遺物に侵食された世界(6/10)
公開 2024/02/24 13:54
最終更新 2024/02/24 14:14
(空白)

 遺物によって引き裂かれた未来、風花の両親の死から少し経った頃のことだった。彼は「理久」の名を捨て、「雨夜」と名乗るようになっていた。そのことについて風花は何も思わなかった。それどころか事故のせいで記憶が若干曖昧になっており、彼女も彼も一部の記憶がなくなっていた。彼女はまだ彼の名前だけで済んでいたが、彼は悪魔に変わったことで自分に関する記憶と彼女に関する記憶以外のすべてを失っていた。
 爆発事故の後すぐは遺物に魅入られた者達による襲撃によって、風花は多くの死体を見続け、両親の死もあり精神崩壊を起こしていた。火を見るだけであの日のことを思い出してしまい、隠れていながら泣きだしてしまうこともあった。その声に集まってくる魅入られた者達を処理し、なんとか逃げ延びていた。食料調達のため、雨夜は盗みに入ることもあった。影さえ繋がっていれば、何処でも移動できることをいいことに、誰も気づかれぬまま奪い続けていた。
 そんな生活を続けていたある日のことだった。まだ研究所が遠くに見えるくらいの距離だったが、もう風花を探すことをやめたらしく、遺物に魅入られた者達も来なくなった。それでも安全を求めて入り込んだ住宅地、お年寄りや子供達が多くいて、張り紙には「避難してください」などの警告があった。暴言が書かれたものもあったが、その家はすでに廃墟同然の姿になっていた。住宅地を越えると大きな広場があったが、そこに足を踏み入れようとした時、謎の笑い声が聞こえてビクッとして風花は止まった。少し覗いてみると広場を占拠して、大人達がタバコを吸っていた。大人の一人がこっちに気づいたのか見たような気がして、風花はとっさに隠れた。しかし気づかれず何も起こらなかった。
 広場を後にして、入り組んだ道を歩いていると廃墟同然の場所にもかかわらず、古びた家が建っていた。その家に何故か惹かれて、風花は歩くのをやめて止まっていた。
『珍しいね』
『……おばあさん?』
『ええ、そうですよ』
『どうしてこんなところに』
『あなたこそ……そんなボロボロな服で』
『私は』
『……上がっていきなさい』
 老婆はそう言って、古びた家の方へ行き、玄関の引き戸を開けた。開けたままにして老婆が廊下の方に進んでいくのが見えたが、風花は踏み出せなかった。爆破事故の後、人という人に会っておらず、遺物に魅入られた者達はただの人の形をした化け物に過ぎなかった。だから優しさというものが久しぶり過ぎて怖くなっていた。
『この婆さんは大丈夫だ……何も感じない』
『本当に?』
 雨夜は頷き、風花の心配を少しだけ和らげ、彼女の足は古びた家の方にゆっくりと進み始めた。玄関で靴を脱ぎ、廊下を奥まで行くとその部屋にはこたつが置いてあった。立っているのもつらくなってその側で座っていると、老婆が急須とコップをお盆に乗せて持ってきた。しかしそのコップは何故か三つあった。
『三つ?』
『おや、その方は見えてはいけなかったのかな』
『……』
『どうして俺のことが見えている』
『私にはね……人ならざる者が見えるの。孫達はそれを能力と言っていたかな』
『孫?』
『ええ、多くの孫がおりましたが、今はもう一人しか……。彼女よりも幼い子で……それでいて能力持ちなのよ』
『……風花に何をする気だ』
『彼女は風花というのね。いい名前』
『しまっ』
『何かをすることはないわ。ただこんなボロボロな服で今まで過ごしていたのだとしたら、あまりにも可哀想だと思ったから……あなたもそう思わない』
『……確かに、人という生活を送ってないからな。俺が盗みに入って食べ物奪っていた。でもそれは生き残るため……彼女を守るために行っていたこと』
『……おばあさん』
『どうしたの? 風花ちゃん』
『お兄さんが見えたってことを隠しておいてください。お願いします』
『そんなこと誰にも言わないわ。深い事情があるようだから』
『……よかった』
 唖然として沈黙し、同様と恐怖に苛まれて、老婆から承諾を得たところで緊張の糸が切れたかのように風花の体は雨夜の方に倒れていた。そしてそのまま瞼が落ちて眠りについてしまった。相当疲れていたのだろうと老婆は思ったのか立ち上がり、雨夜は彼女を抱えてついて行くと、別の部屋について布団が置いてあった。準備がいいなと思いつつ、彼女を寝かせると老婆は新しい服を取り出していた。そして老婆は雨夜に少しの間離れるように言い、部屋から追い出されてしまった。
 扉を背にして座っていると老婆が出てきて、もういいよ、という感じで風花の方に目をやるように雨夜に言った。風花の方に行くとまだ眠っているが、ボロボロな服は綺麗な服に着替えられて、体の汚れも拭かれていた。

 風花の目が覚めたのは翌日のことだった。彼女の影に潜んで雨夜は眠りについていたが、ゆっくり起き上がる彼女を支えるように悪魔の姿を現した。
『よく眠れたかしら』
『……あっ、うん』
『お腹空いたでしょ。今持ってきますからね』
 老婆はそう言って、風花が目覚めたことを確認した後、お椀におかゆをよそってもってきた。おかゆの上に梅干しが乗っていた。お椀は温かく、素手で持つにはまだ熱かった。どうしようか手間取っていたから雨夜が持ってあげることにした。見たこともないものに少し恐怖を覚え、ゆっくりと口に運んで目を閉じた。しかしすぐに美味しいことがわかると、二口目からは普通に食べていた。
 ご飯を済ませると風花は老婆のもとに行った。こんなに良くしてもらったから何か恩返しができないかと考えているようだった。雨夜は悪魔となってから人を完全に信じることができなくなっていた。その中に風花は含まれておらず、彼女だけが彼の心を支えていた。
『おばあさん』
『どうしたの? 風花ちゃん』
『私にできることはありませんか? 良くしてもらっているだけじゃ……あまりにも』
『いいの……私がしたいから』
『でも』
『あるにはある……けれどそれはこの地域の問題だから』
『それはどんなことなの?』
『風花ちゃんは広場の方に行ったことがある?』
『広場……大人の人がタバコを吸っていた』
『そう……子供の遊び場のはずの場所が能力者達によって占拠されていてね。それを対処しようとした者達は皆、怪我をしてしまったの』
『怪我?』
『ええ、燃えるような痛みを伴う怪我よ』
『……属性能力か』
『お兄さん……知っているの?』
『俺が知っているのはそれが多くの人間が持つ能力だってことくらい』
『少しずつここが能力者の住処になっていることはわかっている。だけど動けない私のような年寄りや身寄りのない子供達が多いのも事実。だからね、どうすることも出来ない』
『……それ私がやる』
『おい』
『お願い、お兄さん』
『あのな……』
『お兄さんが人嫌いなのは知っている……何もしないのは嫌』
『だがこれは風花の問題じゃない』
『じゃあ! 見過ごせっていうの』
『……あらあら喧嘩しないの。いいのよ、無理しなくても』
『おばあさん……』
『あーもう、わかったよ! はぁ……』
『本当にいいの?』
『その代わり早くしろ……気分が変わる前に』
『うん』
 風花の悲しみ顔に耐え切れず、雨夜は承諾した。二人が準備して家から出ようとした時、老婆は小さな鞄とその中におにぎりを入れてくれた。彼女は元気そうに、いってきます、と言って広場の方に向かった。

 広場には相変わらず大人達がタバコを吸っていた。しかしそれだけではなく、少し遠くの方で子供達が遊んでいた。だがそれに気づいたのか、大人達は目障りだと言わんばかりに能力を使って燃やそうとしていた。
『こっから出て行けと言っただろうが!』
 子供達に浴びせるにはあまりにも轟音で恐怖を与えるには丁度良かった。子供達は震えあがり、広場から出て行ったが一人だけ残っていた。
『なんでこんなことするんだよ。ここはみんなの場所なんだよ』
『はぁ? ただのガキが……能力もまともに使えないのによぉ』
『僕だって』
 そう言うと子供の周りは一瞬にして凍りついたが、大人達には遠く及ばず、すぐさま放たれた火の能力で溶かされてしまった。
『そんな能力で俺達に勝とうなんて百年早いんだよ』
『……』
『あーあ、気分良かったのにそがれちゃったな』
 大人達は子供を囲み、四方八方から火で燃やし尽くそうとしていた。しかし風花が広場に足を踏み入れた時、気配を感じたのか大人達は彼女の方を見ていた。
『あん? また子供かよ』
『……』
『一人でここに来たのか? 馬鹿だなぁ』
『馬鹿なのはあなた達の方』
『は?』
『お姉ちゃん! ダメだよ、そんなに言ったら……』
 騒ぐ子供の口を塞ぐ一人と風花に近づいてくるその他の大人達。案の定、大人達には雨夜の姿は見えていないようだった。彼らにはただの能力者にしか見えていないのだろう。
『まさかと思うが一人で戦うつもりか?』
『うん』
『馬鹿だね……こんなにいるのに』
『そうかな』
『そうだとも……命が欲しくはないのかね』
『……私はあなた達がかわいそう』
『誰がかわいそうだと……?!』
 風花の言葉に笑いながら会話を返す大人達だったが、子供は口を塞がれながら広場を見ていた。遊具などの影ならばまだ分かるが、彼女の影は砂の地面を覆い尽くし、黒に染め上げていた。器用なことに子供が立っている場所だけはそのままの地面のままだった。
 大人達はそれに気づかず、風花の方に火を飛ばすが、その火はすべて影にのまれた。彼女の足元に落ちたはずの火も燃え広がらずに消火されていた。
『なっ……どうなって』
 疑問が大人達の怒りとなり、一か所に集めた火を風花に放つが、無意味に消火され続けた。煙に覆われて一度は成功したかに見えていたが、そんなことはなかった。
『うーん……お兄さん、もういいよね』
『これだと魅入られた者達が襲ってきた方が強かったな』
『……てめぇは何なんだよ?!』
『私は風花……でも覚えなくていいよ。だってあなた達は死ぬんだから』
 それを合図に広場を覆い尽くした影が大人達の足元をぬかるませて沈めた。その悲鳴が広場に響く時間はなく、影は彼女の人型の大きさへと戻っていた。口を塞いでいた大人がいなくなったことで子供は解放された。子供は彼女の方を見ていたが、彼女は微笑み返した後、すぐに広場から出て行った。
 老婆の家に戻ってきた風花と雨夜が報告すると、すぐに信じられないような顔をしたが、玄関の引き戸が開く音がして、そこにはさっきの子供がいた。その子が老婆の最後の孫だった。風花のことをすごそうに語る子供の言葉で信憑性は高くなり、何度も頷いていた。
 
 それから風花は子供達に英雄として崇められていた。彼女は困っていたが、悪気のない子供達に囲まれて、仕方ないなくらいの感じで話を聞いてあげていた。その中の一人、おばあさんの孫である雲海は彼女に強くなりたいと願った。能力を持っていたとしても今回のように何も出来ないのは嫌だと思ったのか、彼女に問いかけていた。
 風花が子供達とともにいる機会が増えていた頃、おばあさんは少しずつ弱っていた。歳というのもあったが、能力として宿した『霊感』もまた生きる力の邪魔になっていた。風花はおばあさんの代わりに料理や子供達に施していた怪我の治療などをし始めて、少しずつ人としての生活を取り戻していった。
 しかし事件の一年後、おばあさんは息を引き取った。雲海やその他の子供達は悲しさや寂しさのあまり泣き続けて、それをなだめるので精いっぱいだったが、彼女も泣いていた。


「……」
「これで話は終わりだ」
「……子供達と風花さんにそんな関係が……おばあさんってそういうことだったんだ」
「俺の姿を見ることができる人間は風花しかいなかったから、あのおばあさんに出会った時は驚いたよ。でも能力の話を知っていたからすぐに関与しているのは分かったけど」
「だから僕に雨夜さんの姿が見えた時、『霊感』という能力名を言ったんですね」
「能力実験の資料にいろいろ名前が載っていて……覚えていたから」
「……そうだ! 僕、調べたいことがあってここに来たんだった」
「なんだよ」
「危険区域の近くに爆破された研究所があるっていうのを……」
「まさか行きたいのか?」
「資料のほとんどは燃やされたって聞いたけど、完全に撤去されていないのには理由があるのではないかと思って」
「あー……地下には化け物がうろついているという噂だな」
「化け物ってもともと人ですよね。雨夜さんが言っていたことが本当だとすると」
「嘘だと思ってんのか」
「違いますよ!」
 しんみりした話からいつの間にか言い争いになっていた蒼徨と雨夜だったが、廊下の足音に気づいてそっちを見ると風花が起きてきた。
「よく眠れたか」
「うーん……ちょっと悪夢を見たかも。でも大丈夫。それより何の話をしていたの?」
「えっと……ただの世間話」
「本当に?」
「風花、お腹空いてないか?」
「会話切ろうとしているでしょ」
「でも確実にさっきおなかの音鳴ったが」
「……お腹空いている」
「おにぎり作って来るから待ってな」
 雨夜は立ち上がり台所に行き、風花と蒼徨は残された。雨夜から聞かされた内容を隠しつつ、彼女との会話を繰り広げていたが、おにぎりが来て静かに食べ始めた。
「さっき研究所に行きたいと言ったな」
「あっ、はい」
「何が知りたい」
「……いろいろ」
「いろいろじゃわかんねぇ」
「遺物とか外の存在とか……それから」
「行きたくない」
 食べ終わった風花が二人の会話に入って、研究所の名前を聞いた時から凄く嫌な顔をしていた。蒼徨は雨夜から聞いた話からそうなることは分かっていた。
「どうして行かなきゃいけないの?」
「僕は知りたいから……知らなければいけない気がして」
「爆破されているから何も残ってないよ」
「それが本当かどうかも知りたい」
 引きあがろうとしない蒼徨に風花は深いため息をついて少し黙っていたが、何かを思ったのか口を開いた。
「そもそも調査隊の監視下にあるはずだけど、蒼徨さんは知らないんだ」
「え? 知らない」
「おそらく上層部の情報じゃないのか、それって」
「じゃあなんで風花さんが知っているんですか?」
「それは……」
「たまに忍び込んでいるから」
「お兄さん、それはダメだってば」
「……入っているじゃないですか! それなのに僕にはダメって」
「……ごめんなさい」
「あっ」
「まったく……研究所には化け物がいる。前に忍び込んだ時はまだ檻の中で暴れていたが、いつ壊れるか分かったもんじゃない。だから風花は行くことを否定したんだ」
「僕なら逃げられますから……さっきのように」
「表からは入れないよ。さっきも言ったように門番がいるから」
「でもその様子だと裏口が存在しているんですよね」
「まぁ……一度も気づかれていないから大丈夫だと思うけど……本当に行くの?」
「行きたい」
「……わかった。でも一つだけ無茶だけはしないで」
 蒼徨は頷き、三人は立ち上がった。少しの準備の後、隠れ家から出て研究所の方へ向かった。本来なら路地裏の道を通れば辿り着くらしいが、裏口ということで少し気が生い茂った場所を進み、壊れかけの扉を見つけた。
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