【宇治拾遺】日蔵上人、吉野山にて鬼に逢ふ事。
公開 2024/01/01 12:16
最終更新
2024/01/29 17:38
むかし吉野山に住まう日蔵という僧がいた。この僧が吉野の山奥を歩き回り修行をしていた折、背丈が七尺ほどもある鬼と出くわした。紺青の肌に、髪は火のように赤く、首は細く殊に肋骨などは浮き出るほどガリガリに痩せているのに、腹だけがぼってりと膨れて、その下から細い足が覗いている。恐ろしい姿の鬼はしかし、日蔵を見るやガックリと手をついて大声を上げて泣き出した。
「…鬼よ、お前はいったい何者だ。」
日蔵が尋ねると、鬼は涙に咽びながらこう言った。
「…私は四、五百年も昔の人間でございます。ある人に怨みを残して死んだ為に、このような鬼になりました。そして思うまま敵の男を取り殺し、この子も取り殺し、その孫、曾孫に玄孫に至るまでみな殺し尽くし、殺す相手はいなくなりました。そうなれば今度は、取り殺した者共が生まれ変わった先まで追いかけて殺してやろうと思っていたのですが…奴らが生まれ変わった先がわからないのでございます。これでは取り殺すことは出来ません…あぁ、それなのに…!」
鬼は悲痛な声を上げた。
「…敵の子孫はみな絶えたというのに、私の怨嗟の炎は燃え続けているのです。私ひとり怒り怨みの業火に焼かれ焦がれ、どうにもならない苦しみを受け続けているのです!……こんな心を起こさなければ、極楽天上に生まれ変わることも出来たでしょうに…。怨みに飲まれてこんな浅ましい姿に身を堕とし、果てしない苦しみを受けている…それがどうしようもなく悲しいのです。人を怨んで死んだはずが、その怨みが自分に返ってきたのです。…敵の子孫は絶えました。しかし私の命に果てはありません。こんなことになると知っていたら…怨みを残して死ぬようなことはしなかったのに…。」
鬼はぼたぼたと涙を流しながら、胸を絞るように吐露した。そうして咽び泣いているうちに、鬼の頭の上にゆらゆらと。陽炎はやがて炎となり、恥じるように鬼は山の奥へと入っていった。
(…あれが、あやつの裡に巣食う怨みの炎か…。)
日蔵は鬼を哀れに思い、彼の罪が少しでも軽くなるよう様々な行をしてやったという。
***
※七尺…二メートル
「…鬼よ、お前はいったい何者だ。」
日蔵が尋ねると、鬼は涙に咽びながらこう言った。
「…私は四、五百年も昔の人間でございます。ある人に怨みを残して死んだ為に、このような鬼になりました。そして思うまま敵の男を取り殺し、この子も取り殺し、その孫、曾孫に玄孫に至るまでみな殺し尽くし、殺す相手はいなくなりました。そうなれば今度は、取り殺した者共が生まれ変わった先まで追いかけて殺してやろうと思っていたのですが…奴らが生まれ変わった先がわからないのでございます。これでは取り殺すことは出来ません…あぁ、それなのに…!」
鬼は悲痛な声を上げた。
「…敵の子孫はみな絶えたというのに、私の怨嗟の炎は燃え続けているのです。私ひとり怒り怨みの業火に焼かれ焦がれ、どうにもならない苦しみを受け続けているのです!……こんな心を起こさなければ、極楽天上に生まれ変わることも出来たでしょうに…。怨みに飲まれてこんな浅ましい姿に身を堕とし、果てしない苦しみを受けている…それがどうしようもなく悲しいのです。人を怨んで死んだはずが、その怨みが自分に返ってきたのです。…敵の子孫は絶えました。しかし私の命に果てはありません。こんなことになると知っていたら…怨みを残して死ぬようなことはしなかったのに…。」
鬼はぼたぼたと涙を流しながら、胸を絞るように吐露した。そうして咽び泣いているうちに、鬼の頭の上にゆらゆらと。陽炎はやがて炎となり、恥じるように鬼は山の奥へと入っていった。
(…あれが、あやつの裡に巣食う怨みの炎か…。)
日蔵は鬼を哀れに思い、彼の罪が少しでも軽くなるよう様々な行をしてやったという。
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※七尺…二メートル
