紫式部集(茸)
公開 2024/02/11 15:49
最終更新
2024/02/11 15:49
※岩波文庫「紫式部集 付 大弐三位集・藤原惟規集」南波浩校注を訳したものです。
※未完ですが、猛烈に萌えるのでUPします。
※和歌についてはフィーリング訳です。
***
(一)
小さい頃一緒に遊んだ幼なじみに久しぶりにお会いしたのだけれど…。夜通しお話したかったのに、彼女ったら沈む月と競い合うように慌ただしく帰ってしまわれた。
『めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月影』
(待ち侘びた満月だっていうのに、ちらりと見えて、またすぐに雲間に隠れてしまった。…もっと色々お話したかったのに。)
(二)
彼女はご家族と一緒に、赴任地へ引っ越されるのだそう。もう秋も終わる頃の明け方は、庭の虫の声もどこか弱々しく寂しげで。
『鳴きよはるまがきの虫もとめがたき秋のわかれや悲しかるらむ』
(垣根の虫たちが泣き疲れるほど惜しんでも、去ってゆく秋は止められない。私たちも同じね…。)
(三)
「箏の琴をしばらく貸してくれないか」とかなんとか言ってきた人が、「そちらへ取りに伺うよ」なんて言って寄越したのでそのお返事に、
『露しげき蓬が中の虫の音をおぼろげにてや人のたづねん』
(どなたの手も着いていないおぼこがどんな娘か、興味がそそられたのかしら。あわよくば…なんて考えていらっしゃるならお生憎様。)
(四)
方違えのために我が家に泊まったあの人が、昨夜は姉上にも粉を掛けていたらしい。ちょっとカチンと来たから、あの人が帰る早朝、朝顔の花に添えてこんな歌を送ってやった。
「おぼつかなそれかあらぬか明け暗れの空おぼれする朝顔の花」
(あっちにもこっちにも粉を掛けていたんですってね…いったいどういうおつもりなのかしら。知らん顔して帰ろうだなんてイヤな人!)
(五)
筆跡を見て、私からの歌とわかったみたい。あの人ったら、こんな歌を返してきた。
「いづれぞと色分くほどに朝顔のあるかなきかになるぞわびしき」
(夜が明けて、ようやく貴方こそ私の想い人だとわかりましたのに。朝顔の花が見る影もなく萎んでしまうように、私たちもこれっきりになってしまうなんて辛すぎる…いずれ、きっと。)
(五)
家族と一緒に任地の筑紫へ行く友達から、
「西の海思ひやりつつ月みればただに流かるる頃にもあるかな」
(筑紫はどんなところかしら…と考えながら月を見上げたら、貴方のお顔が浮かびました。そうしたら何だかぐっと不安と寂しさが込み上げてきて、ただただ泣き暮れていますのよ。)
(七)
彼女へのお返事に、
「西へゆく月のたよりに玉章の書き絶えめやは雲の通ひ路」
(月は西へと去ってしまっても、私たち同じ空の下で繋がっているわ。あちらから手紙を書いて、必ず返すから。遠く離れても、ずっと友達だからね。)
(八)
遠くへ行こうか、行かずにおこうか思い悩んでいる人が、山里でもみじをひと枝手折って届けてきた。そのもみじの枝に添えられた歌。
「露ふかくをく山里のもみぢばに通へる袖の色をば見せばや」
(君に見せたくて、深山のもみじを手折ってきたよ。涙に濡れて紅く染まったこの袖を、君と離れ離れになってしまうと嘆く私の心を、どうか汲んでおくれ。)
(九)
その方へのお返事に、
「嵐吹くとを山里のもみじばは露もとまらんことのかたさよ」
(嵐吹き荒れる奥山のもみじですもの、露を置く間もありませんよ。……離れてしまえば、アナタだってすぐに別の方にお心を移してしまわれるんだわ。)
(一〇)
またその方からのお返事。
「もみぢばをさそふ嵐ははやけれど木の下ならでゆく心かは」
(早々に赴任せよとせっつかれていたけれど…良かった。君の心を知れたから、安心して行けるよ。)
(一一)
あれこれ思い悩んで、落ち込んでいると手紙をくれた人が送ってきた返事に…霜月のこと、
「霜氷閉ぢたるころの水くきはえもかきやらぬ心ちのみして」
(このまま終わりたくないって思うのに、冷たく心を閉ざしたあの人へ何て声を掛けたらいいかわからないの…。もう頭がぐちゃぐちゃよ…。)
(一二)
彼女へのお返事に。
「ゆかずともなをかきつめよ霜氷水の上にて思ひながさん」
(拙い言葉でも、とにかく貴方の想いを伝え続けることが大事よ。今は会ってくれなくても、きっと凍った心も溶けるはずよ。)
(一三)
賀茂社へ詣でた日は「ほととぎすでも鳴いてくれないかしら」と思うような素敵な夜明けだった。片岡社の社叢の木ずえがため息が出るような美しさで、
「ほととぎす声待つほどは片岡の杜のしづくに立ちや濡れまし」
(こんな素敵な夜明けですもの。ほととぎすの声を待ちながら、片岡の杜で朝露に濡れるのだって悪くないじゃない?)
(一四)
弥生の一日、春の祓えの儀式のために河原へ出たのだけれど。すぐ傍の車に陰陽博士ぶって紙冠を被った坊主がいて…あぁ、もう本当にイヤ。
「祓戸の神の飾りの御幣にうたてもまがふ耳はさみかな」
(儀式の祭壇かと思わず二度見しちゃったわ!陰陽博士でもないのにやたらゴテゴテと飾り立てた紙冠なんか被って、それも耳にかけたりなんかして…なんって下品なのかしら!)
(一五)
姉上が亡くなった頃、妹君を亡くした方と偶然お会いして「お互いを亡くなった姉上、妹君と思って、ホントの姉妹みたいに仲良くしましょう」とお話しした。以来、お互いを姉上、中の君と呼びあって文のやり取りをしていたのだけれど、私自身が親と一緒に遠くに引越すことになってしまった。『姉上』と離れ離れになってしまう…抱えきれない辛さを親友にこぼしたのだった。
「北へ行く雁のつばさことづけよ雲の上がき書き絶へずして」
(北へ帰る雁よ、ねぇ、雲の上を渡って伝えて。またお手紙しますって、私たちの縁が薄雲のように掻き消えてしまわないように。)
(一六)
西の海へ行った親友からのお返事に、
「行きめぐり誰も都にかへる山いつはたと聞くほどのはるけさ」
(越前へ行くあなたも、西海の私も、いつかは都に帰るのだろうけれど。あなたがあんまり寂しがるから私も会いたくなっちゃった。いつになったら都に帰れるのかしら…。)
(一七)
津の国というところから届いた手紙に、
「難波潟群れたる鳥のもろともに立ち居るものと思はましかば」
(難波潟に群れ居る水鳥の中にあなたがいたらいいのに、なんて……あぁ、会いたいなぁ…。)
その歌へのお返事は……(二行空白)
(一八)
筑紫の肥前というところから送られた文を、都から遥々離れた遠いところで受け取った。そのお返事に、
「あひ見むと思ふ心は松浦なる鏡の神や空に見るらむ」
(お会いたいと待ち侘びる心を、きっと松浦の鏡明神様もご覧になっていらっしゃいるのですわ。こうして貴方からの文を読んでいますと、鏡を見るように待ち人の姿が浮かんできますもの…。)
(一九)
お返事は年が明けてから来た。
「行きめぐり逢ふを松浦の鏡には誰をかけつつ祈るとか知る」
(君も私と同じ気持ちなんだね、良かった…逢いたくて堪らないよ。)
(二〇)
近江の湖、三尾が崎というところで漁民たちが網を引くのを見て、
「三尾の海に網引民の手間もなく立ち居につけても都恋しも」
(あぁ、都が恋しい…琵琶湖で漁民が網引くように、私の心も都へ都へと後ろ髪引かれているのよ。)
(二一)
また磯の浜に鶴が忙しく鳴く声を聞き、
「磯がくれおなじ心に鶴ぞ鳴くなに思ひ出づる人や誰ぞも」
(夕暮れの磯辺に鳴く鶴は、何を思って泣いているのかしら。隠れて泣いている私同じように、誰かを想って泣いているのかしら。)
(二二)
空が翳り、雲の中にごろごろと雷が閃いて、夕立が来そうな頃に、
「かき曇り夕立つ浪の荒ければ浮きたる舟ぞ静心なき」
(驟雨に閉ざされ、波も高ければ、あの舟に乗る人の心も穏やかではないでしょうね…我が家の行く末も、どうなるのかしら。落ち着かないわ、こんなの…。)
(二三)
塩津山という険しい山道を、粗末な着物の賎しい者たちが「あぁ、相変わらず険しいなぁ、この道は」と言っているのを聞いて、
「しりぬらむ往来に慣らす塩津山世に経る道はからきものぞと」
(通いなれた山道さえ険しいなんて、この人達は何にも知らないんだわ。世の中を渡るのは、塩の山よりもっと辛く険しい道なのよ。…なんてね。)
(二四)
琵琶湖の老津島(奥津島)を向こうに眺めて、童の浦という入江の美しさを何となく詠んだ歌。
「老津島島守る神や諌むらむ浪もさはがぬ童べの浦」
(老津島の神様がお諫めになるからかしら。波もお行儀よく静かな童の浦ですこと。)
(二五)
暦には『初雪が降る日』なんて書いてあるけれど、向こうに見える火野岳という山は真っ白で、もう随分雪が積もっているみたい。
「ここにかく日野の杉むら埋む雪小塩の松に今日やまがへる」
(日野岳の雪に埋もれたあの杉林が、都の小塩山の松林に見えてくるわ…都が恋しい。)
(二六)
私の歌に返して、
「小塩山松の葉上に今日やさは峯のうす雪花と見ゆらむ」
(小塩山の松の葉には、今ごろうっすら雪が降りて、峰に花が咲いたように見えるでしょうね。…えぇ、本当に。)
(二七)
積りに積もった邪魔な雪を、掻き捨てて積み上げた雪山に皆登って「ねぇ、ここへ登ってご覧なさいよ、凄い景色よ」なんて言うものだから、
「ふるさとに帰る山路のそれならば心やゆくとゆきも見てまし」
(…えー…私はいいですー…。都へ帰る山路なら喜んで登りますけれどぉ…。)
(二八)
年が明けて、ある人から「例の漂着した唐人が越前で保護されているんだって。見物に行こうよ。」と誘ってきた。その文の中で「…もうじき君のもとに春が来るよって、どうしても伝えたくて」なんて浮かれた言葉が書いてあるものだから、
「春なれど白嶺の雪のいや積り解くべきほどのいつとなきかな」
(春が来る?こちらは春は名のみの白嶺ですわ。越前の山々に積もるあの雪が溶ける日なんて来るのかしら。)
なんて空とぼけて書いてやった。浮かれポンチの誰かさんなんて全然好きじゃないし!
(二九)
近江の守のご令嬢に言い寄っていると噂の人が、「私の大切な人は君だけだよ」なんて何度も言ってくるものだから鬱陶しくて、
「水うみに友呼ぶ千鳥ことならば八十の湊に声絶えなせそ」
(琵琶湖の浜に友を呼ぶ千鳥なら可愛いものだけど、逢えない間にあちこち夜這う浮気な鳥なんて鬱陶しいだけだわ。呼ばいすぎて声枯れしなきゃいいけど!)
(三〇)
海人が浜で塩焼く姿を描いた絵を、歌を書き付けた樵り積んだ投げ木(薪)に添えて返してた。
「四方の海に塩焼く海人の心からやくとはかるるなげきをや積む」
(男の方はそういうものだとわかっていながら、女はその方のお傍で心を焦がし嘆きを積み上げるのよ、やっぱり好きになんかなるんじゃなかったわ。)
(三一)
あの人ったら、文に朱というものをとぼとぼと落として「つれない君の言葉に血の涙が…」なんて書いて寄越した。まったくひとを馬鹿にして…その返事に、
「紅の涙ぞいとどうとまるる移る心の色に見ゆれば」
(紅の涙なんて見たくもないわ。あなたの心変わりを見せつけられるみたいじゃない。)
と書いた。だってこの人、他に妻がいる人だもの。私に飽きたのじゃないかって…。
(三二)
信じられない!あの人、他人に私からの手紙を見せたりあげたりしていたらしい。「あなたに送った文、全部集めて送ってこなきゃ返事は書きません!」と敢えて文は書かずに、使用人に言付けさせてやった。相手は「あぁ、わかった。全部返すよ。」と私の非礼には酷く腹を立てていたようだけれど…それは正月十日ばかりのこと。
「閉ぢたりし上の薄氷解けながらさは絶えねとや山の下水」
(ようやく君も心を開き始めたと思ったんだけどなぁ…。それでも冷たい言葉の下には、私への想いを感じているよ。)
(三三)
…なんて宥められて、すかされて。すっかり暗くなった頃にあの人は手紙を持ってきた。
「東風に解くるばかりを底見ゆる岩間の水は絶えば絶えなむ」
(温かい春風が凍みついた氷を溶かしても、元から私たちの愛なんて細々としたものだったのよ。もうこれっきりになるなら、それまでだわ。)
(三四)
「…わかったでしょ。今は何もお話したくありません。」と腹を立てて言うと、あの人はくすくすと笑ってこう返してきた。
「言ひ絶えばさこそは絶えめ何かそのみはらの池をつつみしもせむ」
(…何の話しもしなければ、それこそこれっきりになってしまうよ。…何にそんなに怒っているんだい。思っていることを隠さずみんな言ってごらんよ。)
(三五)
床に入って夜半にまた、
「猛からぬ人かずなみはわきかへりみはらの池に立てどかひなし」
(いくら腹を立ててみても、結局嫌いになれずにあなたを許してしまうんだわ……そういうところがキライなのよ。)
(三六)
瓶に挿して飾っていた桜の枝があっという間に散ってしまったので、桃の花を見て
「をりて見ば近まさりせよ桃の花思ひぐまなき桜おしまじ」
(こうして手折ってみれば、桃の花だって桜の花に勝るとも劣らない美しさじゃない。すぐ散ってしまう薄情な桜なんて惜しむものですか。…世の中に素敵な殿方なんて沢山いらっしゃるんだから、あなたも心変わりするならどうぞご勝手に。)
(三七)
あの人はこんな歌を返してきた。
「ももといふ、名もあるものを時のまに散る桜にも思ひおとさじ」
(百年もの長い人生を毎年彩ってくれるのだから、あっという間に散る桜だって悪くはないだろう?…私は毎年君と一緒に桜を眺めたいよ。)
※続きます。
※未完ですが、猛烈に萌えるのでUPします。
※和歌についてはフィーリング訳です。
***
(一)
小さい頃一緒に遊んだ幼なじみに久しぶりにお会いしたのだけれど…。夜通しお話したかったのに、彼女ったら沈む月と競い合うように慌ただしく帰ってしまわれた。
『めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月影』
(待ち侘びた満月だっていうのに、ちらりと見えて、またすぐに雲間に隠れてしまった。…もっと色々お話したかったのに。)
(二)
彼女はご家族と一緒に、赴任地へ引っ越されるのだそう。もう秋も終わる頃の明け方は、庭の虫の声もどこか弱々しく寂しげで。
『鳴きよはるまがきの虫もとめがたき秋のわかれや悲しかるらむ』
(垣根の虫たちが泣き疲れるほど惜しんでも、去ってゆく秋は止められない。私たちも同じね…。)
(三)
「箏の琴をしばらく貸してくれないか」とかなんとか言ってきた人が、「そちらへ取りに伺うよ」なんて言って寄越したのでそのお返事に、
『露しげき蓬が中の虫の音をおぼろげにてや人のたづねん』
(どなたの手も着いていないおぼこがどんな娘か、興味がそそられたのかしら。あわよくば…なんて考えていらっしゃるならお生憎様。)
(四)
方違えのために我が家に泊まったあの人が、昨夜は姉上にも粉を掛けていたらしい。ちょっとカチンと来たから、あの人が帰る早朝、朝顔の花に添えてこんな歌を送ってやった。
「おぼつかなそれかあらぬか明け暗れの空おぼれする朝顔の花」
(あっちにもこっちにも粉を掛けていたんですってね…いったいどういうおつもりなのかしら。知らん顔して帰ろうだなんてイヤな人!)
(五)
筆跡を見て、私からの歌とわかったみたい。あの人ったら、こんな歌を返してきた。
「いづれぞと色分くほどに朝顔のあるかなきかになるぞわびしき」
(夜が明けて、ようやく貴方こそ私の想い人だとわかりましたのに。朝顔の花が見る影もなく萎んでしまうように、私たちもこれっきりになってしまうなんて辛すぎる…いずれ、きっと。)
(五)
家族と一緒に任地の筑紫へ行く友達から、
「西の海思ひやりつつ月みればただに流かるる頃にもあるかな」
(筑紫はどんなところかしら…と考えながら月を見上げたら、貴方のお顔が浮かびました。そうしたら何だかぐっと不安と寂しさが込み上げてきて、ただただ泣き暮れていますのよ。)
(七)
彼女へのお返事に、
「西へゆく月のたよりに玉章の書き絶えめやは雲の通ひ路」
(月は西へと去ってしまっても、私たち同じ空の下で繋がっているわ。あちらから手紙を書いて、必ず返すから。遠く離れても、ずっと友達だからね。)
(八)
遠くへ行こうか、行かずにおこうか思い悩んでいる人が、山里でもみじをひと枝手折って届けてきた。そのもみじの枝に添えられた歌。
「露ふかくをく山里のもみぢばに通へる袖の色をば見せばや」
(君に見せたくて、深山のもみじを手折ってきたよ。涙に濡れて紅く染まったこの袖を、君と離れ離れになってしまうと嘆く私の心を、どうか汲んでおくれ。)
(九)
その方へのお返事に、
「嵐吹くとを山里のもみじばは露もとまらんことのかたさよ」
(嵐吹き荒れる奥山のもみじですもの、露を置く間もありませんよ。……離れてしまえば、アナタだってすぐに別の方にお心を移してしまわれるんだわ。)
(一〇)
またその方からのお返事。
「もみぢばをさそふ嵐ははやけれど木の下ならでゆく心かは」
(早々に赴任せよとせっつかれていたけれど…良かった。君の心を知れたから、安心して行けるよ。)
(一一)
あれこれ思い悩んで、落ち込んでいると手紙をくれた人が送ってきた返事に…霜月のこと、
「霜氷閉ぢたるころの水くきはえもかきやらぬ心ちのみして」
(このまま終わりたくないって思うのに、冷たく心を閉ざしたあの人へ何て声を掛けたらいいかわからないの…。もう頭がぐちゃぐちゃよ…。)
(一二)
彼女へのお返事に。
「ゆかずともなをかきつめよ霜氷水の上にて思ひながさん」
(拙い言葉でも、とにかく貴方の想いを伝え続けることが大事よ。今は会ってくれなくても、きっと凍った心も溶けるはずよ。)
(一三)
賀茂社へ詣でた日は「ほととぎすでも鳴いてくれないかしら」と思うような素敵な夜明けだった。片岡社の社叢の木ずえがため息が出るような美しさで、
「ほととぎす声待つほどは片岡の杜のしづくに立ちや濡れまし」
(こんな素敵な夜明けですもの。ほととぎすの声を待ちながら、片岡の杜で朝露に濡れるのだって悪くないじゃない?)
(一四)
弥生の一日、春の祓えの儀式のために河原へ出たのだけれど。すぐ傍の車に陰陽博士ぶって紙冠を被った坊主がいて…あぁ、もう本当にイヤ。
「祓戸の神の飾りの御幣にうたてもまがふ耳はさみかな」
(儀式の祭壇かと思わず二度見しちゃったわ!陰陽博士でもないのにやたらゴテゴテと飾り立てた紙冠なんか被って、それも耳にかけたりなんかして…なんって下品なのかしら!)
(一五)
姉上が亡くなった頃、妹君を亡くした方と偶然お会いして「お互いを亡くなった姉上、妹君と思って、ホントの姉妹みたいに仲良くしましょう」とお話しした。以来、お互いを姉上、中の君と呼びあって文のやり取りをしていたのだけれど、私自身が親と一緒に遠くに引越すことになってしまった。『姉上』と離れ離れになってしまう…抱えきれない辛さを親友にこぼしたのだった。
「北へ行く雁のつばさことづけよ雲の上がき書き絶へずして」
(北へ帰る雁よ、ねぇ、雲の上を渡って伝えて。またお手紙しますって、私たちの縁が薄雲のように掻き消えてしまわないように。)
(一六)
西の海へ行った親友からのお返事に、
「行きめぐり誰も都にかへる山いつはたと聞くほどのはるけさ」
(越前へ行くあなたも、西海の私も、いつかは都に帰るのだろうけれど。あなたがあんまり寂しがるから私も会いたくなっちゃった。いつになったら都に帰れるのかしら…。)
(一七)
津の国というところから届いた手紙に、
「難波潟群れたる鳥のもろともに立ち居るものと思はましかば」
(難波潟に群れ居る水鳥の中にあなたがいたらいいのに、なんて……あぁ、会いたいなぁ…。)
その歌へのお返事は……(二行空白)
(一八)
筑紫の肥前というところから送られた文を、都から遥々離れた遠いところで受け取った。そのお返事に、
「あひ見むと思ふ心は松浦なる鏡の神や空に見るらむ」
(お会いたいと待ち侘びる心を、きっと松浦の鏡明神様もご覧になっていらっしゃいるのですわ。こうして貴方からの文を読んでいますと、鏡を見るように待ち人の姿が浮かんできますもの…。)
(一九)
お返事は年が明けてから来た。
「行きめぐり逢ふを松浦の鏡には誰をかけつつ祈るとか知る」
(君も私と同じ気持ちなんだね、良かった…逢いたくて堪らないよ。)
(二〇)
近江の湖、三尾が崎というところで漁民たちが網を引くのを見て、
「三尾の海に網引民の手間もなく立ち居につけても都恋しも」
(あぁ、都が恋しい…琵琶湖で漁民が網引くように、私の心も都へ都へと後ろ髪引かれているのよ。)
(二一)
また磯の浜に鶴が忙しく鳴く声を聞き、
「磯がくれおなじ心に鶴ぞ鳴くなに思ひ出づる人や誰ぞも」
(夕暮れの磯辺に鳴く鶴は、何を思って泣いているのかしら。隠れて泣いている私同じように、誰かを想って泣いているのかしら。)
(二二)
空が翳り、雲の中にごろごろと雷が閃いて、夕立が来そうな頃に、
「かき曇り夕立つ浪の荒ければ浮きたる舟ぞ静心なき」
(驟雨に閉ざされ、波も高ければ、あの舟に乗る人の心も穏やかではないでしょうね…我が家の行く末も、どうなるのかしら。落ち着かないわ、こんなの…。)
(二三)
塩津山という険しい山道を、粗末な着物の賎しい者たちが「あぁ、相変わらず険しいなぁ、この道は」と言っているのを聞いて、
「しりぬらむ往来に慣らす塩津山世に経る道はからきものぞと」
(通いなれた山道さえ険しいなんて、この人達は何にも知らないんだわ。世の中を渡るのは、塩の山よりもっと辛く険しい道なのよ。…なんてね。)
(二四)
琵琶湖の老津島(奥津島)を向こうに眺めて、童の浦という入江の美しさを何となく詠んだ歌。
「老津島島守る神や諌むらむ浪もさはがぬ童べの浦」
(老津島の神様がお諫めになるからかしら。波もお行儀よく静かな童の浦ですこと。)
(二五)
暦には『初雪が降る日』なんて書いてあるけれど、向こうに見える火野岳という山は真っ白で、もう随分雪が積もっているみたい。
「ここにかく日野の杉むら埋む雪小塩の松に今日やまがへる」
(日野岳の雪に埋もれたあの杉林が、都の小塩山の松林に見えてくるわ…都が恋しい。)
(二六)
私の歌に返して、
「小塩山松の葉上に今日やさは峯のうす雪花と見ゆらむ」
(小塩山の松の葉には、今ごろうっすら雪が降りて、峰に花が咲いたように見えるでしょうね。…えぇ、本当に。)
(二七)
積りに積もった邪魔な雪を、掻き捨てて積み上げた雪山に皆登って「ねぇ、ここへ登ってご覧なさいよ、凄い景色よ」なんて言うものだから、
「ふるさとに帰る山路のそれならば心やゆくとゆきも見てまし」
(…えー…私はいいですー…。都へ帰る山路なら喜んで登りますけれどぉ…。)
(二八)
年が明けて、ある人から「例の漂着した唐人が越前で保護されているんだって。見物に行こうよ。」と誘ってきた。その文の中で「…もうじき君のもとに春が来るよって、どうしても伝えたくて」なんて浮かれた言葉が書いてあるものだから、
「春なれど白嶺の雪のいや積り解くべきほどのいつとなきかな」
(春が来る?こちらは春は名のみの白嶺ですわ。越前の山々に積もるあの雪が溶ける日なんて来るのかしら。)
なんて空とぼけて書いてやった。浮かれポンチの誰かさんなんて全然好きじゃないし!
(二九)
近江の守のご令嬢に言い寄っていると噂の人が、「私の大切な人は君だけだよ」なんて何度も言ってくるものだから鬱陶しくて、
「水うみに友呼ぶ千鳥ことならば八十の湊に声絶えなせそ」
(琵琶湖の浜に友を呼ぶ千鳥なら可愛いものだけど、逢えない間にあちこち夜這う浮気な鳥なんて鬱陶しいだけだわ。呼ばいすぎて声枯れしなきゃいいけど!)
(三〇)
海人が浜で塩焼く姿を描いた絵を、歌を書き付けた樵り積んだ投げ木(薪)に添えて返してた。
「四方の海に塩焼く海人の心からやくとはかるるなげきをや積む」
(男の方はそういうものだとわかっていながら、女はその方のお傍で心を焦がし嘆きを積み上げるのよ、やっぱり好きになんかなるんじゃなかったわ。)
(三一)
あの人ったら、文に朱というものをとぼとぼと落として「つれない君の言葉に血の涙が…」なんて書いて寄越した。まったくひとを馬鹿にして…その返事に、
「紅の涙ぞいとどうとまるる移る心の色に見ゆれば」
(紅の涙なんて見たくもないわ。あなたの心変わりを見せつけられるみたいじゃない。)
と書いた。だってこの人、他に妻がいる人だもの。私に飽きたのじゃないかって…。
(三二)
信じられない!あの人、他人に私からの手紙を見せたりあげたりしていたらしい。「あなたに送った文、全部集めて送ってこなきゃ返事は書きません!」と敢えて文は書かずに、使用人に言付けさせてやった。相手は「あぁ、わかった。全部返すよ。」と私の非礼には酷く腹を立てていたようだけれど…それは正月十日ばかりのこと。
「閉ぢたりし上の薄氷解けながらさは絶えねとや山の下水」
(ようやく君も心を開き始めたと思ったんだけどなぁ…。それでも冷たい言葉の下には、私への想いを感じているよ。)
(三三)
…なんて宥められて、すかされて。すっかり暗くなった頃にあの人は手紙を持ってきた。
「東風に解くるばかりを底見ゆる岩間の水は絶えば絶えなむ」
(温かい春風が凍みついた氷を溶かしても、元から私たちの愛なんて細々としたものだったのよ。もうこれっきりになるなら、それまでだわ。)
(三四)
「…わかったでしょ。今は何もお話したくありません。」と腹を立てて言うと、あの人はくすくすと笑ってこう返してきた。
「言ひ絶えばさこそは絶えめ何かそのみはらの池をつつみしもせむ」
(…何の話しもしなければ、それこそこれっきりになってしまうよ。…何にそんなに怒っているんだい。思っていることを隠さずみんな言ってごらんよ。)
(三五)
床に入って夜半にまた、
「猛からぬ人かずなみはわきかへりみはらの池に立てどかひなし」
(いくら腹を立ててみても、結局嫌いになれずにあなたを許してしまうんだわ……そういうところがキライなのよ。)
(三六)
瓶に挿して飾っていた桜の枝があっという間に散ってしまったので、桃の花を見て
「をりて見ば近まさりせよ桃の花思ひぐまなき桜おしまじ」
(こうして手折ってみれば、桃の花だって桜の花に勝るとも劣らない美しさじゃない。すぐ散ってしまう薄情な桜なんて惜しむものですか。…世の中に素敵な殿方なんて沢山いらっしゃるんだから、あなたも心変わりするならどうぞご勝手に。)
(三七)
あの人はこんな歌を返してきた。
「ももといふ、名もあるものを時のまに散る桜にも思ひおとさじ」
(百年もの長い人生を毎年彩ってくれるのだから、あっという間に散る桜だって悪くはないだろう?…私は毎年君と一緒に桜を眺めたいよ。)
※続きます。
