【宇治拾遺】絵仏師良秀、家の焼くるを見て悦ぶ事。
公開 2024/01/01 12:10
最終更新 2024/01/29 17:39
むかしむかしのことである。絵仏師の良秀という者がいた。
ある夜半、隣の家から火の手が上がった。しかもその夜は折悪く強風が吹いていて、風に煽られた火が良秀宅へと覆い被さるように迫ってきた。焦げ臭いにおいで目を覚ました良秀は大路へ飛び出したが、依頼された仏画も、裸で寝ている妻も子も未だ家の中に取り残されている。だと言うのに良秀は逃げ出した格好のまま、家の前にじっと立っているのである。見れば火は既に我が家に燃え移り、ゆらゆらと煙が立ち、火がくすぶりはじめしていた。
「……。」
それでも良秀は動かない。家の屋根を、壁を炎が舐めて行くのをじっと見つめているのである。おおい、火事だ!火事だ!と、そのうち異常に気付いた近くの家々からわらわらと人々が飛び出してきた。
「おいアンタ、どうしたんだい?」
「……。」
立ち尽くす良秀に飛び出してきたひとりが声をかけるが、良秀は振り向きもしない。それどころか、
「あぁ、ありがてぇ…果報とはこのことだ!…それにしてもこれまで描いてきた絵なんぞは、まるでなっちゃいないなぁ…」
そう言ってうんうん何度も頷き、時には満足げに笑ってさえいる。これには心配して声を掛けた者もギョッと身を引いた。
「いったい何を考えてるんだ。燃えてるのは自分の家だろうに…どうしてこんなところで突っ立ってるんだい、まさかイカレちまったのか…?」
気味悪げな男の言葉に、爛々と目を輝かせて良秀は笑った。
「馬鹿を言うなよ、イカレてなんかいるもんか。俺は長年、下手くそな迦楼羅炎ばかり描いてきたが…ははは…なるほど、炎ってのはこうやって燃えるのだと今ならよくわかる。…これこそ仏様の思し召しだ。家だの家族だの、そんなものは構うものか。仏画の道を極めて名を上げれば、家の百や千建てるなんぞ訳もない。仏様をよぉく拝んでいたお陰で、俺はまたとない好機に恵まれたんだ。…そんなことよりアンタがたこそ、焼かれねぇうちにさっさと荷物をまとめて逃げた方がいいんじゃねぇか?俺と違って、アンタらは大した才能もないんだからなぁ!」
そう言って慌てふためく人々を嘲笑いながら、良秀は妻子も家財も焼き尽くす炎を食い入るように見つめていたという。
その後、良秀が描いた不動明王は『良秀のねじり不動』と呼ばれ、今に至っても「迦楼羅炎のうねりがまことに見事だ」と人々の賞賛を得ている。
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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