分裂した二つの国と天使(2/3)
公開 2023/10/07 13:34
最終更新
2023/10/07 13:43
(空白)
今思えばこの時のオルムと黒雨は今の状態と逆だったとフォトは思い返していた。たまに黒雨と出会うけれど昔よりは柔らかくなった。しかしオルムの方といえば人と呼んでいいのかわからなくなっていた。
フォトは涙を流していた。昔のことを思い出して悲しくなった。もうあの時に戻ることはないと分かっていても、何年経ってもその状況を理解して受け止めることができなかった。
鳥になって飛んできた紙は平和の国に届いて、そこには日にちと時間、場所が書かれていた。
指定された日になってフリュはコタと黒雨、リッシュを連れて教会に訪れていた。信者が誰もいない教会の扉を開けようとした時、木の感触とは違う何かを感じた。
「久しぶりです。平和の国の王フリュ様」
そこから現れたのはフォトだった。
「また能力を使って隠れていたのかい」
「そのようにアルト様から言われましたから。もしものために」
「そうか、ご苦労だった」
「いいえ、ではアルト様がお待ちです。僕についてきてください」
そう言い、フォトの案内に四人はついて行くと、少しずつ教会の雰囲気が禍々しくなっていた。大きな扉の前に立ち、それに触れると勝手に開いていく。
「遅かったではないか」
「いや、時間通りだと思うけど」
フリュとアルトが言葉を交わす。それだけでここから逃げることはできないと誰もが思っていた。
フォトがアルトの方へ行く間に他の四人は与えられた席に座っていく。
「では話というのを聞きたいのだが」
「……最初にこの前の夜に呼び出したあれは一体何だったんだ? こちらからでは影と夜空であまりわからなかったが」
「そうなのか……やっと成功したのだが、龍を呼び出してみた」
「それはやはり戦いのためか。それならやめてもらいたいが」
「戦いのためではない。ただペットとして呼び出しただけだ」
「……その考え方がよくわからない」
「まぁ、よいではないか」
「いやそれがよくない」
そういう感じで何も進まないのを何時間も見ているとオルムと黒雨が勝手に決闘を始める。フォトはリッシュの言葉になにも耳を傾けずに、ただじっとしている。その状態に口をはさんだのはずっといたのに一言も話していなかった神父だった。
「話の途中ですまないが……聞いてもよいか」
その声に誰も話さなくなり、そして決闘も止まりそこにいた全員が神父の方を見た。
「えっと、君たちは天使を見たことがあるかい」
その言葉にやはりかと思ったリッシュ以外の平和の国の人間となぜかうれしそうなアルトをフォトは恐怖を見たような顔をした。
「それは召喚に手を出したということでいいのかな」
「いやー。多くの魔法に関する本が教会の地下に眠っていてね。試しでやってみたら天使の羽が降ってきた。成功しているみたいだが、どうやら私のもとには降りてこなくてね」
「それって失敗しているのではないですか」
「そういうわけではない。本には天使とともに一枚の羽が落ちてくると書いてあったから」
「ということは別のところに召喚されたのでしょう。何かあっては困ります。見つけた方がいいですね、神父さん」
「そうですね、武力の国の王。どうか平和の国でも探してください」
「……わかりました。何かあれば黒雨があなたのところに行くでしょう」
フリュは神父から目を離すとアルトの方を向いて言った。
「天使を見つけても何もしない。約束するか」
「なぜそういうことを言う」
「お前なら武力の一部にするんじゃないかと思って」
「……それはしないよ。天使は武器じゃないからね。それよりもお前も隠さないと約束しろ」
「わかった」
フリュが席を立ちコタ達と話し始めると、アルトも立って後ろを向いた。
「約束は守れないよ」とフリュが、「すぐに破らせてもらう」とアルトが誰にも聞こえない声で同時に言った。
話し合いにおいて行かれた天使クラリとそのお世話を頼まれたテルーラは平和の国と武力の国の間にある図書館に訪れていた。扉を開けると大きな本棚とそこにある多くの本がクラリの目に映った。しかしそこには誰もいなく、扉が閉まる音だけが響いていた。
「すみません、誰かいませんか?」
テルーラが叫ぶが返事はなく、ただかすかに足音が響いていた。その音を追って見渡すと階段から人とその人の肩に乗っているうさぎが現れた。
「……君たちかな? 国王が言っていたのは」
その人は二人を見て言った。肩に乗っていたウサギがクラリの方へ飛んできて、びっくりしながら受け止めた。
「あなたが司書さんですか」
「そうだよ。フリュ国王から聞いていなかったのか?」
「すみません。自分はあまりそういうことに関わりがないので……」
「そうだったのか。それよりも君は天使なのかな?」
「こいつは天使だ」
クラリがしゃべろうとした時、うさぎが口を開いて勝手に言った。
「うさぎがしゃべっただと」
「一般の人だと驚くかな……。天使ちゃんはびっくりしていないみたいだけど」
「こういう動物は天界にもよくいますから」
「そうか……まぁ、普通は僕以外の人がいたらしゃべらないんだけどね」
司書はうさぎを見て言ったが、うさぎは知らんふりしてクラリの肩に乗った。
自己紹介が済んだ後、司書はクラリに言った。
「どんな本がいいかな?」
「うーん……。この世界の歴史が知りたいです」
「じゃあ、これがいいかな」
司書は階段を上り、高い層にある本棚のところから一冊の本を持ってきた。
「これはすべての本が燃やされた後に作られたもので、一番深く書かれているよ」
ほこりかぶっているその本の表紙は読めなくなっていて、開いてみると絵はなく、文章だけで埋まっていた。
「一つ、王は人に殺されていない。異空間からナイフが現れて王を貫いた。一つ、その異空間を呼び出したのは意味不明な言葉をつぶやいていた騎士。一つ、騎士はドラゴンに乗って平和を壊した。……神が言っていたのと変わらない」
「君はここに来る前に神から聞いていたのか?」
「簡単なことだけ。元は一つの国だったってことともうすぐ戦争が起きること」
「戦争……それは武力の国の行動が活発になっていることと関係するのかな」
「わかりません。神は平和を望んでいます。しかし私を召喚した人は言葉で平和と言いながら、心では戦争を願っていたそうです。だから神が怒って私は平和の国に落とされたのではないかと今思い出しました」
「そうか。ならよかったかもしれないね」
「どうしてですか?」
「平和の国の人たちは優しく接してくれているだろう。もし武力の国に落ちていれば実験体にされてしまうかもしれないからね」
「……! そうだ。実験と聞いて思ったんですけど、人が能力を持つことは可能ですか?」
「それは……無理だね。多くの本で否定されている。けれどあの子たちは……」
そういって司書はさっきとは違う本棚に立って本を取り出しクラリに渡した。
「これは本というより資料だ。教会がある場所に昔孤児院があった。そこにいた子供たちの情報だね」
クラリがそれを開くと一ページごとに写真といろんなことが書かれていた。
「フリュ 全ての能力の一部となっている この子の血を実験体に入れた 能力はすべての力を受け流すもの。防御壁を立てばその範囲の力を防ぐことができる」
「平和の国の王だね。今日も朝にここにきて、『客人が来るから開けていてくれと』言ったよ」
「そうですか……フリュさんがすべての元凶?」
「いや、もう一ページ開いてごらん」
「アルト フリュと同じすべての能力の一部となっている この子の血も実験体に入れた 能力……と言っていいのかわからないが、おそらく魔法に近い」
「元凶は武力の王でもあるってことだ。彼は今でも恐ろしい魔物を生み出していると言われているけどね」
「……この人のせいできっと戦争が起きる」
クラリが黙って多くのページをめくった後、他の人たちの情報が書かれていた。
「リッシュ 嫌われ者 能力は頭に浮かんだものを召喚する力。しかし人型は無理」
「確か武力の国の騎士だったかな」
「私の嫌いな人、今は平和の国にいるよ。最初捕まっていたらしいけど」
「そうなのか。あの子はみんなに平等だったみたいだけどどうも気にいられなかったみたいだね」
「……。えっと……黒雨(こくう) 呼びづらいためクロと略す 興味を持っていたものは少ない 能力は人よりも早い時間で行動することができる力。しかしその力の反動は大きく、数日動けなくなるケースがある。そしてその力故に寿命が短い……」
「平和の国の情報収集役で、武力の国や教会に忍び込んでいる子だね」
「黒雨は死んじゃうんですか……」
「普通の生きている人よりかは短いのかもしれないね」
それを聞いてクラリは悲しくなって涙を流すが、それは本に落ちることなく上っていく。涙が光を放って何かの形になると本の上に落ちた。
「……天使の涙。神が言っていたお守り……これを渡したらきっと」
「君の想いは伝わると思うよ」
司書はそう言いながらポケットに入っていたハンカチを取り出してクラリに渡した。
「はい……」
ハンカチを受け取って涙を拭きとり深呼吸をして落ち着こうとした。すると司書はうさぎに何かを言ってその場を去った。
「あいつが紅茶でもいかかですかって。今の状態じゃきついだろうってさ。立たせて読ませるあいつも変だと思うけど」
うさぎは何も思わずにクラリに問いかける。クラリは頷いて、他の棚にいたテルーラを連れてうさぎについて行く。ついて行った先に小さな机と椅子、それを囲むように本がたくさんあった。
「連れてきたぞ」
うさぎがそういって司書に飛びつこうとしたが手前で止まった。ティーポットとカップを持つ姿を見たからだろう。
「連れてきてくれてありがとう、ラピ」
うさぎのラピは机に乗っていたクッキーを取って食べる。コラッと言いながらラピは司書に軽くたたかれていた。
「クラリちゃんもテルーラさんも座ってください」
そう司書に言われて二人は椅子に腰かけた。
「じゃあ、さっきの本の続きをしようか」
「はい。フォト おとなしくみんなより幼く見える 能力は姿を消すことができる力」
「彼もまた武力の国の騎士だったかな」
「そうなんですか?」
「もしかして君は平和の国の人しかわからない?」
「はい……平和の国に降りてからその範囲しか動いていなくて……」
「そっか。もし彼と会っていたならよかったんだけどね」
どうしてかとはてなを浮かべているとテルーラは司書に問いかけた。
「それはフォトが戦いたくないということでいいのか?」
「そういうことさ。彼はたまにこの図書館に来てね、僕に『武力の国だからって戦いたくない人だっていると思うんだ』って言ったよ。彼はあの中で一番年下なのかは知らないけど、家系のせいであっちに行っているのだとしたら不幸だね」
「……やっぱりそう思っているんだな。今も昔も」
「テルーラさんは確か孤児院の出身でしたね。でもあの資料には載ってないようですが」
「それは能力を持っていないからです。その資料は成功者と言われる今も生きている人だけが載っていますからね」
「どうしてそれを知っているの? それと死んだ人もいるの?」
クラリは二人の会話に入ってきてそれを問いてみた。
「あの資料は生きている人の一部……友人と呼ばれる集団によって書かれたものだからだ。こんな実験があったのだと後世に伝えるために。だけどその資料のせいで武力の国は力をつけたと言ってもいい」
「複製されて武力の国に渡ったと?」
テルーラは頷いてそれを答えた。
「フォトさん、かわいそう……」
「それよりも悲しいのがもう一人武力の国にいるんだけど、その資料に載っているかな」
「……次は違うみたいです。コタ 貴族の生まれであり騎士になることが分かっていた。しかし次の国王のそばにいることが条件であり、そのために孤児院に自ら入る。能力は言葉にしたものが本当になる力 身についてからすぐに制御しているようだが、感情の揺れによって暴走することもある」
「国王につく貴族騎士だね。貴族って言われているけど裕福だったというわけではなかったらしい」
「……能力はつらいって言っていました。でも慣れたって」
「コタは知らないうちに能力が発動しているケースが高くて、大切な人まで失ったと言っていたよ」
「それで慣れたって……辛すぎるよ」
暗い顔をするクラリに変わってテルーラがページを開くと写真の顔を見て固まった。
「どうした?」
「いや、昔のことを思い出してつい」
クラリの顔が上がってテルーラの様子を見た後、その本を見た。
「オルム 元気で誰とでも仲良くしていた 能力はなし その代わり実験のせいで命のかわりに心を失っている」
「彼がフォトに続いて不幸の騎士と呼ばれているよ」
「この人……コタさんが一番反動を受けるって言っていた人」
「反動というよりは心がないから、もし戻った時の破壊力と言ったらってところだろう」
「……なんてひどいことをするの」
「そういうやつらはコタに殺されたよ」
「えっ?」
「コタの能力の暴走によって研究者が死んだよ。彼はきっとオルムのことを思って感情が膨れて上がってしまったのだろう。まぁコタがすべてってわけではなくてリッシュとフォト、黒雨も手伝っていたが」
「……」
クラリは何も言えなくて口を開いたままになった。テルーラは続けて彼女に言った。
「そして研究は中止というか、停止。孤児院にいた子供のうち、生き残っていたのは友人と呼ばれる集団の八人だけだ。それを迎えに来たのは前の武力の国と平和の国の王だった。フリュはあの時、王になれと言われて連れていかれた。コタはフリュについて行くようにその場を去った。アルトはリッシュ、フォト、オルムを連れて去っていった。自分と黒雨は残されて数日が経ち、黒雨はいなくなっていた。一人になった自分は平和の国の近くで彷徨っていたのをフリュが見つけてくれたから救われた」
「いなくなった黒雨がフリュに会ったのはいつか分からないんですか?」
「うん。でも盗賊みたいなことをしていたらしいからフリュに会った時は怒られていたみたいだけど。『そんなことで力を使うなって』感じで」
「そうなんですね……」
能力を持った彼らのことをすべて知ったクラリは何も声に出せなかった。固まってしまったクラリをそっとしておいてテルーラは席を立ち、どこかへ行ってしまった。
「クラリちゃん……」
「触れるのはやめておけ」
クラリに手を伸ばす司書をラピは防ごうとする。
「大丈夫だよ、ラピ……重い話を聞いたから何も言えなかっただけ。コタさんが防いでくれたからテルーラさんはきっと能力を植え付けられなかったんですね。わからないけど」
「おそらくそうだと思うよ」
「やっぱり戦争は起きると思います。何かをしたとしても止められないと」
「僕もそう思っているよ。それに武力の国の王アルトはきっと自分の力を制御できなくなるかもしれない。一人だけ能力というより魔法だからね。何が起きるかわからない」
「じゃあ、最初にあの人を止める必要があるんですね」
「そうだね。戦争を起こさないというならそうするしかない」
「……戦う必要がないんだって、みんなに言わなきゃ」
クラリは立ち上がって司書に背中を見せる。ラピはクラリの肩に乗って司書を見ていた。
「もう行くのかい? まだ話したいことはあるんだけどね」
「ごめんなさい。どうしても先に言っておきたくて……」
「そうかい。でも気を付けた方がいい。君の存在が他に知られているかもしれないからね」
そう司書が言った時、近くで何か爆発する音が聞こえた。それと同時に揺れが襲ってきてクラリはバランスを崩して尻もちをついた。
「いたた……さっきのは?」
「……戦争が始まったかもしれない」
「えっ……! 早くみんなのところに行かないと」
行かないと、という焦りと怖さでどうすればいいのかわからなくなってその場で動けなかった。
「クラリちゃん……落ち着いて聞いてほしい。この図書館には裏口があってね。まぁ、避難用だけど……屋上まで登ってそこにある梯子から降りるんだ。ちょうどそこは武力の国からも見えないところにあって、平和の国に近いから大丈夫。僕も後からテルーラさんを連れてくるから先にラピと一緒に行ってくれないか」
「司書さん……! 行かないで」
「大丈夫、僕が死ぬことはないから。ラピ、後は頼んだよ」
「よし。クラリ、俺様についてこい」
ラピはクラリの前に立って言った。クラリは震える足をどうにか動かして立ち上がりついて行った。
司書に言われた通りにクラリはラピに続いて図書館の屋上についた。殺風景の屋上の柵に茶色の紐が結んであった。これだとラピが言ってクラリの肩に乗った。
クラリは風に揺られる紐をしっかり持って下り始め、何事もなく地上に降りることができた。どこから見られているのかわからないから司書さんからもらった布を頭にかぶった。多くの人に少しぶつかりながら平和の国の城についた。門の前にはコタいて、すぐに気付いてくれた。
「よかった。まだ武力の国に見つかってなくて」
「……黒雨は?」
「まだ城の中にいるよ。だけどもうすぐ作戦が実行されるから、早く行った方がいい」
コタの言葉にクラリは門を開けて、階段を上り王の間に着いた。扉の前にリッシュがいたけれどすぐに通してくれた。
「クラリ……」
「黒雨」
クラリはうれしさのあまり、黒雨に抱きついた。黒雨は何も言わずに頭をなでた。
「ごほん」
フリュのせきにクラリと黒雨はびっくりして彼を見た。
「クラリがまだ捕まっていないのが分かっただけでもよかった。それで黒雨、作戦を実行してくれ。クラリに話があるんだ」
「……はい」
クラリはフリュについて行こうとした時、思い出したかのように黒雨の名前を呼んだ。
「待って! これを渡さなきゃいけなかったんだった」
ポケットから取り出したのは天使の涙だった。
「なんだこれ?」
「お守りみたいなものだけど、持っていて! 絶対なくしちゃいけないんだから」
そういってクラリはフリュと一緒に奥の方へ行ってしまった。
「リッシュ……? あれ? さっきまで扉の近くにいたよな。あいつ肝心な時にいなくなりやがって」
「僕はここにいるよ」
その声に反応して外を見ると雲の上にリッシュが乗っていた。しかしリッシュの目は狂気じみた赤をしていた。
「暴走しているのか」
「僕と遊んでくれるんだ」
「何を言っている? 今から武力の国に潜入するんだろう」
「そっちこそ何を言うの? 僕は武力の国の騎士だ。君たちと戦うためにここにいるんだよ」
「……ちょっと待ってろ。ここじゃあれだから外で遊んでやる」
「わーい」
黒雨は王の間を出て階段を降り、門から出るとそこは爆弾によって火の海になっていた。人々は灰に変わり、傷を負って壁にもたれかかっているのもいる。傷をいやしてくれるはずの教会が真っ先につぶされているようだった。
そして門の守りをしていたはずのコタがいなくなっていた。
「……誰かに襲われたのか、コタ」
「僕の名前を呼んでくれないなんて、君は嫌いだよ」
雲の上から地上に降りてきてリッシュはそう言った。
「俺だってお前が嫌いだ」
「……それでいいんだよ。僕も本気を出せるから」
そう言っている間に姿は少しずつ人から離れて、何と言っていいのかわからない生き物に変わっていた。おそらくアルトの仕業かと黒雨は思った。
策があるわけでもなく黒雨はリッシュが出してくるすべてをよけることしかできなかった。そのたびに少しずつリッシュの行動が分かってきた気がした。
「よけても仕方ないよ」
「……わかっている」
しかし能力の消費が激しい黒雨は少しふらついていた。
「じゃあ、これでおしまい」
そういってリッシュは自らの体を使って巨大化し、踏みつけようとした時、黒雨は何かに引っ張られてそれをよけた。
「これでおしまい……だったのにな。誰が僕の邪魔をしていいと言った! でも見えなくなったちゃったから、小さくなって探しに行こうかな」
黒雨がいなくなったのを見て、姿を人ぐらいの大きさに変えていった。そして探しに行こうとした時に、何か液体のようなものをかけられてその場に倒れた。
それを離れてみていたが、気配を感じて後ろを振り返るが誰もいなかった。
「間に合ってよかった」
その声に聞き覚えがあった黒雨はその方を見た。見えなかったそれは姿を現し、安心した表情を見せた。
「フォト、どうして君が? 俺を殺しに来たのか」
「ううん、違うんだ。僕が言われたのはリッシュと天使の回収だ。でもリッシュはいつの間にか暴走状態になっていたからそれを止めただけだよ」
「今からクラリを連れて行こうとしているのか?」
「クラリ……、それが天使の名前か」
「あっ」
「僕は回収なんてしないよ。アルトは約束を破ったから……戦争をしないって。でも今のアルトは呼び出した生き物が多すぎるのとそれを制御できなくて暴走している。きっと止められるのはフリュだけだと思っている」
「じゃあ、お前の目的は止めることなんだな」
「だから……その」
「どうせ、武力の国に潜入する作戦だったから別に協力してやってもいい。ただ他の奴らはきっと説明したところで聞いてくれるとは思わない方がいい」
「そうだね」
フォトは納得したように頷いて、黒雨と一緒に能力を使って姿を消し走り始めた。
今思えばこの時のオルムと黒雨は今の状態と逆だったとフォトは思い返していた。たまに黒雨と出会うけれど昔よりは柔らかくなった。しかしオルムの方といえば人と呼んでいいのかわからなくなっていた。
フォトは涙を流していた。昔のことを思い出して悲しくなった。もうあの時に戻ることはないと分かっていても、何年経ってもその状況を理解して受け止めることができなかった。
鳥になって飛んできた紙は平和の国に届いて、そこには日にちと時間、場所が書かれていた。
指定された日になってフリュはコタと黒雨、リッシュを連れて教会に訪れていた。信者が誰もいない教会の扉を開けようとした時、木の感触とは違う何かを感じた。
「久しぶりです。平和の国の王フリュ様」
そこから現れたのはフォトだった。
「また能力を使って隠れていたのかい」
「そのようにアルト様から言われましたから。もしものために」
「そうか、ご苦労だった」
「いいえ、ではアルト様がお待ちです。僕についてきてください」
そう言い、フォトの案内に四人はついて行くと、少しずつ教会の雰囲気が禍々しくなっていた。大きな扉の前に立ち、それに触れると勝手に開いていく。
「遅かったではないか」
「いや、時間通りだと思うけど」
フリュとアルトが言葉を交わす。それだけでここから逃げることはできないと誰もが思っていた。
フォトがアルトの方へ行く間に他の四人は与えられた席に座っていく。
「では話というのを聞きたいのだが」
「……最初にこの前の夜に呼び出したあれは一体何だったんだ? こちらからでは影と夜空であまりわからなかったが」
「そうなのか……やっと成功したのだが、龍を呼び出してみた」
「それはやはり戦いのためか。それならやめてもらいたいが」
「戦いのためではない。ただペットとして呼び出しただけだ」
「……その考え方がよくわからない」
「まぁ、よいではないか」
「いやそれがよくない」
そういう感じで何も進まないのを何時間も見ているとオルムと黒雨が勝手に決闘を始める。フォトはリッシュの言葉になにも耳を傾けずに、ただじっとしている。その状態に口をはさんだのはずっといたのに一言も話していなかった神父だった。
「話の途中ですまないが……聞いてもよいか」
その声に誰も話さなくなり、そして決闘も止まりそこにいた全員が神父の方を見た。
「えっと、君たちは天使を見たことがあるかい」
その言葉にやはりかと思ったリッシュ以外の平和の国の人間となぜかうれしそうなアルトをフォトは恐怖を見たような顔をした。
「それは召喚に手を出したということでいいのかな」
「いやー。多くの魔法に関する本が教会の地下に眠っていてね。試しでやってみたら天使の羽が降ってきた。成功しているみたいだが、どうやら私のもとには降りてこなくてね」
「それって失敗しているのではないですか」
「そういうわけではない。本には天使とともに一枚の羽が落ちてくると書いてあったから」
「ということは別のところに召喚されたのでしょう。何かあっては困ります。見つけた方がいいですね、神父さん」
「そうですね、武力の国の王。どうか平和の国でも探してください」
「……わかりました。何かあれば黒雨があなたのところに行くでしょう」
フリュは神父から目を離すとアルトの方を向いて言った。
「天使を見つけても何もしない。約束するか」
「なぜそういうことを言う」
「お前なら武力の一部にするんじゃないかと思って」
「……それはしないよ。天使は武器じゃないからね。それよりもお前も隠さないと約束しろ」
「わかった」
フリュが席を立ちコタ達と話し始めると、アルトも立って後ろを向いた。
「約束は守れないよ」とフリュが、「すぐに破らせてもらう」とアルトが誰にも聞こえない声で同時に言った。
話し合いにおいて行かれた天使クラリとそのお世話を頼まれたテルーラは平和の国と武力の国の間にある図書館に訪れていた。扉を開けると大きな本棚とそこにある多くの本がクラリの目に映った。しかしそこには誰もいなく、扉が閉まる音だけが響いていた。
「すみません、誰かいませんか?」
テルーラが叫ぶが返事はなく、ただかすかに足音が響いていた。その音を追って見渡すと階段から人とその人の肩に乗っているうさぎが現れた。
「……君たちかな? 国王が言っていたのは」
その人は二人を見て言った。肩に乗っていたウサギがクラリの方へ飛んできて、びっくりしながら受け止めた。
「あなたが司書さんですか」
「そうだよ。フリュ国王から聞いていなかったのか?」
「すみません。自分はあまりそういうことに関わりがないので……」
「そうだったのか。それよりも君は天使なのかな?」
「こいつは天使だ」
クラリがしゃべろうとした時、うさぎが口を開いて勝手に言った。
「うさぎがしゃべっただと」
「一般の人だと驚くかな……。天使ちゃんはびっくりしていないみたいだけど」
「こういう動物は天界にもよくいますから」
「そうか……まぁ、普通は僕以外の人がいたらしゃべらないんだけどね」
司書はうさぎを見て言ったが、うさぎは知らんふりしてクラリの肩に乗った。
自己紹介が済んだ後、司書はクラリに言った。
「どんな本がいいかな?」
「うーん……。この世界の歴史が知りたいです」
「じゃあ、これがいいかな」
司書は階段を上り、高い層にある本棚のところから一冊の本を持ってきた。
「これはすべての本が燃やされた後に作られたもので、一番深く書かれているよ」
ほこりかぶっているその本の表紙は読めなくなっていて、開いてみると絵はなく、文章だけで埋まっていた。
「一つ、王は人に殺されていない。異空間からナイフが現れて王を貫いた。一つ、その異空間を呼び出したのは意味不明な言葉をつぶやいていた騎士。一つ、騎士はドラゴンに乗って平和を壊した。……神が言っていたのと変わらない」
「君はここに来る前に神から聞いていたのか?」
「簡単なことだけ。元は一つの国だったってことともうすぐ戦争が起きること」
「戦争……それは武力の国の行動が活発になっていることと関係するのかな」
「わかりません。神は平和を望んでいます。しかし私を召喚した人は言葉で平和と言いながら、心では戦争を願っていたそうです。だから神が怒って私は平和の国に落とされたのではないかと今思い出しました」
「そうか。ならよかったかもしれないね」
「どうしてですか?」
「平和の国の人たちは優しく接してくれているだろう。もし武力の国に落ちていれば実験体にされてしまうかもしれないからね」
「……! そうだ。実験と聞いて思ったんですけど、人が能力を持つことは可能ですか?」
「それは……無理だね。多くの本で否定されている。けれどあの子たちは……」
そういって司書はさっきとは違う本棚に立って本を取り出しクラリに渡した。
「これは本というより資料だ。教会がある場所に昔孤児院があった。そこにいた子供たちの情報だね」
クラリがそれを開くと一ページごとに写真といろんなことが書かれていた。
「フリュ 全ての能力の一部となっている この子の血を実験体に入れた 能力はすべての力を受け流すもの。防御壁を立てばその範囲の力を防ぐことができる」
「平和の国の王だね。今日も朝にここにきて、『客人が来るから開けていてくれと』言ったよ」
「そうですか……フリュさんがすべての元凶?」
「いや、もう一ページ開いてごらん」
「アルト フリュと同じすべての能力の一部となっている この子の血も実験体に入れた 能力……と言っていいのかわからないが、おそらく魔法に近い」
「元凶は武力の王でもあるってことだ。彼は今でも恐ろしい魔物を生み出していると言われているけどね」
「……この人のせいできっと戦争が起きる」
クラリが黙って多くのページをめくった後、他の人たちの情報が書かれていた。
「リッシュ 嫌われ者 能力は頭に浮かんだものを召喚する力。しかし人型は無理」
「確か武力の国の騎士だったかな」
「私の嫌いな人、今は平和の国にいるよ。最初捕まっていたらしいけど」
「そうなのか。あの子はみんなに平等だったみたいだけどどうも気にいられなかったみたいだね」
「……。えっと……黒雨(こくう) 呼びづらいためクロと略す 興味を持っていたものは少ない 能力は人よりも早い時間で行動することができる力。しかしその力の反動は大きく、数日動けなくなるケースがある。そしてその力故に寿命が短い……」
「平和の国の情報収集役で、武力の国や教会に忍び込んでいる子だね」
「黒雨は死んじゃうんですか……」
「普通の生きている人よりかは短いのかもしれないね」
それを聞いてクラリは悲しくなって涙を流すが、それは本に落ちることなく上っていく。涙が光を放って何かの形になると本の上に落ちた。
「……天使の涙。神が言っていたお守り……これを渡したらきっと」
「君の想いは伝わると思うよ」
司書はそう言いながらポケットに入っていたハンカチを取り出してクラリに渡した。
「はい……」
ハンカチを受け取って涙を拭きとり深呼吸をして落ち着こうとした。すると司書はうさぎに何かを言ってその場を去った。
「あいつが紅茶でもいかかですかって。今の状態じゃきついだろうってさ。立たせて読ませるあいつも変だと思うけど」
うさぎは何も思わずにクラリに問いかける。クラリは頷いて、他の棚にいたテルーラを連れてうさぎについて行く。ついて行った先に小さな机と椅子、それを囲むように本がたくさんあった。
「連れてきたぞ」
うさぎがそういって司書に飛びつこうとしたが手前で止まった。ティーポットとカップを持つ姿を見たからだろう。
「連れてきてくれてありがとう、ラピ」
うさぎのラピは机に乗っていたクッキーを取って食べる。コラッと言いながらラピは司書に軽くたたかれていた。
「クラリちゃんもテルーラさんも座ってください」
そう司書に言われて二人は椅子に腰かけた。
「じゃあ、さっきの本の続きをしようか」
「はい。フォト おとなしくみんなより幼く見える 能力は姿を消すことができる力」
「彼もまた武力の国の騎士だったかな」
「そうなんですか?」
「もしかして君は平和の国の人しかわからない?」
「はい……平和の国に降りてからその範囲しか動いていなくて……」
「そっか。もし彼と会っていたならよかったんだけどね」
どうしてかとはてなを浮かべているとテルーラは司書に問いかけた。
「それはフォトが戦いたくないということでいいのか?」
「そういうことさ。彼はたまにこの図書館に来てね、僕に『武力の国だからって戦いたくない人だっていると思うんだ』って言ったよ。彼はあの中で一番年下なのかは知らないけど、家系のせいであっちに行っているのだとしたら不幸だね」
「……やっぱりそう思っているんだな。今も昔も」
「テルーラさんは確か孤児院の出身でしたね。でもあの資料には載ってないようですが」
「それは能力を持っていないからです。その資料は成功者と言われる今も生きている人だけが載っていますからね」
「どうしてそれを知っているの? それと死んだ人もいるの?」
クラリは二人の会話に入ってきてそれを問いてみた。
「あの資料は生きている人の一部……友人と呼ばれる集団によって書かれたものだからだ。こんな実験があったのだと後世に伝えるために。だけどその資料のせいで武力の国は力をつけたと言ってもいい」
「複製されて武力の国に渡ったと?」
テルーラは頷いてそれを答えた。
「フォトさん、かわいそう……」
「それよりも悲しいのがもう一人武力の国にいるんだけど、その資料に載っているかな」
「……次は違うみたいです。コタ 貴族の生まれであり騎士になることが分かっていた。しかし次の国王のそばにいることが条件であり、そのために孤児院に自ら入る。能力は言葉にしたものが本当になる力 身についてからすぐに制御しているようだが、感情の揺れによって暴走することもある」
「国王につく貴族騎士だね。貴族って言われているけど裕福だったというわけではなかったらしい」
「……能力はつらいって言っていました。でも慣れたって」
「コタは知らないうちに能力が発動しているケースが高くて、大切な人まで失ったと言っていたよ」
「それで慣れたって……辛すぎるよ」
暗い顔をするクラリに変わってテルーラがページを開くと写真の顔を見て固まった。
「どうした?」
「いや、昔のことを思い出してつい」
クラリの顔が上がってテルーラの様子を見た後、その本を見た。
「オルム 元気で誰とでも仲良くしていた 能力はなし その代わり実験のせいで命のかわりに心を失っている」
「彼がフォトに続いて不幸の騎士と呼ばれているよ」
「この人……コタさんが一番反動を受けるって言っていた人」
「反動というよりは心がないから、もし戻った時の破壊力と言ったらってところだろう」
「……なんてひどいことをするの」
「そういうやつらはコタに殺されたよ」
「えっ?」
「コタの能力の暴走によって研究者が死んだよ。彼はきっとオルムのことを思って感情が膨れて上がってしまったのだろう。まぁコタがすべてってわけではなくてリッシュとフォト、黒雨も手伝っていたが」
「……」
クラリは何も言えなくて口を開いたままになった。テルーラは続けて彼女に言った。
「そして研究は中止というか、停止。孤児院にいた子供のうち、生き残っていたのは友人と呼ばれる集団の八人だけだ。それを迎えに来たのは前の武力の国と平和の国の王だった。フリュはあの時、王になれと言われて連れていかれた。コタはフリュについて行くようにその場を去った。アルトはリッシュ、フォト、オルムを連れて去っていった。自分と黒雨は残されて数日が経ち、黒雨はいなくなっていた。一人になった自分は平和の国の近くで彷徨っていたのをフリュが見つけてくれたから救われた」
「いなくなった黒雨がフリュに会ったのはいつか分からないんですか?」
「うん。でも盗賊みたいなことをしていたらしいからフリュに会った時は怒られていたみたいだけど。『そんなことで力を使うなって』感じで」
「そうなんですね……」
能力を持った彼らのことをすべて知ったクラリは何も声に出せなかった。固まってしまったクラリをそっとしておいてテルーラは席を立ち、どこかへ行ってしまった。
「クラリちゃん……」
「触れるのはやめておけ」
クラリに手を伸ばす司書をラピは防ごうとする。
「大丈夫だよ、ラピ……重い話を聞いたから何も言えなかっただけ。コタさんが防いでくれたからテルーラさんはきっと能力を植え付けられなかったんですね。わからないけど」
「おそらくそうだと思うよ」
「やっぱり戦争は起きると思います。何かをしたとしても止められないと」
「僕もそう思っているよ。それに武力の国の王アルトはきっと自分の力を制御できなくなるかもしれない。一人だけ能力というより魔法だからね。何が起きるかわからない」
「じゃあ、最初にあの人を止める必要があるんですね」
「そうだね。戦争を起こさないというならそうするしかない」
「……戦う必要がないんだって、みんなに言わなきゃ」
クラリは立ち上がって司書に背中を見せる。ラピはクラリの肩に乗って司書を見ていた。
「もう行くのかい? まだ話したいことはあるんだけどね」
「ごめんなさい。どうしても先に言っておきたくて……」
「そうかい。でも気を付けた方がいい。君の存在が他に知られているかもしれないからね」
そう司書が言った時、近くで何か爆発する音が聞こえた。それと同時に揺れが襲ってきてクラリはバランスを崩して尻もちをついた。
「いたた……さっきのは?」
「……戦争が始まったかもしれない」
「えっ……! 早くみんなのところに行かないと」
行かないと、という焦りと怖さでどうすればいいのかわからなくなってその場で動けなかった。
「クラリちゃん……落ち着いて聞いてほしい。この図書館には裏口があってね。まぁ、避難用だけど……屋上まで登ってそこにある梯子から降りるんだ。ちょうどそこは武力の国からも見えないところにあって、平和の国に近いから大丈夫。僕も後からテルーラさんを連れてくるから先にラピと一緒に行ってくれないか」
「司書さん……! 行かないで」
「大丈夫、僕が死ぬことはないから。ラピ、後は頼んだよ」
「よし。クラリ、俺様についてこい」
ラピはクラリの前に立って言った。クラリは震える足をどうにか動かして立ち上がりついて行った。
司書に言われた通りにクラリはラピに続いて図書館の屋上についた。殺風景の屋上の柵に茶色の紐が結んであった。これだとラピが言ってクラリの肩に乗った。
クラリは風に揺られる紐をしっかり持って下り始め、何事もなく地上に降りることができた。どこから見られているのかわからないから司書さんからもらった布を頭にかぶった。多くの人に少しぶつかりながら平和の国の城についた。門の前にはコタいて、すぐに気付いてくれた。
「よかった。まだ武力の国に見つかってなくて」
「……黒雨は?」
「まだ城の中にいるよ。だけどもうすぐ作戦が実行されるから、早く行った方がいい」
コタの言葉にクラリは門を開けて、階段を上り王の間に着いた。扉の前にリッシュがいたけれどすぐに通してくれた。
「クラリ……」
「黒雨」
クラリはうれしさのあまり、黒雨に抱きついた。黒雨は何も言わずに頭をなでた。
「ごほん」
フリュのせきにクラリと黒雨はびっくりして彼を見た。
「クラリがまだ捕まっていないのが分かっただけでもよかった。それで黒雨、作戦を実行してくれ。クラリに話があるんだ」
「……はい」
クラリはフリュについて行こうとした時、思い出したかのように黒雨の名前を呼んだ。
「待って! これを渡さなきゃいけなかったんだった」
ポケットから取り出したのは天使の涙だった。
「なんだこれ?」
「お守りみたいなものだけど、持っていて! 絶対なくしちゃいけないんだから」
そういってクラリはフリュと一緒に奥の方へ行ってしまった。
「リッシュ……? あれ? さっきまで扉の近くにいたよな。あいつ肝心な時にいなくなりやがって」
「僕はここにいるよ」
その声に反応して外を見ると雲の上にリッシュが乗っていた。しかしリッシュの目は狂気じみた赤をしていた。
「暴走しているのか」
「僕と遊んでくれるんだ」
「何を言っている? 今から武力の国に潜入するんだろう」
「そっちこそ何を言うの? 僕は武力の国の騎士だ。君たちと戦うためにここにいるんだよ」
「……ちょっと待ってろ。ここじゃあれだから外で遊んでやる」
「わーい」
黒雨は王の間を出て階段を降り、門から出るとそこは爆弾によって火の海になっていた。人々は灰に変わり、傷を負って壁にもたれかかっているのもいる。傷をいやしてくれるはずの教会が真っ先につぶされているようだった。
そして門の守りをしていたはずのコタがいなくなっていた。
「……誰かに襲われたのか、コタ」
「僕の名前を呼んでくれないなんて、君は嫌いだよ」
雲の上から地上に降りてきてリッシュはそう言った。
「俺だってお前が嫌いだ」
「……それでいいんだよ。僕も本気を出せるから」
そう言っている間に姿は少しずつ人から離れて、何と言っていいのかわからない生き物に変わっていた。おそらくアルトの仕業かと黒雨は思った。
策があるわけでもなく黒雨はリッシュが出してくるすべてをよけることしかできなかった。そのたびに少しずつリッシュの行動が分かってきた気がした。
「よけても仕方ないよ」
「……わかっている」
しかし能力の消費が激しい黒雨は少しふらついていた。
「じゃあ、これでおしまい」
そういってリッシュは自らの体を使って巨大化し、踏みつけようとした時、黒雨は何かに引っ張られてそれをよけた。
「これでおしまい……だったのにな。誰が僕の邪魔をしていいと言った! でも見えなくなったちゃったから、小さくなって探しに行こうかな」
黒雨がいなくなったのを見て、姿を人ぐらいの大きさに変えていった。そして探しに行こうとした時に、何か液体のようなものをかけられてその場に倒れた。
それを離れてみていたが、気配を感じて後ろを振り返るが誰もいなかった。
「間に合ってよかった」
その声に聞き覚えがあった黒雨はその方を見た。見えなかったそれは姿を現し、安心した表情を見せた。
「フォト、どうして君が? 俺を殺しに来たのか」
「ううん、違うんだ。僕が言われたのはリッシュと天使の回収だ。でもリッシュはいつの間にか暴走状態になっていたからそれを止めただけだよ」
「今からクラリを連れて行こうとしているのか?」
「クラリ……、それが天使の名前か」
「あっ」
「僕は回収なんてしないよ。アルトは約束を破ったから……戦争をしないって。でも今のアルトは呼び出した生き物が多すぎるのとそれを制御できなくて暴走している。きっと止められるのはフリュだけだと思っている」
「じゃあ、お前の目的は止めることなんだな」
「だから……その」
「どうせ、武力の国に潜入する作戦だったから別に協力してやってもいい。ただ他の奴らはきっと説明したところで聞いてくれるとは思わない方がいい」
「そうだね」
フォトは納得したように頷いて、黒雨と一緒に能力を使って姿を消し走り始めた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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