誰も知らない現世を生きる二人の幽霊 第一章 交わらない二つの魂が行きゆく果て(1/2)
公開 2024/06/26 09:56
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第一節 記録できない世界
 かつて『二つの世界』と呼ばれる「修正される前の世界と修正された後の世界」のことを指す言葉があった。とある霊が引き起こした事件は世界を分断する原因となり、『世界の観測者』は記録を、『永遠の機械人形』は消滅を繰り返していた。しかしある世界を最後として『二つの世界』は終焉を迎えた。
 かつて『不完全な世界』と呼ばれる「二つの世界から生まれたバグ」のことを指す言葉があった。『世界の観測者』の正式な後継者となる『記録者』はその世界を記録し、修正することで事なきを得ようとした。しかしそんな甘くはなく、時間と空間の記録者は今も囚われていた。
 かつて『神(化け物)が作り出したもの』と呼ばれる「神々の楽園の世界」のことを指す言葉があった。世界の書庫に存在する分身体の少女を介して、干渉してきた神々はその物語を改変させないように操っていた。綴られた文章は『記録者』以外読めない。

 あらゆる世界は『世界の観測者』や『記録者』達によって世界の書庫に保管されていた。しかしそれでも一つの世界だけは記録できなかった。
 記録できなかったのではない。その世界は『誰も知らない』のだから。

第二節 陰影の幽霊
 その傷は治らない。心を表したそれは壊れた器に起因する。服から出ているほとんどの肌に巻かれた包帯が意味する答えは失われた記憶。生前のすべてを失いし、陰影(いんえい)の幽霊 ルティは夜にしか現れない。月が光を失って夜の終わりを告げ、太陽が姿を現して朝が来た時、ルティは姿を消して次の夜が来るまでどこにいるのか誰も知らない。
 負傷した右目は頭に巻かれた包帯とともに隠されていた。瞳から失われた光は闇となり、どこまでも続いていると言われている。

 目を覚ましたルティは進む理由もなく自由気ままに歩いていた。何も見えない暗闇の道だった。しかしその夜は満月で、月の光が強く、彼女を照らすには十分だった。遠くで何かが騒いでいる声が聞こえるが、ルティは気にせず歩いていた。するとルティの右腕をいきなり掴んで引っ張った。バランスを崩して後ろに倒れそうになるのを誰かの体が受け止めていた。
「ルティ……怪我をしたまま歩くな」
「怪我?」
「ガラスの破片を踏んでいる」
 そう言われてルティは足元を覗いてみるとそのガラスは足を貫通するほどに大きかった。彼女は座り込んで包帯を巻かれた右手を使って、右足に刺さったガラスを引き抜いたが、足もそうだが、右手からも大量に血が流れ始めているにもかかわらず、何事もなく誰かの方を見ていた。
「これでいいの? 空夜(くうや)」
「……包帯巻いてやるから」
 空夜と呼ばれたものは包帯を手にして、血塗れの包帯を取って新しい包帯を巻いてあげた。ガラスによって生まれた傷など外での出来事に起因する怪我は治っているようだが、それ以外の失われた記憶によって壊れた心から流れ出した傷はいつまで経っても治らなかった。ルティの体は温かさを忘れて冷たくなっていた。空夜が包帯を巻く過程で体に触れても一向に温かくなることはなかった。
「痛くないのか?」
「前にも言ったけど痛くないよ。空夜は痛いの?」
「痛いな……ルティは幽霊だからそういう感覚がないのかもしれないな」
「そうなのかな……そういえば今日はいいの?」
「何が?」
「満月だからみんな集まって宴会しているんじゃないの?」
「俺は別に好きじゃない」
「そうなの」
「むしろルティと話をしている方がいい」
「心配だから?」
「会うたびに怪我をしているから心配ではあるが……」
「が?」
「いや、このままでも悪くないと思っただけだ」
 そう言いつつ悲しい顔をする空夜の目には弱くなる月の光が見えていた。満月で明るさは十分だが、傾く時間はあまり変わらない。夜はいずれ朝を迎えるために閉じる。
「もう時間か」
「そうみたいだね」
「次はどこかに行くか?」
「え? 遠い場所は無理だよ」
「大丈夫、近くにあるから」
「……会えたら」
 会話をしている間にも夜は朝を迎えるために月の光と藍色の空を失いつつあった。そのせいでルティの声はか細く、その声が空夜の耳にギリギリ届いているくらいになっていた。太陽が光を灯し、表に出てきたのと同時にルティの姿は消えてしまった。

第三節 陽光の幽霊
 砂嵐、聞こえぬ声。誰かが立っているのを見ているだけ……

 不可解な夢の目覚めは騒がしいカラスの声。眩しく何度も瞬きした後、太陽の光に照らされて薄れていた姿は起き上がる。陽光(ようこう)の幽霊 リフォは頭に残ったその姿を追い続けていた。生前の記憶は覚えているが、その一部が歪み、空白の存在を探し続けていた。大切だったかもしれないその存在が切り取られてしまったのか、リフォにはわからなかった。けれど出会うことができれば何かわかるかもしれないとも思っていた。
 しかしその時間は朝の間だけ、夜を迎えようとするなら彼女の姿は消える。朝にしかその姿を維持することができず、夕方には不完全な状態となってそれ以上探しに行けなかった。

 海と空の境界線を失うかのような青さが繋がり、雲一つない快晴の空。瓦礫に立ち、押し寄せる波が彼女を捉えても、透過する姿の彼女には当たらず、岩に直撃していた。風のない涼しさだけを残し、歩く足は少し浮いていた。尖った岩やゴミを踏むことなく、道路の方に出るとその足は地面についていた。
 生前のよく来ていた服を身にまとっていて、何故その服なのかはわかっていない。たまに映像が切り替わるように砂嵐が起こるのは問題だけど、それ以外は今のところ不便ではなかった。
「今日はどこに行くの?」
 突然、リフォのすぐ近くで話しかける誰かがいた。幼い少年の姿をした天使に近い神はリフォの前に立って歩みを止めようとするが、彼女は知らないふりをして通り過ぎた。それに怒ったかのように、口を膨らませて彼女の名前を呼ぶと少しびっくりしたのか、一瞬体が小刻みに動いて、彼の方に振り返った。
「……考えているから邪魔しないで」
「それを僕にも話してって」
「クラールに話してどうにかなったことないでしょ」
「情報が足りないだけじゃ……ほら、他の幽霊達に聞こうよ」
「聞いても誰も分からない」
「……もっとだよ」
「いるかもわからない存在のことを聞き続けるの……?」
「聞いているようには」
「もうわからないの……探しても意味ないんじゃないかって」
「僕は興味ある」
「興味だけでどうにかできる問題じゃない」
「わかっているよ! だからこそ、リフォだって探している。空白の存在が何なのか……それを取り除けばもう不可解な夢を見ることだってなくなるかもしれないよ」
「クラールはのんきね」
「僕は心配しているだけだよ……それに」
「何?」
「いや、なんでもないよ」
「また秘密?」
「違うよ! 忘れちゃっただけ」
 クラールは一生懸命首を振って否定するけれど、何かを隠されたと思ってリフォは少し怒っていた。しかしそんなことしている場合ではないと彼女は知っている。この場所も生前に訪れたとある海、大勢の人がいる中、一人だけ砂嵐に隠された空白の存在。手を伸ばしても掴むことができない。すべて砂嵐にのまれて消えてしまうまで、その映像は流れ続けていた。目を閉じて考えるリフォとそれを見ていたクラール、お構いなしに走る現実世界のうるさい車、快晴の空に羽ばたく白い鳥が太陽の光に照らされていた。

 あの映像の最終地点、海の家にやってきた時にはもう日が傾いていた。生前とは打って変わって放置されて廃墟になっていた。廃墟の海の家を見るリフォに対して、クラールは海の近くに行って足を水につけて遊んでいた。バシャバシャとしている音が聞こえて呆れていたが、海の方を向いて太陽が沈んでいくのを悲しく思っていた。手を見ると薄くなっていて、もうすぐ夜がやってくるのを暗示していた。
「さよなら、またね」
 その声がクラールに届いているかわからないが、そう口を動かして太陽が完全に沈むのと同時に彼女の姿は消えてしまった。

第四節 雨降る夜の静かなひと時
 夕方の空が告げる夜の入り口、藍色に染まる前の光に謎の生命が映る

 目覚めはいつも同じ夜の月、陰影の幽霊 ルティは木陰に座っていた。木の隙間から落ちる雫が少しずつ強くなって頭を濡らしていた。見えていたはずの月は雲に覆われて、普段よりも暗い空を作り出していた。雨が葉に当たって音が鳴り、地面に落ちて静かに消えた。巻かれた包帯も水を吸い込んで重くなっていた。
「ここにいたのか」
 その声に反応してルティは上を見ていた。空夜が傘をさして、静かに消え去っていた雨の音は布に当たる音に変わっていた。ルティの手を取って立ち上がらせようとした時、包帯の一部が切れて傷だらけの腕が出てきた。
「……濡れたからか。だがここで巻いても二の舞になる」
「空夜」
「どうした? 傷のことなら何も気にしてないが」
「そうじゃなくて……立ちくらみが」
「あっ、そういうことか。わかった……おんぶしてやるから代わりに傘持っていてくれるか」
「……うん」
 その後に小さい声で「ありがとう」と告げるが、空夜は何も言わずルティに傘を預けるとすぐに彼女をおんぶした。深い森の中を下り、道路に出て見ると少し浸水していた。靴に水が入り足が濡れていたが、空夜は何も気にせず歩いていた。ルティは目覚めてから雨に濡れていたせいか、少しずつ体力が奪われていた。
「ついたぞ」
 そう空夜はおんぶしているルティに対して言うが、彼女は疲れてうとうとしていた。辿り着いた場所は空夜が家として使っている場所。ただの廃墟にしか見えないが、家の形を残していた。ルティをベッドに寝かせると彼女はすぐに眠りについてしまった。
 それを見届けると空夜は木箱から包帯を取り出して、水で濡れた個所を含めて切れてしまった包帯を巻き直していた。水をタオルでふき取りながら丁寧に包帯を巻いていた空夜だったが、頭の包帯だけはまだ一度も変えたことがなかった。頭の箇所は何重にも巻かれており、ルティがしたのではないとすると誰がしたのかわからなかった。頭の包帯を取り除いて新しいものに変えようとした時、音に気づいたのか、ルティが目を覚ました。
「……眠ってたんだ、ごめんね」
「いや、構わない」
「あれ? 包帯がない」
「今、巻き直している途中だ。ほとんど濡れていたから時間かかるが」
「そっか」
「その目は見えているのか?」
「目? 右目のことなら見えてないよ……暗闇が続いているだけ」
「不便だな」
「そうかも……でも記憶ないからわからない。どうしてこんなことになっているのか」
 そういうルティに対して空夜が「記憶……か」と呟くが、彼女は首を傾げようとして少し痛みを感じていた。しかし痛みを感じないはずなのに何故痛みを伴ったのか、ルティにはわからなかった。黙々と包帯を巻く空夜を見ながら、ルティはさっきのことが怖くなって、すでに包帯が巻かれた右手で彼の服の裾を掴んでいた。
「今日はこのまま終わりか」
「……ずっと暗いから朝なのかわからないね」
「太陽は雲に覆われて目覚めないが、カラスは騒がしく鳴く」
「カラス?」
「ルティは鳴いている所を見たことがないのか。今度、連れてくるか」
「朝の生き物なのにどうやって?」
「俺の知り合いにいるから安心しな」
 自慢げにいう彼に対して、ルティは嬉しそうに頷くがその動きはゆっくりだった。曇っている中でも灰色が薄れて白くなり、明るさを失っても朝を告げるカラスは集まり始めていた。ルティが空夜の服の裾を掴んでいることに気づき、その手を取って握り返した。ルティは少し驚きつつ、安心して眠りにつくのと同時に消えてしまった。
趣味で小説や詩を書いている者です。また読書や音楽、写真など多くの趣味を抱えています。
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