【風来山人】根南志具佐 二之巻(茸)前
公開 2026/02/03 00:01
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そもそも芝居のはじまりを紐解いてみれば、地神五代の始めまで遡る。そのころ日の本は高天原から天下りたもうた天照大御神が治めておられたが、御弟君・素戔嗚尊は甚だおきゃんな御生まれ付きにてましませば、何をやるにも斜め上、さまざまな道楽をなし給う。天照大御神はこれを憂いて「あの通りのアンポンタンでは行末が心許ない」とあれこれ御弟君にご意見なさるが「まーたいつものお説教かよ。マジ勘弁ッピ⭐︎」などと言ってお聴き入れにならず、次第に悪さも磨きが掛かってきたものだから、とうとう堪忍袋の緒が切れた天照大御神は天の岩屋にお入りになり磐戸をピッタリ閉じてしまわれた。
さあそうなると世の中は隅から隅まで真っ暗闇に包まれて、昼も夜もなくなってしまった。初めのうちは行燈や提灯を灯して太陽の代わりにしていたが、何分あちこちの家々で昼も夜もなく灯し続けるものだからあっという間に蝋燭・灯明油はストック切れ、次第に値段は高天原という具合。神の力を以てしても自由にならぬは金銀なれば、中層以下の家々では提灯を灯すこともできない。そうなると馬子の神や車引きの神などは無灯火で馬を遣り荷車を引くものだから、あらぬところへ車を引っ掛け蹄で蹴倒し、やいテメェこの野郎!と神の鉄槌とばかり小突き合い、神の鉄爪とばかり掴み合い…町々、小路小路で喧嘩の絶える暇もない。しかしこの真っ暗闇では闇夜の盲打ち。やりあった相手が誰ともわからず、御公儀へ訴え出ても暗闇に黒猫が寝ているように何が何やら是非もつかないので「とにかく世の中が明るくなるまでは…」と名主の神や大家の神へ一旦お預けとなった。
さてまた世間の付き合いなどは、粗末な着物でもわかりゃしないので始末は良いが、一方で「いついつにお会いしましょう」などという約束も文字通り闇夜の鉄砲でアテにならず、物を洗っても火であぶる他に乾かす手立てもないので士農工商の神々も仕事にならない。中でも遊郭のような夜のお仕事は、常に真っ暗では営業時間も何もあったもんじゃない。今日が何月何日という区切りもなければ、紋日だ桜フェアだ燈籠フェアだと通常であれば大盛り上がりのイベント事も有耶無耶になってしまった。初めのうちは「こういう静かなのも、却ってしっぽりしてて良いよ」などと言って通ってくる客も多かったが、暗闇が長引くにつれ物の値段は上がる、あちこちで喧嘩が起こる、経済は滞る…次第に世の中が喧しくなるにつれ遊ぶ者もなく、太夫や格子といった高級・中級遊女からお手頃な散茶、さらに格安で遊べる河岸女郎に至るまで、あれほど大勢いた馴染みの客もさながら「科戸の風の天の八重雲を吹き放つのごとく、茂木が元を焼き鎌の敏鎌をもって打ち掃ふことのごとく」言問う者もいなくなってしまった。これには忘八(オーナー)夫婦も頭痛八百。遣手や若い者を呼び寄せ「こりゃまぁ、どうしたもんか…」と四人で額に皺を寄せ、八つの耳を振り立てて、あーでもないこーでもないと話し合ったが詮もなく。口に色々の噂をすれども、目に諸々の客を見ずというお手上げ状態。客のツケが溜まっている茶屋や船宿はお客が来ないから「払いたまえ、清めたまえ」と縋る相手もなく、もらった紙花(チップの手形)が不渡りになった幇間は「坎艮・震『損』(かんごんしんそん)の罫に当たった」と悔やみ言。そのほか上下押し並べて「こりゃ都合がいい」と常闇を歓迎するのはただネズミと朝寝好きのプー太郎より他になし。
これでは世間がひっちゃかめっちゃかになって堪るまいと八百万の神が天の安河のほとりに集まって色々詮議したが、大して効果がありそうな案もなく、誰かが「石屋に入札させて、天の岩屋を切り開こう」と言えば「いやいや…そんなことをして怒った天照大御神様がどこかへ飛んで行ってしまったら更に厄介なことになりますよ」と評議はなかなか結論が出ない。と、そんな中、近松姓の祖である思兼尊が進み出て「ちょっとやそっとのことでは天照大御神様のご機嫌は治らないでしょう。しかし天照大御神様は無類の芝居好き。岩屋の前で芝居を始めれば、必ず岩戸をお開きになるでしょう」と鶴の一声。皆々「なるほど、至極ごもっとも。これは確かに当たりそうな趣向だ」と頷き合い、さっそく役者のキャスティングを始めた。
「まずはビシッと決まった角かつら、切った張ったの大立ち回り、勇猛果敢な主人公を演じる当座のスター・手力雄命。優美な踊りと陰のあるイケメン役でロマンス物を演じるは天児屋命。手強い敵役には太玉命。そして皆様ご存知、名高き黒極上々吉(実力派ナンバーワン)!妙齢の女性から少女・遊女・男の娘、唄に踊り、何でもござれの若女形・天鈿女命。その他お馴染みの役者から今年デビューの新人まで座中総出、物語が始まる第一番から最終回の第四番までまるっと全てお見せします!!」との張り紙が出されると、明日が顔見せと聞いたファンが山のように詰めかけた。
芝居小屋の中から茶屋の門々にはそれぞれ贔屓の常紋がついた提灯が星のように瞬き、舞台は天香山の五百箇真賢木(いおつまさかき)を植えて飾り立て、常世の長鳴鳥を吸い物にしてグッと煽れば、常闇の世もパッと明けたような晴れ心地。勢いづいた神々は小屋の門に景気付けの酒樽や俵などを山と積み上げ、天神組・地神組と左右に分かれて花を飾り贅を尽くして盛り上げる。
さて常闇なればいつ明けたか知らないが、ともかく開演時間になると芝居小屋の木戸口に客が押し寄せドヤドヤモヤモヤ、錐を立てる隙間もない。「誠に天地開闢以来こんな大がかりな公演はありませんよ」と芝居を知る者も知らぬ者も、老いも若きも、芝居小屋は一目見たいと黒山の人だかり。
さて顔見せは縁起を担ぐ三番叟が終わり、お定まりの舞台挨拶も済めば、いよいよ開演「天浮橋瓊矛日記(あまのうきはしさかほこにっき)」。第一番より段々演技に熱が入り、お次は第三番。天児屋命演じる馭慮丸(おのころまる)…本名・伊弉諾尊は、天鈿女命演じる傾城・浮橋…本名・伊弉冉尊に入れ上げ、積もり積もった揚げ代三百両の代わりに天瓊矛(あまのさかほこ)を司法機関に押収されてしまう。連行された二人は太玉命演じる検使・大戸之道尊(おほとのぢのみこと)の取り調べを受けることに…。大戸之道尊(おほとのぢのみこと)の前で裾を開き、各々の『瓊矛』を詮議される伊弉諾(いざなぎ)と伊弉冉(いざなみ)。責め立てる検使の取り調べるの厳しさ、恥じらいながら屈辱に耐える二人の切なげな顔…見物の客たちも感に堪えかね、「イヨッ!俺の鈿女ちゃん!」「イヨッ!児屋様!」「キャー!太玉様ァ!」など桟敷からも下からも歓声が鳴り止まない。この騒ぎを磐戸の向こうで聞いていた天照大御神、やはり根っこは芝居好き。堪らず御手で磐戸にかけて薄ーーーく開いてそっと外を窺き見た。
「…今だ!」
素早く舞台を飛び降りた三神は磐戸を開けんとガッと引っ掴む。はっと気づいた天照大御神もがっしと磐戸を引っ張り返す。 えいやえいやと磐戸を掴んであっちとこっち、引っ張り合うが引っぱり勝負は決着がつかない。と、そのとき大向こうの切幕から「暫く…暫く…!」と掛け声がかかった。「今わたくしが磐戸を開けよう、いやさせぬと争うているところへ『暫く』と留めて出たは何者なるぞ」と天照大御神の麗しいお声が終わらぬうちに、…カタカタカタッ!と高く拍子木の音。『大薩摩』尊の浄瑠璃とともにサッと切幕上がり、現れたのは柿色の素袍に大太刀を佩き、團十郎流の隈取りをした男。
鬼か!?
「いんにゃ、」
神か!?
「ムム、えぇい!手力雄尊だモサァ!!」
満を持して登場、手力雄尊。手前味噌をこってり八百万も『ツラネ』上げ、つかつかつかと進み出でる。そして三柱を以ってしても山の如く動かぬ磐戸を一掴みするや、「むんっ!」と言う間に何の苦もなく摘み砕き、天照大御神を天の岩屋から引き出し奉る。中臣神(なかとみのかま)と忌部神(いむべのかみ)が端出之縄(しりくめなわ)を引き渡し、日の神が再びお出ましになった。こうして世界は昔のように明るくなり、人々の面も白々と見えたという。この故事から芝居を見て『面白い』とというようになったのである。

(続く)
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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