二つの世界の終着点 第一章(2/4)
公開 2023/12/17 14:27
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 本当の色は影に眩まれて、天井の白は灰色に曇っていた。ゆっくりと開かれた目に映っていたのは知らない人達だった。少女は頭に痛みを感じながら、恐怖感に苛まれていた。
「……何も思い出せない」
 その少女の呟きを聞き逃さなかったスヌイはかつてのエイルのことを思い出していた。彼もまた疑似的能力の事件に巻き込まれて記憶を失い、病院に運ばれてきた患者だった。しかし日常的に暮らせる程度までの記憶はすぐに回復したが、彼が首にかけている懐中時計に関する記憶だけは戻らなかった。スヌイは少女の右手の薬指に指輪がはまっていることに気づいていて、今回の疑似的能力事故に関係しているのは明白であった。
 少女が目覚めたことを確認して、口に当てていた呼吸器を外して、ベッドを座れる程度に傾かせた。
「だ……れ?」
「私はスヌイという医者だ」
「……お医者さん」
「そうだよ。ここは病院、安心して……すべて失っていたとしても時間がかかろうとも記憶は必ず戻るから」
「クレハ」
「ん?」
「私の名前……クレハっていうの」
「それは今思い出したことか?」
「うん」
「よかった。一応、検査もかねていろんなことを聞くと思う。だがその相手をするのは私ではない」
「先生じゃないの?」
「私の助手的立場の人間がいてね。彼に頼もうかと思う……ちょっと待ってね」
 そう話しつつスヌイは携帯を取り出して、エイルに電話していた。しかし呼び出しに応じず、それは着信したという通知だけが残った。
「……何かあったかな? まぁ気づくだろう。さて助手が来るまで話をしようか」
「……はい」
「心配はしなくていい。そうだな……彼について話しておこう」
「彼?」
「ああ、さっき電話をかけた相手……エイルのことさ」
「エイル」
「うん、彼も君と同じ記憶喪失だったんだよ」
「えっ」
「でも今は思い出して、私の助手をしてくれている。だから……というわけではないが、同じ境遇ならば話を通して思い出せるかもしれないと考えた」
「……」
「大丈夫、彼は優しいから……たまにやらかすこともあるけど」
「ただいま、到着しました! スヌイ先生申し訳ございません」
 二人の会話に入ってきたのはエイルだった。スヌイは大丈夫だよ、と言いつつ少し声色が変わっていたが、それよりもクレハはエイルが息を切らしていることに疑問を持っていた。走ってきたのなら廊下に足音が響くはずなのに、何の音もなくいつのまにかそこにいた。
「あの……」
「君が」
「エイル、彼女が君の最初の患者だよ」
「へっ? 待ってください。いきなり患者なんて……今までなかったじゃないですか」
「君だからこそ頼みたい。彼女もまた記憶喪失だからな」
「……」
「……その手にしているのは指輪?」
「? 本当だ……でもどうしてだろう。何もわからない」
「そういうことだから、後は頼んだ。私は別の患者を診て来るよ」
「だから……って」
「エイルさん」
「あ、あ……名前は確か、クレハだったね」
「先生から聞いたの?」
「電話の留守番が入っていて、それで聞いたんだ」
「そう、なんだ。私は……ねぇ、どうやってここまで来たの?」
「それは時間操作の能力で」
「時間……操作?」
「あー、能力だよ。周りの時間を止めて、僕だけ動いていたから。いつの間にか存在しているという状況を作り出しているように見えるだけさ」
「能力ってすごいんだね」
「そんなことないさ。僕は特に……クレハもその指輪があれば使えるはずさ」
「ほんとに?」
「使える。僕以上のことが出来るかもしれないよ」
「……思い出したら使えるようになるのかな」
「無理に思い出す必要はないよ。今日は動けないだろうからあれだけど、リハビリを繰り返して病院から出られるようになったら、いろんなところに行こう」
「そうしたらいいの?」
「僕もいまいちわかっていないんだ。でも風景と記憶は繋がっているってスヌイ先生は言っていたから、それに頼ってみようかなって感じ」
「……そういえば……エイルさんはどうやって思い出したの?」
「僕か……僕はずっとスヌイ先生がいてくれた。どんなことでもいいからって……あの時の先生は医者というより研究者だったね。それに関しては今もだけどさ」
「……ごめんなさい」
「えっ、謝る必要はないよ。むしろ僕が悪かったね。もしかして眠たい?」
「あっ、うん。来てくれたのに」
「目覚めたばかりだからね。足も痛めているから疲労がたまりやすいんだろうな」
 エイルはベッドを動かしながらクレハに話しかけるものの、彼女はウトウトしていた。そして「おやすみなさい」とクレハがエイルにいうと眠りについてしまった。眠りについたのを確認してクレハの頭を撫でていると、廊下から覗き込む、トランが立っていた。
「おやおや」
「……! トラン先生でしたか」
「眠ってしまったか。スヌイから聞いたから見に来たのに」
「彼女は僕の患者です」
「おー! おめでとう。初めての患者か」
「だから何ですか」
「お祝いしてやっているというのにその態度は……」
「あなたと僕じゃ、境遇が違うんですから」
「一応、君も患者なんだよ」
「それは分かってますよ。でも彼女とは関係ない」
「これはらちが明かないな。さて、エイル、スヌイからの伝言だ」
「伝言なら先に行ってくださいよ」
「だってだな……まぁいい。今日は彼女の近くにいるように……とさ」
「……そのつもりですが、なにか? 僕が記憶喪失だった時もスヌイ先生はずっといましたからそうだと思いました」
「なんだ……スヌイの言っていた通りじゃないか」
「何が?」
「いや、こっちの話。まぁ頑張れよ」
 とぼけるトランを見ながら、『伝えなくてもわかる』とそんな感じのことを言われたのだろうとエイルは思っていた。眠るクレハの様子を見て、すぐにトランはカルテを振りながら病室から出て行った。
 バタバタと響く廊下をものともせず、クレハは眠り続けていた。様子を見に来た看護師も医者もその気配に気づくことなく、ずっと静かな呼吸を繰り返し眠っていた。エイルは「大丈夫ですよ」と言いつつ、病室の窓から空を見るくらいしかやることがなかった。もう少しちゃんと聞いておくべきだった、と後悔しながら夕暮れを通り越して夜になった。夜食として看護師が持ってきたおにぎりを食べていたが、一向に起きないクレハを心配して起こそうかと思ったが、気持ちよく寝る姿を見て、エイルも一緒に寝るかとクレハの手を握って座ったまま、ベッドの隙間を枕にして眠りについた。


 翌日、エイルが目覚めるとまだクレハは眠っていた。しかし病室にはスヌイの他に白衣を着た研究者達がいた。エイルはぼやけていたが、多くの人がいることを認識すると「えっ」という感じで警戒した。
「おはよう、エイル」
「……スヌイ先生、おはようございます。あの、何事ですか?」
「朝の様子を見に来ただけだよ」
「だとしても人多くないですか?」
「あー、彼ら達のことは気にしないでくれ」
「気にするなって無理ですよ。理由もなしに……スヌイ先生の研究者としての同僚さんですよね」
「そうだよ。これでも一応、検査の目的で来ているからね」
「……変なことしないでくださいよ」
「しない……とは言えないかな。でも怪我の様子を見るから」
 スヌイはそう言い、エイルは彼の邪魔にならないようにはけた、スヌイがクレハの手を取って目を閉じて、悪性感知の能力を使用している間、エイルは研究者達とともに静かに待っていた。すると異様に驚きながら、ぶつぶつと呟くスヌイに何があったんだろう、と思って話しかけようとする前に、眠っていたクレハが目を覚ました。
「……?」
「クレハ、おはよう」
「エイルさん……これはどういうこと」
「あー……説明は」
「怖いよ」
「大丈夫、悪い人達じゃ……」
 エイルがクレハを安心させようとしたが、研究者の一人が悲鳴を上げていた。研究者の足元に黒い何かが広がり、研究者を引きずり込もうとしていた。別の研究者はそれを助けようとするが、引っ張っても沈んでいく方の力が強すぎて何も出来なかった。エイルはクレハの目を隠そうとしたが、彼女の指輪が黒色に染まっていることに気づいた。何の色も示さなかった透明の宝石が真っ黒になっていた。
「これは……まさか能力!?」
「……たすけて、こわい、いやだ」
「クレハ、僕だよ」
「エイル……さん?」
「うん、僕だけ見ていればいい」
 エイルはクレハの体を起こして抱き寄せた。恐怖から閉じたクレハの瞼から一粒の雫が落ち、彼女は深呼吸を繰り返し少し落ち着いた。それと同時に指輪の宝石は黒色から透明に変わっていた。しかし一人の研究者は黒い何かに飲まれたまま戻らぬ人となった。
 そんなことが起きながらもスヌイは集中していたために気づかず、能力を使用して目を覚ました時、一人の研究者がなんでいないのかわからなかった。慌てふためく別の研究者から話を聞いたスヌイはクレハの目に入らないように病室から出るように命じた。
「エイル、クレハを離しなさい」
「もう大丈夫なんですか」
「ああ、連れてきた研究者達はいったん廊下に出てもらったから……それに衝撃的なことがわかってしまった」
「はい」
 エイルは言われた通りクレハから離れようとするが、嫌だと示すように服の裾を引っ張っていた。
「行かないで」
「どこにもいかないよ」
 それを聞いてクレハは服の裾を引っ張ることをやめたが、瞳は暗いままだった。代わりにエイルは右手を握ってあげることにした。
「もういいかい?」
「……先生」
「怖い人を連れてきてしまったことを謝罪するよ。ただその指輪が疑似的能力を宿すアクセサリーの可能性があって……」
「僕の時と同じじゃないですか」
「そういえばそうだったな。また過ちを繰り返してしまった」
「エイルと同じ?」
「そう、僕も記憶喪失に陥った時、研究者にあって暴れたことがあって。それに似たことが今日起きたというわけ。スヌイ先生、ただの好奇心で変なことしないでくださいよ」
「本当にすまないと思っている。……それで診察結果なのだが、昨日、足の負傷が見つかり、今も包帯は巻いたまま安静にしてもらっていると思う。骨も折れていて、その固定をしなきゃならんと思って、色々持ってきたが、その必要がなくなっていた」
「えっ? つまり一日で治ったんですか?!」
「そうだ。足の負傷はまるでなかったように赤く点滅することもなかった」
「まさか……」
「もしかして天使が助けてくれた?」
「クレハ、それはどういう意味だ」
「あっ……長い夢を見ていたの。白い天使と黒い悪魔、二人が助けてくれた」
「天使と悪魔……! 宝石が黒色に染まったのはそういうことか」
「エイルどうした?」
「能力だと思います。さっき指輪の宝石が黒色に染まった時、研究者は黒い何かに飲まれました。もしかして白色に染まった時、治癒が可能になるのではないでしょうか」
「……天使が言っていたの。もし何かあったら『ハク』と呟いて、と」
 その言葉に反応した指輪の宝石は白色に染まり、クレハの背に白い翼が生えた。まるで彼女自身が天使であるような姿へ変わっていた。繋がっていた点滴の針はそれによって取り除かれ、針の後も消滅していた。
「これが能力?」
 しかし白色が維持されることなく、宝石は透明に戻っていき、白い翼は消えた。また能力を使用した原因か、クレハの体はふらつき、エイルがとっさに支えた。
「ごめんなさい」
「大丈夫」
「……うん、エイルの言うことが正しいならすでに二つの能力がその指輪に宿っているということになる。やはり彼女は……知っているのかもしれない」
「知っている?」
「ああ、今回の事故……彼女も関わっているかもしれない。喪失してしまった中に事故の……」
「スヌイ先生、やめてください。僕みたいなことをしないでください」
「……すまん」
「クレハ、無理に思い出さなくていい。そもそも忘れていた方がいいこともある」
「でも先生は困っているよ」
「……」
「悲しいことも苦しいことも私にとっては大事なことだから……思い出したいの」
 そう口にするクレハの指輪の宝石が一瞬だけ藍色に染まったのをエイルは見逃さなかったが、確証がなかったから言い出せなかった。

 足の負傷が治癒能力によって完治し、歩けるかどうかのリハビリを行うことになった。クレハのいる病室とは別の病棟で、まだ体のふらつきがあることから車椅子で行くことになった。車椅子に座るクレハとそれを押すエイル、スヌイは彼女のカルテを持って一緒に行くことにした。クレハの記憶が戻るように日常会話と称して、何気もない言葉をかけて何か思い出せないか、繋がらないかと試行錯誤するスヌイをエイルは少し嫌がった。
 多くの看護師や医者とすれ違いながら、歩きとエレベーターを繰り返して、リハビリテーションの病棟に辿り着いた。スヌイはリハビリ担当の看護師にカルテを渡し、少しばかりの会話をすると、クレハの前に座り込んで、リハビリの内容を話していた。
「クレハ、検査もかねて歩いてみようか」
「スヌイ先生……エイルは?」
「エイルにはちょっと頼みたいことがある。クレハのリハビリ兼検査が終わったら、私が病室に運んでおこう」
「えっ、聞いてませんよ、そんなこと」
「そりゃ、今言ったからな」
「……何するんですか?」
「話はあとだ。先に準備を始めてくれないか?」
 スヌイの言葉で看護師がクレハの乗っていた車椅子ごと動かし、エイルとの距離が離れていった。何も声をかけられずに進んでしまったが、すぐにスヌイに話しかけられた。
「ちょっと」
「大丈夫。さっきも言った通り、終われば病室に送るから。それで聞いてほしいことがある」
「聞くって誰にですか?」
「クレハをこの病院に連れてきたのはフォルトなんだ。だからフォルトなら何か知っているかもしれないと思って……私は当分の間、能力研究所に戻ることが出来ない。疑似的能力についても調査したいことが山ほどあるのにも関わらずだ」
「なぜ僕が? 僕はクレハのそばに」
「君は真面目だ。だが……今回の疑似的能力事故にクレハが何かしら関わっていることは明白だ。複数の能力があの指輪に宿っていると分かった以上、あの街の核となっていたもので間違いないと思われる」
「だからって……まさかクレハを犯人として見ているんですか?」
「犯人とまでは言ってないが、可能性はある」
「……クレハは記憶を失っているただの一般人ですよ」
「だからこそ知りたいと思わないか。真実を知り、そこで判断できるというもの」
「……わかりました。でも僕は何があろうとクレハの味方で居続ける」
 そう決意したはいいものの、エイルには迷いがあった。記憶が元に戻り、クレハがすべてを知った時、何を思うのだろうと彼は思った。指輪に宿る能力が原因で何かしら関係しているのであれば、と頭に浮かぶことのは良くないことばかりだった。
 今でさえ記憶を取り戻し普通に暮らしているエイルだったが、肝心なことだけが思い出せていなかった。それは首にかけている懐中時計の謎。記憶を失う前から持っていたことは確実だったが、それが何の疑似的能力を宿しているのか分かっていなかった。
 スヌイが身寄りのないエイルを引き取り、助手にしたのもそれが原因で、ただの実験体に過ぎなかった。懐中時計に関する記憶が戻れば、彼は用済みでいらなくなる。それを分かっていながら逃げることも出来ず、ずっと監視されていることも理解し、閉じ込められていた。


 スヌイに頼まれて病院から出て、能力研究所へ向かった。距離的には近いのだが、先日の疑似的能力事故によってあらゆるものが崩壊、道が封鎖されるなどでまともに行動できる範囲が狭まっていた。修復作業が始まっているとはいえ、動ける人間が少なく、能力研究所の警備部も借り出されるなど大忙しだった。
 能力研究所の扉のガラスにヒビが入って割れそうになっているのを清掃員に扮した能力者が修復していた。自動扉が開き、中に入るとドタバタ聞こえた。走りながら数枚の資料を落とし、別の人がそれを拾い上げていた。また違う場所では多くの会話が交差して騒がしかった。この状態でフォルトを探すのは無理だと思って、受け付けに頼もうとしたが誰もいなかった。あたふたしているとエイルに話しかける人がいた。
「もしかしてエイルか?」
「えっ、はい。あれ? 珍しいですね! アシビさん」
「ああ、事故のこともあって人数が足りずに借り出されているんだ」
「そうだったんですね」
「エイルはどうしてここに?」
「スヌイ先生に頼まれてフォルトを探しに来ました」
「あー、彼なら今いないね」
「えっ」
「ちょうど外に出ているはずだよ。ランと一緒に」
「……そうですか」
「急用なら無線で呼びつけるけど」
「お願いします!」
 そう言われアシビは無線でフォルトとの連絡を取ってくれた。アシビはフォルトやランと同じ能力研究所の警備部に所属している。しかし彼は検察官として行動することが多いのだが、現在、事故によって人手不足に陥っておりその手伝いをしているようだった。
『あれ?』
「フォルト戻ってこい」
『なんでさ』
「エイルが会いに来ている」
『……わかった』
 そう聞こえてエイルはフォルトが嫌がっているとすぐにわかった。しかしアシビの強い口調から拒否させない意思を読み取り、戻ることを承諾してくれたようだった。
「なんかごめんなさい」
「いや……じゃあ、もう行かなければ」
「はい、ありがとうございました」
 そう言い、エイルはアシビにお礼をした。受け付け近くの椅子に座っていると、息を切らして戻ってきたフォルトがやってきた。
「おい、戻ってきたぞ……」
「あ……えっと」
「話があるなら早くしろ。こっちはまだ終わってねぇんだよ」
「昨日の話を聞きたくて」
「……昨日の話? 病院に運んだ話か?」
「たぶんそうです」
「長くなりそうだから、ちょっと別の場所にするか」
 こっちだ、と言わんばかりにフォルトが移動するからエイルは急いでついて行った。スヌイとの行動で能力研究所の中に入ったことがあるものの、それでも数回程度のため、あまり何があるのか把握していなかった。するとフォルトがいきなり止まり、それを見ていなかったエイルは彼の背にぶつかった。
「マウム」
「フォルト」
「出てきちゃダメじゃないか」
「だって……チワワが外見たいって言ったから」
「だからって今は危ないからダメだって言われただろう」
「あの?」
「……誰お前」
「えっ」
「こいつはエイル。スヌイの知り合いだよ」
「ふーん……」
「もういいか? ちょっと急いでいるんだよ」
「……うん、またあとで遊んでくれる?」
「ああ」
「わかった! じゃあね」
 マウムと呼ばれた少年の手はフォルトの方に向いて振っていた。まるでエイルを嫌っているかのように避けていた。
「彼は?」
「その話は必要か?」
「あっ、いや……大丈夫」
 フォルトの圧に押されてエイルはそれ以上話すのをやめた。黙ったまま進んでいると、『会議室』と書いてある部屋についた。白を基調とした部屋で椅子を引く音が静かな空間に響いていた。二人は向かうように座り、フォルトが先に口を開いた。
「それで……どっから話せばいい」
「クレハに会ったところから」
「クレハ? あー、少女の名前か。瓦礫に埋もれていた子だよ。直前だったかな? 爆発が起きて、ランが先に行って、その後を追っていた時だったよ。能力反応があって見つけられたんだ。かなり危険な状況で、見つけてすぐにスヌイの所まで運んでいた。でもとちゅうで浮いちゃってさ、びっくりしたよ……クレハだっけか、その子の背に白い翼が生えていたよ」
「その時、『ハク』って言ってなかった?」
「ん? そういえば呟いていたな。それがどうした」
「……やっぱり」
「なんだよ」
「能力発動のタイミングかなって」
「……あの子は先天的な能力者じゃないんだろう。助けた時、指輪ついていたからそうかなって」
「うん……それに複数の能力がその指輪に宿っていることがわかったんだ」
「やはりそうか」
「どういうこと?」
「……あの子を助けた瓦礫の近くで大量の死体があった。その死体はすべて一般的な疑似的能力を持って暴走していた人々。そいつらの目的は複数の能力を宿すアクセサリーだった」
「何故分かる?」
「この街に住む人々に与えられた疑似的能力はすべて同じようなものだと思われていたんだ。だが本当はそれらを制御するために核となるアクセサリーがあり、その中には複数の能力が宿っていた。何が立ち悪いって、ランダムなんだよ。でも強力な能力ほど、使用者は限られるという話がある。もしかしたらあの子は……」
「ランダムではなく、意図的に渡された」
「その可能性がある……だからこそ彼女に会う必要が」
「フォルトは知らないかもしれないけど、クレハは記憶喪失なんだ」
「……お前と一緒かよ。まぁ、まだ時間はある。そういや、アシビに会ったんだろう」
「うん」
「なんか言っていたか?」
「いや、なにも」
「そうか……じゃあいいや。もう行くから呼ぶんじゃねーよ」
「え?」
 フォルトはいきなり立ち上がり部屋から出て行って、エイルは会議室に一人取り残された。少しだけ余韻を残した金属音が消えて、静まりかえった部屋に彼は時を止めた。しかしすぐにそれを解除して深呼吸すると椅子から立ち上がって、会議室を後にした。会議室から出ると、さっきフォルトと会話していたマウムがいた。ずっと抱えられたチワワと彼はエイルの方をじっと見ていた。彼の瞳には光がなく、深い闇がエイルの姿を反射していた。
「エイル」
「あっ……名前覚えてくれたんだ」
「連れて行け」
「へ?」
「だから病院に行きたい」
「え? でも動物は流石に」
「さっきの話少しだけ聞いていた。お前は覚えていないのか? あの時のインコ」
「インコ? え、あれって」
「ここで飼っているインコだよ。俺には生き物達の言葉がわかる。このチワワはあの子に会いたがっている」
「……」
「他にも会わせたい子はいるし……なぁ、聞いてんのか」
「なんか口調変わってない?」
「うん? お前は運ぶだけ……もう来たのか」
 そうマウムが言うと足元にたくさんの動物達が集まっていた。皆自由にしているが、マウムの言葉でそれぞれの行動は静止した。エイルの方をじっと見る動物達の威圧に負けて、彼は逃げ出すように走り出した。それを追いかけようとする動物達だったが、能力の前では無意味だった。時間操作の能力が無意識に発動し、走る必要がないと分かった時、彼はマウムの視界から完全に消えた。
 しかしエイルがいなくなったとしてもマウムの行動は変わらなかった。多くの動物達を連れて歩くものだから、他の職員が止めようとしても狂暴化して下がるしかなかった。能力研究所の扉に辿り着いて、開くと馬達が待っていた。マウムは一匹の馬にまたがり、その他の馬達には小さな動物達が乗っていた。だがそんなことしていれば多くの人が気づき、マウムを外に出すな、と言われていた職員達が止めに入ろうとした。しかしマウムはお構いなしに、馬に出発するように言い、それを承諾したかのように走り出した。他の馬達もマウムが乗った馬を追うように走り出してしまった。
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