【堤中納言物語】虫めづる姫
公開 2024/05/21 12:09
最終更新 2024/05/23 18:36
世の中に蝶を愛でる姫君がいる傍ら、按察使の大納言殿のご令嬢は大変…ある意味で…奥ゆかしく、何もかも並々ならぬ娘御であられた。それ故にご両親はそれはそれは手塩に掛けて大切に育てていらしたのである。
この姫君の言うことには、
「誰も彼もどうして花や蝶みたいな『ひととき』ばかり愛でるのかしら。人間は『真理』という観念を持っているのだから、物事の本質を紐解くことこそ本意というものよ。」
…とのことで。薄気味悪い虫をあれこれ採集しては「この虫が成虫に変化するまでを観察するの。」と、これまた様々な虫籠に入れて眺めているのである。なかでも、
「毛虫は思慮深良げなところが堪らないわ。」
そう仰って朝な夕な、下働きの下女よろしく前髪を耳にかけて、手の平に這わせた毛虫を愛おしげに見つめているのである。しかし姫君に仕える女房たちは、姫の手を這う毛虫に右往左往するばかり。触るどころか見ただけで悲鳴を上げて逃げ回るのである。そんな訳で、姫君は虫などへっちゃらな賎しい男童をわざわざ雇い入れて虫の世話を手伝わせていた。姫君は男童の手に毛虫を乗せて「これは何という名前の虫なの?」と尋ね、見たことがない虫には新しい名前をつけて虫の飼育に興じていた。
またこの姫君は、
「誰も彼も自分をよく見せようとするところが良くないわ。」
そう言って眉の手入れなど一切せず、お歯黒は鬱陶しいだのみっともないだのと言って嫌がり全くつけようともしない。そうして抜けるように白い素肌に笑みを浮かべて、朝な夕な手のひらに載せた毛虫を愛でるのである。女房たちが悲鳴を上げて飛び退こうものなら、姫君は「まぁ、なんて騒ぎなの。だらしないったら。」とゲジゲジ眉を寄せて睨むものだから、侍女たちはますます生きた心地もしないのだった。
姫君の両親たちは常日頃から「どうしてうちの娘はこうも変わり者なのか」とお思いになっていたが、「きっとあの子なりに何か信念があるんだろう。…私たちには理解出来ないが。あの子の考えはとても思慮深く、受け答えを聞けば立派なものだ。」とヘンテコな娘にそれでも感心していた。
「しかしなぁ…いかんせん外聞がよくない。世の姫君というものは、見目良いものを愛でるものだ。気味悪い毛虫を飼育しているなどと噂になったらお前の縁談だって…」
と苦言を呈したが、姫は気にする素振りもなく「あら、何か問題が?」と首を傾げた。
「森羅万象どんなものにも、『そうなった理由』があるのです。わかりきったことですわ、毛虫だっていずれ蝶になるのですよ。それにこれをご覧ください。」
そう言って、蚕が這い出た空っぽの繭を両親の前に差し出した。
「私たちが着ているこの衣だって、蚕がまだ羽根もつかぬ蛹のうちに糸を剥いで作られるのです。誰も彼も蚕のうちは有難がって世話をするのに、羽化したらまるで見向きもしないではありませんか。」
良いも悪いも人間の主観に過ぎず、物事の本質を見ずして外見に振り回されるのは愚かしいこと。そう理路整然と返されれば両親はぐうの音も出ず…まったく情けないことである。とはいえ流石の姫君もそれ以上親に反抗することはなかったが、「『鬼と女は見えないのがいい』というわけね…なるほど。」と何やら思い付いたようで。母屋の簾を少し巻き上げて、内の様子が透けないよう几帳で囲い「これで外からは見えないから安心ね!」と胸を張った。この顛末を聞いた歳若い女房たちは、みな一様に(ちがう、そうじゃない)と心の中で思っただろう。
「えらく得意げに言ってるけど、何考えてるのかしら、ウチの毛虫オタク様は。見えなくなっただけで何も変わってないじゃない。誰かこの御屋敷に蝶を愛でる姫にお仕えしてる人いる?」
『誰が何を言っても聞く耳持たないんだから付き合いきれないわよ。私も毛虫みたいに耳も目も塞いでなーんにもしたくないわ!』と兵衛という女房が言うと、
『ほんとソレ。よその御屋敷じゃお花みたいな姫君が蝶のような公達と素敵な恋をしてるってのに、何が悲しくて雑草みたいな姫と毛虫の戯れなんて見なきゃいけないのかしら…あーあ、他所の女房が羨ましい!』
と小大輔という女房が笑う。
「うふふ…辛辣ぅ(笑)てかウチの姫ったら、眉毛なんて毛虫を乗っけたみたいよね…今にも這い出しそう。さては葉茎(歯茎)もかじられて皮が剥けてるんじゃない?」
だからお歯黒も嫌がるのよーと左近という侍女も意地悪く笑い、
「『あれなら冬が来てもへっちゃらね。額の辺りなんか毛虫みたいにフッサフサでぬくぬくしてそうだもの。』…わざわざ着物なんか被らなくたって平気なんじゃなーい?」
と言う。ニヤニヤくすくす…若い女房たちが主人の悪口に興じていると口煩い年長の女房がこれを聞きとがめて、まぁ、貴方たちなんてことを仰るんです!と眉を釣り上げた。
「蝶を愛でる姫君なんて素晴らしくもなんともありませんよ、どこにでもいるじゃありませんか。さてでは毛虫を並べて『これが蝶だ』と言う姫君が他にいますか。姫様は毛虫が殻を脱いで蝶になる、その過程を観察していらっしゃるのですよ。それこそ思慮深いというものではありませんか。そもそもねぇ、蝶を捕えれば手に鱗粉がついて汚れるし、祟られて熱病を患うって言うじゃありませんか。おぉいやだ、くわばらくわばら…」
などと言って諌めたが、何あれ…私たちの苦労も知らないで…と却って女房たちはイライラを募らせ文句を言い合うのだった。

姫が雇った男童どもは、高価なものや彼らが欲しがるものを賜る代わりに様々な気持ち悪い虫どもを姫に献上した。時には「毛虫はモサモサしてるところは優雅で好きだけど、見分けがつかないのが難点ね。」と姫が言うので、カマキリやカタツムリなどを集めてくることもある。そうして集めたカマキリやカタツムリを眺めては、姫君は男童たちに歌を歌わせたり、どんな虫なのか解説させたり。時には自分も声を張り上げて、
「♪カータツムリーカタツムリーどうして角でかけっこするのー」
などと歌うこともある。童どもの名前は「これ」とか「そこの」ではあんまり味気ないので、姫君はそれぞれ「けらお」「ひきまろ」「いなかたち」「いなごまろ」「あまひこ」…など虫の名前をつけて呼び、目をかけて召し使っていた。
さてそんな気楽な日々を送っていた姫君であるが、いくら隠してもどこからか噂は漏れるもの。あの屋敷の姫は男童どもに虫を献上させて褒美を下しているらしい…と巷で囁かれるようになってしまった。口さがない連中があれやこれやと言うなか、ある青年貴族が「よし、では俺が確かめてやろうじゃないか」と名乗りを挙げた。青年はさる公達のご子息で、チャーミングな顔立ちに血気盛んで物怖じしない気性の…ひと言で言えばクソガキ気質の青年である。
「毛虫を愛玩してる姫君ねぇ…しかしさすがにこういうのはビビるだろう。」
彼は仕掛けを施した懸け守に文を携えて、按察使の大納言殿の屋敷を訪れ、「こちらを姫君に」と何食わぬ顔で差し出した。
「へぇ、どなたからかしら…あら?何だかやけに重いわね」
受け取った姫君が懸け袋の片方を引き開けると、ひょこっ!と蛇が顔を出したものだから、お傍に仕えていた女房たちは腰を浮かせて悲鳴を上げた。
へび…!へびが!
女房達がぎゃあぎゃあ大騒ぎする一方で、姫君は落ち着き払った様子で南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…と神妙に手を合わせた。
「き、きっと前世で私の親であった人がこうして蛇の姿で現れたのでしょう。お前たち、そう騒がないでちょうだいな。」
などと声を震わせ、
「あぁ父上…随分軽くなられて…。こんな優美な姿に生まれ変わったのも御仏とのご縁があってこそ…」
と呟いて、あろうことか愛おしげに蛇を抱き寄せた。……しかし毛虫はへっちゃらな姫君もさすがに蛇は恐ろしかったのだろう。
「……っ!」
ぼとっと膝に蛇がしたたり落ちるや、姫君は声にならない悲鳴を上げ、ばっと飛び退いた。飛び上がりけつま転び、ドタバタ袖を振り回して逃げ惑う。毛虫を愛でる姫君が、まるで籠の中で羽ばたく蝶のようである。
姫君の動向を固唾を飲んで見守っていた女房たちは、主人の取り乱しように一斉に局を飛び出した。
「やだもう、何なのよ!あぁ怖かった!」
「怖かったけど…姫様のあの顔!笑いすぎてお腹痛い…!」
局を飛び出し一息つくと、怖さを通り越してわっと笑いが込上げる。女房たちは堪えきれず噴き出し、息も絶え絶え笑っていると騒ぎの顛末は大殿の耳にも入ったらしい。
「蛇だと?なんという呆れた者たちだ、まったく!蛇が出たのを見ていながら、誰も彼も姫を置いて逃げ出すとは!」
父君は太刀を引っ掴んで走り出し、姫の局へ駆けつけた。
「ち、ちちうえ…」
「……これは、」
投げ出された懸け袋をよく見てみれば、なんのことはない。懸け袋から飛び出した蛇は、革帯の端の細工部分に精巧な蛇の顔を施したものであった。恐らくバネのように曲げ畳んで、懸け袋を開けた瞬間に顔を出すよう押し込んでいたのだろう。
「これは本物の蛇ではなくて、よく出来た作り物だ。はぁ…よくもまあ、手の込んだことをしたものだ。」
「つ、つくりもの…?」
「見てごらん、この歌を。姫が喜んで褒めると思ってこんな細工をしたのだろう。やれやれ…とんだ悪戯者だ。さっさと返事を返してしまいなさい。」
そう言って、父君は呆れ顔で局を出て行った。結びつけられていた歌を見てみれば、
『這う這うの態ではあるけれど、あなたのお傍に、あなたのお心に従いましょう。何せ身も心も長ーーーーーい我が身ですから』…とある。
「何よこれ!ひとを馬鹿にして!ごめんで済めば検非違使はいらないのよ!」
作り物の蛇だと聞いた一同は大いに憤慨したが、「…とはいえ、お返事を返さなきゃこちらが無調法になってしまうし…」と苦虫を噛み潰した顔で筆をとった。姫はまだかな文字の手習い中であったからカタカナで、
『アナタ ト ワタシ、ミエザル エン デ ムスバレテイレバ、イツカ ジョウド デ アイマミエルコトモ アリショウ。ナガイ オンミ ノ ママデハ、ワタシ ノ テ 二ハ アマリマス。ドウカ ホトケ ノ テノヒラ デ ソノヒ ガ クルノヲ オマチ クダサイ。』
と…つまり「ヘビとかマジ無理」「いつかどこかでお会いできたらいいですわね、来世とか。知らんけど。」という気持ちを敢えてゴワゴワバリバリの紙に書き付けて、渾身の「お断りだボケェ!」を叩きつけたのであった。

この返歌をクソガ公達から見せられた右馬の佐は、「何だこれは…紙から歌から筆遣いから、こんなトンチキな返歌は見たことがない」と驚くやら呆れるやら。しかしウワサの虫を愛好する姫君は、やっぱり姫君らしからぬ『おもしれー女』らしい。いくつも浮名を流した右馬の佐も、興味をそそられたようで。友人である中将の君に声をかけ、二人で例のヘンテコな姫君の顔を盗み見に行こうと決まった。しかし先のことがあるから、男の姿では警戒されるかもしれない。二人はそれぞれ賎しい女に変装して按察使の大納言殿の屋敷を訪れた。
按察使の大納言殿が出かける頃を見計らって二人は北へ入り込み、姫君の部屋がある対の立て蔀の傍に身を潜める。姫君がいる方をそっと覗くと、平凡な男童がぼーっと庭木を見上げながら歩いていた。しばらく様子を窺っていると男童が「おっ」と声を上げた。
「この木に這ってるなァどれもおもしれぇヤツだなァ。おぉい、姫様ァ!こいつを見てくだせぇ!」
男童は躊躇いもなく簾をガバッと持ち上げて「すっげぇおもしれぇ毛虫がいますぜ。」と呼びかける。すると簾の内から利発そうな声で「まぁ、いいじゃない。こっちへ持って来なさい」と返事がある。
「どれかなんて選べねぇですよ。いいからこれ、見てくださいって!」
男童が再び呼びかけるとパタパタと近づく軽い足音がして、バッと簾を押し開かれる。顔を出したのはおでこに衣を巻いて前髪をかき上げた娘であった。
(……はぁ、)
騒々しい所作はじめ、その娘は姫君らしからぬ娘であった。下ろしていれば清々と美しいだろうに、きちんと櫛を通していないらしい髪は縺れ絡まり、抜けるような白い顔に黒々と眉毛が鎮座している。いかにも化粧っ気のない芋くさいナリだが、その眉の黒さが白い肌に映えて却って美しいとさえ思える。口元もぷっくりと愛らしく楚々とした美しさを湛えているのに、そこから覗く白い歯のせいでどうにもチグハグな…もどかしい印象であった。
(きちんと身繕いして化粧をしたら、きっと清々と美しい姫君だろうに。あぁ…勿体ないなぁ…。)
右馬の佐は声を潜めて唸った。
もっとよく毛虫を見ようと思ったのだろう。行儀悪く簾を押し開けて出てきた姫君の格好もまた奇天烈であった。年寄りじみたクリーム色の模様織りの袿に、キリギリス柄の小袿を重ね、わざわざ男が着るような白い袴を履いて…上から下まで姫らしからぬ装いである。ところがこれほどおかしな装いであるのに、右馬の佐も中将の君も眉を顰めるような気持ちにはならなかった。むしろ奇妙ではあるけれど目が覚めるような気高さ、晴れやかささえ感じる。それゆえにあらためて「あぁ、本当にもったいないなぁ…」と二人はしみじみ思ったのだった。
さて簀子へ進み出た姫君は、「わぁ、素敵!」と童が示す木を見上げて嬉しそうに笑った。
「きっと日差しに炙られてこっちへ逃げてきたのでしょうねぇ…これ、童!一匹残らず捕まえていらっしゃい。」
「へい、姫様。」
男童が枝でつつくと、はらはらと毛虫が落ちていく。嬉しそうに見守る姫君はこれまた男物の白い蝙蝠扇を懐から差し出して、
「毛虫を拾ってこちらへ」
と言いつける。男童がせっせと毛虫を拾い上げるその扇を見てみれば、姫君の本名らしい名前が文字通り毛虫が這うような汚い字で書かれていた。
これを見ている右馬の佐も中将の君も「何とまぁ…ひどい有様だが、姫の顔に真名まで見られたのは大収穫だ。こんな格好で潜入した甲斐があったな」とほくほく顔で眺めていたのだが。ひとりの童がふっと男たちの方を振り返り簾の傍へ駆け寄った。
「侍女のネエさん、あすこの立て蔀の影に誰か立ってますぜ。庶民の女みてぇなカッコしてるけど、どっかの公達じゃねぇかな。」
まぁ、なんてこと!報告を聞いた大輔の君は血相を変え「姫様ったら、いま毛虫を取りに簾の外へ出ておいでじゃないの!早くお伝えしなきゃ」と慌てて姫の方へと進み寄った。
「……姫様、姫様…、簾の中へお戻りください。丸見えですよ…!」
姫は例によって簾の外、毛虫毛虫とはしゃいで払い落とさせている。虫が怖くて近付けない大輔の君が遠巻きに呼びかけるが、姫はフンと鼻を鳴らした。どうせ毛虫集めを止めさせようとして言っているんでしょ、と思ったらしい。
「うるさいわねぇ、誰も見てなんかいないわよ。」
「まぁ、ひどい!私が嘘を言ってるとおっしゃるんですか?…あそこの立て蔀の影に立派な公達が立っているんですよ。虫は奥に入ってご覧になってくださいませ。」
大輔の君がせっつくと、姫は「けらを、」とひとりの童を呼び「あの立て蔀に誰かいるか見ておいで」と言い付ける。右馬の佐たちのほうを覗き込んだ童が「確かにいましたです」と言うと、姫はパッと立ち上がり、拾い集めた毛虫を袖に突っ込んで簾の中へ飛び込んだ。
「…バレたかな。しかし…ふーん…。」
所作や手入れの不備は兎も角、袿ほどもある長い髪が床を滑る様はなかなかに美しい。
(もったいないなぁ…その辺に転がってる平凡な姫だって、それなりに装って、それなりに振る舞えばそこそこ美しく見えると言うのに。てんで垢抜けないトンチキな格好だが、素顔は気高く、美しい。きちんと装えば玉のように光るだろうに…あぁ、あんな趣味じゃなければなぁ。何がどうなればあんな気色悪いなんぞ愛ようと思うんだ意味がわからん…。)
とんでもなく変な女だが、あの美しさは諦めきれない。
(このまま帰ってそれっきり…では終わりたくない。せめて俺の想いだけでも知らせたい。)
右馬の佐は懐から畳紙を出し、手折った草を筆に、草の汁を墨にして、
『こうして毛虫の黒々とした毛並みを眺めるよりも、この手で触れてじっくり見つめてみたいものですよ。ねぇ、姫君?』
と書き付けた。パンパンと扇を鳴らし、出てきた童に「これを姫君に差し上げろ。」と手渡し「さて、どんな返事が来るかな」と中将の君と見合わせた。
童から文を受け取った大輔の君はさっそく「先ほどあの立蔀のあたりにいらっしゃった方が、姫様へお文が届きましたよ。」と虫に興じる姫君へ文を手渡しつつ、
「あぁ、なんてこと!きっとプレイボーイと評判の右馬の佐様の仕業ですよ、姫様。よりによって気持ち悪い虫を取り集めているところを見られたのですわ…」
眉を顰めて苦言を呈するが、文に目を通した姫君はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「……考えてみたら、コソコソ隠れることなんかなかったわね。人は夢幻の世を蝶のようにふわふわ漂い、誰かの袖に留まってはろくでもないものも見、素晴らしいものも見、あれこれ好き勝手に思うものなのだから。」
「……。」
そうでしょ、大輔の君。と、そう言われてはぐうの音も出ず。日頃から悪口を言い合っていた若い女房たちは皆、苦虫を噛み潰したような顔で俯いた。
さて右馬の佐と中将の君は返事はまだかとしばらく待っていたが、屋敷の者は童どもさえ呼び入れて一切無視の構えである。
「おいおい、まさか返事もないなんてあんまりじゃないか…。」と言い合っていると、女房たちの中には気のつく者もあったらしい。返事のひとつもないのはさすがに気の毒に思われて、文を代筆して男たちに届けさせた。
『まだ世の中を知らない、毛虫のような幼い我が身です。キチンと求婚してくだったなら、この私の想いもキチンとお伝えしますのに。』
右馬の佐は中将の君にこれを見せ、
「残念…どうやら脈ナシらしいですよ。しかし『こちらに仕える女房たちは、姫君のゲジゲジ眉の毛先にも及ばないらしい。』…平々凡々、つまんねー女しかおりませんな。」
そう言って、からから笑いながら帰ったのだそうな。
二巻に続く。
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
最近の記事
【風来山人】根南志具佐 二之巻(茸)後
さてそんな有象無象が入り混じるドブの中にも、蓮葉(はちすば)の濁りに染まぬ玉の姿…瀬川菊之丞と呼ばれる若女形がいた。この…
2026/02/03 00:06
【風来山人】根南志具佐 二之巻(茸)中
さてまた同じく神代には山幸彦こと彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)が興行主となり、兄の海幸彦こと火酢芹命(ほのすそり…
2026/02/03 00:04
【風来山人】根南志具佐 二之巻(茸)前
そもそも芝居のはじまりを紐解いてみれば、地神五代の始めまで遡る。そのころ日の本は高天原から天下りたもうた天照大御神が治…
2026/02/03 00:01
徒然草(茸) 序〜10
序段 退屈で物寂しい日々の手慰みに、硯に向かい、心に浮かんでは消えるあれこれをつらつら書きつけていると、自分でも驚くほ…
2025/09/11 00:37
【風来山人】根南志具佐(茸)後
聞きしに勝る路考の姿、昔も今もこれほど美しい人は見たことがない…と十王をはじめとして、閻魔王の傍らに侍る人頭幢の見目とい…
2025/05/11 21:38
【風来山人】根南志具佐(茸)中
亡者を裁く本業に加え、様々な申請や事業計画を捌く閻魔大王には少しの暇もない。そんな折節、獄卒どもが地獄の地の字をつけた…
2025/05/11 21:35
【風来山人】根南志具佐(茸)前
根南志具佐一之巻 「公河を渡ることなかれ、公ついに河を渡る。河に堕ちて死す、まさに公をいかんすべき」と詩に詠まれたの…
2025/05/11 21:33
【風来山人】根南志具佐(茸)自序
自序 唐人の陳粉看(ちんぷんかん)、天竺のオンベラボウ、オランダのスッペラポン、朝鮮のムチャリクチャリ、京の男は「あ…
2025/05/11 21:26
おしながき(古典文学)
現在、公開している現代語訳の一覧です。 ※現代語訳して小説化しているものです。かなり私の主観が強い解釈ですので、ご了承く…
2025/04/06 12:02
おしながき(文語体)
文語体を口語訳したもの *** ●妖怪報告…井上円了の「妖怪報告」よりアヤシイ話を抜粋。 【妖怪報告】霊魂は幽明の間…
2025/04/06 12:02
【撰集抄】西行於高野奥造人事
これは同じ頃、高野山の奥に住んでいた西行法師の話である。 西行には懇意にしている友がいた。月が美しい夜には橋の上で落ち…
2025/04/06 00:53
椒圖志異/魔魅及天狗 編②
22. 桜町天皇が元文五年に比叡山の西塔釈迦堂の御修理をなされたが、修理の指揮を取る奉行は江川信楽の代官・多羅尾四郎左衛…
2025/01/19 20:24
椒圖志異/魔魅及天狗 編①
魔魅及天狗 1.異形の顔 堀田何某公の家中に何とかの久兵衛という者がいた。久兵衛は役所へ出仕して政務を行っていたが、一…
2025/01/19 20:18
【平家公達草紙】かたのまもり
高倉院の御代では、中宮様に仕える女房たちは折々風流を凝らしたかたのまもりを競って仕立て、身に付けていました。近習の女房…
2025/01/01 13:37
【雑談】崇徳院の御遺詠
讃岐で崩御された後、藤原俊成へ届けられた崇徳院の御宸筆。雨月物語「白峯」を読むにあたり、この長歌がベースにあると思い解…
2024/12/31 16:47
【平家公達草紙】内裏近き火
安元の御賀の華やかさは、今さら言うまでもありませんね。またあのころ内裏で開かれた宴の数々、些細な出来事につけても、心惹…
2024/12/31 16:46
【平家公達草紙】花影の鞠
治承二年の三月ごろだったでしょうか。少将であった私…隆房は内裏を辞した夕方、内大臣の小松殿…重盛殿の御屋敷へ伺いました。 …
2024/11/27 21:39
【平家公達草紙】青海波
安元二年、法住寺殿で行われた安元の御賀でのことでした。三日に渡って行われた祝賀の後宴にて、当時、右大将であられた重盛殿…
2024/11/24 12:55
椒圖志異/怪例及妖異 編
芥川龍之介の怪談集「椒圖志異」を口語訳したものです。まだ続きます。 *** 1.上杉家の怪例 桜田屋敷と呼ばれた上杉…
2024/10/18 17:26
【妖怪報告】霊魂は幽明の間に通ずるものか【井上円了】
※井上円了「妖怪報告」https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49274.html より、奇妙な夢の話を抜粋し、まいたけがいい加…
2024/10/08 22:47
もっと見る
タグ
伊勢物語(茸)(125)
古今著聞集(茸)(35)
宇治拾遺物語(茸)(15)
閑吟集(茸)(8)
ごぉるでんでぇもん(7)
今昔物語集(茸)(7)
北越雪譜(茸)(7)
平家公達草紙(茸)(7)
江談抄(茸)(5)
堤中納言物語(茸)(4)
根南志具佐(茸)(4)
宗安小歌集(茸)(3)
根南志具佐(3)
椒圖志異(茸)(3)
風来山人(3)
中外抄(茸)(2)
徒然草(茸)(2)
篁物語(茸)(2)
雑談(2)
オカルト(1)
おしながき(1)
メモ(1)
富家語(茸)(1)
崇徳院御遺詠(1)
撰集抄(茸)(1)
紫式部集(茸)(1)
雨月物語(茸)(1)
もっと見る