二つの世界の終着点 第一章(3/4)
公開 2023/12/17 14:31
最終更新
2023/12/26 23:40
(空白)
病院の一室、クレハはリハビリ兼検査が終わって自分の病室に戻っていた。スヌイはすぐに呼ばれていなくなってしまい、ベッドから立ち上がり窓の外を見ていた。足の負傷は最初からなかったかのように車椅子を必要とせずに、リハビリでも歩き続けていた。しかし記憶だけはどうしても戻らなかった。一番必要としている記憶だけが砂嵐に覆われて思い出すことが出来なかった。
「エイル……さん」
悲しそうに彼の名前を出したクレハのつけていた指輪の宝石は黒色に染まり、窓には黒い何かが張り付いていたが、彼女は一向にそれに気づかなかった。しかし一つの黒い何かが扉の外に伸びて、やっと気づき、その方を見るとガットが立っていた。
「うわぁ」
「……えっ」
「ちょ……離せ」
その声を聞いて一度は恐怖したものの、研究者達とは違う何かを感じた。それが何なのかは分からないが、悪い人ではないことはすぐに理解した。だから「離れて」と念じて、黒い何かはガットから離れた。
「……まったくなんだよ」
「ごめんなさい」
「あっ、人いたんだ……こちらこそごめん。エイルがここにいるはずなんだけど見てない?」
「そういえばスヌイ先生に頼まれて能力研究所? ってところに」
「……ってことはすれ違いか」
「すれ違い?」
「ああ、いつもならそっちにいるからね。空間転移の能力を使って人も物も運ぶための道具として……使われている……だけ」
「それってすごい」
「えっ」
「いろんなところに行けるんでしょう!」
「……君もエイルと同じ反応をするんだな」
「そうなんですか」
「あいつも記憶喪失だったからか、どこか遠くに行きたいと言ったんだ。小さな街という檻から抜け出したかったんだか、知らないが……君は何処に行きたい?」
「私は……えっと……大きな建物が壊れているところ」
「?」
「ごめんなさい。分からなくて当然で……記憶の破片に残されていた風景なんです。何か……でもそれ以上思い出せなくて、頭痛くなっちゃって」
「ちょっと待ってて……調べるから」
ガットはそう言い、小型タブレットを取り出して調べ始めた。一つの画面をスライドすると、その画像が宙に浮かび、多くの検索結果が彼の周りに飛んでいた。数分探し続けてやっと一つの答えに辿り着いたようで、彼はクレハに画面を見せた。それはあの日、大爆発が起きたとされる建物だった。
「これじゃないかな?」
「うーん」
「これじゃないとするとちょっとわからないなぁ」
「でも似ている」
「……俺はこれをちゃんと見たわけじゃないけど、情報源であるランさんやフォルトさんは見ているはず」
「二人にお話って聞くことは出来ますか?」
「そうだね……ただ二人とも今忙しいからね」
「そうですか……」
「あっ、でも俺の能力使えばすぐにでも」
「その必要はねぇ」
クレハとガットの会話に入り込んだ声はエイルだった。能力研究所から逃げ帰るように病院に戻ってきた彼は一目散にクレハの元にやってきた。
「息を切らして大丈夫なの?」
「クレハも普通に歩けるのか!?」
「うん……何も異常ないって言われて、リハビリの時間を短くしてもらったの」
「そうか」
「エイル? まさかとは思うが、約束を忘れたとは言わないよな」
「あっ」
「お前……まぁ、今回はいいよ。用事があったみたいだし」
「ごめん、スヌイ先生から言われてさ」
「……そうだ、さっき必要ないって何だよ」
「フォルトからある程度の話は聞いてきたからさ」
「……それってさ。先にスヌイ先生に言うべきじゃないのか?」
「確かに」
「俺が能力でスヌイ先生の所に運んでやろうか? 早く済んだらその方がいいだろう」
「トラン先生みたいにやらないでね」
「ああ、あれは気分悪かったからそうしただけ。それじゃ行くぞ」
ガットの言葉にエイルが頷き、肩に触れるとエイルはその場から消えた。クレハは一連の流れに少し驚いて「あっ」と声に出していた。
「俺もスヌイ先生の所に行かないと」
「エイルさんを迎えに? でも一緒に行ったらよかったのでは」
「そうだけど、君には伝えてなかったから……クレハさん」
「あっ、名前」
「エイルがさっきから言っていたから。それじゃまたね」
そう言ってガットもクレハの前から消えた。静かな部屋にクレハはまたひとりぼっちになった。しかし指輪の宝石は藍色に染まり、砂嵐に覆われていた記憶は少しだけ晴れていた。ガットが見せた爆発に巻き込まれた建物と記憶の破片に残された風景が少しずつ重なり、一つの風景を作り出そうとしていた。だがそれを阻止したのは一羽の鳥だった。指輪の宝石は藍色を失い、透明となり、クレハは窓の端に止まった小鳥を見ていた。病院に迷い込んでしまったのかもしれない、と思って窓を開けようとすると「ダメだよ」と声が聞こえた。
「その子は君に会いたかったんだよ」
声の方を見ると扉の所にたくさんの動物達と一人の少年が立っていた。
「ど、動物? 会いたがっていたってどういうこと」
「俺には生き物達の言葉がわかる。それをあいつらは生物対話の能力だって言った」
「……そうなの。でも病院に」
「お前もエイルと同じか」
「え」
「みんな楽しみでここに来たのに」
「……ごめんね」
「……悩んでいるのか?」
「うん?」
「うんじゃねーよ。記憶喪失の人ってこんなばっかりか」
「それは分からない」
「そりゃそうだ。他の記憶喪失者に会ったことないならなおさら……」
マウムはクレハに抱えていたチワワを押し付けた。それを合図と見たのか他の動物達もクレハの近くに集まり始めた。
「大丈夫だよ。この子達は皆優しいから」
「……かわいい」
「そう言われて皆嬉しそうだよ」
「本当に聞こえているんだね」
「嘘だと思っていたのか?」
「そういうわけじゃないよ」
「本当のことを言ってもらった方が楽だ」
「……思ってました」
「正直でよろしい……まぁ普通そうだよな」
「でもいいなって思う」
「なんで?」
「なんでって……うーん、何を言っているのか聞いてみたいからかな」
「そんな考えか」
「ダメなの?」
「能力というものは選べないからこそ、差別の対象になる」
「?」
「俺は捨てられたんだよ、この能力のせいで。生き物達と会話なんて普通の人間から見ればただの妄想や幻聴だって、変なやつだって……今は理解してくれる奴らがいるから生きているけど、それすらも見つけてくれなかったら俺は死んでいた」
「……」
「君は助けられた。だがその記憶はきっと忘れた方がいい」
「どうしてそう言い切れる?」
「思い出すのは事故の記憶……悲しみを増幅させるだけのいらないものだろう」
「いらないって……でも」
「スヌイが必要だと言ったのか? そんなの研究のためでしかない。疑似的能力を持つ唯一の存在を失うわけにはいかないから、捕えているだけ」
「スヌイ先生はそんな人じゃないよ!」
「……そう思うならそう思えばいい。いつかは思い出す記憶……それがどうであれ俺には関係ないこと……また強く言いすぎたな」
「……動物達がみんなないている?」
「ごめん」
「ねぇ」
「……なんだよ。俺のこと嫌いになっただろう」
「ううん、大丈夫……あなたの心は私の力で癒すから」
その言葉に反応し、『ハク』と告げなくても指輪の宝石は白色に染まり、白い翼が生えた。そしてマウムの手を取り、白い光は彼を包み込む。強い悲しみが黒い靄としてあふれ出し、それは浄化されて消えていった。
「天使」
「ん?」
「『光の天使』……か」
そう呟くマウムだったが、クレハには聞こえていなかった。黒い靄がなくなった頃、白い翼が消えて、指輪の宝石は透明に戻っていた。疑似的能力の使用によってクレハの体はふらふらしていた。「大丈夫か?」と問うマウムの声も聞こえているかどうか怪しい状態だった。ついに維持できなくなりクレハの体が倒れそうになった時、それを支えたのはマウムでもなくその近くにいた動物でもなく、報告が終わって戻ってきたエイルだった。倒れる寸前で時間操作の能力を使用して時を止め、クレハに近づいて時を動かした。
「……エイル」
「なんで」
「俺は帰る」
「おい!」
「彼女は……ありがとう」
「え? ……ってどういうことだよ」
エイルがマウムに対して尋ねるが答える気配はなく、彼が病室から出ると動物達もついて行ってしまった。クレハをベッドに寝かせてエイルが病室から出た時にはマウムの姿はどこにもなかった。代わりにガットが廊下に立っていた。
「走っていかなくても送ってやったのに」
「……ガットがやったのか?」
「何を」
「マウムは何処に行った?」
「あー、彼はもうここにはいない」
「やっぱり」
「能力研究所から抜け出したって連絡が入ったから仕方なく……あんな大量に動物がいたら病院も困るだろう」
「確かに……でもまだ聞いていないことが」
「そうだったのか」
「……」
「エイルに伝えなきゃいけないことがある。たぶんクレハさんはすべて思い出す」
「何故?」
「とある写真を見せたんだ。それが爆発事故が起きた場所だったんだよ。記憶の片隅に残されていた風景らしくてさ……きっと彼女はそこに行きたがるかもしれない」
「でも今立入禁止じゃなかったか?」
「そうだ。だが重要参考人でもあるクレハさんは例外と言えないか?」
「なぁ……皆クレハを犯人と思っているのか」
「そういうことではない。ただ事故と関わっていることは明白であり、あの街で疑似的能力を保有したまま生き残っているのが彼女だけであると分かっているんだ」
「そんな重要なこと、フォルトは言ってくれなかったが」
「エイルが聞いたのはクレハさんのことだけだろう。事故のことを聞いたわけじゃない」
「そうだけどさ」
「……言われたら連れて行くといい。許可は先に出しておくからさ……うん? あー」
「忙しいんだろう」
「俺は別に……行きたくないんだけど、はぁ……。じゃあ、また」
ガットはそう言いつつ、エイルに軽く手を振ると空間転移の能力でその場から消えた。エイルは静かに眠るクレハのもとへ行き、頭を撫でてあげた。
数日間、病棟を回りながらあらゆる検査を受けたクレハは退院してもいいとなったが、事故によって家族は死亡し、親戚も確認できないことから彼女を一時的に能力研究所の一室にいてもらおうという話になった。その話を聞いてエイルは最初こそ否定側だったが、クレハが「大丈夫」と繰り返すから少しの不安を抱えつつも承諾した。
能力研究所に連れて行く日が決まって、その準備に追われていたクレハはなんとなくぼーっとする時間が増えていた。少しずつ記憶が紐解かれて霧に覆われていた風景が開き始めていた。エイルが夜遅くまで調べものをしている時、寝ているふりをして覗いたことがあった。そこに映っていた画像と記憶の破片に残されていた風景が重なり、指輪の宝石が藍色に染まるのもクレハは分かっていた。しかし完全には思い出せず、いつまで経っても最後の記憶は瓦礫の中だった。
そして準備完了、出発の日。能力研究所の職員達が来ると言われて、病院の玄関で待っていると、そこにいたのはランだった。
「おまたせ」
「なんで……」
「君がクレハだね」
「あっ、はい、そうです」
「おい、僕は聞いているんだよ」
「うるさいなぁ……急いでいるんだよ。職員達が来る前に連れて行かなきゃいけない場所があるんだからな」
「それってどこ?」
「クレハが心配することじゃない。エイル! お前も協力しろ」
「協力って……何を」
「手を貸せ、そして時間操作の能力をつかえ……クレハもどこでもいいからエイルを掴んでおけよ」
「? わかりました」
「……短時間で済ませてくれよ」
「それはお前達が飛ばされなければな」
疑問を持ちながらクレハはエイルの腕を掴むと、あたりの空気が凍るように時間が止まった。「離すな」と強めの言葉に圧を感じていると、ランが速度変化の能力を使用し、強風が荒れる天気のように目も開けられないほどになった。しかし呼吸は苦しくならず、ランもそこは考慮したようで、一瞬で辿り着いた。
「俺は離すけど……クレハは離さなくていいよ」
「いや、能力はいったん切るから」
「……切らなくていい。むしろ切るな」
「なんでよ」
「感知される」
「それがどうした」
「ガットはそれで捕まったんだよ」
「え? 捕まったって……!? なんでだよ」
「原因は不明だが、能力研究所の一部が乗っ取られた可能性がある。今フォルトとアシビが原因を突き止めようとしているけど……」
「マウムは?」
「あいつは大丈夫。何故か知らないが、原因不明の化け物との会話が可能で匿われているからな。攻撃すらされていない」
「なんだよそれ」
「……えっと」
「あー、名前はランだ」
「ランさんはどうするの?」
「フォルトが特定してくれた場所に行くつもりだ。それからはどうなるか分からない」
「僕も行った方がいいんじゃないのか?」
「お前はクレハを守れ……もしかしたら狙いはクレハかもしれないんだ。たとえ記憶をなくしてもその力があるのならば……」
「わかった。でも絶対に捕まるなよ」
「能力があるうちは逃げられるさ……さあ!」
ランはエイルから手を離し、彼の時間は止まってしまった。クレハも驚きで手を離してしまいそうになるが、エイルがクレハの腕を掴んで事なきを得た。
しかし時間操作の能力の永続時間が使用者の体の負担と重なって途切れてしまった。止まっていたすべてのものが動き出し、エイルはその場にしゃがみ込んだ。ランと別れてからかなりの時間を浪費して進んでいたが、あと少しというところだった。その距離はほんのわずかだったのだが、建物と似つかない爆発によって破壊されたそれの前に人型の化け物が大量にいた。ランが言っていたものか不明だが、それらは二人に襲い掛かった。動くこともままならないエイルは絶望しかなかったが、クレハの影が二人を覆うように広がり、そこから伸びた黒い何かが化け物の体を貫いていた。クレハの指輪の宝石は黒色に染まり、それは少しずつ赤色へと変化していた。
「みんな……殺すから」
その呟きをクレハが放ったとエイルは思いたくなかったが、影が普通の状態に戻り、宝石の色が完全な赤色へと変化した時、化け物は彼女の手によって飛ばされていた。飛ばされた先で破片に刺さり、謎の液体を噴出させながら息絶えていく。頭を足で潰し、腕をへし折り、あまりにも悲惨なことが起きていてもクレハは何も言わなかった。しかしそれでも化け物達の数は減らず、圧倒的に不利な状態であることは変わらなかった。そして悲劇は続く。赤色に染まっていた宝石は時間切れと言わんばかりに透明に戻り、クレハは強制的に正気に戻ってしまった。
「……あ」
「クレハ!」
エイルの言葉も虚しく、クレハは化け物に近づきすぎたせいで、それらが覆い被ろうとしていた。しかしそれは防がれて、叶わなかった。指輪の宝石は白色に染まり、クレハとエイルを囲むように結界が張られた。だがそれもすぐにヒビが入ってしまうほど脆く、もうダメだと諦めるしかなかった。
「ごめんね」
「いや……僕が時間を止める。だから手を」
「ううん。もう大丈夫」
「何故……」
「これはあの時の記憶。私が見た真実の……それを復唱するために起きた出来事」
「何をするつもりだ!」
「だから」
クレハの結界が壊れ、化け物は一斉に彼女に襲い掛かる。けれどその体は真っ二つに引き裂かれ、その血は振り下ろされた鎌についていた。指輪の宝石はあの日見た藍色に染まっていて、気のせいではなかったことを改めて理解した。化け物達は勢いよく飛びかかるが、すべてはその鎌によって引き裂かれ、地面には謎の液体が染み込んでいた。エイルにも化け物は近づくが、クレハが気づいていなくても、鎌は振り下ろされて倒れていった。そして化け物達は消えた。数はまだあったはずなのに、彼女の力に怯えて逃げて行ってしまった。
「君はクレハなのか」
「……何を言っているの? エイルさん」
「本当に」
「私がみんなを殺してしまった……だから怖くて記憶喪失になったんだと思います」
クレハは振り返り、エイルにそう言いながらも震えながら泣いていた。まだ記憶が戻ったばかりで鎌を振り下ろせることを知ったから能力を使用したと言わんばかりに。ただ指輪の宝石は藍色に染まったままだった。
エイルは自分が無理をしていると分かっていながら、立ち上がりクレハを抱き寄せた。動くことさえ困難ですぐにでも倒れる可能性があったにもかかわらず、クレハの恐怖を和らげる方へと体は勝手に動いていた。クレハはエイルの腕の中で泣き崩れて、鎌は砂のように消えて、宝石の藍色は透明に戻っていた。
病院の一室、クレハはリハビリ兼検査が終わって自分の病室に戻っていた。スヌイはすぐに呼ばれていなくなってしまい、ベッドから立ち上がり窓の外を見ていた。足の負傷は最初からなかったかのように車椅子を必要とせずに、リハビリでも歩き続けていた。しかし記憶だけはどうしても戻らなかった。一番必要としている記憶だけが砂嵐に覆われて思い出すことが出来なかった。
「エイル……さん」
悲しそうに彼の名前を出したクレハのつけていた指輪の宝石は黒色に染まり、窓には黒い何かが張り付いていたが、彼女は一向にそれに気づかなかった。しかし一つの黒い何かが扉の外に伸びて、やっと気づき、その方を見るとガットが立っていた。
「うわぁ」
「……えっ」
「ちょ……離せ」
その声を聞いて一度は恐怖したものの、研究者達とは違う何かを感じた。それが何なのかは分からないが、悪い人ではないことはすぐに理解した。だから「離れて」と念じて、黒い何かはガットから離れた。
「……まったくなんだよ」
「ごめんなさい」
「あっ、人いたんだ……こちらこそごめん。エイルがここにいるはずなんだけど見てない?」
「そういえばスヌイ先生に頼まれて能力研究所? ってところに」
「……ってことはすれ違いか」
「すれ違い?」
「ああ、いつもならそっちにいるからね。空間転移の能力を使って人も物も運ぶための道具として……使われている……だけ」
「それってすごい」
「えっ」
「いろんなところに行けるんでしょう!」
「……君もエイルと同じ反応をするんだな」
「そうなんですか」
「あいつも記憶喪失だったからか、どこか遠くに行きたいと言ったんだ。小さな街という檻から抜け出したかったんだか、知らないが……君は何処に行きたい?」
「私は……えっと……大きな建物が壊れているところ」
「?」
「ごめんなさい。分からなくて当然で……記憶の破片に残されていた風景なんです。何か……でもそれ以上思い出せなくて、頭痛くなっちゃって」
「ちょっと待ってて……調べるから」
ガットはそう言い、小型タブレットを取り出して調べ始めた。一つの画面をスライドすると、その画像が宙に浮かび、多くの検索結果が彼の周りに飛んでいた。数分探し続けてやっと一つの答えに辿り着いたようで、彼はクレハに画面を見せた。それはあの日、大爆発が起きたとされる建物だった。
「これじゃないかな?」
「うーん」
「これじゃないとするとちょっとわからないなぁ」
「でも似ている」
「……俺はこれをちゃんと見たわけじゃないけど、情報源であるランさんやフォルトさんは見ているはず」
「二人にお話って聞くことは出来ますか?」
「そうだね……ただ二人とも今忙しいからね」
「そうですか……」
「あっ、でも俺の能力使えばすぐにでも」
「その必要はねぇ」
クレハとガットの会話に入り込んだ声はエイルだった。能力研究所から逃げ帰るように病院に戻ってきた彼は一目散にクレハの元にやってきた。
「息を切らして大丈夫なの?」
「クレハも普通に歩けるのか!?」
「うん……何も異常ないって言われて、リハビリの時間を短くしてもらったの」
「そうか」
「エイル? まさかとは思うが、約束を忘れたとは言わないよな」
「あっ」
「お前……まぁ、今回はいいよ。用事があったみたいだし」
「ごめん、スヌイ先生から言われてさ」
「……そうだ、さっき必要ないって何だよ」
「フォルトからある程度の話は聞いてきたからさ」
「……それってさ。先にスヌイ先生に言うべきじゃないのか?」
「確かに」
「俺が能力でスヌイ先生の所に運んでやろうか? 早く済んだらその方がいいだろう」
「トラン先生みたいにやらないでね」
「ああ、あれは気分悪かったからそうしただけ。それじゃ行くぞ」
ガットの言葉にエイルが頷き、肩に触れるとエイルはその場から消えた。クレハは一連の流れに少し驚いて「あっ」と声に出していた。
「俺もスヌイ先生の所に行かないと」
「エイルさんを迎えに? でも一緒に行ったらよかったのでは」
「そうだけど、君には伝えてなかったから……クレハさん」
「あっ、名前」
「エイルがさっきから言っていたから。それじゃまたね」
そう言ってガットもクレハの前から消えた。静かな部屋にクレハはまたひとりぼっちになった。しかし指輪の宝石は藍色に染まり、砂嵐に覆われていた記憶は少しだけ晴れていた。ガットが見せた爆発に巻き込まれた建物と記憶の破片に残された風景が少しずつ重なり、一つの風景を作り出そうとしていた。だがそれを阻止したのは一羽の鳥だった。指輪の宝石は藍色を失い、透明となり、クレハは窓の端に止まった小鳥を見ていた。病院に迷い込んでしまったのかもしれない、と思って窓を開けようとすると「ダメだよ」と声が聞こえた。
「その子は君に会いたかったんだよ」
声の方を見ると扉の所にたくさんの動物達と一人の少年が立っていた。
「ど、動物? 会いたがっていたってどういうこと」
「俺には生き物達の言葉がわかる。それをあいつらは生物対話の能力だって言った」
「……そうなの。でも病院に」
「お前もエイルと同じか」
「え」
「みんな楽しみでここに来たのに」
「……ごめんね」
「……悩んでいるのか?」
「うん?」
「うんじゃねーよ。記憶喪失の人ってこんなばっかりか」
「それは分からない」
「そりゃそうだ。他の記憶喪失者に会ったことないならなおさら……」
マウムはクレハに抱えていたチワワを押し付けた。それを合図と見たのか他の動物達もクレハの近くに集まり始めた。
「大丈夫だよ。この子達は皆優しいから」
「……かわいい」
「そう言われて皆嬉しそうだよ」
「本当に聞こえているんだね」
「嘘だと思っていたのか?」
「そういうわけじゃないよ」
「本当のことを言ってもらった方が楽だ」
「……思ってました」
「正直でよろしい……まぁ普通そうだよな」
「でもいいなって思う」
「なんで?」
「なんでって……うーん、何を言っているのか聞いてみたいからかな」
「そんな考えか」
「ダメなの?」
「能力というものは選べないからこそ、差別の対象になる」
「?」
「俺は捨てられたんだよ、この能力のせいで。生き物達と会話なんて普通の人間から見ればただの妄想や幻聴だって、変なやつだって……今は理解してくれる奴らがいるから生きているけど、それすらも見つけてくれなかったら俺は死んでいた」
「……」
「君は助けられた。だがその記憶はきっと忘れた方がいい」
「どうしてそう言い切れる?」
「思い出すのは事故の記憶……悲しみを増幅させるだけのいらないものだろう」
「いらないって……でも」
「スヌイが必要だと言ったのか? そんなの研究のためでしかない。疑似的能力を持つ唯一の存在を失うわけにはいかないから、捕えているだけ」
「スヌイ先生はそんな人じゃないよ!」
「……そう思うならそう思えばいい。いつかは思い出す記憶……それがどうであれ俺には関係ないこと……また強く言いすぎたな」
「……動物達がみんなないている?」
「ごめん」
「ねぇ」
「……なんだよ。俺のこと嫌いになっただろう」
「ううん、大丈夫……あなたの心は私の力で癒すから」
その言葉に反応し、『ハク』と告げなくても指輪の宝石は白色に染まり、白い翼が生えた。そしてマウムの手を取り、白い光は彼を包み込む。強い悲しみが黒い靄としてあふれ出し、それは浄化されて消えていった。
「天使」
「ん?」
「『光の天使』……か」
そう呟くマウムだったが、クレハには聞こえていなかった。黒い靄がなくなった頃、白い翼が消えて、指輪の宝石は透明に戻っていた。疑似的能力の使用によってクレハの体はふらふらしていた。「大丈夫か?」と問うマウムの声も聞こえているかどうか怪しい状態だった。ついに維持できなくなりクレハの体が倒れそうになった時、それを支えたのはマウムでもなくその近くにいた動物でもなく、報告が終わって戻ってきたエイルだった。倒れる寸前で時間操作の能力を使用して時を止め、クレハに近づいて時を動かした。
「……エイル」
「なんで」
「俺は帰る」
「おい!」
「彼女は……ありがとう」
「え? ……ってどういうことだよ」
エイルがマウムに対して尋ねるが答える気配はなく、彼が病室から出ると動物達もついて行ってしまった。クレハをベッドに寝かせてエイルが病室から出た時にはマウムの姿はどこにもなかった。代わりにガットが廊下に立っていた。
「走っていかなくても送ってやったのに」
「……ガットがやったのか?」
「何を」
「マウムは何処に行った?」
「あー、彼はもうここにはいない」
「やっぱり」
「能力研究所から抜け出したって連絡が入ったから仕方なく……あんな大量に動物がいたら病院も困るだろう」
「確かに……でもまだ聞いていないことが」
「そうだったのか」
「……」
「エイルに伝えなきゃいけないことがある。たぶんクレハさんはすべて思い出す」
「何故?」
「とある写真を見せたんだ。それが爆発事故が起きた場所だったんだよ。記憶の片隅に残されていた風景らしくてさ……きっと彼女はそこに行きたがるかもしれない」
「でも今立入禁止じゃなかったか?」
「そうだ。だが重要参考人でもあるクレハさんは例外と言えないか?」
「なぁ……皆クレハを犯人と思っているのか」
「そういうことではない。ただ事故と関わっていることは明白であり、あの街で疑似的能力を保有したまま生き残っているのが彼女だけであると分かっているんだ」
「そんな重要なこと、フォルトは言ってくれなかったが」
「エイルが聞いたのはクレハさんのことだけだろう。事故のことを聞いたわけじゃない」
「そうだけどさ」
「……言われたら連れて行くといい。許可は先に出しておくからさ……うん? あー」
「忙しいんだろう」
「俺は別に……行きたくないんだけど、はぁ……。じゃあ、また」
ガットはそう言いつつ、エイルに軽く手を振ると空間転移の能力でその場から消えた。エイルは静かに眠るクレハのもとへ行き、頭を撫でてあげた。
数日間、病棟を回りながらあらゆる検査を受けたクレハは退院してもいいとなったが、事故によって家族は死亡し、親戚も確認できないことから彼女を一時的に能力研究所の一室にいてもらおうという話になった。その話を聞いてエイルは最初こそ否定側だったが、クレハが「大丈夫」と繰り返すから少しの不安を抱えつつも承諾した。
能力研究所に連れて行く日が決まって、その準備に追われていたクレハはなんとなくぼーっとする時間が増えていた。少しずつ記憶が紐解かれて霧に覆われていた風景が開き始めていた。エイルが夜遅くまで調べものをしている時、寝ているふりをして覗いたことがあった。そこに映っていた画像と記憶の破片に残されていた風景が重なり、指輪の宝石が藍色に染まるのもクレハは分かっていた。しかし完全には思い出せず、いつまで経っても最後の記憶は瓦礫の中だった。
そして準備完了、出発の日。能力研究所の職員達が来ると言われて、病院の玄関で待っていると、そこにいたのはランだった。
「おまたせ」
「なんで……」
「君がクレハだね」
「あっ、はい、そうです」
「おい、僕は聞いているんだよ」
「うるさいなぁ……急いでいるんだよ。職員達が来る前に連れて行かなきゃいけない場所があるんだからな」
「それってどこ?」
「クレハが心配することじゃない。エイル! お前も協力しろ」
「協力って……何を」
「手を貸せ、そして時間操作の能力をつかえ……クレハもどこでもいいからエイルを掴んでおけよ」
「? わかりました」
「……短時間で済ませてくれよ」
「それはお前達が飛ばされなければな」
疑問を持ちながらクレハはエイルの腕を掴むと、あたりの空気が凍るように時間が止まった。「離すな」と強めの言葉に圧を感じていると、ランが速度変化の能力を使用し、強風が荒れる天気のように目も開けられないほどになった。しかし呼吸は苦しくならず、ランもそこは考慮したようで、一瞬で辿り着いた。
「俺は離すけど……クレハは離さなくていいよ」
「いや、能力はいったん切るから」
「……切らなくていい。むしろ切るな」
「なんでよ」
「感知される」
「それがどうした」
「ガットはそれで捕まったんだよ」
「え? 捕まったって……!? なんでだよ」
「原因は不明だが、能力研究所の一部が乗っ取られた可能性がある。今フォルトとアシビが原因を突き止めようとしているけど……」
「マウムは?」
「あいつは大丈夫。何故か知らないが、原因不明の化け物との会話が可能で匿われているからな。攻撃すらされていない」
「なんだよそれ」
「……えっと」
「あー、名前はランだ」
「ランさんはどうするの?」
「フォルトが特定してくれた場所に行くつもりだ。それからはどうなるか分からない」
「僕も行った方がいいんじゃないのか?」
「お前はクレハを守れ……もしかしたら狙いはクレハかもしれないんだ。たとえ記憶をなくしてもその力があるのならば……」
「わかった。でも絶対に捕まるなよ」
「能力があるうちは逃げられるさ……さあ!」
ランはエイルから手を離し、彼の時間は止まってしまった。クレハも驚きで手を離してしまいそうになるが、エイルがクレハの腕を掴んで事なきを得た。
しかし時間操作の能力の永続時間が使用者の体の負担と重なって途切れてしまった。止まっていたすべてのものが動き出し、エイルはその場にしゃがみ込んだ。ランと別れてからかなりの時間を浪費して進んでいたが、あと少しというところだった。その距離はほんのわずかだったのだが、建物と似つかない爆発によって破壊されたそれの前に人型の化け物が大量にいた。ランが言っていたものか不明だが、それらは二人に襲い掛かった。動くこともままならないエイルは絶望しかなかったが、クレハの影が二人を覆うように広がり、そこから伸びた黒い何かが化け物の体を貫いていた。クレハの指輪の宝石は黒色に染まり、それは少しずつ赤色へと変化していた。
「みんな……殺すから」
その呟きをクレハが放ったとエイルは思いたくなかったが、影が普通の状態に戻り、宝石の色が完全な赤色へと変化した時、化け物は彼女の手によって飛ばされていた。飛ばされた先で破片に刺さり、謎の液体を噴出させながら息絶えていく。頭を足で潰し、腕をへし折り、あまりにも悲惨なことが起きていてもクレハは何も言わなかった。しかしそれでも化け物達の数は減らず、圧倒的に不利な状態であることは変わらなかった。そして悲劇は続く。赤色に染まっていた宝石は時間切れと言わんばかりに透明に戻り、クレハは強制的に正気に戻ってしまった。
「……あ」
「クレハ!」
エイルの言葉も虚しく、クレハは化け物に近づきすぎたせいで、それらが覆い被ろうとしていた。しかしそれは防がれて、叶わなかった。指輪の宝石は白色に染まり、クレハとエイルを囲むように結界が張られた。だがそれもすぐにヒビが入ってしまうほど脆く、もうダメだと諦めるしかなかった。
「ごめんね」
「いや……僕が時間を止める。だから手を」
「ううん。もう大丈夫」
「何故……」
「これはあの時の記憶。私が見た真実の……それを復唱するために起きた出来事」
「何をするつもりだ!」
「だから」
クレハの結界が壊れ、化け物は一斉に彼女に襲い掛かる。けれどその体は真っ二つに引き裂かれ、その血は振り下ろされた鎌についていた。指輪の宝石はあの日見た藍色に染まっていて、気のせいではなかったことを改めて理解した。化け物達は勢いよく飛びかかるが、すべてはその鎌によって引き裂かれ、地面には謎の液体が染み込んでいた。エイルにも化け物は近づくが、クレハが気づいていなくても、鎌は振り下ろされて倒れていった。そして化け物達は消えた。数はまだあったはずなのに、彼女の力に怯えて逃げて行ってしまった。
「君はクレハなのか」
「……何を言っているの? エイルさん」
「本当に」
「私がみんなを殺してしまった……だから怖くて記憶喪失になったんだと思います」
クレハは振り返り、エイルにそう言いながらも震えながら泣いていた。まだ記憶が戻ったばかりで鎌を振り下ろせることを知ったから能力を使用したと言わんばかりに。ただ指輪の宝石は藍色に染まったままだった。
エイルは自分が無理をしていると分かっていながら、立ち上がりクレハを抱き寄せた。動くことさえ困難ですぐにでも倒れる可能性があったにもかかわらず、クレハの恐怖を和らげる方へと体は勝手に動いていた。クレハはエイルの腕の中で泣き崩れて、鎌は砂のように消えて、宝石の藍色は透明に戻っていた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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