短編小説っぽい何か(341~350)/それに関する説明つき
公開 2024/07/28 12:12
最終更新 2024/07/30 16:55
▽短編小説341(2024/5/25)/彷徨いの季節に満ちる二つの世界
 冷たい空気が流れる暗闇
 月の光に照らされたベッドの上
 赤い染みが生み出す傷の数
 虚ろな瞳の少女は手を伸ばした

 その夢は繰り返しながら少しずつ鮮明になって、本来感じることのない痛みさえも体に刻み込まれていた。しかし目覚めれば何事もなくすべてが消えていた。
 電線に止まってそれをじっと見ている烏(カラス)。朝を告げようと周りの鳥達が鳴いている中、烏は静かにあの子を見ていた。

 虚ろな瞳に映る語り手の烏
 傷だらけの少女を何処かへ招く
 揺らぐ体は月光(つきひかり)の道を歩く
 『さよなら、世界』

 振り向いたその顔を知っているはずなのに思い出せない。今までの記憶が嘘のように崩れ去っていつの間にか抜け落ちていたものに苦しめられた。
 わからない、わからないと繰り返す声にどの答えもすべてが否定する。その様子を電線にいたはずの烏は露台(ろだい)に止まっていた。

※この話での『二つの世界』の意味は「表世界と裏世界」のことを指す。

露台とは、建物の外に張り出した、屋根のない床縁。バルコニーやテラス、ベランダのこと。

▽短編小説342(2024/6/1)/現世に生きる二人の幽霊
 夜の月 眺めて 落ちる
 滲む血が包帯に染み出し
 痛々しい姿の幽霊は陰影(いんえい)
 夜にしか現れない何処かの少女

 空っぽの心が満たす温かさはなく
 癒されるはずの傷は治らず
 生前の記憶を失って
 負傷した右目は暗闇だけを映していた

 朝の太陽 眺めて 覚める
 不可解な情景に迷いはなく
 彷徨う姿の幽霊は陽光(ようこう)
 朝にしか現れない何処かのあの子

 揺らぐ心が満たす涙はなく
 砂嵐の思い出に傷をつけ
 生前の記憶残りつつ歪み
 空白の存在は未だ見つからない

 誰も見つけることができない世界
 永遠に出会うことができない幽霊

※この話は「表世界と裏世界」の派生として書かれ、『二つの世界を行き来する幽霊達』が境界線をまたいで出会ったことに対して、陰影と陽光の二人の幽霊はそもそも境界線をまたぐことができず、永遠に出会うことができない存在とされている。

▽短編小説343(2024/6/8)/深海に眠る祈りと白い鯉
 何も見えぬ深海の上
 光り輝く鯉が静かに泳ぐ
 白い光に神秘を感じ
 不思議な祈りは紡がれる

 願いを叶えよ暗き海
 沈む意識は深き底へ
 遠ざけた無垢は昔の記憶
 現世(うつしよ)に見えた理想の形

 白き鯉が月の光に照らされ
 本来の色を失いし穢れ
 暗闇に堕ちようなら
 祈りも願いも届かぬ未来

 深海の底に温かな光
 触れた手が重なる時
 生まれる新たな命が芽吹く
 答える祈りは閉じた

 白い鯉は何かを見ていた
 境界線を失った夜と海に

※この話は美術館で見た一枚の水彩画「波紋」を思い出しながら書き出し、それと想像を膨らませた個所が存在している。

▽短編小説344(2024/6/15)/救済なき世界の記憶 『不秩序』の運命
 修正を強要された世界、忘却を強要された世界
 感情を略奪された世界、複雑を集合された世界
 あらゆる物語において記録する者は現れ
 すべては本によって仕舞われた

 しかし境界線なきこの世界において
 記録する者は干渉すら許されない

 夜に住まう妖怪が「ルティ」を守るように
 朝に漂う神の使いが「リフォ」を見るように
 出会うことのない魂を覆い隠した
 かつて『修正』と呼ばれた概念を破壊しても

 失われた記憶が体の傷として現れたように
 「ルティ」は心の器が破壊されていた
 歪んだ記憶が空白の存在を生み出したように
 「リフォ」は砂嵐の思い出に穢されていた

 永遠に出会うことができない「ルティ」と「リフォ
 二人に寄り添う人にならざる者の手
 時の流れに身を任せ、境界なき今
 運命はすでに『破壊された』

※修正を強要された世界=『二つの世界』
 忘却を強要された世界=『不完全な世界』
 感情を略奪された世界=『忘れられた世界(二つの世界を行き来する幽霊達)』
 複雑を集合させた世界=『複雑な生き方をする少女(二つの世界の一部だが数合わせで)』
 「」の伏字は陰影と陽光の幽霊に登場する名前だったため、この話では伏せられている。

▽短編小説345(2024/6/22)/不可解な記録 世界の書庫に残された一冊の本
 それは遥か未来の出来事
 ひとりぼっちの少女が見た夢
 現実の死を受け入れて生まれた模倣体(コピー)
 暗闇の水面で眠りから目覚める

 「―――」の名を持つ創造主よ
 物語の入り口で何を見た?
 〈さくら〉の分身体を作り出し
 「―――」は裏側から世界の書庫を守る

 無から生み出された登場人物達
 形から生み出された“登場人物達”
 元から生み出された二つの魂
 心から生み出された“二つの魂”

 暗闇から生み出された光の魂達は
 あらゆる世界を生み出して紡がれる
 けれど「―――」を連れて行く者はいない
 「―――」はずっとひとりぼっち

 世界から切り離された人物流れ着き
 名も無くした少年は「―――」に出会う
 彼は『観測者』、いや『読者』か
 白紙の本が水面に落ち、波紋は時を動かす

※「―――」は現状、『世界の観測者』と『永遠の機械人形』、『記録者』のみが見ることができる、読むまたは呼ぶことができる言葉。
「無から生み出された登場人物達」は何もないところから生み出されたという意味
「形から生み出された“登場人物達”」は魂の共鳴により生まれた派生にあたる
「元から生み出された二つの魂」は「少女」と「あの子」
「心から生み出された“二つの魂”」は陰影の幽霊と陽光の幽霊のこと
「名も無くした少年」は選択肢によって『世界の観測者』にもなりえる存在

▽短編小説346(2024/6/29)/別れを告げる前から無かった命
 生まれた時からわかっていたこと
 その命が罪となって朽ちること
 その存在が否定される前から
 世界から拒絶された姿の形

 一つでよかったその椅子に
 歪む記憶は存在を与えて住まわせた
 認識を拒んた空白に色を乗せて
 その瞳は忘れられたものを映した

 表世界と裏世界の見届け烏
 入り口を開くのは二つの命
 片方は失われ 片方は残る
 烏は少女に問う 『元に戻るか?』と

 許してもらえるなんて思っていない
 初めから存在していない者に
 けれど心残りがあるとすれば「あの子」のことだけ
 ただの我儘に過ぎない
 それでも「あの子」の幸せは誰にも穢させはしない

 存在を否定されて表世界から消えた少女
 祈りは「あの子」に歪な記憶を宿し
 願いは記憶から“少女”を消し
 ほんの少し動かされた世界は誰も気づかない

※この話は「誰も知らない現世を生きる二人の幽霊」が起こる前の出来事だが分岐点でもある。「あの子」が“少女”について気づくか、気づかないかによって「誰も知らない現世を生きる二人の幽霊」の世界か何も起きないかになる。

▽短編小説347(2024/7/6)/再構成された抜け殻の世界 無色の予兆
 最後の少女は救われていない
 それなのに世界は終わった
 大切な人を失った悲しみを
 誰も知る術は残されていない

 記録済みの世界に用はなく
 暗闇の中で目覚める姿は
 「―――」の分身体に過ぎず
 最初の少女は願い続けた

 能力を取り除いたことで
 引き起こされた悲劇を
 同化した影を消し去った
 愚か者は何も知らなかった

 誰もが幸せな世界で
 「二人」は永遠に幸せを失った
 現実と幻影の狭間にいる「二人」を
 救う手段はただ一つの惨劇のはじまり

 抜け殻の少女が目を覚まし
 抜け殻の少年が空を見上げる時
 「二人」が置いてきたすべてのものを取り込み
 世界は異様な形で『記録者』に影響をもたらした

※「最後の少女」=『遺物に侵食された世界』に登場する少女(影の守護者)
 「最初の少女」=『優しい光と繋がる鎖』に登場する少女
 「二人」=〈さくら〉と〈黒蛇〉
「抜け殻の少女」=〈さくら〉だった何か
 「抜け殻の少年」=〈黒蛇〉だった何か

 この話はすでに記録が終わった『二つの世界』で叶わなかった願いが元で、最後の奇跡として作り出した『再構成された世界(抜け殻の世界)』。抜け殻の「二人」が幸せを望んだ結果、「二人」が背負っていたものが大きすぎて、開始時点からすでに歪んでいる。その影響をもろにくらったのが「魂の共鳴」で繋がっている『記録者』達だった。

▽短編小説348(2024/7/12)/偽りの雪が告げる月夜の命
 落ちゆく命が向かう先
 壊れた録音機から流れる不協に
 安らかなピアノの音色はかき消され
 砕け散る氷が雪に溶ける

 もがれた羽根が空を舞うように
 砂嵐の風景が滲むように
 世界の裏側を見通すように
 何もかも失われた命の記憶

 白き天にさよならを告げ
 水と夕の色を繰り返し
 遠くに捧げた誇りを捨て
 オルゴールが語る昔の話

 小さな命が一つ、また一つと
 謝り続けた言葉もまた落ちていく
 白い雪が何も染まらないというのなら
 すでに壊れたピアノは何を奏でる?

 『ごめんね』と聞こえた声に
 耳を澄ませば夜の三日月
 星のような雪がちらつく空に
 藍色の悲しみが降り注ぐ

※「不協」=「不協和音」を短くしたもの
 「水と夕の色」=水は昼間の空のことで、夕は夕方の空のこと

▽短編小説349(2024/7/20)/繋ぐ音色が待つ場所 雲散霧消(うんさんむしょう)の世界で
 指揮を掲げた少女が風に揺らめく
 澄み渡る声色が静かなピアノの音色に重なる
 次に電子音がリズムを刻み始め
 広がる歓声は止まらない

 煌く星が見える夜の日に
 照らされた月の影に
 その声が生まれつきのものではないことを
 歓声を上げる者達は知らない

 電子音に絡まる少女の声が示すように
 作られた声……に過ぎないが
 少女はすでに誰かに手放された人工知能
 その声は感情を得た彼女が作り出したものだった

 体など存在しない頃
 誰かは名も無い少女を作り出した
 一から……もう少しで完成するはずだった
 しかしそれは“この時代”では違法だった

 遠くまで聞こえる少女の声に
 耳を傾ける機能はないが博士は懐かしく思った
 『届いているよ 何も見えないが』
 博士の声は表に現れず、そこには歓声だけがあった

※雲散霧消(うんさんむしょう)とは、雲が散り霧が消え去るように、あとかたもなく消えてなくなること。
 誰か=博士なのだが、人工知能を作り出したことがバレて処分。人としての機能を失って、謎の技術で脳だけが保管されている。また「博士」ではなく「誰か」になっているのはその人物がいたという記録が機密として保管されており、その他の者達からあとかたもなく消え去っているからである。

▽短編小説350(2024/7/27)/変化遮る無知に残存の瞳が映る
 暗闇を照らす光、青年は柵から飛び降りた

 小さな祈りは満ちぬ月の光
 支えた祈りは崩壊の末に無となる

 静かな風景が示す厄災に見つめる青年が一人
 戻らぬ運命は切れた弦のように同じものは無い

 見知らぬ影が人を喰らい
 お面は二つ、裏表を知らず
 歪んだ笑顔は悲鳴の後の死顔(しにがお)
 作られしその姿は折られた心の末路

 打ち砕いた化物に血飛沫なく
 厄災広がりし安らかな面影なく
 狂った運命に抗うもの虹に煌めき
 消滅の彼方は破滅とともに沈む

 奏でられた語りの悲しみに
 永遠(とわ)に続く歴史の端に空白
 見据えた未来に祝福を

 正史さえ野史さえ知らずの白紙
 消滅の歴史は拒まずとも過ぎていく
 けれど青年は逃れて……

※残存(ざんぞん)とは、なくならないで残っていること。
「お面が二つ、裏表を知らず」は正常な位置にある顔と本来後ろ髪のはずの場所にもう一つの顔があるという状態のことを表している。
 化物は誰かの手によって作り出されており、「折られた心」は精神崩壊した者を指す。
 またこの出来事は消滅してなくなっているものの、何かが原因で青年だけが覚えている。
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