短編小説っぽい何か(151~170)/それに関する説明つき
公開 2023/08/27 13:38
最終更新 2023/08/27 13:46
▽短編小説151(2020/10/5)/鈴蘭の悲しみ、記憶奪われて
 静かな鈴蘭の流した涙の後に消えた空の匂い。救うための争いは彼を残して記憶は失われた。善悪の選択に傾く答えはなく、誰も、何もない。
 希望が過ぎた後には悲劇だけが残り、道は崩れようとも一本の糸が全てを繋ぎ止めた。しかし彼が起こした結末の先に憎しみも怒りも無かった。

 静かな鈴蘭の流した雨の後に忘れた空の香り。救うための命は霊が拾い上げて記憶は紡がれた。善悪の判断に決定権はなく、神は霊を縛り付けた。
 悲劇を越えた先には幸福はなく、繋がれた糸が引っ張り合い、綻(ほころ)び千切れようとしていたが核心に近づく霊は、いた、ような気が、いや、い……。

 静かな鈴蘭の流した水の後に失った空の漂い。救うための傷を抱えて、彼の痛みを受け取った少女は姿と引き換えに見守る霊の一人となった。
 しかし神は飽き足らず彼に関する記憶を奪った。傷の痛みは彼を憎み、希望の光は失われた。

 かつての――を、――の少女は

▼『霊の話 外伝』内の妖精の少女が修正後の世界では鈴蘭の霊として、菘の霊、空の霊に続く修正前の世界の記憶を持つものだったが、悪霊化し、鈴蘭の悪霊と呼ばれるようになるきっかけの話が短編小説151。

▽短編小説152(2020/10/11)/ifの世界、花散る想いの火
 消え行く命の燈(あかり)に当てた手は通り抜けて、他の手が救いの時に立ち、彼の手は振れること叶わず、過ぎた命は遠く流れていく。
 火の霊は自らの死をすぐに受け入れても、意識無くし眠る彼女の弱くなる燈を、温かな手は空っぽの冷たさに消されて色を失った。

 天に引かれた空の浮力に溺れた体を引き戻した誰かの影に影はなく、虚の先に一点の光の瞳の少女は火の霊の冷たく無くした色を流した。
 温かな色の代わりに失う少女の姿に気づかず、火を感じ取り感謝を述べる時にはいなかった。目に映る石の隙間に落ちた簪(かんざし)が花を散らしていた。

 弱る命に温かな彼の手は冷たさを通り抜けて、燃え盛る炎は彼の眠りを覚ます。涙の中に消え行く体に別れをつけ、て

 しかし神から逃れる術は“ここ”にもなくて
 ただ桜散る少女は火の霊に手を伸ばして

▼『霊の話 外伝』の初期設定内に存在した火の霊の世界のもう一つの話。最終版ではその設定そのものが削除されている。削除理由は『霊の話 外伝』そのものが複雑化していたため、これ以上の困難を入れ込むことをあきらめたからです。
※桜散る少女=『異世界編』『学園編』『記憶編』以外のさくら。
 “ここ”にもなくて=外部からの接触(さくらの干渉)があっても神から逃れることは出来ない。

▽短編小説153(2020/10/18)/痛む手の跡、知らぬ線の影
 上書きされた影のように浮かぶ微かな光が現れては消えた。ぎゅっと瞑った小さな星のように疎(まば)らな光は暗闇に落ちて弾けた。
 白く映し出された雲の様な影が形作ろうとする者が触れた手の先に傷を付けた。けれどその痛みと裏腹に跡は残らなかった。

 薄暗い部屋に黒く座り込む影が目に合わせて動き出すと冷たい風が流れていた。切り裂く様な痛みの風は外を通り過ぎた内まで入り込んだ。
 暖かさの先に固まった者の手が肩を掴んで離さないとして跡を残した様に見えていたが、薄赤の肌に光差し込み覗いた目に映りはしなかった。

 目に落ちた滴に白く反射した光が覆い尽くして役割を失った瞳に影の手は顔に触れる。痛みの連鎖は複数の手にしがみつかれた空気の跡。
 触れた場所は引かれた線となり、赤く染まった傷となり、死角の目に落ちた手の冷たさは痛みに変わる。その血は、息は止まり影は離れていく。

 ただ、気付く者を捜して影は知らぬ線を引く

▽短編小説154(2020/10/25)/旅の果て、終わる宿
 籠った空気の中に漂う星屑の様な光は暗闇に落ちて姿形を失い、黒に染まった影になり果てて、誰にも見つからない旅を繰り返した。
 一つの線の後に液体が流れて広がっても、その手に重なる温かさを忘れて、冷たくなった体に乗り移ること叶わず、自然に帰る終わりを見届ける。

 黒い端に立ち止まった影の目を見た様に悲しそうな眼差しの声は弱く、冷たく、けれど外れた視界の先で手を差し出し、しかし手に触れることなく。
 指でなぞった何気ないことは壊れゆく体の先に、動かなくなった瞼は息忘れ、掴み損ねた温かさは凍りつき、影は揺れる窓帷(カーテン)の朝日に消える。

 静まりかえった夜に微かな光が反射した様に触れた手の虚無の目を見て、影は無意識に腕を掴み、枯れ行く温かさの後で知らない痛みを受けた。
 光一つない闇に影は小さな息と溢れた雫を掬い、視線は届かない目を見つめて、重なった体は、その手は―――で満たして痛みは和らいでいく。

▽短編小説155(2020/10/31)/穢れた天使と忘却の光の影
 光の中に落ちた一欠片の黒く濁った穢れが何も知らない天使の心を犯し、悲しみに似た涙を目から流すこと出来ず溜まった水が痛みを伴う。
 側にいた誰かの影を追いかけて消えた出口を探し続けて、意味が無いと知りながらも手を伸ばして掴んだ光は既に穢れ、体は黒く染まる。

 願いを果たす為に自ら飛び込んだ道の先で、目にした顔に引き寄せられて足は外れた方へ歩き、声は遮断されて彼は一人、離れていく。
 涙を流した誰かの影の姿は少しずつ削られて、風に吹かれて紅葉の様に落ちた記憶は地面の前で、火に炙られ灰となり知らずのうちに呑まれる。

 影より深く冷たい闇が体を包む様に、かつての光は脆く弱く嫌った。
 静かな重なる声が正常な状態に戻そうとしても、彼は冷たい目を向けて力で引き裂き笑った。

 けれど煩(わずら)わしく忘れた誰かの声が響くたびに
 彼は一瞬、彼女を、エミカのことを思い出す。

▽短編小説156(2020/11/7)/願いと祈りと見捨てられた運命
 その手は願いの為に離し深い闇に落ちた天使は力を得て堕天使として生まれ変わった。しかし何の為の力なのか、記憶の対価は余りにも重かった。
 その手は祈りの為に離されて落ちた彼らを無力な堕神(おちたかみ)は見届けることしか出来なかった。悪魔になり行く天使達の姿に対して涙を流していた。

 過ちの神は天から落ちて堕神は神に返り咲き、悪魔になった天使達も本来の姿を取り戻したが、あの手は何処にも姿を現すことはなかった。
 天界と地獄の間、無の世界の奥に黒よりも深く冷たく溢れた闇が微かに開いた扉から漏れていた。御守りとして身に付けていた栞は枯れていた。

 闇に染まった冷たい目は破壊の言葉を述べる。砕かれた十字架の血をなぞり転生を繰り返す不死の魂を得て、あいつに認めてもらう為に赴(おもむ)く。
 神と十字架の少女の前に現れた。姿は想像絶する侵食の堕天使と成り果て、神の声は彼に届かず、吐き捨てられた言葉は彼女を傷つけた。

▽短編小説157(2020/11/14)/闇に眠る霧の夢と儚き願いの末路
 幼き死に様とは逆の微笑みが夢を徘徊する人影。招き入れた訳でもないそれは彼を少しずつ侵食して作り替えられていく。
 霧の中の意識が切り取られて人影は先に進み、彼を置いて闇に消えていく。白き涙を流した後を残して彼はそれを道標(みちしるべ)として追う。

 背後からの奇襲に気付いて手を引こうともそれは過去の記憶。少女は殺されて、彼は死に際の夢を見る。体に埋め込まれた欠片が映す呪いの夢。
 目的を果たす為に運命に背く少女達は殺された。たった一つの約束を守る為に十字架は最初の少女の願いのみを判断し邪魔者は排除された。

 彼は悪夢の様な日々を繰り返しやっと人影を捕まえた。色をなくした――は少しずつ人肌を取り戻し、涙は溢れて流れた。
『助けて、私は、もう、――――、だから』
 その声を最後に夢は遠のいて覚めた硝子の中、体に眠る十字架の欠片が光を失った気を感じた。

▽短編小説158(2020/11/21)/失われた書の記録と後悔の音
 光に包まれた現実は一つの選択肢によって崩れ去り、言葉は届かず彼女は手から落ちた。
 囚われた偽りの姫は想い、けれどその命は彼を拒絶し、触れた手は闇の中に落ちた。
 血濡れの影の悪魔は憎しみの果てに呼び出した主を殺して、滴る道に選択肢を破壊した。

 幼馴染の彼女は殺された姫の代わりに囚われて、彼は彼女を連れ出して遠くに逃げたが、捕まって二度とその手を取ることは出来なくなった。
 なりふり構わず殺し傷だらけになった影の悪魔は草に紛れて気を失い、気付けば横に眠る少女。そして鏡に映る自分の姿が蛇であることを知った。

 隣国が影の悪魔を呼び出し、彼女が持つ願いの十字架を狙い、国に攻めてきた。
 影の悪魔にかけた最後の呪いは信頼関係さえも殺し涙を流した彼女の言葉も届かずに丸呑みした。
 涙を返す様に悲しむ蛇の悪魔は十字架と共鳴し、暴走の果てに人は、世界は消滅した。

 霊となった彼は彼女の墓に花を添えて
 誰かのことに導かれて、深い闇に落ちていく

 そして“彼女”に出会う時、思い出す、後悔を

▽短編小説159(2020/11/28)/運命の歯車と少量の毒の闇
 その歯車は運命を狂わす様に現れて、動いた時の針は見た風景を歪ませた。
 上る階段の音を覆い隠す地震のような揺れに彼は驚きつつ、興味を持って廊下に立った。
 手に持つ紙の束が下に落ちる間に、少女は叫び、誰かは触れる。白と黒が交差して彼は包まれた。

 彼の影が薄れていくのと同時に流れ行く液体が乾燥し、体の奥に眠る命は少しずつ削られていく。
 彼の姿は感じ取ることも難しく、感覚はわからない程に指示も通らず、瞼(まぶた)は閉じていく。
 包まれた光は十字架の破壊によって消えた暗闇に落ちていき、その終わりは果てもなく知らない。

 落ち行く暗闇で流れ着いた手が彼の体に触れ、削られた命を修復したが、少しの毒という闇が命を染めて、書き換えられる衝撃で気を失った。
 目を覚ました時には感覚を取り戻し、体は透過せず見えるが、耳を通さず多くの声が頭を殴り、心が痛くなる程辛くなった。

『まださくらは生きているのか』
 束になって覆う雑音を切り裂いて白い一つの線は彼の心を繋げた。その心の声は消えかけていた。

▽短編小説160(2020/12/5)/変わらない日々の歪む時
 冷たく凍った空に降る雪もなく、溶かす太陽の温かさもなく、止まった時間の流れの中で動く生き物の姿が鏡となった空の氷に映る。
 朝日も夜空もなく、寒いも暖かいもなく、分厚い氷に閉じた扉の隙間から吹く風も消えて、空間となった大地は何も変わらず進んでいた。

 変わらない日々は生死を失い、道は続く

 冷たく凍った空に降る雨もなく、溶かす太陽の温かさもなく、止まった時間の流れの中で動く何かの姿が鏡となった空の水に映る。
 昼間も夜空もなく、寒いも暖かいもなく、厚い氷に閉じた扉の隙間から吹く風も消えて、箱となった大地は何も変わらず進んでいた。

 変わらない日々は少しずつ崩れて、不明になる

 冷たく凍った空に降る火もなく、溶かす太陽の温かさもなく、止まった時間の流れの中で動く――の姿が鏡となった空の日に映る。
 夕日も夜空もなく、寒いも暖かいもなく、氷に閉じた扉の隙間から吹く風も消えて、
 大地は何も変わらず進んでいた。

 変わらない日々は始まりと終わりを繰り返し
 何も変わらない道を歩いていく

▽短編小説161(2020/12/12)/終わりを知らぬ死の先で
 終わる時計の針と落ちた砂の感覚を忘れ、散った者達の記憶はどこにも無く、ただ時間だけが過ぎた記録だけは残っていた。
 水晶に消えた世界と修復の果てに書き換えられた世界は誰かの差し金で動かず、希望を削った先に置かれた絶望を残して、残酷な世界は生まれた。

 終わる討論の消えた肯定に否定の声もなく、誰かの陰謀は姿を消し、途切れた苦しみは届かず、ただ時間だけが過ぎた記録だけが残っていた。
 観測者の声は水晶の柱に貫かれ、修復の瞬間に遮られた眼を悔み、死を得る旅の終焉にかけられた呪いは止まらぬ時間の中で進む道だけ示した。

 終わる水の中に溺れた人の命は死を超えて“人”となり、真実っを示す鏡に侵食した影は笑い、ただ時間だけが過ぎた記録だけは残っていた。
 奇跡を起こした世界は消滅し、水晶と彼らの希望は“未来”の絶望へ変わり、何も無い箱は氷の扉の先に、空を見ることも叶わず、死を知った。

▽短編小説162(2020/12/19)/深く闇に堕ちる青と紺の心の狭間で
 手招く影は屋上の柵に、揺れる魂は死体の山に重なって濡れた血が地面に染み込むまで、彼は静かに笑い、赤く罰印をつけていく。
 自らの死を選ぶために、意味のない魂を救うために、彼はあの日触れた悲しみに染まり悪霊に堕ちた。涙は枯れて、静まる夜空に消えていた。

 囁く声の主は冷たく彼に触れて、残された温かさを奪い死に浸っていく。かすかな光の瞳は失われて、虚ろな眼は誰にも見えずに、思考は破壊され操られる。
 願いから外れた闇の根が絡み合い、死に飢えた紺の霊はかつての青い霊の面影も無く、生者の魂を死に誘い、――の供物として捧げる。

 手招く影は屋上の柵に、揺れる魂は死体の山に重なって濡れた血が地面に染み込んでも、あの霊は止めれもしない彼の行動に手を掛けようとする。
 夜空に輝く星が見えて、彼の心は揺らぐ。闇に浸ったはずの光が一瞬だけあの霊に反応する。しかし囁く声の主はすぐに覆い隠した。

※短編小説162は(短編小説58と59)短編小説148の紺の霊(青い霊の悪霊の姿)の視点。
 あの霊は星の霊のことであり、残された道として神が導いた干渉であるが、それさえも遮ってしまう闇の前では無意味だった。

▽短編小説163(2020/12/26)/聖なる夜の迎えはすぐ側に
 夜暗く立ち止まった少女の目の先に白影がぼんやりと現れて、扉に阻まれた硝子を破壊することなく待ち続けていた。聖夜の鐘が鳴り風は止み、静かな冷たい空気が流れて知らない音に似た声がする。分からない声が頭に響いても少女の足は白影の方を向かず、違う方へ進む足取りを彼は存在を認識させる様に、動いた時を巻き戻した。

 風に流れた音に隠れた声は耳に届く前に周りの音にかき消された。通り抜ける彼の手は温かさを失い凍り付いた心体は悲しく忘れられて誰にも残らない。けれど弱々しく震えた声を耳にして目を開いた時、少女は泣いていた。恐怖心と苦痛と死を得られない悲しみが感情の不安定を引き起こして、忘れられた彼を求めていた。

 冷たく雪を忘れた夜空に現れた白影は平気そうにする少女の顔に隠れた修復不可能の心を見て、玄関に光る体の存在を知らず、ゆっくりと足を進めた。少女の指先に触れた彼を遮る様に強い光は姿を歪めて消し去る。冷たい感触だけが残り、少女は怖く思い、けれど数々の気のせいだけが重なって捉えた目に彼の顔が映っていた。

▽短編小説164(2021/1/3)/紅に染まる白黒世界の記憶
 生まれ落ちた紅い魂は争いの立たない世界で意味を失った。誰かの名も自分の意思も分からずに成長した彼の命は他者に下された駒に過ぎなかった。その知らせは届かず、名は番号のように切り捨てられた兵士は特攻するしかなかった。死にゆく仲間達をよそに彼は誰も信用しなかった。

 戦争の終わりを探して、罪なき人々さえ殺した

 切り離されたあの日の記憶から貫かれた死の命
 終わりの優しさは爆弾の影に隠されて落ちていく
 眩しい光は鮮やかな色を消して形を失う
 灰色の雲から降る黒い雨が人を溶かしていく
 水の匂いは不気味な虹色に染まり毒となった

 終わりは誰も知らない未来さえ破壊した

 あの日触れた墓を思い出し、幽霊の影を追った橙の霊は彼の世界の記憶を歩く。白黒に変わり果てた世界に咲いた一輪の紅い向日葵は赤い血の涙を流し、彼の姿が見えたような気がした。

▽短編小説165(2021/1/9)/水に染まる凍結世界の記憶
 その身に災厄を宿し生まれた水の魂は誰にも愛されず、隔離されて食事もろくに与えられず衰弱することなく成長した。忌み子として暴力を振るわれても傷から染み出した血が流れても虚無になった目は窓から見た空を眺めていた。

 どうして、僕は生きているの?

 辺りは血生臭くなっていた頃、投げ飛ばされた謎の旅人は彼に世界を教えた。小さな監獄では知り得ることのない彼は少しずつ光を取り戻していったが、長くは続かなかった。旅人は住民に殺されて、彼の目の前でバラバラにされた。

 混乱の感情の渦が絡み合って災厄は起こる

 空は白く、全てが通りついた世界に立っていた橙の霊は壁を伝って歩いていく。悲鳴と浮かぶ足の時間を止めてあの日の悲惨な記憶を見せていた。不明な喚き声を聞き、近寄るとその側に咲くことを忘れた露草の花が揺れて彼は涙を流していた。

▽短編小説166(2021/1/16)/青に染まる社会世界の記憶
 社会の荒波にのまれていた青い魂は生きる意味を失い、その答えを見出せずにいた。固く縛られ繋がれた紐が切られるのを恐れて、間違った意見はそのままに、多数決の暴力を受けないように偽りの自分を作って守っていた。

 僕は何のためにいきているのだろう……

 積もった資料は終わりを告げず
 暗闇の明かりは画面から漏れ出す光だけ
 かり出された外の暑さは汗が教えて
 ぼんやりした頭に鋭い音は響かない

 痛く、冷たく、そして……視界は赤く黒くなる

 その悲鳴は散乱に、広がった視界は一人の犯罪者に、そして赤に染まった包丁から流れた一滴の血が橙の霊の目には止まって見えた。横断歩道の真ん中に近寄ると彼は倒れていた。その側に弟切草(おとぎりそう)の花が手からこぼれ落ちていた。

※弟切草の花言葉は「迷信」、「敵意」、「秘密」、「恨み」。

▽短編小説167(2021/1/23)/風に染まる善悪世界の記憶
 その地に生まれ落ちた風の魂は貧しい生活を強いられていた。国に縛られて送られてきた物資は少なく、食糧難で長く生きることが出来ず、捨てられた子供達の中で彼は成長し、狩人となって仲間達を養っていた。

 そこは国から遠く、危険区域と呼ばれていた

 王は偽りの正義を掲げて悪を断とうとしていた。何の罪もない彼らを悪として全滅させるように騎士団に命令した。そして実行されて彼は仲間達と共に逃げ出した。食料はつき、死を弔い、数は少なくなり、それでも彼は矢を射って食料を繋ぎ、残された仲間達と共に遠くを目指した。しかしそれは潰えた(ついえた)。狩りから戻ってきた彼の目には死体の山から流れ落ちた大量の血と嘲笑う騎士の顔が見えた。

 仲間達は殺されて、彼は一人、騎士の背後から

 その手は赤く、倒れた騎士の形は肉塊へ変わり、憎しみは増幅して心は黒くなる。目に映る動く影を追って、自らの死を得ても彼は気づかない。
 怯えながらその世界を見ていた橙の霊はあの地にたどり着いた。そこはあの人と彼が出会った地。あの人の伸ばした白い手を取り、悪しき心は黒く染まりつつあった姿と共に浄化されて、彼は導かれた。いなくなった場所に橙の霊が近づくとそこには蕗櫻(ふきざくら)が咲いていた。

※蕗櫻の花言葉は「いつも快活」、「喜び」、日本では「炎」、「死」
 シネラリア(サイネリア)と呼ばれる。

▽短編小説168(2021/1/29)/黄に染まる差別世界の記憶
 何も知らない世界に生まれ落ちた黄の魂は一つの躓きで標的にされた。机に花と傷つけられた鞄。消えない黒と被った水の音が突き刺さって心はすでに破裂し、目は虚ろとなり、周りは笑っている。

 異端者は標的に、強者は権利を、他は傍観者

 触れた手に嫌味を被せた怪物
 話を流して聞くふりをした紛い物
 落書きの痛みは無くした心を抉る
 ゴミはゴミのまま捨てられて
 認識さえも阻害されて
 空気になって

 そして、僕は

 車のランプが点灯し、白は何かをはねて赤に染まる。横断歩道を渡っていた彼の体が横たわっていたが、運転手の目には何も映らない。車は通り過ぎて体は轢かれていく。橙の霊には全てが見えていた。体は血塗れになって顔も分からない程になって、彼は霊体となって目を覚ます。体は彼から離れたことで消えて、橙の霊の目からも彼自身が消えていった。残された菜の花が少しずつ濁り始めていた。

▽短編小説169(2021/2/6)/進む道に壊れた橋
 振り返った先に見えた未来とかき消された過去の日々を見つめ直すことも出来なくて変わり果てた影の音は聞こえない。知らない顔をした男は睨みつけられた影の後を通り過ぎて見えなくなった。
 すれ違う時の中で死にゆく誰かの足を止める場所はなくて、今もどこかで生は死となった。不本意な望まぬ生命にナイフを突き立てた傷から流れた赤はなくて、透明な涙だけが滴っていた。

 静かな暗闇に触れた空気の手が壊れた心を癒すなら、人の温もりを忘れて人の形を失って体から離れて、軽くなった浮遊感の中に漂う。反転した寒暖の差に気づけずに笑う幽霊は手招く手を重ね合わせて、すり寄って光に化けた目で見ていた。
 引っ掻き傷が散らばった赤い線は体中に張り巡らせて、一つの線に繋がった時に重力となって、永遠の睡眠を得て、冷たくなる時を待つ。

 輝く星の光の穢れは致命傷な音を鳴らして運ばれたゴミ箱に吸い込まれて意思は消えていた。粉砕された塵の残り火が浮遊した所で人の目には映らない。掠れた光はもうあの日に戻れない。

 時すでに遅く、この身に宿る命も僅かな火
 その手に置かれた本物(ニセモノ)の温かさは反転した冷たさに変わり凍らせた体に息はなかった。

▽短編小説170(2021/2/13)/鏡の世界に真偽の目
 決まった事情も翻(ひるがえ)した真実も変わった結末の先には無意味だった。消えた未来と越えた過去が混ざり合った現実を目に通してみた世界はすでに死んでいた。完璧を目指した青年は一つの石を飛ばして池に落ちた結果を選択した。
 月の光に照らされて池の中心に落ちた石は砕けてバラバラになって、深く刺さって眠る頭を貫いて、流れた液体は水に溶けて濁って黒くなっても夜空には何も映らず、太陽の目にしか見えない。

 溢れた塵を拾って集めて捨ててもまた増えて、対処が難しくなったら放置されて見捨てられて、目にも入らなくなったもの達はその顔を忘れて、変形した偽物の目で全てを見通す鏡の世界へ身を落とした。
 本物と偽物が混ざり合う世界で修正を受けた者達は原型を切り捨てて影に変わる。笑われる者は笑う者に、姿なき真実に語る言葉もなく、消された口は音を忘れた。

 変わり果てた姿は誰かの目を通して視界を奪う
 真実の姿は誰かの目以外を残して視界から消える
 正解も間違いもない世界に本物も偽物もない
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今作は2025年7月17日の夜、かなり病みまくった結果、生まれた文章。そのため、描写そのものが残酷性を秘めていることとそれによ…
2025/07/19 20:51
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