二つの世界の終着点 第三章(1/5)
公開 2023/12/17 15:10
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第三章 生まれ変わりの天使と因縁の神との最終決戦
疑似的能力が引き起こした最悪な事故 不気味な花が生み出した試練
その二つの引き金に消えたはずの神が関与するならば
壊れた未来を再生する もう一度 託された運命が動く
深い闇、何もない空間。その目覚めは二度とこないはずだった。けれどその場所で少年は目を覚ました。光り輝く天使と世界を書き替えるために使用したはずの懐中時計とともに。大切な人を守るために自らの存在を犠牲にして、救い出したはずの世界は数千年という長い年月の中で元に戻ってしまった。《能力》は解き放たれ、《神の悪意》が目覚めた。しかしすぐに少年の姿が作られたわけではなく、天使がある余波を感じ取ったからその姿は再生した。それは大切な人の魂だった。不幸な《能力》を得る前に、それに巻き込まれる前に助けなければならないと少年は思った。
天使は神に反逆した者として処理されていた。天使の贈り物と言いながら、元は神が持っていた力。しかしそれが人々を消すために使用されると知った天使は盗んでまで、その力を神に使わせないようにした。か弱き少年に出会った時、天使は彼の心が濁っていないことに気づいた。彼ならば選択を間違えないかもしれない。その力は彼に植え付けられた。だがそれは重荷であり、運命を変える力が分離して、彼には時を止める能力が与えられ、首には懐中時計がかかり、天使と出会った記憶がなくなった。
その他の贈り物によって強力な能力を得た者達が集まり始め、『浄化の光』にのまれ神に体を奪われた司祭による人々を消去する儀式を発動させようとしていた時、彼は天使との記憶を取り戻し、自分の存在が誰にも認識されなくなると分かっていながら、大切な人を守るために、運命を変える力を使って《能力》は消えて、それと繋がっていた《神の悪意》が消えた。
「どうして人は気づかない。過ちを繰り返す」
「そういう生き物なんだよ」
「長い間、ずっと一緒にいたのに君は壊れなかった」
「そうなのか? ずっと眠っていた感じがして、一緒にいたと思えないが」
「うん。君は眠っていた。それを見ていただけ」
「彼女が待っている」
「それはすでに彼女ではない」
「知っている。それでも守ると約束したんだ。たとえ何もかも変わってしまった世界であっても」
「……じゃあ、この力もまた使わなきゃいけないな」
「そうだな。どうせ認識することすら出来ない命、後悔など何もない」
「さぁ……行くか」
何もかも失われた無の世界から少年と天使は手を取り、再びあの世界へと降り立った。しかしその会話を外の世界で維持することが出来ず、また天使は何かの妨害に遭い、少年と離れ離れになってしまった。
空間転移の能力によって病院に辿り着いたマウムとガット。二人の目的はあの花と化け物達から聞いた内容を語るためと、スヌイが何故、研究所が爆発した日にマウムを呼び出したのか知るためだった。静かすぎる病院の廊下を歩き、スヌイを探してみたがなかなか見つからず時間を浪費していた。しかし窓の外に止まっていた小鳥達の話に耳を傾けたマウムのおかげで、スヌイを見つけることが出来た。
「……いた」
「マウムとガットじゃないか! マウムも無事に戻ったんだな」
「そんなことよりあの話をしに来た」
「あの話? ……あっ、もしかして化け物のことか」
「うん」
「それはいいが、ガットはどうしてここに? マウムだけなら一緒に来なくても能力は使用できるのではないか」
「まぁ、そうですが。先ほど俺とリコレさんとテレさんで会議をしていて、その話をスヌイさんにも伝えておこうと思って」
「それは嬉しい。後でテレさんから話は聞こうと思っていたがちょうどいい。空いている部屋を探すから待ってな」
大量のカルテを所持したまま話し続けていたスヌイは一度机に置いて、時間的に空いている部屋を探していると、あっさり見つかって二人を案内した。その部屋はベッドが一つ置かれていたが、椅子が乱雑になっていて、カーテンは閉め切ったままだった。電気をつけなきゃ暗すぎる部屋に少しばかりの不安感があったが、ためらうガットを無視してマウムは気にせず足を踏み入れた。電気もつけずに入ろうとするマウムを気にして、スヌイが電気をつけてそのまま扉を閉めようとしたため、ガットも仕方ないなと思いながら急いで中に入った。乱雑に置かれた椅子を持ってきて、スヌイとマウムが向かい合うように座っていた。マウムの足にチワワが座って彼は頭を撫でていた。ガットはその様子を見ながら、廊下側の壁に椅子を引いて二人を見るように座った。
「さてどこから話そうか」
「……花の話を聞きたい」
「テレさん経由で……というかガットから聞いていないのか?」
「ガットからは何も聞いていない。子供の姿から戻ってすぐここに来たから」
「あーそういうこと。研究所では散々動物実験が行われていたが、病院ではそういうことは行っていない。ただそれ以外で出来そうなこととなれば難しかった。だが病院には私以外の能力者もいるもんで、魔法や能力を感知できる人間がいた。その人に頼んで調べてもらったら、あの花は人間にのみ作用する成分で構成されているが、この地上で咲くためには非常に難しい部類……というより咲くはずがないって言っていた」
「……神か」
「マウムはそう考えているのか」
「化け物達の言葉から察するにそう考えている」
「その……彼らは何を言っていたんだ」
「世界は一度、書き換えられた。運命を変える力によって少年の存在が犠牲になろうと守りたかった世界には一人の少女がいた。それによって《能力》とそれに繋がっていた《神の悪意》が消え去り、呪いは解き放たれた」
「えっと……運命を変える力と少年と《能力》と《神の悪意》……それから呪いか」
「呪いに関しては俺も分からないから少し省いてくれ」
「わかった。まず私が知っていることだとテレさんの話になるんだが、神に関する資料から《悪意》について……贈り物だっけっか。少し曖昧だけど、その《能力》の一部だったんだよな。確か表記は『浄化の光』だったとかなんとか」
「結構調べたんだ……テレさんもやるね。まぁ少し間違っているんだけどな。確かに『浄化の光』は《能力》だった。純粋な心を持った者が神に祈り、その声を聞いた神が与えた力であるが、この力には二つ名が存在する。別名『悪意の光』……後に神はその純粋な心を持った者の体を乗っ取り、その光をもって人々を浄化という名目で消そうとしていた」
「でもその言い方だと失敗している」
「スヌイの言う通り、失敗しているよ。天使によって……運命を変える力によって」
「そこで出てくるのか! ん? 天使?」
「化け物達は総じてそれを『運命の歯車』と言った。それこそ運命を変える力……天使の贈り物によってもたらされた最後の《能力》にして最初の《記憶》」
「《記憶》?」
「その力を扱った少年は天使から運命を変える力を託されていたが、あまりにも強すぎる願いによって力は分離した。運命を変える力は時を止める能力として弱まり、記憶は懐中時計の中に仕舞われた」
「ちょっと待て」
「スヌイの言いたいことはわかる。エイルのことだろう」
「まさかとは思うが」
「……懐中時計に関する記憶だけが戻らず、それ以外は戻った。それに彼には時間操作の能力がある。まぁ普通、変だと思うよ」
「あの……」
「どうした? ガット」
「話を止めてすみません。ただこの話が関係あるか分からないのですが、エイルに関してのことです。あいつ……たまに変なことを言っていて、『取り戻した記憶、なんだか自分のものじゃない気がするんだよ』って……おかしいよ。他人の記憶って認識しているってことはエイルは本当にエイルなのでしょうか」
「……」
「俺も変ですよね」
「そんなことない。むしろそれではっきりするかもしれない」
「マウム?」
「スヌイ、ガット……これは可能性の話だ。エイルという人間は存在しているが、その命は別のものかもしれない」
「その命が犠牲となった少年の可能性」
「そう……ただの可能性。だから間違っているかもしれない」
「それなら調べた方がいいのでは……でも」
「方法はいくらでもある……第一にエイルから聞けばいい」
「……確か今日は……トランと会う日だったな」
「じゃあ……と思いましたが、あいつ……ランさんとフォルトさんの件で家から出なくなってしまっているんです」
「それに関してはトランも知っている。だから今頃、訪れているんじゃないかな?」
「それなら」
何かを続けようとしたマウムの声を遮るようにチワワが騒いでいた。「どうした?」とマウムはチワワに問いかけるが、その声を無視してというか聞こえていないのか分からないまま、意味不明な言語を発していた。しかしすぐに落ち着いて〈さっきのは何?〉と言っていた。そして彼の足から飛び降りて、閉めたはずの扉が開いていて、そこから出て行ってしまった。それを追いかけるためにマウムは立って、次にスヌイ、ガットと立ち上がって走り始めた。チワワが止まり吠えていた場所には強い光が放出しており、それが治まるとランとクレハが倒れていた。
一方その頃、トランはエイルのもとに向かっていた。スヌイからの連絡で事の発端を知ったわけだったが、エイルの行動について少しイラついていた。玄関についてインターフォンを押すと、何の音もせずに扉が開き、エイルが出てきた。
「……忘れ物でもした……ちが」
「……エイル。元気にしていたか?」
「トラン先生……」
「どれだけ痩せているんだよ。ちゃんと食べているのか? 上がらせてもらうぞ」
エイルが拒否しようと動き出す前に、扉の主導権をトランが取った。痩せ細ったエイルの体ではそれを押し返すほどの力はなく、仕方ない感じでトランが入ってくるのを見ているしか出来なかった。扉がひとりでに閉まり、トランが家の中に進むと所々散らかっていた。少し部屋の様子を見つつ、リビングにあるテーブルにトランが持ってきていた鞄とビニール袋を置いた。ビニール袋には二つの弁当が入っていた。
「買ってきていてよかった」
「……なんで」
「なんでって、ただの引きこもりが!」
「う……分かっています。クレハを一人にしていることは」
「その話をしに来たが……その前に食え。僕も昼はまだ食べていないから……どうせ食べるものないんだろう」
「……はい。いただきます」
震える手で割り箸を握るエイルにトランは心配したが、一口ご飯を運ぶとその震えはおさまり、その後は何事もなく食べ始め、トランよりも先に完食して、容器を水にさらしていた。それを見てトランも喉に詰まらせない程度に急いで食べて、二つの容器はビニール袋に入れて結び、ごみ箱に捨てた。
「……ごちそうさまでした」
「そんなに美味しかったのか」
「……まともな食事をしたのは……いつぶりだろうか」
「おいおい……そりゃ、ガットが心配するわけだ」
「ガットが」
「ああ、事の発端はスヌイから聞いたが、ガットもたまに僕の病院に来ていてね。その時、お前とクレハさんの話も聞いたんだよ。それを聞いてどうしてお前達は馬鹿なんだって思ったよ」
「馬鹿?」
「クレハさんは嫌がることをしたくないと言って、お前に無理強いしなかった。だが本当は助けてほしかった。そもそも一人で二人の相手は無理だ。それにあの二人となると何が起こるか分かったもんじゃない」
「言われなくても分かっているよ。……分かっているけど」
「そしてお前は……お前が馬鹿だな」
「さっきから馬鹿って……なんだよ! クレハを想って何が悪い!」
「やっぱりな……はぁ。ただの嫉妬野郎が! 子供に取られたくらいでいじけるなよ」
「……!」
「まったく図星か。まぁ他のやつらも気づいていたことではあるが……どれだけすれ違うんだか」
「え?」
「まだ分からない? クレハさんはお前のことを想い続けている」
呆れた様子で話し続けていたトランだったが、エイルが小さく何かを呟いたのを見逃さなかったが、声の大きさ故に聞こえなかった。それについて聞き返そうとしたが、ふと精神喪失の能力を使おうとして、それが使えなくなっていることに気づいた。今までそんなことはなく、エイルに対しても使用できていたのに、それを否定された。
「……何が?!」
「トラン先生……」
「お前がやったのか」
「分からないよ……僕は一体誰なんですか? たとえクレハが僕を想っていたとしても、それはエイルであって、僕ではないのかもしれない」
「何を言っているんだ? エイル。お前はエイルだろうが」
「……今まで思い出した記憶に関しての話をしました。けれどどれも見覚えがない。他人の記憶を鑑賞している気分だった。僕の記憶は最初から空っぽ……最初からなかったんだよ」
「それは本当か? 今までそんなこと聞いたことないが」
「……クレハとガットにしか言っていない。スヌイ先生には嘘をつき続けた」
「信用できなかったのか」
「はい……変なことを言ったらますます実験に回されると思って……ガットには流されてしまったけれど、クレハはそれを受け入れてくれました」
「なら裏切らない方がいい」
「え?」
「クレハのことだよ。彼女は受け入れた、何があろうとも。ならばその想いが嘘ではないことはすぐにでもわかるはずだ」
「……しかし」
「なんでかな。あと一歩が踏み出せないんだか」
トランは何度目か分からないため息をついて立ち上がり、エイルのもとへ行くとその腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。そして引きずるように玄関の扉まで向かった。
イエニアは信者達を集めてとある場所に向かっていた。それはユーベルが封印されている場所。かつて神から与えられた果実を口にして、強力な力を得てなお副作用で化け物になることなく、人の姿のまま魔法をふるい続けた結果、脅威として愚かな人間どもに封印されてしまった。イエニアはその封印を解くため、信者達の命がどうなろうとも関係なかった。信者達はそんなこと知らず、会える喜びに支配されながらついてきていた。その後ろにリコレが虚ろな目をしながら歩いていた。
「さぁ着きましたよ」
「……」
イエニアの言葉に信者達は止まるが、リコレはその声に反応せず進んでいた。止めようとする信者にイエニアは首を振り、「大丈夫」と言った。ひとりでに進むリコレだったが、封印を解こうとする者達への罠が張り巡っており、その一つとして見えない印が空中に刻まれていた。それは何もしない者には無害な術式だが、解く者には一切の躊躇もなく殺すための攻撃が放たれるものだった。しかしリコレは難なくかわし、彼の手から生み出された剣によって、捕まえようとした鎖は切られ、術式はすべて破壊された。
「……これで」
その声とともに今まで見えなかった巨大な扉が突如として現れ、それはゆっくりと開かれていく。信者達は喜んで進んでいくが、イエニアとリコレは完全に開いてもすぐに入ることはしなかった。それもそのはず、中にも罠があり、信者のほとんどが何も知らないまま死んでいった。飛び散る血が封印されているユーベルにかかり、その赤は光を放っていた。
「さて」
「……」
二人が入る頃には発動していた罠は少なくなり、中には信者達が頑張って破壊した後もあったが、健闘虚しく生き残ることは出来なかったようだった。しかし少なくなっているだけでまだ機能していたため、リコレが作り出した剣は変形して弓矢となり、謎の光を放つ矢を射て、着地点に黒い蜘蛛の巣のような網を張った後、それから流れ落ちた闇が侵食して使い物にならなくなった。術式は闇にのまれて停止した。
すべての罠が起動ないし破壊ないしされて、ユーベルに施されていた封印の術式が剥がれ落ち、石像になっていた彼の体は色を取り戻し、二人は彼が目覚めるのと同時にその姿を見た。
「……ほう」
「ユーベル様!」
「おやおや……我の目覚めをありがたいね」
「私はイエニア、こちらはリコレ」
「イエニア……リコレ……なるほど。リコレよ、その力は使えておるか?」
「……わからない」
「そうか……その様子だと『詩の音色』はまだ使っていないな」
「何? その力」
「楽器を弾いていればいい。そうすれば我の……神の糧となる」
「弾く? わかりました。ユーベル様の仰せのままに」
「イエニアと言ったな」
「……はい!」
「ここに散らばった死体はお前が連れてきたのか?」
「そうです。封印を解くためには贄が必要だと書かれていましたので」
「……いらぬ」
「え?」
「死体はいらぬと言ったのだ! 生きている者はいないのか!」
「……いません」
「イエニアよ……お前に与えていたものは意味がなかったようだ」
向けられた言葉に絶望し、立ち続けるのを足が否定して跪いた。顔を隠して下を見続けるイエニアにユーベルはさっきまで手にしていなかった杖を何処からか呼び寄せて、彼の頭の上に乗せた。すると杖に反応してイエニアの体は強制的に立ち上がらせられ、周りの死体も立っていた。死体からかすかに残された命の熱を集めてユーベルは吸収し、イエニアから謎の石を奪った。それはリコレに埋め込まれたものに似ていたが、何か描かれていた。
「リコレ……ここに来なさい」
「はい、ユーベル様」
「この『死者の瞳』……君ならば使いこなせるだろう。ただ体が持つかどうか」
「……」
「まぁ……いっか。さぁ受け取れ」
ユーベルにとってこの地に存在する人間はすべてただの道具でしかなかった。だからリコレがどうなろうと関係ないことだった。その力が使えないのならまた別の人間でも探して埋め込めばいいと思っていた。しかし受け取ったその石を取り込んだリコレの体に何の異変もなかった。
「……何もなかった」
「珍しいこともあるようだ……リコレよ。そのゴミの死はいつだ」
「ゴミ? ああ、イエニアのことか……まだ先。修正されて延ばされた」
「力はちゃんと機能しているようだ」
「これが『死者の瞳』? いらない力」
「いや、必要なのだよ。神をこの地に限界させるためには……あと一つ、いや二つか」
「それは何でしょう?」
「一つは『影の守護者』、もう一つは『運命の歯車』……だが」
「だが?」
「天使は裏切り者だ。だから『運命の歯車』は見つけ次第、破壊しろ! あれがあっては神がまた消えることになる。『浄化の光』でさえ『運命の歯車』は止められないからな」
「ならどうやって?」
「懐中時計を持つ者を殺し、それを壊せばいい。さすれば使うことすら出来なくなるだろう」
「わかりました。すべてはユーベル様のため」
「それだけではないぞ。我の目的は神のために……この地をあの日のように浄化する」
「……はい。それよりも」
「このゴミはここに置いていけ。いずれにせよ死ぬことが出来ないのならば……」
リコレとユーベルはイエニアを残し、肉を無くし骨となった死体を踏みながら扉に向かい、その扉は二人が出ると消えてしまった。しかし扉が消えるのと同時に骨となった死体は無くなってしまったのに、イエニアは出てきていた。それを知らぬまま、二人はゆっくりと何処かへ行ってしまった。
疑似的能力が引き起こした最悪な事故 不気味な花が生み出した試練
その二つの引き金に消えたはずの神が関与するならば
壊れた未来を再生する もう一度 託された運命が動く
深い闇、何もない空間。その目覚めは二度とこないはずだった。けれどその場所で少年は目を覚ました。光り輝く天使と世界を書き替えるために使用したはずの懐中時計とともに。大切な人を守るために自らの存在を犠牲にして、救い出したはずの世界は数千年という長い年月の中で元に戻ってしまった。《能力》は解き放たれ、《神の悪意》が目覚めた。しかしすぐに少年の姿が作られたわけではなく、天使がある余波を感じ取ったからその姿は再生した。それは大切な人の魂だった。不幸な《能力》を得る前に、それに巻き込まれる前に助けなければならないと少年は思った。
天使は神に反逆した者として処理されていた。天使の贈り物と言いながら、元は神が持っていた力。しかしそれが人々を消すために使用されると知った天使は盗んでまで、その力を神に使わせないようにした。か弱き少年に出会った時、天使は彼の心が濁っていないことに気づいた。彼ならば選択を間違えないかもしれない。その力は彼に植え付けられた。だがそれは重荷であり、運命を変える力が分離して、彼には時を止める能力が与えられ、首には懐中時計がかかり、天使と出会った記憶がなくなった。
その他の贈り物によって強力な能力を得た者達が集まり始め、『浄化の光』にのまれ神に体を奪われた司祭による人々を消去する儀式を発動させようとしていた時、彼は天使との記憶を取り戻し、自分の存在が誰にも認識されなくなると分かっていながら、大切な人を守るために、運命を変える力を使って《能力》は消えて、それと繋がっていた《神の悪意》が消えた。
「どうして人は気づかない。過ちを繰り返す」
「そういう生き物なんだよ」
「長い間、ずっと一緒にいたのに君は壊れなかった」
「そうなのか? ずっと眠っていた感じがして、一緒にいたと思えないが」
「うん。君は眠っていた。それを見ていただけ」
「彼女が待っている」
「それはすでに彼女ではない」
「知っている。それでも守ると約束したんだ。たとえ何もかも変わってしまった世界であっても」
「……じゃあ、この力もまた使わなきゃいけないな」
「そうだな。どうせ認識することすら出来ない命、後悔など何もない」
「さぁ……行くか」
何もかも失われた無の世界から少年と天使は手を取り、再びあの世界へと降り立った。しかしその会話を外の世界で維持することが出来ず、また天使は何かの妨害に遭い、少年と離れ離れになってしまった。
空間転移の能力によって病院に辿り着いたマウムとガット。二人の目的はあの花と化け物達から聞いた内容を語るためと、スヌイが何故、研究所が爆発した日にマウムを呼び出したのか知るためだった。静かすぎる病院の廊下を歩き、スヌイを探してみたがなかなか見つからず時間を浪費していた。しかし窓の外に止まっていた小鳥達の話に耳を傾けたマウムのおかげで、スヌイを見つけることが出来た。
「……いた」
「マウムとガットじゃないか! マウムも無事に戻ったんだな」
「そんなことよりあの話をしに来た」
「あの話? ……あっ、もしかして化け物のことか」
「うん」
「それはいいが、ガットはどうしてここに? マウムだけなら一緒に来なくても能力は使用できるのではないか」
「まぁ、そうですが。先ほど俺とリコレさんとテレさんで会議をしていて、その話をスヌイさんにも伝えておこうと思って」
「それは嬉しい。後でテレさんから話は聞こうと思っていたがちょうどいい。空いている部屋を探すから待ってな」
大量のカルテを所持したまま話し続けていたスヌイは一度机に置いて、時間的に空いている部屋を探していると、あっさり見つかって二人を案内した。その部屋はベッドが一つ置かれていたが、椅子が乱雑になっていて、カーテンは閉め切ったままだった。電気をつけなきゃ暗すぎる部屋に少しばかりの不安感があったが、ためらうガットを無視してマウムは気にせず足を踏み入れた。電気もつけずに入ろうとするマウムを気にして、スヌイが電気をつけてそのまま扉を閉めようとしたため、ガットも仕方ないなと思いながら急いで中に入った。乱雑に置かれた椅子を持ってきて、スヌイとマウムが向かい合うように座っていた。マウムの足にチワワが座って彼は頭を撫でていた。ガットはその様子を見ながら、廊下側の壁に椅子を引いて二人を見るように座った。
「さてどこから話そうか」
「……花の話を聞きたい」
「テレさん経由で……というかガットから聞いていないのか?」
「ガットからは何も聞いていない。子供の姿から戻ってすぐここに来たから」
「あーそういうこと。研究所では散々動物実験が行われていたが、病院ではそういうことは行っていない。ただそれ以外で出来そうなこととなれば難しかった。だが病院には私以外の能力者もいるもんで、魔法や能力を感知できる人間がいた。その人に頼んで調べてもらったら、あの花は人間にのみ作用する成分で構成されているが、この地上で咲くためには非常に難しい部類……というより咲くはずがないって言っていた」
「……神か」
「マウムはそう考えているのか」
「化け物達の言葉から察するにそう考えている」
「その……彼らは何を言っていたんだ」
「世界は一度、書き換えられた。運命を変える力によって少年の存在が犠牲になろうと守りたかった世界には一人の少女がいた。それによって《能力》とそれに繋がっていた《神の悪意》が消え去り、呪いは解き放たれた」
「えっと……運命を変える力と少年と《能力》と《神の悪意》……それから呪いか」
「呪いに関しては俺も分からないから少し省いてくれ」
「わかった。まず私が知っていることだとテレさんの話になるんだが、神に関する資料から《悪意》について……贈り物だっけっか。少し曖昧だけど、その《能力》の一部だったんだよな。確か表記は『浄化の光』だったとかなんとか」
「結構調べたんだ……テレさんもやるね。まぁ少し間違っているんだけどな。確かに『浄化の光』は《能力》だった。純粋な心を持った者が神に祈り、その声を聞いた神が与えた力であるが、この力には二つ名が存在する。別名『悪意の光』……後に神はその純粋な心を持った者の体を乗っ取り、その光をもって人々を浄化という名目で消そうとしていた」
「でもその言い方だと失敗している」
「スヌイの言う通り、失敗しているよ。天使によって……運命を変える力によって」
「そこで出てくるのか! ん? 天使?」
「化け物達は総じてそれを『運命の歯車』と言った。それこそ運命を変える力……天使の贈り物によってもたらされた最後の《能力》にして最初の《記憶》」
「《記憶》?」
「その力を扱った少年は天使から運命を変える力を託されていたが、あまりにも強すぎる願いによって力は分離した。運命を変える力は時を止める能力として弱まり、記憶は懐中時計の中に仕舞われた」
「ちょっと待て」
「スヌイの言いたいことはわかる。エイルのことだろう」
「まさかとは思うが」
「……懐中時計に関する記憶だけが戻らず、それ以外は戻った。それに彼には時間操作の能力がある。まぁ普通、変だと思うよ」
「あの……」
「どうした? ガット」
「話を止めてすみません。ただこの話が関係あるか分からないのですが、エイルに関してのことです。あいつ……たまに変なことを言っていて、『取り戻した記憶、なんだか自分のものじゃない気がするんだよ』って……おかしいよ。他人の記憶って認識しているってことはエイルは本当にエイルなのでしょうか」
「……」
「俺も変ですよね」
「そんなことない。むしろそれではっきりするかもしれない」
「マウム?」
「スヌイ、ガット……これは可能性の話だ。エイルという人間は存在しているが、その命は別のものかもしれない」
「その命が犠牲となった少年の可能性」
「そう……ただの可能性。だから間違っているかもしれない」
「それなら調べた方がいいのでは……でも」
「方法はいくらでもある……第一にエイルから聞けばいい」
「……確か今日は……トランと会う日だったな」
「じゃあ……と思いましたが、あいつ……ランさんとフォルトさんの件で家から出なくなってしまっているんです」
「それに関してはトランも知っている。だから今頃、訪れているんじゃないかな?」
「それなら」
何かを続けようとしたマウムの声を遮るようにチワワが騒いでいた。「どうした?」とマウムはチワワに問いかけるが、その声を無視してというか聞こえていないのか分からないまま、意味不明な言語を発していた。しかしすぐに落ち着いて〈さっきのは何?〉と言っていた。そして彼の足から飛び降りて、閉めたはずの扉が開いていて、そこから出て行ってしまった。それを追いかけるためにマウムは立って、次にスヌイ、ガットと立ち上がって走り始めた。チワワが止まり吠えていた場所には強い光が放出しており、それが治まるとランとクレハが倒れていた。
一方その頃、トランはエイルのもとに向かっていた。スヌイからの連絡で事の発端を知ったわけだったが、エイルの行動について少しイラついていた。玄関についてインターフォンを押すと、何の音もせずに扉が開き、エイルが出てきた。
「……忘れ物でもした……ちが」
「……エイル。元気にしていたか?」
「トラン先生……」
「どれだけ痩せているんだよ。ちゃんと食べているのか? 上がらせてもらうぞ」
エイルが拒否しようと動き出す前に、扉の主導権をトランが取った。痩せ細ったエイルの体ではそれを押し返すほどの力はなく、仕方ない感じでトランが入ってくるのを見ているしか出来なかった。扉がひとりでに閉まり、トランが家の中に進むと所々散らかっていた。少し部屋の様子を見つつ、リビングにあるテーブルにトランが持ってきていた鞄とビニール袋を置いた。ビニール袋には二つの弁当が入っていた。
「買ってきていてよかった」
「……なんで」
「なんでって、ただの引きこもりが!」
「う……分かっています。クレハを一人にしていることは」
「その話をしに来たが……その前に食え。僕も昼はまだ食べていないから……どうせ食べるものないんだろう」
「……はい。いただきます」
震える手で割り箸を握るエイルにトランは心配したが、一口ご飯を運ぶとその震えはおさまり、その後は何事もなく食べ始め、トランよりも先に完食して、容器を水にさらしていた。それを見てトランも喉に詰まらせない程度に急いで食べて、二つの容器はビニール袋に入れて結び、ごみ箱に捨てた。
「……ごちそうさまでした」
「そんなに美味しかったのか」
「……まともな食事をしたのは……いつぶりだろうか」
「おいおい……そりゃ、ガットが心配するわけだ」
「ガットが」
「ああ、事の発端はスヌイから聞いたが、ガットもたまに僕の病院に来ていてね。その時、お前とクレハさんの話も聞いたんだよ。それを聞いてどうしてお前達は馬鹿なんだって思ったよ」
「馬鹿?」
「クレハさんは嫌がることをしたくないと言って、お前に無理強いしなかった。だが本当は助けてほしかった。そもそも一人で二人の相手は無理だ。それにあの二人となると何が起こるか分かったもんじゃない」
「言われなくても分かっているよ。……分かっているけど」
「そしてお前は……お前が馬鹿だな」
「さっきから馬鹿って……なんだよ! クレハを想って何が悪い!」
「やっぱりな……はぁ。ただの嫉妬野郎が! 子供に取られたくらいでいじけるなよ」
「……!」
「まったく図星か。まぁ他のやつらも気づいていたことではあるが……どれだけすれ違うんだか」
「え?」
「まだ分からない? クレハさんはお前のことを想い続けている」
呆れた様子で話し続けていたトランだったが、エイルが小さく何かを呟いたのを見逃さなかったが、声の大きさ故に聞こえなかった。それについて聞き返そうとしたが、ふと精神喪失の能力を使おうとして、それが使えなくなっていることに気づいた。今までそんなことはなく、エイルに対しても使用できていたのに、それを否定された。
「……何が?!」
「トラン先生……」
「お前がやったのか」
「分からないよ……僕は一体誰なんですか? たとえクレハが僕を想っていたとしても、それはエイルであって、僕ではないのかもしれない」
「何を言っているんだ? エイル。お前はエイルだろうが」
「……今まで思い出した記憶に関しての話をしました。けれどどれも見覚えがない。他人の記憶を鑑賞している気分だった。僕の記憶は最初から空っぽ……最初からなかったんだよ」
「それは本当か? 今までそんなこと聞いたことないが」
「……クレハとガットにしか言っていない。スヌイ先生には嘘をつき続けた」
「信用できなかったのか」
「はい……変なことを言ったらますます実験に回されると思って……ガットには流されてしまったけれど、クレハはそれを受け入れてくれました」
「なら裏切らない方がいい」
「え?」
「クレハのことだよ。彼女は受け入れた、何があろうとも。ならばその想いが嘘ではないことはすぐにでもわかるはずだ」
「……しかし」
「なんでかな。あと一歩が踏み出せないんだか」
トランは何度目か分からないため息をついて立ち上がり、エイルのもとへ行くとその腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。そして引きずるように玄関の扉まで向かった。
イエニアは信者達を集めてとある場所に向かっていた。それはユーベルが封印されている場所。かつて神から与えられた果実を口にして、強力な力を得てなお副作用で化け物になることなく、人の姿のまま魔法をふるい続けた結果、脅威として愚かな人間どもに封印されてしまった。イエニアはその封印を解くため、信者達の命がどうなろうとも関係なかった。信者達はそんなこと知らず、会える喜びに支配されながらついてきていた。その後ろにリコレが虚ろな目をしながら歩いていた。
「さぁ着きましたよ」
「……」
イエニアの言葉に信者達は止まるが、リコレはその声に反応せず進んでいた。止めようとする信者にイエニアは首を振り、「大丈夫」と言った。ひとりでに進むリコレだったが、封印を解こうとする者達への罠が張り巡っており、その一つとして見えない印が空中に刻まれていた。それは何もしない者には無害な術式だが、解く者には一切の躊躇もなく殺すための攻撃が放たれるものだった。しかしリコレは難なくかわし、彼の手から生み出された剣によって、捕まえようとした鎖は切られ、術式はすべて破壊された。
「……これで」
その声とともに今まで見えなかった巨大な扉が突如として現れ、それはゆっくりと開かれていく。信者達は喜んで進んでいくが、イエニアとリコレは完全に開いてもすぐに入ることはしなかった。それもそのはず、中にも罠があり、信者のほとんどが何も知らないまま死んでいった。飛び散る血が封印されているユーベルにかかり、その赤は光を放っていた。
「さて」
「……」
二人が入る頃には発動していた罠は少なくなり、中には信者達が頑張って破壊した後もあったが、健闘虚しく生き残ることは出来なかったようだった。しかし少なくなっているだけでまだ機能していたため、リコレが作り出した剣は変形して弓矢となり、謎の光を放つ矢を射て、着地点に黒い蜘蛛の巣のような網を張った後、それから流れ落ちた闇が侵食して使い物にならなくなった。術式は闇にのまれて停止した。
すべての罠が起動ないし破壊ないしされて、ユーベルに施されていた封印の術式が剥がれ落ち、石像になっていた彼の体は色を取り戻し、二人は彼が目覚めるのと同時にその姿を見た。
「……ほう」
「ユーベル様!」
「おやおや……我の目覚めをありがたいね」
「私はイエニア、こちらはリコレ」
「イエニア……リコレ……なるほど。リコレよ、その力は使えておるか?」
「……わからない」
「そうか……その様子だと『詩の音色』はまだ使っていないな」
「何? その力」
「楽器を弾いていればいい。そうすれば我の……神の糧となる」
「弾く? わかりました。ユーベル様の仰せのままに」
「イエニアと言ったな」
「……はい!」
「ここに散らばった死体はお前が連れてきたのか?」
「そうです。封印を解くためには贄が必要だと書かれていましたので」
「……いらぬ」
「え?」
「死体はいらぬと言ったのだ! 生きている者はいないのか!」
「……いません」
「イエニアよ……お前に与えていたものは意味がなかったようだ」
向けられた言葉に絶望し、立ち続けるのを足が否定して跪いた。顔を隠して下を見続けるイエニアにユーベルはさっきまで手にしていなかった杖を何処からか呼び寄せて、彼の頭の上に乗せた。すると杖に反応してイエニアの体は強制的に立ち上がらせられ、周りの死体も立っていた。死体からかすかに残された命の熱を集めてユーベルは吸収し、イエニアから謎の石を奪った。それはリコレに埋め込まれたものに似ていたが、何か描かれていた。
「リコレ……ここに来なさい」
「はい、ユーベル様」
「この『死者の瞳』……君ならば使いこなせるだろう。ただ体が持つかどうか」
「……」
「まぁ……いっか。さぁ受け取れ」
ユーベルにとってこの地に存在する人間はすべてただの道具でしかなかった。だからリコレがどうなろうと関係ないことだった。その力が使えないのならまた別の人間でも探して埋め込めばいいと思っていた。しかし受け取ったその石を取り込んだリコレの体に何の異変もなかった。
「……何もなかった」
「珍しいこともあるようだ……リコレよ。そのゴミの死はいつだ」
「ゴミ? ああ、イエニアのことか……まだ先。修正されて延ばされた」
「力はちゃんと機能しているようだ」
「これが『死者の瞳』? いらない力」
「いや、必要なのだよ。神をこの地に限界させるためには……あと一つ、いや二つか」
「それは何でしょう?」
「一つは『影の守護者』、もう一つは『運命の歯車』……だが」
「だが?」
「天使は裏切り者だ。だから『運命の歯車』は見つけ次第、破壊しろ! あれがあっては神がまた消えることになる。『浄化の光』でさえ『運命の歯車』は止められないからな」
「ならどうやって?」
「懐中時計を持つ者を殺し、それを壊せばいい。さすれば使うことすら出来なくなるだろう」
「わかりました。すべてはユーベル様のため」
「それだけではないぞ。我の目的は神のために……この地をあの日のように浄化する」
「……はい。それよりも」
「このゴミはここに置いていけ。いずれにせよ死ぬことが出来ないのならば……」
リコレとユーベルはイエニアを残し、肉を無くし骨となった死体を踏みながら扉に向かい、その扉は二人が出ると消えてしまった。しかし扉が消えるのと同時に骨となった死体は無くなってしまったのに、イエニアは出てきていた。それを知らぬまま、二人はゆっくりと何処かへ行ってしまった。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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