分裂した二つの国と天使(1/3)
公開 2023/10/07 13:28
最終更新
2023/10/07 13:42
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かつてそれは攻守の国と呼ばれていました。多くの戦争に勝ち抜いたその国は長い平和の時間を過ごしていました。しかしその平和が人々を少しずつ狂わせました。ある者は戦争がなくなり、人は甘くなってしまったと。またある人は戦争こそがこの国の意味であったと。そのような反発は年を過ぎるたびに多くなりました。
そして抑えきれなくなった攻守の国の王は二人の騎士を呼びました。一人は王に忠実で平和の時間を望む王の右腕の騎士。もう一人は反乱軍のリーダーでありながら、王の左腕の力を持つ騎士でした。二人は決闘をしましたが、決着は右腕の騎士が勝ちました。すると左腕の騎士が意味の分からない言葉をつぶやくと王の腹から刃物が出てきました。その瞬間、全ての人が凍り付き、何が起きたのかわかりませんでした。王は出血多量ですでに息はありませんでした。笑っている左腕の騎士に右腕の騎士は問いました。
「いったい何をした?」
「何ってみればわかる話じゃないか。王を殺したのだよ。殺してしまえば反発などする相手がいないだろう。お前では王に匹敵する力なんてないだろうしな」
「貴様……」
右腕の騎士は左腕の騎士に剣を振り下ろしましたが、そこに彼の姿はありませんでした。あったのは別の騎士の死体だけでした。すり替えられたのかと思った時、彼の笑い声がどこからか聞こえました。別の騎士が声をあげて右腕の騎士に言い、そこを見るとドラゴンに乗った左腕の騎士の姿がありました。
「私はもう人同士の戦争など飽きたのだ。これからは私達、武力の国がこの平和すぎた時間を戦争だけの時間へ変えて見せよう」
そう言い、城に向かってドラゴンは炎を吐いた。右腕の騎士は盾で防ぐが他の騎士達は何もすることができず、一瞬のうちに灰へと変わった。右腕の騎士が見た時にはそのドラゴンはいなくて、崩れ落ちそうな城から街の様子を見てみるとそこは火の海だった。関係ない市民を巻き込んで彼についた騎士が人々を殺している。このままでは異質なものたちにこの国が奪われてしまうと思った右腕の騎士は一人してドラゴンに立ち向かった。
それは数百年前に起きた攻守の国分裂事件。誰が悪いわけでもなく時間が人を狂わせた事件。そして今も続いたまま、一つの国は西と東に分かれている。何度の戦争を繰り返し、武力の国は拡大していったが、騎士の数は増えることなく。一方、旧攻守の国、現平和な国は一切戦争をしないと決め、守るための騎士は年ごとに増えていった。
多くの戦争により失ったもの・得たものは少なからず存在し、数百年の間に復旧したりまた壊したりを繰り返していた。
そしてその二つの国に今年、新たな王が即位しようとしていた。
「よく我のところに集まってくれた」
そういって即位した平和な国の王フリュは多くの騎士や市民に囲まれてパーティーが開かれていた。街中でも出店を開き無償で配り、城に来ることができない人達に渡していた。
「我ら平和な国は武力の国との戦争を一切行わず、話し合いにより和解し、もう一度昔の攻守の国のようになるように私は努める。もし和解によるものじゃなく、武力の国の方からの戦争であればこちらは……」
「戦う。しかしそれは守るためであり、攻撃の目的ではない。これでよろしいでしょうか、我が王」
「ああ……そうだ、すまない、言葉に詰まってしまった。コタ。王になったとは言え、前王になれと言われたからであって、まだよくわかっていない」
「本当に王になってしまわれるとは……俺にとってはいいことですが」
宣言をした王フリュと付き添い騎士のコタは集まった騎士や市民たちに言い、彼らは拍手をした。パーティーは夜遅くまで行われ、市民や騎士たちがいなくなって静かになった王の間にフードをかぶった少年が現れた。
「夜遅くまでご苦労だった、クロ」
そう言われてクロと呼ばれた少年は顔をあげた。ポケットから紙を取り出すと王に差し出した。
「武力の国の情報をその紙に書いていたら結構かかりまして……あとはあのパーティーには俺を嫌っている人もいますから。それよりも武力の国の王はまた何かの本を読んでいました。おそらく何かを召喚するつもりでしょうか」
「そうだろう。やつは禁断と言われる魔導書に手を出したらしいからな」
「数百年前の攻守の国のことですか?」
「ああ……そうだよ、恐ろしい事件だった。人外の力を使って王を殺した話だ。まだその力がここに残っていることが不思議でならないよ。あの事件の後、全ての本は燃やされたと資料には書かれているのだが……。誰かが隠しで持っていたのかもしれない」
王は続いて何かを言おうとしたが、目線の先に黒い何かが見えた。立ち上がった王を見てクロはそれを見るために後ろを向いた。遠くの方で大きな影が見える。
「あれは……」
「魔導書によって召喚された何かだろう。だが攻撃する気がないということは試しか」
「それとも……? 消えましたね」
「試しとはいえ何かあれば困る。また頼めるか」
「はい、王のためならばなんなりと」
そしてクロは一瞬の隙に姿を消し、王の間は静かになった。そして少し経ってコタが王の間にやってきた。
「また彼と話していたのですか?」
「私のことが心配か」
「いいえ、クロのことが……力の使い過ぎで倒れてしまうのではないかと」
「それはきっと彼が一番わかっていることではないか」
「そうですが……」
「それに無理なことはさせないつもりだ、友人として」
「フリュが言うのなら……あっ、失礼しました」
「構わない、皆の前では王でいいだろうが、友人同士ならば名前でもいい。昔のように呼び合っても構わないのだよ」
「……はい。国も昔のように戻ればいいのですが」
フリュは空を見上げた。数々の星がかつての友人を思い出す。
「アルト、フォト、オルム、リッシュ……特にアルト、お前は何をこの世界に求めているのか」
ため息をつきながら友人たちの名前を声に出し下を向いた。
一方、そのため息が聞こえたかのように武力の王は一人立ち上がって窓の外を見た。
「今日もいい夜になりそうだ……が、後ろにいるのは誰だ?」
振り返ると王の影に隠れながら、少しだけはみ出している髪を見て言った。
「隠れても無駄だ、リッシュ。そしてまたなぜ来た。夜は一人にさせてくれと何度言えばいいのだ」
「すみません。ですが、さっきの龍は素敵でしたね。どうやって呼び出したのか教えてくれませんか? アルト様」
「こんないい夜を汚すというのか! だからお前は嫌われるのだ。じゃあ、平和な国の一人くらい、その力で殺せるか? 殺せたら褒美として教えてやってもいい」
「本当ですか! ならこの僕が明日にでもやって見せましょう」
そう言ってリッシュは窓から飛び降りたが、小さな雲の上に着地した。
「もしかしてだが、それに乗ってここまで上がってきたのか」
「そうです。飛べるものって頭の中で考えて出てきたのが雲だったので……」
「その力はいいが、頭の中は馬鹿みたいだ」
「馬鹿って言わないでくださいよ」
リッシュと笑うと下へ降りて行った。アルトは下に降りたリッシュがちゃんと地面に着くまで見届けると窓を閉めてつぶやいた。
「やはり馬鹿な男だ、彼もあいつも……」
翌日、平和な国の城の真下に一人の騎士が眠っていた。小さな動物に囲まれて眠っていた騎士は多くの市民の的になっていた。何もしないまま騎士は城の地下にある牢屋に閉じ込められた。その数時間後、騎士が目覚めて叫んでいたが、地上にその声が届くことなく無駄だった。
かすかに聞こえた声に一人、騎士に近づいた。
「助けて……! 助けに来てくれたのかな?」
「バカか、お前。夜中、一人で小さな生き物を呼び出して騒音を起こしていたらしいじゃないか」
「いや……誰か出てこないかなって思って。でも来てくれたじゃないか、黒雨(こくう)」
「その名前で呼ばれたのはいつ振りか。いつもクロって呼ばれているから自分の名前忘れていた」
「それよりも出してくれるの?」
「出すわけないだろう、リッシュ。お前は武力の国の騎士で俺は平和な国の人間だ。他に助けが来るのを待つんだな」
「えっ! ちょっと待ってよ」
黒雨はリッシュを置いて地上へ上がる。階段を上った先は城の裏庭に着く。庭には池とその周りに咲く花が彩っている。
「その花はコルチカムという花で、確か花言葉は『私の最良の日々は過ぎ去った』だったかな。フリュが大事にしているってことは昔のことを思っているのかもしれないな」
「テルーラ兄さん……どうしてここに?」
「新しい鉱石が見つかって鑑定してもらっているところだ。暇になったから久しぶりに庭に出てみようかと」
「そうですか……」
「お前は休みか」
「休みというよりは能力の反動であまり動けないんです。まだ動けるって思っていても体が言うことを聞かなくて仕方なくですが」
「……あまり無理はするなよと言っても自分の言葉じゃ、意味を持たないかな」
「いいえ、ありがとうございます」
感謝の言葉を述べる黒雨を見て、何か思い出したかのようにテルーラは口を開く。
「それよりも馬鹿なあいつが捕まったって本当か?」
「リッシュのことですか。あいつなら確かに捕まりましたけど……たぶん誰も助けに来ませんよ」
「嫌われているからな。当の本人は気づいていないみたいだけど」
「馬鹿だからです」
仕方がないなという顔をしたテルーラとため息をついた黒雨はコルチカムを見てまたため息をついた。
「そろそろ終わっている頃だと思うからフリュのところに行くけど、クロも来るかい?」
「……はい」
ぎこちない返事でテルーラは少し困ったが、城に入るために歩き始めた。後ろから嫌だなって雰囲気がテルーラを襲っていた。それを受けながらフリュのもとについた。彼は王の間で眠っていて、コタが二人を見て言った。
「テルーラ兄さん、そしてクロか。鉱石の鑑定は終わりましたが、フリュは疲れ果ててそのまま眠ってしまいました」
「なら鑑定された鉱石の名前でも聞いておこうか」
「はい、フリュ曰く見たことのない色だが、おそらくダイヤモンドの変色系だと言っていました」
「そうか、新しいのが出てきたって仲間が喜んでいたから……やっぱり。武力の国に公表してびっくりさせようとしたんだがな。簡単にはいかないか」
「そうですね。いつか武力の国にぎゃふんと何か言えるといいのだが」
二人は仕方がないという顔をしていたが、その様子を見ていた黒雨に気付いて、コタは彼に言った。
「それでクロ、お前は眠っていたのではないのか? 倒れていたのを俺が見つけたからいいものの、武力の国じゃなくてよかったな」
「ああ、だからか。気づいた時にはベッドの上にいて、城の前までは覚えていたから……いつもすまない」
「もう大丈夫なのか。まだ休んだ方がいいんじゃないか?」
「平気だ。あまり休んでも体に良くないし。それよりもフリュに伝えないといけないことがあったんだ。武力の国に潜入する前に教会に少し寄ってみたんだ。そしたら神父が平和とか天使とか言っていたな」
「それって教会が人外の力を使おうとしているってことか?」
「わからない。しかしその可能性はある。中立の立場だって神父は言うけれど、なんか違う気がする」
「それには同意する。武力の国に魔導書を送っているという噂があるくらいだからな」
「クロ」
その声はコタではなく、寝ぼけながら彼の名前を呼んだフリュだった。目をこすりながらも耳はさっきまでの話を聞きとっているようだった。
「フリュ……」
「さっきの話が本当かどうか確かめてきてくれないか?」
「ちょっと待ってください! クロは昨日戻ってきたばかりなのですよ……無理はさせないと言ったのはフリュじゃないか!」
「いいんだよ」
コタの怒りを黒雨は首を振りながら、平気そうな顔をした。その顔にコタは心配して止めようと手を伸ばしたが、彼はフリュの前に立った。
「だがすぐとは言わない。明日でいい」
そういってフリュはふらつきながら部屋に戻ろうとする。それを二人は礼をして見送ろうとした。
しかしその時、フリュと黒雨の間に光の柱が現れた。ふらつくフリュをコタが支える。光の柱に驚いた黒雨は後ろに下がる。その光の柱から白い人型のものが現れた。光が少しずつ薄れていく間に二枚の羽や頭の上に輪のようなものが見え始めた。そして光が完全的に消えたとき、黒雨は神父のことを思い出した。
「『我、この世界に平和を求める者。どうか私目に天使を』……神父は確かそう言った。だがなぜ」
そういう彼の言葉は誰にも届かず、現れた天使は黒雨の方を向いて、手を取るとしゃがみ込んで言った。
「私は神に仕えし天使クラリ。あなたの願いをかなえましょう」
「俺に願いなんてないよ。願いならフリュのことを聞いてくれ」
顔をあげてクラリは黒雨を見ていた。見つめられて恥ずかしくなり目をそらした。しかしその先にまたクラリの顔があった。別の方を見てもすぐに彼女の顔があってもう逃げられないんだなと悟った。
「それはできない話です。私達天使は言われた人の願いしか聞けなくて……ここの人は召喚でしたっけ? それをした人の願いをかなえるのですが……。もしかしてあなたではないのですか?」
「そうだ」
「えっ! でも……」
黙ったクラリをどうすることもできなくて、黒雨はフリュとコタを見たが、何も見ていないという風に目をそらした。するとクラリの足元に白い何かが見えた。
「なんて美しい方なのでしょう」
その声にクラリは反応して振り返ってみると捕まっていたはずのリッシュが彼女を見つめていた。
「なんでお前がいるんだよ」
「牢屋の柵が木で作られていたから、ネズミを大量に召喚してかじらせてどうにか出て来ることができたんだよ。それよりもまさか生きている間に天使が見られるなんて……」
「天使ぐらい、お前の力で呼べるだろうが」
「それは無理だ。人はダメなのは知っているだろう。どうやら人型のものもできないんだ」
「そうか」
冷たい反応に対してもリッシュは黒雨に関わろうとする。それを見ていたクラリはリッシュを睨み、彼は驚いて壁の後ろまで下がった。
「あの人、嫌い」
クラリは黒雨の後ろに隠れて、少しだけ顔を出して言った。
「お前天使にまで嫌われるんだな」
呆れた黒雨は後ろに隠れたクラリの手を取る。
「で、願いのことなんだが」
「はい」
「おそらくお前を呼んだのは神父だろう。だから教会の近くまで送ってやる」
「それはダメだ」
黒雨の提案にフリュが口をはさんだ。寝ぼけていた顔はいつものしっかりとしたものに変わっていた。
「自分が言ったことを覚えていないのか? 神父が天使を呼んだのなら、武力の国の戦力につながる可能性があるとわからないのか」
フリュの言葉に黒雨はハッとしてそうだと小さくつぶやいた。反省する彼を見て、クラリは言った。
「では私はどうすればいいのですか? 願いをかなえることもできないとなれば……」
「心配する必要はない。……コタ、紙とペンを持ってこい」
「はっ」
コタはフリュのそばを離れ、すぐに白紙とペンを持ってきて渡した。フリュは何の迷いもなく、王の間の椅子に座る。いつの間にかあった机に白紙を置き、ペンを走らせ三つ折りにすると黒雨にそれを渡した。
「武力の国の城の近くにでも置いておけば、騎士の誰かが拾うだろう」
黒雨はフリュの顔を見て、走っていった。クラリもついて行こうとするが、彼の姿はもうそこになかった。
「いない……」
「能力を使って武力の国まで行くからね」
「どういうことですか? 人がそういう力を持たないと神から聞いたのですが」
「ここにいる君と私以外のリッシュとコタ、そしてクロ……黒雨は実験によって無理やり能力を植え付けられている」
「……苦しくないのですか? 能力を持つと代償を食らうから」
その答えにコタは頷きかけたが、すぐに首を振った。
「最初のうちは能力が制御できなくて、知らないうちに人が死んでいた。今はどうにかなっているけど。それにこの力は使わないようにしているから」
「……それなら彼は?」
「あいつは人よりも早い時間で行動する能力が植えつけられている」
「だから気づいた時にはいなかったんだ」
「ただ植えつけられた能力の中で反動が大きいのは二番目だろうな。この国では一番だが」
「一番はいったい誰なのですか?」
「武力の国の門番をしている騎士オルムだ」
はてなを浮かべたままクラリは黙ってしまった。
夕暮れの空に風が吹いて紅葉の葉が飛んでくる。ただ一人城の前に立つ騎士。目を閉じているが、少しの足音で目を覚ます。腰から剣を抜き、耳を澄ましてそれを追うが、すぐに剣を直した。
「またか」
そういって目を閉じようとすると足元に三つ折りされた白い紙が落ちていた。封もされていないその紙には武力の国の王に話があると、平和の国の王が書いたものだった。彼はいらないものだと判断したのか、破り捨てようとすると、その手を誰かが止めた。
「勝手に破っちゃだめだよ」
「フォト」
「見せて。……これ大事なものじゃないか」
「話し合いなんていらないと思った」
「それを決めるのはアルトだよ。ほら、持っていくからオルムも来て」
「……」
オルムは黙ったまま、フォトに言われるがまま引っ張られた。城には多くの罠が配置されているがフォトはお構いなしに能力を使って切り抜ける。
何事もなかったかのように王の間に着くと、アルトは見たことない生き物にエサを与えていた。
「アルト……様。オルムがある紙を拾いまして」
フォトはその手紙をアルトに渡し、彼は頷いた。
「昨日呼んだ龍のことを気にしているのか? それとも別の用事か」
「それはわかりませんが」
「……いらない」
「だからそれは」
「フォト! オルム! これは俺が決める」
「はい」
フォトは返事をするが、オルムは何の表情も変えずにアルトを見ている。アルトは紙をもう一度見てから、何かを言っていた。そして紙は鳥の姿に変え、飛んで行った。
「これですぐに返事が届くだろう」
そういい恐ろしい生き物たちとどこかへ消えてしまった。オルムは終わったかと思って王の間を去ろうとした。フォトはオルムの腕をつかんで止めようとしたが、剣を出す音が聞こえてすぐに離した。オルムはフォトを見ずに出て行った。
フォトは静かに彼の姿を見て、昔のことを思い出していた。
それは数年前のこと。今の教会が建てられる前、そこには孤児院があった。親を失った者や捨てられた者がそこで暮らしていた。フォトは最後にそこに入った。
最初に話しかけてきたのは現平和の国の王フリュだった。フリュは物心ついた時から孤児院にいたらしく、自分でも生まれを知らないと言っていた。
「緊張することはないよ。まぁうるさいのばっかりだけどね」
「うるさいってそんなことはない」
「いや、お前が一番うるさいから。何が武器とか戦争の歴史とかうるさいから」
フリュと会話していたのは現武力の国の王アルト。この頃の二人は親友と言っていいほど仲が良かった。
「いつか戦争は起きるってことを知っていた方がいいと思って、みんなに言っているんじゃないか」
「そういう知識を今つけても意味ないっていうことを言いたい」
「ならそう言っていればいい」
「喧嘩するならよそでやれといつまで言えばいい」
「ごめんなさい」
二人の頭に手を乗せて謝らせたのはテルーラ兄さんだった。孤児院にいる子供の中で一番年上、フォトたちを裏から見守っている存在だった。
「こんな奴だけど仲良くしてやってくれ。後、戻ってきたら他の奴らも教えるよ」
「ありがとうございます」
こんな調子でフォトは歓迎されたが、数時間経って、テルーラが言っていた人たちが戻ってきたが、なんだか疲れている様子だった。
「あれ? 新しい子かな」
「あっ……フォトと言います」
「僕はリッシュ。あっちはオルムで、こっちは黒雨だよ。黒雨はクロって呼ばれる方が多いけどね」
「よろしくな、新入り」
「よろしく……」
元気にあいさつしたオルムはフォトの後ろに回ると飛びついてきた。興味なさそうな黒雨はそれを見ても冷たい目線を二人に送り続けていた。
「黒雨……あんまり恐怖を与えたらよくないって先生も言っていたじゃないか」
「別に興味ないから」
リッシュの言葉にも何も動じず、その場から去ってしまった。
かつてそれは攻守の国と呼ばれていました。多くの戦争に勝ち抜いたその国は長い平和の時間を過ごしていました。しかしその平和が人々を少しずつ狂わせました。ある者は戦争がなくなり、人は甘くなってしまったと。またある人は戦争こそがこの国の意味であったと。そのような反発は年を過ぎるたびに多くなりました。
そして抑えきれなくなった攻守の国の王は二人の騎士を呼びました。一人は王に忠実で平和の時間を望む王の右腕の騎士。もう一人は反乱軍のリーダーでありながら、王の左腕の力を持つ騎士でした。二人は決闘をしましたが、決着は右腕の騎士が勝ちました。すると左腕の騎士が意味の分からない言葉をつぶやくと王の腹から刃物が出てきました。その瞬間、全ての人が凍り付き、何が起きたのかわかりませんでした。王は出血多量ですでに息はありませんでした。笑っている左腕の騎士に右腕の騎士は問いました。
「いったい何をした?」
「何ってみればわかる話じゃないか。王を殺したのだよ。殺してしまえば反発などする相手がいないだろう。お前では王に匹敵する力なんてないだろうしな」
「貴様……」
右腕の騎士は左腕の騎士に剣を振り下ろしましたが、そこに彼の姿はありませんでした。あったのは別の騎士の死体だけでした。すり替えられたのかと思った時、彼の笑い声がどこからか聞こえました。別の騎士が声をあげて右腕の騎士に言い、そこを見るとドラゴンに乗った左腕の騎士の姿がありました。
「私はもう人同士の戦争など飽きたのだ。これからは私達、武力の国がこの平和すぎた時間を戦争だけの時間へ変えて見せよう」
そう言い、城に向かってドラゴンは炎を吐いた。右腕の騎士は盾で防ぐが他の騎士達は何もすることができず、一瞬のうちに灰へと変わった。右腕の騎士が見た時にはそのドラゴンはいなくて、崩れ落ちそうな城から街の様子を見てみるとそこは火の海だった。関係ない市民を巻き込んで彼についた騎士が人々を殺している。このままでは異質なものたちにこの国が奪われてしまうと思った右腕の騎士は一人してドラゴンに立ち向かった。
それは数百年前に起きた攻守の国分裂事件。誰が悪いわけでもなく時間が人を狂わせた事件。そして今も続いたまま、一つの国は西と東に分かれている。何度の戦争を繰り返し、武力の国は拡大していったが、騎士の数は増えることなく。一方、旧攻守の国、現平和な国は一切戦争をしないと決め、守るための騎士は年ごとに増えていった。
多くの戦争により失ったもの・得たものは少なからず存在し、数百年の間に復旧したりまた壊したりを繰り返していた。
そしてその二つの国に今年、新たな王が即位しようとしていた。
「よく我のところに集まってくれた」
そういって即位した平和な国の王フリュは多くの騎士や市民に囲まれてパーティーが開かれていた。街中でも出店を開き無償で配り、城に来ることができない人達に渡していた。
「我ら平和な国は武力の国との戦争を一切行わず、話し合いにより和解し、もう一度昔の攻守の国のようになるように私は努める。もし和解によるものじゃなく、武力の国の方からの戦争であればこちらは……」
「戦う。しかしそれは守るためであり、攻撃の目的ではない。これでよろしいでしょうか、我が王」
「ああ……そうだ、すまない、言葉に詰まってしまった。コタ。王になったとは言え、前王になれと言われたからであって、まだよくわかっていない」
「本当に王になってしまわれるとは……俺にとってはいいことですが」
宣言をした王フリュと付き添い騎士のコタは集まった騎士や市民たちに言い、彼らは拍手をした。パーティーは夜遅くまで行われ、市民や騎士たちがいなくなって静かになった王の間にフードをかぶった少年が現れた。
「夜遅くまでご苦労だった、クロ」
そう言われてクロと呼ばれた少年は顔をあげた。ポケットから紙を取り出すと王に差し出した。
「武力の国の情報をその紙に書いていたら結構かかりまして……あとはあのパーティーには俺を嫌っている人もいますから。それよりも武力の国の王はまた何かの本を読んでいました。おそらく何かを召喚するつもりでしょうか」
「そうだろう。やつは禁断と言われる魔導書に手を出したらしいからな」
「数百年前の攻守の国のことですか?」
「ああ……そうだよ、恐ろしい事件だった。人外の力を使って王を殺した話だ。まだその力がここに残っていることが不思議でならないよ。あの事件の後、全ての本は燃やされたと資料には書かれているのだが……。誰かが隠しで持っていたのかもしれない」
王は続いて何かを言おうとしたが、目線の先に黒い何かが見えた。立ち上がった王を見てクロはそれを見るために後ろを向いた。遠くの方で大きな影が見える。
「あれは……」
「魔導書によって召喚された何かだろう。だが攻撃する気がないということは試しか」
「それとも……? 消えましたね」
「試しとはいえ何かあれば困る。また頼めるか」
「はい、王のためならばなんなりと」
そしてクロは一瞬の隙に姿を消し、王の間は静かになった。そして少し経ってコタが王の間にやってきた。
「また彼と話していたのですか?」
「私のことが心配か」
「いいえ、クロのことが……力の使い過ぎで倒れてしまうのではないかと」
「それはきっと彼が一番わかっていることではないか」
「そうですが……」
「それに無理なことはさせないつもりだ、友人として」
「フリュが言うのなら……あっ、失礼しました」
「構わない、皆の前では王でいいだろうが、友人同士ならば名前でもいい。昔のように呼び合っても構わないのだよ」
「……はい。国も昔のように戻ればいいのですが」
フリュは空を見上げた。数々の星がかつての友人を思い出す。
「アルト、フォト、オルム、リッシュ……特にアルト、お前は何をこの世界に求めているのか」
ため息をつきながら友人たちの名前を声に出し下を向いた。
一方、そのため息が聞こえたかのように武力の王は一人立ち上がって窓の外を見た。
「今日もいい夜になりそうだ……が、後ろにいるのは誰だ?」
振り返ると王の影に隠れながら、少しだけはみ出している髪を見て言った。
「隠れても無駄だ、リッシュ。そしてまたなぜ来た。夜は一人にさせてくれと何度言えばいいのだ」
「すみません。ですが、さっきの龍は素敵でしたね。どうやって呼び出したのか教えてくれませんか? アルト様」
「こんないい夜を汚すというのか! だからお前は嫌われるのだ。じゃあ、平和な国の一人くらい、その力で殺せるか? 殺せたら褒美として教えてやってもいい」
「本当ですか! ならこの僕が明日にでもやって見せましょう」
そう言ってリッシュは窓から飛び降りたが、小さな雲の上に着地した。
「もしかしてだが、それに乗ってここまで上がってきたのか」
「そうです。飛べるものって頭の中で考えて出てきたのが雲だったので……」
「その力はいいが、頭の中は馬鹿みたいだ」
「馬鹿って言わないでくださいよ」
リッシュと笑うと下へ降りて行った。アルトは下に降りたリッシュがちゃんと地面に着くまで見届けると窓を閉めてつぶやいた。
「やはり馬鹿な男だ、彼もあいつも……」
翌日、平和な国の城の真下に一人の騎士が眠っていた。小さな動物に囲まれて眠っていた騎士は多くの市民の的になっていた。何もしないまま騎士は城の地下にある牢屋に閉じ込められた。その数時間後、騎士が目覚めて叫んでいたが、地上にその声が届くことなく無駄だった。
かすかに聞こえた声に一人、騎士に近づいた。
「助けて……! 助けに来てくれたのかな?」
「バカか、お前。夜中、一人で小さな生き物を呼び出して騒音を起こしていたらしいじゃないか」
「いや……誰か出てこないかなって思って。でも来てくれたじゃないか、黒雨(こくう)」
「その名前で呼ばれたのはいつ振りか。いつもクロって呼ばれているから自分の名前忘れていた」
「それよりも出してくれるの?」
「出すわけないだろう、リッシュ。お前は武力の国の騎士で俺は平和な国の人間だ。他に助けが来るのを待つんだな」
「えっ! ちょっと待ってよ」
黒雨はリッシュを置いて地上へ上がる。階段を上った先は城の裏庭に着く。庭には池とその周りに咲く花が彩っている。
「その花はコルチカムという花で、確か花言葉は『私の最良の日々は過ぎ去った』だったかな。フリュが大事にしているってことは昔のことを思っているのかもしれないな」
「テルーラ兄さん……どうしてここに?」
「新しい鉱石が見つかって鑑定してもらっているところだ。暇になったから久しぶりに庭に出てみようかと」
「そうですか……」
「お前は休みか」
「休みというよりは能力の反動であまり動けないんです。まだ動けるって思っていても体が言うことを聞かなくて仕方なくですが」
「……あまり無理はするなよと言っても自分の言葉じゃ、意味を持たないかな」
「いいえ、ありがとうございます」
感謝の言葉を述べる黒雨を見て、何か思い出したかのようにテルーラは口を開く。
「それよりも馬鹿なあいつが捕まったって本当か?」
「リッシュのことですか。あいつなら確かに捕まりましたけど……たぶん誰も助けに来ませんよ」
「嫌われているからな。当の本人は気づいていないみたいだけど」
「馬鹿だからです」
仕方がないなという顔をしたテルーラとため息をついた黒雨はコルチカムを見てまたため息をついた。
「そろそろ終わっている頃だと思うからフリュのところに行くけど、クロも来るかい?」
「……はい」
ぎこちない返事でテルーラは少し困ったが、城に入るために歩き始めた。後ろから嫌だなって雰囲気がテルーラを襲っていた。それを受けながらフリュのもとについた。彼は王の間で眠っていて、コタが二人を見て言った。
「テルーラ兄さん、そしてクロか。鉱石の鑑定は終わりましたが、フリュは疲れ果ててそのまま眠ってしまいました」
「なら鑑定された鉱石の名前でも聞いておこうか」
「はい、フリュ曰く見たことのない色だが、おそらくダイヤモンドの変色系だと言っていました」
「そうか、新しいのが出てきたって仲間が喜んでいたから……やっぱり。武力の国に公表してびっくりさせようとしたんだがな。簡単にはいかないか」
「そうですね。いつか武力の国にぎゃふんと何か言えるといいのだが」
二人は仕方がないという顔をしていたが、その様子を見ていた黒雨に気付いて、コタは彼に言った。
「それでクロ、お前は眠っていたのではないのか? 倒れていたのを俺が見つけたからいいものの、武力の国じゃなくてよかったな」
「ああ、だからか。気づいた時にはベッドの上にいて、城の前までは覚えていたから……いつもすまない」
「もう大丈夫なのか。まだ休んだ方がいいんじゃないか?」
「平気だ。あまり休んでも体に良くないし。それよりもフリュに伝えないといけないことがあったんだ。武力の国に潜入する前に教会に少し寄ってみたんだ。そしたら神父が平和とか天使とか言っていたな」
「それって教会が人外の力を使おうとしているってことか?」
「わからない。しかしその可能性はある。中立の立場だって神父は言うけれど、なんか違う気がする」
「それには同意する。武力の国に魔導書を送っているという噂があるくらいだからな」
「クロ」
その声はコタではなく、寝ぼけながら彼の名前を呼んだフリュだった。目をこすりながらも耳はさっきまでの話を聞きとっているようだった。
「フリュ……」
「さっきの話が本当かどうか確かめてきてくれないか?」
「ちょっと待ってください! クロは昨日戻ってきたばかりなのですよ……無理はさせないと言ったのはフリュじゃないか!」
「いいんだよ」
コタの怒りを黒雨は首を振りながら、平気そうな顔をした。その顔にコタは心配して止めようと手を伸ばしたが、彼はフリュの前に立った。
「だがすぐとは言わない。明日でいい」
そういってフリュはふらつきながら部屋に戻ろうとする。それを二人は礼をして見送ろうとした。
しかしその時、フリュと黒雨の間に光の柱が現れた。ふらつくフリュをコタが支える。光の柱に驚いた黒雨は後ろに下がる。その光の柱から白い人型のものが現れた。光が少しずつ薄れていく間に二枚の羽や頭の上に輪のようなものが見え始めた。そして光が完全的に消えたとき、黒雨は神父のことを思い出した。
「『我、この世界に平和を求める者。どうか私目に天使を』……神父は確かそう言った。だがなぜ」
そういう彼の言葉は誰にも届かず、現れた天使は黒雨の方を向いて、手を取るとしゃがみ込んで言った。
「私は神に仕えし天使クラリ。あなたの願いをかなえましょう」
「俺に願いなんてないよ。願いならフリュのことを聞いてくれ」
顔をあげてクラリは黒雨を見ていた。見つめられて恥ずかしくなり目をそらした。しかしその先にまたクラリの顔があった。別の方を見てもすぐに彼女の顔があってもう逃げられないんだなと悟った。
「それはできない話です。私達天使は言われた人の願いしか聞けなくて……ここの人は召喚でしたっけ? それをした人の願いをかなえるのですが……。もしかしてあなたではないのですか?」
「そうだ」
「えっ! でも……」
黙ったクラリをどうすることもできなくて、黒雨はフリュとコタを見たが、何も見ていないという風に目をそらした。するとクラリの足元に白い何かが見えた。
「なんて美しい方なのでしょう」
その声にクラリは反応して振り返ってみると捕まっていたはずのリッシュが彼女を見つめていた。
「なんでお前がいるんだよ」
「牢屋の柵が木で作られていたから、ネズミを大量に召喚してかじらせてどうにか出て来ることができたんだよ。それよりもまさか生きている間に天使が見られるなんて……」
「天使ぐらい、お前の力で呼べるだろうが」
「それは無理だ。人はダメなのは知っているだろう。どうやら人型のものもできないんだ」
「そうか」
冷たい反応に対してもリッシュは黒雨に関わろうとする。それを見ていたクラリはリッシュを睨み、彼は驚いて壁の後ろまで下がった。
「あの人、嫌い」
クラリは黒雨の後ろに隠れて、少しだけ顔を出して言った。
「お前天使にまで嫌われるんだな」
呆れた黒雨は後ろに隠れたクラリの手を取る。
「で、願いのことなんだが」
「はい」
「おそらくお前を呼んだのは神父だろう。だから教会の近くまで送ってやる」
「それはダメだ」
黒雨の提案にフリュが口をはさんだ。寝ぼけていた顔はいつものしっかりとしたものに変わっていた。
「自分が言ったことを覚えていないのか? 神父が天使を呼んだのなら、武力の国の戦力につながる可能性があるとわからないのか」
フリュの言葉に黒雨はハッとしてそうだと小さくつぶやいた。反省する彼を見て、クラリは言った。
「では私はどうすればいいのですか? 願いをかなえることもできないとなれば……」
「心配する必要はない。……コタ、紙とペンを持ってこい」
「はっ」
コタはフリュのそばを離れ、すぐに白紙とペンを持ってきて渡した。フリュは何の迷いもなく、王の間の椅子に座る。いつの間にかあった机に白紙を置き、ペンを走らせ三つ折りにすると黒雨にそれを渡した。
「武力の国の城の近くにでも置いておけば、騎士の誰かが拾うだろう」
黒雨はフリュの顔を見て、走っていった。クラリもついて行こうとするが、彼の姿はもうそこになかった。
「いない……」
「能力を使って武力の国まで行くからね」
「どういうことですか? 人がそういう力を持たないと神から聞いたのですが」
「ここにいる君と私以外のリッシュとコタ、そしてクロ……黒雨は実験によって無理やり能力を植え付けられている」
「……苦しくないのですか? 能力を持つと代償を食らうから」
その答えにコタは頷きかけたが、すぐに首を振った。
「最初のうちは能力が制御できなくて、知らないうちに人が死んでいた。今はどうにかなっているけど。それにこの力は使わないようにしているから」
「……それなら彼は?」
「あいつは人よりも早い時間で行動する能力が植えつけられている」
「だから気づいた時にはいなかったんだ」
「ただ植えつけられた能力の中で反動が大きいのは二番目だろうな。この国では一番だが」
「一番はいったい誰なのですか?」
「武力の国の門番をしている騎士オルムだ」
はてなを浮かべたままクラリは黙ってしまった。
夕暮れの空に風が吹いて紅葉の葉が飛んでくる。ただ一人城の前に立つ騎士。目を閉じているが、少しの足音で目を覚ます。腰から剣を抜き、耳を澄ましてそれを追うが、すぐに剣を直した。
「またか」
そういって目を閉じようとすると足元に三つ折りされた白い紙が落ちていた。封もされていないその紙には武力の国の王に話があると、平和の国の王が書いたものだった。彼はいらないものだと判断したのか、破り捨てようとすると、その手を誰かが止めた。
「勝手に破っちゃだめだよ」
「フォト」
「見せて。……これ大事なものじゃないか」
「話し合いなんていらないと思った」
「それを決めるのはアルトだよ。ほら、持っていくからオルムも来て」
「……」
オルムは黙ったまま、フォトに言われるがまま引っ張られた。城には多くの罠が配置されているがフォトはお構いなしに能力を使って切り抜ける。
何事もなかったかのように王の間に着くと、アルトは見たことない生き物にエサを与えていた。
「アルト……様。オルムがある紙を拾いまして」
フォトはその手紙をアルトに渡し、彼は頷いた。
「昨日呼んだ龍のことを気にしているのか? それとも別の用事か」
「それはわかりませんが」
「……いらない」
「だからそれは」
「フォト! オルム! これは俺が決める」
「はい」
フォトは返事をするが、オルムは何の表情も変えずにアルトを見ている。アルトは紙をもう一度見てから、何かを言っていた。そして紙は鳥の姿に変え、飛んで行った。
「これですぐに返事が届くだろう」
そういい恐ろしい生き物たちとどこかへ消えてしまった。オルムは終わったかと思って王の間を去ろうとした。フォトはオルムの腕をつかんで止めようとしたが、剣を出す音が聞こえてすぐに離した。オルムはフォトを見ずに出て行った。
フォトは静かに彼の姿を見て、昔のことを思い出していた。
それは数年前のこと。今の教会が建てられる前、そこには孤児院があった。親を失った者や捨てられた者がそこで暮らしていた。フォトは最後にそこに入った。
最初に話しかけてきたのは現平和の国の王フリュだった。フリュは物心ついた時から孤児院にいたらしく、自分でも生まれを知らないと言っていた。
「緊張することはないよ。まぁうるさいのばっかりだけどね」
「うるさいってそんなことはない」
「いや、お前が一番うるさいから。何が武器とか戦争の歴史とかうるさいから」
フリュと会話していたのは現武力の国の王アルト。この頃の二人は親友と言っていいほど仲が良かった。
「いつか戦争は起きるってことを知っていた方がいいと思って、みんなに言っているんじゃないか」
「そういう知識を今つけても意味ないっていうことを言いたい」
「ならそう言っていればいい」
「喧嘩するならよそでやれといつまで言えばいい」
「ごめんなさい」
二人の頭に手を乗せて謝らせたのはテルーラ兄さんだった。孤児院にいる子供の中で一番年上、フォトたちを裏から見守っている存在だった。
「こんな奴だけど仲良くしてやってくれ。後、戻ってきたら他の奴らも教えるよ」
「ありがとうございます」
こんな調子でフォトは歓迎されたが、数時間経って、テルーラが言っていた人たちが戻ってきたが、なんだか疲れている様子だった。
「あれ? 新しい子かな」
「あっ……フォトと言います」
「僕はリッシュ。あっちはオルムで、こっちは黒雨だよ。黒雨はクロって呼ばれる方が多いけどね」
「よろしくな、新入り」
「よろしく……」
元気にあいさつしたオルムはフォトの後ろに回ると飛びついてきた。興味なさそうな黒雨はそれを見ても冷たい目線を二人に送り続けていた。
「黒雨……あんまり恐怖を与えたらよくないって先生も言っていたじゃないか」
「別に興味ないから」
リッシュの言葉にも何も動じず、その場から去ってしまった。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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