【北越雪譜】竜燈(二編 巻之二)
公開 2024/01/29 18:34
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「筑紫の不知火」は古くから多くの歌に詠まれ、その名は広く世間に知られたものである。不知火の燃える様は橘南谿の西遊記に『不知火を見た』とその詳細を書いている。その不知火というものも、所謂『竜燈』…海中の龍神が灯した燈…の類であろう。我が国の蒲原郡に鎧潟…里の言葉で湖を潟と呼ぶ…という東西一里半ほど、南北に一里ほどの湖があった。毎年二月の午の日の夜、酉の下刻から丑の刻頃まで水上に沢山の燃える火が現れるというので、里の人々はこれを『鎧潟の万燈』と呼び見物に集まる人も多かった。実際に見た私の友人の言葉を聞くに、かの西遊記に記された筑紫の不知火とまったく同じ現象である。近年では干拓が進み湖は新しい田んぼとなったため湖中の万燈も今は人家の億燈に変わったが。
また我が国には八海山という山がある。その嶺に八つの池があることから八海山と名付けられた。山頂には八海大明神の社があり、八月朔日の縁日に社を目指して登る人も多い。この夜に限って竜燈が現れるというが、それがどこから現れるのか見た人は誰もいない。
およそ竜燈というものが現れるのは、春、夏、秋である。諸国にある専門書に書かれた記述を見るに、いずれも同じように海から出で、同様に山からも下る。毎年同じ日同じ刻限に限り起こるというのは大変に不思議である。
竜燈は竜神から神仏への供物というのが一般的な説であるが、ひとつ貴重な竜燈の話がある。竜燈とはいかなるものか…その一端が垣間見える話であるため、しばし記して好事家の茶飲み話にして頂こう。
我が国頸城郡米山の麓にある医王山米山寺は和銅年中の創草である。山の頂きに薬師堂があり、山中は女人禁制の山である。この米山の腰を米山峠と言い、越後北海の駅路であるためこの辺りには古跡が多く残る。先年私がその古跡を調べようと下越後に旅した際に、新道村の村長・飯塚知義からこんな話を聞いた。
ある年の夏の頃、雨乞いのため知義殿は村の男共を従えて米山に登った。薬師堂へ参詣し山篭りする人の為に御鉢というところに小屋が二つ建っており、その小屋へ一泊したという。折しもこの六月十二日という日は、この御鉢というところへ竜燈が上がる夜である。思いがけず竜燈が見られるぞ、と一同が声を潜めて待っていると酉の刻頃だろうか、どこからともなく竜燈が集まってきた。大きなものは手毬ほど、小さいものは鶏の卵ほどである。大小ともに彼らがいる御鉢という辺りにくるとどこに行くでもなく、ゆるやかに飛び、あるいはすーっと走るように飛び、それら一つ一つに意思があり各々好きに遊ぶように飛んいる。その光は蛍の光に似ていた。強く光ったり、弱く光ったりしながら留まることなくふわふわと飛び回り、それは沢山で数え切れないほどであったという。
新道村の一行は初めから小屋の入り口を閉じ、息を潜めて覗いていたからここにヒトがいるとも思わないようで、大小の竜燈が二つ三つ小屋の前七、八間先まで近寄ってきた。光に目を凝らして透かし見るに、光の中には鳥のような形のものがおり、光は彼の喉の下あたりから放っているように見える。もっと近くに寄ってきたら形もしっかり見届けようと思ったが、光はそれ以上近寄ってこず、ゆるやかに飛び回っていた。
この夜は元々山中で一泊する予定だったので用心のために連れの者には鉄砲を持ってこさせていたのだが、何を思ったか特に若い手練の鉄砲上手が光に向かって鉄砲を構えたので連れの年寄りは「おい、待て」と彼を押しとどめた。なんて畏れ多いことを。この竜燈は竜神から薬師如来へ捧げた燈明なるぞ。罰当たりめ!と…しかし却って叱る声に驚いたようで、竜燈は遥か遠くに飛び去ってしまったのだと知義殿は語っていた。


※筑紫の不知火…肥前や肥後の海に夏に現れたという無数の火。地元では竜神の灯明(竜灯)とも言われている。また筑紫にかかる枕詞。
※蒲原郡の鎧潟…新潟県立文書館ホームページの「越後佐渡ヒストリア」25話『鎧潟・貝喰谷地など蒲原の地に新田開発を熱望した第3のグループ』を参照。
※ 橘南谿(たちばな なんけい)の西遊記…本名・宮川春暉が寛政年間に出版した、西日本の不思議な話を集めた本。
※酉の下刻…酉の刻は午後五時から午後七時時。下刻は七時頃
※丑の刻…午前一時から三時頃
※医王山米山寺…新潟県上越市柿崎区米山寺
※七、八間…一間が約一.八二メートル。約十三から十四メートル。
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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