徒然草(茸) 序〜10
公開 2025/09/11 00:37
最終更新
2025/09/11 22:31
序段
退屈で物寂しい日々の手慰みに、硯に向かい、心に浮かんでは消えるあれこれをつらつら書きつけていると、自分でも驚くほど熱中してしまってるんだよなぁ
* * *
第1段
まぁ、なんだ。この世に生を受けたからにはあぁなりたい、こうなりたいと願うことが色々あるんじゃないだろうか。
帝の御位はそれはもう畏れ多いよな。帝のみならず末々の方々にいたるまで、天照大神のお血筋なのだからなんと尊いことか。摂関家の方々の華やかさはもちろんだが、ただの貴族でも随身を賜るような身分の方々は実に立派に見える。その子供、孫にまでなるとさすがに職にあぶれて没落することもあるが、それでもなお気品というのか優雅さが感じられる。しかしそれよりも下の身分の奴らは、賤しいなりに時流に乗ったというだけでドヤ顔を晒して、「俺スゲーーー!!」とでも思っているのが透けて見える。ドン引きである。
とはいえ、法師ほど羨ましがられないものはない。「坊主って周りの人から棒切れの端のように思われてんのよねぇ」と清少納言が書き残したのも、実際その通りだよな。唾を飛ばして熱弁を振るったところで素晴らしいとも思われず、名声を嫌って山へ隠れ棲んだ増賀聖の言うように、名声が高まれば義理に引かれ情にまつわれ…俗世の塵に塗れて、それこそ仏の御教えに背くことになるんじゃなかろうか。一切の交わりを絶った世捨て人こそ、なかなか「こうあるべき」という姿なのかもしれない。
人は顔立ちや容姿など見てくれの良いのが理想ではあるが、物を言うにも上品で、柔らかく微笑みを浮かべて、ベラベラと喋り過ぎないという人が好ましい。そういう人とはずっと話していたくなるもんだ。尊敬していた人の、ドン引きするような本性を見てしまった時はそりゃもうガッカリくるよなぁ…。品性や姿形こそは生まれつきのものと言えるが、しかし心まではそうじゃない。賢人の心を学ばんと励む者が、どうして賢人になれないものか。逆にどんなに容姿や性格が良くても学を疎かにすれば品もなくなり、下卑た顔付きのヤカラと付き合うようになり、人前ではコソコソと下を向くようになる……そんなの惨め、誰だってイヤだろ。
正しい学問を修め、詩作に励み和歌を学び、管弦の技を極めることこそ在りたい姿である。また慣例や制度、朝廷の政務や儀式に精通し、人の手本となるようなら言うことはない。拙からぬ筆でささっと和歌を詠み、いい声で歌の拍子をとり、「いやぁ〜ボク、お酒はあんまり…」なんて困った顔をしながらまるっきり下戸でもない。男はそういうのがいいよなぁ
* * *
第二段
いにしえの聖代の政をも忘れ、民草の苦しみ、国の損失をも考えず、着物から設えから全てに贅を尽くして悦に入り、所狭しと宝を積み上げる者は、うーわ…コイツまるで何も考えてないんだなって思うよな。
「衣冠から馬・車に至るまであるものを使えばいい。華美を求めてはいかん。」と九条殿…藤原師輔様の遺戒にもある。順徳院様が内裏のことをお書きになった『禁秘抄』にも「天子が身につける物は粗末な物を以て最上とする」と書かれてるしな。
* * *
第三段
顔良し性格よし身分良しのパーペキマンでも、恋を知らないんじゃまったく物足りないというか、せっかくの玉の盃も底が抜けているように感じられる。
露や霜に着物を濡らして、夜通し行く宛てもなく彷徨い歩き、親の諌めも世間の白い目も気にする余裕すらなく、逢えぬ女を想ってはあれやこれやと思い乱れて、今夜も独り寝の床で眠れぬ夜を過ごす…そんな男がグッとくるよな。
とはいえ、あっちこっちに粉かけて回るような下半身野郎じゃない。女に「こんなに好きなのに…もう」て思われる男こそ、なりたい姿だよな。
* * *
第四段
後世のことを胸に留め、仏の道に疎からぬ人は、やっぱり良いよな。
* * *
第五段
深く憂いに沈んだ人は、衝動的に出家を決意するのでなく、いるのかいないのかわからないほどひっそりと門を閉ざして、何を期待するでもなく明かし暮らす…そんなのが望ましいよな。
中納言・源顕基様が「罪なくて配所の月を見ばや」と仰った「罪を負わぬ身で配所の月を眺める」というのは、なるほど、こういう人の心地なんだろうなぁ
* * *
第六段
高貴な身分でなくても、ましてつまらん身分でも、子というものはない方がいい。
前の中書王こと兼明親王様、九条太政大臣こと藤原信長卿、花園左大臣こと源有仁卿…皆、我が血筋の絶えることを願っていらっしゃった。染殿大臣こと藤原良房卿も「子孫なぞいないほうがよろしいですよ。自分の子孫が他人に遅れを取るなど全くいけません。」と語ったと大鏡に書かれている。聖徳太子が生前にご自身の陵墓を作らせた時も、「ここを切れ、あちらを絶て。子孫を絶やそうと思うのだ」と言ったとか。
* * *
第七段
化野の露がいつまでも残るような、鳥辺山に荼毘の煙も立たないような、そんな永遠に生き続けられる世の中だとしたら「もののあはれ」なんてあったもんじゃない。何もかも、儚く消えてしまうからこそ世界は美しいんだ。
命あるものを眺めてみるに、人間ほど長生きなものはない。かげろうは夕べを待たず儚くなり、夏の蝉は春も秋も知らずに命を終えるのだから。つくづくと一年を暮らすのでさえ、人間の生のなんとまぁ長閑なことか。もっと、もっとと思って生きれば、千年も一夜の夢のような心地がするだろう。しかしな、生き続けられぬ世の中に、衰えた醜い姿で長らえてどうするよ。長く生きれば恥がましいことも多い。長くとも四十手前ぐらいでこの世とオサラバすれば見苦しく老醜を晒すこともないだろうな。
その辺りを過ぎると、もう見た目を恥じるアタマもなく人前にしゃしゃり出て「やぁやぁ、どうもどうも!」なんて人の輪に首を突っ込もうするし、夕日に照らされて子や孫を慈しみ、「あぁ…この子達が栄える未来をこの目で見たい、もう少し生きていたい」と願うようになるだろう。そうやってひたすら生を貪る心ばかりを肥らせて、「もののあはれ」もわからなくなっていくのは実に嘆かわしいもんだ。
* * *
第八段
世の中、人の心を惑わすのは色欲以上のものはない。はぁ…本当に人ってバカだよな。香りなんてモンは仮初のものだし、しばし伏せ籠に伏せて薫き染めたんだとわかっていながら、得も言われぬいい香りにはついグラッときてしまうもんだ。久米仙人が洗濯女の白いふくらはぎを見て神通力を失ったのもわかる。若い娘の滑らかな手足や胸元の、むちっと張りのあるのなんぞは内から漲る色気だからなぁ、そりゃ空から落っこちもするだろうさ。
* * *
第九段
女は際立った黒髪の美しさこそが人目を惹きつけるんだろうが、その女の人柄や心映えは言葉選びや話し方にこそ感じられるよな。簾や几帳を隔てていてもさ。
折に触れてちょっとした仕草で男の心を惑わせ、床を共にしては見苦しい姿を見せないようにと熟睡もせず、耐え難い辛苦にもよく耐え忍ぶのは、偏に「この女は美しい、綺麗だ」と思ってもらいたい一心なんだよ。
本当に愛欲の道の根は深く、源は遠い。六塵の楽欲多し…まぁつまり心を惑わせる欲望は山ほどあるといってもな、そんなのはみんな打ち捨てなきゃならないんだが…その山ほどある欲望の中でただ一つ、愛欲のみは老いも若きも知恵者もアホも止め難いってのは変わらないらしい。
だからさ、女の艶やかな黒髪の毛で拠った綱には馬鹿でかい象もイイコで繋がれるし、女の履いた下駄で作った笛の音には妻恋う秋の鹿もふらふら引き寄せられると言い伝えられてんだよ。自らを戒めて、よくよく慎むべきはこの「女」という誘惑なんだ。
* * *
第十段
住む人の人柄が滲み出るような、「こういうのがいいんだよなぁ」と思わせる屋敷は、たとえ仮初の世の住処とはいえワクワクするよな。
心映えの素晴らしい人がのんびり暮らす屋敷は、差し込む月の光さえ一際しみじみと感じるじゃねぇか。今っぽい華やかさはないけれど、降り積もった年月を感じさせる木立、野の景色を写し取ったような風情の庭の草、また簀子や透垣の配置も素晴らしく、そこらに置いてある調度も昔からある馴染みの品々で。そういうのがさ、「そうそう、こういうのがいいんだよ、こういうのが」て思うわけだ。
大勢の職人が心血注いで磨き立てた屋敷に、やれこれは唐国の、これは我が国のと希少で高価な調度をズラズラ並べ置き、前栽の草木までも几帳面に植えられてるようなのは見てるだけで気詰まりだし興醒めだわ。そんなところに何年、何十年も住んでいられるかよ。それにな、「こんだけ贅を尽くしたって、火でも出りゃあっという間に灰になるだろうに」とひょいと見ただけで思っちまう。まぁ、だいたいは屋敷の造りで住む人の人柄が何となくわかるよな。
後徳大寺大臣…藤原実定卿が寝殿にトンビが入り込まないように縄を張られたのを西行法師が見て、「トンビが入るからって何が気に入らないというのでしょう。実定卿の御心はその程度でしたかそうですか」っつってその後は屋敷を訪れなかったという話を聞いたことがある。綾小路宮…性慧法親王様がいらっしゃる小坂殿の棟にいつぞや縄を引かれたことがあったんで例の話を思い出してた訳だが、ある人が「そうなんですよ。棟に群れ居るカラスが池の蛙を採るのを宮様が御覧になって、カエルが不憫だからと」て話しているのを聞いたらさぁ、もう「はぁーー…!」て顔を覆って天を仰いだわ。ま、実定卿にも何か理由があったんだろうけどな。
退屈で物寂しい日々の手慰みに、硯に向かい、心に浮かんでは消えるあれこれをつらつら書きつけていると、自分でも驚くほど熱中してしまってるんだよなぁ
* * *
第1段
まぁ、なんだ。この世に生を受けたからにはあぁなりたい、こうなりたいと願うことが色々あるんじゃないだろうか。
帝の御位はそれはもう畏れ多いよな。帝のみならず末々の方々にいたるまで、天照大神のお血筋なのだからなんと尊いことか。摂関家の方々の華やかさはもちろんだが、ただの貴族でも随身を賜るような身分の方々は実に立派に見える。その子供、孫にまでなるとさすがに職にあぶれて没落することもあるが、それでもなお気品というのか優雅さが感じられる。しかしそれよりも下の身分の奴らは、賤しいなりに時流に乗ったというだけでドヤ顔を晒して、「俺スゲーーー!!」とでも思っているのが透けて見える。ドン引きである。
とはいえ、法師ほど羨ましがられないものはない。「坊主って周りの人から棒切れの端のように思われてんのよねぇ」と清少納言が書き残したのも、実際その通りだよな。唾を飛ばして熱弁を振るったところで素晴らしいとも思われず、名声を嫌って山へ隠れ棲んだ増賀聖の言うように、名声が高まれば義理に引かれ情にまつわれ…俗世の塵に塗れて、それこそ仏の御教えに背くことになるんじゃなかろうか。一切の交わりを絶った世捨て人こそ、なかなか「こうあるべき」という姿なのかもしれない。
人は顔立ちや容姿など見てくれの良いのが理想ではあるが、物を言うにも上品で、柔らかく微笑みを浮かべて、ベラベラと喋り過ぎないという人が好ましい。そういう人とはずっと話していたくなるもんだ。尊敬していた人の、ドン引きするような本性を見てしまった時はそりゃもうガッカリくるよなぁ…。品性や姿形こそは生まれつきのものと言えるが、しかし心まではそうじゃない。賢人の心を学ばんと励む者が、どうして賢人になれないものか。逆にどんなに容姿や性格が良くても学を疎かにすれば品もなくなり、下卑た顔付きのヤカラと付き合うようになり、人前ではコソコソと下を向くようになる……そんなの惨め、誰だってイヤだろ。
正しい学問を修め、詩作に励み和歌を学び、管弦の技を極めることこそ在りたい姿である。また慣例や制度、朝廷の政務や儀式に精通し、人の手本となるようなら言うことはない。拙からぬ筆でささっと和歌を詠み、いい声で歌の拍子をとり、「いやぁ〜ボク、お酒はあんまり…」なんて困った顔をしながらまるっきり下戸でもない。男はそういうのがいいよなぁ
* * *
第二段
いにしえの聖代の政をも忘れ、民草の苦しみ、国の損失をも考えず、着物から設えから全てに贅を尽くして悦に入り、所狭しと宝を積み上げる者は、うーわ…コイツまるで何も考えてないんだなって思うよな。
「衣冠から馬・車に至るまであるものを使えばいい。華美を求めてはいかん。」と九条殿…藤原師輔様の遺戒にもある。順徳院様が内裏のことをお書きになった『禁秘抄』にも「天子が身につける物は粗末な物を以て最上とする」と書かれてるしな。
* * *
第三段
顔良し性格よし身分良しのパーペキマンでも、恋を知らないんじゃまったく物足りないというか、せっかくの玉の盃も底が抜けているように感じられる。
露や霜に着物を濡らして、夜通し行く宛てもなく彷徨い歩き、親の諌めも世間の白い目も気にする余裕すらなく、逢えぬ女を想ってはあれやこれやと思い乱れて、今夜も独り寝の床で眠れぬ夜を過ごす…そんな男がグッとくるよな。
とはいえ、あっちこっちに粉かけて回るような下半身野郎じゃない。女に「こんなに好きなのに…もう」て思われる男こそ、なりたい姿だよな。
* * *
第四段
後世のことを胸に留め、仏の道に疎からぬ人は、やっぱり良いよな。
* * *
第五段
深く憂いに沈んだ人は、衝動的に出家を決意するのでなく、いるのかいないのかわからないほどひっそりと門を閉ざして、何を期待するでもなく明かし暮らす…そんなのが望ましいよな。
中納言・源顕基様が「罪なくて配所の月を見ばや」と仰った「罪を負わぬ身で配所の月を眺める」というのは、なるほど、こういう人の心地なんだろうなぁ
* * *
第六段
高貴な身分でなくても、ましてつまらん身分でも、子というものはない方がいい。
前の中書王こと兼明親王様、九条太政大臣こと藤原信長卿、花園左大臣こと源有仁卿…皆、我が血筋の絶えることを願っていらっしゃった。染殿大臣こと藤原良房卿も「子孫なぞいないほうがよろしいですよ。自分の子孫が他人に遅れを取るなど全くいけません。」と語ったと大鏡に書かれている。聖徳太子が生前にご自身の陵墓を作らせた時も、「ここを切れ、あちらを絶て。子孫を絶やそうと思うのだ」と言ったとか。
* * *
第七段
化野の露がいつまでも残るような、鳥辺山に荼毘の煙も立たないような、そんな永遠に生き続けられる世の中だとしたら「もののあはれ」なんてあったもんじゃない。何もかも、儚く消えてしまうからこそ世界は美しいんだ。
命あるものを眺めてみるに、人間ほど長生きなものはない。かげろうは夕べを待たず儚くなり、夏の蝉は春も秋も知らずに命を終えるのだから。つくづくと一年を暮らすのでさえ、人間の生のなんとまぁ長閑なことか。もっと、もっとと思って生きれば、千年も一夜の夢のような心地がするだろう。しかしな、生き続けられぬ世の中に、衰えた醜い姿で長らえてどうするよ。長く生きれば恥がましいことも多い。長くとも四十手前ぐらいでこの世とオサラバすれば見苦しく老醜を晒すこともないだろうな。
その辺りを過ぎると、もう見た目を恥じるアタマもなく人前にしゃしゃり出て「やぁやぁ、どうもどうも!」なんて人の輪に首を突っ込もうするし、夕日に照らされて子や孫を慈しみ、「あぁ…この子達が栄える未来をこの目で見たい、もう少し生きていたい」と願うようになるだろう。そうやってひたすら生を貪る心ばかりを肥らせて、「もののあはれ」もわからなくなっていくのは実に嘆かわしいもんだ。
* * *
第八段
世の中、人の心を惑わすのは色欲以上のものはない。はぁ…本当に人ってバカだよな。香りなんてモンは仮初のものだし、しばし伏せ籠に伏せて薫き染めたんだとわかっていながら、得も言われぬいい香りにはついグラッときてしまうもんだ。久米仙人が洗濯女の白いふくらはぎを見て神通力を失ったのもわかる。若い娘の滑らかな手足や胸元の、むちっと張りのあるのなんぞは内から漲る色気だからなぁ、そりゃ空から落っこちもするだろうさ。
* * *
第九段
女は際立った黒髪の美しさこそが人目を惹きつけるんだろうが、その女の人柄や心映えは言葉選びや話し方にこそ感じられるよな。簾や几帳を隔てていてもさ。
折に触れてちょっとした仕草で男の心を惑わせ、床を共にしては見苦しい姿を見せないようにと熟睡もせず、耐え難い辛苦にもよく耐え忍ぶのは、偏に「この女は美しい、綺麗だ」と思ってもらいたい一心なんだよ。
本当に愛欲の道の根は深く、源は遠い。六塵の楽欲多し…まぁつまり心を惑わせる欲望は山ほどあるといってもな、そんなのはみんな打ち捨てなきゃならないんだが…その山ほどある欲望の中でただ一つ、愛欲のみは老いも若きも知恵者もアホも止め難いってのは変わらないらしい。
だからさ、女の艶やかな黒髪の毛で拠った綱には馬鹿でかい象もイイコで繋がれるし、女の履いた下駄で作った笛の音には妻恋う秋の鹿もふらふら引き寄せられると言い伝えられてんだよ。自らを戒めて、よくよく慎むべきはこの「女」という誘惑なんだ。
* * *
第十段
住む人の人柄が滲み出るような、「こういうのがいいんだよなぁ」と思わせる屋敷は、たとえ仮初の世の住処とはいえワクワクするよな。
心映えの素晴らしい人がのんびり暮らす屋敷は、差し込む月の光さえ一際しみじみと感じるじゃねぇか。今っぽい華やかさはないけれど、降り積もった年月を感じさせる木立、野の景色を写し取ったような風情の庭の草、また簀子や透垣の配置も素晴らしく、そこらに置いてある調度も昔からある馴染みの品々で。そういうのがさ、「そうそう、こういうのがいいんだよ、こういうのが」て思うわけだ。
大勢の職人が心血注いで磨き立てた屋敷に、やれこれは唐国の、これは我が国のと希少で高価な調度をズラズラ並べ置き、前栽の草木までも几帳面に植えられてるようなのは見てるだけで気詰まりだし興醒めだわ。そんなところに何年、何十年も住んでいられるかよ。それにな、「こんだけ贅を尽くしたって、火でも出りゃあっという間に灰になるだろうに」とひょいと見ただけで思っちまう。まぁ、だいたいは屋敷の造りで住む人の人柄が何となくわかるよな。
後徳大寺大臣…藤原実定卿が寝殿にトンビが入り込まないように縄を張られたのを西行法師が見て、「トンビが入るからって何が気に入らないというのでしょう。実定卿の御心はその程度でしたかそうですか」っつってその後は屋敷を訪れなかったという話を聞いたことがある。綾小路宮…性慧法親王様がいらっしゃる小坂殿の棟にいつぞや縄を引かれたことがあったんで例の話を思い出してた訳だが、ある人が「そうなんですよ。棟に群れ居るカラスが池の蛙を採るのを宮様が御覧になって、カエルが不憫だからと」て話しているのを聞いたらさぁ、もう「はぁーー…!」て顔を覆って天を仰いだわ。ま、実定卿にも何か理由があったんだろうけどな。
