『幽霊の青年と転生の少女 懐かしの日に戻る夢を』
公開 2024/08/15 10:42
最終更新 -
(空白)
 暑さに流れる雲、晴れ渡った空が残した夜の風景。輝く星や月を隠して何も見えない。ぬるかった風は少しずつ涼しく変わっていた。遠くで電柱が点滅しているが、深い闇となっていく墓場は暗く何も見えない。
 幽霊の青年はゆっくりと目を覚ました。墓石に座っていた彼は地面に飛び降りた。
「……戻らない」
 いつもなら墓石から降りることができない彼の足が地面に着地していた。長い年月、何度も繰り返して失敗した行動が今となって成功した。

『彼女に会ったから』

 あの日の出来事、墓石の手入れにやってきた少女は大切な人であった彼女に似ていた。砕かれた魂は新しい命を生むことなく、生まれ変わることを許さない。そう教えられ、未練で地縛霊となった彼は自分が持つ戦場の記憶が失われて、この姿が消えるのを待っていた。その場には墓が建てられ、彼は境界線を引かれたように墓石から動けなくなった。
 感覚は幽霊となった時にすべて置いてきた。暑さや寒さなどの気温の変化も無になっていた。長い年月、同じことを繰り返しながら少しずつ風化していく記憶に安堵しながらも、夏の暑さで映像は再生される。

『あれは違う けれど』

 彼女として存在していた魂は砕け散った。少女が宿している魂はその一部に過ぎない。その他は魂として形成するために繋ぎ合わされたもの。そこにいるのは彼女の姿をした少女であって、その記憶はもう持ち合わせていない。
 地面に降り立った彼は深い暗闇の道を歩き進めていた。つまずくような段差も坂も関係なく、そのような場所は空中を歩き、それ以外の場所は普通に歩いていた。電柱の光が見え、墓場から道路へと出た。静まりかえった道路を走り去る車の音がいつも以上に響いていた。

 一つの場所に居続け、その風景しか知らなかった。いろんな話が人間からも幽霊からも流れていたが、本当か嘘かを見定めるための移動は今まで叶わなかった。藍色に染まった風景にちらつく光、見上げる空は昼間の暑さで集まった雲のせいで何も見えなかった。ぬるくも涼しくも表現しづらい風が吹き、焦げて黒くなっていた裾が少し揺れていた。
 歩き続けて辿り着く先はどこも知らない場所。かつては知っていたのかもしれないが、変わり果てたそれらは別の世界を見ているかのような錯覚がした。小さな家がちらほら見える道だった場所は空を隠すような影が出来るほど高い建物があった。残されていた自然豊かな場所は崩されて、道や住宅街へと変わっていた。
 一歩進むたびに変わる風景、それらは彼が見る過去視。かつてその死はすでに過去のものだった。生きている彼女は彼が見た最後の幻に過ぎず、現在における未来ではもう死んでいた。魂は砕かれ、その命が戻らないと悟った時、彼の過去視もまた消えていた。しかし墓を出て、自由の身となったことで風景に触れるたびにいろんな過去が映るようになった。再生される過去は望まなくても映し出される。この地に眠る記憶が彼を壊していく。頭が痛くなり、前を見るのが嫌になる。しかし夜は一向に進まない。すべてを見せるために、過去視が時間を止めていた。


 暗闇が消えて朝日が挨拶をする。覆われていた雲が風で払われ、快晴な空は暑さを降らせていた。建物から離れた彼はくたびれて山の中で目を覚ました。太陽に照らされて動物達は彼に気づかないまま、暑さから離れるように影の中で涼んでいた。山の中も少しばかり過去視が発動するが、街中ほどではなかった。あれから数百年は経っている。それだけ経てば何も知らなくてもおかしくはない。人間や幽霊から流れる話も一握りに過ぎない。

『会うためにはどこに行けばいい?』

 夜の間、過去視に紛れて聞こえていた声があった。それは複数の声から切り抜かれた彼女の声だった。おそらく複数になっているのは魂を繋ぎ止める過程で、彼女を含めた多くの魂の欠片が使用されているからだろう、と彼は思っていた。絡み合った複数の声が主人格の少女を引き剥がして表に出ようとしている。だが小さな欠片ではとうに及ばず、無意識の強さには勝てない。しかし彼女だけはその他の欠片達とは違い、少女の姿として現れている。だから彼の耳に届くほどの声量が聞こえていた。
 昼の間は人々からも過去の情景が見えてしまうことを知り、むやみに行動することをやめた。建物でさえ彼の人格を壊しかねなかったのに、それに加えて人々の過去視をすればどうなっていたか、考えたくもなかった。誰にも見えない幽霊の姿、影に潜んで木々の葉に淡い水色の空が見えていた。揺らぐ風に隠れていた陽の光が現れて、眩しさの感覚はないのに顔を背けていた。


 何度目かの夜、彼は声の方へ歩き続けた。感覚はすでに失われているのに、足には疲れが見えていた。電柱一つなく、何も見えない暗闇にひっそりと立っている家。周りが森に囲まれ、夜である今なら廃墟と見間違えてもおかしくなかった。何もかも寝静まり、その音は自然に残されたものだけだった。彼女の声は近くなり、彼は家の中に忍び込む。
 雲のない月光が示すように、窓掛けが開いていたその部屋に少女は眠っていた。暑さ忘れ涼しさが彼にまとわりつき、少女の手に触れた彼の手は凍えるように冷たくなっていた。しかし眠りの妨げにはならず、少女は目を覚まさなかった。かわりに彼の意識は奪われてその場に座り込んだ。

『あの日へ 楽しかった日々へ 戻りたい』

 戦場に旅立つ前、赤紙が来るほんの少し前、学生であった彼とすれ違う彼女の姿。あの時はまだ知り合い程度だった。赤の他人といっても刺し違えないほど会話をしたこともない。けれど戦争が再び二人を引き合わせる。戦場に行く男達の代わりに、女達は男の代わりとなって働いていた。やりたかったことを諦めて働かされていた。勝ち続ける自国のために、人々の意思などまったくないように。
 慣れない作業をするためか、彼女は会うたびに怪我をしていた。訓練所で会える時間は少なかったが、その度によく話をしていた。たわいもない話が多かったが、その時だけは笑っていた。厳しくしつけられて感情を押し殺していた状態から一時的な解放とはいえ、ずっとこのまま一緒にいられたらよかったと思っていた。

《砕かれた魂へ 最後の祈りを》

 何もかも失われた光の中、砕かれる魂。一つの命が終わりを告げた時、最後の願いは想いとなって再生された。けれど形作るその姿を維持するために、記憶を代償として彼女という名の少女を作り出した。そして彼と出会うまでの器として存在していた。記憶は置き去りに、少女の成長とともに彼女も少しずつ目を覚ました。それが夢として反映され、繰り返される中で失われたはずの記憶は繋がって復元されていた。
 しかし完全には復元できない。少女であるが故に彼女の意識は閉じ込められていた。その声で発しようとも少女の声として変換されて、本当の声は誰にも届かない。その目に彼が映ろうとも認識すら出来なかった、今までは。何度も繰り返された夢、彼が最後に見た幻想が誰かの影となって現れた時、やっと認識できた。

《ありがとう そして さようなら》

 彼は白い空間で目覚めた。握っていたはずの感覚は失われ、どうやらその場に倒れていたようだった。起き上がろうとする彼に差し伸べる手があった。
「大丈夫?」
 それはあの日のままの彼女だった。指には相変わらず絆創膏が巻いてあった。彼女が彼の手を握って引こうとするが、その腕は崩れ去った。彼は驚いて体勢を崩しそうになるが、彼女の腕は何事もなくすぐに再生していた。
「ごめんね……私の体は脆いから」
 体が脆いのはおそらく魂が欠片だからだろう、と彼は思った。すぐ再生するのはこの空間が夢であるから。もしここから出ようというなら彼女はもう維持することも叶わないのかもしれない。
「話をしたいの」
「これが最後なのか……」
「……それはわからないけど」
「困らせる質問をした。ごめん」
「ううん……いきなり連れてこられちゃって困惑しているのは君の方だし」
 彼女はまた彼の手を握って引っ張った。次は崩れず、白い空間は色鮮やかに変わっていった。平和だった日々を映し出すように、残酷な出来事は切り取られていた。変わりゆく風景の最後に、小さな長椅子が一つ置かれていた。訓練所に置かれた長椅子、二人で話をする時、いつも座っていた。しかしその長椅子は山の上にあって、解放された風景から見えるのは広々とした世界だった。見知らぬ風景に戸惑いながらも彼女が座り、彼が座る。自然が二人に囁く時、世界は一瞬静かになった。何かを決心したのか、彼女は頷いて口を開いた。
 死してなお話すことができなかったことを語り続けた。風がそよぎ、木々が揺れる。時間など忘れて何もかも話しつくした。そして季節外れの雪が降る。今まで見えていた風景を覆い尽くすかのように、雪がすべてを消し去って白くした。彼女はそれを見て悲しそうにしていたが、その体はもう風景とともに消えてしまいそうだった。
「そっか……終わりなんだ。もうダメなんだね」
「……やっと会えたのに」
 彼は彼女を抱き寄せる。彼女の涙が焦げついた軍服に染み込んでいくのはわかっている。彼も目から溢れていたが流さないように我慢していた。しかし彼の背を彼女はさすって、無理しなくていいよ、と弱々しい声で呟いていた。
「君がここで消えるなら、俺も一緒に」
「……でも」
「いつか消えるはずだった命だ。その瞬間が一人じゃなくて、二人になっただけさ」
「本当に」
「構わない。君とともにいられるのなら」
 震える彼女の手を彼が握る。その白さは彼さえも包み込み、その体は跡形もなく消えた。

《忘れないで あの日のことを》
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
最近の記事
『闇堕ちの能力者 第四章 亡くした心は蝶の夢を見る』に関する説明
今作は第一章を書いている時点で第四章に何を書くかは決まっており、それは『霊の話 番外編 青い霊編』の内容を少し改変しな…
2026/01/22 14:10
闇堕ちの能力者 第四章 亡くした心は蝶の夢を見る(3/3)
(空白)  簡単にコタラが三人を逃がすとは思えなかった。体の痛みがまだ治りきっていないセオンは体力の消費も相まって遠…
2026/01/22 14:09
闇堕ちの能力者 第四章 亡くした心は蝶の夢を見る(2/3)
(空白)  次の日、セオンはとある建物の屋上でマスターからもらった小さな蝶のブローチを見ていた。もらった時よりも藍色…
2026/01/22 14:07
闇堕ちの能力者 第四章 亡くした心は蝶の夢を見る(1/3)
(空白)  不気味な空、灰色の大地。その山頂に立っていた。雲一つないその風景を眺めていた瞳は飛び立った無数のカラスに驚…
2026/01/22 14:01
『”不明”に隠れた世界を渡る少女の話』に関する説明
今作は2025年12月17日と18日の二日間で書かれたものです。当初、別の話を考えていたのですが、思うようにいかなくて時間だけが…
2025/12/20 20:48
”不明”に隠れた世界を渡る少女の話
(空白)  世界を救済するために書き加えられたものは、正常だった世界を汚染する。けれど彼はそれを知らなかった。あの世界…
2025/12/20 20:46
短編小説っぽい何か(411~420)/それに関する説明つき
▽短編小説411(2025/9/27)/未熟な偽物の呪い “魔女”は死の道をゆく  吊られた命は天に召されて  次の光へと導かれる  …
2025/11/30 12:58
『複雑な生き方をする少女 厄災編 第一章 ”はじまり”の厄災と若き魔女』に関する説明
今作は『複雑な生き方をする少女』の新しい話として作り出したもので、『異世界編』を元に設定を組み直したものとなります。た…
2025/11/24 09:53
複雑な生き方をする少女 厄災編 第一章 ”はじまり”の厄災と若き魔女(2/2)
(空白)  目的地の村付近で箒から降りて少し歩くと辿り着いた。見た目は簡素で何不自由ない普通の村に見えたが、中に入る…
2025/11/24 09:52
複雑な生き方をする少女 厄災編 第一章 ”はじまり”の厄災と若き魔女(1/2)
(空白)  この世界は異常だ。狂っていると表現してもいいほどに。世界を記録する者として訪れた時から思っていた。けれど他…
2025/11/24 09:49
『誰も知らない現世を生きる二人の幽霊 第四章 断片的な“彼女”の記憶と“この世界”の真実』に…
今作は第一章~第三章までの第一節~第八節の構成ではなく、二人の生前の話……を書くはずだったのですが、あまりにも難しすぎた…
2025/10/09 10:13
誰も知らない現世を生きる二人の幽霊 第四章 断片的な“彼女”の記憶と“この世界”の真実
(空白)  薄暗い空が何もない世界を作り出していた。そこにあった道を歩く一人の少女がいた。途方もない道を歩き続けていた…
2025/10/09 10:02
短編小説っぽい何か(401~410)/それに関する説明つき
▽短編小説401(2025/7/19)/無垢なる命は真実を知り閉ざした扉を開く  希望を託そう 未来を信じて  願い続けた世界は残酷…
2025/09/28 17:16
『闇堕ちの能力者 第三章 楽しい祭りと記念の宴を』に関する説明
今作は2025年5月23日に第三章の設定を書こうとした形跡があり、それを覚えてなくて2025年9月10日に本文と同時に設定を作ったも…
2025/09/21 10:18
闇堕ちの能力者 第三章 楽しい祭りと記念の宴を(2/2)
(空白)  三人が休憩所でご飯を食べている頃、コタラは祭りの会場にあるステージで司会をしていた。肩にはぬいぐるみを乗…
2025/09/21 10:16
闇堕ちの能力者 第三章 楽しい祭りと記念の宴を(1/2)
(空白)  季節の変わり目を忘れた空、日の光が照らしたアスファルトの地面から籠った熱が風に乗って、夏の暑さから逃れたい…
2025/09/21 10:14
『消極的な幽霊 第二章 冷酷の歩いた惨劇』に関する説明
今作は2025年7月22日に設定を作り、2025年8月4日に没となって、2025年8月9日~14日に新しく書いたものとなります。しかし初期に…
2025/08/15 09:07
消極的な幽霊 第二章 冷酷の歩いた惨劇
(空白)  それは昼食を作り始めた頃だった  曇っていた空は一瞬だけ晴れた  それが最悪な結果を生むなんて  その時は…
2025/08/15 09:04
短編小説っぽい何か(391~400)/それに関する説明つき
▽短編小説391(2025/5/10)/伸ばした手が新たな世界への道標(みちしるべ)となる  遠くも近い未来の話  現実とは違うもう…
2025/07/27 17:22
『壊れた“君”と“彼”の答えのない現実』に関する説明
今作は2025年7月17日の夜、かなり病みまくった結果、生まれた文章。そのため、描写そのものが残酷性を秘めていることとそれによ…
2025/07/19 20:51
もっと見る
タグ
創作(172)
小説(172)
短編小説(129)
説明(75)
一次創作(50)
中編小説(43)
掌編小説(27)
詩(2)
設定(1)
もっと見る