遺物に侵食された世界(3/10)
公開 2024/02/24 13:46
最終更新
2024/03/05 16:27
(空白)
数日後、演奏会の日。蒼徨は前もってとある人に電話をかけていた。風花から承諾を受けたその日、能力調査隊の所に戻ってくると複数の警察官がいた。話を聞くに、その演奏会にはチケットを持った人とそれを買おうとする愚かな人が集まるため、名前と顔の認証をするために、警察官が大量に配置されるということだった。それを知った彼はある程度の事情を話し、風花と他の人を接触させないようにしてくれることになった。
その電話をかけた人物とは友人関係で警察官。そしてもう一つ別の理由で優秀であった。
「遅かったな」
「白露(はくろ)、久しぶり」
「蒼徨も元気そうでよかった。お前があの難関任務をこなしたって聞いた時驚いたけど、生きているってことは本当だったんだな」
「生きているって……電話している時に気づいてよ」
「そうだな。にしてもお前が『影の守護者』とともにするとは」
「これも任務のためなんだよ」
「分かっているって。それに早く行かなきゃいけねぇーんだろ」
「……げ、もうこんな時間」
「まったく、ほら行くぞ」
白露が蒼徨に手を出し、その手を握ると一瞬にして警察署から危険区域に入るための路地の近くに転移した。白露が持つ能力『異空の扉』は所謂テレポートとして使用できるほかに、知っている場所ならどこへでも空間の扉を開いて移動することができる。ただ彼にしか見えない扉なので、どこかしら彼に触れておく必要があった。白露は警察官の中でも能力を使える者だけが配属される能力科に所属しており、蒼徨と同じ新人でありながらすでに多くの事件に関わっている優秀さを持っていた。
「ほら、ついたぞ」
「やっぱり早い」
「いつものことだろ……」
そういいながら蒼徨の案内のもと、白露は彼について行きながら危険区域の門までやってきた。相変わらずの暗さに蒼徨は小さな懐中電灯を手に持っていた。その光に照らされるように風花の姿が現れたが、彼女が白露の姿を見る前に影が動いて肩を掴んでいた。
「これは一体どういうことだ」
「……いや」
「誰と話しているんだ? 蒼徨」
「あっ、えっと」
白露には雨夜の声が聞こえていないようで蒼徨は困っていた。それに気づいた風花は雨夜に小さく「静かにしてて」と呟いて、彼が問いたかったことをもう一度言った。
「蒼徨さん、これは一体? その人は」
「彼は白露、警察官なんだけど、ちょっと事情があってここに来てもらった」
「事情……何?」
蒼徨は風花にあの日から今日にあたって起きた出来事を順番に話した。彼女は頷きながら少し納得してくれたようだが、雨夜はいつまで経っても怖い顔のままだった。
「つまり他の人を傷つけないように配慮しているってこと」
「そうとらえてもらって構わない。警察としても騒ぎが起きるのは避けたいからね」
「そのための『異空の扉』……」
「見せましょうか? というかもうあるんですよ。俺の手に触れてください」
恐る恐る風花は白露の手を取ると路地裏の壁に突如として人が通れるくらいの扉が現れた。怖くなって離してしまったが、離すと見えなくなりまた手に触れると見えるようになった。
「蒼徨も」
「ああ」
「この扉の先は会場の近く……手は離さぬように」
三人は扉に吸い込まれて、音もなく閉じられた。歩みを進める空間は星が流れていた。蒼徨は慣れていたから何も感じていなかったが、風花はその声が白露に届かないのに雨夜と話して、彼に不思議がられていた。そんな道は数分のうちに新たな扉が現れて終わった。その扉が開いて白露は二人が出たのを確認すると手を離した。
「着きましたよ」
「……ありがとうございます」
「いえ、ただこなしただけです。それに会場に入るまでは案内をするつもりなので」
「そうなのか?!」
「蒼徨は聞いてなかったんだな。会場内は特定の人間のみが能力使用可能で、俺はそれに含まれていなかった。だから近くまでしか行けなかった。ただ案内だけはやれと言われて……」
「警察官も大変だな」
「お前よりはまし……こんな大変な任務をこなそうとしてんだからさ」
白露は蒼徨に言いながら風花の方を見ていた。風花は少し首を傾げていたが、遠くで歓声が聞こえて驚いて体がビクッとしていた。会場外でもかすかに聞こえるピアノの音、流れる曲はおそらく今日演奏されるかもしれないものだった。蒼徨は恐れづいて耳を塞いでいたが、白露はそれをどけようとしていた。
「何してんだよ」
「いや……ごめん」
「あの、開いたんじゃないのかな」
「そのようですね。でも我々は別の道から行きますよ」
「お願いします」
白露と風花は何事もなく歩いていたが、蒼徨は恐怖を感じながら遅れないようについて行った。
会場に入ると多くの人で混雑していた。ちゃんと行列で並んでいるかと思いきや、その道中で買い物できるスペースがあるせいか、警察官でも列を元に戻すことが出来なくなっていた。主催者と警察の連携が取れていないのか、心地よく流れるはずの曲を覆い隠すほどに雑音が響いていた。
「大変そう……」
「大丈夫ですよ。あれはおそらく序の口なので……これからが大変かと」
「これから?」
「はい。顔と名前が一致しているか確認しないといけないので」
「……そうなんだ」
「なのでこっちの方が楽です。確かに風花さんを他者から守るという役目はありますが……もう着きますから」
「ほんとだ」
少しずつ心を開き始めた風花とそれを感じ取り会話を重ねる白露。それを聞いていた蒼徨は会話に入れない雨夜の姿がチラッと視界に映っていた。重い扉の先は大きなホールだった。案内された場所は一階席の真ん中から少し後ろの右側で、すでに影で暗くなっていた。そのコンサートホールは二階席もあり、もう席についている人もいた。
「じゃあ、俺はもう行くから」
「白露さんは聞かないんですか?」
「なんか有名らしいし、聞いてみたかったんだけど……別の仕事入っていてさ」
「……」
「だから後で蒼徨から感想を聞くわ」
そう言って白露は二人に手を振り扉から出て行った。彼と入れ替わるように同じように演奏会を聞きに来た人達が次々と入ってきていた。白露がいなくなったのに気づいて、ずっと静かにしていた雨夜が動き出したが、彼には席がなかったので、風花が席に座ると彼女の膝の上に小さな人形のような姿を取って座っていた。
「え? そこに座るの」
「別に見えねぇからいいだろ」
「重くないんですか? 風花さん」
「私は大丈夫……それより何事もなければいいけど」
「ちょっと不安にさせないでくださいよ」
「ただ曲を聞くだけだろうが」
そう言いつつ雨夜は何かを感じ取っていた。しかしそれが何なのかはわからなかった。風花は待ち時間も音楽プレイヤーで曲を聞いており、蒼徨は人が増えていく様子と舞台に置かれていたピアノを見ていた。舞台の方も準備を始めて、見たことがあるようなものからそうでないものまである楽器達が並んでいた。
そして一度垂れ幕が落ちて、明るかったホールの中も証明が落とされて暗くなった。風花もそれに気づいて音楽プレイヤーを直し、垂れ幕の方を見ていたが、明らかに蒼徨や彼女以外の人達は同じように見ているはずだが、なんか異様な感じがした。
舞台の幕が上がり、楽器とともに光の中から現れたのは双子の兄妹だけ。二人は何もしゃべらず、男の子はピアノの方へ、女の子はバイオリンを取って構えた。合図が頷きなのか、それを行うと演奏会が始まった。風花は嬉しそうにそれを聞いているが、周りの人達は魅入られたかのようにじっと見続けていた。男の子のピアノはあらゆる曲調を変えながら、それに合わせるように女の子は楽器を変えて奏でていた。何の狂いもなく重ねられた音色はすべての人を引き付けていた。蒼徨もあれは単なる噂だったんだと思って、その目は双子の兄妹に魅入られていた。
半分の演奏が終わり、次は女の子がピアノを、男の子がその他の楽器を触っていた。何も語らずにそのまま演奏は開始された。しかし異変が起きたのはここからだった。客席にいた一人の男性が立ち上がり、ゆらゆらと扉の方に向かっていたが、その道中の近くの席の人を殴り始めた。それに反応したのか他の席からもまばらに立ち上がり、違う席の人を殴り始めた。殴られている人に反応はないが、顔がぐちゃぐちゃになっても血塗れになってもずっと演奏を見続けていた。殴り終わっても別の席へと移動し、同じことを繰り返していたが、殴り返そうと反応した人の手にはナイフが握られて刺されて死んだ。通り魔の如くナイフを持った人が暴れ出し、客席が血塗れになっても演奏は続いていた。
蒼徨は何も感じていなかった。演奏に魅入られそのまま空っぽになっていく。生きる意味を奪われ、それは死だけを埋め込んでいく。そしてその手にはナイフが握られていた。ナイフが首元をとらえて今にも刺して死のうとしていた。しかしそれを風花が止めた。
「何をやっているの!」
その声が聞こえてハッとした時、初めてナイフを握っていることに気づき、びっくりして床に落とし、そのナイフは影が回収した。
「僕は……何を」
自ら死のうとしていたこと、何故そんなことをしようとしたのかわからずに震えていて足元を見ると、知らない人の頭だけが転がっていた。
「ひぃ」
「変な声を出すな」
「だ、だって……死んで」
「まぁ死んでいるな」
「うん」
「風花さんまで……この状況どう考えたって」
「異常なのは分かる。でも止める手段がない。私達じゃ舞台に上がれないし、それよりもあの子達……すごく楽しそう……だから本当は止めたくない。そもそも私は平気だし……蒼徨さん、無理ならホールから出ればいいんじゃ」
「それは無理だ。扉の前に積まれた死体……あれを押し出すのは」
「じゃあ、逃げ場ないじゃないですか」
「だったら静かにしてて……外敵はお兄さんが対処するから」
「……はい」
蒼徨は風花に怒られてしょんぼりし、雨夜はくすくす笑っていたが、小さな人形の姿から元の人型に戻っていた。そして蒼徨の足元に転がっていた頭を影に落とし込んだ。
演奏に魅入られた者達の暴走は止まらないが、双子に危害を加える者はいない。殺害の矛先はここにいる観客のすべてで、楽しそうに弾き奏でる双子が見えないのか、それとも能力によって遮断されているのかわからなかった。蒼徨はまた自らの首を絞めようとしていたが、黒い手が彼の手を取り、「死にてぇのか」と影はイラっとしていた。
静かになりつつある空間に流れ続ける双子の演奏に揺れる風花の体。どれだけ惨状になっても客席に血が飛んで付着しても何も気にしていなかった。普通の人にとって非日常な殺し合いも彼女にとっては普通のことだった。あの双子もそうだが、彼女もすでに異常だった。
女の子のバイオリンが最後の音を弾き、空間に響いた音がすべてなくなった時、蒼徨と風花、雨夜以外の人だったものは死体になり果てていた。風花は一人拍手をし、蒼徨は怯えながら影に守られていた。その拍手の音に気づいたのか、女の子は風花の方を見て泣いていた。
「……生きている……丸十(まと)お兄ちゃん……生きている人がいる」
「また変なことを」
「変じゃ……ないよ」
「そんなわけないだろ……! まさか」
丸十と呼ばれた男の子は言われた通り椅子から立ち上がって客席を見てみると、暗めながら風花の姿を確認して驚いていた。彼女がこっちに向かってくるのに気づいて、双子は動くことなく待っていた。
「本当に」
「……? すごくいい演奏だったよ。ちょっと邪魔が入ってきたけど……」
「風花さん! 勝手に舞台に上がったら……」
「大丈夫です。あなた達なら」
「お兄ちゃん……私すごく嬉しい」
「俺もだよ、甜瓜(めろん)」
甜瓜は泣き崩れて座り込み、風花が差し出したハンカチを使って涙を拭いていた。残された蒼徨と丸十はそれを見ていたが、風花の影が勝手に動いていることに丸十は気づいた。
「あの人はやっぱり俺達と同じ」
「風花さんのこと?」
「うん」
「一緒って?」
「……能力調査隊……か」
「そんなに嫌われているのかな」
「危険だから来たんだろ」
「死ぬって噂を聞いて……調べて来いって上のやつらが……でも風花さんは純粋に二人の曲が好きで生演奏を聞きたいって言ったんだ。だから彼女は関係ない」
「分かっているよ。あんなに甜瓜が嬉しそうにしていれば」
涙を拭き取った甜瓜は風花の話す内容にすぐ笑顔が戻り、フルートを手に取って弾き始めた。しかしその音を聞いても死のうとする行動は起こらなかった。
「ふーん」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
はぐらかす丸十に蒼徨は首を傾げたが、四人がそれぞれ会話をしている所に大人の人がやってきた。
「ごめんね。二人とも……って部外者がここに来たらダメだって」
「秘色(ひそく)さん」
「丸十くん、舞台の片づけをするから休憩室に戻ろう」
「はい。後、風花さんとこの人もお願いします」
「え? もしかしてお知り合いの方?」
「まぁそういう感じです。なので……」
「……そういうことにしときましょう。甜瓜ちゃんも楽器を置いて戻るよ!」
「はーい」
返事をした甜瓜はちゃんと楽器を置くと、舞台裏へ向かっていたが、風花の腕を掴んで、彼女は連れて行かれた。丸十はそれを見て、仕方ないなぁ、という顔をして蒼徨を残して甜瓜を追った。一人立ち尽くしていたが、置いていかれると思って急いで蒼徨も歩いた。
休憩室につくまで誰にも会わなかった。準備や片付けなどに携わっている人達がいるはずだが、すれ違うこともなく辿り着いてしまった。休憩室についてからも甜瓜は風花と一緒にソファーに座って話していた。影はその二人の様子を見ているが、甜瓜は見えているのかわからない。丸十は鞄から大量の楽譜を取り出して見直していた。蒼徨は秘色に彼らのことを聞こうとしたが、別の人との会話でなかなか話しかけられなかった。
「すみません」
「……あなたはえっと」
「蒼徨といいます」
「……初めまして、私は秘色と申します。丸十と甜瓜のマネージャーをしております」
「マネージャー?」
「はい。ただマネージャーになったのはここ最近のことで、前まで多くの方がやっていたようですが、皆さん病気などでやめてらっしゃって……」
「そうですか」
「……それで何の用でしょうか? 二人の知り合いのようですが」
「知り合いというかなんというか……」
「わかってます。あの子達には危険な能力があると」
「えっ」
「ただ私はすべてを把握しているわけではありません。あの子達のことも。楽曲は聞くことを禁止されていますし、今日初めて聞いたものばかりでしたし……マネージャーというのは名ばかりで、何もしてあげられていませんし」
「じゃあ……」
「でも今回のような大掛かりなことは私でないと出来なかったので、あの子達の願いを叶えてあげることが私の役目だと思っていますので……あっ、ごめんなさい。まだ仕事がありますので」
突然会話は切られて、秘色は部屋からいなくなった。何も聞き出せなかったと思って、蒼徨が扉の前で立っていると、いつの間にか丸十が横に立っていた。
「能力について知りたいなら少しだけ語れる。秘色さんやその他のマネージャーがつく前の話。甜瓜と俺を育ててくれた……人? の話」
「なんで疑問形なんだ」
「今となっては分からないからだ。演奏家として活動し始めた頃にはもういなかった」
「親はいないのか?」
「物心ついた時にはあの人しかいなかった」
「……」
言葉を繋げることができなかった蒼徨を見て、丸十は小さなため息をつくが、もう一つのソファーの方に座り、その横に来るように促した。蒼徨が座ると甜瓜と風花が気づいて、影はやれやれという感じで話が止まり、丸十の語りで新たな話が始まった。
それは空から降り注いだ遺物が発見された日、研究所に運んでいたトラックの一つが襲撃されて、遺物が二つ盗まれた。一つは知らないが、もう一つは悪魔崇拝の集団に取られていた。そこには生贄として妊婦が選ばれていた。何処からか手に入れた情報から悪魔を召喚するために、魔法陣にその女性と遺物を置いて、召喚の儀式を行った。召喚に成功したものの、呼び出されたのは悪魔ではなく、堕天使であった。生贄の妊婦は死亡していたが、召喚の際に心の中に願いを持ち続けていた。
彼女は天才ピアニストと呼ばれていたが、事故により指を負傷してその音色は失われてしまった。だからいつかその才能が目覚めた時、同じ結末になるのを恐れて願っていた。堕天使はその願いを聞き入れ、生み落とされた双子の兄妹に叶えてあげた。しかし堕天使という歪な存在だからこそ、願いもまた歪となった。同じ結末を迎えない代わりに、双子が負うはずだった死を別の誰かが肩代わりする。それは才能が目覚めて、あらゆる楽器の演奏が可能になって、双子が楽しそうにしている時だけに起きるようになっていた。
悪魔崇拝の集団は堕天使が現れてすぐに、妊婦とともに生贄として処理されて、双子の赤子を抱えていたのは堕天使だけだった。かろうじて人の姿を取ることが可能だった堕天使は双子のお世話係としてこの世界に存在していた。
しかし異変が起きたのは五年前のこと。それはとある爆発事故と重なっていた。堕天使の姿が少しずつ維持できなくなっていた。
『もう少しで揃ってしまう』
意味不明な言葉を呟き、双子を見ていたが、それは日に日に遠くから見守る形になっていた。双子は少しずつピアノを触り始め、何の楽譜もないのに曲を作っていた。そして連弾が開始されれば、周りの生き物達は皆死んでいった。
甜瓜は元気そうに駆け寄り、丸十は静かに堕天使を見ていた。名前は妊婦がなくなった後に発見した血塗れのメモ紙からつけたものだった。堕天使はずっとこのまま双子の演奏を聞いていたかったが、もうこの世界にはいられないとわかっていた。だから手紙を残し、双子の前から姿を消した。
手紙には堕天使の苦悩と双子の開花した能力が召喚に使われた遺物と関係あることが書かれていた。そして最後の能力名として『詩の音色』と書かれていた。何も告げず、いなくなってしまった堕天使の帰りを待ち続けたが、次に来たのはちゃんとした人間だった。
数日後、演奏会の日。蒼徨は前もってとある人に電話をかけていた。風花から承諾を受けたその日、能力調査隊の所に戻ってくると複数の警察官がいた。話を聞くに、その演奏会にはチケットを持った人とそれを買おうとする愚かな人が集まるため、名前と顔の認証をするために、警察官が大量に配置されるということだった。それを知った彼はある程度の事情を話し、風花と他の人を接触させないようにしてくれることになった。
その電話をかけた人物とは友人関係で警察官。そしてもう一つ別の理由で優秀であった。
「遅かったな」
「白露(はくろ)、久しぶり」
「蒼徨も元気そうでよかった。お前があの難関任務をこなしたって聞いた時驚いたけど、生きているってことは本当だったんだな」
「生きているって……電話している時に気づいてよ」
「そうだな。にしてもお前が『影の守護者』とともにするとは」
「これも任務のためなんだよ」
「分かっているって。それに早く行かなきゃいけねぇーんだろ」
「……げ、もうこんな時間」
「まったく、ほら行くぞ」
白露が蒼徨に手を出し、その手を握ると一瞬にして警察署から危険区域に入るための路地の近くに転移した。白露が持つ能力『異空の扉』は所謂テレポートとして使用できるほかに、知っている場所ならどこへでも空間の扉を開いて移動することができる。ただ彼にしか見えない扉なので、どこかしら彼に触れておく必要があった。白露は警察官の中でも能力を使える者だけが配属される能力科に所属しており、蒼徨と同じ新人でありながらすでに多くの事件に関わっている優秀さを持っていた。
「ほら、ついたぞ」
「やっぱり早い」
「いつものことだろ……」
そういいながら蒼徨の案内のもと、白露は彼について行きながら危険区域の門までやってきた。相変わらずの暗さに蒼徨は小さな懐中電灯を手に持っていた。その光に照らされるように風花の姿が現れたが、彼女が白露の姿を見る前に影が動いて肩を掴んでいた。
「これは一体どういうことだ」
「……いや」
「誰と話しているんだ? 蒼徨」
「あっ、えっと」
白露には雨夜の声が聞こえていないようで蒼徨は困っていた。それに気づいた風花は雨夜に小さく「静かにしてて」と呟いて、彼が問いたかったことをもう一度言った。
「蒼徨さん、これは一体? その人は」
「彼は白露、警察官なんだけど、ちょっと事情があってここに来てもらった」
「事情……何?」
蒼徨は風花にあの日から今日にあたって起きた出来事を順番に話した。彼女は頷きながら少し納得してくれたようだが、雨夜はいつまで経っても怖い顔のままだった。
「つまり他の人を傷つけないように配慮しているってこと」
「そうとらえてもらって構わない。警察としても騒ぎが起きるのは避けたいからね」
「そのための『異空の扉』……」
「見せましょうか? というかもうあるんですよ。俺の手に触れてください」
恐る恐る風花は白露の手を取ると路地裏の壁に突如として人が通れるくらいの扉が現れた。怖くなって離してしまったが、離すと見えなくなりまた手に触れると見えるようになった。
「蒼徨も」
「ああ」
「この扉の先は会場の近く……手は離さぬように」
三人は扉に吸い込まれて、音もなく閉じられた。歩みを進める空間は星が流れていた。蒼徨は慣れていたから何も感じていなかったが、風花はその声が白露に届かないのに雨夜と話して、彼に不思議がられていた。そんな道は数分のうちに新たな扉が現れて終わった。その扉が開いて白露は二人が出たのを確認すると手を離した。
「着きましたよ」
「……ありがとうございます」
「いえ、ただこなしただけです。それに会場に入るまでは案内をするつもりなので」
「そうなのか?!」
「蒼徨は聞いてなかったんだな。会場内は特定の人間のみが能力使用可能で、俺はそれに含まれていなかった。だから近くまでしか行けなかった。ただ案内だけはやれと言われて……」
「警察官も大変だな」
「お前よりはまし……こんな大変な任務をこなそうとしてんだからさ」
白露は蒼徨に言いながら風花の方を見ていた。風花は少し首を傾げていたが、遠くで歓声が聞こえて驚いて体がビクッとしていた。会場外でもかすかに聞こえるピアノの音、流れる曲はおそらく今日演奏されるかもしれないものだった。蒼徨は恐れづいて耳を塞いでいたが、白露はそれをどけようとしていた。
「何してんだよ」
「いや……ごめん」
「あの、開いたんじゃないのかな」
「そのようですね。でも我々は別の道から行きますよ」
「お願いします」
白露と風花は何事もなく歩いていたが、蒼徨は恐怖を感じながら遅れないようについて行った。
会場に入ると多くの人で混雑していた。ちゃんと行列で並んでいるかと思いきや、その道中で買い物できるスペースがあるせいか、警察官でも列を元に戻すことが出来なくなっていた。主催者と警察の連携が取れていないのか、心地よく流れるはずの曲を覆い隠すほどに雑音が響いていた。
「大変そう……」
「大丈夫ですよ。あれはおそらく序の口なので……これからが大変かと」
「これから?」
「はい。顔と名前が一致しているか確認しないといけないので」
「……そうなんだ」
「なのでこっちの方が楽です。確かに風花さんを他者から守るという役目はありますが……もう着きますから」
「ほんとだ」
少しずつ心を開き始めた風花とそれを感じ取り会話を重ねる白露。それを聞いていた蒼徨は会話に入れない雨夜の姿がチラッと視界に映っていた。重い扉の先は大きなホールだった。案内された場所は一階席の真ん中から少し後ろの右側で、すでに影で暗くなっていた。そのコンサートホールは二階席もあり、もう席についている人もいた。
「じゃあ、俺はもう行くから」
「白露さんは聞かないんですか?」
「なんか有名らしいし、聞いてみたかったんだけど……別の仕事入っていてさ」
「……」
「だから後で蒼徨から感想を聞くわ」
そう言って白露は二人に手を振り扉から出て行った。彼と入れ替わるように同じように演奏会を聞きに来た人達が次々と入ってきていた。白露がいなくなったのに気づいて、ずっと静かにしていた雨夜が動き出したが、彼には席がなかったので、風花が席に座ると彼女の膝の上に小さな人形のような姿を取って座っていた。
「え? そこに座るの」
「別に見えねぇからいいだろ」
「重くないんですか? 風花さん」
「私は大丈夫……それより何事もなければいいけど」
「ちょっと不安にさせないでくださいよ」
「ただ曲を聞くだけだろうが」
そう言いつつ雨夜は何かを感じ取っていた。しかしそれが何なのかはわからなかった。風花は待ち時間も音楽プレイヤーで曲を聞いており、蒼徨は人が増えていく様子と舞台に置かれていたピアノを見ていた。舞台の方も準備を始めて、見たことがあるようなものからそうでないものまである楽器達が並んでいた。
そして一度垂れ幕が落ちて、明るかったホールの中も証明が落とされて暗くなった。風花もそれに気づいて音楽プレイヤーを直し、垂れ幕の方を見ていたが、明らかに蒼徨や彼女以外の人達は同じように見ているはずだが、なんか異様な感じがした。
舞台の幕が上がり、楽器とともに光の中から現れたのは双子の兄妹だけ。二人は何もしゃべらず、男の子はピアノの方へ、女の子はバイオリンを取って構えた。合図が頷きなのか、それを行うと演奏会が始まった。風花は嬉しそうにそれを聞いているが、周りの人達は魅入られたかのようにじっと見続けていた。男の子のピアノはあらゆる曲調を変えながら、それに合わせるように女の子は楽器を変えて奏でていた。何の狂いもなく重ねられた音色はすべての人を引き付けていた。蒼徨もあれは単なる噂だったんだと思って、その目は双子の兄妹に魅入られていた。
半分の演奏が終わり、次は女の子がピアノを、男の子がその他の楽器を触っていた。何も語らずにそのまま演奏は開始された。しかし異変が起きたのはここからだった。客席にいた一人の男性が立ち上がり、ゆらゆらと扉の方に向かっていたが、その道中の近くの席の人を殴り始めた。それに反応したのか他の席からもまばらに立ち上がり、違う席の人を殴り始めた。殴られている人に反応はないが、顔がぐちゃぐちゃになっても血塗れになってもずっと演奏を見続けていた。殴り終わっても別の席へと移動し、同じことを繰り返していたが、殴り返そうと反応した人の手にはナイフが握られて刺されて死んだ。通り魔の如くナイフを持った人が暴れ出し、客席が血塗れになっても演奏は続いていた。
蒼徨は何も感じていなかった。演奏に魅入られそのまま空っぽになっていく。生きる意味を奪われ、それは死だけを埋め込んでいく。そしてその手にはナイフが握られていた。ナイフが首元をとらえて今にも刺して死のうとしていた。しかしそれを風花が止めた。
「何をやっているの!」
その声が聞こえてハッとした時、初めてナイフを握っていることに気づき、びっくりして床に落とし、そのナイフは影が回収した。
「僕は……何を」
自ら死のうとしていたこと、何故そんなことをしようとしたのかわからずに震えていて足元を見ると、知らない人の頭だけが転がっていた。
「ひぃ」
「変な声を出すな」
「だ、だって……死んで」
「まぁ死んでいるな」
「うん」
「風花さんまで……この状況どう考えたって」
「異常なのは分かる。でも止める手段がない。私達じゃ舞台に上がれないし、それよりもあの子達……すごく楽しそう……だから本当は止めたくない。そもそも私は平気だし……蒼徨さん、無理ならホールから出ればいいんじゃ」
「それは無理だ。扉の前に積まれた死体……あれを押し出すのは」
「じゃあ、逃げ場ないじゃないですか」
「だったら静かにしてて……外敵はお兄さんが対処するから」
「……はい」
蒼徨は風花に怒られてしょんぼりし、雨夜はくすくす笑っていたが、小さな人形の姿から元の人型に戻っていた。そして蒼徨の足元に転がっていた頭を影に落とし込んだ。
演奏に魅入られた者達の暴走は止まらないが、双子に危害を加える者はいない。殺害の矛先はここにいる観客のすべてで、楽しそうに弾き奏でる双子が見えないのか、それとも能力によって遮断されているのかわからなかった。蒼徨はまた自らの首を絞めようとしていたが、黒い手が彼の手を取り、「死にてぇのか」と影はイラっとしていた。
静かになりつつある空間に流れ続ける双子の演奏に揺れる風花の体。どれだけ惨状になっても客席に血が飛んで付着しても何も気にしていなかった。普通の人にとって非日常な殺し合いも彼女にとっては普通のことだった。あの双子もそうだが、彼女もすでに異常だった。
女の子のバイオリンが最後の音を弾き、空間に響いた音がすべてなくなった時、蒼徨と風花、雨夜以外の人だったものは死体になり果てていた。風花は一人拍手をし、蒼徨は怯えながら影に守られていた。その拍手の音に気づいたのか、女の子は風花の方を見て泣いていた。
「……生きている……丸十(まと)お兄ちゃん……生きている人がいる」
「また変なことを」
「変じゃ……ないよ」
「そんなわけないだろ……! まさか」
丸十と呼ばれた男の子は言われた通り椅子から立ち上がって客席を見てみると、暗めながら風花の姿を確認して驚いていた。彼女がこっちに向かってくるのに気づいて、双子は動くことなく待っていた。
「本当に」
「……? すごくいい演奏だったよ。ちょっと邪魔が入ってきたけど……」
「風花さん! 勝手に舞台に上がったら……」
「大丈夫です。あなた達なら」
「お兄ちゃん……私すごく嬉しい」
「俺もだよ、甜瓜(めろん)」
甜瓜は泣き崩れて座り込み、風花が差し出したハンカチを使って涙を拭いていた。残された蒼徨と丸十はそれを見ていたが、風花の影が勝手に動いていることに丸十は気づいた。
「あの人はやっぱり俺達と同じ」
「風花さんのこと?」
「うん」
「一緒って?」
「……能力調査隊……か」
「そんなに嫌われているのかな」
「危険だから来たんだろ」
「死ぬって噂を聞いて……調べて来いって上のやつらが……でも風花さんは純粋に二人の曲が好きで生演奏を聞きたいって言ったんだ。だから彼女は関係ない」
「分かっているよ。あんなに甜瓜が嬉しそうにしていれば」
涙を拭き取った甜瓜は風花の話す内容にすぐ笑顔が戻り、フルートを手に取って弾き始めた。しかしその音を聞いても死のうとする行動は起こらなかった。
「ふーん」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
はぐらかす丸十に蒼徨は首を傾げたが、四人がそれぞれ会話をしている所に大人の人がやってきた。
「ごめんね。二人とも……って部外者がここに来たらダメだって」
「秘色(ひそく)さん」
「丸十くん、舞台の片づけをするから休憩室に戻ろう」
「はい。後、風花さんとこの人もお願いします」
「え? もしかしてお知り合いの方?」
「まぁそういう感じです。なので……」
「……そういうことにしときましょう。甜瓜ちゃんも楽器を置いて戻るよ!」
「はーい」
返事をした甜瓜はちゃんと楽器を置くと、舞台裏へ向かっていたが、風花の腕を掴んで、彼女は連れて行かれた。丸十はそれを見て、仕方ないなぁ、という顔をして蒼徨を残して甜瓜を追った。一人立ち尽くしていたが、置いていかれると思って急いで蒼徨も歩いた。
休憩室につくまで誰にも会わなかった。準備や片付けなどに携わっている人達がいるはずだが、すれ違うこともなく辿り着いてしまった。休憩室についてからも甜瓜は風花と一緒にソファーに座って話していた。影はその二人の様子を見ているが、甜瓜は見えているのかわからない。丸十は鞄から大量の楽譜を取り出して見直していた。蒼徨は秘色に彼らのことを聞こうとしたが、別の人との会話でなかなか話しかけられなかった。
「すみません」
「……あなたはえっと」
「蒼徨といいます」
「……初めまして、私は秘色と申します。丸十と甜瓜のマネージャーをしております」
「マネージャー?」
「はい。ただマネージャーになったのはここ最近のことで、前まで多くの方がやっていたようですが、皆さん病気などでやめてらっしゃって……」
「そうですか」
「……それで何の用でしょうか? 二人の知り合いのようですが」
「知り合いというかなんというか……」
「わかってます。あの子達には危険な能力があると」
「えっ」
「ただ私はすべてを把握しているわけではありません。あの子達のことも。楽曲は聞くことを禁止されていますし、今日初めて聞いたものばかりでしたし……マネージャーというのは名ばかりで、何もしてあげられていませんし」
「じゃあ……」
「でも今回のような大掛かりなことは私でないと出来なかったので、あの子達の願いを叶えてあげることが私の役目だと思っていますので……あっ、ごめんなさい。まだ仕事がありますので」
突然会話は切られて、秘色は部屋からいなくなった。何も聞き出せなかったと思って、蒼徨が扉の前で立っていると、いつの間にか丸十が横に立っていた。
「能力について知りたいなら少しだけ語れる。秘色さんやその他のマネージャーがつく前の話。甜瓜と俺を育ててくれた……人? の話」
「なんで疑問形なんだ」
「今となっては分からないからだ。演奏家として活動し始めた頃にはもういなかった」
「親はいないのか?」
「物心ついた時にはあの人しかいなかった」
「……」
言葉を繋げることができなかった蒼徨を見て、丸十は小さなため息をつくが、もう一つのソファーの方に座り、その横に来るように促した。蒼徨が座ると甜瓜と風花が気づいて、影はやれやれという感じで話が止まり、丸十の語りで新たな話が始まった。
それは空から降り注いだ遺物が発見された日、研究所に運んでいたトラックの一つが襲撃されて、遺物が二つ盗まれた。一つは知らないが、もう一つは悪魔崇拝の集団に取られていた。そこには生贄として妊婦が選ばれていた。何処からか手に入れた情報から悪魔を召喚するために、魔法陣にその女性と遺物を置いて、召喚の儀式を行った。召喚に成功したものの、呼び出されたのは悪魔ではなく、堕天使であった。生贄の妊婦は死亡していたが、召喚の際に心の中に願いを持ち続けていた。
彼女は天才ピアニストと呼ばれていたが、事故により指を負傷してその音色は失われてしまった。だからいつかその才能が目覚めた時、同じ結末になるのを恐れて願っていた。堕天使はその願いを聞き入れ、生み落とされた双子の兄妹に叶えてあげた。しかし堕天使という歪な存在だからこそ、願いもまた歪となった。同じ結末を迎えない代わりに、双子が負うはずだった死を別の誰かが肩代わりする。それは才能が目覚めて、あらゆる楽器の演奏が可能になって、双子が楽しそうにしている時だけに起きるようになっていた。
悪魔崇拝の集団は堕天使が現れてすぐに、妊婦とともに生贄として処理されて、双子の赤子を抱えていたのは堕天使だけだった。かろうじて人の姿を取ることが可能だった堕天使は双子のお世話係としてこの世界に存在していた。
しかし異変が起きたのは五年前のこと。それはとある爆発事故と重なっていた。堕天使の姿が少しずつ維持できなくなっていた。
『もう少しで揃ってしまう』
意味不明な言葉を呟き、双子を見ていたが、それは日に日に遠くから見守る形になっていた。双子は少しずつピアノを触り始め、何の楽譜もないのに曲を作っていた。そして連弾が開始されれば、周りの生き物達は皆死んでいった。
甜瓜は元気そうに駆け寄り、丸十は静かに堕天使を見ていた。名前は妊婦がなくなった後に発見した血塗れのメモ紙からつけたものだった。堕天使はずっとこのまま双子の演奏を聞いていたかったが、もうこの世界にはいられないとわかっていた。だから手紙を残し、双子の前から姿を消した。
手紙には堕天使の苦悩と双子の開花した能力が召喚に使われた遺物と関係あることが書かれていた。そして最後の能力名として『詩の音色』と書かれていた。何も告げず、いなくなってしまった堕天使の帰りを待ち続けたが、次に来たのはちゃんとした人間だった。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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