『新しい幽霊の形』 第三章 夢見の予知と真実の記録
公開 2023/09/02 12:49
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彼は旅をしていた。自国にとどまることがあまりにもつまらなくなって、遠くに行きたいという思いからいつの間にか足は動いていた。家を売り払い、戻らないと決意して旅に出たのはよかったのだが、早々に食料が尽き、喉が渇いた状態で一つの世界に着いた。
 その世界はちょうど彼にとっていい場所だった。旅人を歓迎し、多くのものをもらったが何かが変だった。その間は的中し、別の世界に行くとなれば銃を向けられた。この世界の者達は旅人を洗脳してずっと住まわせようとしていた。彼は物をもらっている時点でおかしいと思っていたが、銃を向けられてはっきりした。
 貰い物には全て洗脳に必要な毒が仕組まれている、と理解した彼は大量にもらった袋ごと捨てた。ものによっては形を失い、地面がその色に染まっていた。怒り狂った住人達は発砲したが、その銃弾が枯れに当たることはなかった。歪んだ視界でまともに撃てるはずがない、彼はそう思っていた。だからただまっすぐに走った。銃弾が頬をかすったこともあったが、気にせずにその世界を出た。

 次の世界は荒れた土地と山に囲まれた場所だった。家はなく地面に敷かれた絨毯だけがその代わりを果たし、住民達は彼に向かって食料をたかっていた。骨が見えるほど細くなった体でしがみつこうとしたから、彼は振りほどいて歩いた。
 後で知ることになったが、どうやらここは世界として機能していない。昔はよかったらしいがその記述がなく、今はただの通り道になっていた。
 彼は住民達に食べ物を差し出すほど余裕はなかったので、可哀想と思いつつ見て見ぬふりをして通り過ぎることにした。


 それから紆余曲折あったが、多くの世界を旅して撮った写真は一冊の本になるほどだった。良い世界と悪い世界を渡り歩き、彼は少し戦えるようになっていた。武道が盛んな世界で自分の身を守る方法を身につけ、武器を扱う世界で護身用のナイフを手に入れた。
 新たな世界へ旅を続けていると、遠くで笛の音がした。その音を頼りに歩いていると、鳥居がその世界の門のかわりをしていた。
「旅人の方ですか」
 門を通ると前に案内人がいた。和服の格好はこの世界の決まりなのだろうかと思いながらゆっくりと頷いた。
「そうでしたか……ではごゆっくりと言いたいところでしたが、今夜は巫女の舞いがありまして、警戒心が高くなっておりまして……なので私目が旅館まで案内いたします」
「……その前にどこかに行くことも叶わないのか」
「はい……本日は。……せめて夜までは何もしないでほしい」
 案内人の切なる願いに他に返す言葉もなく、そのままついていくことにした。

 その間に案内人にこの世界のことを聞いた。この世界は代々巫女に守られてきた世界。それ故に巫女の舞いはこの世界にとって重要なことであり、過去に何度か邪魔されたことで厄災が起きたこともあった。月に一度、その巫女の舞いは行われて、彼はその日に居合わせてしまったのだった。
 歩きながら視線を感じてその度に首を動かしてみてみると、不思議そうに彼の歩く姿を見る住民達がいて、気づかれるとすぐに窓や扉が閉められた。何かやらかすのではないかと監視しているかのような目をしていた。それが旅館に着くまで続いていた。
 体が疲弊する前に心がやられそうになりながら、旅館に着くとすぐに案内人は彼に礼をして去っていった。女将達が集まってきて歓迎してくれたものの、その巫女の舞いのせいか、彼のみならず他の人も含めて構っている時間も惜しいほどに慌てていた。
 バタバタとする旅館の中で案内された部屋。きれいに整えられているが、所々気になる部分はあった。しかし疲れていたこともあって、まだ昼間だったが布団を引いてそこに寝た。鳴りやまない音を背に彼は眠りについた。

 彼が目を覚ましたのは夕暮れを過ぎ去った夜のことだった。目をこすって暗いな、と思ったが、意識がはっきりしてくるとあの時に流れていた笛の音が聞こえてきた。外の方を見ると横笛や尺八を鳴らしながら歩いていた。周りには住民達も出てきて多くの人でにぎわっていた。まるで祭りのように人が増えていくが、歩いている演奏者達には誰も近寄らなかった。彼はそれを見ていたが、どこに行くのだろうか、と気になって暗い部屋のまま、旅館から出てついていった。
 大騒ぎする住民達は気づかないようで彼はその音を頼りに歩いていた。いつの間にか山に入っていき、長い坂を過ぎたあたりに小さな神社があり、その中心に巫女らしき人物がいた。演奏者達は神社にたどり着くと、それぞれ左右に分かれて真ん中の道が開いた。巫女は従者達の手を借りて、神社の本殿から出てくると、真ん中の道に立って舞い始めた。
 彼は森の中から近づくことなくその様子を見ていたが、満月の光に照らされて舞う巫女に惹かれて、無意識のうちに少しずつ前に出ていた。すると演奏者の一人が彼に気づいて、一つの音色が聞こえなくなったのをかわきりに、次々と音量は減っていたが、巫女は舞いを続けていた。無音に近いその状態になっても最後まで舞い続けた巫女の視線は彼をとらえていた。
 舞いが終わり、巫女以外の従者を含めた人々が一直線に彼に詰め掛けてきて、怒鳴りつけようとした時、巫女は首を振りそれを止めた。
「舞いの余韻を楽しむ神様の邪魔をしてはなりません」
「……」
「それにその方は旅のお方。私達の世界の事情を知らないかもしれません。珍しいと思うことは不思議ではありません」
「しかし……わかりました」
 従者達が巫女に謝って、彼の方を再び向いてやはり怒りながら言った。
「巫女様がお優しい方でよかったな。しかし神様は今宵のことをお許しにならないだろう」
 そう吐き捨てて、帰れ、と付け加えて巫女とともに本殿に戻っていった。彼は言われた通り旅館に戻ろうとは思わなかったが、足を止めていると演奏者達に引きずられて山から降ろされた。
 山から下りてくると外に出てきていた住民達の姿はなく、夜の静けさがやけに恐怖を覚えた。旅館に戻ったら怒られるのではないかと思ったがそんなことはなかった。部屋に戻って色々なことが起きすぎて疲れ果てて瞼はいつの間にか落ちていた。


 彼は町を歩いていた
人々が彼にたかっていろんなものをくれるどこかで見たような風景
でもそれらに毒は入っていない
 巫女が現れて、一緒にそれらを食べて、楽しそうに笑っている

 深い眠りの落ちていた彼が見たどこでもありそうな記憶が繋いだ夢。朝から活気あふれた声が外から聞こえて、その音で目が覚めた。朝ご飯をいただいて準備を済ませて部屋を出た。昨日の静けさと違って、今日は多くの店が開いていた。その風景を撮りたいと思い、カメラを向けるとそれに気づいた住民は怒る様子もなく、手にしていた特産品を渡してきた。
「旅人さんや、これをお食べ」
 渡してきたのは饅頭とお茶。過去の世界のこともあり、口にすることを拒んでいたが、無理やり口に入れられた。息が出来ずに苦しくなって噛んで飲み込んでしまったが、どうやら毒は入ってなかった。
「おいしいでしょう。この町一番だからね」
 そういって饅頭をくれた人は自慢をしていると、他の住民達も近づいてきて、和菓子のみならず、色んなものを押し付けて、挙句の果てに彼は囲まれて動けなくなってしまった。
「あの……」
 彼の声もかき消されて住民達の声に埋もれていく。しかし微かに聞こえた鈴の音によって、住民達は何故か静かになって誰かに道を開けるようにはけていった。
「み、巫女様」
 住民の一人がそう言い、彼はその姿を見た。昨日は月の光に照らされて白く見えていた和装は、秋の紅葉に合うモミジとイチョウを基調としていた。頭にかんざしには赤い花が咲いていた。ざわざわする住民達をよそに巫女は固まって動けなくなっていた彼の手を取った。
「やっと見つけた」
 巫女は嬉しそうに彼を見ていたが、周りの住民達は恐れ多いと思ったのか、ざわざわしていた声は少なくなって静かになっていった。その様子に巫女は寂しそうな顔をした。
「どうしてみんないなくなっちゃうの」
「あの」
「……あっ、旅人の方。昨日は従者達が失礼なことを」
「いえ、知っていたにもかかわらず行った俺が悪いですから」
「知っていたんですか。でもそれならよかった」
「えっ?」
「こっちの話です。気になさらずに……実は従者達に黙って神社から出てきてしまって」
「それって、俺巻き込まれませんか」
「大丈夫、私が悪いから。でもどうしても聞いてみたかったから、いろんな世界の話」
 彼はどうしようか考えていると、巫女が心配そうな顔をし始めたので話すことを約束した。立ったままだと巫女もつらいだろうと思い、近くの休憩できそうな場所へ移動した。その間に彼はさっき食べた饅頭を買ってきて、椅子に座り巫女に渡した。巫女はおいしそうにその饅頭を頬張って食べていた。
「小さい頃はよく食べていたの。でも巫女になってから自由が利かなくて」
「じゃあ、今回が初めてではないのか」
「そう……こんな巫女、初めてなんだって。巫女を嫌になって逃げ出す子がいても、複数回行うような子は私だけ……役目を果てせって怒られるけど、巫女である私は何も教えられていない。それに巫女は生まれた時から決まっている。二つ前の巫女が死んだ時に生まれた子供。それが私だったってだけで、巫女になる年、神社に連れていかれて閉じ込められた」
「それなら逃げ出したくなるな」
「だから私は……」
 巫女が言おうとした時、口から声は出なくなっていた。それを頑張って聞き取ろうと動いたら、彼の視界に従者が映った。従者も見つかったことに気がつき出てきた。その数は一人ではなく、ぞろぞろ二人、三人、とそれ以上の数が出てきた。
「お前は昨日の」
「巫女様に何をした!」
 従者達は彼が巫女を連れ去ったと思っており怒鳴りつけられた。彼はちゃんと警備していないから簡単に逃げ出されるんだろうな、とのんきに思っていた。
「違うってば……どうしていつも旅人の方のせいにするの」
「それは」
「私が逃げ出したの。稽古が嫌だったから」
「そんなこと……」
 従者達は巫女の威勢に反抗できなくなってしょぼんとしていた。彼が口を開こうとした時、巫女が首を横に振った。
「全ては私が悪いから、あなたを巻きこむわけにはいきません。……饅頭ありがとう、おいしかった」
 そう言って巫女は従者達に連れていかれた。彼はその場から動けなかった。


 すでに文字は綴られていた。その一枚の紙を破いて捨て、新たに書いた文字は曲がることのない一本の道となって真実の記録となる。破かれた紙に書かれていたのは踏むことが許されない嘘の記録。
《このまま』
 動かない世界を望み、変化する世界を嫌った。


 神社の本殿、巫女が一人待っていた。従者達はいない
 彼と二人きり、話を聞く耳はこの世界にはない
 けれど何か重要なことを言われている気がする

 また夢を見た。この前より鮮明だが、感覚のない夢。巫女にあったのは三日前、その間神社以外の観光を行いつつ、その風景を写真に収めていた。
 三日前に見た夢は正夢に近いものだったと思い出し、もしかしてこの夢もそうなのかもしれないと少し希望を持ち、けれどただの夢だと考えていた。
 しかし今日はそもそも神社に行こうと思っていたから、夢のお告げと言わないが、山を登っていくことにした。町から神社まで休憩はなく、ずっと坂と整備された階段が続いていた。その周りに見えていたのは紅葉だった。秋真っ盛りの橙色と黄色のトンネルのような紅葉は光を遮って影を作り、涼しく感じられた。神社に近くなると赤い鳥居が道に合わせて現れた。木に侵食されることなく、けれど少し色はあせているものもあった。赤い鳥居が続いていた道を終わらせたのは白い鳥居だった。その鳥居の先に神社があった。巫女の舞いが行われたあの日の夜、満月の光に照らされていたとはいえ、よく見えなかったものが昼間の今ならわかる。
 カメラを向けて神社を撮ろうとした時、その風景の中に巫女の姿があった。カメラの音に気づいたのか、巫女は少しずつ彼に近づくが、彼は夢中になって撮っていたから気づいていなかった。
「わぁ!」
 巫女の驚かしに彼は肩をビクッとさせたが、彼女が笑っているのを怒ろうとは思わなかった。
「あれからずっと待っていたよ。出られなくなっちゃったから」
「じゃあ、今も誰か見張っているのか?」
「ううん、今日は準備があるからいないの」
「そうか」
「だからあなたが過ごしてきた他の世界の話を聞かせて」
「そうだな」
 そう言いつつ、巫女は彼を本殿の中に招いた。本坪錫(ほんつぼすず)と賽銭箱の先に招かれた彼は、入っていいのか後ろを見ていたが、巫女が何も言わずに座ったので、彼も恐れながら座った。それから彼は旅をしたいろんな世界の話を巫女に聞かせた。彼女はそれまた嬉しそうに聞き、その度に悲しそうな顔をしていた。
「それで」
「あのね」
「どうした? まだ話は」
「一つ言っとかなきゃいけないことがあるの。盗み聞きで知ったの、巫女の舞いの話」
「それが知らされていなかったことか」
「……もう一つあったみたいだけど、そのもう一つは聞けなかった。巫女の舞いは厄災を起こさないためにある。でもそれは建前なの。みんなに認識してもらうために、厄災は恐ろしいものだとわからせるために、だから本当は効果がなくて、儀式を行うことで厄災の封印を強めることが出来る……って言ってた」
「……儀式、それがもう一つのこと、か」
「うん」
「もしかして準備って儀式じゃないのか」
「かもしれない……私も必要だって、でもどうして……すごく怖いの」
「逃げればいいじゃないか、いつものように」
「そうだけど……厄災って何が起こるの」
「それは俺にはわからない。ただ恐ろしいことだということはわかる」
「逃げたい……だから旅人さん、私を遠くへ連れて行って」
 恐怖心に汚染された巫女は涙を流しそうになって、彼はここから一緒に逃げだすことも考えた。しかし見つからず逃げるのは至難の業だと理解していた。町の住民達が儀式について認識していないとなれば話は早いが、少なからず認識している者はいるだろうし、逃げ出した対策として住民のふりをする従者達もいるだろうし、それを考えていると今の状況で逃げ出せたとしても捕まるのはわかっていた。
「俺には……」
「またここにいたか、迷い猫」
 答えを出そうとした時、儀式の準備から戻ってきていたのか、従者の一人が巫女と彼の二人の姿を見て言った。
「巫女様」
「……」
「準備が出来ました。ただ行うのは朝方ですので、早いうちにお休みになってください。そういうことだから」
 従者は彼の方を睨みつけて、持ち上げると投げ飛ばした。賽銭箱に当たって、その振動が伝わったのか本坪錫が揺れていた。痛みで立ち上がれない彼の首元を持ってまた投げようとした時、巫女が叫んだ。
「やめて! 私が……私が悪いから、やめて」
 その涙に従者もこれ以上の殺生をするのをやめて、彼の体を落とした。
「もうこれ以上、近づかないことだな」
 従者はそう言い放って、本殿を閉めた。残された彼は痛みに耐えながら立ち上がった。所々、切れた肌から血が出ていたが、そんなことどうでもよく、巫女を救うための作戦をすでに頭の中では考え始めていた。


 あの存在をこんなに邪魔と思ったのは初めてかもしれない。この世界を訪れる旅人は多いが、その真実に立ち向かう者はいなかった。そして巫女も知るすべを持たなかった。
 だが今回は変わってしまうかもしれない。だが変わらせはしない。そのまま、何もなかったままで終わるのだから。
《記録は嘘をつかない』


 夜、見えない森の中、巫女は穴の中
 従者達は儀式のために、巫女は生贄として埋められる
 すべては厄災を起こさないために
 
けれど、それは嫌だ
そう彼が叫んだら、巫女の声がした
『たすけて』

目が覚めた、まだ夜のことだった。まだ明日にならない時間、まだ体は痛む。今までの夢が未来を予知するなら、今回も起こるかもしれない。彼にとって起こってはならないことが、鮮明に夢としてこびりついた記憶が、今にも叫びそうになったがとどめた。
 静まり返った深い夜、月の光が雲に隠れて一層暗くなる。彼は荷物を片付ける時間さえ必要ないと護身用のナイフと他もろもろ武器になりそうなものを持って、神社に向かった。
 初めて巫女の姿を見たあの日と変わってしまった空。山の木々はより茂って闇の中に彼を飲み込もうとしていた。それでも動じず、彼は痛みに耐えながら進んでいった。

 しかし神社にたどり着いても、巫女や従者の姿はなかった。ただ懐中電灯で照らしてみると足跡が残っていて、それをたどっていくことにした。ゆっくりとそれでも急ぎながら音を立てないように動いていると見知らぬ小屋を見つけた。小屋の前には従者が一人立って、周りを見て警戒していた。それを見て彼は近くにあった小石をその従者に向かって投げた。音に反応して動き出した従者を見て、小屋に近づいたがすぐにその従者は戻ってきて彼を捕まえようとした。しかし従者は倒れた。彼が手にしたナイフから血が流れていた。
「お返しだ」
 口をパクパクさせながら倒れていく従者にそう言って、小屋を開けると巫女が捕まっていた。手足を綱で結ばれ、口は布で覆われていた。彼が来たことに巫女は気づいて動こうとしたが、静かに動かないで、というとナイフを見たのか止まった。彼は綱を切り、布を取った。巫女は苦しそうに咳をして、深呼吸して息を整えた。
「やっぱり来てくれた」
「やっぱりってこの夢は……」
「それは夢見の予知の力。本当は巫女の力なの。でも私が弱いからあなたに一部力が宿っちゃったのかもしれない」
「だがそのおかげでこうやって助けられそうだ」
「……でもすぐに来ちゃうよ」
「そうだな……」
 巫女は心配そうに彼を見て、彼は逃げる算段を考えていた。彼女を救うまで考えていなかったわけではないが、儀式のことを思い多くの従者が徘徊しているだろうとして、神社方面から出るのは一番やってはならないと思った。だが彼はその道しかこの世界から出る方法を知らない。
「ねぇ……一つ道があるの」
「……?」
「小さい頃に遊んでいた場所に続く道」
「そこから外に行けるのか」
「行っちゃだめって言われていたから多分ある」
「そうか」
「だめかな」
「いや、むしろその道しかない。行こう」
 巫女の手を取り、彼は道を聞いて小屋を出て走り出した。草木の音は響いていたが追手の気配はなかった。それは順調な運び出しだったが、彼の怪我が少しずつ痛みを増して邪魔をし始めた。その度に止まり、朝になる時間は一刻を争うようになった。


 未来は終わりに向けて走り出した。しかしそれまでの道筋が少しずつ書き換わっていた。彼はその頁を見ていたが、それでいいと頷いていた。
《未来はすでにこの中に』
 どれだけ抗おうとも確立した未来からは誰も逃れられはしないのだから。


「こら! 止まれ」
 巫女が指し示した道は外に続いていなかった。続いていたのは希望の道ではなく、従者達が待つ絶望の道だった。どこに行こうとも従者達が待ち、かわしても湧いてくるやつらのせいで巫女を守るのが精一杯になっていて地面を見ていなかった。
「さぁ、巫女を渡しなさい。この世界のために、厄災を引き起こさないために」
 従者達の目は何かに憑りついたかのように充血していた。穢らわしいその手は少しずつ巫女に触れようとしていた。彼と巫女は後ろに下がるがそこはもう崖だった。
「もう終わりだ」
 とうとう従者の一人が巫女の腕を掴もうとした。その時、彼は隠し持っていた銃を向けて撃った。しかしその反動で落ちそうになったがとどまった。
「こいつ! 銃持ちだったか」
 従者達は慌てるが、朝になる時間が迫ってきて儀式に間に合わないとそれにも慌てていた。彼は銃をおろして、崖の方を見た。落ちた先は全く見えない。仮に水が張っていたとしてもその衝撃に耐えきれず死ぬ可能性の方が高いとわかった。
「私は大丈夫。たとえ死んだとしてもあなたと一緒なら」
「……いいのか」
「うん。本当は怖いけど」
「……わかった」
「あのね」
「なんだ?」
「ありがとう」
「それは助かってから言ってくれ」
「……うん」
 そして巫女は最後に口で何か呟き、それを彼は理解して頷くと、二人して飛び降りた。従者達はその手を握ることなく、朝日は昇り始めていた。


 未来は彼の手の中で踊っている。綴られた記録は変わることなく閉じられた。綴られた文字は真実に書き換わる。そして落ちていった二人を見ていた。
《終わりは最初から決まっていたこと』
 二人の死体を記録通りに戻して綺麗にした後、彼は訪れる未来を止めに行った。
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