二つの世界の終着点 第三章(5/5)
公開 2023/12/17 15:28
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(空白)
 深い水の底、何も見えず落ちていく闇。長い夢の中に囚われていた。息をしている感覚はなく、ただ水の色が濃くなっていくのを見ているしか出来なかった。体には力が入らず、助けを求めようとする手を上げることすら出来ない。すると上から光が落ちてきた。それは重さをもって沈んでいた。近づいてくることでそれが何かしらの欠片であることがわかった。今まで言うことを聞いてくれなかった手がその欠片を掴み、無意識に体へ運んでいた。それは取り込まれ、闇が払われて白い光に包まれた。
「……う」
 それはほぼ同時だった。ランとトランは目を覚まし、ガットをとらえようとしていた。ランは血塗れになった体を触ってみたが、刺されたはずの体の傷もその痛みもすべてなくなっていた。
「なっ……どうなって」
「……」
 驚くランの声に幻聴かと思ったガットはすぐに振り向けなかったが、聞いていると無自覚ながら涙を流していた。その雫に冷たさを感じて泣いていることに気づき、もっと振り返ることを拒否していると無理やり、ランがガットを振り向かせて涙を見られてしまった。
「なんだ? なんで泣いて」
「だって……俺じゃ何もできないから」
「なにもって……あれ? 能力使えねぇーじゃん」
「やっぱりランさんも」
「そういうことか」
「……うるさい」
「トラン先生!」
「トラン、気ぃ悪いんか」
「悪いさ……でももっと悪いのがいる」
「俺もなんとなくわかるわ……あれぶっ飛ばしたい」
「でも能力が……フォルトさんは何故か使えていたんですが」
「あいつは女神に愛されているからじゃね。そういう力が関与しているかもな」
「それじゃもう何も出来ないのでしょうか?」
「出来ないって決めつけんな……ひとまずここから動こうか」
「それは僕も賛成。化け物じゃないけどそれ以上の何かがうろついているみたいだし」
 トランの言う通り、それらは三人に向かってきているかのような挙動を取り、視認できるギリギリの距離にまだいた。急いで行動に移し、頑張って走り出した。しかしいつの間にか囲まれてしまい、ガットは死ぬんだと思っていた。だがランは屈せず、持っていたナイフで首を飛ばした。元々戦闘経験のある彼は能力がなくてもある程度の対処が出来ていた。トランは逃げつつもその攻撃は一つも当たっていなかった。敵の攻撃が悪いのか運が良く避け切っているのか分からないが、動けないガットよりはましだった。
「俺はやはり何も出来ない……でも諦めたくない」
 ガットは手を握り、目を閉じて静かに祈り続けた。繰り返す大地、飛び跳ねる首と血だまりの跡。能力の反動がなくても体力は減っていく。ランの持つナイフの切れ味が悪くなりつつあり、トランもすれすれで避けるようになっていた。二人はもうすぐ攻撃をくらってしまう。その一撃が彼らを襲う時、ガットの体は光り出し、瞬時に彼らの体を掴んで転移していた。
「……はぁ」
「今のは?」
「ガットやるじゃんか!」
「え? あっ、能力使えた?」
「じゃなきゃ、こんなに離れられないだろ」
「……よかった」
「だが終わりじゃねぇ」
「はい! 研究所の方まで飛ばすので」
「そうじゃねぇ」
「はい?」
「ガットは気づいていないのか? お前だけじゃないこと」
「……もしかして、っていうかトラン先生」
「あー見えている感じ? それなら使えているってことだね」
「でもランさんは」
「俺は……使える」
「……」
「大丈夫だって、この能力を閉じてしまえば……ほら」
 トランから出ていた得体の知れない者を一旦仕舞うと、ランは加速して遠くに行って帰ってきた。
「いつの間に」
「しかし何故、突然使えるようになったんだか」
「フォルトさんが言っていた欠片でしょうか」
「まぁ、使えるもんは使っていこうぜ! フォルトが一人で戦っているっていうなら、逃げるという選択肢はないはずだぜ」
「ランさんはともかく、トラン先生はどうするんですか?」
「え? 僕も行くけど……流石に暴走状態は危ないからやめるけど」
「ガットは行かないの?」
「俺が行っても足手まといになりそうで」
「そんなことねぇよ。難しく考えるな。出来ることをやればいい……そのための能力だろうが」
「……行きます」
「よし! フォルトが何処に行ったか知らないが、ひとまずあれを倒すか」
 ランはそう言い、得意の投げナイフで加速と減速を繰り返し、翻弄させながら首をはねていた。トランは得体の知れない者達を周りに住まわせ、狂わせ内部崩壊を起こしていた。ガットは近づく敵に対して転移を施し、ランやトランの方に片っ端から飛ばしていた。


 偽りの神の足元までやってきたクレハは苦戦していた。神の護衛の多さもそうだが、その攻撃と速さは正確になっていた。影に沈む前にどうにか攻撃を与えようと、神の護衛達はクレハに襲い掛かった。悪魔のおかげで直接クレハが攻撃をくらうことはないが、それでも苦しいことには変わりなかった。しかしクレハの視線に赤や青の色が映るようになっていた。真っ黒に染まった地面に反して浮かぶ鮮やかな色の魔法弾。クレハは魔法弾で思い出し、神の護衛達の攻撃をかわしながら辺りを見渡すとフォルトが戦っていた。
「え? フォルトさん!」
「うん? クレハか!」
「……無事だったんですね」
「ああ……それにしてもこれを一人で相手していたのか」
「一人じゃありません。『影の守護者』が助けてくれてます」
「……それって本来の力を取り戻したのか」
「おそらくそうです」
「なるほど」
「理解が早くて助かります」
「一応、俺も女神と話したことあるし、似たようなもんだろう。それよりエイルは?」
「彼は最後の切り札だから」
「あいつも覚醒したのか?」
「いまいちわかってなくて……でも」
「今はこれを処理するか」
「はい……メイレー様のために、『浄化の光』のために神の護衛を減らすことで寿命を削ることが出来るそうです」
「メイレー様? それが今、あの巨大な神とやり合っているやつか」
「そうです。だから少しでも多く沈めなければ」
「俺は凍らせるか燃やせばいいか?」
「……」
「効いているか分からないって感じだな。任せろ! 倒せなくとも弱めさせることは出来る。贈り物の《能力》しか受け付けないとしても、女神に与えられた力は例外かもしれないからな」
 それにクレハは頷き、それぞれ行動を開始した。クレハの願いに悪魔が答えて、影は広くなり、その沈みは強化されて攻撃をする隙も与えずに、深い水のように落ちていった。フォルトは集中して魔法弾を作り出した。吹雪の風に凍る雹をイメージして氷の魔法弾、燃え盛る太陽の熱さをイメージして炎の魔法弾、吹き荒れる嵐に恐怖の音をイメージして雷の魔法弾を大量に生み出して発射した。一気に放出したためにしゃがみ込むが、彼のそばには女神がいて見守っていた。

 光り輝く能力の香り、『詩の音色』の欠片が紡ぐ再生の音。それに重なるように奏でる線は想いを乗せて弾かれた。幸せを望んだあの子達の願いをそばで聞いていた堕天使は漂っていた。幸福の後には死だけを残し、血飛沫が起ころうと誰も逃げはしなかった。それに魅了され、遮る者を許しはしない。しかし新たな未来に進もうとする者に『死の音色』は不要だった。死を招く必要があるのはただ一人、神という名を偽ったあの愚か者だけだった。
 残された欠片を手に堕天使はかすかに残った思念を受け取った。あの子達の消える手を、その微笑みをすべての想いを引き継いだ彼は『詩の音色』本来の力を奏でる。あの子達がそうした様に、音色は広がり皆に力を与え、代わりに死の負担を偽りの神に押し付けた。


 偽りの神は膨大な力をふるいながら焦り始めていた。神の護衛の消費によって今まで集まっていた寿命は削られ、その姿も徐々に小さくなっていた。まだ人より大きいが、空を覆うほどの大きさはすでに失われていた。それに気づいていたメイレーだったが、彼もまた『浄化の光』の限界を感じていた。元は一つの力であるが、人の姿となってしまったことで信仰を与えられず、優しすぎる故にその力は助けを求めた者に与えていた。偽りの神が扱う『悪意の光』には明確な目的があり、それは裏切りの天使と運命を変える力を持つ懐中時計を壊すことだった。それに作られた神とはいえ、数千年という長い時間がもらたらした力は、本来人が抗うことが出来ないほどの破壊であった。
 メイレーの苦戦にすぐさま気づいたのは死神だった。しかしスヌイが結界を張ることに集中し、その力を分け与えていたため死神は動けなかった。
「……半分ぐらい削れたかな?」
〈見ているのか〉
「私は見届ける……だが」
〈運命は変わる〉
「もしそれをして、またエイルは代償をくらうのか?」
〈それは〉
「……そうか。この結界の維持は『死者の瞳』を起動し続ければ出来るか?」
〈出来るが〉
「エイルと少し話したい……君はここにいてくれ」
 そう言いスヌイの足は動き出す。彼を中心として張られていた結界はその場にとどまり、彼が動いても死神が維持していた。エイルのそばには天使がいたが、スヌイが近づいてくるのを察し、天使は遠ざかり死神のもとに向かっていた。
「スヌイ先生?」
「……話をしてもいいか? まだ記憶が混濁しているだろうから無理だったら言って」
「大丈夫です。もう覚悟は出来ていますから」
「覚悟か……代償を知っているのか」
「記憶が教えてくれました。その力を使えば誰にも認識されないことも」
「クレハはどうするつもりだ」
「……本当は別れたくないです。でもこの力は僕にしか扱えないから……仕方がない。僕がやらなければならない。それが運命ですから」
「運命で片付けようとするな」
「……」
「彼女を守りたいと願ったのなら、いなくなるという選択肢を取るな。本心が嘘をついてどうする! ……本当にその運命でいいのか? エイルが作り出すことが出来る運命だ。その力で本当の望みを」
 話している途中でスヌイは咳き込み、その口から血が出ていた。『死者の瞳』を使い見続けていた体に支障が出ないわけがなかった。死神から力を与えられていたが、スヌイはその力をすべて結界に注ぎ込み、自らの体の維持を放棄していた。倒れ込む彼をエイルは支えて、死神のもとへ運ぶと安心して目を閉じた。息はちゃんとありただ眠っているだけだった。
〈彼の処置はこちらで行う〉
「ごめんなさい」
〈いや……それより会話は出来たか〉
「少しは」
〈君の覚悟がどこまではっきりしているか分からないが、進みたいと思う方に進めばいい。それが求めた答えならば、力を貸そう〉
「はい……スヌイ先生をお願いします」
 死神に託し、エイルは天使とともに偽りの神のもとへ歩き出した。その道に神の護衛が立ちはかろうとも皆『影の守護者』の前には無意味だった。彼女はエイルに気づかないが、彼の歩く道を塞ぐ愚か者はすべて駆除された。

 偽りの神がエイルに気づいた時、その姿は人と同等の大きさになっていた。だがそれになるまでにメイレーは力を使い果たし、『浄化の光』は『悪意の光』に取り込まれて、本来の《能力》になり変わっていた。またスヌイが倒れたことで『死者の瞳』の結界が薄れ、『詩の音色』を奏でていた堕天使は残りの欠片を使い果たし、その音は無になっていた。神の護衛を殲滅し、『影の守護者』を使い続けていたクレハはフォルトの手を借りてやっと立っていられるくらいに消耗しきっていた。
 しかし偽りの神の力はまだ強力で今にもすべてを飲み込んでしまうほど、何一つ削れていなかった。寿命だけを削り、その脅威は何も取り除かれていない。一瞬で破壊尽くすほど、偽りの神は無傷に等しかった。
「ここまでやってきたことは誉めてやろう。だが我には勝てぬ」
「そんなことはない」
「その時計が本当に運命を変えられると思ってか? まだ完全に覚醒しきってないと知っておきながらその口を叩くものだ」
「……」
「気づいておらぬか? それとも隠しきれていたと思っていたか」
「僕はそれでも諦めることはしない!」
「ただの人間になり果てた者がほざくな! 我が本当の力を見せてやろう」
 偽りの神は嘲笑い、空から降り注ぐは闇の雨。その一つ一つが針となって能力者達を貫いていく。小さな針とはいえ、大量に降り注げば隠れる場所などなく、防げば彼らの毒となり蝕まれていた。
「さぁ……運命など最初からない。何も出来ずに死ぬんだ」
「それはどうだろうね」
 その声を発したのはフォルトであった。大量の針が体に刺さろうともその手は空に上がり、目を閉じていた。そして彼を中心として覆い尽くしていた雲は風に流れて水色の空を見せた。偽りの神がそれを抑えようとしたが、それに気づいたランは針を走りながらかわし、最後の力でナイフを投げて、それは偽りの神の体に刺さっていた。
「エイルだけじゃない」
「俺達だって諦めるわけないだろ」
「死ぬ未来なんて僕は見たくないね」
 水色の空から顔を出した太陽が光り輝き、闇の雨を止めた。力尽きたランをトランとガットが抱えて偽りの神に答えていた。
「こいつらはあきらめが悪いんだよ。というか俺もだけど」
 目を覚ましたリコレは三人の説明につけ加えながら、偽りの神に自分の想いを伝えていた。それぞれの想いは音色となって、エイルが持つ懐中時計に取り込まれていた。重なる色は虹のような鮮やかさを持ち、その光は偽りの神がいつか見た風景に似ていた。
「いやだ! やめろ」
「……僕は」
 口は動くが、光に包まれて聞こえない。懐中時計は彼の想いに答えてその形を失いながら運命は書き換えられる。光に包まれる前の風景にクレハは祈り続けていた。その姿も白い空間に飲み込まれて消えていた。
「また僕は一人ぼっち」
 代償に認識されなくなることは分かっていた。もう二度と彼女と会うことは叶わない。そう思い目を閉じようとした時、彼の手を握っていたのは天使だった。
〈……〉
「どうした? 黙って……大丈夫だよ。僕は覚悟の上だったから」
〈そうじゃない 認めない〉
「認めないって……」
〈ここにいるのは一人だけでいい〉
「え?」
〈だからあなたは生きて〉
 そう言い手を離すが、落ちていくのは天使の方だった。エイルの体は浮き始めて、天使は笑いつつ涙を流して消えていた。白い空間は壊れて彼は現実に引き戻された。


 運命託す時、すべての想いを乗せて日常は帰る。遺物は取り除かれ、能力は消え去った。少年は一人、道の真ん中で立ち尽くしていた。さっきまであった風景を覚えているのは彼だけだった。

 少年のもとに突然、電話がかかってきてそれを取ると友人の声が聞こえた。「また遅刻かよ」と話す彼に「ごめん」と返しつつ、まだ夢なのではないかと思ってしまうほど平和な世界に涙しそうになっていた。その震える声に「変なやつだな」と電話越しに言われつつ、切られた。少年は走り出し、彼の記憶にしか存在しない場所へ向かった。
 その場所は今、ただの公園になっていたが、子供たちが元気に遊ぶ中、ベンチに座って友人は待っていた。彼は見つけてそこに行こうとすると後ろから抱きつかれてびっくりした。
「やっと見つけた」
「あっ」
「どうしたの? そんな驚いて」
「なんでもないよ……」
「ちょっと何泣いているの?」
「夢を見ているみたいに……みんな生きている」
「もう」
「こいつ電話中からおかしかったし、病院でも連れて行くか?」
 少年のおかしい言動に少女はどうしていいか分からず、少し怒っていると友人が近づいてきて、呆れたように言っていた。少年は「それはやめてくれ」と懇願したが、少女は彼の頬を軽く引っ張っていた。
「痛っ」
「ほら夢じゃないでしょ!」
「どうせ寝起きだから寝ぼけているだけだろ」
「あっ……早く行かなきゃ」
「もうこんな時間かよ」
 友人は腕時計を見て走り出した。少年の足は止まったままで、少女は彼の腕を掴んで、「みんなに会いに行こう」と言いながら走り出し、彼の足は進み始めた。


 そこに最初から存在していなかった事象。侵食される運命ごと消し去った。それが救いであり、はじまりの地であり、終着点だった。
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