霊の話 番外編 紅い霊編(2/2)
公開 2023/09/03 13:02
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(空白)

 図書館から出たメーシェはトゥーリの案内のもと、天界までの道を歩いていた。図書館を離れたせいなのか、肌寒い感じはなくなったが、もわっとした風が通り過ぎて生温くなり始めていた。そう感じているのもつかの間、二人の歩く速さがずれて、トゥーリは飛ぶようにメーシェを置いて行こうとしていた。息切れを起こして立ち止まっているとトゥーリが気づいて戻ってきた。
「速すぎるよ」
「何を言っている、これが普通だと思うが……」
「トゥーリは依頼で動いているから」
「ただの運動不足か……なら手を貸せ」
「へっ?」
 差し出した手にメーシェの手を重ねると、トゥーリが握りしめて走り出した。それはまるで風のように速度を上げて、メーシェの足は地面につかずに体を横にして浮かんでいた。視線が揺れて頭は混乱し、早く終わってくれ、とメーシェは思うばかりだった。
 速度を落とすように足から散った砂埃がメーシェの顔にかかって痛みを伴った。トゥーリはここだと指そうとして握りしめていた方の手を上にあげた。それと同時にその手は離されて、速さも増さってメーシェは投げ飛ばされて、地面に引きずられる形で止まった。
「あっ、すまん」
「……」
 声も上げられず痛みに耐えていたが、メーシェの体や顔には傷ひとつなかった。霊となってから何かがあって、何かがなくなってしまっていることをメーシェは思い続けていたがそこに行きつく答えをまだ見つけられていなかった。
 頭や顔に触れて痛みを感じながらゆっくりと、トゥーリのもとへ近づき指の先を見ると、橋のように天まで伸びる虹があった。そこは天と地を結ぶ境界線と呼ばれている場所でいつ現れるかわからない神出鬼没だった。
「あれを上れば天界には行ける。だだ入れるかどうかは知らない」
「えっ」
「俺はあいつからもらった許可書のおかげで天界に入ることが出来るが……お前はそれを持っていない。ここまで来れたからと言ってそれ以上のことは出来ない」
「……それでも僕は行かなきゃいけないんだよ」
「分かっている。だからもし入れないなら俺が説得してやる」
 そう言って虹に足をかけ、メーシェはそれに続く。歩いていくうちに後ろの虹は雲にかかる前に消えていた。穢されることのない白い雲を越えて、消える虹の気配がなくなった頃に門が見え、そこに二人の天使が立っていた。
「……はい。ちょっと君は駄目だ」
 トゥーリが何も言わずに門をくぐったので、それについて行けばいいのかと思ったメーシェだったが、二人の天使に剣を立てられ止められた。
「あいつは」
「あなたには関係ありません」
「関係は……」
「その子は私が呼んだのだ」
 トゥーリは天使達に説明しようとしたが、それを聞き入れようとしてくれなかった。しかしそれを止めるようにトゥーリの肩に触れて両者の間に立っていたのはメーシェも知る人物だった。
「……か、神様」
 天使二人はその神を見ると通らせないようにしていた剣を下ろし、その場にしゃがみこんだ。驚くメーシェにその神は言った。
「君が来るのを待っていたよ」
「あなたは確か……神であるのと同時に」
「そう、空の霊 ハノキとも呼ばれている。トゥーリに頼んでおいて正解だったね」
「えっ! だってあいつは」
 メーシェがトゥーリの方を見ると目を合わせることなく、その目は空の霊 ハノキに向かって睨みつけていた。ハノキは背後からその気配を感じていたが、乾いた笑いをしていた。

 門から少し離れて歩いていたが、辺り一面の白い雲の地面とその境界線が見えない空のせいでどこまで進んでいるのかわからなかった。依頼の報告をしてくると言ったトゥーリを分かれて、メーシェは歩き続けるハノキについて行った。
「どこへ行くのですか?」
「今はなき、神殿の場所へ」


 卒業式の日に大量虐殺を行った彼らは罪に問われることなく、それどころか称えられた。あまりにも苦痛を与えていた者達を殺してくれたことに対しての感謝だった。その中でも彼は仲間をまとめる力があると隊長まがいの立場に置かれた。ただそれは一方通行の感情で、彼にとってそれは邪魔でしかなかった。
 そして戦場へ出向く日が来て、仲間達と離れた。彼は一人、別の部隊と共に船に乗った。その部隊は船から別の土地に降り立って領地を取り返そうとしていた。ただその土地も元は彼らのものではなく、別の知らない者達のものだった。
 彼一人が選ばれたのは、他の仲間達が全員特攻隊として飛行機に乗ることになったから。それは埋もれた優秀な彼を救うための、上層部によるごみを捨てる行為だった。

 そんなことも知らず、船を降りた彼は部隊の真ん中に配置されて少しずつ前に進んでいた。燃やされて炭になった木々が倒れて道を封鎖し、また砕かれた岩が石ころになって転がっていた。脆くなった炭を踏み、その音を感じ取られたのか、一発の銃弾が誰かの頭を貫いた。敵の気配を一瞬で把握すると彼は部隊から離れて岩陰に隠れた。銃で覗きながら敵を発見したものの、貰い物の銃では届かない。
 敵軍の声が聞こえたが、その言葉を理解することは出来なかった。ただ的に向かっていうことは撃てということだろうと彼は思った。仲間とは思っていないが、これ以上殺され続ければいずれ、彼もその道を追うことになると悟って糸口を探した。
『地雷に注意せよ 浮き出ているものは利用し、埋まっているものには注意せよ』
 ふとこの土地に関しての資料の一文を思い出した。彼はそれに従い注意深く辺りを見ると、敵の手前に何か黒いものが見えた。一か八かだと考え、彼はそれに向かって発砲した。

 彼の銃弾は見事に地雷をとらえて当たった音と共に敵に気づかれた。しかし敵が彼に向かって銃を構える前にその地雷は爆発し、土がその衝撃で打ち上げられ空気上に漂う砂が視界を悪くした。細かい砂が舞う中で、彼はもう一発撃った。
 その銃弾が敵に向かって撃ちだされたものではなく、空気中に漂う砂に向かって放たれた。空気を貫通して銃弾は敵が壁としている岩に当たった。その当たる前に彼は今いる岩陰から遠くの場所へ移動し、逃げるように走った。軽い銃弾が腕や脚に当たって、血が出たが彼はニヤリと笑っていた。その場にいた部隊ごと、敵を爆破させて殺した。

 彼は少し経って戻ってきた。敵も味方も息はなかった。見分けもつかないほどに体は壊れて、布だけが区別することが出来る手段だった。大量の死体から通信機を取り出して彼は話した。作戦は成功した。彼は知っていた。この部隊も一緒にいた仲間達も上層部に動かされる駒であり、彼もまた同じであると知っていた。
 一人、歩いていたが逃げた際に受けた傷が痛み、岩や木にもたれかかった。どこかで狙われていると知りながら、銃を構えることも出来ず、木々に座り込んでいると誰かに声を掛けられた。それは同じ紋章を持つ兵士だった。彼のことを聞きつけ助けに来たのだ。
『もう一つ、頼みたいことがある。それが終われば君も私も自由の身になる』
 助けのついでに頼まれた資料を彼に渡し、それを持って基地にやってきた。治療を受ける傍らで彼はその資料を読んでいた。また同じように敵を殺すだけの話だった。しかしそこにはもう一つ別のことが書いてあった。それは敵の作り出そうとしている兵器、の偽物が載っていた。

 その作戦は彼の治療が終わったのと同時に開始された。それは奪うためでなく、救うための作戦だった。全ての戦場において勝利を得ているわけではなかった。膨大な敵の数に僅かな味方では勝ち目など無理であった。それでも上層部のやつらは戦えぬ大勢のために、いや見栄を張るためだけに、ただ自分の為だけに弱きものを駒として使うのだ。
 その作戦も無謀であった。知らぬ土地でどこから現れるかわからない敵に怯えながら進み、味方を救うこと。自らの地位のために先頭に立った愚か者は見えぬ敵に貫かれた。彼はその愚か者の遠くで、木々に隠れて銃を構えて撃った。少しの反動で後ろにいた兵士とぶつかったが、何も言わずに移動していった。
 少しずつ敵を殲滅していこうとも、一つの行動が過ちとなって味方は少なくなっていく。彼も移動中に片足を撃たれた。見つけた味方は全て殺され、最後の味方は惨い死に方をしていた。
『終わりだ』
 味方の誰かがそう言った。それに同情するかのように他の誰かも弱みを吐き出し始めた。彼はその中にいることを嫌い、外に出た。しかし少数、彼の行動に感化され外に出てきた。
彼が通信機を入れ、上層部の誰かに伝えようとした時だった。横にいた味方が敵に撃たれ、ゆっくりと血を流しながら倒れていくのを見た。

 その銃弾一つで味方は散り散りになってしまった。彼は少しの味方と隠れていた。彼の代わりに通信機を入れて、その音を抑えるように集まってきた。答えは一つだった。
『そうか』
 通信は切れ、そして繋がらなくなった。作戦は失敗し、彼らは捨てられた。

 誰かのせいだと誰かを殴り蹴り、味方達は仲間という輪を壊していった。彼は一人、弱き者達がどうなったのか知りたく、別の通信をいじり繋げてみた。しかし答えはなかった。すでに死を選び、砂嵐だけが音として拾われていた。
『あの者を』
 切ろうとした時、誰かの声が入り込んだ。そしてその声を彼は知っていた。幼い頃の拉致された記憶。その男の声に似ていた。

 復讐に似た憎悪が沸き上がってその方へ走り出した。その様子を見た正気を保った味方もついてきた。弱き者は自ら死を選んだのか、それともやつらに殺されたのかわからないが、いずれにせよ、死を得る時間はそう長くはなかったはずだ。
 砂に埋もれ始め、血だらけの通信機を手に入れたが、やつらの気配はなかった。血だらけの地面を歩き、辺りを捜索してみたがやはり誰もいなかった。だが空気が切れてどこからか飛んできた銃弾が壁に埋まった。どうやら弱き者の死亡は罠だったらしい。

 しかし彼の憎悪が収まることはなく、基地からも味方からも離れていく。何人かはついてきて彼を説得しようとしたが、そもそも追いつけない。その間も銃弾や悲鳴が響き、死体は増えていった。敵を見つけるな否や、彼は装填した銃を構えて撃った。その速さは敵を上回っていたが、一、二弾は体に当たっていた。疲弊する体お構いなしに彼は敵を殺し、やつらを探していた。彼の目的が変わった瞬間だった。銃を構えるだけの兵器と化し、敵もいつしか恐れるようになっていた。
 だが体がもたなかった。そして終わりを迎える。食料も尽き、最後の日になりかねなくなった。味方は二、三人しかいない。やっとあいつらの場所を見つけたが、周りには大量の敵がいた。銃弾が心もとないが、やるしかなかった。一発一人を目途に殺しを繰り返していると、建物から人が出てきた。死体を壁に打ち、流れた赤い血がべっとりとついた。大きな声を上げ、それのせいで耳鳴りがした。
『か……れた』
 聞き取りずらい状態で何かを味方が言い放ったが、彼の耳に届かなかった。しかし隠れながら少し進んでいるうちに味方が何を言ったのか理解した。彼らが先にあいつらを見つけたのではなく、あいつらが先に彼らを見つけ、囲む暇を作っていただけだった。それでも彼は突破口を見つけて、味方を置いて敵を銃弾で殺していった。あの男を目にとらえた彼は岩と岩の隙間を見つけては、やつに向かって銃弾をお見舞いしようとした。しかし男を守るように配置された敵兵が邪魔をして、その敵兵を完全に倒しきるまで男に当たらなかった。
 装填する弾がなく、銃に込められた最後の一発。それを外せば彼は殺される。味方は生きているかわからない。だがもうそんなこと彼にとってはどうでもよかった。距離が足りない。もう少し近づけば当たるかもしれないが、その場合、彼にも当たる可能性があった。それでも男を殺せばもう死を得ても構わなかった。足音を立てないようにゆっくりと進むが、足元に転がった石が蹴られて軽く飛んでいく。男は気づいて、彼もまた銃を構えた。風がふき砂嵐が巻き起こっている中だったが、一瞬だけその風が止まった。
『隊長!』
 その声が味方のものだったか、敵のものだったかわからない。ただ彼は背後の敵に気づいていなかった。彼の心臓はその敵に貫かれて、その後二発目は頭を撃たれた。しかし倒れる中で彼の放った銃弾があの男の心臓を貫いていた。


 死を得たのは知っている。男が死んだのは知らない。撃ち抜かれて目を閉じてしまったからそれ以上のことは知らない。味方も死んだようだ。
 しかしここはどこだろう。半透明になった姿は空を飛んでいたが、そこは戦場じゃない。人々が貧しくも、戦場に巻き込まれることのない生活が行われている場所。
 灰色の雲が空を覆い尽くしていたが、一瞬の光と共に黒い物体がその場所に落ちた。そしてその物体を彼は資料で見ていたから知っていた。人々を一瞬で焼き殺す兵器。
 辺りは一面の光に包まれたかと思うと、色鮮やかな風景は灰一色に塗りつぶされて炭となった。建物は崩壊し、自然は焼かれ、人々はなすべきことなく死んでいった。

 天に上るはずだった彼の浮遊感があの黒い物体によって奪われ、下に落とされた。味方とどんどん離れていって、灰一色に変わった地面に落ちていく。音はなくただ痛みだけが残り、起き上がるとそこにいた人々は骨となり、肉片や血液は蒸発し、風に乗って残された布が飛んでいった。
『どこにいけばいい』
 死に霊体となった彼は二度と浮遊することが出来なくなっていた。歩いていくうちに骨だけだった人々の体は一部がただれて肉があらわになり、焦げてしまっているにもかかわらず、その命が残っているせいで苦しみ嘆く姿が痛々しく、彼は目を耳を塞ぎたくなった。大量の死体を見ていたとしてもその姿は記憶したくないほど嫌なものだった。
『こっちだ』
 誰かの声が響き、ハッとして見てみるが何もいなかった。ただ気配が残っていて彼はそれについて行った。

 そこは誰にも穢されることなく、破壊されることなく残っていた場所。人々の目に映ることない霧の中に森があった。足を踏み入れようとすると声を掛けられた。
『ようこそ、霧の森へ。君が……会いたかった』
 その声の主を彼は今も信頼している。


 ハノキが足を止めたが、そこに神殿と呼ばれる建物はなく、代わりに霧に覆われていた。
「あの……」
「そうだね」
「?」
「ここには神殿はないよ。ただ今の世界にはね」
「どういうことですか?」
「君の持っている写真を貸してくれるかな」
 そのことについていつ話そうか考えていたメーシェは少し驚いた。
「驚くことも無理はない。私は知っているから」
「何を」
「この写真は二枚存在していて、片方は本当の主であるフィークが持っている。しかしその写真はこの世界の影響を受けて腐敗している。もう片方は今君が持っている写真。それはこの世界のものじゃない真実を撮ったもの。男の人の顔が見えるかい? その人は三碧 優太……フィークの父親だよ」
「フィークの父親?」
「その名は鸚鵡 千利(おうりょく せんり)。あの本を読んだかはわからないが、この天界において笹の霊とも呼ばれていた」
「笹の霊……あの本の題名だった」
「どこまで読めたかな」
「その人の過去を少しだけ、伏せられていたので全てとはいきませんが……」
「そうか」
「フィークは……実の父親を知っているのですか?」
「彼は知らないよ。行方不明になっていたはずだ。それに彼が持っている写真に父親の顔は映らないからね。母親の言葉も修正のせいで聞けなくなっていたから」
「修正?」
「この世界は作り替えられた。彼の生きる世界と彼の父親の生きる世界が違うということ。だから邪魔な部分を切り取った写真だけが彼の手にある」
「父親が邪魔だった……」
「そうなる……あの少年の願いを叶えるためにはそうするしかなかった」
「少年?」
「修正される前に天界に来た夢の旅人で神殿に囚われた三人の魂を解放した勇者のことさ」
「フィークにとっては魔王じゃないですか! そいつがそんなことをしなければフィークは……」
「そうだね。ただこの話には少し問題点がある。囚われた三人の魂のうち、彼の父親も含まれていた」
「えっ」
「こことは別の世界、そこで出会った四人、そして奪われた命と最後の願い。それを利用したのは悪しき神だった。信仰され、神になるほどの力を秘めた四人を恐れた神は……君達と同じ役目を与えようとした」
「僕は……迷惑ばかりでまだ」
「いつか……いやもう君には宿っている」
「?」
「話の続きをしよう。一度捕まえられた三人は解放されたがまた回収され、魂と記憶を抜き取り、神に仕える操り人形的な存在と化した霊になった。しかし最後の一人が捕まえきれなかった」
「それが勇者……」
「うん。別の世界では勇者と呼ばれ、修正される前ではただの人間だった。ただ繰り返し同じ夢を見ることが出来る少年で、その夢が囚われた三人に関係していた。繋がりを知らない少年だったが、夢の旅人として三人の夢を渡り歩いた結果、自分が勇者であったことを知った。そして三人を解放し、悪しき神を葬ることになったが……そこで世界が壊れた。修正されることになり、霊から人になった三人と夢の旅人の少年がいる世界が誕生した。三人には霊となった時と別世界、修正前にいた事柄の全ての記憶が消去されているが、それでも四人は繋がっている。修正された後の世界ではこのことを知るものはいない。ただ例外として記憶しているものがいる。それが私と夢の旅人だ」
「少年は何となくわかりますが、どうして?」
「さぁ、修正前の私は何の力も持たない神だったからかもしれないね」

 ハノキがそう言い、写真を空高く上げるとそれは小さな硝子玉となって戻ってきた。樒(しきみ)の花の蕾が入った硝子玉だった。しかしメーシェに渡される前にそれは消えてしまった。
「消えてしまったね。元の持ち主に帰ったかな」
「それは……? もしかして」
 メーシェの答えの前にハノキは頷いていた。

 雲一つない快晴の空、照り付ける太陽の光が土瀝青に当たって熱くなっていた。少しの風が涼しさを感じることが出来る。天界で見た霧に隠された水晶の反射は一体何だったのだろうと彼は思い考えたが、あと一つのところで頭が痛くなった。神殿のようにも見えたがそれ以上のことはわからなかった。ふと衣嚢に重さを感じて出してみると写真の代わりに硝子玉が入っていた。樒の花が咲いた透明な硝子玉を手に取ると、どうしてか今まで考えていたことが、欠けていた何かが導かれていく気がした。
「母さん……」
 その名を呼んだのはもう何十年前のこと、彼はそれからずっと霊のままだった。硝子玉に当たった雫が目から落ちた涙だと気づくのに時間がかかった。頭の痛みは引いて、霧がかかっていた真実は脳に伝わっていた。

 霧の森へ戻ろうと土瀝青の道を歩く彼と重なる四人の姿。下を向いたまま歩いていた彼はすぐに気づけなかったが、少し遠くなって振り返った。
 一人、彼の方を見て立ち止まっていた。しかし他の誰かに話しかけられて去ってしまった。
「父さん……?」
 彼の姿が見えていたのかは定かではないが、彼はその姿を見てすぐには動けなかった。
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