【宇治拾遺】小槻当平の事。
公開 2024/01/01 12:15
最終更新
2024/01/29 17:38
むかしむかし、主計頭の小槻当平殿という人がいた。その息子は算博士・茂助殿といい、茂助殿の子に主計頭・忠臣殿、孫に淡路守大夫史・泰親殿がいる。もし当平殿が生きていたら高貴な身分になっただろうに、どうしてかそうならなかったようである。
この人が出世したなら主計頭、主税頭、主税頭の助、大夫史と進み、他の者では彼と張り合うことなど出来なかっただろう。代々受け継がれてきた職に加え、学才に優れ、よく気がつき目鼻の利く人である。身分は六位と低いが、上役からの覚えめでたく、周囲からの評判も次第に高まっていけば「アイツさえいなければ」と思う人は少なからず現れるもの。
あるとき陰陽師に占わせると『妬み嫉みを募らせた者に命を狙われている』と神託があった。いったいどうすれば…と重ねて陰陽師に尋ねると、陰陽師はさらさらと幾つかの日を紙に書いて寄越し「これらの日は、普段の物忌みよりも重く慎むように。決して家の外に出てはいけません。」と告げた。
陰陽師の忠告通り、厳重に門戸を閉ざした物忌みの日。当平殿を亡き者にしようと彼の政敵が陰陽師の元を訪れていた。呪詛を行う陰陽師は「物忌みしているなら、それは慎まなければならない日…呪いを受けやすい日ということです。」とニヤリと笑った。
「…物忌みに呪詛をぶつければ、必ずや験が現れましょう。ですから私を彼の屋敷へお連れください。屋敷に行って、彼を呼び出すのです。物忌みであればよもや門は開けないでしょうが、声だけでも聞こえれば必ずや呪詛の効果が現れます。」
政敵の男は、さっそく陰陽師を連れて当平殿の屋敷へ向かった。
「もし…もし!」
どんどんどん、どんどんどん。男が屋敷の門を激しく叩くと、中から下男が出てきて「誰だい、門を叩くのは」とうるさそうに言う。
「火急の用事で参りました!ずいぶん厳重に物忌みされているようだが、ほんの少しだけで宜しいのです。開けてくだされ、大事のことなのです!」
と男が尤もらしく言う。下男は一旦屋敷に戻り「かくかくしかじかで」と当平殿に取り次ぐが、
「物忌み中だというのに非常識な…人情というものがないのか。お通しするなど以ての外だ。早々にお帰り願え。」
当然ながら言う。下男はまた門へ戻って「これこれこうで」と当平殿の意向を伝えると、
「でしたら門を開けずとも結構です。遣戸からお顔を見せてください、ここから直接申し上げます!」
と男は声を張り上げた。
当平殿はこの時死する運命だったのだろう。「いったい何事だ。」と遣戸から顔を出してしまった。物陰に潜んでいた陰陽師はその声を聞き、顔を見て、出来うる限りの呪詛を掛けた。
「…なんです?」
「あ、いや…」
『とても大切な用事を申し上げたい』と言ったものの、用事は特に考えていなかったので「…えぇと、これから田舎へ参りますので、そのご挨拶を申し上げようと参上いたしました。用は済みましたので…どうぞ、お入りください。」としどろもどろに答えた。
「…大した用事でもないのに、わざわざ人を呼び出して…訳のわからないお人だな。……っ…、…!」
不機嫌そうに呟いて遣戸を閉めた直後。当平殿は頭を押さえてへたりこみ、それから三日ほどで死んでしまったという。
そのようなことがあるので、物忌みには大声を出したり、人に会ってはいけない。呪詛をする者は、そうした隙に付け込んで呪詛をかけるのだから恐ろしいことである。さてその呪いを依頼した人も、当平殿が亡くなって間もなく禍いに遭って亡くなったとか…「罰が当たったんだろうさ。呪詛なんかするからだよ」とある人は語ったという。
この人が出世したなら主計頭、主税頭、主税頭の助、大夫史と進み、他の者では彼と張り合うことなど出来なかっただろう。代々受け継がれてきた職に加え、学才に優れ、よく気がつき目鼻の利く人である。身分は六位と低いが、上役からの覚えめでたく、周囲からの評判も次第に高まっていけば「アイツさえいなければ」と思う人は少なからず現れるもの。
あるとき陰陽師に占わせると『妬み嫉みを募らせた者に命を狙われている』と神託があった。いったいどうすれば…と重ねて陰陽師に尋ねると、陰陽師はさらさらと幾つかの日を紙に書いて寄越し「これらの日は、普段の物忌みよりも重く慎むように。決して家の外に出てはいけません。」と告げた。
陰陽師の忠告通り、厳重に門戸を閉ざした物忌みの日。当平殿を亡き者にしようと彼の政敵が陰陽師の元を訪れていた。呪詛を行う陰陽師は「物忌みしているなら、それは慎まなければならない日…呪いを受けやすい日ということです。」とニヤリと笑った。
「…物忌みに呪詛をぶつければ、必ずや験が現れましょう。ですから私を彼の屋敷へお連れください。屋敷に行って、彼を呼び出すのです。物忌みであればよもや門は開けないでしょうが、声だけでも聞こえれば必ずや呪詛の効果が現れます。」
政敵の男は、さっそく陰陽師を連れて当平殿の屋敷へ向かった。
「もし…もし!」
どんどんどん、どんどんどん。男が屋敷の門を激しく叩くと、中から下男が出てきて「誰だい、門を叩くのは」とうるさそうに言う。
「火急の用事で参りました!ずいぶん厳重に物忌みされているようだが、ほんの少しだけで宜しいのです。開けてくだされ、大事のことなのです!」
と男が尤もらしく言う。下男は一旦屋敷に戻り「かくかくしかじかで」と当平殿に取り次ぐが、
「物忌み中だというのに非常識な…人情というものがないのか。お通しするなど以ての外だ。早々にお帰り願え。」
当然ながら言う。下男はまた門へ戻って「これこれこうで」と当平殿の意向を伝えると、
「でしたら門を開けずとも結構です。遣戸からお顔を見せてください、ここから直接申し上げます!」
と男は声を張り上げた。
当平殿はこの時死する運命だったのだろう。「いったい何事だ。」と遣戸から顔を出してしまった。物陰に潜んでいた陰陽師はその声を聞き、顔を見て、出来うる限りの呪詛を掛けた。
「…なんです?」
「あ、いや…」
『とても大切な用事を申し上げたい』と言ったものの、用事は特に考えていなかったので「…えぇと、これから田舎へ参りますので、そのご挨拶を申し上げようと参上いたしました。用は済みましたので…どうぞ、お入りください。」としどろもどろに答えた。
「…大した用事でもないのに、わざわざ人を呼び出して…訳のわからないお人だな。……っ…、…!」
不機嫌そうに呟いて遣戸を閉めた直後。当平殿は頭を押さえてへたりこみ、それから三日ほどで死んでしまったという。
そのようなことがあるので、物忌みには大声を出したり、人に会ってはいけない。呪詛をする者は、そうした隙に付け込んで呪詛をかけるのだから恐ろしいことである。さてその呪いを依頼した人も、当平殿が亡くなって間もなく禍いに遭って亡くなったとか…「罰が当たったんだろうさ。呪詛なんかするからだよ」とある人は語ったという。
