変異した十字架の始まりの記録(2/2)
公開 2023/08/20 11:55
最終更新 2023/08/21 20:26
(空白)

 多くの命を絶っても、十字架を求める者は増えていくばかりでした。主に少女を利用した十字架を獲得する目的に多くの命が亡くなってしまっても、権力者達は何も思いませんでした。十字架から現れた黒い人型を目にした者は魔女達を除いて誰もいませんでした。
 どれだけ血塗れになろうとも、時間が経てば十字架の脅威など忘れてしまう人々に魔女は惨劇が起きた場所に一冊の本を置くことにしました。それは二度と繰り返さないための親切心で置いたわけではなく、その本の近くで十字架が現れた際に転移できるようにしていました。しかし十字架に追いつけたとしても、すべてが終わって黒い人型とともに消えてしまいました。

 それでも魔女は諦めませんでした。しかし方法は尽きていく一方でした。仲間の一人からの助言もあり、その計画は順調に進んでいるかのように見えたが、近づくことができない状態では意味を持たないものだったため、実行する前に失敗していました。
「このままじゃ、少女を殺しつくしてこの世界から消えるかもしれないね」
「……」
「そしてこれ以上の惨劇が生まれてしまうかもしれないね」
「……」
「……どうした」
「何をしたらいいの? 未来のことを語っても意味ないじゃない」
「そうだけど……少しは休もうよ。ずっと何かを考えているから」
「時間がないって言ったのはあんたの方よ」
「確かにそう言ったよ。でももうどうしようもないのかもしれない」
「諦めろ、って言うの!」
「そう言ってないじゃないか」
「なら」
「そもそもあの十字架を手に入れて、願いを叶える力をすでに使われている状態で、価値があると思うかい」
「あんたは……黒い人型はいいの? 捕まえるんじゃなかったの?」
「最初はそうしようと思った。でもあれは……抑えきれない呪いだよ。黒い人型は少女を殺し、ほんの少しの呪いを取り込んでいた。けれどもう数えきれないほどの十字架に関与した者達が殺されている。黒い人型は呪い問わず、何を取り込んでしまっているのかわからない。その状態で対峙したとして、何が起きるか君にはわかっているはずだよ」
「……わからない。それが仮説であるなら」
「……正気なのか? 黒い人型と話そうなんてこと」
「魔女が簡単に死ぬようなら、封印を施すほどの何かを託されるなんてことはないの。十字架が『魂の共鳴』によって穢されてしまったのなら、それを取り除けばいい」
「そのための会話」
「そう」
「……手伝いはするよ。でも二人じゃ無理だ」
「そこはあんたの魔法でどうにかなるでしょう」
「人形で代用なんて……昔の事件の傷を開くつもり?」
「じゃあ別にいいわ」
「協力すると言ったのだから最後までやるよ。でも十字架が現れる場所を特定するなんてどうやって」
「ある程度の場所はわかっているの。私の置いた本が道を示してくれた」
 魔女は地図を開いて魔力を込めると、本が置かれた場所を点として、それを繋ぐ線が引かれていました。同じ場所には複数の線が引かれて、他の線より太くなっていました。魔女はある一点を指さして、その場所を思い描き、その姿は薄くなっていました。それに気づいた仲間の一人は魔女の空いている手を持って、一緒に転移するのだと思っていましたが、何か他の力が加わって、魔女だけが転移してしまいました。

 たどり着いたのは小さな国の城の中でした。転移の音に気づいて集まった騎士達に魔女は捕らえられそうでしたが、一人の少女が止めに入りました。
「おやめなさい。この方は私が呼んだのですから」
 その言葉に騎士も魔女も驚いていましたが、騎士達は少女の言葉に従って遠ざかり見ていましたが、少女は首を振り、持ち場に戻るように促しました。それを行動に移す形で魔女からは見えなくなりました。
「魔女様……お待ちしておりました。どうか私の命をお守りください」
 そういう少女の首には十字架がかかっていました。魔女は何のことかわかりませんが、仲間の一人がいないことに気づき、他の力というものが少女によってもたらされてことを知りました。
「あなたは?」
「私はこの国の姫をしているものです。ですが、私の愛する者は隣国の王子ではありません。そもそも私は……」
「ちょっと待ちなさい。協力するなんて一言も言ってないわ」
「でも魔女様はこの十字架を封印していらっしゃったんですよね」
「それは過去の話よ」
「お願いします。このままでは私はあの人に会えないまま」
「あの人って誰?」
「それは……私の幼馴染です」
「もしかして身分の違いで会えなくなったの?」
「それもありますが、本当の姫はすでに死んでいます。私は影武者としてこの城に連れてこられました。つまり囚われているのと変わらない。この十字架も元々はその姫のものでした」
「……その姫は十字架によって殺されたの?」
「いいえ、暗殺されました。犯人は見つかっていませんが……」
「十字架をこちらに渡しなさい」
「そうすれば私は助かるのですか?」
「わからないけど、持ち主でもないあなたが持つ必要もないでしょう」
 少女は魔女に言われた通り、十字架を渡そうと首から外しました。そこまでは良かったのですが、十字架は魔女の手に渡ることなく飛び去って行きました。拒否されたと思って、少女を置いて十字架を追いかけましたが、跡形もなく消えてしまいました。
「また」
「魔女様!」
「どうしたの? ……元に戻っている」
 消えた十字架が少女の首にかかっていていました。少女はもう一度、首から外そうとしましたが、次はそれを行うことができませんでした。
「取れなくなっている……」
「持ち主が変わったのかしら」
「それって……私が殺される?」
「そうね」
「いや……だってまだ」
「十字架に願いを告げなければいい。そうすれば大丈夫なはず」
「……」
「何かあれば問いなさい」
「近くにいてください……魔女様」
 今まで思いつめていたことが疲労になっていたのか、少女は魔女に寄りかかる形で気を失っていました。魔女はそれを受け止めて頭を撫でてあげました。

 少女の命を狩り続けるたびに、その時代に生きるすべての人達に対しての感情はなくなりつつありました。ただ十字架を追いかける魔女に対しては殺意だけが残りました。名も無きものはそれを十字架の意思として読み取り、『最初の少女』の願いと一緒に叶えることにしました。そしてそれを読み取ったおかげなのか、少女と関係しない人々が十字架を手にした際に、死を送ることができるようになっていました。選択肢を与えることなく、誰にも見つかることなく、名も無きものは少女の魂だけを求めていました。
 十字架の転移に巻き込まれて時代のみならず、あらゆる世界を渡っていたことに気づいたのは少し経ってからのことでした。そしてこの世界に降り立った時、十字架は見知らぬ者のもとにありました。
『願いを告げる……この世界の平和を願います』
 それはとある日、月が少し欠けていた夜のことでした。開いていた窓から星を眺めて、空に手を伸ばしていました。見知らぬ者はそう言いましたが、十字架に何の反応もありませんでした。かわりにその窓から入ってきた暗殺者によって殺されてしまいました。
 十字架はその後、名も無きものの意思とともに、平民であった少女のもとへと飛んでいきました。

 少女のもとに魔女が現れて、願いを告げないまま、平和な時間が進んでいました。しかし十字架を狙う輩は多く、少女を遠ざけようと魔女が行動していたため、すぐに見つかることはありませんでしたが、異様な気配を感じて近づいてくる者に魔女は気づいていました。
「何かしら」
「魔女様?」
「人ではない何かが近づいている」
「えっ」
「大丈夫。まやかしは多く仕掛けているからすぐには気づかれない」
「姫様!」
「どうしました? 騎士様」
「城の方に向かって魔獣が……く、来るな!」
「騎士様!?」
 魔法鏡で一瞬繋がった騎士の連絡に驚きながら少女が相手をしている間に、騎士は魔獣と呼んだ何かに喰われてしまいました。
「……あれは何……何なの……」
「とにかく逃げましょう」
「逃げられない」
 魔女の言葉を否定したのは少女ではなく、十字架から現れた名も無きものでした。
「あれから逃げることは出来ない。だって……あなたを求めているのだから」
 名も無きものの視線は少女に向けられていました。それが何を意味しているのか分からずに少女が考えていると、魔女は名も無きものに問いかけました。
「あなたは」
「魔女に答えることはない」
「私が何者であるか知っているのね」
「十字架は教えてくれた。ずっと封印されていたことを」
「争いのもとになるから人々から遠ざけて封印したの」
「でもあなたは反対していた。自分のものにしようとしていた」
「……それは認める」
「その償いをするつもり?」
「……」
「でも“私達”には関係ないこと」
「あなた」
「何? 私にはやらなければならないがある」
「まだ完全体ではないのね」
「だから何? 完全体じゃないからって魔女を逃がすようなことはしない」
 名も無きものはそう言って、大きな鎌を魔女に向かって振り下ろしました。しかし障壁を張られて攻撃は防がれました。そして次の攻撃をしようと一旦後ろに下がった時、名も無きものの足元に魔法陣が現れました。それは魔女が会話をしている間に作り上げた名も無きものと十字架を分裂させるためのものでした。しかし魔法陣は一瞬のうちに砕かれてしまい、魔女の腹には鎌が突き刺さっていました。かろうじて意識を保っている魔女に対して、名も無きものは告げました。
「あなたの思っている通りにはならない。“私”はもう……行かなければ」
 遠のいていく意識の中で魔女はそれが名も無きものではなく、別の人格であることを理解しながら消えていきました。

 魔女と名も無きものが会話をしている間に、少女は逃げ出していました。騎士の言っていた魔獣を鏡越しに見てしまった時、知らないはずなのに見覚えがありました。それは少女の記憶ではなく、十字架が示した記憶でした。
 魔獣が通った道には血の跡しか残らず、騎士などの人々はすべて踏まれたり、切られたり酷いことになっていました。少女の行きたくない想いとは裏腹に、足は勝手に動いてその血塗れの道を歩いていました。
「どうして……どうして……私は逃げないといけないのに。いや……行きたくないのに。どうして……わからない」
 少女の動揺に魔女からの戦闘を終えて、十字架に戻ってきていた名も無きものも不思議と思っていました。魔女を殺したことで十字架の意思は失われて、その管理権は名も無きものへと移っていました。

 なぎ倒された木、干からびた湖、染め上げるのは穢れた血。巨大な黒い蛇の魔獣は止まりました。魔獣の影に収まる形でそこにいたのは震えていた少女でした。
「十字架……」
「私は」
「違う」
「えっ」
「だからいらない。その声も偽物であるのなら」
 そう言い魔獣は大きな口を開けて、少女を飲み込もうとしました。少女を介して見ていた名も無きものはそれが彼であると気づいたが、暴走状態にあるせいで認識していないのだとわかり、止める方法がありませんでした。ましては十字架の管理権が移ったばかりで、動くこともできませんでした。
 しかし飲み込まれる前、十字架は光り出し、魔獣の目を眩ませました。それは少女の意思でも、名も無きものの意思でもありませんでした。
「もう……やめて』
 少女の口から発せられたのは『最初の少女』の言葉、十字架に託された願いとともに残されていた『最初の少女』の意思でした。変わり果ててしまった彼の姿に涙を流していました。しかし彼はそれに気づかず、再び口を開いて飲み込んでしまいました。

 その後、十字架ごと少女を飲み込んだ彼はその意思を読み取り、暴走状態から解放されると人型の悪魔となって泣き崩れました。声にならないほどの咆哮が大地を揺らして破壊し、その世界は硝子のように砕け散ってなくなってしまいました。彼の姿は暗闇に落ち、何かに吸い込まれる形でその姿を失いました。


 光がかすかに入って影となった場所に少女は倒れていました。静かな教室の中、机と椅子は乱暴に壊されていました。しかし少なからず残っていた机には一冊の本が置かれていました。その本の中身はなく、白紙となっていました。
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