二つの世界の終着点 第三章(3/5)
公開 2023/12/17 15:18
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(空白)
 それを最初から見ていた彼は二人の眠りを妨げないように眺めていた。しかし共鳴が強すぎてつらそうに見えたから、彼はそれを解いてあげることにした。クレハの耳に触れ、繋がってしまった音を一時的に遮断した。
「これでもう大丈夫」
 その声が聞こえたのか、エイルは警戒して目を覚まして頭を上げて辺りを見渡した。しかしエイルには彼の姿が映っていなかった。そのことを思い出した彼は「おっと……忘れていた」と言いつつ、エイルが警戒心を解いていないと分かっていながら姿を現した。
「……」
「まぁまぁ……天使よ、何もしないから」
「そんなやつほど」
「……待って」
 その声を聞いたエイルはクレハの方を見た。彼女は目を覚まし、なんとか起き上がり彼の方を見ていた。
「あの時、ランさんと私を助けてくれて……ありがとうございます」
「こちらこそ信じてくれてありがとう」
「……目が覚めてよかった……ってお前は誰だよ。クレハは知っているみたいだけど」
「名はメイレー、神である」
「神……様?」
「うん? なんで怖そうな顔をしているんだ」
「だって神は人々を消そうとしているから……私達を殺そうとして」
「あー、それは僕じゃないね。でも僕かもしれないね」
「どういうこと?」
「邪教……彼らが求めている神は僕の半身でもあるが、その神は《悪意》に満ちている。それ故に神の贈り物から生み出された『浄化の光』をその神は持たず、《悪意》だけを取り込み、かつての二つ名である『悪意の光』を持っている。そして本来の『浄化の光』は優しき司祭の手によって守られて、僕が生まれた際にその力は宿った」
「司祭って……さっき夢に」
「君は共鳴によって繋がってしまった。だから見えてしまったのだろう」
「……話が分からないのだが」
「あのね、エイル。私には『影の守護者』の力があるの。でも疑似的能力の中にあることは分かっても、どれかは分からなかった。あの深い闇の夢を見るまでは……。指輪が黒色に染まる時、『影の守護者』は動いていた」
「そしてその力は今、神によって歪められた研究者達に弱められている。疑似的能力に組み込むために……だが、その他の三つの力も不要というわけではない。『二つの世界』の記録を参考にしたというならば、違う形で力を貸してくれるかもしれない」
「だから分からねぇって」
「うーん……」
「エイルくんはまだ見えていないのだな」
「見えていないってなんだよ!」
「いいや……その決意が本物ならばきっと見えるようになる」
「訳の分からないことを……まぁいい、お前は神であるが敵ではない。そういうことだろう」
「敵ではないよ。むしろあの偽りの神を倒さなければ」
「……メイレー様」
「どうした?」
「あの音がもし『詩の音色』なら……」
 メイレーに問いかけるクレハの顔は青ざめており、続くはずの言葉は何も発せられなかった。エイルは分からず見ていたが、メイレーは『詩の音色』がどのようなことを起こすのか分かってしまい、彼もまた黙っていた。
「あの音を聞いてはいけない」
「おい! どうしたんだよ、クレハ」
「エイルくん、君の仲間は行ってしまったのか」
「行ったって……作戦通りならもう」
「……どうしよう。みんな死んじゃう」
「え?」
『……こちら……』
 唖然とするエイルの無線機に弱々しく声が入っていた。しかしその声が誰のものなのか理解する時間はなく、それどころかその声は誰の耳にも入っていなかった。

 それはクレハがまだ眠り、トランとガットがまだ病院にいた頃、ランとフォルトはいち早く、能力の反応が強く出た場所に向かっていた。その近くを集合地点として設置し、残りの二人と合流することとなっていた。その場所に近づくたびに聞こえてくる謎の音にランは少し気分が悪くなっていた。
「……変な音だな」
「大丈夫?」
「ちょっとやばいかもな。フォルトは平気なのか?」
「今のところは何ともないかな」
「フォルトが平気で俺がダメなのはなんで?」
「分からない……」
「まぁ、今だけだろうな」
「……辿り着きそうだよ。あれ? ここって教会……でも」
「崩落してんな。だがあれは……リコレか」
 二人が足を止めたのはかつて教会が立っていた場所だったが、今はその白い色も形も失って崩落していた。だが崩落しているにもかかわらず、ピアノは傷一つなく黒い輝きを見せ、そこに座って奏でるリコレは目を閉じていた。しかし近づこうとする二人の気配に気づいたのか、そのピアノの音色は止まった。
「……やっと来たか」
「リコレ……」
「いや、まだかな」
「おい! なんだよこの不快な音は」
「……あなた達はお呼びじゃない」
「何を言ってんだよ」
「俺は『影の守護者』にこの音を聞かせていたのに……どうして来たのはいらない能力なのですか?」
「……操られているのか? リコレ」
「操られている? いいえ、俺は……ユーベル様のために動く者」
 リコレは立ち上がり、二人に見えるように姿を現した。その目は赤く染まり、手から生み出された謎の光を放つ液体は小さなハープとなって、その弦を鳴らした。するとランは音から遠ざかろうと後ずさりし、フォルトはその場で耳を塞いだ。
「珍しいこともあるようだ」
「リコレ……お前は知っているんだろう?」
「この世界とは違う外部の存在」
「……そう。俺は女神様と呼んでいる」
「邪魔な力だ……だが完全には防げない。この『詩の音色』は」
「……埋め込まれたのか」
「与えられたのだよ。『死者の瞳』とともに」
「二つ!? それで良く体が持っているもんだ。それもユーベルというやつの仕業か」
「……話過ぎたな」
 リコレが持つハープは形を変えて剣となった。それと同時に集まってくる化け物達。その中にイエニアの姿もあったが、その顔は他の化け物達と似つかないようなものとなっていた。疑似的能力も天性的に与えられた能力も奪われてしまえばただの人間に過ぎず、何も出来ないまま殺されて、化け物として復活しても神の道具にしか過ぎなかった。
 二人は化け物達に囲まれて、リコレは一瞬にしてフォルトに近づいて剣を振り下ろそうとした。しかし不快な音が止んだおかげで回復したランが間に入り、その剣はランが持っていたナイフで防がれた。「あー……殺せたと思ったのに」とリコレが残念そうに言いながら少し距離を取った。
「ラン! 大丈夫なのか?」
「音が止まれば何ともないさ……それよりフォルト、援護を頼む」
「……わかった」
 そう言いフォルトは目を閉じて集中した。灰色に染まった雲が雷を落とす前に、その空を快晴に染め上げる。雲一つない空に程よい風が吹き、その風はランの能力の一部となっていた。しかしそれを読んでいたようでリコレは不気味にニヤついていた。手にしていた剣を地面に突き刺し、形成していた謎の光を放つ液体が染み込むと、空はたちまち色を失って砕け散ったが、すべてが元に戻ることなく半分だけが灰色になっていた。
 フォルトは能力を反転させられ、その攻撃をくらったことで体が耐えきれず口から血を吐き出していた。
「ぐは……」
「まぁまぁってところかな」
「フォルト!」
「でもまだ邪魔するんだね」
「リコレ……てめぇ」
「うん? 君が先に戦うの? いいけど……すぐに倒れないでね」
 リコレの笑いとフォルトの状況に怒りを覚えたランは仲間という意識がなくなっていた。殺さなければならない敵として認識してしまい、その殺意は能力の暴走という形で表れていた。得意の投げナイフを駆使して、リコレの後ろを取る動きをしていたが、何故かすべて防がれてしまった。それどころか、ランの速度変化の能力を対処しきって、彼の方が剣で切られて傷だらけになっていた。
「何が……どうなって」
「あれれ? というかやっぱりというか……並の能力では神には勝てない」
「……」
「君には選択肢はない……ここで死ぬだけだ」
 ランの体を貫こうとする一刺しが行われようとした時、彼の視界は暗転し、次見た風景にはガットとトランがいた。そこにはフォルトもいたが、大量の血を吐き出したせいか気絶していた。
「……痛っ」
「ランさん!」
「ガット……か」
「遅くなってすみません……あと少しで包帯巻き終わるので」
「トランは……フォルトの方か」
「はい」
「リコレは……あれは……神の影響を」
「神ですか」
「ああ……あいつの意思は神に乗っ取られていると思った方がいい。それどころか俺の能力を封殺しやがった。フォルトは無理をして耐えた結果、あのざまだ」
「え? 封殺って……ランさんもフォルトさんも強いはずなのに……」
「それに『詩の音色』と『死者の瞳』の二つを宿している」
「……」
「絶句するのも無理はないが、あれに勝たなければ……クレハとエイルが危険な目に遭う。だから俺はまだ戦う……たとえ死ぬことになっても」
「……死なせはしません。速度が耐えられても、俺の空間移動の能力を防がれるでしょうか?」
「それはまた別の話だな……それに二人なら勝てるだろう」
「二人だけじゃないよ。僕もフォルトもいるし」
「トラン……それにフォルト、大丈夫か?」
「後ろからの援護だったら僕が守れるし……」
「俺を置いていくなよ。心配すんなって……早々に死んだりしねぇよ」
「……よし! 第二回戦行くぜ」
 ランの呼びかけに「おー!」と重なる三人の声。しかしフォルトの手は他よりもゆっくり上がっていた。外傷で何とか済んでいるランより深く傷ついているであろうフォルトは心配させないように声を出しているが、明らかにその声は弱っていた。「行きますよ」とガットの呼びかけに頷き、四人はリコレがいた近くの場所に転移した。しかし不快な音は再び鳴っており、ランは「またか」と呟いた。
「あれが『詩の音色』……ですか?」
「ああ、ひとまずあれを止めよう」
「なぁ、作戦は何も聞いていないのだが」
「トラン先生はフォルトさんを守っていてください。俺とランさんでリコレさんを止めますから。フォルトさんは援護をお願いします」
「わかった。ただ限度というものがあってな」
「そんなこと言っている場合かよ! 俺らは何のためにここにいるんだよ」
「威勢がいいのはよいが、無理だけはするなよ。フォルト」
「お前もな……ラン」
「さて、行きます」
 ガットはランの手を取り、リコレの前に転移した。それを遠くから見ていたフォルトはすでに化け物達に囲まれていることに気づいていた。だからトランに何も言わずに集中し始め、地面は少しずつ凍りついていた。その地面を踏んだ化け物達の体は氷像のようになり、そこには白い雪が降り積もっていた。
「寒っ……」
「ごめん、トラン……もういたから」
「それはいいが……ランやガットの方までやってないだろうな」
「それは大丈夫……でもあいつらの所に化け物が行ったら対処が……」
「……一回この状態を解除して」
「え? 何言ってんのさ」
「ここの化け物は僕が対処する。だからフォルトはランとガットの方に集中してほしい」
「一人でやる気? 馬鹿じゃねーの」
「確かに馬鹿な行為さ。でもな、これは死ぬ気でやらなきゃいけないことだろう。だったらこの能力の限界値ってものを試したくないか?」
「……ほんとに。でもまぁ、俺も似たようなことしているし……任せたよ、トラン先生」
 凍りついていた化け物達の体が溶けて水があふれていた。フォルトはランとガットの方を見ていたが、一瞬だけトランの方を見た。トランの周りにいる得体の知れないもの達、それがどんどん数を増やして彼の目は暴走状態の赤い瞳に変わっていた。化け物達は彼の周りにいる得体の知れないもの達を視認したと同時に崩れ落ち動かなくなった。動いているものも周りが見えなくなり、残された精神力さえ奪われて狂って、化け物同士で殺し合っていた。どこにトランが立っていようが、化け物達が彼を襲うことはない。またフォルトにも一体の得体の知れないものが配置されていた。しかし何度繰り返して、トランの能力をくらっていたため、彼には効かなくなっていたが、化け物達には容赦なく、彼のそばには大量の化け物の死体がたまっていた。
「あー、楽しいね。君達はどんなものを見せてくれるんだい」
「……あんだけいたらどれくらい持つだろう。よし! 俺も」
 フォルトが思い浮かべるのは快晴の空、それに繋がる太陽の光。その暑さを考えて燃え盛る炎が彼の周りに複数の魔法弾として現れた。リコレを相手に苦戦しているランとガットのもとにそれを飛ばした。

 リコレのもとに転移したランとガット、二人が来たのを彼は喜んでいた。しかしすぐさま、後ろにいた二人を視認したのか、不機嫌な顔をした。彼の手にはオカリナがあって、先ほどまで『詩の音色』を発動させるために使用していたものだとランは理解した。
「また来たのですか? それに二人……いや四人か」
「リコレさん! 何をやっているんですか!」
「……ガット、こいつに呼びかけても無駄だ」
「……さぁ、さっきの続きでもしましょうか」
「今度は取り戻す」
「二人でいいですよ。並の能力で俺に勝てないのですから」
 リコレは余裕そうに挑発し、ランはそれに乗った。ガットは転移を駆使して背後を取ろうとするものの、彼が持つ剣が二本になったことで防がれてしまった。しかし埋め込まれた謎の光を放つ物体が体から離れようとしていた。だがそれに気づいたのか、二人の動きを止めている間にリコレはガットの方を見た。
「あなたの寿命はどんな味がするんでしょうね」
「え?」
 リコレの目にはガットが映り、そこには彼の寿命が映っていた。『死者の瞳』、本来ならばその人の寿命と死の日を見るだけなのだが、《神の悪意》に触れた結果、変異し見た者の寿命を吸い取って神に与えるのと死に追いやる《能力》になっていた。見つめられたガットの体は自由が利かず、そのまま倒れ込んだ。ランはそれを見て怖くなり、リコレから離れた。
「何をした?!」
「死んではいませんよ。でも……あと一日の命でしょうか」
「……一日?」
「そう『死者の瞳』が神の命となる……そのための寿命だ。君も」
 気づけばリコレはランのそばにいた。能力で逃げようとも彼にはもうそれは効かない行為だった。だがフォルトの放った魔法弾によって、リコレは軽いやけどを負っていた。
「ちっ」
「熱そうだな」
「ただの子供だまし……喰らわないのもかわいそうだと思ってね」
「どれだけ苛立たせれば気が済む」
「さて……あとはお前だけか」
「はぁ? フォルトとトランがいるんだけど」
「馬鹿なやつだ。ここにいるのが俺だけだと思っているのか?」
「……?! まさか」
「あまり時間をかけすぎてしまった。『影の守護者』は現れないし……ユーベル様に怒られてしまった。だからもう終わりにしよう。お前は特別に」
 言い終わる前にランは逃げようとしたが、それを予測していたのか地面から剣を伸ばして体を貫いて、その剣は地面に消えて、リコレの手の中に戻っていた。血が出ているにもかかわらず、ランは座りながらリコレを睨みつけていた。
「まだ生きようとするか……だが」
 リコレの目はもうランを捉えていなかった。背を向けて歩き出し、ランが意識を失って倒れる音だけが響いていた。

 化け物達はトランの能力で狂い、仲間内を繰り返していたが、徐々にそれに耐える者が出てきていた。炎の魔法弾をリコレに当てた時、その一部が空中で消化されていた。フォルトが背後に何かいると思った時、すでに得体の知れないものは潰されて、そこにはユーベルが立っていた。
「リコレも甘いな。あんなちっぽけな能力……『死者の瞳』で壊してしまえばいいものを」
「お前は!」
「女神に愛された子よ……お前の力はあまりにも強すぎる。だが故にその反動は大きい」
「だから何だよ! お前を殺せばすべてが終わる。そのための力だ」
 フォルトはそう言いながら吹雪から氷を、太陽から炎を、雷雨から雷を、強風から風を魔法弾にして、大量に増やしていた。大量の血を吹き出しながら無理やり起こしていた。たとえそれによって死ぬことになっても、倒すことが出来ればそれでよかった。しかしユーベルは「ふむ……」と余裕そうにして、フォルトから放たれた魔法弾をすべて受け切った。フォルトは唖然としながらその反動はすさまじく、「ごめん……」と呟きながら倒れていた。
「良き力であったが……我には勝てぬ」
「それはどうかな?」
「……怯えているように見えるが」
「そうなのかな? でも僕は皆のために狂った。それが正攻法じゃなくてもね」
「お前もその身に宿した能力……我らの力になりえたはずだ」
「化け物と一緒にしないでよ。確かにみんな僕を見て狂っていったよ。でもフォルトだけは違ったんだ。彼だけは狂わなかった。なのに……僕の大切な仲間を殺しやがって」
 ユーベルを見て怯えていた得体の知れないもの達さえもトランに同調して狂い始めた。それによって化け物達は敵味方関係なく殺し合い始めた。それはトランにもユーベルにも向けられ、両者傷を負いながらも、ユーベルは回復魔法のせいで、トランの方が傷だらけになっていた。それでも能力の暴走は止まらず、トランは踊り続けていた。


 負傷した鳥達が語っていたことを伝えるために、研究所を飛び出し馬を走らせて、マウムは病院にやってきた。看護師に「急用だからスヌイを呼んでほしい」と頼み、急いで連れてきてもらった。スヌイもまた嫌な予感を察しており、何処かへ行こうとしていたところだった。
「……あいつらが死んだかもしれない」
「……」
「受け入れたくないのは分かるが」
「死ぬことは許さない」
「許さないって……俺だって、あいつら……研究所の中でもかなり強い部類にいたから勝てると思った。なのに」
「……今はやらなければならない」
「何をするつもりだ」
「あれは私のものだ」
「?」
「『死者の瞳』……あれは元々私のものだ。そうだったのだろう……ユーベル」
「おい! さっきから何を……正気に戻れって!」
「正気だよ……死神が言うんだよ。〈あれは壊された だが 本当の持ち主ではないから使えない〉って」
「おいおい……冗談はきつい。だがもしクレハやエイルにそのようなものが見えたのだとしたらおかしくはないのか……でも」
「だから私は行くよ。偽物のもとへ」
「行かせるか!」
 しかしマウムの説得も虚しく、スヌイの足は動いていた。その腕を掴むことも出来ず、彼は病院を後にして、『死者の瞳』に引き寄せられるがの如く歩いていた。それを知らないクレハとエイルもまた病室から外に出て、『光の天使』を使って飛び、四人のもとへ向かっていた。メイレーとは別行動をすることとなり、いったん離れたが、神の加護を少し受けて疑似的にエイルも飛べるようになっていたが、手を繋がなければその効果がなかったため、「離さないでね」と何度も注意しながら急いでいた。

 一人残されたマウムは病院に向かって襲い掛かる大量の化け物達を見ていた。自分には攻撃する手段がなかったが、一緒にいたチワワは叫んでいた。何度も同じ言葉を繰り返した。それは〈出来ることをやろう〉だった。化け物達は少しずつ病院に近づいていた。ここを避難所として指定されていたものの、このざまではすぐに落ちてしまうと理解していた。だがマウムは動けなかった。チワワは彼のズボンのすそを噛んで引っ張ろうとしていた。すると小さな無線機が何か喋っていた。
『こちら……アシビ、誰か応答してくれ』
「……アシビ」
『マウムか! 今どこにいる』
「病院にいるよ」
『そっちに化け物が向かっている』
「知っている」
『お前はいいだろうが、そこにいる看護師や患者は逃がせ』
「……どこに?」
『研究所の地下だ……知っているだろう』
「うん、緊急時の空間……」
『パスワードは知っているな』
「わかっているよ……だからアシビも気をつけて」
『ああ……』
 そうして無線の音は消えた。マウムは一瞬考えたが、その思考はすぐに取っ払い、足は動いていた。病院の指揮を取るなど出来るのか不安だったが、看護師に混ざってシャロがいた。シャロは自然気配の能力によっていち早く、化け物の気配を感じ取り、病院にやってきたのだと言っていた。
「さっきアシビから聞いて思い出した。研究所の地下には空間があって、かなりの人数がそこに避難できる。だから俺についてきてほしい」
「わかったよ……化け物の回避については私に任せてほしい」
「大丈夫?」
「攻撃の手段はないが……」
「攻撃なら微力だけど生き物達がやりたがっているから……みんな守りたいって」
「ありがたい」
「俺は先に行って開けておくから……あとはお願い」
 マウムはチワワを連れて、病院を出た。馬に乗り、よしよししながら会話をして、そのまま研究所の方に走り出した。化け物達が馬に触れようとするが、それをチワワが叫んで制していた。そして研究所に辿り着き、地下への入り口の近く、厳重に固定された音声機能があった。そこにパスワードを言うのだが、彼はそれを教えられた一人であった。
「パスワード……『十字架』」
 そう言うと地下の入り口が開き、自動点灯でだだっ広い空間は一瞬にして明るくなった。彼はパスワードの意味を理解していたが、それを誰かに伝えたことはなかった。
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