【中外抄】足の生えた蛇
公開 2024/02/01 22:44
最終更新 -
久安四年閏六月四日。
忠実様より、
「鎮西より献上された毛亀を鳥羽院の御目にかけるのは、確かに明日で良いのだな?本当に毛亀は願望が叶うという瑞兆なのか。」
そう私にお尋ねになりました。私は「乱世に瑞兆が現れるのは、天からの吉事ありという報せ。逆に聖代に現れる怪異は、天よりの叱責でございます。その理に従って善政を布く時、吉事は必ず叶い、怪異は鳴りを潜めましょう。最近の例で言えば、白河院の御時にこんなことがございました。院の乳母殿…藤原顕季殿の母御が、髪を下ろしてよりお住いになっていた白川堂に足の生えた蛇が出たと言います。我が父、師遠が院より『足の生えた蛇はいったい何を意味するのか』と尋ねられ、『それは女子にとって吉兆でございます。また本朝奇令の先例には、最も良い吉兆であると記されています。』とお答えしました。ご存知のように、今では顕季殿の孫が皇后様におなりです。吉兆が現実のものとなったのです。」
と私が申しますと「では音人の例は如何か。」と忠実様が仰せになりました。
「子供の頃にムカデのように足の生えた蛇を見たそうです。私の子供たちは[ 欠損 ]と言っておりました。」
私がそうお答えすると忠実様は目を輝かせ、
「なんと、それは面白い。私は子供の頃、蛇の足を見たことがあるのだ。花山院の寝殿の東面南端には日除けの庇があるのだがな、朝の掃除の時に蛇がいたので片付けようとしたのだろう。庇のあたりを使用人が蛇を木にかけて持って行ったのを見たのだが、その蛇に足が生えていたのだよ。ぞろりとムカデのようにな。しかし周りにいた者たちに言うと、そんなものは見えなかったというのだ。屋敷に戻って父上に申し上げたが、父上は信じてはくださらなかった。『そのようなものは惚けた者の目にしか見えぬ』とな…だが音人も同じものを見たのだな。いやぁ、面白い、面白い。私は齢七十にもなり、関白、摂政、准三宮、子孫繁昌…あの足の生えた蛇はそれらの吉兆だったのやもしれぬ。では夢で足の生えた蛇を見たというのも吉兆だろうか、如何か。」
そう仰せになったので、私が
「そうですね…パッと思い当たりませんが。ただ彗星の夢のような凶夢を見た時は、より一層慎むものです。吉祥を夢に見たならば、必ずや吉事がありましょう。」
そうお伝えすると、忠実様は「以前、故右大臣・藤原顕季殿に例の足の生えた蛇の話をしたところ、『私も夢に足の生えた蛇を見たことがあるのですよ。こんなことがあるのですね。』と話していたのだ。」などとお話されていたのでした。

***
※音人…大江氏の先祖
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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