【宇治拾遺】長門前司の女、葬送のとき本所に帰る事。
公開 2024/01/01 12:01
最終更新
2024/01/29 17:41
むかしむかし、長門の前司と呼ばれる方に二人の娘がいた。姉は夫を迎えて実家で暮らし、妹は若い頃に宮仕えをしていたが今は実家に戻って暮らしていた。妹には懇ろな人はいないが、時々通ってくる男がいたようである。屋敷は高辻室町あたりにあったが両親も亡くなり、跡を継いだ姉夫婦が奥に住まい、妹は西の対に住んでいた。男と逢うのはもっぱら南に面した妻戸口がある部屋だったという。
その妹が二十七、八の年に酷く患い、亡くなった。姉夫婦のいる奥は狭いからと妹の亡骸は例の妻戸口に寝かされていたが、そのまま置いておく訳にもいかない。姉が弔いの手配して鳥辺野へ運んで行ったが…さて。鳥辺野に着き、火葬の準備をと荷車から棺を降ろさんとした人夫は首を傾げた。
いやに棺が軽いのである。その上、少し蓋が開いている。
「…?……あっ!」
妙に思ってそっと蓋を開けてみると、いったいぜんたいどういう訳か納められていたはずの遺体がどこにも無いのである。
途中で道に落とすはずもないのにどうしてと得心がいかず、参列した親族も呆然としてしまった。火葬しようにも遺体がなくては…そうは言ってもどこかにある筈だと、参列した人々は慌てて引き返し「途中のどこかにあるのでは」と探したが当然道に落ちている訳もなく。納得いかぬまま家に帰った。
「……もしかして、」
思い立って西の対へ渡った姉は、ひっ…!と声を上げた。妹の遺体が、棺に納める前のように妻戸口に横たわっていたのである。
慌てて親族達を呼び寄せると、みな一様に驚き戦いた。きちんと納めたはずなのに、ひとりでにそこへ戻るとは。「いったいどうしたらこんなことに」と喧々諤々話し合いが行われたが結論が出ぬまま…もう夜も随分遅い。ひとまずそのまま寝かせておき、夜が明けてからもう一度遺体を棺に納め、今度は厳重に蓋を閉めて縄をかけ「宵の口には鳥辺野へ」と準備していたが…さて荷車に棺を載せようと西の対に行くと、また棺の蓋が細く開いている。
「……。」
親族たちは皆ゾッ…と顔を見合わせたが、確かめないわけにいかない。
「…近くに行って見てみよう。」
恐る恐る近づいて見ると、また遺体は棺から出て妻戸口に横たわっている。
「あんなに厳重に封をしたのにどうやって出たんだ…」
兎に角、遺体を棺に納めなければと抱えようとしたが、これがどうしたわけかビクともしない。脱力した体は重いと言っても、窶れた女の遺体である。抱えるだけならひとりで十分だったはずが、大勢の男が押しても引いても全く動かない。それはまるでしっかり根を張った大木を引っ張って動かそうとするような具合である。
「…ここに居たいと言ってるんだろう。」
親族の中でも一番の年長者がふと、そんなこと言うと遺体の傍に歩み寄り、
「ただここに居たいと思っておるのか。それならばそのまま、ここにお前さんを置いてやろう。しかしこのままでは、あんまり見苦しいからのう…。」
と言い、下男どもに妻戸口の敷板を壊させた。老爺が言う通り床下に遺体を降ろそうとすると、今度は易々と持ち上がり、すんなり床下に納まった。こうなっては致し方ない。その妻戸口の一間の板敷を取り除けて壊し、そこに遺体を埋めて高く土を持った塚に仕立てた。
とは言え屋敷の一角に遺体が埋まっているというのはどうにも気味悪いということで、結局姉の家族は他所へ引っ越してしまった。そうして無人のまま長い年月が過ぎるうち、屋敷は荒れて崩れ果て、塚だけが残った。
しかしどういう訳かこの塚の辺りには賎しい者どもさえ寄り付かず、あの辺りは気味の悪いことがあるんだと噂が立ち、新たに屋敷を建てようとする人もおらず。
高辻よりは北、室町よりは西の高辻表に六、七間ばかりの間は賎しい者共の粗末な家もなく、荒れ野にただ塚が一つ、高々とたっている。塚の上には誰が祀ったか祠が据えられ、それは今でもあるという。
その妹が二十七、八の年に酷く患い、亡くなった。姉夫婦のいる奥は狭いからと妹の亡骸は例の妻戸口に寝かされていたが、そのまま置いておく訳にもいかない。姉が弔いの手配して鳥辺野へ運んで行ったが…さて。鳥辺野に着き、火葬の準備をと荷車から棺を降ろさんとした人夫は首を傾げた。
いやに棺が軽いのである。その上、少し蓋が開いている。
「…?……あっ!」
妙に思ってそっと蓋を開けてみると、いったいぜんたいどういう訳か納められていたはずの遺体がどこにも無いのである。
途中で道に落とすはずもないのにどうしてと得心がいかず、参列した親族も呆然としてしまった。火葬しようにも遺体がなくては…そうは言ってもどこかにある筈だと、参列した人々は慌てて引き返し「途中のどこかにあるのでは」と探したが当然道に落ちている訳もなく。納得いかぬまま家に帰った。
「……もしかして、」
思い立って西の対へ渡った姉は、ひっ…!と声を上げた。妹の遺体が、棺に納める前のように妻戸口に横たわっていたのである。
慌てて親族達を呼び寄せると、みな一様に驚き戦いた。きちんと納めたはずなのに、ひとりでにそこへ戻るとは。「いったいどうしたらこんなことに」と喧々諤々話し合いが行われたが結論が出ぬまま…もう夜も随分遅い。ひとまずそのまま寝かせておき、夜が明けてからもう一度遺体を棺に納め、今度は厳重に蓋を閉めて縄をかけ「宵の口には鳥辺野へ」と準備していたが…さて荷車に棺を載せようと西の対に行くと、また棺の蓋が細く開いている。
「……。」
親族たちは皆ゾッ…と顔を見合わせたが、確かめないわけにいかない。
「…近くに行って見てみよう。」
恐る恐る近づいて見ると、また遺体は棺から出て妻戸口に横たわっている。
「あんなに厳重に封をしたのにどうやって出たんだ…」
兎に角、遺体を棺に納めなければと抱えようとしたが、これがどうしたわけかビクともしない。脱力した体は重いと言っても、窶れた女の遺体である。抱えるだけならひとりで十分だったはずが、大勢の男が押しても引いても全く動かない。それはまるでしっかり根を張った大木を引っ張って動かそうとするような具合である。
「…ここに居たいと言ってるんだろう。」
親族の中でも一番の年長者がふと、そんなこと言うと遺体の傍に歩み寄り、
「ただここに居たいと思っておるのか。それならばそのまま、ここにお前さんを置いてやろう。しかしこのままでは、あんまり見苦しいからのう…。」
と言い、下男どもに妻戸口の敷板を壊させた。老爺が言う通り床下に遺体を降ろそうとすると、今度は易々と持ち上がり、すんなり床下に納まった。こうなっては致し方ない。その妻戸口の一間の板敷を取り除けて壊し、そこに遺体を埋めて高く土を持った塚に仕立てた。
とは言え屋敷の一角に遺体が埋まっているというのはどうにも気味悪いということで、結局姉の家族は他所へ引っ越してしまった。そうして無人のまま長い年月が過ぎるうち、屋敷は荒れて崩れ果て、塚だけが残った。
しかしどういう訳かこの塚の辺りには賎しい者どもさえ寄り付かず、あの辺りは気味の悪いことがあるんだと噂が立ち、新たに屋敷を建てようとする人もおらず。
高辻よりは北、室町よりは西の高辻表に六、七間ばかりの間は賎しい者共の粗末な家もなく、荒れ野にただ塚が一つ、高々とたっている。塚の上には誰が祀ったか祠が据えられ、それは今でもあるという。
