途切れることのない悲しき真実
公開 2023/09/16 15:28
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少女、春崎詩音(はるさきしおん)。
彼女が生まれた時、彼女の母と多くの看護師が死んだ。父と医師がやってきた時には親は赤い涙を流し、看護師達は外傷が一つもなく、ただ血を吐いて死んでいた。唯一、赤ちゃんを抱えた看護師は生きていたが、医師に渡したとき、赤ちゃんが泣きだしてそれと同時に看護師は血を吐いて倒れてしまった。医師は怖くなって赤ちゃんとケースに置くと逃げてしまった。
父は驚くことなく、ただその惨劇を見ていた。
「君の言っていたことは本当だったんだね」と独り言を言いながらその部屋を出た。
数年が経って、詩音は小学生になっていた。
「行ってきます」
そう元気に父に言うけれど心の奥では少し昨日の話を気にしていた。
昨日の夜、父から聞いた話によると、彼女の目には殺しの力があるのかもしれない。お母さんにも昔そのような力があったからと。それが真実とは限らないけど、生まれた時のことも聞いていたから怖いとは思っていた。
何も起きなくて誰にもこの目について気にならなければと願った。
けれどそれは間違いだった。授業中に何人もの生徒が人質になる事件が起きた。そして彼女のクラスにもその殺人鬼が来て何人かを連れて行こうとする。その中に彼女の友達がいてそれが嫌で口に出してしまった。
「連れて行かないで!」
それを聞いた殺人鬼は彼女を捕らえようと足を進めるが、その目を見た瞬間、何を思ったのか自分が持っていた刃物を頭に刺した。
その光景を見た彼女と他のクラスメイトは叫び逃げ惑うとしたが、もうそこには多くの死体と座り込んだ彼女の姿しかなかった。ついさっきまで授業をしていたのに、あの時と同じ惨劇が現れた。一瞬の間で彼女の目を見たクラスメイトは一人残らず死んでしまったのだった。
それを見に来た他の先生や生徒はただ座り込んだ彼女を教室から出した。
事件は教室を回って人質を集めていた殺人鬼が犯人とみて終わりを迎えようとしていた。しかし殺人鬼を殺したのは彼女だとみて何回もいろんなことを聞かれた。彼女は知らないと繰り返した。
けれど次に来たのは警察じゃなくて、霊関係や宗教団体のような人。父は彼女が何かにとりつかれているのではないかと言ってくる人に対して、何回も違うと言い続けた。でも何回も来るから父はその人を怒りに任せて殴ってしまった。それを見ていた団体は父の目の前で銃を構えた。
「お父さんどうしたの?」
「見てはいけない」
それを言った父と同時だっただろうか、銃声が聞こえた。父の脳天を貫いて銃弾は扉の端で止まった。時が止まったかのようにゆっくりと倒れる父を抱えようとそこに近づく。銃を撃った人は体が震えていた。
「あっ……これは正当防衛だから罪にならないよな……そうだよな」
そう仲間たちに問いかけているようだった。彼女は父が死んだという悲しみとその人に対しての怒りが混じった感情で立ち上がって団体を見てひとこと呟いた。
「死んで」
星空のもと、道に立つ電灯が彼女を照らしていた。彼女の服は返り血だらけで赤に染まっていた。
あの後、団体は自分が持っていた武器などで自らの死を得た。
彼女はとうとう一人になってしまった。恐ろしい子供を引き取る親戚が現れるはずもなく父は一人で彼女を育てていた。
だれ一人通らない道で光に当たっているにもかかわらず、黒い何かがそこにいた。彼女は見ないふりをして通り過ぎようとしたが、それは彼女の目の前に現れた。
「君には感謝しているよ」
黒い何かは人の姿に変わり、けれどフードで顔は見えない。
「……あなたは」
「俺は人殺しをやっている。まぁそれをやりながら探し物をしている」
「聞いてない」
「そうか。じゃあどうしてほしいか」
「殺してくれる? 私のこと」
「それはどうしようかな」
「殺してくれないならいなくなって!」
フードを無理やり取って目を見たが、それは人ではなかった。フードに隠されていたのは角と口からはみ出した牙のような歯だった。彼女は驚いて後ずさりをするが、何かにぶつかって下がれなかった。後ろを振り返ると黒い影がいて、辺りを見回すとその影が彼女を囲っていた。
「……いや」
「悪いことはしないから。ただ感謝を言いに来ただけだよ。たくさんの魂をくれてありがとうとね」
「どういうこと?」
「君のお父さん以外の魂はこの俺が……ここにいる奴らが頂いたってわけさ」
「天使じゃない……悪魔?」
「正解だよ」
「お父さんは?」
「君のお父さんは今頃天使がやってきて天まで上っているだろう」
「そう」
「……それで君は死にたいかい?」
「殺してくれるの?」
「いや。でも俺の探し物も見つかったから」
「えっ?」
「気づいているかわからないけれど、探し物は君だから。まぁ正確に言えば、君の目なんだけどね。君の殺しの目に用がある。ついてきてくれないか」
「どうしてついて行かなきゃいけないの? 私は……」
「そうだな。君の目の検査をしてあげよう。それでもダメかい?」
「怖いことをするの?」
「いや……ただ眠っていればいい」
そういい悪魔は詩音の手を引いて電灯の当たらない真っ黒な道を急いだ。自転車や人が通るけれどこちらに気にする様子がない。
「どうして誰も気づかないって思った?」
悪魔の言葉に詩音はドキッとした。
「それは俺の手に触れているからさ。君が人ならざる者に変わっていると認識されるから。例えをするなら幽霊ってところかな」
「……私を隠すためでしょう?」
「それもあるが、君の目の力を発動させないってことも言える。君だって人を殺すのは好きじゃないだろう」
「あなたは好きそうだけど」
「俺は腹が減っている時だけでいい」
「そう」
詩音は興味なさそうにただ暗いだけの道を見ていた。続くのは暗いアスファルトの道。行き先が分からない恐怖ともうやめていいんだと安心感が詩音の感情を動かしていた。
休憩がてら悪魔は止まって、黒い影たちに指示しているようだった。詩音はその様子を見ながらじっとしていたが、黒い影がいなくなって圧迫感が消えた気がした。
「何か言っていたの?」
「もう見つかったから帰っていいよって言った」
「そう……なんか守られている感じでよかったのに」
「無理しなくていいよ。黒い影をかばうようなことを言わなくて」
静かになった詩音の頭をなでて、悪魔はまた手を引いた。
けれど何時間歩こうとも悪魔が足を止めることはなく、ただ風景が変わるだけで道は暗いまま。
「まだつかないの?」
「もうすぐ着くよ。人を避けた道を歩いているから長く感じるかもしれないね」
そういいながら悪魔は足を止め、詩音は前を向いてなくて背中にぶつかった。着いたのかなと思って辺りを見渡すとそこには今にも崩れそうな建物があった。
「ここ?」
「まぁ、あそこは俺以外の悪魔が暮らしていたところ」
「黒い影さんのこと?」
「そういうことだ。君にはもう少しいいところがあるから……また歩いてもらうけど」
「うん……」
少し痛くなった足で歩くのはつらいなと感じながら詩音は悪魔について行く。少し経って悪魔が止まるとそこには小さな家が建っていた。
「ここが俺の家だ。そして研究室もある」
「研究って私を……?」
「最初はそうしようと思ったが、長い時間の間にわかったことがあって検査はしないことにした」
「えっ? じゃあ私が着いてきた意味なくなるんじゃ」
「そう考えるのが普通だろうが、君には住むところがないだろう。俺なら人に混じって盗みくらいはできるが」
「それ悪いことだよ」
「いいことをする悪魔なんて聞いたことないだろう? それに君じゃ、きっと目のせいで」
「わかった」
「決断が速いことはいいが、住むならある程度のことはしてもらう。まぁできる範囲で」
「うん」
詩音は返事をして悪魔に寄り添った。少し驚いた様子を見せた悪魔だったが、疲れたのだろうと思って何も言わなかった。
その文章の後にペンが置かれて、紙に人影が写った。紙をめくって何かを確認するように何度もその行為を繰り返した。
「これで今までの私は終わりっと」
女性は椅子から立ち上がってその紙を隠そうとしたが、横にいた誰かに取られた。
「これは却下だ」
その紙の中身を見て破ろうとする彼に言葉をかけた。
「どうして?」
「なんでそういうことを残そうとする」
「シェイが言ったんだよ。君の母がその状態で死んだのなら詩音も死ぬかもしれないって」
「確かにそうだが。それは子供が出来てからだろう。まさかと思うが」
「うん。言ってなかったんだけどどうも調子が良くなくて……もしかしたらって思ってみてもらったんだけど……できちゃったみたい」
「いつものあいつにか」
「うん。悪魔なのに子供はいいぞ、なんて言っていたからおかしい人だと思って」
「あいつは人の血を引いている悪魔だからな。そういうところもあるんだろう」
「ふーん」
「そういうことに関しては興味ないんだな。でもさっきの紙はやっぱりいらないだろう」
「子供が苦しまないために必要だと思うの。もし私が死んで同じ状況になるならね」
「じゃあ、詩音が死んだらこの紙の話は俺が続ける。けど死ななかったらこの紙は破るからな。子供に言い聞かせればいいことだから」
「……書いた時間無駄になっちゃうけど仕方ないかな」
詩音はシェイから紙を奪って部屋に行くと、紙をしまって戻ってきた。
「君に話したいことはたくさんあったよ」
「いきなりどうしちゃったの?」
「死ぬって言葉を聞いた時、どんな感じなのだろうかって思ってさ。悪魔になったのだから一度死んでいるんだろうけど、何も覚えていないからさ」
「そう。私はあなたと出会わなければきっと一人だったんだろうなって思っている。だから死ぬのも変わらないと思っていた。でも今はちょっと違うかな。こんな短い時間であなたから離れたくないって感じているから」
「死ぬのが怖いってことか」
「そういうことかもね。生きるのも死ぬのも一度きりって思っているから」
少し照れて隠れようとする詩音の顔をシェイは体ごとこっちに近づけた。
「えっ? ちょっと」
詩音は驚きながら寄り添わせるシェイに身を任せた。
あれから数か月後、詩音は倒れてあいつのところに行った。着いた時にはもうすぐで生まれるところまで来ていたらしい。すぐに寝かせてシェイは追い出されたが、すぐにあいつも出てきた。
「詩音さんに一つだけ言ってなかったことがあるんだけど、怒らないでね」
「なんだ? もしかして殺しの目のことか」
「そうだよ。詩音さんはもうじき死ぬ」
「おい! それは本当か」
「……悪魔なのに人を愛するなんてあんたはおかしいよ」
「愛す? 俺はただ殺しの目が気になったから」
「でも詩音さんのことも気にしていた」
何も声に出せないシェイを見て、そうだよなと思っていたのだろう。
そしてすごい音が部屋からして、シェイとあいつは開けた。するとそこは詩音の言っていたように部屋が赤に染まり、看護師が倒れていた。肝心の詩音は目から血の涙を流していた。
「詩音? おい……まさか」
死んでいるのかとまで声が続かなくて膝から崩れ落ちた。あいつは倒れた看護師の腕の中に赤ちゃんがいることに気がついた。抱えると赤ちゃんは泣きだして少しだけ目が見えた。その目は赤く、すぐに殺しの目が宿ってしまったのだと分かった。
赤ちゃんを別の看護師に預けてから、力をなくしたシェイのところにあいつがきた。シェイはただ一つの願いをしてきた。
「その子を頼む……というより育ててくれないか」
そう言い残して消えてしまった。こいつはと思ったが仕方ないのかもしれないと感じた。最初から分かっていたことを伝えていれば答えは変わったのかとふと思ったがおそらく違うともとれた。
大きくなって言葉もきちんと話せるようになったころ、残されたあの子は人ではなかった。詩音のような赤い目を持っていたが、どこかシェイを連想させる牙がついていた。
そしてあの子は最後に言った。
「本当の家族を連れて戻ってくるね」
そう言って姿を消してしまった。
終わりの見えない現実を受け入れて、名もなきその子は名前を呼んだ。
彼女が生まれた時、彼女の母と多くの看護師が死んだ。父と医師がやってきた時には親は赤い涙を流し、看護師達は外傷が一つもなく、ただ血を吐いて死んでいた。唯一、赤ちゃんを抱えた看護師は生きていたが、医師に渡したとき、赤ちゃんが泣きだしてそれと同時に看護師は血を吐いて倒れてしまった。医師は怖くなって赤ちゃんとケースに置くと逃げてしまった。
父は驚くことなく、ただその惨劇を見ていた。
「君の言っていたことは本当だったんだね」と独り言を言いながらその部屋を出た。
数年が経って、詩音は小学生になっていた。
「行ってきます」
そう元気に父に言うけれど心の奥では少し昨日の話を気にしていた。
昨日の夜、父から聞いた話によると、彼女の目には殺しの力があるのかもしれない。お母さんにも昔そのような力があったからと。それが真実とは限らないけど、生まれた時のことも聞いていたから怖いとは思っていた。
何も起きなくて誰にもこの目について気にならなければと願った。
けれどそれは間違いだった。授業中に何人もの生徒が人質になる事件が起きた。そして彼女のクラスにもその殺人鬼が来て何人かを連れて行こうとする。その中に彼女の友達がいてそれが嫌で口に出してしまった。
「連れて行かないで!」
それを聞いた殺人鬼は彼女を捕らえようと足を進めるが、その目を見た瞬間、何を思ったのか自分が持っていた刃物を頭に刺した。
その光景を見た彼女と他のクラスメイトは叫び逃げ惑うとしたが、もうそこには多くの死体と座り込んだ彼女の姿しかなかった。ついさっきまで授業をしていたのに、あの時と同じ惨劇が現れた。一瞬の間で彼女の目を見たクラスメイトは一人残らず死んでしまったのだった。
それを見に来た他の先生や生徒はただ座り込んだ彼女を教室から出した。
事件は教室を回って人質を集めていた殺人鬼が犯人とみて終わりを迎えようとしていた。しかし殺人鬼を殺したのは彼女だとみて何回もいろんなことを聞かれた。彼女は知らないと繰り返した。
けれど次に来たのは警察じゃなくて、霊関係や宗教団体のような人。父は彼女が何かにとりつかれているのではないかと言ってくる人に対して、何回も違うと言い続けた。でも何回も来るから父はその人を怒りに任せて殴ってしまった。それを見ていた団体は父の目の前で銃を構えた。
「お父さんどうしたの?」
「見てはいけない」
それを言った父と同時だっただろうか、銃声が聞こえた。父の脳天を貫いて銃弾は扉の端で止まった。時が止まったかのようにゆっくりと倒れる父を抱えようとそこに近づく。銃を撃った人は体が震えていた。
「あっ……これは正当防衛だから罪にならないよな……そうだよな」
そう仲間たちに問いかけているようだった。彼女は父が死んだという悲しみとその人に対しての怒りが混じった感情で立ち上がって団体を見てひとこと呟いた。
「死んで」
星空のもと、道に立つ電灯が彼女を照らしていた。彼女の服は返り血だらけで赤に染まっていた。
あの後、団体は自分が持っていた武器などで自らの死を得た。
彼女はとうとう一人になってしまった。恐ろしい子供を引き取る親戚が現れるはずもなく父は一人で彼女を育てていた。
だれ一人通らない道で光に当たっているにもかかわらず、黒い何かがそこにいた。彼女は見ないふりをして通り過ぎようとしたが、それは彼女の目の前に現れた。
「君には感謝しているよ」
黒い何かは人の姿に変わり、けれどフードで顔は見えない。
「……あなたは」
「俺は人殺しをやっている。まぁそれをやりながら探し物をしている」
「聞いてない」
「そうか。じゃあどうしてほしいか」
「殺してくれる? 私のこと」
「それはどうしようかな」
「殺してくれないならいなくなって!」
フードを無理やり取って目を見たが、それは人ではなかった。フードに隠されていたのは角と口からはみ出した牙のような歯だった。彼女は驚いて後ずさりをするが、何かにぶつかって下がれなかった。後ろを振り返ると黒い影がいて、辺りを見回すとその影が彼女を囲っていた。
「……いや」
「悪いことはしないから。ただ感謝を言いに来ただけだよ。たくさんの魂をくれてありがとうとね」
「どういうこと?」
「君のお父さん以外の魂はこの俺が……ここにいる奴らが頂いたってわけさ」
「天使じゃない……悪魔?」
「正解だよ」
「お父さんは?」
「君のお父さんは今頃天使がやってきて天まで上っているだろう」
「そう」
「……それで君は死にたいかい?」
「殺してくれるの?」
「いや。でも俺の探し物も見つかったから」
「えっ?」
「気づいているかわからないけれど、探し物は君だから。まぁ正確に言えば、君の目なんだけどね。君の殺しの目に用がある。ついてきてくれないか」
「どうしてついて行かなきゃいけないの? 私は……」
「そうだな。君の目の検査をしてあげよう。それでもダメかい?」
「怖いことをするの?」
「いや……ただ眠っていればいい」
そういい悪魔は詩音の手を引いて電灯の当たらない真っ黒な道を急いだ。自転車や人が通るけれどこちらに気にする様子がない。
「どうして誰も気づかないって思った?」
悪魔の言葉に詩音はドキッとした。
「それは俺の手に触れているからさ。君が人ならざる者に変わっていると認識されるから。例えをするなら幽霊ってところかな」
「……私を隠すためでしょう?」
「それもあるが、君の目の力を発動させないってことも言える。君だって人を殺すのは好きじゃないだろう」
「あなたは好きそうだけど」
「俺は腹が減っている時だけでいい」
「そう」
詩音は興味なさそうにただ暗いだけの道を見ていた。続くのは暗いアスファルトの道。行き先が分からない恐怖ともうやめていいんだと安心感が詩音の感情を動かしていた。
休憩がてら悪魔は止まって、黒い影たちに指示しているようだった。詩音はその様子を見ながらじっとしていたが、黒い影がいなくなって圧迫感が消えた気がした。
「何か言っていたの?」
「もう見つかったから帰っていいよって言った」
「そう……なんか守られている感じでよかったのに」
「無理しなくていいよ。黒い影をかばうようなことを言わなくて」
静かになった詩音の頭をなでて、悪魔はまた手を引いた。
けれど何時間歩こうとも悪魔が足を止めることはなく、ただ風景が変わるだけで道は暗いまま。
「まだつかないの?」
「もうすぐ着くよ。人を避けた道を歩いているから長く感じるかもしれないね」
そういいながら悪魔は足を止め、詩音は前を向いてなくて背中にぶつかった。着いたのかなと思って辺りを見渡すとそこには今にも崩れそうな建物があった。
「ここ?」
「まぁ、あそこは俺以外の悪魔が暮らしていたところ」
「黒い影さんのこと?」
「そういうことだ。君にはもう少しいいところがあるから……また歩いてもらうけど」
「うん……」
少し痛くなった足で歩くのはつらいなと感じながら詩音は悪魔について行く。少し経って悪魔が止まるとそこには小さな家が建っていた。
「ここが俺の家だ。そして研究室もある」
「研究って私を……?」
「最初はそうしようと思ったが、長い時間の間にわかったことがあって検査はしないことにした」
「えっ? じゃあ私が着いてきた意味なくなるんじゃ」
「そう考えるのが普通だろうが、君には住むところがないだろう。俺なら人に混じって盗みくらいはできるが」
「それ悪いことだよ」
「いいことをする悪魔なんて聞いたことないだろう? それに君じゃ、きっと目のせいで」
「わかった」
「決断が速いことはいいが、住むならある程度のことはしてもらう。まぁできる範囲で」
「うん」
詩音は返事をして悪魔に寄り添った。少し驚いた様子を見せた悪魔だったが、疲れたのだろうと思って何も言わなかった。
その文章の後にペンが置かれて、紙に人影が写った。紙をめくって何かを確認するように何度もその行為を繰り返した。
「これで今までの私は終わりっと」
女性は椅子から立ち上がってその紙を隠そうとしたが、横にいた誰かに取られた。
「これは却下だ」
その紙の中身を見て破ろうとする彼に言葉をかけた。
「どうして?」
「なんでそういうことを残そうとする」
「シェイが言ったんだよ。君の母がその状態で死んだのなら詩音も死ぬかもしれないって」
「確かにそうだが。それは子供が出来てからだろう。まさかと思うが」
「うん。言ってなかったんだけどどうも調子が良くなくて……もしかしたらって思ってみてもらったんだけど……できちゃったみたい」
「いつものあいつにか」
「うん。悪魔なのに子供はいいぞ、なんて言っていたからおかしい人だと思って」
「あいつは人の血を引いている悪魔だからな。そういうところもあるんだろう」
「ふーん」
「そういうことに関しては興味ないんだな。でもさっきの紙はやっぱりいらないだろう」
「子供が苦しまないために必要だと思うの。もし私が死んで同じ状況になるならね」
「じゃあ、詩音が死んだらこの紙の話は俺が続ける。けど死ななかったらこの紙は破るからな。子供に言い聞かせればいいことだから」
「……書いた時間無駄になっちゃうけど仕方ないかな」
詩音はシェイから紙を奪って部屋に行くと、紙をしまって戻ってきた。
「君に話したいことはたくさんあったよ」
「いきなりどうしちゃったの?」
「死ぬって言葉を聞いた時、どんな感じなのだろうかって思ってさ。悪魔になったのだから一度死んでいるんだろうけど、何も覚えていないからさ」
「そう。私はあなたと出会わなければきっと一人だったんだろうなって思っている。だから死ぬのも変わらないと思っていた。でも今はちょっと違うかな。こんな短い時間であなたから離れたくないって感じているから」
「死ぬのが怖いってことか」
「そういうことかもね。生きるのも死ぬのも一度きりって思っているから」
少し照れて隠れようとする詩音の顔をシェイは体ごとこっちに近づけた。
「えっ? ちょっと」
詩音は驚きながら寄り添わせるシェイに身を任せた。
あれから数か月後、詩音は倒れてあいつのところに行った。着いた時にはもうすぐで生まれるところまで来ていたらしい。すぐに寝かせてシェイは追い出されたが、すぐにあいつも出てきた。
「詩音さんに一つだけ言ってなかったことがあるんだけど、怒らないでね」
「なんだ? もしかして殺しの目のことか」
「そうだよ。詩音さんはもうじき死ぬ」
「おい! それは本当か」
「……悪魔なのに人を愛するなんてあんたはおかしいよ」
「愛す? 俺はただ殺しの目が気になったから」
「でも詩音さんのことも気にしていた」
何も声に出せないシェイを見て、そうだよなと思っていたのだろう。
そしてすごい音が部屋からして、シェイとあいつは開けた。するとそこは詩音の言っていたように部屋が赤に染まり、看護師が倒れていた。肝心の詩音は目から血の涙を流していた。
「詩音? おい……まさか」
死んでいるのかとまで声が続かなくて膝から崩れ落ちた。あいつは倒れた看護師の腕の中に赤ちゃんがいることに気がついた。抱えると赤ちゃんは泣きだして少しだけ目が見えた。その目は赤く、すぐに殺しの目が宿ってしまったのだと分かった。
赤ちゃんを別の看護師に預けてから、力をなくしたシェイのところにあいつがきた。シェイはただ一つの願いをしてきた。
「その子を頼む……というより育ててくれないか」
そう言い残して消えてしまった。こいつはと思ったが仕方ないのかもしれないと感じた。最初から分かっていたことを伝えていれば答えは変わったのかとふと思ったがおそらく違うともとれた。
大きくなって言葉もきちんと話せるようになったころ、残されたあの子は人ではなかった。詩音のような赤い目を持っていたが、どこかシェイを連想させる牙がついていた。
そしてあの子は最後に言った。
「本当の家族を連れて戻ってくるね」
そう言って姿を消してしまった。
終わりの見えない現実を受け入れて、名もなきその子は名前を呼んだ。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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