遺物に侵食された世界(1/10)
公開 2024/02/24 13:39
最終更新
2024/03/05 16:25
(空白)
雲一つない快晴の空、壊れかけの建物が乱立している中、その場所だけは必ず日が当たるように設計されていた。そこには一つの墓が立っていて、お参りをする少女の姿があった。今日は命日、少女は目を開けて呟いた。
「ただいま……今日でもう五年も経ったね」
立ち上がる少女の足元には色鮮やかな花が咲き、墓に置いてあったコップにはお茶が入っていた。その人が好きだった緑茶が供えられていた。
振り返って歩き出そうとすると誰かの走ってくる音がして止まっていると、少女を見るな否や男の子は嬉しそうにしていた。
「お姉ちゃん!」
「雲海(うんかい)」
「帰ってきていたんだ!」
「今日は雲海のおばあちゃんの命日だから顔を出しておこうと……」
「……またいなくなっちゃうの?」
「ううん、少しの間だけここにいるつもり」
「やったー! みんなにも伝えてくるね」
そう雲海は言うとまた走り出して行ってしまった。一人残された少女だったが、彼女の影がひとりでに動き出して黒色の人型になっていた。
「相変わらず元気なこった」
「悪いことじゃないよ」
「そりゃ、病気よりはましだ」
「……雨夜(うや)お兄さんは……その、お腹は空いてないの?」
「もしかして」
「言いそびれちゃった」
「まぁ、ここに来るまでかなり距離あったからな。あいつならくれるんじゃね」
「そう思って行こうとしていたんだけど」
「また影に戻っておけ……ってことか」
「うん、ごめんね」
雨夜は少女の影に戻り動かなくなった。それを確認して少女も墓から離れた。
この世界の日常が一瞬にして非日常に変わったあの日、空に大きな穴が開き、そこから落ちてきたあらゆる遺物。それがもたらした能力はすべての常識を侵食するほどのものを持っていた。
現在、ここは危険区域と呼ばれる場所となっていた。かつて遺物を研究するための施設があった場所であり、その危険物が今も処理されないまま残っていた。しかし元からその地区に住んでいた人々の大半は高齢者と子供であり、すぐに動けないことから危険区域に指定されても暮らしていた。
約五年前、少女は逃げ込む形で雲海のおばあちゃんと出会い、危険区域に入り込んだ悪しき能力者達を退治したことで、子供達に英雄と言われて慕われていた。おばあちゃんの死後、子供達の様子を見るために度々訪れていた。子供達にずっといてほしいと願われているが、少女が持つ能力のせいで長居すると、いろんなものを引き付けてしまうため、それは出来ない願いだった。
危険区域を繋ぐ路地裏を通り進んでいくと、異様なお店を見つけた。少女が足を止めて店に入ると誰もいなかったが、小さな鐘を鳴らすと店主が出てきた。皆からは店主と呼ばれているが、本当は闇の古物商。闇取引を生業としたれっきとした悪人なのだが、危険区域において、生活料品や食料品を買うならここしかなかった。
「いらっしゃい。あら?」
「頼んでいたものを取りに来たのと……なんか食べ物ありませんか?」
「食べ物かい……いろんな話を聞かせてくれたらあげよう」
「話?」
「また遠くへ行っていたんだろう? その時の話さ」
少女は話し始めて闇の古物商は椅子に座って聞いていた。目を閉じて頷きながら何も言わずにしていたが、奥の方で変な音がして目を開けて、「また暴れているのか」と意味不明な言葉を小さく呟いていた。
「また?」
「君には関係ないことだよ。さぁさぁ……いい話も聞けたし、ここにあるお菓子持って行っていいよ」
「ありがとうございます」
「……肝心なものを忘れるところだった。ほら、直しておいたし、新しい曲も入れたよ」
闇の古物商が少女に手渡したものは音楽プレイヤーだった。危険区域の路地裏に落ちていたもので、動き続けていたそれから流れていた曲に少女は惹かれて、いつか本物の演奏を聞きたいと思っていた。ただ使い方がよくわからず、壊してしまったので闇の古物商に頼んで直してもらった。
「新しい曲?」
「最近、新しいCDが出たって……すぐに完売だったみたいだけど、なんとか手に入れられた。それにしてもよく聞けるね」
「いい曲だと思いますけど」
「確かにいい曲ではあるんだよ。ただいわくつきというか何度か聞くと死に至るって話もあるし……君は大丈夫そうだけど」
「そういうあなたも平気そうですが」
「まぁ、私は……そうだね」
「?」
「そういえばそのCD発売の日にツアーをするって言っていたよ」
「えっ、顔も出したことのないのに」
「それが初公開だと……チケットはどうだったかな? もし手に入るってわかったら連絡しようか」
「いいの」
「よくここに来てくれるからね。でも必ずってわけではないから」
「わかってます。それでは……」
「子供達に会うのかい?」
「さっき雲海には会ってきました。これからその他の子供達には会おうと思っています」
「そうかい。また子供達にもよろしく言っておいてくれ」
「はい、それじゃまた」
少女は袋いっぱいに詰め込んだお菓子と直してもらった音楽プレイヤーをもって店を後にした。彼女がいなくなったのを確認すると闇の古物商はさっき音がした方に行った。そこには布で覆われた人の顔が映る程度の鏡があった。
「誰も違いは分からない。例え私が偽物だとしても」
ふふっと笑い、鏡から遠ざかる闇の古物商は店の商品を確認するためにどこか行ってしまった。その鏡は『鏡の写身』と呼ばれる遺物の一つであり、それに触れた者は偽物と入れ替わる。鏡の中にいた偽物は今、闇の古物商として動いているが、誰も気づかない。本物が鏡の中で助けを求めていると知らずに。
少女は走りながら袋いっぱいに入れたお菓子の一つを取り出して、開けてかじりついていた。太陽の光もない暗い路地裏に入ると、雨夜も動き出して袋から棒付き飴を抜き取っていた。しかし美味しいと感じていた瞬間は、次に見た風景で穢された。
危険区域の門番をする子供達に危害を加える何者かの姿を見て、少女は袋を落とした。
遺物の研究が進むたびに能力と呼ばれる異質な存在は流れ出していた。実験によってあらゆる物質が研究所から溢れて、空気中に舞い、それを吸い込んだ人々が能力を得る結果を引き起こしていた。それを放置するわけにはいかないと思った民間の企業が集まって生み出されたのが、能力を調査するための集団であった。
そこにやっとの思いで合格した少年は呼び出されて、資料管理室を訪れていた。そこには多くの能力者達が集まっていたが、すでに用事が終わっていたのか少年を見るな否や出て行ってしまった。
「蒼徨(そうこう)くん、こっちだよ」
そう呼ばれた少年が周りを見渡すと手招く人が座って待っていた。おそらくその人が電話をかけてきてくれたんだろうと思って、彼は近づいていた。
「訓練所での生活は大変だっただろう」
「はい……」
「ただこれで終わりではないのだよ。最終試験を受けてもらう」
「え? だって合格書はもらって……ほら、新人バッチだって」
「そうだね……本来なら合格だけども、これは最終試験であり、初めての任務でもある」
「はい?」
「ひとまずこれを見てくれ」
そう言われて渡された資料には一枚の写真が入っていた。その写真は遠くから撮られていたのかぼやけていた。またその写真自体、暗くなっていて定かではないが、人のようなものが写っていた。
「見づらい……」
「すまない。少し前、機械が撮影したもので、それが今回の任務に繋がる。そこに写っている人を探してきてほしい。願わくば話をしてきてほしい」
「つまり人探しですか? それなら簡単じゃないですか」
「ただの人探しならば……ね」
「なんか含みある言い方やめてくださいよ」
「すでに多くの能力者がこの任務に向かって、行方不明になっている」
「……! それって死ぬかもしれないってことですか?」
「すべての確認は取れていないが……」
「もしかしてさっきの人達にも同じ任務を?」
「そう」
「死ぬかもしれないって説明したんですか?」
「したよ。でもこの任務をこなすことが出来れば、偉くなれるよ、とも説明した。まぁ、嫌だというのなら無理に受けなくてもいいんだよ。ただその合格は破棄されるけどね」
「……受けます。ただこれって一人で行くんですか?」
「君は一人だね」
「なんで!?」
「最後の合格者だからだよ。同日に合格した人同士でグループを作ったから……」
「……あの、危険と判断したら逃げてもいいですか?」
「見たという証拠写真さえ撮れれば、合格だから逃げてもいいよ。カメラと……もし話した時の小型録音機も渡しておくね」
「……頑張ってきます」
恐怖から言葉が少なくなる蒼徨だったが、ここにいても何も始まらないと思って、机に置かれたカメラと小型録音機が入った鞄をもって、その人に深々と礼をすると出て行った。その人は軽く手を振って見送っていたが、すぐに電話の番号を押して受話器を取った。
「……最後の合格者が行きましたので、お願いし……え? 飽きた!? もう少しなんで我慢してくださいよ」
『意味ないことを繰り返して何になる』
「何って言われましても……上の指示ですし……でも、最後の子は」
『知っている。だから見届けはするよ。彼がダメならどうしようもないね』
「その時はお願いしますね」
『はいはい……誰か来たから切るね』
「……大丈夫でしょうか」
ため息をついたその人は資料を片付けつつ、今までの任務の報告をするために動き出した。
能力調査隊の建物から出てきて、地図を見ながら走り続けていると暗い路地裏を見つけた。そこには多くの警察がいて立入禁止のテープが張られていたが、蒼徨がつけていた能力調査隊の新人バッチに気づくと道を開けてくれた。太陽の光がまだあるうちは暗いと言ってもある程度見えていたが、影が深くなるにつれてわからなくなり、足をよくぶつけていた。地図には写真を撮られたとされる場所にバツ印がついていたが、複雑に絡み合った道のせいでどこを歩いているのか見当がつかなくなっていた。
方向感覚が怪しくなってきた頃、何か能力の気配がした。もしかして同じ任務を受けて探している人かもしれないと思って近づこうとしたが、それは悲惨なことになって見るのをやめて隠れた。
それは蒼徨が辿り着く数時間前に戻る。危険区域の門番をしていた子供達はいつものように見張っていた。少女の提案で始まった合言葉システムを使って、知らない人が入らないようにしていた。
「前よーし! 後ろよーし! 横……あれ? 誰か来る……みんな」
子供の一人が元気に見張っていると、見知らぬ格好をした人達が近づいてきて、他の子供達に合図をした。子供達がぞろぞろと集まっていく中、その人達は門に辿り着いた。
「子供?」
「合言葉は?」
「そんなの知るかよ」
「じゃあ、ダメ……帰って!」
子供の一人はいつものように尋ねて、知らない人と判断した後、帰ってもらうように促した。しかしその人は引き下がらず、それどころか手から火を出した。それに驚いて子供は少し下がるが門にぶつかって、金属の音が響いていた。
「俺達……能力者なんだよ。お前達のようなガキとは違ってな」
火の能力者は手に出していた火を地面に放ち、近くにあった乾いた草木に引火し燃え広がっていた。その炎に子供達は逃げ場を失い、火の能力者の周りにいた他の三人のうち、一人が結界を張ったのか燃えていなかった。
「こんな子供に守らせるとか大人いねぇ―のかよ」
「……本当にこの場所なのよね」
「間違えるわけないだろ! 早く見つけて他のやつらとは違うんだって証明するんだよ」
「うん……」
火の能力者は余裕そうに振る舞うが、他の三人は慎重にした方がいいのではないかと思っていた。しかしそれを発言する権利がまるでないように縛りつけられていた。そう言いながら高笑いする火の能力者であったが。誰も来ないのに痺れを切らして、金属の門を燃やし尽くそうと高温の火で豪快にあぶり始めた。
「ガキが騒いでんじゃねぇ―よ」
炎に巻かれて痛み、悲鳴と涙を流して叫んでいた子供達を殴る姿に他の三人は見ているだけだった。何かしようとすればその代わりになってしまうことを理解していたため、酷いことをしていると自覚していながら助けることが出来なかった。
しかしそれはすぐに崩された。三人のうちの一人の体が何かに連れて行かれて壁に当たり、その衝撃でヒビが入るのと同時に頭から血を流し、体はピクリとも動かず座り込んだ。それを見た火の能力者を含む三人は固まっていた。死体となり果てたものから離れたのは黒い手で、それは暗い路地に吸い込まれていった。次にそこから現れたのは少女だった。
「……何をしたの」
「お前には関係ない話だ。しいて言うなら任務のために邪魔だったから燃やした」
「……そう」
「だからよ! 大人を連れて来いや」
「もうやめた方がいいよ……それに聞いた方が」
「ごちゃごちゃうるせぇな! 俺のことだけ聞いてろよ」
「……あなた達は見ていただけなんだ」
「え?」
「助けを求めたのに何もしなかったんでしょう?」
「それは……」
「なら同罪だね」
「違う……私達は」
「言い訳なんて聞きたくない。だから死んで」
少女の語りに三人は気づいていなかったが、彼女の足元から広がりつつあった黒い影は三人の足元に届き、知らず知らずのうちに足は影に引きずり込まれていた。出ようと藻掻くがかなり強い力で引っ張られているのか、びくともせずむしろ動けば動くほど抵抗する力がなくなっていた。二人が完全に飲まれて消えてしまうのに対して、しぶとく生き残ろうとした火の能力者は少女の姿を見て思い出した。
「まさか『影の守護者』は……」
その言葉を最後に完全に飲まれ、同罪とはいえ酷いことをした火の能力者だけ、引きずり込まれた後も見知らぬ感覚に襲われながら、悲鳴を上げる口も失われて、影の中でドロドロに溶かされた。その後死体も飲み込み、影が引く頃には鞄と服だけが残っていた。
「……また私のせいでみんなを傷つけた」
「お姉ちゃんのせいじゃないよ! 〈そうだ! そうだ!〉」
悔やむ少女の後ろから声がしてその方を見ると、雲海とその他の子供達が立っていた。
雲海が持つ能力『冷花(れいか)』によって空気中に存在する水分を凍らせて、燃え盛る地面を一瞬のうちに雪景色に変えていた。巨大な炎なら無理だったけど、ちっぽけなものだったから消化できた、と彼は言っていた。またこの状況に気づいたのは門番の子供の一人との連絡が取れなくなったのがきっかけで、その他の子供達は異常事態だと思って彼についてきたらしい。
「包帯と消毒液と……」
「雲海」
「どうしたの?」
「子供達を頼めるかな……まだ気配が残っている気がして」
「分かった! でもすぐに戻ってきてね」
「ごめんね」
「さっきも言ったじゃん! お姉ちゃんは悪くないって! 悪いのはあいつらだから……だから大丈夫……」
少女はそれを聞いて泣きそうになっていたが、なんとかこらえてゆっくりと頷いた。どうにか負傷した子供達を休めそうなところまで運び終わり、数ある包帯や消毒液などを使用して処置をしていたが、あいつらとは違う別の能力の気配を感じ取り、雲海に子供達を任せて、少女はかすかに感じた方へ歩いていた。
蒼徨は危険区域を彷徨っていた。どうにか脱出しようと試みたが、行きと同じ道を歩いているはずなのに、路地裏から日があたる表通りに抜けることが出来なかった。似たような道が多く存在し、尚且つ入り組んでいるために、本当にその道があっているのか正解を見つけるのは困難に等しかった。
「早く逃げないと……僕も死ぬ」
震えて弱々しく流れる言葉を自分が発していると気付かず、ただ走り続けていた。しかし何かにぶつかり、びっくりして後ろに下がった。そこには大男が三人ほど立っていた。
「あ? なんだ」
「……ごめんなさい」
蒼徨は深々と礼をして謝り、逃げ出そうとしたが、その腕は掴まれて壁に追いやられた。
「ごめんなさい……だと、そんなので済んだら警察はいらねぇんだよ」
「謝った……」
蒼徨が口を開き話そうとしたが、すぐさま拳が飛び壁にヒビが入った。その欠片が顔に当たり、恐怖心に苛まれながらそれが能力で強化されたものだと気づいた。
「うん? こいつ……このバッチ……」
「……助けて」
とうとう腕を掴んでいた手が蒼徨の首をとらえて絞め殺そうとしていた。苦し紛れに放った言葉は息のように消えて小さくなった。
「……おい」
しかし仲間の一人が首を絞めようとしている男に、それも何かやばそうに言っていた。男は不機嫌そうに仲間の方を見るが、その先にある光景に見覚えがあったのか、首を絞めようとする手は離されて、蒼徨は壁にもたれかかる形で落とされた。
「忠告したよね……死にたくなければここに来るなと」
「……ば、化け物」
「でも言ったはずだよ。もう逃がさないって」
大男三人衆は一斉に走り出し、道を分かれて逃げ出そうとしたが、大男達の足は暗い道の中で沈み、コケて手をつくとその手もアスファルトの中に消えていた。蒼徨は揺らぐ視界の中、もう一つの声を発する方へ顔を上げようとしていた。逆光になってその人は影に染まっていたが、その人の近くで何かが蠢いていた。大男達の悲鳴は響き渡ることなく、そこにいたという事実もなかったかのように跡形もなく消滅した。
「やっぱり入り込んでいた……大丈夫?」
「……あなたは」
「そっか」
「え?」
「あなたもそうなのね……あいつらと同じ」
「あいつら……」
「ごめんね。生きて帰らせはしない」
蒼徨には何を言っているのかわからないかったが、その人は何かに気づいたようで、蠢く何かはすぐそばまで来ていた。だがポケットに入れていた懐中時計が光り出し、その瞬間、すべての時が止まった。
「そうだ……僕は逃げられる」
息を整えて立ち上がり、ポケットに入れていた懐中時計を開いて、針が進んでいることを確認し、別のポケットから一つのサンストーンを取り出した。蒼徨の持つ能力は時を止めること。だがその使用には寿命を削らなければならないという欠点があり、頻繁に使用することが出来なかったのだが、研究によって見つかった技術で負担を肩代わりするサンストーンを手に入れたことで、容易に使うことが出来るようになっていた。
自分だけが動くことの出来る時間の中、壁に手をやりながらゆっくりと足を進めていたが、今までに彷徨っていたこともあって、残された体力は少なかった。サンストーンによって寿命は肩代わりできると言っても、使用者が動けなくなれば能力自体が機能しなくなる。それを知りながら歩いていたが、暗い道を抜ける前に、風に揺れて草木が動き、サンストーンの一つが砕け散り、地面に欠片が落ちていた。
雲一つない快晴の空、壊れかけの建物が乱立している中、その場所だけは必ず日が当たるように設計されていた。そこには一つの墓が立っていて、お参りをする少女の姿があった。今日は命日、少女は目を開けて呟いた。
「ただいま……今日でもう五年も経ったね」
立ち上がる少女の足元には色鮮やかな花が咲き、墓に置いてあったコップにはお茶が入っていた。その人が好きだった緑茶が供えられていた。
振り返って歩き出そうとすると誰かの走ってくる音がして止まっていると、少女を見るな否や男の子は嬉しそうにしていた。
「お姉ちゃん!」
「雲海(うんかい)」
「帰ってきていたんだ!」
「今日は雲海のおばあちゃんの命日だから顔を出しておこうと……」
「……またいなくなっちゃうの?」
「ううん、少しの間だけここにいるつもり」
「やったー! みんなにも伝えてくるね」
そう雲海は言うとまた走り出して行ってしまった。一人残された少女だったが、彼女の影がひとりでに動き出して黒色の人型になっていた。
「相変わらず元気なこった」
「悪いことじゃないよ」
「そりゃ、病気よりはましだ」
「……雨夜(うや)お兄さんは……その、お腹は空いてないの?」
「もしかして」
「言いそびれちゃった」
「まぁ、ここに来るまでかなり距離あったからな。あいつならくれるんじゃね」
「そう思って行こうとしていたんだけど」
「また影に戻っておけ……ってことか」
「うん、ごめんね」
雨夜は少女の影に戻り動かなくなった。それを確認して少女も墓から離れた。
この世界の日常が一瞬にして非日常に変わったあの日、空に大きな穴が開き、そこから落ちてきたあらゆる遺物。それがもたらした能力はすべての常識を侵食するほどのものを持っていた。
現在、ここは危険区域と呼ばれる場所となっていた。かつて遺物を研究するための施設があった場所であり、その危険物が今も処理されないまま残っていた。しかし元からその地区に住んでいた人々の大半は高齢者と子供であり、すぐに動けないことから危険区域に指定されても暮らしていた。
約五年前、少女は逃げ込む形で雲海のおばあちゃんと出会い、危険区域に入り込んだ悪しき能力者達を退治したことで、子供達に英雄と言われて慕われていた。おばあちゃんの死後、子供達の様子を見るために度々訪れていた。子供達にずっといてほしいと願われているが、少女が持つ能力のせいで長居すると、いろんなものを引き付けてしまうため、それは出来ない願いだった。
危険区域を繋ぐ路地裏を通り進んでいくと、異様なお店を見つけた。少女が足を止めて店に入ると誰もいなかったが、小さな鐘を鳴らすと店主が出てきた。皆からは店主と呼ばれているが、本当は闇の古物商。闇取引を生業としたれっきとした悪人なのだが、危険区域において、生活料品や食料品を買うならここしかなかった。
「いらっしゃい。あら?」
「頼んでいたものを取りに来たのと……なんか食べ物ありませんか?」
「食べ物かい……いろんな話を聞かせてくれたらあげよう」
「話?」
「また遠くへ行っていたんだろう? その時の話さ」
少女は話し始めて闇の古物商は椅子に座って聞いていた。目を閉じて頷きながら何も言わずにしていたが、奥の方で変な音がして目を開けて、「また暴れているのか」と意味不明な言葉を小さく呟いていた。
「また?」
「君には関係ないことだよ。さぁさぁ……いい話も聞けたし、ここにあるお菓子持って行っていいよ」
「ありがとうございます」
「……肝心なものを忘れるところだった。ほら、直しておいたし、新しい曲も入れたよ」
闇の古物商が少女に手渡したものは音楽プレイヤーだった。危険区域の路地裏に落ちていたもので、動き続けていたそれから流れていた曲に少女は惹かれて、いつか本物の演奏を聞きたいと思っていた。ただ使い方がよくわからず、壊してしまったので闇の古物商に頼んで直してもらった。
「新しい曲?」
「最近、新しいCDが出たって……すぐに完売だったみたいだけど、なんとか手に入れられた。それにしてもよく聞けるね」
「いい曲だと思いますけど」
「確かにいい曲ではあるんだよ。ただいわくつきというか何度か聞くと死に至るって話もあるし……君は大丈夫そうだけど」
「そういうあなたも平気そうですが」
「まぁ、私は……そうだね」
「?」
「そういえばそのCD発売の日にツアーをするって言っていたよ」
「えっ、顔も出したことのないのに」
「それが初公開だと……チケットはどうだったかな? もし手に入るってわかったら連絡しようか」
「いいの」
「よくここに来てくれるからね。でも必ずってわけではないから」
「わかってます。それでは……」
「子供達に会うのかい?」
「さっき雲海には会ってきました。これからその他の子供達には会おうと思っています」
「そうかい。また子供達にもよろしく言っておいてくれ」
「はい、それじゃまた」
少女は袋いっぱいに詰め込んだお菓子と直してもらった音楽プレイヤーをもって店を後にした。彼女がいなくなったのを確認すると闇の古物商はさっき音がした方に行った。そこには布で覆われた人の顔が映る程度の鏡があった。
「誰も違いは分からない。例え私が偽物だとしても」
ふふっと笑い、鏡から遠ざかる闇の古物商は店の商品を確認するためにどこか行ってしまった。その鏡は『鏡の写身』と呼ばれる遺物の一つであり、それに触れた者は偽物と入れ替わる。鏡の中にいた偽物は今、闇の古物商として動いているが、誰も気づかない。本物が鏡の中で助けを求めていると知らずに。
少女は走りながら袋いっぱいに入れたお菓子の一つを取り出して、開けてかじりついていた。太陽の光もない暗い路地裏に入ると、雨夜も動き出して袋から棒付き飴を抜き取っていた。しかし美味しいと感じていた瞬間は、次に見た風景で穢された。
危険区域の門番をする子供達に危害を加える何者かの姿を見て、少女は袋を落とした。
遺物の研究が進むたびに能力と呼ばれる異質な存在は流れ出していた。実験によってあらゆる物質が研究所から溢れて、空気中に舞い、それを吸い込んだ人々が能力を得る結果を引き起こしていた。それを放置するわけにはいかないと思った民間の企業が集まって生み出されたのが、能力を調査するための集団であった。
そこにやっとの思いで合格した少年は呼び出されて、資料管理室を訪れていた。そこには多くの能力者達が集まっていたが、すでに用事が終わっていたのか少年を見るな否や出て行ってしまった。
「蒼徨(そうこう)くん、こっちだよ」
そう呼ばれた少年が周りを見渡すと手招く人が座って待っていた。おそらくその人が電話をかけてきてくれたんだろうと思って、彼は近づいていた。
「訓練所での生活は大変だっただろう」
「はい……」
「ただこれで終わりではないのだよ。最終試験を受けてもらう」
「え? だって合格書はもらって……ほら、新人バッチだって」
「そうだね……本来なら合格だけども、これは最終試験であり、初めての任務でもある」
「はい?」
「ひとまずこれを見てくれ」
そう言われて渡された資料には一枚の写真が入っていた。その写真は遠くから撮られていたのかぼやけていた。またその写真自体、暗くなっていて定かではないが、人のようなものが写っていた。
「見づらい……」
「すまない。少し前、機械が撮影したもので、それが今回の任務に繋がる。そこに写っている人を探してきてほしい。願わくば話をしてきてほしい」
「つまり人探しですか? それなら簡単じゃないですか」
「ただの人探しならば……ね」
「なんか含みある言い方やめてくださいよ」
「すでに多くの能力者がこの任務に向かって、行方不明になっている」
「……! それって死ぬかもしれないってことですか?」
「すべての確認は取れていないが……」
「もしかしてさっきの人達にも同じ任務を?」
「そう」
「死ぬかもしれないって説明したんですか?」
「したよ。でもこの任務をこなすことが出来れば、偉くなれるよ、とも説明した。まぁ、嫌だというのなら無理に受けなくてもいいんだよ。ただその合格は破棄されるけどね」
「……受けます。ただこれって一人で行くんですか?」
「君は一人だね」
「なんで!?」
「最後の合格者だからだよ。同日に合格した人同士でグループを作ったから……」
「……あの、危険と判断したら逃げてもいいですか?」
「見たという証拠写真さえ撮れれば、合格だから逃げてもいいよ。カメラと……もし話した時の小型録音機も渡しておくね」
「……頑張ってきます」
恐怖から言葉が少なくなる蒼徨だったが、ここにいても何も始まらないと思って、机に置かれたカメラと小型録音機が入った鞄をもって、その人に深々と礼をすると出て行った。その人は軽く手を振って見送っていたが、すぐに電話の番号を押して受話器を取った。
「……最後の合格者が行きましたので、お願いし……え? 飽きた!? もう少しなんで我慢してくださいよ」
『意味ないことを繰り返して何になる』
「何って言われましても……上の指示ですし……でも、最後の子は」
『知っている。だから見届けはするよ。彼がダメならどうしようもないね』
「その時はお願いしますね」
『はいはい……誰か来たから切るね』
「……大丈夫でしょうか」
ため息をついたその人は資料を片付けつつ、今までの任務の報告をするために動き出した。
能力調査隊の建物から出てきて、地図を見ながら走り続けていると暗い路地裏を見つけた。そこには多くの警察がいて立入禁止のテープが張られていたが、蒼徨がつけていた能力調査隊の新人バッチに気づくと道を開けてくれた。太陽の光がまだあるうちは暗いと言ってもある程度見えていたが、影が深くなるにつれてわからなくなり、足をよくぶつけていた。地図には写真を撮られたとされる場所にバツ印がついていたが、複雑に絡み合った道のせいでどこを歩いているのか見当がつかなくなっていた。
方向感覚が怪しくなってきた頃、何か能力の気配がした。もしかして同じ任務を受けて探している人かもしれないと思って近づこうとしたが、それは悲惨なことになって見るのをやめて隠れた。
それは蒼徨が辿り着く数時間前に戻る。危険区域の門番をしていた子供達はいつものように見張っていた。少女の提案で始まった合言葉システムを使って、知らない人が入らないようにしていた。
「前よーし! 後ろよーし! 横……あれ? 誰か来る……みんな」
子供の一人が元気に見張っていると、見知らぬ格好をした人達が近づいてきて、他の子供達に合図をした。子供達がぞろぞろと集まっていく中、その人達は門に辿り着いた。
「子供?」
「合言葉は?」
「そんなの知るかよ」
「じゃあ、ダメ……帰って!」
子供の一人はいつものように尋ねて、知らない人と判断した後、帰ってもらうように促した。しかしその人は引き下がらず、それどころか手から火を出した。それに驚いて子供は少し下がるが門にぶつかって、金属の音が響いていた。
「俺達……能力者なんだよ。お前達のようなガキとは違ってな」
火の能力者は手に出していた火を地面に放ち、近くにあった乾いた草木に引火し燃え広がっていた。その炎に子供達は逃げ場を失い、火の能力者の周りにいた他の三人のうち、一人が結界を張ったのか燃えていなかった。
「こんな子供に守らせるとか大人いねぇ―のかよ」
「……本当にこの場所なのよね」
「間違えるわけないだろ! 早く見つけて他のやつらとは違うんだって証明するんだよ」
「うん……」
火の能力者は余裕そうに振る舞うが、他の三人は慎重にした方がいいのではないかと思っていた。しかしそれを発言する権利がまるでないように縛りつけられていた。そう言いながら高笑いする火の能力者であったが。誰も来ないのに痺れを切らして、金属の門を燃やし尽くそうと高温の火で豪快にあぶり始めた。
「ガキが騒いでんじゃねぇ―よ」
炎に巻かれて痛み、悲鳴と涙を流して叫んでいた子供達を殴る姿に他の三人は見ているだけだった。何かしようとすればその代わりになってしまうことを理解していたため、酷いことをしていると自覚していながら助けることが出来なかった。
しかしそれはすぐに崩された。三人のうちの一人の体が何かに連れて行かれて壁に当たり、その衝撃でヒビが入るのと同時に頭から血を流し、体はピクリとも動かず座り込んだ。それを見た火の能力者を含む三人は固まっていた。死体となり果てたものから離れたのは黒い手で、それは暗い路地に吸い込まれていった。次にそこから現れたのは少女だった。
「……何をしたの」
「お前には関係ない話だ。しいて言うなら任務のために邪魔だったから燃やした」
「……そう」
「だからよ! 大人を連れて来いや」
「もうやめた方がいいよ……それに聞いた方が」
「ごちゃごちゃうるせぇな! 俺のことだけ聞いてろよ」
「……あなた達は見ていただけなんだ」
「え?」
「助けを求めたのに何もしなかったんでしょう?」
「それは……」
「なら同罪だね」
「違う……私達は」
「言い訳なんて聞きたくない。だから死んで」
少女の語りに三人は気づいていなかったが、彼女の足元から広がりつつあった黒い影は三人の足元に届き、知らず知らずのうちに足は影に引きずり込まれていた。出ようと藻掻くがかなり強い力で引っ張られているのか、びくともせずむしろ動けば動くほど抵抗する力がなくなっていた。二人が完全に飲まれて消えてしまうのに対して、しぶとく生き残ろうとした火の能力者は少女の姿を見て思い出した。
「まさか『影の守護者』は……」
その言葉を最後に完全に飲まれ、同罪とはいえ酷いことをした火の能力者だけ、引きずり込まれた後も見知らぬ感覚に襲われながら、悲鳴を上げる口も失われて、影の中でドロドロに溶かされた。その後死体も飲み込み、影が引く頃には鞄と服だけが残っていた。
「……また私のせいでみんなを傷つけた」
「お姉ちゃんのせいじゃないよ! 〈そうだ! そうだ!〉」
悔やむ少女の後ろから声がしてその方を見ると、雲海とその他の子供達が立っていた。
雲海が持つ能力『冷花(れいか)』によって空気中に存在する水分を凍らせて、燃え盛る地面を一瞬のうちに雪景色に変えていた。巨大な炎なら無理だったけど、ちっぽけなものだったから消化できた、と彼は言っていた。またこの状況に気づいたのは門番の子供の一人との連絡が取れなくなったのがきっかけで、その他の子供達は異常事態だと思って彼についてきたらしい。
「包帯と消毒液と……」
「雲海」
「どうしたの?」
「子供達を頼めるかな……まだ気配が残っている気がして」
「分かった! でもすぐに戻ってきてね」
「ごめんね」
「さっきも言ったじゃん! お姉ちゃんは悪くないって! 悪いのはあいつらだから……だから大丈夫……」
少女はそれを聞いて泣きそうになっていたが、なんとかこらえてゆっくりと頷いた。どうにか負傷した子供達を休めそうなところまで運び終わり、数ある包帯や消毒液などを使用して処置をしていたが、あいつらとは違う別の能力の気配を感じ取り、雲海に子供達を任せて、少女はかすかに感じた方へ歩いていた。
蒼徨は危険区域を彷徨っていた。どうにか脱出しようと試みたが、行きと同じ道を歩いているはずなのに、路地裏から日があたる表通りに抜けることが出来なかった。似たような道が多く存在し、尚且つ入り組んでいるために、本当にその道があっているのか正解を見つけるのは困難に等しかった。
「早く逃げないと……僕も死ぬ」
震えて弱々しく流れる言葉を自分が発していると気付かず、ただ走り続けていた。しかし何かにぶつかり、びっくりして後ろに下がった。そこには大男が三人ほど立っていた。
「あ? なんだ」
「……ごめんなさい」
蒼徨は深々と礼をして謝り、逃げ出そうとしたが、その腕は掴まれて壁に追いやられた。
「ごめんなさい……だと、そんなので済んだら警察はいらねぇんだよ」
「謝った……」
蒼徨が口を開き話そうとしたが、すぐさま拳が飛び壁にヒビが入った。その欠片が顔に当たり、恐怖心に苛まれながらそれが能力で強化されたものだと気づいた。
「うん? こいつ……このバッチ……」
「……助けて」
とうとう腕を掴んでいた手が蒼徨の首をとらえて絞め殺そうとしていた。苦し紛れに放った言葉は息のように消えて小さくなった。
「……おい」
しかし仲間の一人が首を絞めようとしている男に、それも何かやばそうに言っていた。男は不機嫌そうに仲間の方を見るが、その先にある光景に見覚えがあったのか、首を絞めようとする手は離されて、蒼徨は壁にもたれかかる形で落とされた。
「忠告したよね……死にたくなければここに来るなと」
「……ば、化け物」
「でも言ったはずだよ。もう逃がさないって」
大男三人衆は一斉に走り出し、道を分かれて逃げ出そうとしたが、大男達の足は暗い道の中で沈み、コケて手をつくとその手もアスファルトの中に消えていた。蒼徨は揺らぐ視界の中、もう一つの声を発する方へ顔を上げようとしていた。逆光になってその人は影に染まっていたが、その人の近くで何かが蠢いていた。大男達の悲鳴は響き渡ることなく、そこにいたという事実もなかったかのように跡形もなく消滅した。
「やっぱり入り込んでいた……大丈夫?」
「……あなたは」
「そっか」
「え?」
「あなたもそうなのね……あいつらと同じ」
「あいつら……」
「ごめんね。生きて帰らせはしない」
蒼徨には何を言っているのかわからないかったが、その人は何かに気づいたようで、蠢く何かはすぐそばまで来ていた。だがポケットに入れていた懐中時計が光り出し、その瞬間、すべての時が止まった。
「そうだ……僕は逃げられる」
息を整えて立ち上がり、ポケットに入れていた懐中時計を開いて、針が進んでいることを確認し、別のポケットから一つのサンストーンを取り出した。蒼徨の持つ能力は時を止めること。だがその使用には寿命を削らなければならないという欠点があり、頻繁に使用することが出来なかったのだが、研究によって見つかった技術で負担を肩代わりするサンストーンを手に入れたことで、容易に使うことが出来るようになっていた。
自分だけが動くことの出来る時間の中、壁に手をやりながらゆっくりと足を進めていたが、今までに彷徨っていたこともあって、残された体力は少なかった。サンストーンによって寿命は肩代わりできると言っても、使用者が動けなくなれば能力自体が機能しなくなる。それを知りながら歩いていたが、暗い道を抜ける前に、風に揺れて草木が動き、サンストーンの一つが砕け散り、地面に欠片が落ちていた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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