根南志具佐(茸)
公開 2025/05/11 21:33
最終更新
2026/02/14 10:04
根南志具佐一之巻
「公河を渡ることなかれ、公ついに河を渡る。河に堕ちて死す、まさに公をいかんすべき」と詩に詠まれたのは、見ぬ唐土のいにしえに夫を河で亡くした悲しみに堪えぬ妻の嘆きだとか。さて宝暦十あまり三の年、水無月の頃。荻野八重桐という女形が水に入って亡くなった。ところが八重桐の死について世間ではあれこれ噂が飛び交うものの、誰もその真相を知る人はない。
その実際のところを探ってみると、「皓皓の白を以って、世俗の塵埃を蒙らんや」と憤って泪羅の淵に身を投げた屈原の類というわけでもなく、面向不背の玉を取り返そうと海底に飛び込んで命を捨てた海女とも違う。では、荻野八重桐の死の真相とは…
この世ならざる異界の、極楽と地獄の真ん中に閻魔大王というやんごとなき御方がいらっしゃった。この大王は三千世界を領し、十王を始めとして朝廷の臣下は数知れず、それぞれ地獄で役に就いている者も多い。異界であってもこうなのだから、我々人間の渡世も士農工商みな暇がないのも道理である。閻魔王宮も昔はさほど忙しくなかったが、近年は人の性根も捻くれて様々悪事を働く者が多く、罪人の数も日に日に右肩上がりであった。罪人どもに責苦を受けさせねばならぬが、今ある地獄だけではとてもキャパが足りぬ。どうしたものかと閻魔王がお困りになっている折を窺って、山師どもは我先にと裏からコソコソ手を回し、ゴマをすりすり袖の下。役人たちを誑かして、さまざま新規事業を願い出た。まず極楽海道十万億土の内から適当な荒地を見立て、地蔵菩薩の領分たる賽の河原の茄子畑辺りまで切り拓き、数百里もの大きな池を堀って蘇芳を煎じた赤い湯を入れ血の池を作り、山を築いて剣の木の苗を植えさせ、罪人どもを撞く臼も獄卒の手が足りぬと水車仕掛けの全自動化、焦熱地獄にはタタラの天秤ふいごを据えて効率化。そのほか叫喚・大叫喚・等活・黒縄・無間地獄などの他にも様々な新地獄を拵えて、内には岡場所地獄などと称するものまでも。これがなかなか盛況で奪衣婆ひとりでは手が回らぬと、久しく地獄に堕ちていた浅草一ツ家の姥、安達原の黒塚婆、業突く張りで知られた堺町の笋婆、そのほか娑婆で嫁をいびり継子を虐めた性悪婆どもまで特別に罪を許し、奪衣婆の加勢に入れてしまうほどの大繁盛。
そうして段々と地獄が広がってくると、例の山師どもがまたまた願い出た。
ある者は「何卒私めを新地獄の大家にしてくださいませ」と言う。狙いは店子からせしめる便所の汲み取り代であるが、餓鬼道の奴らは物を食えないから出るモノも出ない。しかしそこは山師どもの抜け目なさ。「餓鬼道の分は汲み取り代が上がりませんから、節句ごとに大家へ節句銭を二百文を渡すようお定めくださいませ」という注文までつけていた。また舌を抜く鋏の口入れや、獄卒が使う鉄棒や火の車を納品している者は、「地獄の釜を新調したい」との仰せに古地獄から底の抜けた鍋釜を集めてきて鋳掛けさせ、「新調など勿体ない。罪人に竹の根を掘らせる燈心も蝋燭屋の切り屑をお買い上げなさるのが一番お得ですよ。少々のこととお思いでしょうが、地獄の時間は人間の時間では百万刧と途方もない長さ。塵も積もればなんとやら、でございますよ」と言い。またまた三途川の古着を商う座に申し付けられた者は、「その代わり仕入れ値は『ちょぼ』っとオマケしてくださいよ、獄卒のダンナがた。もし御入用のときは、虎の皮のフンドシを質にお置きになってもグッと安い利息でお貸ししますから」などと言い。どいつもこいつも「そうなれば地獄にとっても恩恵に」などと己が私利私欲を押し隠し、お為ごかしに数通の願書を奉る。地獄の沙汰も銭次第。まったく抜け目ない世の中である。
亡者を裁く本業に加え、様々な申請や事業計画を捌く閻魔大王には少しの暇もない。そんな折節、獄卒どもが地獄の地の字をつけた高提灯を先立ててひとりの亡者を御前に引っ立ててきた。玉座からはるか見下ろすに亡者は歳のころ二十歳ばかりの坊主で、色の白い痩せた体に手枷首枷を嵌められ、腰の辺りには何やら袱紗に包んだものをくくりつけている。
「この者はいかなる罪であるか。」
大王がお尋ねになると、傍から倶生神…おはようからおやすみまで生者の影について回り、どんな些細な悪事も見逃さず記録する鬼神…が進み出て、
「この坊主は南贍部洲大日本国、江戸に住まう見習い坊主でございましたが、堺町の若女形・瀬川菊之丞という若衆に芯から惚れ込んでしまいまして。彼と逢うために師匠の金を使い込み、それでも足りずに錦の戸帳は古道具市に翻り、行基の作の阿弥陀如来像は質屋へ御来迎。しかし若衆へ入れ上げ過ぎて犯した尻がとうとう割れて座敷牢へ押し込められたのでございますが、どれほど彼を慕っても宇津の山辺のうつつにも夢にも会われぬ甲斐なき我が身。憂い嘆き悲しんで遂には虚しく『あの世』を去ったのでございますが、断末魔の苦しみにも忘れ得ぬのは路考の面影なりと…あ、路考とは瀬川菊之丞の俳号のことでございます。えー…忘れ得ぬのは路考の面影なりとこちらへまでも肌身離さず、えぇ、あの腰にくくりつけた袱紗の中身が鳥居清信が描いた瀬川菊之丞の絵姿で。若気の至りとはいえ、師匠親の目を掠めて働いた悪事はすべてこちらの鉄札に記録してございます。しかしながら大王様、今どきの坊主は表向きは抹香臭い顔で仏に仕えながら、裏では遊女狂いに憂き身をやつし、カモを明神・ネギを神主などと名付けてトリ食う有様。してみれば坊主のオトコ狂いは多少マシな方ですから、剣の山での責一等を減じて彼が好むカマ煎りにしてはいかがでしょう。」
お伺いを立てたが閻魔王は以ての外ご立腹。
「いやいや、マシに見えても決してマシではない。娑婆中あちこち男同士のカップルだらけと聞くが、わしには全く理解ができん。夫婦の道はめしべにおしべが自然の摂理、本来在るべき姿であるのに、同じ男を犯すなど決してあってはならぬことじゃ。ところが唐土では遠い昔から既に男色というものはある。書経では『色を売る童を近づけてはならぬ』と戒め、周の穆王が菊慈童を愛したことから*を『菊座』と呼ぶようになり、余桃の罪で語られる弥子瑕、断袖の故事で知られた董賢、韓愈と親交の深かった孟東野もこういうけしからん輩の類じゃ。また日本においては弘法大師が天竺に渡ったみぎり、流沙川の川上で文殊とアツく契りを結んだことで文殊は『支利』菩薩の号をとり、弘法大師は若衆の祖として汚名を残した。それからというもの熊谷の直実は無官の太夫・敦盛を須磨の浦にてころり転がし『やっそんやっそんなされける』と歌われ、牛若丸は天狗に何からナニを仕込まれて、増賀聖に愛された業平少年、後醍醐帝の阿新、信長の蘭丸…挙げればキリがないわい。その名も高尾の文覚は平維盛が嫡男・六代御前にうつつを抜かし、いらぬ謀反を企てたばかりに頼朝の咎めを受けた。このことから娑婆では悪事が露呈して責を負うことを『尻が来る』と言うようになったのじゃ。痔に効くと有名な但馬の城崎、箱根の底倉へ湯治に行く者が多いのも、みなこの男色があるゆえ。昔は坊主ばかりが男色をもて遊んだからか痔という字は病かんむりに寺と書くが、近頃では坊主も俗人も押しなべてオトコ、オトコと…甚だ以ってけしからん!不埒の至じゃ!これより娑婆世界では男色を禁止するときつく申し渡す!」
と勅命を下された。皆々「はっ」と神妙に承ったが、「お待ちください、大王様」と十王のひとり・輪転王が御前に進み出た。
「勅定にお言葉を返し奉るのは畏れ多いことと存じますが、思うこと口に出さねば腹膨るると思いまして…。仰る通り男色もまた害がないわけではありません。ないわけではありませんが、その害も女色に比べれば至って軽いものでなかなか同列に語れるものではありません。例えば女色はその甘きこと蜜の如く、一方で男色は淡きこと水の如し。無味の味は、一種悟りの境地に至らねばわからぬものでございます。この勅定はつまり、大王様が若衆を嫌うがゆえに酒呑みの餅屋をやめさせたいと仰るようなもの。その上で他所ながら常に聞く、娑婆で評判の絶世の美男子・瀬川菊之丞をせめてこの世の思い出に絵姿だけでも見とうございます。この義だけはどうかお許し願いたく…。」
閻魔大王は不機嫌そうに息を吐き、
「蓼食う虫も好き好きとはその方のことよ。しかしたっての願いじゃ、無碍にはできん。絵図を見たいなら勝手にせよ。しかし俺は若衆なんぞ見たくもないから、絵があるうちは目を瞑っていよう。さぁ、見るなら早くしろ、ほれほれ」
そう言って御目を閉じる。すると獄卒のひとりが、さっそく例の罪人が持っていた絵を柱に掛け…するとどうだろう。
「……ッ!」
清きこと、春柳の若葉に三日月がかかるように。匂い立つような美しさ、有明の霞を纏う桃の花に似て…どれほど言葉を尽くしても言い表せないほどの艶やかさ。人々の目は絵の中の路考に釘付けになり、はっ…と感じ入って感嘆のため息が漏れ聞こえるばかり。
娑婆では本当に美しい人のことを「天から降りてきた天人のよう」などと言うが、それはつまり知らぬ異国の花の香である。常にないから美しく見えるのだ。しかしこの国の極楽においては、天人など凧揚げの凧のようにあっちこつちに飛んでいるから美しいとも思わない。天人など路考と比べたら閻魔王の冠と餓鬼の褌ほどの差がある。聞きしに勝る路考の姿、昔も今もこれほど美しい人は見たことがない…と十王をはじめとして、閻魔王の傍らに侍る人頭幢の見目という生首は目玉を爛々と光らせ、もう一つの生首・嗅鼻は鼻をふんふんといからせ、居合わせた牛頭に馬頭、獣頭の鬼までも角を振り立てモウモウぶるると感嘆の声は止まず。すると暗闇の中で聞いていた閻魔大王もだんだんと外の様子が気になってきて、そっと天岩戸を開いて路考の絵姿をご覧じたところ…
「………」
ずるずるずる…ドスン!
この上なく艶やかなその絵姿にはっと心を動かされ、蓼食う虫と嗤っていた余裕はどこへやら、ただ茫然と空蝉の裳抜けのようになって玉座から転がり落ちてしまわれた。
「大王様!」「お気を確かに、大王様」皆が慌てて助け起こすと、大王もようやく正体がついた様子でほっとひとつため息をついた。
「…方々の目の前でまったく面目も立たぬことであるが、この雅やかな絵姿についくらっと来てしまった。まったく…『名にめでて折れるばかりばかりぞ女郎花われ落ちにきと人に語るな』という遍昭の歌のような情けない振る舞いじゃが…しかしよくよく考えてみるに古より美人と謳われた者は数え切れぬほどいるが、その中にも路考と肩を並べるほどの美人はおらん。西施のまなじり、小町の眉、楊貴妃の唇、かぐや姫の鼻筋、飛燕の腰つき、衣通姫の着こなし…すべてひっくるめたこの姿…!桐は大名の奥方様、山ゆりは娘盛りの撫子のーーなどと言うのは十人並。月にも花にも菩薩にも、路考に勝る者があるとは到底思えん。まして唐・日本の地にこれほどの美人が今一度生を受けることなど決してないじゃろう…そうじゃ、わしは今日を限りに冥府の王位なんぞ捨てる!娑婆へ飛び出してこの者と枕を交わすのじゃッ!この想いを遂げられないなら、王位の貴さなどナンボのもんじゃいッ!」
「お待ちをッ!」
夢見るような目を爛々と輝かせ、恋のお熱に浮かされ飛び出さんとする閻魔王の袖を、走り出てはっしと掴んだのは宗帝王であった。苦りきった
「何をやっていらっしゃるんですか、しっかりしてください!たった一人の色に溺れ、この冥府の王位を捨てて娑婆に出て人間として生きようなどど…地獄極楽の政を執るものがいなくなり、善悪を正すところがなくなれば、この三千世界の衆生はいったい何をしるべに生ろというのですか。あなたのような貴き御身が野郎買いと成り果ててしまわれたら、極楽に満ち満ちたる金の砂は忽ち堺町で使い果たし、それでも推し足りないもっと会いたい、わしは金のなる木がほしいと後悔する頃には、極楽のボスたる釈迦如来の黄金の肌まで鋳潰してリサイクルショップに売り払われ、地蔵菩薩は悪ガキどもに小突かれる乞食坊主に落ちぶれ、迦陵頻伽は両国橋の見せ物小屋で見せ物になり、天女は女衒の手に渡り、三途の川の奪衣婆は辻で洗濯糊を売る行商人に、門を守る仁王は庶民相手に駕籠をかくハメになりましょう。そうなれば地獄も極楽も破滅ですよ、普通に考えてわかるでしょう。貴方様はそんなこともわからないお年頃ではないでしょう…そもそもですね、例え今風に蝙蝠羽織に長脇差、本田髷に結って銀煙管を片手に…なんてイケメンぶって男娼買いに見せ掛けても、ジャ⚪︎ーズ気取りの鬼瓦がモテるとお思いですか、大王様はとてもおモテになる顔ではございません。昔、海老蔵が芝居で貴方様のお姿を真似たときでさえ娑婆の者たちは恐れ慄いたというのに、そのお姿でぶらぶらしていたらヤベー奴だと召し取られて事情聴取される事態になりましょう。身元確認のときに『身元保証人は釈迦如来、世話役は大日如来』などと言ったところで、そうだと証言してくれる者もおりませんから無縁法界の無宿人グループに入れられて憂き目を見ることになるのはわかりきっています。ここまで言ってもご納得いただけないのでしたら、この宗帝王…閻魔大の王御前にて腹を掻っ捌いて死にまするッ!さぁ、ご返答をッ!」
宗帝王が必死の剣幕でお諌めするそこへ、今度は平等王がしずしずと立ち出でて、
「宗帝王の諫言は、紂王を諌めて胸を裂かれた比干、諫言を聞き入れられず目をくり抜いて自死した呉子胥、同じく義仲を諌めて腹を切った越後忠太にもおさおさ劣らぬ忠臣の姿ですが、日頃から御片意地の大王様は一度言い出したら聞かない御気質…茶碗一杯の水で燃え盛る火車の火を消すことはできませんよ。いかにお諌めしても馬耳東風、牛の角に蜂とやらで、さして御為にもなりません。奈良山の児の手柏の二面ー男と女、二つの顔を持つ美しい路考の姿に一目惚れして、この冥府をお捨てになろうなどというのは世のバカ息子の了見。地獄極楽の主たる大王様の智とは思えません。是が非でも路考が欲しいとお望みであれば、使者を遣わし路考を捕まえて連れて来ればよろしいではありませんか。王が寵姫をお召しになるのですから何の問題がありしょう。どうです、皆さん。」
そう言って見回すと、一座の人々も口を揃えて「平等王の仰る通りだ」と言い、しょげかえっていた王も「なるほど確かに…」と頷く。それでは誰を捕まえにいかせようかという議題になると泰山王が手を挙げた。
「そうはいっても人間は寿命を終えなければこちらへ来られない決まりです。誰か、定業帳を持って来てくれたまえ。路考の寿命を確認しましょう。」
取り寄せた定業帳をペラペラとめくった泰山王は、
「…えぇと、役者、役者と…。宝暦十二年霜月、佐野川市松。宝暦十三年七月、中村助五郎、腫物にて死亡……菊之丞が寿命を迎える予定はありませんね。それにたとえ使者を遣わされたとしても、かの国には伊勢の神、八幡神をはじめ大勢の神がおりますし、菊之丞のバックには氏神である王子稲荷などという食えない手合いもおりますから、いわばこの世界をも眼下に見下ろすおっかない『親父様がた』がガッチリ守護しているようなものです。表立って使者を送るのはなかなか難しいのではないでしょうか。いかがいたしましょう。」
そう言うと、今度は初江王が進み出て、
「なに、簡単なことではありませんか。愛宕の坊太郎天狗・比良山の次郎坊天狗などに申しつければ、すぐにでもパッと引っ掴んで連れてきますよ。誰ぞ、天狗どもを召しよせよ!」
「あいや、お待ちください。」
さっそく役人に指示しようとする初江王を押し止めた五官王は、
「いやいや、天狗はいけません。容赦を知らない天狗どもですから力任せに引っ掴んで傷をつけてしまうやもしれません、そうなっては後の祭り。それよりは疫病神を使うのが近道ではないですか。」
と言うが、それには変生王が首を振り、
「いやいや、疫病神といえども一二の三で死んデレラと簡単に殺すことはできませんよ。ジワジワ病に蝕まれていくのを待つなど、それでなくても大王様はお待ちかねなんですから疫病神はいただけません。それよりもっと近道は医者ですよ。世の中に溢れる医者どもに申しつければ、一服盛って試合終了です。疫病神など足元にも及びません。使者の役は医者に申しつけましょう。」
この提案には皆うんうん頷き、「これまでよく殺してきた医者は誰だろうか」と詮議に入ったが、
「よく殺す医者といっても色々ですからね。だいたい知識不足のヤブは、怖がって効き目の強い薬を飲ませません。何を診せても六君子湯や益気湯のような胃腸薬の類を、それも一服の量を半分か七分目に減らして処方するのですから、薬と言いつつちょっと味がついた白湯のようなもの。まぁ、要するにケチった薬と代金の差分で余計に謝礼をせしめようと言うやり口で。そういう医者は毒にも薬にもならんものを与えてじわじわ干殺すのは格別得意だが、スパッと殺すことはできないでしょう。中途半端に知識のある医者がいいのでは?人を殺すのが奴らの商売ですから、一服でもバチっと験がありますよ。」
と誰かが言えば、閻魔大王はしばらく考えてから首を振る。
「…いやいや、近頃の医者どもはツギハギした医学を詰め込んだだけの穴だらけの知識のくせに、傷寒論の講演会を通りいっぺん聞くか聞かないかという程度で自分は古方医家だ儒医だと名乗って名医ぶり、病は診られず薬は覚えず、みだりに石膏・芒硝などという強力な解熱剤や下剤を飲ませて患者を死なせるために、医者の手にかかってこちらへ来る者はみな真っ青な顔で痩せ衰えて、本物の地獄から火を貰いにきたというような寒々しい姿じゃ。これは皆、近頃の医者どもが己の不見識も顧みず、自分を仲景・孫思邈・張子和などと同列の名医だと思い込んで犯した猿真似のせいよ。わしのかぁいい路考ちゃんが薬毒に中って死んだらば、あの花の姿も痩せ衰えて箸に目鼻がついたような悲惨な姿になってしまう。それではここへ呼んでも詮方ない。どうか五体満足にここへ召し寄せ、そして熱くアツい枕を交わし娑婆と冥土の寝物語…あぁ!運命の赤い糸と糸とを結びつけ、日の本の若衆の肌にこの手で触れてみたい!どうか富楼那の弁舌・舎利弗の智慧、目連の神通力を借りてでも一刻も早く呼び寄せて、わしの想いを晴らさせておくれ…」
しおしおと萎れて言えば、さすがの十王たちも手立てがなく「もはや我々の知恵ではどうにもなりません。この上は修羅道へ使いを立て、太公望に孔明、韓信、張良、孫子に呉子、清原武則、源義経、楠木正成、山本勘助、その他の軍師どもを召してもう一度ご評議を…」と申し上げると、末席から「申し上げます」と。やたら赤い顔の、鏡のように輝く目に耳まで裂けた口をして、首はあっても体がない異形の者が進み出た。見ればそれは、人の一生を見届けて閻魔帳に記す監視役・人頭幢の見目という鬼であった。見目は杖の体をくねくねくねらせ閻魔大王の前に進み出て、
「皆様のご評議はまことにご尤もでございまするが、これしきのことに修羅道へ人を遣わして軍師どもを召されるなど、この界の恥辱でいうもの。その上彼らの灰色の脳細胞を以ってして此方の考えを見透かされてしまえば、どんな謀略をなすかわかったものではありません。源平の兵どもが謀反を起こした小夜嵐の騒動以降、太平の地獄界が再び戦乱となるならば上は大王様、下は獄卒に至るまでの難儀になりましょう。軍師どもをお召しになるのは絶対にいけません。そこで私から奏上すべきことが。私は人間のそばにいて彼らの善悪を正すのが役目でございますから、人々が心に思い浮かべること、彼らの考えも手に取るようにわかりまする。……菊之丞や他の役者どもはどうやら船遊びをしようと考えているようでございます。この機に乗じて謀をなせば、どうして手に入れられぬことがありましょう。」
この言葉に閻魔大王はぱっと顔を輝かせ、
「これは物怪の幸いじゃ!水辺のことならば急ぎ竜宮城へ使いを立て、龍王を呼び寄せよ!」
「ははぁ!畏まりました。」
と数多いる鬼の中から足疾鬼という、瞬く間に千里行って千里戻る地獄の速達便に申しつけると、間もなく八大龍王の総大将・難陀龍王が参内されましたと先触れの声。頭に金色の龍を戴き、瑪瑙の冠に瑠璃の纓を垂らし、珊瑚琥珀を飾った石帯を締め、瑠璃の杓を持ち鼈甲の沓を履き、異形異類の鱗どもを大勢供に連れ、難陀龍王は御階の下にひれ伏した。彼を遥かに見下ろして、
「久しいな、龍王よ。このたび貴殿を呼んだのは仕事の話ではないのだ。この大王、恥ずかしながら南贍部洲日本の地に住まう瀬川菊之丞という美少年に心を奪われてしまってのう。この者を手に入れようとあれこれ詮議した結果、菊之丞は近々船遊びに出掛けるということがわかった。水の中は貴殿の領分なれば貴殿はこの者を召し捕らえ、この閻魔大王に献上せよ。」
とお命じになった。龍王は恐れ入った様子で、
「勅定の趣、すべて承りました。我が配下の者どもには鰐、鮫を始めとして、河童、川獺、海坊主など。人を獲ることに精通した者どもが大勢おります。この者どもに申し付けすぐに召し捕り差し上げて、宸襟を休め奉りましょう。」
と事もなげに答える。これには大王もたいそうお悦びになって、
「それでは菊之丞が来るまでわしは奥の殿に引き籠り、天人に三味線でも弾かせて心を慰めていよう。その間に罪人どもが来たら、罪の軽い者は追い返し、重い者はとりあえず六道の辻の拘置所へぶち込んでおけ。それからさっきの坊主めは、菊之丞に入れ上げたこと最初こそ頭に来たが、わしの心に比べれば若い者にはありがちなことよ。再び娑婆に返すように。しかしこれ以降、菊之丞を買うことは堅く禁ずる。弁蔵、松助、菊次などの女形や若衆を始めとして、湯島や神明前の男色楼に至るまで他の若衆を買うならば許可する。」
と勅定を下されるやさっと御簾が下げられ、龍王は竜宮城へ帰り、その他十王や鬼たちも退出するのであった。
根南志具佐 一之巻 終わり
「公河を渡ることなかれ、公ついに河を渡る。河に堕ちて死す、まさに公をいかんすべき」と詩に詠まれたのは、見ぬ唐土のいにしえに夫を河で亡くした悲しみに堪えぬ妻の嘆きだとか。さて宝暦十あまり三の年、水無月の頃。荻野八重桐という女形が水に入って亡くなった。ところが八重桐の死について世間ではあれこれ噂が飛び交うものの、誰もその真相を知る人はない。
その実際のところを探ってみると、「皓皓の白を以って、世俗の塵埃を蒙らんや」と憤って泪羅の淵に身を投げた屈原の類というわけでもなく、面向不背の玉を取り返そうと海底に飛び込んで命を捨てた海女とも違う。では、荻野八重桐の死の真相とは…
この世ならざる異界の、極楽と地獄の真ん中に閻魔大王というやんごとなき御方がいらっしゃった。この大王は三千世界を領し、十王を始めとして朝廷の臣下は数知れず、それぞれ地獄で役に就いている者も多い。異界であってもこうなのだから、我々人間の渡世も士農工商みな暇がないのも道理である。閻魔王宮も昔はさほど忙しくなかったが、近年は人の性根も捻くれて様々悪事を働く者が多く、罪人の数も日に日に右肩上がりであった。罪人どもに責苦を受けさせねばならぬが、今ある地獄だけではとてもキャパが足りぬ。どうしたものかと閻魔王がお困りになっている折を窺って、山師どもは我先にと裏からコソコソ手を回し、ゴマをすりすり袖の下。役人たちを誑かして、さまざま新規事業を願い出た。まず極楽海道十万億土の内から適当な荒地を見立て、地蔵菩薩の領分たる賽の河原の茄子畑辺りまで切り拓き、数百里もの大きな池を堀って蘇芳を煎じた赤い湯を入れ血の池を作り、山を築いて剣の木の苗を植えさせ、罪人どもを撞く臼も獄卒の手が足りぬと水車仕掛けの全自動化、焦熱地獄にはタタラの天秤ふいごを据えて効率化。そのほか叫喚・大叫喚・等活・黒縄・無間地獄などの他にも様々な新地獄を拵えて、内には岡場所地獄などと称するものまでも。これがなかなか盛況で奪衣婆ひとりでは手が回らぬと、久しく地獄に堕ちていた浅草一ツ家の姥、安達原の黒塚婆、業突く張りで知られた堺町の笋婆、そのほか娑婆で嫁をいびり継子を虐めた性悪婆どもまで特別に罪を許し、奪衣婆の加勢に入れてしまうほどの大繁盛。
そうして段々と地獄が広がってくると、例の山師どもがまたまた願い出た。
ある者は「何卒私めを新地獄の大家にしてくださいませ」と言う。狙いは店子からせしめる便所の汲み取り代であるが、餓鬼道の奴らは物を食えないから出るモノも出ない。しかしそこは山師どもの抜け目なさ。「餓鬼道の分は汲み取り代が上がりませんから、節句ごとに大家へ節句銭を二百文を渡すようお定めくださいませ」という注文までつけていた。また舌を抜く鋏の口入れや、獄卒が使う鉄棒や火の車を納品している者は、「地獄の釜を新調したい」との仰せに古地獄から底の抜けた鍋釜を集めてきて鋳掛けさせ、「新調など勿体ない。罪人に竹の根を掘らせる燈心も蝋燭屋の切り屑をお買い上げなさるのが一番お得ですよ。少々のこととお思いでしょうが、地獄の時間は人間の時間では百万刧と途方もない長さ。塵も積もればなんとやら、でございますよ」と言い。またまた三途川の古着を商う座に申し付けられた者は、「その代わり仕入れ値は『ちょぼ』っとオマケしてくださいよ、獄卒のダンナがた。もし御入用のときは、虎の皮のフンドシを質にお置きになってもグッと安い利息でお貸ししますから」などと言い。どいつもこいつも「そうなれば地獄にとっても恩恵に」などと己が私利私欲を押し隠し、お為ごかしに数通の願書を奉る。地獄の沙汰も銭次第。まったく抜け目ない世の中である。
亡者を裁く本業に加え、様々な申請や事業計画を捌く閻魔大王には少しの暇もない。そんな折節、獄卒どもが地獄の地の字をつけた高提灯を先立ててひとりの亡者を御前に引っ立ててきた。玉座からはるか見下ろすに亡者は歳のころ二十歳ばかりの坊主で、色の白い痩せた体に手枷首枷を嵌められ、腰の辺りには何やら袱紗に包んだものをくくりつけている。
「この者はいかなる罪であるか。」
大王がお尋ねになると、傍から倶生神…おはようからおやすみまで生者の影について回り、どんな些細な悪事も見逃さず記録する鬼神…が進み出て、
「この坊主は南贍部洲大日本国、江戸に住まう見習い坊主でございましたが、堺町の若女形・瀬川菊之丞という若衆に芯から惚れ込んでしまいまして。彼と逢うために師匠の金を使い込み、それでも足りずに錦の戸帳は古道具市に翻り、行基の作の阿弥陀如来像は質屋へ御来迎。しかし若衆へ入れ上げ過ぎて犯した尻がとうとう割れて座敷牢へ押し込められたのでございますが、どれほど彼を慕っても宇津の山辺のうつつにも夢にも会われぬ甲斐なき我が身。憂い嘆き悲しんで遂には虚しく『あの世』を去ったのでございますが、断末魔の苦しみにも忘れ得ぬのは路考の面影なりと…あ、路考とは瀬川菊之丞の俳号のことでございます。えー…忘れ得ぬのは路考の面影なりとこちらへまでも肌身離さず、えぇ、あの腰にくくりつけた袱紗の中身が鳥居清信が描いた瀬川菊之丞の絵姿で。若気の至りとはいえ、師匠親の目を掠めて働いた悪事はすべてこちらの鉄札に記録してございます。しかしながら大王様、今どきの坊主は表向きは抹香臭い顔で仏に仕えながら、裏では遊女狂いに憂き身をやつし、カモを明神・ネギを神主などと名付けてトリ食う有様。してみれば坊主のオトコ狂いは多少マシな方ですから、剣の山での責一等を減じて彼が好むカマ煎りにしてはいかがでしょう。」
お伺いを立てたが閻魔王は以ての外ご立腹。
「いやいや、マシに見えても決してマシではない。娑婆中あちこち男同士のカップルだらけと聞くが、わしには全く理解ができん。夫婦の道はめしべにおしべが自然の摂理、本来在るべき姿であるのに、同じ男を犯すなど決してあってはならぬことじゃ。ところが唐土では遠い昔から既に男色というものはある。書経では『色を売る童を近づけてはならぬ』と戒め、周の穆王が菊慈童を愛したことから*を『菊座』と呼ぶようになり、余桃の罪で語られる弥子瑕、断袖の故事で知られた董賢、韓愈と親交の深かった孟東野もこういうけしからん輩の類じゃ。また日本においては弘法大師が天竺に渡ったみぎり、流沙川の川上で文殊とアツく契りを結んだことで文殊は『支利』菩薩の号をとり、弘法大師は若衆の祖として汚名を残した。それからというもの熊谷の直実は無官の太夫・敦盛を須磨の浦にてころり転がし『やっそんやっそんなされける』と歌われ、牛若丸は天狗に何からナニを仕込まれて、増賀聖に愛された業平少年、後醍醐帝の阿新、信長の蘭丸…挙げればキリがないわい。その名も高尾の文覚は平維盛が嫡男・六代御前にうつつを抜かし、いらぬ謀反を企てたばかりに頼朝の咎めを受けた。このことから娑婆では悪事が露呈して責を負うことを『尻が来る』と言うようになったのじゃ。痔に効くと有名な但馬の城崎、箱根の底倉へ湯治に行く者が多いのも、みなこの男色があるゆえ。昔は坊主ばかりが男色をもて遊んだからか痔という字は病かんむりに寺と書くが、近頃では坊主も俗人も押しなべてオトコ、オトコと…甚だ以ってけしからん!不埒の至じゃ!これより娑婆世界では男色を禁止するときつく申し渡す!」
と勅命を下された。皆々「はっ」と神妙に承ったが、「お待ちください、大王様」と十王のひとり・輪転王が御前に進み出た。
「勅定にお言葉を返し奉るのは畏れ多いことと存じますが、思うこと口に出さねば腹膨るると思いまして…。仰る通り男色もまた害がないわけではありません。ないわけではありませんが、その害も女色に比べれば至って軽いものでなかなか同列に語れるものではありません。例えば女色はその甘きこと蜜の如く、一方で男色は淡きこと水の如し。無味の味は、一種悟りの境地に至らねばわからぬものでございます。この勅定はつまり、大王様が若衆を嫌うがゆえに酒呑みの餅屋をやめさせたいと仰るようなもの。その上で他所ながら常に聞く、娑婆で評判の絶世の美男子・瀬川菊之丞をせめてこの世の思い出に絵姿だけでも見とうございます。この義だけはどうかお許し願いたく…。」
閻魔大王は不機嫌そうに息を吐き、
「蓼食う虫も好き好きとはその方のことよ。しかしたっての願いじゃ、無碍にはできん。絵図を見たいなら勝手にせよ。しかし俺は若衆なんぞ見たくもないから、絵があるうちは目を瞑っていよう。さぁ、見るなら早くしろ、ほれほれ」
そう言って御目を閉じる。すると獄卒のひとりが、さっそく例の罪人が持っていた絵を柱に掛け…するとどうだろう。
「……ッ!」
清きこと、春柳の若葉に三日月がかかるように。匂い立つような美しさ、有明の霞を纏う桃の花に似て…どれほど言葉を尽くしても言い表せないほどの艶やかさ。人々の目は絵の中の路考に釘付けになり、はっ…と感じ入って感嘆のため息が漏れ聞こえるばかり。
娑婆では本当に美しい人のことを「天から降りてきた天人のよう」などと言うが、それはつまり知らぬ異国の花の香である。常にないから美しく見えるのだ。しかしこの国の極楽においては、天人など凧揚げの凧のようにあっちこつちに飛んでいるから美しいとも思わない。天人など路考と比べたら閻魔王の冠と餓鬼の褌ほどの差がある。聞きしに勝る路考の姿、昔も今もこれほど美しい人は見たことがない…と十王をはじめとして、閻魔王の傍らに侍る人頭幢の見目という生首は目玉を爛々と光らせ、もう一つの生首・嗅鼻は鼻をふんふんといからせ、居合わせた牛頭に馬頭、獣頭の鬼までも角を振り立てモウモウぶるると感嘆の声は止まず。すると暗闇の中で聞いていた閻魔大王もだんだんと外の様子が気になってきて、そっと天岩戸を開いて路考の絵姿をご覧じたところ…
「………」
ずるずるずる…ドスン!
この上なく艶やかなその絵姿にはっと心を動かされ、蓼食う虫と嗤っていた余裕はどこへやら、ただ茫然と空蝉の裳抜けのようになって玉座から転がり落ちてしまわれた。
「大王様!」「お気を確かに、大王様」皆が慌てて助け起こすと、大王もようやく正体がついた様子でほっとひとつため息をついた。
「…方々の目の前でまったく面目も立たぬことであるが、この雅やかな絵姿についくらっと来てしまった。まったく…『名にめでて折れるばかりばかりぞ女郎花われ落ちにきと人に語るな』という遍昭の歌のような情けない振る舞いじゃが…しかしよくよく考えてみるに古より美人と謳われた者は数え切れぬほどいるが、その中にも路考と肩を並べるほどの美人はおらん。西施のまなじり、小町の眉、楊貴妃の唇、かぐや姫の鼻筋、飛燕の腰つき、衣通姫の着こなし…すべてひっくるめたこの姿…!桐は大名の奥方様、山ゆりは娘盛りの撫子のーーなどと言うのは十人並。月にも花にも菩薩にも、路考に勝る者があるとは到底思えん。まして唐・日本の地にこれほどの美人が今一度生を受けることなど決してないじゃろう…そうじゃ、わしは今日を限りに冥府の王位なんぞ捨てる!娑婆へ飛び出してこの者と枕を交わすのじゃッ!この想いを遂げられないなら、王位の貴さなどナンボのもんじゃいッ!」
「お待ちをッ!」
夢見るような目を爛々と輝かせ、恋のお熱に浮かされ飛び出さんとする閻魔王の袖を、走り出てはっしと掴んだのは宗帝王であった。苦りきった
「何をやっていらっしゃるんですか、しっかりしてください!たった一人の色に溺れ、この冥府の王位を捨てて娑婆に出て人間として生きようなどど…地獄極楽の政を執るものがいなくなり、善悪を正すところがなくなれば、この三千世界の衆生はいったい何をしるべに生ろというのですか。あなたのような貴き御身が野郎買いと成り果ててしまわれたら、極楽に満ち満ちたる金の砂は忽ち堺町で使い果たし、それでも推し足りないもっと会いたい、わしは金のなる木がほしいと後悔する頃には、極楽のボスたる釈迦如来の黄金の肌まで鋳潰してリサイクルショップに売り払われ、地蔵菩薩は悪ガキどもに小突かれる乞食坊主に落ちぶれ、迦陵頻伽は両国橋の見せ物小屋で見せ物になり、天女は女衒の手に渡り、三途の川の奪衣婆は辻で洗濯糊を売る行商人に、門を守る仁王は庶民相手に駕籠をかくハメになりましょう。そうなれば地獄も極楽も破滅ですよ、普通に考えてわかるでしょう。貴方様はそんなこともわからないお年頃ではないでしょう…そもそもですね、例え今風に蝙蝠羽織に長脇差、本田髷に結って銀煙管を片手に…なんてイケメンぶって男娼買いに見せ掛けても、ジャ⚪︎ーズ気取りの鬼瓦がモテるとお思いですか、大王様はとてもおモテになる顔ではございません。昔、海老蔵が芝居で貴方様のお姿を真似たときでさえ娑婆の者たちは恐れ慄いたというのに、そのお姿でぶらぶらしていたらヤベー奴だと召し取られて事情聴取される事態になりましょう。身元確認のときに『身元保証人は釈迦如来、世話役は大日如来』などと言ったところで、そうだと証言してくれる者もおりませんから無縁法界の無宿人グループに入れられて憂き目を見ることになるのはわかりきっています。ここまで言ってもご納得いただけないのでしたら、この宗帝王…閻魔大の王御前にて腹を掻っ捌いて死にまするッ!さぁ、ご返答をッ!」
宗帝王が必死の剣幕でお諌めするそこへ、今度は平等王がしずしずと立ち出でて、
「宗帝王の諫言は、紂王を諌めて胸を裂かれた比干、諫言を聞き入れられず目をくり抜いて自死した呉子胥、同じく義仲を諌めて腹を切った越後忠太にもおさおさ劣らぬ忠臣の姿ですが、日頃から御片意地の大王様は一度言い出したら聞かない御気質…茶碗一杯の水で燃え盛る火車の火を消すことはできませんよ。いかにお諌めしても馬耳東風、牛の角に蜂とやらで、さして御為にもなりません。奈良山の児の手柏の二面ー男と女、二つの顔を持つ美しい路考の姿に一目惚れして、この冥府をお捨てになろうなどというのは世のバカ息子の了見。地獄極楽の主たる大王様の智とは思えません。是が非でも路考が欲しいとお望みであれば、使者を遣わし路考を捕まえて連れて来ればよろしいではありませんか。王が寵姫をお召しになるのですから何の問題がありしょう。どうです、皆さん。」
そう言って見回すと、一座の人々も口を揃えて「平等王の仰る通りだ」と言い、しょげかえっていた王も「なるほど確かに…」と頷く。それでは誰を捕まえにいかせようかという議題になると泰山王が手を挙げた。
「そうはいっても人間は寿命を終えなければこちらへ来られない決まりです。誰か、定業帳を持って来てくれたまえ。路考の寿命を確認しましょう。」
取り寄せた定業帳をペラペラとめくった泰山王は、
「…えぇと、役者、役者と…。宝暦十二年霜月、佐野川市松。宝暦十三年七月、中村助五郎、腫物にて死亡……菊之丞が寿命を迎える予定はありませんね。それにたとえ使者を遣わされたとしても、かの国には伊勢の神、八幡神をはじめ大勢の神がおりますし、菊之丞のバックには氏神である王子稲荷などという食えない手合いもおりますから、いわばこの世界をも眼下に見下ろすおっかない『親父様がた』がガッチリ守護しているようなものです。表立って使者を送るのはなかなか難しいのではないでしょうか。いかがいたしましょう。」
そう言うと、今度は初江王が進み出て、
「なに、簡単なことではありませんか。愛宕の坊太郎天狗・比良山の次郎坊天狗などに申しつければ、すぐにでもパッと引っ掴んで連れてきますよ。誰ぞ、天狗どもを召しよせよ!」
「あいや、お待ちください。」
さっそく役人に指示しようとする初江王を押し止めた五官王は、
「いやいや、天狗はいけません。容赦を知らない天狗どもですから力任せに引っ掴んで傷をつけてしまうやもしれません、そうなっては後の祭り。それよりは疫病神を使うのが近道ではないですか。」
と言うが、それには変生王が首を振り、
「いやいや、疫病神といえども一二の三で死んデレラと簡単に殺すことはできませんよ。ジワジワ病に蝕まれていくのを待つなど、それでなくても大王様はお待ちかねなんですから疫病神はいただけません。それよりもっと近道は医者ですよ。世の中に溢れる医者どもに申しつければ、一服盛って試合終了です。疫病神など足元にも及びません。使者の役は医者に申しつけましょう。」
この提案には皆うんうん頷き、「これまでよく殺してきた医者は誰だろうか」と詮議に入ったが、
「よく殺す医者といっても色々ですからね。だいたい知識不足のヤブは、怖がって効き目の強い薬を飲ませません。何を診せても六君子湯や益気湯のような胃腸薬の類を、それも一服の量を半分か七分目に減らして処方するのですから、薬と言いつつちょっと味がついた白湯のようなもの。まぁ、要するにケチった薬と代金の差分で余計に謝礼をせしめようと言うやり口で。そういう医者は毒にも薬にもならんものを与えてじわじわ干殺すのは格別得意だが、スパッと殺すことはできないでしょう。中途半端に知識のある医者がいいのでは?人を殺すのが奴らの商売ですから、一服でもバチっと験がありますよ。」
と誰かが言えば、閻魔大王はしばらく考えてから首を振る。
「…いやいや、近頃の医者どもはツギハギした医学を詰め込んだだけの穴だらけの知識のくせに、傷寒論の講演会を通りいっぺん聞くか聞かないかという程度で自分は古方医家だ儒医だと名乗って名医ぶり、病は診られず薬は覚えず、みだりに石膏・芒硝などという強力な解熱剤や下剤を飲ませて患者を死なせるために、医者の手にかかってこちらへ来る者はみな真っ青な顔で痩せ衰えて、本物の地獄から火を貰いにきたというような寒々しい姿じゃ。これは皆、近頃の医者どもが己の不見識も顧みず、自分を仲景・孫思邈・張子和などと同列の名医だと思い込んで犯した猿真似のせいよ。わしのかぁいい路考ちゃんが薬毒に中って死んだらば、あの花の姿も痩せ衰えて箸に目鼻がついたような悲惨な姿になってしまう。それではここへ呼んでも詮方ない。どうか五体満足にここへ召し寄せ、そして熱くアツい枕を交わし娑婆と冥土の寝物語…あぁ!運命の赤い糸と糸とを結びつけ、日の本の若衆の肌にこの手で触れてみたい!どうか富楼那の弁舌・舎利弗の智慧、目連の神通力を借りてでも一刻も早く呼び寄せて、わしの想いを晴らさせておくれ…」
しおしおと萎れて言えば、さすがの十王たちも手立てがなく「もはや我々の知恵ではどうにもなりません。この上は修羅道へ使いを立て、太公望に孔明、韓信、張良、孫子に呉子、清原武則、源義経、楠木正成、山本勘助、その他の軍師どもを召してもう一度ご評議を…」と申し上げると、末席から「申し上げます」と。やたら赤い顔の、鏡のように輝く目に耳まで裂けた口をして、首はあっても体がない異形の者が進み出た。見ればそれは、人の一生を見届けて閻魔帳に記す監視役・人頭幢の見目という鬼であった。見目は杖の体をくねくねくねらせ閻魔大王の前に進み出て、
「皆様のご評議はまことにご尤もでございまするが、これしきのことに修羅道へ人を遣わして軍師どもを召されるなど、この界の恥辱でいうもの。その上彼らの灰色の脳細胞を以ってして此方の考えを見透かされてしまえば、どんな謀略をなすかわかったものではありません。源平の兵どもが謀反を起こした小夜嵐の騒動以降、太平の地獄界が再び戦乱となるならば上は大王様、下は獄卒に至るまでの難儀になりましょう。軍師どもをお召しになるのは絶対にいけません。そこで私から奏上すべきことが。私は人間のそばにいて彼らの善悪を正すのが役目でございますから、人々が心に思い浮かべること、彼らの考えも手に取るようにわかりまする。……菊之丞や他の役者どもはどうやら船遊びをしようと考えているようでございます。この機に乗じて謀をなせば、どうして手に入れられぬことがありましょう。」
この言葉に閻魔大王はぱっと顔を輝かせ、
「これは物怪の幸いじゃ!水辺のことならば急ぎ竜宮城へ使いを立て、龍王を呼び寄せよ!」
「ははぁ!畏まりました。」
と数多いる鬼の中から足疾鬼という、瞬く間に千里行って千里戻る地獄の速達便に申しつけると、間もなく八大龍王の総大将・難陀龍王が参内されましたと先触れの声。頭に金色の龍を戴き、瑪瑙の冠に瑠璃の纓を垂らし、珊瑚琥珀を飾った石帯を締め、瑠璃の杓を持ち鼈甲の沓を履き、異形異類の鱗どもを大勢供に連れ、難陀龍王は御階の下にひれ伏した。彼を遥かに見下ろして、
「久しいな、龍王よ。このたび貴殿を呼んだのは仕事の話ではないのだ。この大王、恥ずかしながら南贍部洲日本の地に住まう瀬川菊之丞という美少年に心を奪われてしまってのう。この者を手に入れようとあれこれ詮議した結果、菊之丞は近々船遊びに出掛けるということがわかった。水の中は貴殿の領分なれば貴殿はこの者を召し捕らえ、この閻魔大王に献上せよ。」
とお命じになった。龍王は恐れ入った様子で、
「勅定の趣、すべて承りました。我が配下の者どもには鰐、鮫を始めとして、河童、川獺、海坊主など。人を獲ることに精通した者どもが大勢おります。この者どもに申し付けすぐに召し捕り差し上げて、宸襟を休め奉りましょう。」
と事もなげに答える。これには大王もたいそうお悦びになって、
「それでは菊之丞が来るまでわしは奥の殿に引き籠り、天人に三味線でも弾かせて心を慰めていよう。その間に罪人どもが来たら、罪の軽い者は追い返し、重い者はとりあえず六道の辻の拘置所へぶち込んでおけ。それからさっきの坊主めは、菊之丞に入れ上げたこと最初こそ頭に来たが、わしの心に比べれば若い者にはありがちなことよ。再び娑婆に返すように。しかしこれ以降、菊之丞を買うことは堅く禁ずる。弁蔵、松助、菊次などの女形や若衆を始めとして、湯島や神明前の男色楼に至るまで他の若衆を買うならば許可する。」
と勅定を下されるやさっと御簾が下げられ、龍王は竜宮城へ帰り、その他十王や鬼たちも退出するのであった。
根南志具佐 一之巻 終わり
