題名(タイトル)のない呪いの終わり(1/2)
公開 2023/09/16 14:18
最終更新
2023/09/16 14:20
白に覆われた雲が大粒の涙を流した。風に揺れる木々の森の葉に落ちた雫が彼の頭にこぼれた。持っていた葉以外、木々は枯れて地面に落ちていたはずの葉も粉々になっていた。その落ちた感覚と音が響いていたとしても彼は目覚めなかった。
静かな森の中、藻に支配され始めていた木の下で少女は目を覚ました。白く凍った地面に腰かけていたせいで、冷たい水にさらされ咳をした。しかしそれと同時に口に流れ込んだ水がしょっぱくて涙が流れていると気がついた。ハッとして少女は涙を手で拭うと、ゆっくりと立ち上がって言った。
「寂しくなんかないもん」
だがその言葉とは裏腹に涙は止まらなくなっていた。
少女にはちゃんとした家族がいた。しかし優秀ではなかったため、妹が生まれた後いらない者扱いを受けて捨てられたのだった。最初は家に戻ることも可能ではあったが、ある日を境に縁を切られることとなり、家に戻ることは愚か、その事情を知った友達さえも助けてくれなくなった。通っていた学校さえ、行くこと叶わず、少女が選んだのは小さい頃に遊んでいた森の中だけだった。
森の中での生活は苦難ばかりであった。まず野生の動物がうろちょろしている中で見つからないように住む必要があり、隠れ家を転々としていた。しかし奇跡的なのか、衰弱してその場に倒れて眠ってしまっても襲われることなかった。そしてその森を流れる川を発見し、そこを中心として木々を集めて小さな家を作った。技術はなかったが、一人入れるくらいの空間は確保できたから少女は満足であった。
作った家から離れ、川から近い場所で薪を集めて火を作っていると、何かが飛び込む音がしてビクッとした。そこには大きな熊がいて少女を見ていた。目が合ってしまい襲われるのかと思って逃げようとしたが、熊は知らん顔して魚を口にくわえると森に入って行った。その状況に怯えながら火のことなど忘れ家に戻った。
食べ物は森にある植物と川から取れる魚。木の実は毒があるというのを知っていたが、小さい頃に食した事のあるものしか口にしなかったため、少女はよくわかっていなかった。魚は冷たい川に手を突っ込んで捕まえる手掴み法で、太陽が見える日にしかやっていなかった。
飲み水は川の近くに落ちていた鍋を修理して、川から汲み取った水を火にかけて飲んでいた。これでもまだいい方だろうと思っていた少女だが、少しずつ気分が悪くなって、のどが渇いたとき以外摂取しようとしなくなった。
ある日、水を汲みに行こうと川に出ると、白い石ころに紛れて何か描かれた石が落ちていた。それと一緒に大きな葉の上に大量の木の実が積まれていた。
「何? 誰かいるの」
恐怖のあまりに近づくことができずにいると水に反射して人の姿が映っていた。それは少女の姿ではなく別の誰かの姿。ゆっくりと前の方へ顔を上げると風に揺れる黒い影が少女を見ていた。しかしその瞬間、影は風に飛ばされる小さな灰となって消えてしまった。
「幽霊……」
固まって力を失った手から鍋が落ちた音で少女は感覚を取り戻した。影が消えた後に見た風景に大量の木の実はなく、ただ葉の上にはあの石ころが置いてあった。その石ころを拾い上げると一本の木が描かれていた。
それからというもの、水を汲みに行くその日に限って描かれた石が落ちており、たまに食べ物が置いてあった。最初のうちは食べ物に手を出せず、描かれた石だけを持ち帰っていたが、綺麗な水が置かれたその日から食べ物も少しずつ手にしていった。持っていくだけじゃ悪いと思った少女は自作の紙と炭で作った鉛筆を使って手紙を書き、川の近くに置いた。するとその手紙は翌日になるとなくなっていた。そして石ころとは別に紐に繋がれた石の絵をもらった。その石には『蟻、林檎、蛾、鳥、兎』と描かれていた。
「あり、りんご、が、とり、うさぎ……えっと? 何だろう」
最初の頃は意味の分からない石ころに不思議と思っていたが、多くの石をもらう中でなんとなく意味を理解することができた。最初に紐づけられた五つの石の意味は『ありがとう』という頭文字を読めばわかるようになっていた。
しかし手紙を送る中で何かと不思議なことを返し主は送ってくるようになった。それは少女が会いたいと願う手紙を送った際に帰ってきたものだった。『黄身、蜜柑、大蒜、天の川、板、蛸、椅子、貝、海苔、蝋燭、苺、貝』
「きみ、みかん、にんにく、あまのがわ、いた、たこ、のり、ろうそく、いちご、かい……『かい』のところを『がい』にすれば、『君に会いたいが呪いが』ってなる。でも呪いって何のこと?」
その答えを聞こうとしてもその手紙の返しだけは返ってこなかった。それどころか別の手紙を送っても何の返事もしてこなくなった。挙句の果てに手紙は川に置かれたままの火が多くなった。単体で置かれていた石も魚のルアーの絵を最後に置かれなくなった。
少女は不思議と思い、バラバラになっていた石ころを集めて並び替えた。紐に繋がれることなく一つの石として食べ物と共に置かれていたその石達はやはり今まで通り言葉を紡いでいた。
『帽子、靴、鶏、亀、饅頭、鰐、梨、家、電池、犬、木、手、栗、檸檬』
「ぼうし、くつ、にわとり、かめ、まんじゅう、わに、なし、いえ、でんち、いぬ、き、て、くり、れもん……『僕に構わないで 生きてくれ』」
『蠍、瓦礫、巣、脳、苗、駱駝、棒、草、葉、狐、鋸、蕎麦、肉、烏賊、ルアー』
「さそり、がれき、す、のう、なえ、らくだ、ぼう、くさ、は、きつね、のこぎり、そば、にく、いか、るあー……『探すのなら 僕は木のそばにいる』。あの森のどこかの木にいるの?」
少女は解読して家の窓から見える森を眺めていた。多くの木から一本を探し出し、彼に会おうと思うならどれだけの時間がかかるかわかったものではなかった。だから草木から作り出した糸と布を使って簡単な鞄を縫い合わせると、その中にありったけの食べ物とゴミとして流れてきたペットボトルに綺麗な水を入れて森の中に入って行った。
絡まった根っこと藻に浸食された地面を歩いていたが、少し前に雨が降った原因か、地面が深く沈み歩くのが億劫になってきた。休みたくても泥まみれになりそうな場所が多く、気に手を置いて立った状態で休むしかなかった。
夜になって月光だけが頼りになった頃、かすかに聞こえる鳴き声と草木に響く行動の音がいっそ恐怖を増し動けなくなった。くらくらする頭と眠くなり閉じようとするまぶたが集中力を下げ、音を立てないように動こうとすることも忘れ、その場に倒れた。
小さな音が響く。鞄に入ったものが当たって不思議な音を奏でていた。何かが近づいてくる気配がしたが、まぶたが開かない。恐怖から固くつぶってしまっているから、少女の意思では開けられなかった。
音が引いて今なら逃げられると思った少女は倒れた反動で痛めた体を木に寄せて、歪んだ視線が元に戻るまで待っていた。しかしその視界の先はさっきとは違う場所になっていた。倒れる前は多くの木々が重なって道という道が封鎖され放題だったはずなのに、今は整備された一本の道とその両端に木が立っている場所の前にいた。道は階段になっており、ゆっくりと足を進めると一本の巨木とその下に白骨化した死体が置かれていた。少女は驚いて下がろうとすると、階段の段差に気づかずに落ちそうだったが、黒い影が現れて少女の体を支えた。しかし少女は彼に触れたことによって気を失った。
気がつくとそこは見知らぬ場所だった。さっきまでいた巨木と白骨死体はなく、助けてくれた黒い影もいなかった。あったのは小さな村と危険視する看板だった。看板には『忌み子 呪われし血 恨みは彼に』と書かれていた。その意味を知るかのように一瞬のうちに看板はなくなり、小屋の中に入っていた。その小屋には血を流し、鎖に繋がれた白髪の少年がいた。すると小屋の扉が開く音がして、多くの大人達が入ってきた。そして罵倒して殴って蹴ってを繰り返し、少年はまた地面に血を流した。
「お前の親は忌み子だと知った時、自殺したよ。呪いの血を絶やさなければならないと言ってね。どうやらその親、忌み子の血をひいていたらしいな。普通の人間と関われば消えると思ったが、無理だったようだ……おい! 気絶してんじゃねーよ」
そしてまた大人は少年の腹を蹴り、口から唾と混じった血を吐き出した。それが大人の足にかかったのか、次は彼の顔を殴った。
「こいつはもう無理ですわ。まるで人形だ。前までは言い返しも楽しみだったのにな。喋らないのはつまらねぇ。もう森に捨てましょうや」
大人達は弱り切った少年に繋がれた鎖を取って、森の方へ持っていくと一つのか弱く細い木のそばに放り投げた。細い木は折れそうだったが、それを支えるように彼の手に残された力で止めていた。しかしその力は長く持たなかった。骨になりかけるまで持ち続けていた。だが木にとって十分すぎる時間を得ていた。骨が崩れ去り地面に落ちたとしても、木は枝を伸ばし、彼を中心として巨大な木に育っていた。
木の枝から生まれた花は毒をまき散らし、人の育てた植物を枯らした。その地面から生えた木の実は人を死に至らしめた。巨木は呪われた血を引き継いだとされ切り落とす計画もあったが、その度に野生動物に人が襲われ、夜になるとよからぬものが徘徊して人をさらっているという噂が立つようになっていた。村に残された大人達は出ていく判断を下したが、村の半分にしかなかった森はその木によって全てを覆いつくすほどになっており、逃げ道などなくなっていた。そして村は木々によって浸食され、飲み込まれた後、人ごと破壊して最初からそこには森しかなかったかのように木々だけが生い茂っていた。村がなくなったことにより巨木は毒をまき散らすことも死に至らしめることもしなくなった。かわりに人の形をした黒い影だけがその木のそばに立っていた。
少女はそれを見ていることしか出来なかった。過去を変えることができないように映像という悲劇は色を忘れ、白黒の中に赤い血と生い茂る緑だけが存在していた。黒い影が去った地面に白い手紙が落ちていた。それは少女が送ったものではなく、それよりも古びていて、所々滲んでいたが文が書かれていた。
『……僕は忌み子だった。母は自殺した。呪われた血の持ち主だった僕は小屋に閉じ込められて森の中で死んだ。死んだ感覚はなかった。だけど声はした。誰かの声、木の声。復讐しようと聞こえた。僕は消極的だったけど、木は僕の血を吸って大きくなり毒を吐いた。人は死に、村は壊滅した。木の声は聞こえなくなった。僕は一人、森を彷徨う黒い影になっていた。
……僕の呪いは愛を知ること。そこにある。母はそう言った。だから僕は愛を知らない。冷たく砕け散った心では感じ取ることさえ難しいものだと大人達は言った。知りたい。だけどその時、呪いは発動して何が起きるかわからない。人になれなかった僕に……』
その後は滲み掠れて読めない。だけどそれは文字が続いていなかったわけではなく、少女の涙が続きを遮断していた。
静かな森の中、藻に支配され始めていた木の下で少女は目を覚ました。白く凍った地面に腰かけていたせいで、冷たい水にさらされ咳をした。しかしそれと同時に口に流れ込んだ水がしょっぱくて涙が流れていると気がついた。ハッとして少女は涙を手で拭うと、ゆっくりと立ち上がって言った。
「寂しくなんかないもん」
だがその言葉とは裏腹に涙は止まらなくなっていた。
少女にはちゃんとした家族がいた。しかし優秀ではなかったため、妹が生まれた後いらない者扱いを受けて捨てられたのだった。最初は家に戻ることも可能ではあったが、ある日を境に縁を切られることとなり、家に戻ることは愚か、その事情を知った友達さえも助けてくれなくなった。通っていた学校さえ、行くこと叶わず、少女が選んだのは小さい頃に遊んでいた森の中だけだった。
森の中での生活は苦難ばかりであった。まず野生の動物がうろちょろしている中で見つからないように住む必要があり、隠れ家を転々としていた。しかし奇跡的なのか、衰弱してその場に倒れて眠ってしまっても襲われることなかった。そしてその森を流れる川を発見し、そこを中心として木々を集めて小さな家を作った。技術はなかったが、一人入れるくらいの空間は確保できたから少女は満足であった。
作った家から離れ、川から近い場所で薪を集めて火を作っていると、何かが飛び込む音がしてビクッとした。そこには大きな熊がいて少女を見ていた。目が合ってしまい襲われるのかと思って逃げようとしたが、熊は知らん顔して魚を口にくわえると森に入って行った。その状況に怯えながら火のことなど忘れ家に戻った。
食べ物は森にある植物と川から取れる魚。木の実は毒があるというのを知っていたが、小さい頃に食した事のあるものしか口にしなかったため、少女はよくわかっていなかった。魚は冷たい川に手を突っ込んで捕まえる手掴み法で、太陽が見える日にしかやっていなかった。
飲み水は川の近くに落ちていた鍋を修理して、川から汲み取った水を火にかけて飲んでいた。これでもまだいい方だろうと思っていた少女だが、少しずつ気分が悪くなって、のどが渇いたとき以外摂取しようとしなくなった。
ある日、水を汲みに行こうと川に出ると、白い石ころに紛れて何か描かれた石が落ちていた。それと一緒に大きな葉の上に大量の木の実が積まれていた。
「何? 誰かいるの」
恐怖のあまりに近づくことができずにいると水に反射して人の姿が映っていた。それは少女の姿ではなく別の誰かの姿。ゆっくりと前の方へ顔を上げると風に揺れる黒い影が少女を見ていた。しかしその瞬間、影は風に飛ばされる小さな灰となって消えてしまった。
「幽霊……」
固まって力を失った手から鍋が落ちた音で少女は感覚を取り戻した。影が消えた後に見た風景に大量の木の実はなく、ただ葉の上にはあの石ころが置いてあった。その石ころを拾い上げると一本の木が描かれていた。
それからというもの、水を汲みに行くその日に限って描かれた石が落ちており、たまに食べ物が置いてあった。最初のうちは食べ物に手を出せず、描かれた石だけを持ち帰っていたが、綺麗な水が置かれたその日から食べ物も少しずつ手にしていった。持っていくだけじゃ悪いと思った少女は自作の紙と炭で作った鉛筆を使って手紙を書き、川の近くに置いた。するとその手紙は翌日になるとなくなっていた。そして石ころとは別に紐に繋がれた石の絵をもらった。その石には『蟻、林檎、蛾、鳥、兎』と描かれていた。
「あり、りんご、が、とり、うさぎ……えっと? 何だろう」
最初の頃は意味の分からない石ころに不思議と思っていたが、多くの石をもらう中でなんとなく意味を理解することができた。最初に紐づけられた五つの石の意味は『ありがとう』という頭文字を読めばわかるようになっていた。
しかし手紙を送る中で何かと不思議なことを返し主は送ってくるようになった。それは少女が会いたいと願う手紙を送った際に帰ってきたものだった。『黄身、蜜柑、大蒜、天の川、板、蛸、椅子、貝、海苔、蝋燭、苺、貝』
「きみ、みかん、にんにく、あまのがわ、いた、たこ、のり、ろうそく、いちご、かい……『かい』のところを『がい』にすれば、『君に会いたいが呪いが』ってなる。でも呪いって何のこと?」
その答えを聞こうとしてもその手紙の返しだけは返ってこなかった。それどころか別の手紙を送っても何の返事もしてこなくなった。挙句の果てに手紙は川に置かれたままの火が多くなった。単体で置かれていた石も魚のルアーの絵を最後に置かれなくなった。
少女は不思議と思い、バラバラになっていた石ころを集めて並び替えた。紐に繋がれることなく一つの石として食べ物と共に置かれていたその石達はやはり今まで通り言葉を紡いでいた。
『帽子、靴、鶏、亀、饅頭、鰐、梨、家、電池、犬、木、手、栗、檸檬』
「ぼうし、くつ、にわとり、かめ、まんじゅう、わに、なし、いえ、でんち、いぬ、き、て、くり、れもん……『僕に構わないで 生きてくれ』」
『蠍、瓦礫、巣、脳、苗、駱駝、棒、草、葉、狐、鋸、蕎麦、肉、烏賊、ルアー』
「さそり、がれき、す、のう、なえ、らくだ、ぼう、くさ、は、きつね、のこぎり、そば、にく、いか、るあー……『探すのなら 僕は木のそばにいる』。あの森のどこかの木にいるの?」
少女は解読して家の窓から見える森を眺めていた。多くの木から一本を探し出し、彼に会おうと思うならどれだけの時間がかかるかわかったものではなかった。だから草木から作り出した糸と布を使って簡単な鞄を縫い合わせると、その中にありったけの食べ物とゴミとして流れてきたペットボトルに綺麗な水を入れて森の中に入って行った。
絡まった根っこと藻に浸食された地面を歩いていたが、少し前に雨が降った原因か、地面が深く沈み歩くのが億劫になってきた。休みたくても泥まみれになりそうな場所が多く、気に手を置いて立った状態で休むしかなかった。
夜になって月光だけが頼りになった頃、かすかに聞こえる鳴き声と草木に響く行動の音がいっそ恐怖を増し動けなくなった。くらくらする頭と眠くなり閉じようとするまぶたが集中力を下げ、音を立てないように動こうとすることも忘れ、その場に倒れた。
小さな音が響く。鞄に入ったものが当たって不思議な音を奏でていた。何かが近づいてくる気配がしたが、まぶたが開かない。恐怖から固くつぶってしまっているから、少女の意思では開けられなかった。
音が引いて今なら逃げられると思った少女は倒れた反動で痛めた体を木に寄せて、歪んだ視線が元に戻るまで待っていた。しかしその視界の先はさっきとは違う場所になっていた。倒れる前は多くの木々が重なって道という道が封鎖され放題だったはずなのに、今は整備された一本の道とその両端に木が立っている場所の前にいた。道は階段になっており、ゆっくりと足を進めると一本の巨木とその下に白骨化した死体が置かれていた。少女は驚いて下がろうとすると、階段の段差に気づかずに落ちそうだったが、黒い影が現れて少女の体を支えた。しかし少女は彼に触れたことによって気を失った。
気がつくとそこは見知らぬ場所だった。さっきまでいた巨木と白骨死体はなく、助けてくれた黒い影もいなかった。あったのは小さな村と危険視する看板だった。看板には『忌み子 呪われし血 恨みは彼に』と書かれていた。その意味を知るかのように一瞬のうちに看板はなくなり、小屋の中に入っていた。その小屋には血を流し、鎖に繋がれた白髪の少年がいた。すると小屋の扉が開く音がして、多くの大人達が入ってきた。そして罵倒して殴って蹴ってを繰り返し、少年はまた地面に血を流した。
「お前の親は忌み子だと知った時、自殺したよ。呪いの血を絶やさなければならないと言ってね。どうやらその親、忌み子の血をひいていたらしいな。普通の人間と関われば消えると思ったが、無理だったようだ……おい! 気絶してんじゃねーよ」
そしてまた大人は少年の腹を蹴り、口から唾と混じった血を吐き出した。それが大人の足にかかったのか、次は彼の顔を殴った。
「こいつはもう無理ですわ。まるで人形だ。前までは言い返しも楽しみだったのにな。喋らないのはつまらねぇ。もう森に捨てましょうや」
大人達は弱り切った少年に繋がれた鎖を取って、森の方へ持っていくと一つのか弱く細い木のそばに放り投げた。細い木は折れそうだったが、それを支えるように彼の手に残された力で止めていた。しかしその力は長く持たなかった。骨になりかけるまで持ち続けていた。だが木にとって十分すぎる時間を得ていた。骨が崩れ去り地面に落ちたとしても、木は枝を伸ばし、彼を中心として巨大な木に育っていた。
木の枝から生まれた花は毒をまき散らし、人の育てた植物を枯らした。その地面から生えた木の実は人を死に至らしめた。巨木は呪われた血を引き継いだとされ切り落とす計画もあったが、その度に野生動物に人が襲われ、夜になるとよからぬものが徘徊して人をさらっているという噂が立つようになっていた。村に残された大人達は出ていく判断を下したが、村の半分にしかなかった森はその木によって全てを覆いつくすほどになっており、逃げ道などなくなっていた。そして村は木々によって浸食され、飲み込まれた後、人ごと破壊して最初からそこには森しかなかったかのように木々だけが生い茂っていた。村がなくなったことにより巨木は毒をまき散らすことも死に至らしめることもしなくなった。かわりに人の形をした黒い影だけがその木のそばに立っていた。
少女はそれを見ていることしか出来なかった。過去を変えることができないように映像という悲劇は色を忘れ、白黒の中に赤い血と生い茂る緑だけが存在していた。黒い影が去った地面に白い手紙が落ちていた。それは少女が送ったものではなく、それよりも古びていて、所々滲んでいたが文が書かれていた。
『……僕は忌み子だった。母は自殺した。呪われた血の持ち主だった僕は小屋に閉じ込められて森の中で死んだ。死んだ感覚はなかった。だけど声はした。誰かの声、木の声。復讐しようと聞こえた。僕は消極的だったけど、木は僕の血を吸って大きくなり毒を吐いた。人は死に、村は壊滅した。木の声は聞こえなくなった。僕は一人、森を彷徨う黒い影になっていた。
……僕の呪いは愛を知ること。そこにある。母はそう言った。だから僕は愛を知らない。冷たく砕け散った心では感じ取ることさえ難しいものだと大人達は言った。知りたい。だけどその時、呪いは発動して何が起きるかわからない。人になれなかった僕に……』
その後は滲み掠れて読めない。だけどそれは文字が続いていなかったわけではなく、少女の涙が続きを遮断していた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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