【江談抄】融大臣の霊、寛平法皇の御腰を抱く事
公開 2024/02/01 22:32
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※江談抄 第三「雑事」より
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資仲卿がこんなことを言っていたよ。
「寛平法皇…宇多法皇が京極の御息所…藤原褒子様と同車して河原院に渡御なさり、かの有名な塩竈を模した庭をご覧になった時のことだ。その夜は車の畳を下ろして御座とし、河原院でお休みになったのだがね。御息所と肌を合わせていると、御寝所の塗籠の戸が開いて何者かが中へ入って来たのだそうだ。法皇様が誰何するとその者は、
『私は源融でございます。御息所様を私に賜りたいのです。』と言うのだ。
法皇様が『お前は私が帝の位に在った頃、臣下であったではないか。私はお前の主上であるぞ。何故そのような無礼を申すのか。下がれ、彼岸に帰らぬか。』
そのように法皇様が仰ると、融大臣の霊はそろそろそろ…と滑るように近づいてきて『どうか…どうかお願いでございます…』と法皇様の御腰に縋り着いたのだそうだ。するとあまりのことに御息所様は顔色を失ってお倒れになってしまったそうでな。声をかけても揺すっても反応がない…辛うじて息はあるが、まるで死にかけているような有様だ。法皇様は「誰か」と供奉の者たちを呼んだが、この時みな中門の外に控えていて気づかず。すぐ外にいた牛童がひとりだけ顔を出したので、この童を召して供奉の者たちを呼び寄せ、車をさし寄せて御息所様をたすけだしたのだそうだ。
御息所様の顔は紙のように真っ白で、自力で立つことも出来なかったらしい。法皇様もそのまま一緒に車に乗って御所に戻られ、浄蔵大法師をお召になって加持をさせたのだそうだ。御息所様は加持によってやっと少し生気を取り戻したとか。
法皇様は前世の行いによって日本国王になられた御方であるから、退かれたと言えど矢張り神々の守護が篤いのだろう。融大臣の霊を塗籠の中へ閉じ込めてしまったようだよ。戸の外側に刀傷が残っていたそうだ。その傷跡は法皇を守護する神々が融大臣を追い込んだ跡だよ。」…とね。またある人は、「法皇様は簾の中におましになり、融大臣の霊は庇の欄干の傍に参ったのだ。」…とも言っていたね。
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資仲卿がこんなことを言っていたよ。
「寛平法皇…宇多法皇が京極の御息所…藤原褒子様と同車して河原院に渡御なさり、かの有名な塩竈を模した庭をご覧になった時のことだ。その夜は車の畳を下ろして御座とし、河原院でお休みになったのだがね。御息所と肌を合わせていると、御寝所の塗籠の戸が開いて何者かが中へ入って来たのだそうだ。法皇様が誰何するとその者は、
『私は源融でございます。御息所様を私に賜りたいのです。』と言うのだ。
法皇様が『お前は私が帝の位に在った頃、臣下であったではないか。私はお前の主上であるぞ。何故そのような無礼を申すのか。下がれ、彼岸に帰らぬか。』
そのように法皇様が仰ると、融大臣の霊はそろそろそろ…と滑るように近づいてきて『どうか…どうかお願いでございます…』と法皇様の御腰に縋り着いたのだそうだ。するとあまりのことに御息所様は顔色を失ってお倒れになってしまったそうでな。声をかけても揺すっても反応がない…辛うじて息はあるが、まるで死にかけているような有様だ。法皇様は「誰か」と供奉の者たちを呼んだが、この時みな中門の外に控えていて気づかず。すぐ外にいた牛童がひとりだけ顔を出したので、この童を召して供奉の者たちを呼び寄せ、車をさし寄せて御息所様をたすけだしたのだそうだ。
御息所様の顔は紙のように真っ白で、自力で立つことも出来なかったらしい。法皇様もそのまま一緒に車に乗って御所に戻られ、浄蔵大法師をお召になって加持をさせたのだそうだ。御息所様は加持によってやっと少し生気を取り戻したとか。
法皇様は前世の行いによって日本国王になられた御方であるから、退かれたと言えど矢張り神々の守護が篤いのだろう。融大臣の霊を塗籠の中へ閉じ込めてしまったようだよ。戸の外側に刀傷が残っていたそうだ。その傷跡は法皇を守護する神々が融大臣を追い込んだ跡だよ。」…とね。またある人は、「法皇様は簾の中におましになり、融大臣の霊は庇の欄干の傍に参ったのだ。」…とも言っていたね。
