北越雪譜 初編巻之中『狐火』
公開 2024/01/29 18:40
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唐代の随筆『酉陽雑俎』に「狐、髑髏を戴き、北斗を拝して尾を撃ちて火を出す。」とあるが、かの国はそうでも、私が実際に見たものはそうではない。それは次のような次第である。
狐は寒気を恐れる生き物ゆえに、雪深い我が里では冬には滅多に姿を現さない。狐が姿を現すのは、春になり雪が止む頃。雪に埋もれて食べ物がないため、飢えた狐が夜中に人家に近づき、人間の食べ物を盗み食うのである。…全く忌々しいことだが。里の人々はこのことをよく知っている為、狐に盗まれないようにと知恵を絞って対策を立てるのだが僅かな間にやられてしまう。どのような妖術を用いたのか、まったく奇々怪々としか言いようがない。時として狐は、来たのか来なかったのかさえわからない、鼠のように気配すらないことがある。狐が人を惑わせる話は我が国でも中国でも山ほどあるから今更言うまでもないが…敢えて言わせてもらおう。
例によって冬の間、雪に埋もれた家の中は暗い。明かりをとるため、私はよく二階の窓辺で書き物をしている。あるとき故・亀田鵬斎先生から菓子を一折頂いた。その夜寝ようとした時に(ドロボウ狐が来るかも知れぬ…)と思い、頂いた菓子折りを麻縄でぎゅっと縛って天井の高いところへ釣り下げた。「こうしておけば、いかに狐といえども妖術を使えまい」と自負して横になったのだが…。さて翌朝見てみると、釣り下げた縄はあるがその先にあったはずの菓子折が消えている。ではどこにと言えば憎たらしいことに、まるで人の手で置いたかのように私の文机の上に置かれていた。開いて見れば包み紙もそのままに菓子だけ全て食い尽くされていた。どうやったらこんな奇妙なことが出来るのか、本当に不思議である。
狐というものは、ある時は猫の声を作って猫を誘い出して犯し、そのうえ食らう。また老いた狐は女を化かして犯すものもある。犯された女は必ず髪を振り乱して狂乱し、かと思うとその場にバッタリ倒れて寝入ったようになってしまう。いったい何があってそうなったのか尋ねても、誰一人として理由を語る女はいない。誰も彼も、何があった全くわからないと言うのである。知らないなんてことはないだろうが、身に起こった事を恥じて言わないのだろう。
さてまた狐はよく氷を聴くと酉陽雑俎にあるが、これは我が国でも中国でも同じである。今でも諏訪では狐が湖水の氷を渡り始めたのを見て、ようやく人間が氷に足を着けるのである。一方で狐が火を出す話は色々あるがどれも信じ難い。私が実際に目にしたのはこうである。ある深夜のこと、例の二階の窓の隙間に火が揺らめくようにチラチラと明るくなるのである。不思議に思って窓の隙間からそっと覗くと、狐が堀揚の上におり、口から火を出して…よく見ると吐く息が燃えていた。口の少し上で燃える様は、前に書いた「寒火」のようである。興味深かったのでしばらく覗いていたのだが、狐は火を出す時と出さない時があった。狐の腹中の気に感応して、火が出たり出なかったりするのだろうから当然である。木内石亭が『雲根志』で狐の玉が光ると言っているが、狐火は玉が光るのとは全く違うのである。狐の玉というものの光り方と、私たちが見る狐火の光り方とは別物なのだろう。
***
※初編 巻之上「雪蟄」に、「雪が盛んに降る時は、家は雪に埋もれて雪と屋根が同じほどの高さになり、家の中は夜のように暗くなる。雪が止んだら雪を掘って僅かに小窓を開いて明かりを云々」とある。
※掘揚(ほりあげ)…空き地に積み上げた除雪した雪山。
※寒火…初編 巻之上「雪中の火」に、地下には水脈と同じように火脈というものがあり、この火脈から噴出する気体に人間日用の陽火(人が日々使う囲炉裏の火など?)を加えると火が出るとある。天然ガスが何かで引火して雪中でも燃えている状況ではないかと。
狐は寒気を恐れる生き物ゆえに、雪深い我が里では冬には滅多に姿を現さない。狐が姿を現すのは、春になり雪が止む頃。雪に埋もれて食べ物がないため、飢えた狐が夜中に人家に近づき、人間の食べ物を盗み食うのである。…全く忌々しいことだが。里の人々はこのことをよく知っている為、狐に盗まれないようにと知恵を絞って対策を立てるのだが僅かな間にやられてしまう。どのような妖術を用いたのか、まったく奇々怪々としか言いようがない。時として狐は、来たのか来なかったのかさえわからない、鼠のように気配すらないことがある。狐が人を惑わせる話は我が国でも中国でも山ほどあるから今更言うまでもないが…敢えて言わせてもらおう。
例によって冬の間、雪に埋もれた家の中は暗い。明かりをとるため、私はよく二階の窓辺で書き物をしている。あるとき故・亀田鵬斎先生から菓子を一折頂いた。その夜寝ようとした時に(ドロボウ狐が来るかも知れぬ…)と思い、頂いた菓子折りを麻縄でぎゅっと縛って天井の高いところへ釣り下げた。「こうしておけば、いかに狐といえども妖術を使えまい」と自負して横になったのだが…。さて翌朝見てみると、釣り下げた縄はあるがその先にあったはずの菓子折が消えている。ではどこにと言えば憎たらしいことに、まるで人の手で置いたかのように私の文机の上に置かれていた。開いて見れば包み紙もそのままに菓子だけ全て食い尽くされていた。どうやったらこんな奇妙なことが出来るのか、本当に不思議である。
狐というものは、ある時は猫の声を作って猫を誘い出して犯し、そのうえ食らう。また老いた狐は女を化かして犯すものもある。犯された女は必ず髪を振り乱して狂乱し、かと思うとその場にバッタリ倒れて寝入ったようになってしまう。いったい何があってそうなったのか尋ねても、誰一人として理由を語る女はいない。誰も彼も、何があった全くわからないと言うのである。知らないなんてことはないだろうが、身に起こった事を恥じて言わないのだろう。
さてまた狐はよく氷を聴くと酉陽雑俎にあるが、これは我が国でも中国でも同じである。今でも諏訪では狐が湖水の氷を渡り始めたのを見て、ようやく人間が氷に足を着けるのである。一方で狐が火を出す話は色々あるがどれも信じ難い。私が実際に目にしたのはこうである。ある深夜のこと、例の二階の窓の隙間に火が揺らめくようにチラチラと明るくなるのである。不思議に思って窓の隙間からそっと覗くと、狐が堀揚の上におり、口から火を出して…よく見ると吐く息が燃えていた。口の少し上で燃える様は、前に書いた「寒火」のようである。興味深かったのでしばらく覗いていたのだが、狐は火を出す時と出さない時があった。狐の腹中の気に感応して、火が出たり出なかったりするのだろうから当然である。木内石亭が『雲根志』で狐の玉が光ると言っているが、狐火は玉が光るのとは全く違うのである。狐の玉というものの光り方と、私たちが見る狐火の光り方とは別物なのだろう。
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※初編 巻之上「雪蟄」に、「雪が盛んに降る時は、家は雪に埋もれて雪と屋根が同じほどの高さになり、家の中は夜のように暗くなる。雪が止んだら雪を掘って僅かに小窓を開いて明かりを云々」とある。
※掘揚(ほりあげ)…空き地に積み上げた除雪した雪山。
※寒火…初編 巻之上「雪中の火」に、地下には水脈と同じように火脈というものがあり、この火脈から噴出する気体に人間日用の陽火(人が日々使う囲炉裏の火など?)を加えると火が出るとある。天然ガスが何かで引火して雪中でも燃えている状況ではないかと。
