遺物に侵食された世界(9/10)
公開 2024/02/24 14:08
最終更新 2024/02/24 14:15
(空白)
 虧月に言われた通り、砂漠化した街へ飛んでいた。雨夜が悪魔の姿となったことで影の制御がおろそかになり、暗闇の空間が消滅していた。放り出された四人だったが、堕天使の手をとっさに掴んだ丸十と甜瓜は浮遊したまま、風花達の後を追っていた。蒼徨は転落したが、異常事態ということで危険区域にあるビルの屋上で待機していた白露はそれを見込んでいたのか、空中で『異界の扉』を使って彼を救助していた。
「あぶねぇ」
「……死ぬかと思った」
「蒼徨! 能力調査隊のやつらが切れ散らかしていたんだが」
「そうだよね……」
「でもこんな状況になっていたとは……怒れるものも怒れないだろうな」
「風花さんの所に行かないと」
「行くのか」
「止めないのか?」
「止めるかよ。そもそもあんな神とかほざけた者にこの世界を渡す気か」
「白露……」
「俺はお前がそんな弱いやつじゃないって信じているから……砂漠の街まで届けてやる」
 そう言いながら蒼徨の手を取り、白露は『異空の扉』を開いた。情報はすでに回っているのかと思いながら、彼は引かれながら白露とともに扉の中に消えた。

『砂漠の街を守るように光り輝く神と名乗っている者は現在、破壊を続けています。これまでに負傷者が……』
 テレビやラジオなどから流れる同じことしか言わないニュース。風花達が近づくたびに見える大量のヘリは『浄化の光』いや『悪意の光』によって撃ち落されて、二次被害を引き起こしていた。
 遺物が飛来し、そこにあった街は一瞬にして砂漠と化した。跡形もなくなったその場所に水雪の体を奪った神が鎮座していた。光り輝いていた杖はくすみ始めて、無差別に落とし続けていた。その光の一点を打ち返そうとする愚かな考えを持つ人間達がいた。それは蒼徨と同じ能力調査隊の人間だったが、彼ら以外に戦える人間が少なかった。白露のように警官にも能力者はいたが、ほとんど避難のために動いていた。
「すべては救済のために『この世界は浄化される』」
 濁った心が水雪の人格をのみ込み、その声は神になりかわる。杖を上にあげて空は灰色の雲に覆われて雷が杖に当たって光り輝いた。振り下ろされた杖から放たれた光が形を変えて、無作為に人間を貫いていく。その数は数えきれないほどの被害を生み、どこもかしこも赤い絵の具をぶちまけたような血だまりになっていた。建物も放たれた光の衝撃で崩壊を越えて消滅していた。
 直接的な攻撃は今のところないものの、風花達も例外ではなかった。撃ち落そうとする光が飛び、雨夜は皆を影で守っていた。その度に浮遊操作が効かなくなり、落ちそうになっていたが、砂漠の街にたどり着くまではなんとか耐えきった。

 風花達が辿り着くと能力調査隊の人間達が気づき、その中で指揮を取っている人間が話しかけてきた。その人は無線機でその他の部隊との連絡を行っていた。
「あなたが風花さんですね。蒼徨くんから聞いてます」
「……蒼徨さんが……」
「初めましてでこんなことを言うのは恐縮なのですが……どうか力を貸してください。私達だけでは」
「話は終わりですか? なら」
 その人はあたふたしているが、風花の周りには深く濃い影が光を掴んではのみこんでいた。会話中も飛んでいたため、すぐに話を切り上げて攻撃の瞬間を狙っていた。堕天使と双子の兄妹も『影の守護者』によって守られていたものの、強力な能力とは言え、敵味方関係なく巻き込んでしまう『詩の音色』を使うことが出来ずどうしたらいいのか分からなくなっていた。
「丸十お兄ちゃん」
「甜瓜……わかっている。だが俺達では……」
「二人は奏でていればいい」
「でもそれじゃみんな死んじゃうよ」
「大丈夫」
「堕天使が言うならやる」
 それでも少し離れた位置で二人のバイオリンが鳴り響いていた。反響する場所もないのにその音色はすべての人々に届いていた。堕天使は手を神の方へ伸ばし、三人の目が赤く染まる時、魅入られた者達の攻撃の手が止まり、その者達は耳を塞いでいた。『詩の音色』の死の対象を魅入られた者達及び神に変えたことで、今のところ人々への被害はなくなった。しかしその対象がすべて駆逐された後が懸念であり、矛先がなくなった時どうなるか堕天使本人も分からなかった。
「……この曲は」
「大丈夫」
「でも聞いたら死んでしまう」
「敵の動きは一時的に止まりました。ならしなければならないことは分かっているはず」
「は、はい……『部隊に通達……魅入られた者達の駆除と神への集中砲火を開始』」
「私は行きますから、引き続き指揮をお願いします」
 そう言い、風花は雨夜とともに浮遊する神のもとへ飛び立ち、近づこうとするが何重にもかけられた結界によって入ることも困難になっていた。しかしその結界は少しずつ『詩の音色』によってはがされていたが、それでも枚数が多すぎて辿り着くにはかなりの時間が必要だと理解した。結界に触れる黒い手がすぐに浄化されて、光が最後まで雨夜に届かないように途中で切り離した。
「また燃える……」
「俺は平気だから」
 そう言って雨夜が痛そうにしているのに変わりはなく、それを風花が気づいていないわけがなかった。しかし突破しないことにはどうしようもなかった。すると空から降り注ぐ爆弾が雨夜の目に入り、風花が気づく前に暗闇の影の中へと押し込んだ。神の攻撃が一時的に止まったことで、飛ぶことを諦めていたヘリが再出発し、その一台に『硝薬』の能力を持つ者が乗っていた。爆風とともに砂嵐も引き起こされて灰色の煙も相まって何も見えなくなっていたが、怒られたのか追加の爆弾はなく、少しずつ煙も砂嵐も収まってくると結界の一部が破損し、神はその修復作業に追われているようだった。
「今なら届くかもしれない」
 雨夜はそう呟き、安全を確認してから風花を影の外に出し、続いて黒く長い腕が伸びて、結界の奥へと入り込んだが、最後の最後というところで厚い結界が張られており、そこは手前の結界よりも浄化の力が強く燃え盛る痛みは激しさを増した。無理に破壊しようとした黒い手に気づいた神はニヤリとし、光の槍を風花に撃ちだした。何の合図もなく即発動された光の槍は一直線に飛んだが、風花の横にいた雨夜に当たり、抑え込もうとするも半分が浄化の対象となってしまい、真っ逆さまに落ちていった。雨夜は衝撃を最小限にしようと空中で風花の下敷きになり、そのまま二人は砂の穴に落ちていった。
「『これで悪魔は葬った。誰も手を出すことは出来ない』」
 神は高笑いしながら『硝薬』によってもたらされた爆弾も虚しく、完全に結界は元に戻っていた。指揮を取っていた人もその他の能力調査隊の人間も絶望し、能力を放つことを失いつつあった。しかし風花は諦めず、砂の中から立ち上がり、神を見続けていた。雨夜は体の修復のために一度影の中に戻り、風花にも下がるように言ったのだが、彼女の目は赤く染まり完全な暴走状態になっていた。
「どうせ死んでしまうならすべてを使い果たそう。ごめんね、お兄さん……それに蒼徨さん。私の命、尽きようとも選ばれた者の使命を果たす」
 風花の影から伸びたそれは手ではなく、光を喰らう蛇となっていた。浄化によって穢されることなく次々と食していく蛇達に、結界の修復など無意味な行為だった。
「『まだ歯向かう愚か者……悪魔に染まりし少女よ』」
 神が言うように風花は少しずつ人の姿を失いつつあった。雨夜による制御がなくなったことでそれを止める手段がなくなり、暴走によって優しき人格も消えようとしていた。人を殺めることを拒んだ少女が殺しをためらわない悪魔へと変わっていた。
「私が私でなくなっても……あなたは許してくれますか……?」
 心が完全な闇に堕ちる時、風花の目から涙がこぼれていた。それと同時に光の雨が彼女の体を刺していた。蛇もまた貫かれて致命傷を負い、今度こそ死ぬんだろうな、と思って瞼は落ちていった。

 白露と蒼徨は『異空の扉』を使って砂漠の街へと向かっていたが、順次方向を変えて、神の方に直行しようとしていた。無茶な提案に白露は一度ため息をついたものの、歩きながら道を定めて合わせてくれた。するとひとりでに扉が開き、二人は追い出されてしまった。砂漠の街に辿り着いたものの、風花と雨夜はすでに神との戦闘中、堕天使と双子の兄妹は『詩の音色』で魅入られた者達の攻撃を止めていた。しかし蒼徨の目には雨夜が映っておらず、風花が一人で神と戦っているのが見えた。そしてその姿が人を失いつつあるのも分かった。
「止めないと……風花さんが壊れる前に」
「止めるって……もしかして神の前に飛ばせと?」
「白露、お願いだ! 一生の」
「何度目の一生だよ……断らねぇよ。ただすぐに時を止めてくれないと俺が死ぬ」
「分かっている」
 蒼徨が頷いた後、白露は彼の腕を掴んで空を飛び続けた。正確に言うと空中で転移を繰り返し、飛んでいるように見える芸当だが、相当な集中力が必要なためあまり使いたくなかった。ただ一人に対してはこの方法の方が扉を開くよりは楽だった。
 そして蒼徨は懐中時計とサンストーンを確認して、一瞬の隙も見逃さずに風花の腕を掴み時を止めた。大量に突き刺さった光の雨のせいで服は血塗れで気絶していた。蒼徨が風花を抱えようとする際に、彼の手が白露から離れてしまいそうになったが、すぐに転移して安全な場所まで引き下がろうとした。しかしサンストーンは勝手に砕け散り、時は動き出してしまった。
「『我の前でそんな能力は通用しない』」
 光の雨は降り続けて、その一部が体を貫き即座に痛みを感じた。白露は驚いて能力を発動するが、その手は離れており気づいた時には一人だった。
「……殺させは……しない」
 小さすぎる風花の声は誰にも届いていなかったが、最後の力を振り絞って影の傘を作り出し、受け止めるもののそれもすぐに壊れてしまった。蒼徨は再度、時を止めようと懐中時計を見た時だった。光の雨が突如として止まり、一点に集中して二人に向かって放たれた。それを回避する手段はなく、懐中時計は破壊され、針が空中に浮いていた。


 檻の中、化け物達が暴れ出す前の記憶。金属の錆びついた臭いがしない地下のまだ笑い声が聞こえていた頃、子供達の中に少年はいた。お金のために両親の手から離された彼は能力実験に参加させられることになっていたが、他の子供達よりも幼かったため、彼以外の子供達が実験を受けている間、別の部屋で女性の研究者と遊んでいた。
 当時の彼女はまだ遺物に魅入られている状態で、実験体となった人々に対して何のためらいもなく薬を投与し、能力を得ることが出来ずに失敗作として生み出された化け物達に対して、何の感情も表さずに子供達がいる地下よりも深い洞窟に捨てていた。少年の子守りなど本当はしたくない仕事を任されて、表に出ていなくても彼は嫌という感情が分かっていた。

 そんな日を繰り返していたが、ある日、異常な反応の数値をたたき出し、そのせいで一つの贈り物が勝手に使用された。それと同時に『影の守護者』が生まれるきっかけとなる爆破事故に見せかけた事件が引き起こされた。それによって遺物に魅入られていた者達の一部が洗脳から解放されて、その中に研究者も混じっていた。
 それをきっかけに女性の研究者は解放されて、今まで行っていた実験の悲惨さを知り、自ら命を断とうともしたが、その罪を背負うことが子供達に行ってきた懺悔だと思って、一人残された少年のお世話を続けることにした。
 しかし少年は他の子供達が化け物にされて捨てられていると知らないはずなのに、その瞳はどんどん暗くなっていた。深くの洞窟から響く声が聞こえているのかもしれないと、何かを感じ取っている可能性があると思って、少年を地下から出してあげようとしたが、彼は首を振って「ここで待たないと」と意味の分からない言葉を発していた。

 少年の目には天使が映っていた。女性の研究者が持ってきた絵本で見たその姿が今この地下にいた。彼は手を伸ばしていたが、天使が掴む前に女性の研究者が取ってしまい、いつも振り払っていた。「違う」と言われても女性の研究者は何のことだかわからずに繰り返した。その様子を天使は邪魔だと思っていた。
 そして女性の研究者のいない時間が生まれた時、天使はやっと少年の手を取った。それによって彼の目に少しだけ光が戻り、一枚の白い羽根が彼の頭に乗っていた。しかしすぐに女性の研究者が現れたことで天使は彼女にも見えてしまった。
『あなたは一体?』
『……』
『何をするつもり……』
『外に連れて行く。彼が望むままに』
『その子がそんなこと望んでいるわけがないでしょ! それに化け物が逃げ出したって言うのに今外に出たら……』
『そう』
『そう……って何も出来ない子供を連れて行くのはやめて』
『何も出来なくしたのは君の方だ。こんな地下は苦しいだろうに』
『……』
『遺物に魅入られ、能力は侵食し、あらゆる事件が起きる時、この世界は終わる』
『何を言って』
『この世界の運命だよ。このままいけば贈り物が次々と本来の力とともに覚醒する』
『……あの子が現れたように』
『君は知っている側の人間か』
『何をすればいいの……私にできることはないの!』
『能力を持たない人間が太刀打ちできる問題じゃない。でも覚悟があるのならその役目を与えられる』
『覚悟?』
『少年を救う代わりに君の存在は完全にこの世界から消える』
『!』
『一度でも穢れた心ではこの力は使えないから……何も知らない純粋な心だからこそ彼にしか使えない』
 女性の研究者は少年を見ていた。何が行われているのか彼がどこまで理解できているのか分からない。でも彼の手はしっかりと天使の手を取り、もう片方の手で頭に乗っていた白い羽根を手にしていた。
 多くの子供達を手にかけて、遺物の成分を含んだ薬を大量に投与した後、化け物に変えて捨てた。それ以外にも魅入られていたとはいえ多くの実験に参加して失敗作を量産して深い洞窟に投げ入れて殺したこともある。その記憶がこびりついたまま少年に接し続けても罪を償うことは出来ないことは最初から分かっていた。それでも最後に残された少年だけは守り続けたかったのは確かなことで、彼だけでも生きてほしかった。化け物の巣窟になりつつ研究所から逃げ出すなら彼の身代わりになろうと構わなかった。
『私を消しなさい』
『いいのか?』
『彼が生きてくれるのならば私の命など構わない』
『わかった』
 天使が告げると辺り一面光に覆われたが一瞬にして元に戻った。少年の目には天使だけが映り、女性の姿はなかった。その光を捉えることは誰も出来ず、それを知っているのは二人だけだった。しかし次の瞬間、天使の贈り物から発せられた光が少年を包み込むが、その膨大な力を受け入れるための体は小さく、溢れた力は記憶とともに懐中時計として封印されて、運命を変える力は時を止める程度の運命力と小さなものになってしまった。少年の記憶が封じられたことによって天使の姿をとらえることが出来ず、彼の目はまた光を失った。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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