二つの世界の終着点 第二章(3/4)
公開 2023/12/17 15:00
最終更新
2023/12/17 15:07
(空白)
一方その頃、クレハは他の職員達とともに子供たちの世話をしていたが、ふらつくクレハを心配して眠るように言っていた。それに甘えるように置かれていた布団で眠っていた。ランやフォルトはクレハを起こしに行こうと何度も近づこうとしたが、他の職員達に連れ戻されていた。静かに座っていたマウムはそれを見ていたが、連れてきたチワワを見て興味を引かれていた。チワワは鳴いていたが、マウムは静かにそれを聞いていた。
〈思い出して〉
「……」
〈楽しかった日々 苦しかった日々 すべて〉
「ごめん、わからない」
〈初めて会ったことも?〉
「うん……でも」
〈?〉
「なんで君の声が聞こえているんだろう」
〈!〉
「君は俺と初めて会ったというわけではない。なら忘れているのはどうして……か」
〈あの時 一緒にいた 僕は……僕達は巻き込まれた〉
「巻き込まれた?」
〈うん みんなの叫び声 怖かった 死んでいく 助けようとして飛び込んだ〉
「それは俺の行動か」
〈そうだよ! 思い出してきた?〉
「いまいち……だがなんとなく……俺は……」
そう呟くとマウムの体が光に包まれて、それが晴れる頃には子供の姿はなくなり、元の姿へと戻っていた。他の職員達はその現象に驚き、まだ眠っていたクレハを起こした。寝ぼけながらマウムの方に視線を向けると「えっ!」と驚きの声を上げていた。
「これは……」
〈やった! 戻った!〉
「ごめんな。心配かけて……」
マウムはチワワの頭を撫でて、チワワは元気よく鳴いて返事をした。しかしクレハが近づくのがわかってその手は止まってしまった。
「よかった」
「……疲れているなら眠っていればいいものを」
「少し休んだから大丈夫だよ」
「まぁいい……何故か子供の姿になっていたみたいだ」
「もしかしてその時の記憶がないの?」
「いや? そうではないが……友達を連れてきてくれてありがとう」
「連れてきたのは私じゃないよ」
「でも提案したのはクレハだろう」
「そうだけど」
「最初に出会った友達なんだよ、こいつ。妄言とか幻聴とかで誰も信じてくれなかった頃、捨てられていた子犬を拾った。それがこの子で……何があろうと一緒にいた。でも俺自身も捨てられて、その体が衰弱する一方だというのに助けを求めて吠えていた。意識を失って孤児院のベッドで俺が目を覚ました時に、泣きそうな声で〈よかった〉って言っていた」
「それだけ大切な友達なんだね」
「ああ……クレハが泣いてどうする」
「だって……いい話じゃない」
「……〈泣かないで〉だってさ」
「……うん」
チワワがクレハのもとに寄り添うように近づいていた。マウムはそれを見ていたが、周りでランやフォルトに振り回される職員達が目に入り、こいつらってこんなだっけ、と思っていた。すると入り口でドンという音がして、何事かとマウムが見てみるとガットが帰ってきた。
「え?」
「おかえり、ガット」
「え、は……も、戻ったんですか?!」
「驚きすぎじゃないか」
「だってそりゃ、驚きますよ……でもどうやって」
「クレハの提案はよかったよ」
「会話できたんですね」
「察しが早くて助かるな……子供の姿でも能力が使用できた。まぁこれに関しては俺だけかもしれないが」
「と言いますと?」
「俺の場合、子供の時から使えていたんだよ。でもあいつらがどうだったか知らないから」
「あー……」
「ガットも知らないなら俺も知らねぇ―よ」
「……あっ、おかえりなさい。ガットさん」
「クレハさん、大丈夫ですか?」
「休みましたので大丈夫です。それよりもマウムさんが……ってもう会っているし。会議終わったんですね」
「終わったと言えばそうですが……情報という情報は掴めずにいて」
「……解決策は出なかったんですね」
「そうですね」
「なぁ、ガット……スヌイは何処にいる」
「スヌイさんなら病院に……それにクレハさん」
「はい?」
「スヌイさん……先生はすでに元に戻っているという話でした」
「本当に!?」
「はい……」
「歯切れ悪いな、どうした。何かあったのか?」
「詳しく話すと長くなりますが、今回の事件とクレハさんが巻き込まれた事故、その二つに神が関与している可能性があります」
「……そういうことか」
「マウムさん?」
「スヌイが元に戻ったのなら聞かなきゃいけないことがあって、やっと思い出した……あの日、俺はスヌイに呼ばれたあの場所にいた。あの花と俺が化け物達と会話した時の話をするはずだった」
「化け物……それはどんな話ですか?」
「それをする相手はスヌイだけだ。まだ確証がないから他には話せない。だから俺を病院に連れて行け」
「……わかりました。ただ俺もついて行きます。会議で話したことをスヌイさんにも伝えておこうと思いますから」
「構わないが……クレハには誰が説明するんだ?」
「……それは」
「リコレさんかテレイさんかどちらかから聞いておきましょうか? マウムさんは急いでいるみたいですし」
「ガット、それでいいな」
「はい」
そう言うとクレハの所にいたチワワが反応して、マウムの足元に走り寄り、彼が両手で抱えていた。そしてマウムが手を出し、ガットはその手を取ってカウントダウンをすると二人一緒に消えてしまった。驚かないように配慮してくれたにもかかわらず、クレハは少しびっくりしていたが、テレイの所に行こうと思ってランとフォルトの様子を見ると、二人とも疲れて眠っていた。起こすのもかわいそうだと思って、他の職員達に任せて、クレハはテレイがいると思われる『図書室』へ向かった。
辿り着くと一人でに資料の整理をするテレイがいた。その他の職員達は子供の世話に追われて、本来の仕事をこなせていないように見えた。クレハが『図書室』に足を踏み入れるとすぐにテレイが気づき、「あっ」と呟いていた。
「あれ? クレハさん……ランさんとフォルトさんを見ていたのでは」
「そうなんですが、ガットさんに用事が出来てしまったので、テレイさんからさっきの会議の話をして欲しくて来ました」
「何があったのですか?」
「えっと……マウムさんが元に戻ったんです。それでスヌイ先生に話があると言って、ガットさんとともに病院へ行ってしまいました」
「そうでしたか。ならお話いたしましょう。何処か座れる場所……あっ、奥にどうぞ」
そう言い、多くの本棚を通り過ぎ、『図書室』の奥に置かれていた長机と椅子にそれぞれ座った。
「ガットさんからはどこまで聞かれました?」
「それが全然聞いていなくて……」
「あー、ならどこから話したものか」
「……どうして子供になってしまったのでしょうか?」
「あっ、その話からしましょうか。元より花の実験にあります。その実験で失敗したのか爆発が起きて、周りにいた人達がもれなく子供になってしまった。スヌイさんは研究成果を他の研究員に伝えるために赴いていたようですが、ランさんやフォルトさん、マウムさんが何故あの場所にいたのかはわかりません」
「マウムさんならスヌイ先生に呼ばれていたそうです。確か……化け物の話をするためにって」
「化け物……ですか」
「何か心当たりでも? あっ、でも今は子供の話の途中でしたね」
「ええ、少しばかりですが、後でお話ししましょう。それで子供の件ですが、スヌイ先生は病院内で突然元に戻り、現状復帰していて、花の研究も続けているようです。ただ戻ってすぐに放たれた発言が妙でして、『神の仰せのままに 天使はすぐそばに』と看護師からの証言ですが」
「天使……そういえばマウムさんが昔、『光の天使』って私に言っていました」
「『光の天使』?」
「はい、この疑似的能力である指輪の宝石が白色に染まった時、そう呟いていたそうで詳しく聞いたらその能力の名前だって言ってました。でも何で知っていたんだろう?」
「……化け物達から聞いた可能性があります」
「聞いた?」
「彼には生き物達の発する声を人の言葉で聞き取ることが出来ます。その応用として人ならざる化け物の声さえも聞き取れてしまうようです。彼が言うにはそうらしいのですが」
「でもそれを言ったのは化け物達が暴れ出す前の話だった。もしかして以前にもあったのかな」
「そのような事例は何度かありまして、その度に能力者が救助されていたので、もしかしたらその間に聞いた可能性は捨てきれませんね」
「……ならこの能力と関係があるのでしょうか?」
「確か治癒と結界でしたっけ」
「はいそうです」
「おそらく関係ないかと……リコレさんの話ではその天使は運命を変える力を持っているようで」
「運命を変える天使……それを神は探している」
「ランさんが持ってきた文に『神の命に従い 天使を殺し その贈り物を我らのものへ返す』というものがありまして」
「運命を変える力を持つ天使を殺し、その力を神に返す? でいいのかな」
「おそらくは……ただその力は一度振るわれたと言われています。この世界は書き替えられ、その代償として一人の少年が犠牲となった。それを覚えているのは記録する者、消去しない者、少年にとって大切な者だけだと書かれていました。しかしそれを私達は知っている。知るはずのない記憶を私達は掴んでしまった。失われた《能力》とともに」
「……《能力》?」
「はい、少年は自分が代償になることを分かっていながら、その世界に広がった遺物の呪い、それを消すために《能力》とそれに連なっていた《神の悪意》を運命を変える力によって書き換えたのです」
「でも《能力》が皆のもとにあるということは」
「魔法の儀式が見つかった時点で《能力》が目覚めることは、《神の悪意》が目覚めることと同義だったようです。だから神が関与し始め、同時に目覚めたであろう天使を探し始めたのでしょう。ただ見つかっていないということは逃げられたんでしょうが」
「その天使を見つけなくていいんですか?」
「まだ確証がなく、リコレさんの話はまだ情報として不十分だと思いまして……彼もより多くの情報を得るためにまた行かれてしまいましたし」
「……なんか脱線しすぎちゃいましたね」
「あっ……子供の話……花の話になっちゃうんですが、魔法や能力を感知できる人がいまして、その人曰く、大人を子供に、子供は死に、という恐ろしい成分を含んでいることがわかりました。そのせいで巻き込まれた人達がもれなく子供になってしまったのはそのせいだそうで、記憶を失ってしまったのもそれが原因だと」
「戻す方法は……分かっていないみたいですね」
「すみません」
「いえいえ、スヌイ先生やマウムさんは元に戻りましたし、ランさんやフォルトさんもすぐに戻るかもしれませんよ」
「そうだといいのですが……」
言いかけた時、テレイに話しかける職員がいた。職員曰く、クレハに用がある人が来たから話が一度落ち着くまで呼ぶのをやめようとしたが、その話がずっと続くようだったからその人を『図書室』の中に入って待ってもらっていると言った。テレイが「早くそれを言ってください」と少し怒っていたが、その声は柔らかかった。
「ごめんね、クレハさん」
「いえ……でも誰でしょう?」
首を傾げながら二人が入り口の方まで戻ってくると、ランを抱えた人が立っていた。それはあそこにいた職員ではなく、クレハの知らない人物であった。
「お戻りになったんですね、シャロさん」
「あー、テレイさん……その子がクレハさんですね」
「あの……ごめんなさい」
「分からないのも無理はありませんよ。探索隊として遠くを旅しているので、ここに戻ってきたのも数年ぶりですし……私の名はシャロと言います。クレハさんのお名前はさきほど職員の方から聞きました」
「初めまして、シャロさん。それよりも……ランさん」
「どうやら熱を出したようで……病院に連れて行こうかと」
「私が飛んでいきます」
「飛ぶ?」
「一応、能力で飛べるので大丈夫です。シャロさん、頼みたいことが」
「フォルトのことだね。大丈夫……病院に辿り着いたら連絡してもらえると助かるよ」
「わかりました。テレイさん……」
「お話ならまた別の時でもできますから、早く行ってください」
「行ってきます!」
シャロからランを受け取って、クレハは能力研究所の屋上へ行った。普段、そこは解放していないのだが、職員達に承諾を得て開けてもらった。クレハは「ハク」と呟き、彼女の背には白い翼が生えた。ランを両手に抱えたまま、屋上から飛び降り、空をかけると病院へ向かった。しかし真ん中付近で矢が飛んできて、それを避けようとしてバランスを崩し地上に足をつけた。隠れながらやり過ごしていたが、何者かに片方の翼を潰されて飛べなくなった所を囲まれた。
「見つけた、見つけた」
「……盗賊?」
「その子供を渡せ」
「……」
「渡さないなら奪い取るまでだ」
一斉に襲い掛かってくる謎の人物達だが、まだ指輪は白色に染まり続けていて、結界によって弾かれていた。しかし大量の消耗が激しいために結界は脆く、ヒビが入り始めた。そしてクレハはあることに気づいた。あの日、化け物達が身に付けていたはずのアクセサリーをそいつらが持っていた。
「……なんで疑似的能力を」
「あれれ? 知っているってことはもしかして」
「……絶対に渡さない」
「天使の餌になる。この子を連れて行こう」
やつらの目的がクレハに向けられたことを理解したが、それは遅く結界は破壊された。そしてクレハの腕をやつらの一人が掴もうとした時、「やめろ」と低い声が聞こえた。それはランが発したものだった。そしてクレハを守るように腕から飛び出し、彼女の前に立った。
「ランさん、ダメだよ……危ないから下がって」
「……彼女にさわるな」
「何言ってんだ、このガキ。ただの子供が能力持ちの大人に勝てると思ってか。笑っちゃうね」
「……そんな弱い能力でいきがって……頭悪いのかな」
「なんだと」
怒りに任せて攻撃を振り下ろすやつらだったが、ランの体が光り出し子供の姿は元の姿へと戻っていた。
「守りたいと思う心は誰だって一緒さ」
「……ランさん」
「げっ、やば。でも目的はお前じゃない。その女をよこせ」
「すぐにでも殺してやるよ」
その声は風のように流れて加速した彼の姿をとらえることは出来ずに、やつらの首を次々とナイフで刺し、血を吹き出して倒れていった。しかしクレハの背後にいたやつらの生き残りが彼女の首を絞めようとしていた。だがそれを待っていたかのようにランは振り返るの同時にナイフを投げて、彼女の横を通り過ぎてやつらの顔に突き刺した。
しかし危険な気配を感じ取ったのかやつらはわらわらと集まってきた。異様な表情をしながら「天使の餌を捕まえろ」と重なり聞こえる声はあまりにも狂気的だった。クレハの怯える様子に反応して指輪は黒色に染まり、やつらの足元をぬかるませて、それに対応できなかった者から黒い液体の中に沈んでいった。それでも襲ってくる者はランが対処した。多くはランの能力による加速と減速を繰り返した変則的な投げナイフによって、やつらは翻弄されて死んでいった。しかしそれでもクレハとランの能力を潜り抜けて、一人だけ生き残った。
「やはりその力、天使の餌に必要なもの」
「……天使の餌とは何だ!」
「お前には関係ない。あの方のために必要なもの」
「運命を変える天使」
「クレハ?」
「知っているではないか……大切な者を失った天使が我らのもとに来るための餌だ」
「そうかよ。でも渡すわけにはいかない」
「我が死のうともいずれ……」
その言葉の先はランの攻撃によって遮られ、血を流して倒れていった。死体の山と血だまりの池が出来て二人の気配以外を感じ取れなくなったから終わったと思った時、ランがふらつきクレハがそれを受け止めた。
「……悪いな」
「熱、酷くなっているじゃない! どうして……」
「俺がやらないと……誰がやるんだよ……」
「でも」
「……」
「ねぇ……ランさん?」
ランは目を閉じてしまい、そのまま意識を失ってしまった。クレハは早く病院に連れて行かないとと思って「ハク」と口にするが、指輪は黒色から透明に戻って、白色にならずそのままだった。
「能力が……使えない? さっきのせいで消費が……誰か……エイル、助けて」
絶望に沈みあふれ出す言葉を紡いで、助けを求めた。自分の我儘だと気付いていながらエイルの名も呼んでいた。頼れるはずだった人を切り捨てて、今ある状況だけに合わせて行動していたことが、彼の想いも尊重せずに何も理解してあげなかったことが、そのすべてが頭の中で巡り、涙を流すことしか出来なかった。
「君はよくやっている……大丈夫だ」
「……?」
座り込み下を向いていたクレハはその声に反応して上を見た。すると人の形をした真っ白な光がそこに立っていた。何故か驚きも恐怖もそこにはなく、温もりだけがあった。
「目を閉じて、そして再び目を覚ました時、君達は病院に辿り着いているから」
「……あなたは?」
「私はただの通りすがりだよ。いつか……」
その光は強くなり、眩し過ぎて目を閉じるしかなかった。その目が開いた時には病室のベッドで寝かされていた。そこにはマウムと両手に抱えたチワワがいた。
「……ここは」
「病院の玄関で倒れていたから運んだ」
「……ランさんは!」
「大丈夫。別の病室だけどガットとスヌイが見ているから」
「よかった……そうだ! 私とランさん以外に誰かいなかった?」
「いなかったけど……ただ強い光に包まれて二人が現れたからびっくりした」
「そうだったんだ」
「誰かいたの?」
「……うん。まったく能力が使えなくなって困っていたところを助けてくれて……その人はただの通りすがりって言っていたんだけど」
「名前は?」
「ごめん。聞けなかった」
「ふーん……でもよかったね」
マウムの肯定にチワワが元気よく鳴いた。けれどやっぱりランのことが心配になって、クレハはベッドから出ようとしたが、視界が一瞬暗転してふらつきマウムが支えていた。
「まだダメ。心配なのはわかるけど」
「……ランさんもそうだけど、フォルトさんはまだ戻っていないから」
「なんで一人でやろうとするんだよ」
「……」
「エイルが何もしてくれないのはわからないが、誰かを頼れよ。現に俺がいるわけだし」
「……電話しないと」
「電話? 誰にだ」
「シャロさんに」
「あいつ帰ってきているのか!? 分かった……俺が電話する。だからその間、友達を頼んだ」
両手に抱えていたチワワをクレハに渡し、マウムは電話をかけ始めた。おそらくかかってきた相手がクレハではないから驚いているだろうが、事情を話しつつ病院へ向かってくれるということだった。
「これでよし」
「フォルトさんは?」
「まだ子供だってさ」
「そっか……」
「ただ異様な言葉を発しているらしい」
「え? それってスヌイ先生と同じ」
「いや、スヌイとは違う……あいつの話し相手は女神だろう。あの能力は女神に愛されたものでしか使用することが出来ないから」
「神は……天使を殺す」
「クレハが何処まで知っているか分からないが、フォルトを守っている女神はおそらく、この世界の神ではない」
「なんで言い切れるの?」
「フォルトがたまに言っていた女神の名前は化け物達が話した神の名前の中になかったから」
「そう……なの」
「だからきっとすぐに戻る……だからこうやって電話もかかってくる」
「え?」
「はい……クレハなら一緒にいるけど……かわれか」
マウムから電話を受け取るとそこから発せられていた声はフォルトのものだった。
『クレハ……大丈夫?』
「フォルトさん?」
『ランは元に戻った?』
「子供から元に戻りましたよ……でも熱が酷くなって今は別の病室にいます。……けどフォルトさんは?」
『俺もちゃんと戻ったよ。女神様が助けてくれたんだ。まぁ……代わりにスヌイが作った制御装置を取られちゃったんだけどね。「もうこれは必要ないでしょう」って言われて』
「よかった……のかな」
『素直に喜んでくれよ……制御装置の件はまたあとでスヌイに相談しようと思っているし……もうすぐで病院に着くからまたあとで』
「はい」
「……切れたか」
「うん」
「これで全員戻ったか」
「研究員さん達は戻ってないんじゃ……」
「あれは関係ないし……仲間が戻ってくれば俺はいい。むしろ戻ってきてほしくない。動物達のためにも」
チワワも弱々しくそれに返事をして、クレハも何を言ったらいいのかわからず黙っていた。しかしそれを妨げるように廊下を走る音が響き、クレハはその音に反応して扉の方を見ていた。するとそこにトランとエイルが立っていた。クレハは小さく「幻覚?」と呟いたが、それにつっこむようにマウムが「どう見ても幻覚じゃないだろう」と言った。
「俺はランの方を見て来るから」
そういうマウムにクレハの両手から抜け出したチワワは彼の足元に降り立った。クレハが止めようとするが、それを阻止するようにトランとエイルが病室に入ってきた。しかしトランがクレハに近づくことはなく、マウムに手を引かれて連れて行かれてしまった。
一方その頃、クレハは他の職員達とともに子供たちの世話をしていたが、ふらつくクレハを心配して眠るように言っていた。それに甘えるように置かれていた布団で眠っていた。ランやフォルトはクレハを起こしに行こうと何度も近づこうとしたが、他の職員達に連れ戻されていた。静かに座っていたマウムはそれを見ていたが、連れてきたチワワを見て興味を引かれていた。チワワは鳴いていたが、マウムは静かにそれを聞いていた。
〈思い出して〉
「……」
〈楽しかった日々 苦しかった日々 すべて〉
「ごめん、わからない」
〈初めて会ったことも?〉
「うん……でも」
〈?〉
「なんで君の声が聞こえているんだろう」
〈!〉
「君は俺と初めて会ったというわけではない。なら忘れているのはどうして……か」
〈あの時 一緒にいた 僕は……僕達は巻き込まれた〉
「巻き込まれた?」
〈うん みんなの叫び声 怖かった 死んでいく 助けようとして飛び込んだ〉
「それは俺の行動か」
〈そうだよ! 思い出してきた?〉
「いまいち……だがなんとなく……俺は……」
そう呟くとマウムの体が光に包まれて、それが晴れる頃には子供の姿はなくなり、元の姿へと戻っていた。他の職員達はその現象に驚き、まだ眠っていたクレハを起こした。寝ぼけながらマウムの方に視線を向けると「えっ!」と驚きの声を上げていた。
「これは……」
〈やった! 戻った!〉
「ごめんな。心配かけて……」
マウムはチワワの頭を撫でて、チワワは元気よく鳴いて返事をした。しかしクレハが近づくのがわかってその手は止まってしまった。
「よかった」
「……疲れているなら眠っていればいいものを」
「少し休んだから大丈夫だよ」
「まぁいい……何故か子供の姿になっていたみたいだ」
「もしかしてその時の記憶がないの?」
「いや? そうではないが……友達を連れてきてくれてありがとう」
「連れてきたのは私じゃないよ」
「でも提案したのはクレハだろう」
「そうだけど」
「最初に出会った友達なんだよ、こいつ。妄言とか幻聴とかで誰も信じてくれなかった頃、捨てられていた子犬を拾った。それがこの子で……何があろうと一緒にいた。でも俺自身も捨てられて、その体が衰弱する一方だというのに助けを求めて吠えていた。意識を失って孤児院のベッドで俺が目を覚ました時に、泣きそうな声で〈よかった〉って言っていた」
「それだけ大切な友達なんだね」
「ああ……クレハが泣いてどうする」
「だって……いい話じゃない」
「……〈泣かないで〉だってさ」
「……うん」
チワワがクレハのもとに寄り添うように近づいていた。マウムはそれを見ていたが、周りでランやフォルトに振り回される職員達が目に入り、こいつらってこんなだっけ、と思っていた。すると入り口でドンという音がして、何事かとマウムが見てみるとガットが帰ってきた。
「え?」
「おかえり、ガット」
「え、は……も、戻ったんですか?!」
「驚きすぎじゃないか」
「だってそりゃ、驚きますよ……でもどうやって」
「クレハの提案はよかったよ」
「会話できたんですね」
「察しが早くて助かるな……子供の姿でも能力が使用できた。まぁこれに関しては俺だけかもしれないが」
「と言いますと?」
「俺の場合、子供の時から使えていたんだよ。でもあいつらがどうだったか知らないから」
「あー……」
「ガットも知らないなら俺も知らねぇ―よ」
「……あっ、おかえりなさい。ガットさん」
「クレハさん、大丈夫ですか?」
「休みましたので大丈夫です。それよりもマウムさんが……ってもう会っているし。会議終わったんですね」
「終わったと言えばそうですが……情報という情報は掴めずにいて」
「……解決策は出なかったんですね」
「そうですね」
「なぁ、ガット……スヌイは何処にいる」
「スヌイさんなら病院に……それにクレハさん」
「はい?」
「スヌイさん……先生はすでに元に戻っているという話でした」
「本当に!?」
「はい……」
「歯切れ悪いな、どうした。何かあったのか?」
「詳しく話すと長くなりますが、今回の事件とクレハさんが巻き込まれた事故、その二つに神が関与している可能性があります」
「……そういうことか」
「マウムさん?」
「スヌイが元に戻ったのなら聞かなきゃいけないことがあって、やっと思い出した……あの日、俺はスヌイに呼ばれたあの場所にいた。あの花と俺が化け物達と会話した時の話をするはずだった」
「化け物……それはどんな話ですか?」
「それをする相手はスヌイだけだ。まだ確証がないから他には話せない。だから俺を病院に連れて行け」
「……わかりました。ただ俺もついて行きます。会議で話したことをスヌイさんにも伝えておこうと思いますから」
「構わないが……クレハには誰が説明するんだ?」
「……それは」
「リコレさんかテレイさんかどちらかから聞いておきましょうか? マウムさんは急いでいるみたいですし」
「ガット、それでいいな」
「はい」
そう言うとクレハの所にいたチワワが反応して、マウムの足元に走り寄り、彼が両手で抱えていた。そしてマウムが手を出し、ガットはその手を取ってカウントダウンをすると二人一緒に消えてしまった。驚かないように配慮してくれたにもかかわらず、クレハは少しびっくりしていたが、テレイの所に行こうと思ってランとフォルトの様子を見ると、二人とも疲れて眠っていた。起こすのもかわいそうだと思って、他の職員達に任せて、クレハはテレイがいると思われる『図書室』へ向かった。
辿り着くと一人でに資料の整理をするテレイがいた。その他の職員達は子供の世話に追われて、本来の仕事をこなせていないように見えた。クレハが『図書室』に足を踏み入れるとすぐにテレイが気づき、「あっ」と呟いていた。
「あれ? クレハさん……ランさんとフォルトさんを見ていたのでは」
「そうなんですが、ガットさんに用事が出来てしまったので、テレイさんからさっきの会議の話をして欲しくて来ました」
「何があったのですか?」
「えっと……マウムさんが元に戻ったんです。それでスヌイ先生に話があると言って、ガットさんとともに病院へ行ってしまいました」
「そうでしたか。ならお話いたしましょう。何処か座れる場所……あっ、奥にどうぞ」
そう言い、多くの本棚を通り過ぎ、『図書室』の奥に置かれていた長机と椅子にそれぞれ座った。
「ガットさんからはどこまで聞かれました?」
「それが全然聞いていなくて……」
「あー、ならどこから話したものか」
「……どうして子供になってしまったのでしょうか?」
「あっ、その話からしましょうか。元より花の実験にあります。その実験で失敗したのか爆発が起きて、周りにいた人達がもれなく子供になってしまった。スヌイさんは研究成果を他の研究員に伝えるために赴いていたようですが、ランさんやフォルトさん、マウムさんが何故あの場所にいたのかはわかりません」
「マウムさんならスヌイ先生に呼ばれていたそうです。確か……化け物の話をするためにって」
「化け物……ですか」
「何か心当たりでも? あっ、でも今は子供の話の途中でしたね」
「ええ、少しばかりですが、後でお話ししましょう。それで子供の件ですが、スヌイ先生は病院内で突然元に戻り、現状復帰していて、花の研究も続けているようです。ただ戻ってすぐに放たれた発言が妙でして、『神の仰せのままに 天使はすぐそばに』と看護師からの証言ですが」
「天使……そういえばマウムさんが昔、『光の天使』って私に言っていました」
「『光の天使』?」
「はい、この疑似的能力である指輪の宝石が白色に染まった時、そう呟いていたそうで詳しく聞いたらその能力の名前だって言ってました。でも何で知っていたんだろう?」
「……化け物達から聞いた可能性があります」
「聞いた?」
「彼には生き物達の発する声を人の言葉で聞き取ることが出来ます。その応用として人ならざる化け物の声さえも聞き取れてしまうようです。彼が言うにはそうらしいのですが」
「でもそれを言ったのは化け物達が暴れ出す前の話だった。もしかして以前にもあったのかな」
「そのような事例は何度かありまして、その度に能力者が救助されていたので、もしかしたらその間に聞いた可能性は捨てきれませんね」
「……ならこの能力と関係があるのでしょうか?」
「確か治癒と結界でしたっけ」
「はいそうです」
「おそらく関係ないかと……リコレさんの話ではその天使は運命を変える力を持っているようで」
「運命を変える天使……それを神は探している」
「ランさんが持ってきた文に『神の命に従い 天使を殺し その贈り物を我らのものへ返す』というものがありまして」
「運命を変える力を持つ天使を殺し、その力を神に返す? でいいのかな」
「おそらくは……ただその力は一度振るわれたと言われています。この世界は書き替えられ、その代償として一人の少年が犠牲となった。それを覚えているのは記録する者、消去しない者、少年にとって大切な者だけだと書かれていました。しかしそれを私達は知っている。知るはずのない記憶を私達は掴んでしまった。失われた《能力》とともに」
「……《能力》?」
「はい、少年は自分が代償になることを分かっていながら、その世界に広がった遺物の呪い、それを消すために《能力》とそれに連なっていた《神の悪意》を運命を変える力によって書き換えたのです」
「でも《能力》が皆のもとにあるということは」
「魔法の儀式が見つかった時点で《能力》が目覚めることは、《神の悪意》が目覚めることと同義だったようです。だから神が関与し始め、同時に目覚めたであろう天使を探し始めたのでしょう。ただ見つかっていないということは逃げられたんでしょうが」
「その天使を見つけなくていいんですか?」
「まだ確証がなく、リコレさんの話はまだ情報として不十分だと思いまして……彼もより多くの情報を得るためにまた行かれてしまいましたし」
「……なんか脱線しすぎちゃいましたね」
「あっ……子供の話……花の話になっちゃうんですが、魔法や能力を感知できる人がいまして、その人曰く、大人を子供に、子供は死に、という恐ろしい成分を含んでいることがわかりました。そのせいで巻き込まれた人達がもれなく子供になってしまったのはそのせいだそうで、記憶を失ってしまったのもそれが原因だと」
「戻す方法は……分かっていないみたいですね」
「すみません」
「いえいえ、スヌイ先生やマウムさんは元に戻りましたし、ランさんやフォルトさんもすぐに戻るかもしれませんよ」
「そうだといいのですが……」
言いかけた時、テレイに話しかける職員がいた。職員曰く、クレハに用がある人が来たから話が一度落ち着くまで呼ぶのをやめようとしたが、その話がずっと続くようだったからその人を『図書室』の中に入って待ってもらっていると言った。テレイが「早くそれを言ってください」と少し怒っていたが、その声は柔らかかった。
「ごめんね、クレハさん」
「いえ……でも誰でしょう?」
首を傾げながら二人が入り口の方まで戻ってくると、ランを抱えた人が立っていた。それはあそこにいた職員ではなく、クレハの知らない人物であった。
「お戻りになったんですね、シャロさん」
「あー、テレイさん……その子がクレハさんですね」
「あの……ごめんなさい」
「分からないのも無理はありませんよ。探索隊として遠くを旅しているので、ここに戻ってきたのも数年ぶりですし……私の名はシャロと言います。クレハさんのお名前はさきほど職員の方から聞きました」
「初めまして、シャロさん。それよりも……ランさん」
「どうやら熱を出したようで……病院に連れて行こうかと」
「私が飛んでいきます」
「飛ぶ?」
「一応、能力で飛べるので大丈夫です。シャロさん、頼みたいことが」
「フォルトのことだね。大丈夫……病院に辿り着いたら連絡してもらえると助かるよ」
「わかりました。テレイさん……」
「お話ならまた別の時でもできますから、早く行ってください」
「行ってきます!」
シャロからランを受け取って、クレハは能力研究所の屋上へ行った。普段、そこは解放していないのだが、職員達に承諾を得て開けてもらった。クレハは「ハク」と呟き、彼女の背には白い翼が生えた。ランを両手に抱えたまま、屋上から飛び降り、空をかけると病院へ向かった。しかし真ん中付近で矢が飛んできて、それを避けようとしてバランスを崩し地上に足をつけた。隠れながらやり過ごしていたが、何者かに片方の翼を潰されて飛べなくなった所を囲まれた。
「見つけた、見つけた」
「……盗賊?」
「その子供を渡せ」
「……」
「渡さないなら奪い取るまでだ」
一斉に襲い掛かってくる謎の人物達だが、まだ指輪は白色に染まり続けていて、結界によって弾かれていた。しかし大量の消耗が激しいために結界は脆く、ヒビが入り始めた。そしてクレハはあることに気づいた。あの日、化け物達が身に付けていたはずのアクセサリーをそいつらが持っていた。
「……なんで疑似的能力を」
「あれれ? 知っているってことはもしかして」
「……絶対に渡さない」
「天使の餌になる。この子を連れて行こう」
やつらの目的がクレハに向けられたことを理解したが、それは遅く結界は破壊された。そしてクレハの腕をやつらの一人が掴もうとした時、「やめろ」と低い声が聞こえた。それはランが発したものだった。そしてクレハを守るように腕から飛び出し、彼女の前に立った。
「ランさん、ダメだよ……危ないから下がって」
「……彼女にさわるな」
「何言ってんだ、このガキ。ただの子供が能力持ちの大人に勝てると思ってか。笑っちゃうね」
「……そんな弱い能力でいきがって……頭悪いのかな」
「なんだと」
怒りに任せて攻撃を振り下ろすやつらだったが、ランの体が光り出し子供の姿は元の姿へと戻っていた。
「守りたいと思う心は誰だって一緒さ」
「……ランさん」
「げっ、やば。でも目的はお前じゃない。その女をよこせ」
「すぐにでも殺してやるよ」
その声は風のように流れて加速した彼の姿をとらえることは出来ずに、やつらの首を次々とナイフで刺し、血を吹き出して倒れていった。しかしクレハの背後にいたやつらの生き残りが彼女の首を絞めようとしていた。だがそれを待っていたかのようにランは振り返るの同時にナイフを投げて、彼女の横を通り過ぎてやつらの顔に突き刺した。
しかし危険な気配を感じ取ったのかやつらはわらわらと集まってきた。異様な表情をしながら「天使の餌を捕まえろ」と重なり聞こえる声はあまりにも狂気的だった。クレハの怯える様子に反応して指輪は黒色に染まり、やつらの足元をぬかるませて、それに対応できなかった者から黒い液体の中に沈んでいった。それでも襲ってくる者はランが対処した。多くはランの能力による加速と減速を繰り返した変則的な投げナイフによって、やつらは翻弄されて死んでいった。しかしそれでもクレハとランの能力を潜り抜けて、一人だけ生き残った。
「やはりその力、天使の餌に必要なもの」
「……天使の餌とは何だ!」
「お前には関係ない。あの方のために必要なもの」
「運命を変える天使」
「クレハ?」
「知っているではないか……大切な者を失った天使が我らのもとに来るための餌だ」
「そうかよ。でも渡すわけにはいかない」
「我が死のうともいずれ……」
その言葉の先はランの攻撃によって遮られ、血を流して倒れていった。死体の山と血だまりの池が出来て二人の気配以外を感じ取れなくなったから終わったと思った時、ランがふらつきクレハがそれを受け止めた。
「……悪いな」
「熱、酷くなっているじゃない! どうして……」
「俺がやらないと……誰がやるんだよ……」
「でも」
「……」
「ねぇ……ランさん?」
ランは目を閉じてしまい、そのまま意識を失ってしまった。クレハは早く病院に連れて行かないとと思って「ハク」と口にするが、指輪は黒色から透明に戻って、白色にならずそのままだった。
「能力が……使えない? さっきのせいで消費が……誰か……エイル、助けて」
絶望に沈みあふれ出す言葉を紡いで、助けを求めた。自分の我儘だと気付いていながらエイルの名も呼んでいた。頼れるはずだった人を切り捨てて、今ある状況だけに合わせて行動していたことが、彼の想いも尊重せずに何も理解してあげなかったことが、そのすべてが頭の中で巡り、涙を流すことしか出来なかった。
「君はよくやっている……大丈夫だ」
「……?」
座り込み下を向いていたクレハはその声に反応して上を見た。すると人の形をした真っ白な光がそこに立っていた。何故か驚きも恐怖もそこにはなく、温もりだけがあった。
「目を閉じて、そして再び目を覚ました時、君達は病院に辿り着いているから」
「……あなたは?」
「私はただの通りすがりだよ。いつか……」
その光は強くなり、眩し過ぎて目を閉じるしかなかった。その目が開いた時には病室のベッドで寝かされていた。そこにはマウムと両手に抱えたチワワがいた。
「……ここは」
「病院の玄関で倒れていたから運んだ」
「……ランさんは!」
「大丈夫。別の病室だけどガットとスヌイが見ているから」
「よかった……そうだ! 私とランさん以外に誰かいなかった?」
「いなかったけど……ただ強い光に包まれて二人が現れたからびっくりした」
「そうだったんだ」
「誰かいたの?」
「……うん。まったく能力が使えなくなって困っていたところを助けてくれて……その人はただの通りすがりって言っていたんだけど」
「名前は?」
「ごめん。聞けなかった」
「ふーん……でもよかったね」
マウムの肯定にチワワが元気よく鳴いた。けれどやっぱりランのことが心配になって、クレハはベッドから出ようとしたが、視界が一瞬暗転してふらつきマウムが支えていた。
「まだダメ。心配なのはわかるけど」
「……ランさんもそうだけど、フォルトさんはまだ戻っていないから」
「なんで一人でやろうとするんだよ」
「……」
「エイルが何もしてくれないのはわからないが、誰かを頼れよ。現に俺がいるわけだし」
「……電話しないと」
「電話? 誰にだ」
「シャロさんに」
「あいつ帰ってきているのか!? 分かった……俺が電話する。だからその間、友達を頼んだ」
両手に抱えていたチワワをクレハに渡し、マウムは電話をかけ始めた。おそらくかかってきた相手がクレハではないから驚いているだろうが、事情を話しつつ病院へ向かってくれるということだった。
「これでよし」
「フォルトさんは?」
「まだ子供だってさ」
「そっか……」
「ただ異様な言葉を発しているらしい」
「え? それってスヌイ先生と同じ」
「いや、スヌイとは違う……あいつの話し相手は女神だろう。あの能力は女神に愛されたものでしか使用することが出来ないから」
「神は……天使を殺す」
「クレハが何処まで知っているか分からないが、フォルトを守っている女神はおそらく、この世界の神ではない」
「なんで言い切れるの?」
「フォルトがたまに言っていた女神の名前は化け物達が話した神の名前の中になかったから」
「そう……なの」
「だからきっとすぐに戻る……だからこうやって電話もかかってくる」
「え?」
「はい……クレハなら一緒にいるけど……かわれか」
マウムから電話を受け取るとそこから発せられていた声はフォルトのものだった。
『クレハ……大丈夫?』
「フォルトさん?」
『ランは元に戻った?』
「子供から元に戻りましたよ……でも熱が酷くなって今は別の病室にいます。……けどフォルトさんは?」
『俺もちゃんと戻ったよ。女神様が助けてくれたんだ。まぁ……代わりにスヌイが作った制御装置を取られちゃったんだけどね。「もうこれは必要ないでしょう」って言われて』
「よかった……のかな」
『素直に喜んでくれよ……制御装置の件はまたあとでスヌイに相談しようと思っているし……もうすぐで病院に着くからまたあとで』
「はい」
「……切れたか」
「うん」
「これで全員戻ったか」
「研究員さん達は戻ってないんじゃ……」
「あれは関係ないし……仲間が戻ってくれば俺はいい。むしろ戻ってきてほしくない。動物達のためにも」
チワワも弱々しくそれに返事をして、クレハも何を言ったらいいのかわからず黙っていた。しかしそれを妨げるように廊下を走る音が響き、クレハはその音に反応して扉の方を見ていた。するとそこにトランとエイルが立っていた。クレハは小さく「幻覚?」と呟いたが、それにつっこむようにマウムが「どう見ても幻覚じゃないだろう」と言った。
「俺はランの方を見て来るから」
そういうマウムにクレハの両手から抜け出したチワワは彼の足元に降り立った。クレハが止めようとするが、それを阻止するようにトランとエイルが病室に入ってきた。しかしトランがクレハに近づくことはなく、マウムに手を引かれて連れて行かれてしまった。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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