【今昔物語集】東の小女、狗と咋い合ひて互いに死ぬる語
公開 2024/01/31 18:25
最終更新 -
むかしむかしのことである。東国のとある郡に、十二・三歳ばかりの娘がいた。この娘はある人の屋敷に使える女童であったが、どういう訳か隣の家の白い犬と大層いがみ合っていた。犬は娘を見かけると歯を剥いて吠えかかり、敵とばかりに食いつこうとする。すると娘の方も眦を釣り上げて、棒を振り上げて犬を打ち殺そうとする。犬と娘の尋常ではない殺意の応酬を、周囲の人々はいつも怪訝な顔で遠巻きに見つめていた。
さてある時のこと、娘が病を得て寝込んだ。恐らく流行病だろう。日に日に病は重くなり、娘は虚ろな目で横たわってようやく息をするような有様である。もうこれ以上ここに置いておく訳には…。主人は娘を余所へやろうと支度をしていると、察したらしい娘が振り絞るように「…お願いでございます。」と声を漏らした。
「…旦那様…お願いでございます。私を人里離れたところへお捨てになれば…私はきっとあの犬に食い殺されてしまいます…。…こんな体になる前でさえ…人の目のあるところでさえ…私を見るや、あれはしゃにむに襲いかかって来るのですから。ましてや人もいないところへ、こんな窶れた私が転がっていたらきっとあの犬に食い殺されるでしょう…。」
どうか…どうかあの犬の知らない場所へ捨ててください…。娘の目には悔しげな涙が浮かんでいた。
「…なるほど、お前の言う通りだ。」
主人は筵や食べ物などを用意して、娘を荷車に載せて犬に見つからないよう密かに運び出した。屋敷から遠く遠く離れた場所へ娘を降ろすと、犬が来るのではと不安がる娘へ「毎日一度か二度は必ず誰か様子を見に行かせるから」と言い聞かせて帰って行った。
さて、翌日。主人が隣の家を覗くと、犬は庭で呑気に昼寝をしている。
(よかった…まだ娘が居なくなったことに気づいていないな。)
しかしホッとしたのも束の間。翌日、この犬の姿がどこにも見当たらない。もしやと思い、例の女童を置いてきたところへ別の使用人を遣ると…。
「…うわぁ!」
遣いに出された使用人は、その異様な有様に思わず腰を抜かした。
筵から引き摺り出された娘の下顎に、ちぎれそうなほど牙を食い込ませて白い犬が転がってる。しかし娘もまた犬の白い毛が血で染まるほど、鼻っ面に歯を突き立てて倒れていた。それはまるで血塗れの口吸いのように、犬と娘は互いに食い合い事切れていたのである。
真っ青な顔で駆け戻ってきた使用人が報告すると、娘の主人も犬の飼い主も共に遺体のある場所へ行き、この惨状を見て声も出ぬほど驚き、無惨な結末を哀れんだ。
「なるほどねぇ…あの犬と娘にゃ前世からの宿業があったのだろうさ…。」と当時の人々は眉を顰めたと伝わっている。
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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