霊の話 番外編 青い霊編(1/4)
公開 2023/08/26 13:30
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それはまだ彼が青い霊 メーシェとして覚醒していなかった頃、紅い霊 フィークにつれられて霧の森を歩いていた。黄の霊 レッカがいる花畑や水の霊 ルーレがいる凍った湖など、その他の霊の紹介を兼ねて、霧の森の案内をしてくれていた。灰の霊がいる扉を過ぎ、少し歩いたところでフィークは足を止めた。
「ここから先に行ってはいけないよ」
「どうして?」
「そう決められているから……というのは建前で、本当はこの先がかなり複雑な分岐になっていて、迷いやすいから道を知っているならともかく、まだ来たばかりの君は……だからダメだよ」
「……わ、わかった」
説明中のフィークの顔が少しずつ険しくなるのを、彼は感じて気になりながらも返事した。それからフィークはこの場を引き返して、彼はついて行った。
けれどやはりというか、行ってはならないと言われるほど気になり、彼は誰もいない時を見計らって、あの場所へ歩いていた。複雑な分岐という前にその先は暗闇で何も見えなかった。その状況に少しためらったが、好奇心の方が勝って、足は暗闇の方へ踏み入れていた。暗闇が続き、どこを歩いているのか曖昧だったが、まっすぐ進んでいることだけは理解して、極力曲がらないように歩いていると、何かの声が聞こえた。
『おいで』
その声をはっきり聴きとろうと思って足を止めた先に、小さな女の子が立って笑っていた。暗闇だというのにその子だけは彼の瞳に映っていた。
「君は……それよりここは危ないよ。僕と一緒にここから出よう」
『……でもあなたこそ危ない。私の前では……《メーシェ》さん』
「え? なんで僕の名を……」
疑問に思った瞬間、彼の意識は奪われて再びの暗闇の後、女の子は死んでいた。
「僕が……殺した……のか」
震える声と酷く痛む頭を押さえてしゃがみ込み、何も聞こえない暗闇に押しつぶされてここに来なければよかったと後悔した。だがそれよりも別の感情が湧き上がってくるのを彼は感じ取れていなかった。
「どうして……」
『あなたの願いを叶えてあげる』
それは死んだはずの女の子の声。彼の頭の痛みに紛れて聞こえる彼女の声が支配するように彼の意識は閉じ込められていく。
「僕は……」
彼の姿が暗闇に取り込まれていくのを感じることが出来ず、それを受け入れてしまうように彼の狐火は黒く染まる。彼女はそれを見て嬉しそうに、その姿を現し、彼が新たな姿になって目覚めるのを待っていた。
『……これでやっと』
「あなたは? 僕は?」
『あなたの願いを叶えてあげるかわりに、私をここから解放して』
「解放? それよりも誰?」
『あなたの苦しみを解放した者よ。《紺の霊 メーシェ》。暗闇に閉じ込められていたあなたを救ったの』
「……何を……したらいい?」
『これを殺して』
彼女が渡してきた複数の紙には写真と文字が書かれていた。紙をめくると知らない女性ばかりで男性は一人もいなかった。
「殺して……どうするの?」
『あなたがそれを考える必要はない。私は解放されて、あなたの願いは叶えられるのだから』
そして彼女の姿は失われて、暗闇の中に取り残された紺の霊 メーシェは歩き始めて、霧の森を後にした。
数日後、青い霊 メーシェが行方不明になって、紅い霊 フィークは森の奥へと向かった。監視役を務めていた彼にとって由々しき事態になって、少しばかり焦っていた。複数の分岐の一つ 円を描くように配置された墓にやってきたが、踏み入られた形跡はなかった。
「……まさか」
そう呟いて引き返し、もう一つの分岐へと足を踏み入れた。そこはフィークも詳しくは知らない闇が蔓延る場所で、後日、天界からの使者によって浄化されるはずだった。しかしそこにあったおぞましいものは小さくなっており、足跡のようなものが残されていた。
灰の霊へ報告しに行くと、メーシェを追うように言われた。だがどこにいるのかわからないのにどうすればいいのかと思っていると灰の霊は口にした。
「あの闇が何処から流れ着いたものか、予想は出来ている。おそらく……別の世界と繋がってしまったのだろう。そして闇はメーシェという使者を作り出し、何かを企んでいる。だからフィーク……彼を止めろ」
「はい……と言いたいが、戻れる保証はあるのでしょうか?」
「わからない。だが」
「……わかりました。何があろうと彼を連れ戻します」
フィークは灰の霊のもとを離れて、森の奥へと再び向かった。暗闇広がる複雑な分岐を歩き続けて、一点の光を発見した。その光は大きくなり、眩しさに目を閉じた時、彼の姿はそれにのみ込まれていた。
ゆっくりと目を覚ました時には薄暗い影になっていて、森は何処にもなかった。その目には黒板が映り、フィークは椅子に座っていた。手は机に置かれて、窓から入った光だけが明りを作っていた。そこは教室だった。少しばかり驚いたが、すぐに探さなければ、と椅子から立ち上がり、教室から出ようとした時、何かが近づいてくる音がした。廊下に出ようとした足は止まり、その音が消えるまで待とうとも思ったが、何かは何事もなく通っていった。
「そうか……見えないからか」
そう呟いて廊下に出ると、生徒や先生と呼ばれる人々が歩いたり立ち話したりとしていたが、それを素通りして薄暗くなった階段を上った。上りきると人の声は全くせず、静かな廊下が続いていた。フィークの歩く足音だけが響き、教室には誰もいなかった。異様な光景に少しばかりの不安を感じていたが、一つの教室からガラスの割れる音がした。
「……また落としちゃった」
そこは理科室と書かれた教室で、車椅子に乗った誰かがいた。フィークが教室へと近づいた時、黒い手が彼を掴んだ。驚いて下がろうとしたが、足も掴まれて身動きが取れなくなった。
「どうしたの? 影の手……」
誰かは振り返ろうと車椅子を動かし、フィークの方を向いた。その目ははっきりと彼をとらえるように見ていた。しかしその誰かは驚く様子もなく、フィークを掴んでいた影の手を制した。
「……見えているのか?」
「え? あっ……幽霊だったんだ」
「……」
「友人が開発した指輪で……同じように姿を見ることが出来るようにしてもらっていたの。えっと、あんまり関係ないけどね」
「怖くないのか」
「うーん……ここだと日常茶飯事だから……」
少女がそう考えているのを見ていると、指から血が出ていた。さっきのガラスの音から指を切ったのではないかと思い、その手を取ろうとした時、血が出ていたはずの指は何もなかったかのように完治していた。
「え……治った!?」
「うん……治癒は早い方だから……立ち話もつらいだろうから入ってもいいよ」
本当に人間なのか不安になりつつも、少女はそう言って車椅子を動かし中へ戻っていった。フィークは立ち止まっていたが、影の手におされて無理やり入らされた。
薄暗い教室は少女の影から発せられたと思われる手によって電気がつき、それでやっと教室の全貌が見えたが、少女が使っていた机以外、薬品やそれに関する資料などの棚ばかりで、かろうじて車椅子が通れる程度の道しかなかった。
「影の手達、二人分の紅茶をいれてきて」
「あ……」
「もしかして紅茶苦手?」
「いや、緑茶の方がいいなと思っただけだ。別に紅茶でも構わないが」
「そう……じゃあ、紅茶と緑茶、一つずつお願いね」
影の手達は少し戸惑いながらも少女のもとから離れて動き出した。すべての影の手が離れたわけではなく、一部は少女のもとに残り、割れたガラスの処理や実験に使用してたであろう薬品などを棚に直し、机やフィークが座る椅子を綺麗にしていた。
「これは……」
「すごいでしょ。私のために大切な人が力を貸してくれたの。動けなくなったから」
「えっ?」
「少し前に体を貫かれることがあって、神経が切れちゃったみたいなの。それから車椅子生活を余儀なくされているけど……」
「本当に人間なのか?」
「そうだね……私にもわからない。でもみんなは人間として接してくれるよ」
静まり返った少女の声に次の言葉を続けようとした時、影の手達が紅茶と緑茶を持ってきて机に置いた。温かな湯気とお茶の香りが広がって、少女は少しうれしそうな顔をした。しかしすぐに手を付けることはなく、フィークもそれにならって待っていた。
「あったかいうちに……私は少し冷まさないと飲めないから」
「そうなのか」
「……こんなに話しているのに名前聞いてなかった」
「フィーク……紅い霊とも呼ばれている」
「私はさくら」
「さくら……こんなことを話したところで……」
「大丈夫。それに私も聞いてほしいことがあったの」
「それはなんだ?」
「同じ幽霊なら何かわかるかもしれないって思って……でも先にフィークの話を聞きたいな」
「わかった。こことは別の世界に霧の森と呼ばれる場所があっていつもそこにいる。しかしその奥にどこからか流れ込んだ闇があって、それを駆除するために封鎖していたんだが、誤ってなのか、仲間である青い霊……メーシェがそこへ足を踏み入れていなくなってしまった」
「……つまり仲間を探しにここに来たと」
「そういうわけだ。次はさくらの番だ」
「うーん……」
「どうした」
「単なるうわさ話……というわけでもない本当の話。ひよが詩音ちゃんから聞いた話なんだけど、夜に幽霊が現れて自殺を促すんだって。そして飛び降りた者の死体がこの学校にあるの。毎日ってわけじゃないけど、お墓に埋めるのが大変だって……言っていたような」
「……実害出てるじゃないか!」
「そう……それも死んでいるのは女性だけ」
「……もしかしてそれがメーシェかもしれないのか」
「わからないけど……そのメーシェさんがいなくなったのっていつのこと?」
「気づくまでに数日は経っていたと思う」
「免れた人が言っていたの。優しそうに声をかけるけど目は冷たそうだったって」
「免れたって……どうやって」
「その子は能力者だったの。だから支配まではされなかったみたい」
「死んだのは何も持っていない人だけ……か」
「今のところはそう考えている。でも免れた子も死んじゃった」
「えっ」
「力が強くなっているんだと思う。多くの死を得るたびに……。今はか弱い女性だけを狙っているだけかもしれない。そうなったら多くの人が巻き込まれることになる」
「……それがメーシェでなくても、聞いたからには止める」
「えっ、でも探さないといけないんじゃ」
「これ以上、人が死ぬのを見たくはない。生きていた頃も多くの人が死んだ」
「……それは戦争の話? 本でしか読んだことないけど」
「ああ、そうだ」
「……」
「だが今は関係ないことだから話すことはしないが……その、何故すぐに対処できなかった?」
「こっちじゃないの」
「こっち?」
「そう、こっち側じゃない。この学校はね、二つの空間があって、能力を持っている者とそうでない者に分けられている。幽霊が現れたのは後者の空間で、私は影の手が消えると動けないし、詩音やひよは移動できるけど、捕まえる手段がなくて……」
「しかしさっき能力者が死んだって」
「……その子はこっち側にいなかった。能力者だったってわかったのは死んだ後だった。詩音が死体を見つけて、やっと本当に起きていることだってわかったの」
「つまり捕まえるならばこっち側に引き寄せるしかないと」
「私の周りにいる影の手達……この子達に掴まれた者は能力を使うことが出来なくなる。だから捕まえれば……でもどうしたら」
二人して黙り込み、温かな湯気はすでに消えていた。影の手の一つが菓子を持ってきて机に置いた。冷めた紅茶と緑茶に香るクッキーがかすかに音を立てた。
「ここから先に行ってはいけないよ」
「どうして?」
「そう決められているから……というのは建前で、本当はこの先がかなり複雑な分岐になっていて、迷いやすいから道を知っているならともかく、まだ来たばかりの君は……だからダメだよ」
「……わ、わかった」
説明中のフィークの顔が少しずつ険しくなるのを、彼は感じて気になりながらも返事した。それからフィークはこの場を引き返して、彼はついて行った。
けれどやはりというか、行ってはならないと言われるほど気になり、彼は誰もいない時を見計らって、あの場所へ歩いていた。複雑な分岐という前にその先は暗闇で何も見えなかった。その状況に少しためらったが、好奇心の方が勝って、足は暗闇の方へ踏み入れていた。暗闇が続き、どこを歩いているのか曖昧だったが、まっすぐ進んでいることだけは理解して、極力曲がらないように歩いていると、何かの声が聞こえた。
『おいで』
その声をはっきり聴きとろうと思って足を止めた先に、小さな女の子が立って笑っていた。暗闇だというのにその子だけは彼の瞳に映っていた。
「君は……それよりここは危ないよ。僕と一緒にここから出よう」
『……でもあなたこそ危ない。私の前では……《メーシェ》さん』
「え? なんで僕の名を……」
疑問に思った瞬間、彼の意識は奪われて再びの暗闇の後、女の子は死んでいた。
「僕が……殺した……のか」
震える声と酷く痛む頭を押さえてしゃがみ込み、何も聞こえない暗闇に押しつぶされてここに来なければよかったと後悔した。だがそれよりも別の感情が湧き上がってくるのを彼は感じ取れていなかった。
「どうして……」
『あなたの願いを叶えてあげる』
それは死んだはずの女の子の声。彼の頭の痛みに紛れて聞こえる彼女の声が支配するように彼の意識は閉じ込められていく。
「僕は……」
彼の姿が暗闇に取り込まれていくのを感じることが出来ず、それを受け入れてしまうように彼の狐火は黒く染まる。彼女はそれを見て嬉しそうに、その姿を現し、彼が新たな姿になって目覚めるのを待っていた。
『……これでやっと』
「あなたは? 僕は?」
『あなたの願いを叶えてあげるかわりに、私をここから解放して』
「解放? それよりも誰?」
『あなたの苦しみを解放した者よ。《紺の霊 メーシェ》。暗闇に閉じ込められていたあなたを救ったの』
「……何を……したらいい?」
『これを殺して』
彼女が渡してきた複数の紙には写真と文字が書かれていた。紙をめくると知らない女性ばかりで男性は一人もいなかった。
「殺して……どうするの?」
『あなたがそれを考える必要はない。私は解放されて、あなたの願いは叶えられるのだから』
そして彼女の姿は失われて、暗闇の中に取り残された紺の霊 メーシェは歩き始めて、霧の森を後にした。
数日後、青い霊 メーシェが行方不明になって、紅い霊 フィークは森の奥へと向かった。監視役を務めていた彼にとって由々しき事態になって、少しばかり焦っていた。複数の分岐の一つ 円を描くように配置された墓にやってきたが、踏み入られた形跡はなかった。
「……まさか」
そう呟いて引き返し、もう一つの分岐へと足を踏み入れた。そこはフィークも詳しくは知らない闇が蔓延る場所で、後日、天界からの使者によって浄化されるはずだった。しかしそこにあったおぞましいものは小さくなっており、足跡のようなものが残されていた。
灰の霊へ報告しに行くと、メーシェを追うように言われた。だがどこにいるのかわからないのにどうすればいいのかと思っていると灰の霊は口にした。
「あの闇が何処から流れ着いたものか、予想は出来ている。おそらく……別の世界と繋がってしまったのだろう。そして闇はメーシェという使者を作り出し、何かを企んでいる。だからフィーク……彼を止めろ」
「はい……と言いたいが、戻れる保証はあるのでしょうか?」
「わからない。だが」
「……わかりました。何があろうと彼を連れ戻します」
フィークは灰の霊のもとを離れて、森の奥へと再び向かった。暗闇広がる複雑な分岐を歩き続けて、一点の光を発見した。その光は大きくなり、眩しさに目を閉じた時、彼の姿はそれにのみ込まれていた。
ゆっくりと目を覚ました時には薄暗い影になっていて、森は何処にもなかった。その目には黒板が映り、フィークは椅子に座っていた。手は机に置かれて、窓から入った光だけが明りを作っていた。そこは教室だった。少しばかり驚いたが、すぐに探さなければ、と椅子から立ち上がり、教室から出ようとした時、何かが近づいてくる音がした。廊下に出ようとした足は止まり、その音が消えるまで待とうとも思ったが、何かは何事もなく通っていった。
「そうか……見えないからか」
そう呟いて廊下に出ると、生徒や先生と呼ばれる人々が歩いたり立ち話したりとしていたが、それを素通りして薄暗くなった階段を上った。上りきると人の声は全くせず、静かな廊下が続いていた。フィークの歩く足音だけが響き、教室には誰もいなかった。異様な光景に少しばかりの不安を感じていたが、一つの教室からガラスの割れる音がした。
「……また落としちゃった」
そこは理科室と書かれた教室で、車椅子に乗った誰かがいた。フィークが教室へと近づいた時、黒い手が彼を掴んだ。驚いて下がろうとしたが、足も掴まれて身動きが取れなくなった。
「どうしたの? 影の手……」
誰かは振り返ろうと車椅子を動かし、フィークの方を向いた。その目ははっきりと彼をとらえるように見ていた。しかしその誰かは驚く様子もなく、フィークを掴んでいた影の手を制した。
「……見えているのか?」
「え? あっ……幽霊だったんだ」
「……」
「友人が開発した指輪で……同じように姿を見ることが出来るようにしてもらっていたの。えっと、あんまり関係ないけどね」
「怖くないのか」
「うーん……ここだと日常茶飯事だから……」
少女がそう考えているのを見ていると、指から血が出ていた。さっきのガラスの音から指を切ったのではないかと思い、その手を取ろうとした時、血が出ていたはずの指は何もなかったかのように完治していた。
「え……治った!?」
「うん……治癒は早い方だから……立ち話もつらいだろうから入ってもいいよ」
本当に人間なのか不安になりつつも、少女はそう言って車椅子を動かし中へ戻っていった。フィークは立ち止まっていたが、影の手におされて無理やり入らされた。
薄暗い教室は少女の影から発せられたと思われる手によって電気がつき、それでやっと教室の全貌が見えたが、少女が使っていた机以外、薬品やそれに関する資料などの棚ばかりで、かろうじて車椅子が通れる程度の道しかなかった。
「影の手達、二人分の紅茶をいれてきて」
「あ……」
「もしかして紅茶苦手?」
「いや、緑茶の方がいいなと思っただけだ。別に紅茶でも構わないが」
「そう……じゃあ、紅茶と緑茶、一つずつお願いね」
影の手達は少し戸惑いながらも少女のもとから離れて動き出した。すべての影の手が離れたわけではなく、一部は少女のもとに残り、割れたガラスの処理や実験に使用してたであろう薬品などを棚に直し、机やフィークが座る椅子を綺麗にしていた。
「これは……」
「すごいでしょ。私のために大切な人が力を貸してくれたの。動けなくなったから」
「えっ?」
「少し前に体を貫かれることがあって、神経が切れちゃったみたいなの。それから車椅子生活を余儀なくされているけど……」
「本当に人間なのか?」
「そうだね……私にもわからない。でもみんなは人間として接してくれるよ」
静まり返った少女の声に次の言葉を続けようとした時、影の手達が紅茶と緑茶を持ってきて机に置いた。温かな湯気とお茶の香りが広がって、少女は少しうれしそうな顔をした。しかしすぐに手を付けることはなく、フィークもそれにならって待っていた。
「あったかいうちに……私は少し冷まさないと飲めないから」
「そうなのか」
「……こんなに話しているのに名前聞いてなかった」
「フィーク……紅い霊とも呼ばれている」
「私はさくら」
「さくら……こんなことを話したところで……」
「大丈夫。それに私も聞いてほしいことがあったの」
「それはなんだ?」
「同じ幽霊なら何かわかるかもしれないって思って……でも先にフィークの話を聞きたいな」
「わかった。こことは別の世界に霧の森と呼ばれる場所があっていつもそこにいる。しかしその奥にどこからか流れ込んだ闇があって、それを駆除するために封鎖していたんだが、誤ってなのか、仲間である青い霊……メーシェがそこへ足を踏み入れていなくなってしまった」
「……つまり仲間を探しにここに来たと」
「そういうわけだ。次はさくらの番だ」
「うーん……」
「どうした」
「単なるうわさ話……というわけでもない本当の話。ひよが詩音ちゃんから聞いた話なんだけど、夜に幽霊が現れて自殺を促すんだって。そして飛び降りた者の死体がこの学校にあるの。毎日ってわけじゃないけど、お墓に埋めるのが大変だって……言っていたような」
「……実害出てるじゃないか!」
「そう……それも死んでいるのは女性だけ」
「……もしかしてそれがメーシェかもしれないのか」
「わからないけど……そのメーシェさんがいなくなったのっていつのこと?」
「気づくまでに数日は経っていたと思う」
「免れた人が言っていたの。優しそうに声をかけるけど目は冷たそうだったって」
「免れたって……どうやって」
「その子は能力者だったの。だから支配まではされなかったみたい」
「死んだのは何も持っていない人だけ……か」
「今のところはそう考えている。でも免れた子も死んじゃった」
「えっ」
「力が強くなっているんだと思う。多くの死を得るたびに……。今はか弱い女性だけを狙っているだけかもしれない。そうなったら多くの人が巻き込まれることになる」
「……それがメーシェでなくても、聞いたからには止める」
「えっ、でも探さないといけないんじゃ」
「これ以上、人が死ぬのを見たくはない。生きていた頃も多くの人が死んだ」
「……それは戦争の話? 本でしか読んだことないけど」
「ああ、そうだ」
「……」
「だが今は関係ないことだから話すことはしないが……その、何故すぐに対処できなかった?」
「こっちじゃないの」
「こっち?」
「そう、こっち側じゃない。この学校はね、二つの空間があって、能力を持っている者とそうでない者に分けられている。幽霊が現れたのは後者の空間で、私は影の手が消えると動けないし、詩音やひよは移動できるけど、捕まえる手段がなくて……」
「しかしさっき能力者が死んだって」
「……その子はこっち側にいなかった。能力者だったってわかったのは死んだ後だった。詩音が死体を見つけて、やっと本当に起きていることだってわかったの」
「つまり捕まえるならばこっち側に引き寄せるしかないと」
「私の周りにいる影の手達……この子達に掴まれた者は能力を使うことが出来なくなる。だから捕まえれば……でもどうしたら」
二人して黙り込み、温かな湯気はすでに消えていた。影の手の一つが菓子を持ってきて机に置いた。冷めた紅茶と緑茶に香るクッキーがかすかに音を立てた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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