【平家公達草紙】内裏近き火
公開 2024/12/31 16:46
最終更新
2024/12/31 17:18
安元の御賀の華やかさは、今さら言うまでもありませんね。またあのころ内裏で開かれた宴の数々、些細な出来事につけても、心惹かれる忘れられないことばかりですよ。あの頃の私はまだ少将や中将の若造でしたが、同じ年頃の若者達とやたらとつるんだりはしませんでしたがね…まぁ、ちょっとしたご縁がありまして。今は亡き西八条入道様のご一家の方々とだけは、『はかなきたはぶれ』などしたこともありましたな。
承安四年、小松の内大臣様が右大将であられた頃、内裏の近くで火事がありました。その頃は内裏にはまだ残っていた方逹もいたのでしょう。帝のお側に集まって「まったく、こんな非常時というのに右大将殿がいないではないか!どうしたことだ!」と騒いでいると、暫くして華やかな先触れの声が聞こえてきました。「あぁ、来られたぞ!」などと安堵の声が上がるなか、颯爽と現れたのは右大将殿こと重盛殿。紫宸殿の御階の下に控えた姿を見るに、冠に老懸をし、軽やかに爽やかな夏の直衣を着て、腕には小手とかいう物を身に付けていらっしゃるようで、袖元から銀の粒々したものが直衣に透かして見えていました。それがまた如何にも右大将らしく見えて、「ほんにこれこそがあるべき姿よ」としみじみ思ったものでした。その姿は精悍かつ清廉。いかにも急ぎ駆け付けたというような簡単な格好で、淡々と冷静に御所の方々を気遣い警護にあたる…こんな非常時には「近衛府の大将とは、ほんにこんなお方のことを言うのだろう」と思ったものでした。
承安四年、小松の内大臣様が右大将であられた頃、内裏の近くで火事がありました。その頃は内裏にはまだ残っていた方逹もいたのでしょう。帝のお側に集まって「まったく、こんな非常時というのに右大将殿がいないではないか!どうしたことだ!」と騒いでいると、暫くして華やかな先触れの声が聞こえてきました。「あぁ、来られたぞ!」などと安堵の声が上がるなか、颯爽と現れたのは右大将殿こと重盛殿。紫宸殿の御階の下に控えた姿を見るに、冠に老懸をし、軽やかに爽やかな夏の直衣を着て、腕には小手とかいう物を身に付けていらっしゃるようで、袖元から銀の粒々したものが直衣に透かして見えていました。それがまた如何にも右大将らしく見えて、「ほんにこれこそがあるべき姿よ」としみじみ思ったものでした。その姿は精悍かつ清廉。いかにも急ぎ駆け付けたというような簡単な格好で、淡々と冷静に御所の方々を気遣い警護にあたる…こんな非常時には「近衛府の大将とは、ほんにこんなお方のことを言うのだろう」と思ったものでした。
