【今昔物語集】冷泉院の東洞院の僧都殿の霊の語
公開 2024/01/31 18:25
最終更新 -
むかしむかし、冷泉小路よりは南、東洞院よりは東の角に、僧都殿と呼ばれる屋敷があった。ところがこの屋敷は悪い噂が絶えず、人の居着かないところであった。
その冷泉小路よりまっすぐ北…僧都殿の向かいに、左大弁であり参議でもある源扶義という人の屋敷があった。その人の舅は讃岐守・源是輔という人である。彼らの屋敷からは僧都殿の庭が見えるが、そこで毎晩奇妙なものが見えるのだという。僧都殿の西北の庭には大きな榎の木が植えられているが、黄昏時になると火の気のない寝殿から赤い単衣がすぅ…と滑るように飛び出し、榎の木へ登るように梢へ消えるのだと。
讃岐守殿の家の者は皆この奇妙な現象を恐れて誰も僧都殿にはちかよらなかったが、あるときこれを見た宿直の兵が「あんなもの、俺が射落としてやんのによ」と言い出した。これを聞いた他の警備の者共は「いやいや、無理だろう」と呆れたが、かえって兵の男も意地になったのだろう。出来る、出来ないと言い争ううち「そんなに言うならやってみろ」「おうとも、必ず射てやるよ」と売り言葉に買い言葉。夕暮れ方、男はひとり僧都殿へと乗り込んだ。
南面の簀子にそっと乗り上げ、赤い単衣の出現を待つ。やがて山の端に日が落ち、辺りも薄暗くなる頃。東の方、まばらに生えた竹林の中からあの赤い単衣がすぅー…っと滑るように飛び出した。
(出た…!)
男は雁股の矢を弓に番え、限界まで引き絞り…放った。
「…よしッ……え、…?」
矢は見事に単衣の真ん中を貫いたが、しかし単衣は止まることなく飛びすさび、矢が突き刺さったまま榎の梢へ登っていった。畜生、確かに当たったのにと単衣を追って走り寄ると、先ほど射抜いたあたりの地面には夥しい血の跡が残されていた。
讃岐守殿の屋敷に戻り、言い争った連中に事の次第を語って聞かせると、彼らは青ざめた顔を見合せ震え上がった。怯える面々を見回して「捕えられなかったのは残念だ」と得意げな様子であったが……翌朝、男は眠ったまま冷たくなっていたという。
その時言い争った連中も、彼らから顛末を聞いた人々も「つまらないことをして死んだものだ…」と彼の浅慮に呆れ、嗤ったのだという。人命に勝るものはないというのに、無闇に自分を大きく見せようとして死んだのだ。まったくくだらないことだと、このような話が語り伝えられている。

***
雁股…先がU字に開いた鏃
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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