遺物に侵食された世界(8/10)
公開 2024/02/24 14:03
最終更新 2024/02/24 14:15
(空白)
 資料を拾い上げて風花を運び、隠れ家に戻ってきた。影を強制的に行使したせいか、雨夜が出てこなくなっていた。なんとか運んでいると彼女は目を覚まして気がついた。
「……う」
「風花さん」
「私……は」
「大丈夫ですよ。資料も奪われませんでしたし、爆弾の人も追い払いましたから」
「よかった」
 運ばれていることに気づいた風花はちゃんと立ったものの、まだ体がふらついて壁に手をやっていた。蒼徨は彼女の手を取り、部屋まで一緒について行った。扉を開けるとそこは簡素な部屋だった。机や椅子、ベッドや棚の他に置かれている家具がなかった。ただ机にたくさんの写真立てが置かれていて、そこには子供達の写真が飾ってあった。
 ベッドを背にして二人で座り、蒼徨は資料を開いてみたが、所々読めないように黒く塗りつぶされている箇所があって、意味がわからなくなっていた。
「……大いなる力には代償が伴う」
「それ何処に書いてあります?」
「下の方」
「あっ、あった」
「化け物の手形かな……少なくとも人ではないと思う」
「紙に付着した血だまりのせいで重要なことさえ読み切れないとは……」
「でも少しは読めるから」
「そうですね。これは根気強さがいるなぁ」
「……お兄さんは大丈夫かな。私が行使したせいで」
「……眠っているわけではないのですか?」
「わからない。それに今回が初めてじゃないはず……幼い頃に似たようなことはあったはず、その記憶がないだけで……似た感覚は覚えているから……」
 風花は両手を見ながらもその手は震えていた。影の行使にはかなりの体力を消費するため、殺すに至るまではかからないものの、もし殺めていたらと思うと彼女は壊れると自覚していた。雨夜が何も思わず殺しつくしているはずがないと思っているが、彼がどう思っているかを聞いたことはなかった。恐怖心に苛まれ、自分を見失えば、たとえ強力と言ってもそれはもう人ではなく化け物と同義だった。その震える手を蒼徨が取り、風花は少し驚いていた。
「風花さんに殺しなどさせません。傷ついてほしくないから……何があろうと」
「……ありがとう」
「俺を置き去りにするな」
「雨夜さん」
「お兄さん、ごめんね」
「いや……俺のせいだから……また暴走させてしまったと思って。彼女の影を住処にしていることで悪魔の力に干渉し続けている状態だから少しずつ影響が出始めている。まだ俺がいるから制御は容易だが」
「知らなかった……」
「知る必要なんてなかった。最初の頃は暴走すら起きなかったから気づかなかったが、それを使って彼女の体にかなりの負担とそのせいで記憶が飛んでいた。でも記憶が残っているということは慣れ始めたといういいことのように聞こえるが、それはつまり人ではなくなるかもしれない予兆だ」
「え? 風花さんが悪魔になるってこと」
「まだ確証はない。そもそもその情報がない」
「ならこの資料を読めば」
「分かるかもしれないが……ほとんど読めないんだろ」
「はい……その通りでさっき頁をめくってみるとそもそも読めない文字もあって」
「それは俺が解読しよう」
 雨夜が資料を持ち、何枚か頁をめくった後、その紙をじっと見て黙読しながら内容を確認していた。そんなことしているうちに夕方のチャイムが鳴っていた。風花は立ち上がって部屋から出るのを蒼徨もついて行こうとしたが、雨夜に掴まれて彼は引き戻された。

 風花が作ったご飯を食べ終わった後も資料を読み漁っていた雨夜だったが、ずっと黙読するので二人はどうしようかと思っていた。寝る支度が済み、風花は眠くなってきてベッドで横になっていた。
「……やっと終わった」
「……」
「風花さん眠っちゃいましたよ」
「お前は起きていたのか」
「でも眠いです」
「読み終わっただけで内容を整理する時間が欲しい。だから今日は寝ろ」
「……僕は何処で寝れば」
「そうだったな。隣の部屋に布団があるからそこで寝たらいい。俺はここにいるから何かあれば言え」
「……分かりました。雨夜さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
 蒼徨は立ち上がり静かに扉を開けて出て行った。隣の部屋によろよろとしながら入り、布団が置いてあって布いてすぐに眠っていた。

 小さな檻の中、騒ぐ化け物達。冷たい金属が座っている体に伝わっていた。何故ここにいるんだろう。そう考える彼に大きな爆発音がした。へこんだ扉がここまで飛んできた。人か化け物か分からない血の匂いが充満し、一人の男が彼を見ていた。その手は焦げ臭くて、顔は認識できない。震える手を握る男は彼を抱えて走り出した。
『また死ねなかったな』
 最後に男はそう言って彼は夢から目覚めた。


 それは数年前に遡る。あの爆発事故によって『影の守護者』が生まれた頃、教会では一人の少女が祈りを捧げていた。彼女は司祭であり、多くの信者を支えていた。
『水雪様』
『どうしたのですか?』
『外で人が倒れていて……』
 水雪と呼ばれた少女は言われたように外に出ると、教会の白を穢すような赤い血をつけて座り込んでいた。その近くには遺物が転がっていた。座り込んでいる人を助けようとしたが、すでに亡くなっていた。遺物が危険なものであると水雪は直感的に理解した。遺物の研究をしている者達のせいで、世界に能力と呼ばれる異質な存在が生まれていることを知っていた。しかし水雪にはそれが異常であると伝える手段があまりにも少なすぎた。
『神様どうかこの世界をお救い下さい』
 水雪は毎日、祭壇に祈り続けていた。遺物は満場一致で亡くなった人の墓の近くに置いておくことにした。その場所が教会から遠く、ほとんど森の中にあった。運ぶ最中に穢れてしまった手を聖水で清めてから手を合わせて祈り続けた。
 信者達も同じ手順で毎日のように行っていたが、世界は遺物に侵食され続けていた。その日もお祈りが終わり、水雪は一人教会の中にいた。信者のお悩みを聞いて、何とか解決できないものかと試行錯誤しながら教会の掃除をしていた。すると祭壇に置いていた十字架の中心が光り出し、それが大きくなって人の形をした何かが墓に置いたはずの遺物を手にしていた。光が収まって異様な気配に気づいた水雪が祭壇を見るとそれと目が合ってびっくりした。
『誰ですか! どうやって入って』
 手にしていた布巾を振り回して近づいてくるなと反抗したが、水雪の腕は掴まれて叫ぼうとする彼女の口を別の手で塞いでいた。もごもごする水雪は遺物が祭壇の上にあるのが見えて、なんでここにあるのか、と聖なる場所に穢れたものが置かれている事実に絶望した。
『叫ぶでない』
『……』
『我は神である』
『神様……そんなはずがありません! こんな穢れたものを持ち込む者など……』
『これは穢れたものではない。贈り物なのだ』
『贈り物?』
『しいて言えば私の贈り物だ』
『……神の贈り物?』
『そなたは願った。この世界に蔓延る能力を消し去りたいと』
『え? そんな野蛮なことは考えていません。ただ私は皆を助けたいのです。能力という異質な存在に蝕まれてしまった迷い子達を』
『ならばこれを使うといい』
 神の贈り物と呼ばれた遺物は変形し、水雪に渡される頃には穢れた色はなく真っ白な杖となっていた。その杖はずっしりと重く、両手で受け取ったがすぐに落としてしまった。
『そなたには重すぎたか……少し軽くしておこう』
 神は落とされた杖を浮かせると光に包まれて、また水雪のもとへと渡された。その杖は軽くなり、片手でも持てるくらいになっていた。

 杖から放たれる光は後に『浄化の光』と名付けられる能力となり、自らも能力を行使してしまっていることに、水雪も最初こそ拒んでいた。しかし信者達に取りついた能力を浄化することで救いとなるならば彼女にとって喜ばしいことだった。ただ能力者であることが苦痛であり、普通の人間だったことがどれだけ幸せだったのか。水雪は少しずつ思い知ることとなる。
 神に連れられた危険区域と呼ばれる場所。そこには保険を受けられない子供達がいた。しかしその子供達から追い出され続けていた。危険区域にはルールが存在するのかもしれない。水雪は見張りのない夜に忍び込んで探索していた。眠りつく子供達を前に苦痛から解き放とうと、杖から放たれる小さな光に包まれていた。
 だが見つからないように徘徊していた時、強力な能力の気配がして足が止まった。両手で杖を強く掴み、怯えているとその正体が通り過ぎた。子供達に混ざる一人の少女、彼女の影は妙な動きをしながら水雪以外気づいていなかった。少女は子供達との会話で気づかなかったのか通り過ぎて、少し経って水雪は神に問いていた。
『あれは?』
『悪魔が取りついている』
『それは……なんてこと』
『しかし今のそなたの力ではどうすることも出来ない』
『神様でも?』
『我が力はまだこの世界になじんでおらぬ』
『どうすれば』
『救い続けるのだ。多くの浄化をもたらした時、悪魔を消し去るほどの力を得るだろう』
『……はい』
 危険区域から抜け出したその日から、水雪は信者以外の人々も救済することにした。それが望まれていたのか、彼女にはわからずただ能力が邪悪なものであると信じ続けた行動だった。単なる小さな光でしかなかった『浄化の光』は一気に浄化させる大きなものから変形させて飛ばす槍のようなものまで作り出すことが出来てしまった。しかし彼女はそんな強力な力を望んだわけではなかった。

 そして来たるあの日、水雪は再び危険区域に来た。少女と出会い、その悪魔を取り除くために。日の照りが神を祝福するように、水雪の持つ杖の光も強くなっていた。
 少女は悪魔に取り憑かれたという自覚はなく、それどころか水雪を敵として認識していた。意識さえも悪魔に取られてしまったのかと彼女は思い、杖から放たれる光は悪魔の作り出す黒い手を消し去った。浄化は激しさを増し、少女の周りは光から生み出された火によって囲われていた。
『水雪、撃て』
 そう言われた彼女の体は自分の意思では動かすことが出来なくなり、杖から放たれた光は槍となっていた。「殺したくない」という思いは届かず、槍は無常にも放たれて少女に直撃した。しかし砂埃が引いて壁に大穴が空いているにもかかわらず、そこに少女の姿は無かった。
 後にそれは外部からの干渉により逃げられたものだと神から伝えられた。それを水雪が追うことは不可能であり、神でさえ感知できても悪魔同様に不可解な能力が絡んでいることで逃がすことしか出来なかった。


 暗い道の中、男に手を引かれて抱えられた彼は光に包まれていた。眩し過ぎる光か現実の陽の光と重なって気づけば目覚めていた。鳥達の会話が心地よく感じる朝、布団から起き上がり、窓の方を見て首に変な跡があると思ったら懐中時計をつけたまま眠っていたらしい。あまりにも疲れすぎてそのまま寝た弊害だった。
「『また死ねなかったな』……それになんとなくあの人に似ていたような」
 朧げに夢の内容を思い出していると、ふと昨日の研究所の地下を思い返していた。檻に入った化け物達、その中の一つはすでに空っぽで小さい子なら入れてしまうくらいの大きさだった。まるでそこに彼が現実にいたかのような情景だった。
「やっぱりあれは幼い頃の僕の記憶……助け出したのは昨日の」
 考えながら部屋の中をぐるぐる回っていると雨夜が入ってきて、「何しているんだ?」と変な眼差しをくらっていた。朝ご飯の支度が終わって呼びに来たらしいが、その話をご飯中にも風花に語り、「大丈夫?」と心配されてしまった。
 ご飯を食べ終わり食器を洗う音が響く中、雨夜は蒼徨に昨日の資料の話をしようとしていた。
「資料を読み漁って気づいたことがある。確かに人の言語では読めないものもあった。だがそれだけではない。意図的に消されている箇所があった」
「消されている?」
「血のせいで黒ずんでいるところもあるが、そこは文脈でどうにか読めた。しかし謎に黒ずんでいるところはどうしようもない。一か所だけ読めるとすれば……『それはすでに使われていた』だけだった」
「何が?」
「それがわからねぇ―んだよ」
「……今は分かることだけを話して」
「風花さん、ありがとうございます」
「ううん、気にしないでいつものことだから」
「……風花、核心の話をするけどいいか?」
「うん、大丈夫」
「何が書いてあったんですか?」
「まとめるとほとんどは遺物の研究に関するものだった。そりゃそうだよ。でも虧月が記したのかわからないが、贈り物に関することも書かれていた。ただその内容はすでに風花や蒼徨が知る情報だらけだ」
「丸十くんや甜瓜ちゃん、それにこの前の司祭の少女……のことでいいんだよね」
「ああ、そう思ってもらっていい」
「あの……司祭の少女ってこの前風花さんを襲った人で」
「うん。彼女はその力を『浄化の光』だって、神から与えられたものだって言っていたから神の贈り物でいいのかな、たぶん」
「あれは嫌いだ」
「……私情はいいから続けて」
「それにしたって」
「だから……」
「わかったよ。話を続けるから。贈り物は四つ……神と死神と堕天使と悪魔。それから未確認の遺物として鏡が書かれていた」
「鏡?」
「触れた者と鏡にいる者を入れ替える能力が備わっている鏡。瓜二つの見た目だから誰にもそれが偽物だと認識できない。遺物の名前として『鏡の写身』と呼び、研究者達は探し続けたみたいだ」
「それって効果は知っていたの? 触れたら鏡から出られなくなるなら誰も知らないはずじゃ」
「それが異様だよな」
「魅入られていたからこそ知っていた可能性」
「俺はそう考えているよ。現にここに書かれているから。話を戻すが贈り物は遺物の中でも危険な力を宿し、それから生み出される能力は強力なものとなる。そもそも外部との繋がりがある時点で危険になるのは明白だ」
「雨夜さんが悪魔になったように代償があるってことですか」
「代償か……俺はそうかもな」
「私の場合は影にお兄さんが住んでいるから、自分の影は失われているね」
「他のやつらは知らんが……それぞれ代償を支払っていると思われる」
 雨夜は資料を見せながら話すものの、ほとんどの文字は読めぬまま次から次へと頁はめくられていた。蒼徨は代償という言葉を聞いた辺りから見た夢と重ね合わせて考え込んでいた。覚えている記憶をさかのぼっていった時、最初にあったのはあの夢と同じ風景。化け物達のいる檻の中に彼は座っていた。首に懐中時計をつけてそれ以外は何も知らない。どうしてあの場所にいたのか、そもそも生まれはどこなのかわからなかった。

 突然電話が鳴って、考え込んでいた蒼徨の集中が切れてビクッとしていた。風花のスマホからその音は鳴っていて、画面には丸十と書かれていた。彼女は右往左往しながら押して、耳元に当てていたがスピーカーがついたままになっていて、二人にも聞こえていた。
「もしもし」
『風花さん……やっと見つかったんです』
「ほんと?」
『はい……今、危険区域の近くにいるんですけど』
「そこで待ってて、迎えに行くから」
『電話は切らずにこのままにしときますね』
「うん」
 風花は立ち上がって部屋から出ようとするが、それと相まって雨夜が引っ張られていた。資料が床に落ちて「あっ」と彼女は声を出してどうしよう、と思っていた。それを感じ取り雨夜は蒼徨の腕をいきなり掴んで引きずる形で連れて行こうとしていた。無理やりすぎる行動に彼女は止めようとしたが、「ここに一人でいられても危ない」とか言って雨夜は連れて行くのをやめなかった。
 隠れ家から危険区域の入り口まではそんなに遠くないが、その道を通ると子供達と鉢合わせするとして、少し遠回りになるが安全な道を選択した。しかし蒼徨は能力で時短できないだろうかと提案し、風花は少し考えていたが雨夜が勝手に決めてしまった。
 何も動いていない空間を走るのは二度目になるが、彼女は不思議がっていた。飛んでいる鳥は鳴く声を忘れ、草木が揺れる風景も写真のように動かない。まるで世界に取り残されているかのような感覚に陥っていた。しかし危険区域の入り口付近になると驚かせるのもあれだと思って、彼は能力を解除した。さっきまで失われていた感覚を取り戻し、彼女はホッとしていた。路地を出ると見慣れた本通りが現れて、『こっち』と電話越しに聞こえる丸十の声と手を振る甜瓜の姿があった。風花と丸十は電話を切り、甜瓜は嬉しそうに彼女に近づいていた。
「まったく騒がしい」
「……あなたが」
「おや、君がそうか……そして悪魔も」
 嬉しそうに騒ぐところに現れたその姿は秘色を名乗る女性の形をしていたが、すぐにその姿をやめた。背から灰色の翼をはやして雨夜に似た男の姿を取った。
「お前が堕天使」
「でもどうして……離れたの? あの子達はずっと一緒にいたかったはずだよ」
「確かにそれは同じ考えだった。だが異様な怪物と居続けるのはあまりにも良くないと思った。だから人間のふりをした。誰でもない別の人物となった」
「それだけのために……」
「しかしそれは間違いだったようだ。それに一時期は自分を見失い、完全に堕天使だってことを忘れていたくらいだ」
「忘れていたって……思い出したのはいつだ?」
「君達と会ってからだよ。なんというか強力な能力者同士の共鳴だろうか。それですべてを思い出した。最初は信じてもらえなかったよ。その時は秘色の体で話していたから、突然そんなこと言われても、って感じでさ。でもすべての曲は聞いていたからその話をしていくうちに甜瓜は泣き出すし、丸十も少し泣いていたかな」
 堕天使が風花と雨夜に語りながら、甜瓜は彼女のそばにいたし、丸十は堕天使のそばにいた。一人立ち尽くす蒼徨を置いてきぼりにして、それぞれの考えが交差していた。

 そのまま動くと危険区域の子供達に見つかる可能性が高いということで、丸十と甜瓜、堕天使、蒼徨は一度、雨夜が管理する風花の影の中に入ってもらうことにした。何もない暗闇ではあるが、大所帯となってしまった以上、苦を言っても仕方がなかった。怖がる甜瓜に「少しだけだから」と風花は頭を撫でて安心させていた。
 まだ昼になっていない空の太陽の光、影はまだ薄く伸びているだけだった。光の強弱的に悪いものが近づいているような気がした。隠れ家に行く前に研究所の近くを通った。暴走したのが数日前という事実をかみしめながら、散らばった布がすべてを物語っていた。爆発痕も影にのまれて地面には何も残っていない。まだどこかで監視しているのかと思うと少し嫌な気分になったが、影の中にいる皆のことを考えて首を横に振り、「大丈夫」と呟いて歩き出そうとした時、別の道から虧月が現れた。
「やはりそろいつつあるか」
「……」
「分からないという顔をしておるな」
「いえ、なんとなくわかっています。あなたの言いたいことは贈り物の話ですか?」
「いかにも……だからこの先に何が起こるか理解できるか」
「……悪い気配は当たっているんですね。どこかに『浄化の光』がいる」
「どこかではない」
「?」
「贈り物には代償が伴う。使えば使うほど所有者の負担は大きくなる。この点において『詩の音色』は例外のようだが、君も何度か暴走状態に陥ったことがあるのだろう」
「あります。それに今は覚えている」
「君はまだ保っている。人としての在り方を……しかしあの子はすでにのまれた。優しき心は無残にも塗り潰されて、神の悪意は流れ出した。『浄化の光』は神の我儘によって『悪意の光』となり変わった」
「それはどういう意味?」
「遺物によって生み出された能力。それを浄化することで普通の人間に戻ることが出来る。あの子……水雪は皆を救いたかったが、神は最初からそのつもりはなかった。神は人間を嫌い、贈り物を利用してすべて消し去るつもりだ」
「……虧月さんはどうしてそれを知っている?」
「私は裏切り者だ。神に見つかりその側についていた。君と会うためならば。だが水雪がおかしくなり、あの計画を聞いた時、信じていたものが崩れ去った。神を放っておけば人間が死ぬ」
「……見届けてくれますか」
「君がやろうとしていることはわかるが、それは死に直結する」
「私には守らなきゃいけないから……未来を他人に切らせはしない」
「わかったよ。あの日、遺物が落ちて辺り一面が砂漠と化した場所。その中心点にいる。……雨夜も聞いているのだろう。何故何も言わない」
「聞いているが? 風花の考えには同意する。ただ死なせはせんが」
「そうだと思ったよ」
「だが俺だけでは勝てないかもしれないのは事実だ。虧月の言った『揃いつつある』の意味も……ここにいる人間だけでは到底勝てるとは思わない」
「遺物に魅入られた者達は神に味方する。しかしそれ以外の人間達はどうだろうか?」
「……弱い人間が戦えると」
「君はそう思うかもしれない。けれど能力の波長が強くなっているのも事実だ。能力調査隊と言ったか……彼らはおそらく戦うつもりだ」
「それなら急がないと」
「風花」
「行こう」
 そう言い風花を抱える雨夜の姿は完全な悪魔となり、黒い翼がはえて飛び去った。一人残された虧月のそばに薄っすらと死神の姿があり、彼の目が閉じられるのと同時に姿が消えた。

 風花と虧月が出会う数分前、暗闇だけが包み込む影の中に五人はいた。しかし何もない空間のため、暇になってしまった双子のために堕天使は簡易的な楽器を作り出した。双子の演奏が始まる前に蒼徨は耳を塞いでいたが、彼のそばに堕天使がいて「心配しなくていい」と言われた。堕天使の言う通り死にたいという気持ちはなく、普通にいい曲として聞いていられた。バイオリンの重なる音色に灯される小さな光、雨夜は独り言を呟き、蒼徨は何を言っているんだろう、と気になって近寄っていた。
「また勝手なことを」
「……」
「風花は死なせない」
「?」
「何があろうと彼女を殺す者はすべて……命尽きようとも」
「雨夜さん?」
「あ……蒼徨か」
「さっきから何を言って」
「神が人間を裏切って暴走している。優しき心を我儘で塗り潰し、浄化は悪意に染められた」
「神殺し?」
「そうだな。強力な能力とはいえ、この戦力では流石に無理だ。それなのに風花は」
「それを逃げたとしてどこに行くつもりだ?」
「……なら戦うしかない。でも」
「俺は一応、風花の能力ではあるから行くけど、お前は影の中で待っていろ」
 そう言って雨夜は影の暗闇の空間からいなくなってしまった。小さな演奏会はかすかに風花の耳に届く程度の音量になっていたが、彼女は集中していて気にしていなかった。
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