんだが訂正するのも違う気がした。
とはいえ我はなんとも言えない気恥ずかしさでその場から離れよう席を立つ。
戦略的即時撤退である。
「フン、我はお前ほど暇ではないのだ。それ以上つまらん話をするつもりなら……。そういえば漂流者、何かあったのではないか?纏う香りが変わるような出来事が」
話を切り上げるつもりだったが誤魔化しついでに思わずそう問うていた。
多少下卑た声音になっていたかもしれないが好奇心とはそういうものだ。
漂流者の身体がわずかに強ばり緊張しているのが見て取れる。
緊張?何に対して?
「んー、ちょっと場所変えよっか」
俯きがちになった顔は見たことのない顔をしていた。
首元が紅潮している。
我の手を引き前を歩く漂流者を見下ろしながら、こんなに手も背も小さかったのかと改めて思う。
漂流者は書棚の奥にあるアルコーブに収まる形で落ち着いたようだった。
「ここなら誰にも聞こえないかな」
「なんだ、わざわざこんな所まで来てする話があるのか簒奪者よ。込み入った話ならKIMを使え。我は思索に忙しい。執事の奴をどうにかする算段もつけなくてはならん。それともなにか、そんなにも言いにくいことを我に言うつもりか?簒奪者」
「あの、さ……」
落ち着きのない仕草をコイツでもするのか、と少し驚く。
視線を忙しなく泳がせるわりに我と目が合うとすぐに逸らし俯いてしまう。
なんだというのか。
心がざわりとザラつく感じがする。
オロキンである我に対して良くない感情を持っているのは予想に難くない。
もうここには来ないと宣言しても特段気にならない筈だった。
なのにどうだ。情けないことに心がそれを否定する。
指先が冷たくなるのを感じた。
嫌な事は早く終わらせたい。
顔に出てしまいそうになる。
「……なんだ、何を言いたいのだ簒奪者よ。早く要件を言え」
恐ろしかった。言って欲しくはないが早く終わらせたかった。
我は漂流者の訪れを心待ちにしていたのだなと今更になって理解した。
理解した以上は惜しむ気持ちしかないが相手にその気がないのに期待するのはもうたくさんだった。
そんなものはNitokhだけで充分だ。
深く感情を揺さぶられたくない。
「……な…の」
「ハッキリ言え簒奪者。聞こえん。聞かせる気がないから我は戻るぞ」
アルコーブから立ち上がり背を向ける。
聞かなければ先延ばしにできるのではないかと微かな期待を持って踵を返そうとした。
「……き、好きなの!!閣下のことすごく好きなの……、閣下がテンノの、私のことどう思ってるかわからないけどいい感情ではないのはわかる。ずっと簒奪者って呼ぶし……」
動けなかった。
背を向けていて良かった、本当に。
我の顔は恐らくかつてない程に情けない顔になっていたことだろう。こんな情けない顔は見せられない。
いや待て。聞き違いかもしれないしもしかしたら別の意味かもしれない。
慎重に、慎重に言葉を選ばなくては。
「それは、どういう意味だ?」
緊張で声が掠れる。
指先の感覚はとうになくなっていた。
だが聞かねばならない、その意味を。
「今の言葉は……」
僅かな衝撃の後に背中に温かな感触が伝わる。漂流者が背を向けた我に抱きついているらしかった。
「好きです閣下、すごく、とても、かなり、めちゃくちゃ好きなんです……
閣下が私のこと好きじゃないのは、なんなら薄っすら嫌いなんだろうなぁとも思ってます。でも、どうしても言いたくて、閣下のことを私はとても大切に思ってます。閣下が過去にどんな事をしていたとしても、その後悔も何もかも全部全部今の閣下になってるわけだからそれも含めて全部愛してます! この先もずっとずっと一緒にいたいんです。私は死なないしずっと閣下のこと大切にしますよ?あぁぁ、でも無理ですよね、そうですよね、私ホントに何言ってんだろ。なんかもうホントにごめんなさい!帰ります!」
一度口にしたら止まらなくなったのだろう。早口ではあったがその言葉の端々には我を思う気持ちが込められているのが感じ取れた。
これは……初めての感情だ……。
心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
瞬時に脳を回転させ最適な言葉を探しだそうとするがそれは叶わなかった。返事をしたいのに言葉が出ない。
言葉一つであらゆるものを動かしてきた我が言葉を失っている。
漂流者は自分が言いたい事を言うだけ言うと脱兎のごとく逃げ出そうとした。
我はその手を掴み即座に抱き締める。
この温もりを失いたくなかった。
「かかかか閣下?????!」
「静かに、ちょっと……噛み締めている」
「………………はい」
後ろから抱き締めるような形になってしまったから顔は見えないが、小刻みに全身が震えていることで漂流者の緊張感は十二分に伝わってくる。
立場が逆なら死んでもそんな告白はしなかった。
己の心を守ることの方が大切なのはオロキンでもテンノでも変わりないだろうに。
だがどうだこの漂流者は我を好きだと、大切にしたいと言う。
この胸の激しい鼓動が伝わって欲しいと思った。
「……初めてだ、そんなことを言われたのは。お前は我の事をよく思っていないのではなかったのか?それに……」
そう、この漂流者から今までそんな感情はまったく見えなかった。
いや、正確には我が感じ取ることができなかったとでも言うべきか。
「それに、お前にはパートナーがいるのではないのか?我になど構っている暇はあるまい?」
どういう答えが返ってこようとも覚悟せねばなるまい。
今ならまだ引き返せる。平静を装える。
いつもの自分で、威厳をもった自分でいられる。
「最初は警戒してたよ?でも話すたびに色んな閣下の内側を見せてもらえて、ディセンディアに何度も潜って一番柔らかい所に触れた時に“あぁ、この人は私と同じなんだな”って。それに気付いちゃったからQuincyとはもう付き合えないなって。Quincyにも閣下にも誠実でありたかったから……」
背に回された腕に力が入る。
互いが互いを逃さないように、繋ぎ止めるように抱きしめ合う。
人の温もりとはかくも暖かいものであったか。
「そう、か……。前にも言ったが我はこういう風に思われた事が一度もない。愛の言葉の裏には必ず打算や策略があり、それは謀略のための道具でしかなかった」
「信じられない、よね」
「いや、違う。違うのだ漂流者よ。お前の言葉に嘘も駆け引きもない事は伝わっている。大丈夫だ、ちゃんとお前の言葉は我に届いている。だが、我はどう言葉を返していいのかわからない。どうすればお前の震えを止めてやれるのかわからないのだ……」
「私のこと嫌いでは、ない?」
「あぁ、もちろんそうだ。だが、お前と違って我はお前の言葉で初めてこの気持ちに名前が付いたのだぞ?まだ色々と手探りなのだ。適切な言葉が出ない」
「……それは、あの……私と同じ気持ち、ってこと?」
「そうだ、漂流者。名も知らぬ感情だがお前を離したくないのは間違いない」
一際強く腕に力を込め抱き締める。
応えるように抱き返してきた。
世界が鮮やかに色付いたように見える。
そうか、この己の空っぽだった中身が満たされていくこの感覚、これが愛されるということなのか。
尾が自然にこの愛しい人の腰に巻きついた。
腕の力を緩め顔を見ると頬は緩み満面の笑みを湛えている。
我も同じ顔になっていやしないか不安になる。だらしない顔を見せて幻滅されたくはないのだが……。
「閣下、……泣いて、る?」
見上げる漂流者の顔がさっきまでとはうって変わって心配そうに眉根を寄せていた。
泣いている?誰が?我が!?まさか、そんな!
「ごめん!本当にごめん……辛い記憶思い出させちゃったんだよね」
アルコーブのベンチに座り漂流者は我の頭を掻き抱く。その腕は強張り震えていた。
嗚咽は我慢できたが涙はとめどなく溢れた。
止めなくてはと思ってもどうにもならず、諦めて泣くがままに涙を流す。
多分に誤解されているのはわかったが声は出せなかった。
「情けないところを見せたな」
「ううん。ごめんなさい、もっと慎重になればよかった」
「違う、違うぞ。ネガティブな感情で涙が流れたわけではない。……これは歓喜の涙だ」
誰からも心を贈られることなく今まで生きてきた。
なのにこのオロキンを皆殺しにしてしまったテンノがこんな自分をこうも想ってくれるとは誰が予測できようか。
「すまないな、取り乱して」
「ううん、その……もう大丈夫?」
心配気な瞳には我を心から慮る気持ちが溢れていた。
「あぁ、もう平気だ。こんなに気持ちが高揚するのは戦場以外では初めてだな」
隣に座る漂流者の手を取りそっと自分の両の手で包んだ。
小さな手だ。変異した左手で傷をつけないように自分ができる限りの配慮でそっと握る。
温かく柔らかい手は我のこの歪な手には不似合いに見えた。
「閣下、もしかしてネガティブになってる?」
表情から読まれたのだろうか。
子供の頃ですらそんな事はなかったのに。
小さな手がわれの異形の左手を優しく撫でる。
その柔らかな感触に身を委ねそうになるが心の一部がそれを良しとしなかった。
「閣下は私のこと信じられない?それとも信じたくない?」
「すまない漂流者よ。信じたくても経験が邪魔をする。お前を信じたいのにできぬのだ……」
「わかった」
言うやいなや立ち上がり正面から我を抱き締める。
「閣下は私が期待を裏切るような人に見える?わりと色々有言実行してきた私が、閣下を大切にしたい私が、それを裏切ると思う?そんな私は他のよくわかんない女の人と一緒なのかな?」
「そう、だな。違う、全然違うな」
「うん、違うの。私は私なの。閣下のことを世界で一番大切にして過去も未来も全部全部まるごと受け止める覚悟のキマった女なの。わかった?」
だからもっと期待してよ
思い出さずにいようとした濃い澱のような記憶が脳裏を掠める。
漂流者から受け取った言葉はそれらの濃度を幾分か薄めたような気がした。
「不安になったら教えてね。ちゃんと私がどうにかするから」
「それは心強いことだ。日に一度は不安になるだろうからお前は毎日我に会いにこなくてはならんな」
「行っていいの!?やったー!!1日おきじゃ寂しかったんだもん!」
軽口のつもりで言ったのに漂流者は大層喜んだ。
毎日来ていたと思っていたが1日おきだったらしい。
そうか、これからは毎日来るのか。
「閣下?嬉しいときは笑っていいんだよ?」
「笑っているではないか、失敬なやつめ」
「そっか、それ笑顔なのかぁ」
何か企んでるみたい!と漂流者は笑って我の顔を両手で挟んで優しく揉んだ。
柔らかくて温かい。
正面に立っている漂流者を抱き上げ膝に乗せる。
横抱きにし包み込むように抱きしめた。
「後悔しても遅い、本当に我で良いのだな?」
「うん、閣下でなきゃダメなの。だからずっとずっと一緒にいてね」
「あぁ、恒久に」
この穏やかな時間がいつまでも続けばいい。
漂流者もそう思っていてくれる事が何より嬉しかった。
愛を得た事で弱くなるのかもしれないがそれでも構わない、二度と手放す気にはなれなかった。
何百年、何千年経とうとも今日のこの日を我は忘れないだろう。
いつか消滅するその日まで、いつまでもいつまでも心の中に灯されたこの気持ちを。
終
最初はえらく相応しくない香りを選ぶのだな、位にしか思わなかった。
若い男が好みそうな軽薄な香りは全く漂流者には似合わなくて。
しかし嗜好品に口を出すような間柄でもない我が指摘するのも野暮というもの。
むせ返るほどの香りなわけではないし、そのことに触れぬまま今日まで過ごしてきた。
しかしいつの頃からかその香りがしなくなった。
香りに飽きたのだろうかと思ったが、ふいにあれは誰かの移り香だったのでは?と気付き合点がいった。
なるほど、これは面白そうだ。
いつも飄々としている奴を揶揄う材料になるに違いない。
どういうわけかなかなか口に出せないまま時間だけが過ぎていた。
口に出せない理由が思いつかなくはない。
そこで考えるのをやめた。
こればかりはどうにもならんだろうし。
「閣下、今日はなんの話をしようか」
「聞きたいことがあるならKIMで済ませればいいだろうに、なぜわざわざ出向いてくるのだ。そんなに暇なのかテンノというやつは」
「暇じゃないよー、Loidに用事もあったし上の人達にも用があるのさ」
漂流者はそこら辺の椅子を引きずってきて隣に腰をおろした。
これは長くなりそうだ。
膝がつくほど近くに座り身振り手振りを交えて話す漂流者に、我も手にした本を置き耳を傾ける。
それは日常の延長線のような刺激のないつまらない話に思えたが、毎日聞かされれば続きが気になるというものだ。
ましてや大聖堂にはそういう会話を楽しめる相手はいないのだし。
「あ!Tagferから聞いたよ」
「何をだ?」
「閣下はなんだかんだいって優しいよね」
そういう漂流者の顔はこちらを揶揄うような笑みではなく、心から感心したような親しみのあるそういう顔だった。
気付けばいつからか漂流者と必ず目を見て話すようになっていた。
今も視線が交わり漂流者は微笑みながら我を見上げている。
面映いが嫌な気分ではない。
優しさだけではないんだが訂正するのも違う気がした。
とはいえ我はなんとも言えない気恥ずかしさでその場から離れよう席を立つ。
戦略的即時撤退である。
「フン、我はお前ほど暇ではないのだ。それ以上つまらん話をするつもりなら……。そういえば漂流者、何かあったのではないか?纏う香りが変わるような出来事が」
話を切り上げるつもりだったが誤魔化しついでに思わずそう問うていた。
多少下卑た声音になっていたかもしれないが好奇心とはそういうものだ。
漂流者の身体がわずかに強ばり緊張しているのが見て取れる。
緊張?何に対して?
「んー、ちょっと場所変えよっか」
俯きがちになった顔は見たことのない顔をしていた。
首元が紅潮している。
我の手を引き前を歩く漂流者を見下ろしながら、こんなに手も背も小さかったのかと改めて思う。
漂流者は書棚の奥にあるアルコーブに収まる形で落ち着いたようだった。
「ここなら誰にも聞こえないかな」
「なんだ、わざわざこんな所まで来てする話があるのか簒奪者よ。込み入った話ならKIMを使え。我は思索に忙しい。執事の奴をどうにかする算段もつけなくてはならん。それともなにか、そんなにも言いにくいことを我に言うつもりか?簒奪者」
「あの、さ……」
落ち着きのない仕草をコイツでもするのか、と少し驚く。
視線を忙しなく泳がせるわりに我と目が合うとすぐに逸らし俯いてしまう。
なんだというのか。
心がざわりとザラつく感じがする。
オロキンである我に対して良くない感情を持っているのは予想に難くない。
もうここには来ないと宣言しても特段気にならない筈だった。
なのにどうだ。情けないことに心がそれを否定する。
指先が冷たくなるのを感じた。
嫌な事は早く終わらせたい。
顔に出てしまいそうになる。
「……なんだ、何を言いたいのだ簒奪者よ。早く要件を言え」
恐ろしかった。言って欲しくはないが早く終わらせたかった。
我は漂流者の訪れを心待ちにしていたのだなと今更になって理解した。
理解した以上は惜しむ気持ちしかないが相手にその気がないのに期待するのはもうたくさんだった。
そんなものはNitokhだけで充分だ。
深く感情を揺さぶられたくない。
「……な…の」
「ハッキリ言え簒奪者。聞こえん。聞かせる気がないから我は戻るぞ」
アルコーブから立ち上がり背を向ける。
聞かなければ先延ばしにできるのではないかと微かな期待を持って踵を返そうとした。
「……き、好きなの!!閣下のことすごく好きなの……、閣下がテンノの、私のことどう思ってるかわからないけどいい感情ではないのはわかる。ずっと簒奪者って呼ぶし……」
動けなかった。
背を向けていて良かった、本当に。
我の顔は恐らくかつてない程に情けない顔になっていたことだろう。こんな情けない顔は見せられない。
いや待て。聞き違いかもしれないしもしかしたら別の意味かもしれない。
慎重に、慎重に言葉を選ばなくては。
「それは、どういう意味だ?」
緊張で声が掠れる。
指先の感覚はとうになくなっていた。
だが聞かねばならない、その意味を。
「今の言葉は……」
僅かな衝撃の後に背中に温かな感触が伝わる。漂流者が背を向けた我に抱きついているらしかった。
「好きです閣下、すごく、とても、かなり、めちゃくちゃ好きなんです……
閣下が私のこと好きじゃないのは、なんなら薄っすら嫌いなんだろうなぁとも思ってます。でも、どうしても言いたくて、閣下のことを私はとても大切に思ってます。閣下が過去にどんな事をしていたとしても、その後悔も何もかも全部全部今の閣下になってるわけだからそれも含めて全部愛してます! この先もずっとずっと一緒にいたいんです。私は死なないしずっと閣下のこと大切にしますよ?あぁぁ、でも無理ですよね、そうですよね、私ホントに何言ってんだろ。なんかもうホントにごめんなさい!帰ります!」
一度口にしたら止まらなくなったのだろう。早口ではあったがその言葉の端々には我を思う気持ちが込められているのが感じ取れた。
これは……初めての感情だ……。
心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
瞬時に脳を回転させ最適な言葉を探しだそうとするがそれは叶わなかった。返事をしたいのに言葉が出ない。
言葉一つであらゆるものを動かしてきた我が言葉を失っている。
漂流者は自分が言いたい事を言うだけ言うと脱兎のごとく逃げ出そうとした。
我はその手を掴み即座に抱き締める。
この温もりを失いたくなかった。
「かかかか閣下?????!」
「静かに、ちょっと……噛み締めている」
「………………はい」
後ろから抱き締めるような形になってしまったから顔は見えないが、小刻みに全身が震えていることで漂流者の緊張感は十二分に伝わってくる。
立場が逆なら死んでもそんな告白はしなかった。
己の心を守ることの方が大切なのはオロキンでもテンノでも変わりないだろうに。
だがどうだこの漂流者は我を好きだと、大切にしたいと言う。
この胸の激しい鼓動が伝わって欲しいと思った。
「……初めてだ、そんなことを言われたのは。お前は我の事をよく思っていないのではなかったのか?それに……」
そう、この漂流者から今までそんな感情はまったく見えなかった。
いや、正確には我が感じ取ることができなかったとでも言うべきか。
「それに、お前にはパートナーがいるのではないのか?我になど構っている暇はあるまい?」
どういう答えが返ってこようとも覚悟せねばなるまい。
今ならまだ引き返せる。平静を装える。
いつもの自分で、威厳をもった自分でいられる。
「最初は警戒してたよ?でも話すたびに色んな閣下の内側を見せてもらえて、ディセンディアに何度も潜って一番柔らかい所に触れた時に“あぁ、この人は私と同じなんだな”って。それに気付いちゃったからQuincyとはもう付き合えないなって。Quincyにも閣下にも誠実でありたかったから……」
背に回された腕に力が入る。
互いが互いを逃さないように、繋ぎ止めるように抱きしめ合う。
人の温もりとはかくも暖かいものであったか。
「そう、か……。前にも言ったが我はこういう風に思われた事が一度もない。愛の言葉の裏には必ず打算や策略があり、それは謀略のための道具でしかなかった」
「信じられない、よね」
「いや、違う。違うのだ漂流者よ。お前の言葉に嘘も駆け引きもない事は伝わっている。大丈夫だ、ちゃんとお前の言葉は我に届いている。だが、我はどう言葉を返していいのかわからない。どうすればお前の震えを止めてやれるのかわからないのだ……」
「私のこと嫌いでは、ない?」
「あぁ、もちろんそうだ。だが、お前と違って我はお前の言葉で初めてこの気持ちに名前が付いたのだぞ?まだ色々と手探りなのだ。適切な言葉が出ない」
「……それは、あの……私と同じ気持ち、ってこと?」
「そうだ、漂流者。名も知らぬ感情だがお前を離したくないのは間違いない」
一際強く腕に力を込め抱き締める。
応えるように抱き返してきた。
世界が鮮やかに色付いたように見える。
そうか、この己の空っぽだった中身が満たされていくこの感覚、これが愛されるということなのか。
尾が自然にこの愛しい人の腰に巻きついた。
腕の力を緩め顔を見ると頬は緩み満面の笑みを湛えている。
我も同じ顔になっていやしないか不安になる。だらしない顔を見せて幻滅されたくはないのだが……。
「閣下、……泣いて、る?」
見上げる漂流者の顔がさっきまでとはうって変わって心配そうに眉根を寄せていた。
泣いている?誰が?我が!?まさか、そんな!
「ごめん!本当にごめん……辛い記憶思い出させちゃったんだよね」
アルコーブのベンチに座り漂流者は我の頭を掻き抱く。その腕は強張り震えていた。
嗚咽は我慢できたが涙はとめどなく溢れた。
止めなくてはと思ってもどうにもならず、諦めて泣くがままに涙を流す。
多分に誤解されているのはわかったが声は出せなかった。
「情けないところを見せたな」
「ううん。ごめんなさい、もっと慎重になればよかった」
「違う、違うぞ。ネガティブな感情で涙が流れたわけではない。……これは歓喜の涙だ」
誰からも心を贈られることなく今まで生きてきた。
なのにこのオロキンを皆殺しにしてしまったテンノがこんな自分をこうも想ってくれるとは誰が予測できようか。
「すまないな、取り乱して」
「ううん、その……もう大丈夫?」
心配気な瞳には我を心から慮る気持ちが溢れていた。
「あぁ、もう平気だ。こんなに気持ちが高揚するのは戦場以外では初めてだな」
隣に座る漂流者の手を取りそっと自分の両の手で包んだ。
小さな手だ。変異した左手で傷をつけないように自分ができる限りの配慮でそっと握る。
温かく柔らかい手は我のこの歪な手には不似合いに見えた。
「閣下、もしかしてネガティブになってる?」
表情から読まれたのだろうか。
子供の頃ですらそんな事はなかったのに。
小さな手がわれの異形の左手を優しく撫でる。
その柔らかな感触に身を委ねそうになるが心の一部がそれを良しとしなかった。
「閣下は私のこと信じられない?それとも信じたくない?」
「すまない漂流者よ。信じたくても経験が邪魔をする。お前を信じたいのにできぬのだ……」
「わかった」
言うやいなや立ち上がり正面から我を抱き締める。
「閣下は私が期待を裏切るような人に見える?わりと色々有言実行してきた私が、閣下を大切にしたい私が、それを裏切ると思う?そんな私は他のよくわかんない女の人と一緒なのかな?」
「そう、だな。違う、全然違うな」
「うん、違うの。私は私なの。閣下のことを世界で一番大切にして過去も未来も全部全部まるごと受け止める覚悟のキマった女なの。わかった?」
だからもっと期待してよ
思い出さずにいようとした濃い澱のような記憶が脳裏を掠める。
漂流者から受け取った言葉はそれらの濃度を幾分か薄めたような気がした。
「不安になったら教えてね。ちゃんと私がどうにかするから」
「それは心強いことだ。日に一度は不安になるだろうからお前は毎日我に会いにこなくてはならんな」
「行っていいの!?やったー!!1日おきじゃ寂しかったんだもん!」
軽口のつもりで言ったのに漂流者は大層喜んだ。
毎日来ていたと思っていたが1日おきだったらしい。
そうか、これからは毎日来るのか。
「閣下?嬉しいときは笑っていいんだよ?」
「笑っているではないか、失敬なやつめ」
「そっか、それ笑顔なのかぁ」
何か企んでるみたい!と漂流者は笑って我の顔を両手で挟んで優しく揉んだ。
柔らかくて温かい。
正面に立っている漂流者を抱き上げ膝に乗せる。
横抱きにし包み込むように抱きしめた。
「後悔しても遅い、本当に我で良いのだな?」
「うん、閣下でなきゃダメなの。だからずっとずっと一緒にいてね」
「あぁ、恒久に」
この穏やかな時間がいつまでも続けばいい。
漂流者もそう思っていてくれる事が何より嬉しかった。
愛を得た事で弱くなるのかもしれないがそれでも構わない、二度と手放す気にはなれなかった。
何百年、何千年経とうとも今日のこの日を我は忘れないだろう。
いつか消滅するその日まで、いつまでもいつまでも心の中に灯されたこの気持ちを。
終
Warframeで遊んでたらうっかりRoathe沼にハマったテンノ。
Roatheのお陰でようやくWarframeの世界観とか諸々が理解できたので「わぁ、Roatheってすごいなぁ」って尊敬から愛情に変わるのに秒でしたよ。
なおLyon神父の事も心配しながら見守ってます。
Marieは……自由にするがよい(*ᵕᴗᵕ)⁾⁾ゥンゥン
夢の世界在住。
Roatheのお陰でようやくWarframeの世界観とか諸々が理解できたので「わぁ、Roatheってすごいなぁ」って尊敬から愛情に変わるのに秒でしたよ。
なおLyon神父の事も心配しながら見守ってます。
Marieは……自由にするがよい(*ᵕᴗᵕ)⁾⁾ゥンゥン
夢の世界在住。
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