【北越雪譜】雪に坐頭を降らす。
公開 2023/12/31 09:49
最終更新 -
今日はお歳取りなので、鈴木牧之の北越雪譜からお歳取りのハッピーなお話を。
※現代ではあまり宜しくない表現が入ってますが、当時のままの表記で書いています。

***

北越雪譜より、「雪に坐頭を降らす。」

前にも言ったように越の国では雪の中で春を迎える。そのため年越しの日などは、どの家も念入りに雪を掘って明かりとりの窓から明かりを入れようとする。しかし掘った雪は年越しの忙しさにかまけて散らかしたままにしているため、雪道は堀揚の上を歩くようにデコボコと歩きにくくなっている。それが私、牧之が暮らす越の国の年末の風景である。
さてある年越しの夜。私が点者を務めた俳諧の巻物を懐に入れて、俳友の兎角子を伴って催主の家を訪ったときのこと。巻物を渡すと催主はお二人ともよくいらしたと喜んで、「今夜はめでたい夜ですから、どうぞ中でゆっくり話でも」と我々を座敷へ招き、亭主の妻や息子の嫁、娘など家族も交えて和やかなひとときを過ごした。さしつさされつ、あれこれ雑談をする中で主の妻が牧之に、
「江戸では年越しの夜は鬼が来るから厄祓いすると言って、面白い呪文を唱えながら物乞いすると聞きましたけれど。昔からそんな行事があるのでしょうか。鬼が来るなんて迷信も古い言い伝えでしょう?」
と問う。私が「それはご亭主が持っていらっしゃる『年浪草』に吾山があらましを書いておりますからご覧になるといい。」と言うと、酔った兎角子が横から巫山戯て口を挟んだ。
「鬼が来るのは迷信ですって?とんでもない!鬼は女性が集まっているところを好むと言いますよ。鬼が来るからこそ、年越しの豆まきを『鬼やらい』と言うんじゃありませんか。季よせにだって書いてある。」
母の傍らにいた十三になる娘が、おじさんは鬼を見たことがあるんですか?と兎角子に尋ねると、兎角子は「見たとも、見たとも」と頷いて、
「鬼にも色んなヤツがいるんだよ。青鬼赤鬼は君も知っての通りだが、色白の優しい顔をしたヤツを白鬼、黒くてでっぷり太ったヤツを黒鬼と言うんだ。私が江戸にいた時なんぞは、厄祓いの役が鬼を鷲掴んで西の海へぽーんと放り投げたのを見たこともあるよ。その時の鬼ァ黒かったなぁ。あんなに賑やかな江戸でさえ年越しの夜には鬼がフラフラしてるんだから、ここらの年越しなんぞはウジャウジャしてますよ。…今ごろあの明かり取りの窓から、こっちを覗いてんじゃないかなぁ…?」
などと尤もらしい顔で巫山戯て言うものだから、嫁殿も娘も「いやだわ、嘘ばっかり…」などと言いながら母上の左右に寄り付いて顔を強ばらせている。そんな折、皆が座っている後ろの高い明かり取りの窓から、
バリッ!ガラガラガラッ!
物凄い音を立てて、堀揚の雪と一緒に何者かが転がり落ちてきた。
家の女たちは一様に「きゃあっ!」と叫んでその場に伏せ、男たちはみな腰を浮かせて驚いた。使用人どももこの騒ぎに何だ何だと座敷に集まり、みな恐る恐る崩れた雪にまみれて転がり込んできた者を見ると…なんとそれはこの家で贔屓にしている福一という按摩取りの小座頭であった。
幸い怪我はなかったようで、イテテ…と言いつつ頭を摩り、腰を摩っている。肝を冷やした家の者も、その有り様になんだ福一じゃないかと笑いだしたので牧之も一緒に笑ってしまった。そんな和やかな雰囲気の中、使用人たちは落ちてきた雪を片付け、窓も簡単に繕うなどしていたが主の妻だけは怒りが治まらないようで、
「福一!お前ってやつは本当に…!この兎角殿が鬼の話をしていたところへお前が降って来たものだから、鬼が落ちてきたかとみんな肝を冷やしたのよ!おめでたい年越しの夜に盲が窓から降り込んで来るなんて、なんって忌々しい…えぇい、さっさと出ておゆき!」
と声を荒らげて叱りつけた。すると亭主が「そんなに叱るもんじゃないよ、お前」と間に入り、
「福一や、お前どうして窓から落っこちて来たんだい。どこか痛めたところはないか?」
と福一へ尋ねると、福一は満面の笑みで
「へぇ、痛めたところはどこもございません。今宵のおめでたをご亭主に申し上げようと家を這い出て参りましたが、何奴の仕業か堀揚の道が昨日と違ってえらくデコボコしていたもんですから、滑って転げてそのまんま、窓も打ち破ってこちらへ転がり落っこちたんです。悪戯でやったことじゃねぇんで…どうかお許しを。」
ぺこりぺこりと頭を下げる。しかし嫁も娘も口を揃えて「鬼かと思ったわ!すごく怖かったのよイヤな盲ね!」と腹を立ててキャンキャン喚き、亭主の取り成し虚しく妻の怒りも治まらないようで、
「そうですよ、しかもあの窓は今年の吉方にあるじゃないの!吉方の窓を破って目のないものが入ってきたなんて、返す返すも忌々しいことだわ!いいからさっさと帰りなさい!」
と大声で喚くのである。
さすがに気が咎めたのか、兎角が横から「…福一よ、今は帰って改めてもう一度来なさい。その間に私たちがよく謝っておくから…。」とそっと含めるが、聞いているのかいないのか。福一は項垂れてモゾモゾと手を揉んでいる。ややあって顔を上げた福一は、「兎角さん、歌を一首詠みますから書いてください。」と言う。福一は歳若であるが俳諧も戯れ歌も嗜む風流人であるから、亭主もこれはおもしろそうだと兎角に書かせた歌を福一に読ませてみた。その歌は、
『吉方から福一といふこめくらが入りてしりもちつくはめでたし』
と自身の小盲と米倉を、尻もちを餅と掛け、この珍事を見事めでたい吉事に歌い替えたのである。これには亭主も家の者もみんな笑いだし、「こりゃあめでたい」と手を叩いてやんやと喜び、再び盃を巡らせて祝ったのだった。
亭主は嫁に紋付の羽織を取ってこさせ、歌の褒美に福一にくれてやった。福一は羽織を膝に乗せて撫でさぐり「怪我の功名ですねぇ」と口を開けて笑い喜び、めでたいこの日にさっそく袖を通しましょうと羽織を着て撫でさぐり「どうです?似合ってます?」とポーズを取ってなお喜んだ。
この出来事が福を呼んだのだろう。この年この家の嫁は初産で男子をもうけ、その子はすくすく育ち、三つのときに罹った疱瘡も軽く済んで今は七つになる。福一はこのように機転の利く賢い男だったから、今は江戸に上って役人になったとも聞く。幾重にも『目』でたいことである。

***

※当時は雪が数メートル降り、家は二階ほどの高さまで埋まってしまう。そのため家の中は夜のように暗く、二階に明り取りの窓があった。人が歩く高さは、二階の窓あたり。
※ 掘揚(ほりあげ)…空き地に積み上げた除雪した雪山。
※点をしたる俳諧の巻…点取俳諧の巻物。参加者の俳句が書かれ、それに牧之が点数を付けた。
※季よせ…俳句の季語をまとめた書
古典と怪談が好きな茸です。タイッツーに生息。
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