【古今著聞集】仁和寺覚性法親王の寵童千手・三河の事。
公開 2023/11/30 06:21
最終更新
2024/05/24 17:38
※まいたけがいい加減に訳して脳内補完をいれたものです。
***
紫金台寺の御室…鳥羽院の皇子・覚性法親王には、千手という名の御寵童がいた。見目美しく心映えも優れた童で、お傍に侍らせては笛を吹かせ今様を歌わせ、御室は大変可愛がり、愛しておられたのだが。
そんな折、もうひとり三河という童が御室にお目見えした。三河が弾く箏の音も、歌も素晴らしく、御室の関心はすっかり三河に移ってしまった。あれほど寵を受けていた千手の輝きが些かくすんだように思われて、いたたまれなくなってか、千手は御室の御前を辞してそれきりしばらく姿を現さなかった。
ある日、紫金台寺にて盛大に酒宴が開かれ、みな管弦に歌にと様々な御遊びに興じていた。その座には甥にあたる御弟子の守覚法親王もおられ、「どうして千手はここにいないんだい?ここへ召して笛を吹かせて、今様でも歌わせましょうよ。」と仰せになる。すぐに千手へ遣いをやって召し出そうとしたが、千手は「いま体調が悪くで臥せっておりまして…」と出てこない。しかしそれではつまらぬと再三遣いをやれば、さすがに断りきれなかったようで。紗に模様を織り込んだ布地に、袖には茨の若枝に雀が留まる模様の刺繍をした水干を着て、足元へいくほど濃くなる紫色の袴を履いて千手は酒宴の席へ参上した。
ぱっと目が覚めるようか華いだ装いにも関わらず、美しいかんばせは思い詰めたように翳り塞ぎ込んでいる様子である。しかしちょうど御室の盃が止まった折であったので、列席の人々から御前で今様でも歌って御室を楽しませるよう言われ…千手は浮かぬ顔のまま御前へ進み出る。
『過去無数の諸仏にも、すてられたるをばいかがせむ。現在十方の浄土にも、往生すべき心なし。たとひ罪業おもくとも、引接し給へ弥陀仏』
(これまでのご寵愛を失って……僕はどうしたら良いのでしょう。居並ぶ皆様にお縋りしようとも思えません。たとえ罪深い僕だとしても、どうか阿弥陀様だけはお見捨てくださいますな…)
「諸仏に捨てられ」と歌うところなどは、何かを堪えるように声を詰まらせて。抱えきれない悲しみが滲み出るような千手の歌に、座の人々はみな目元を抑えている。やんやと盛り上がっていた宴は一転してしんみりと静まり返り、誰ともなく責めるような視線が集まれば御室もその場の空気に耐え兼ねたご様子で。すっくと立ち上がると、千手の腰を抱いてご寝所に入ってしまわれた。
座の人々は皆、御室の振る舞いに「さすが」と喜び安堵して、宴は大団円のうちにお開きになり夜明けを迎えた。
翌朝、目を覚ました御室は何気なく枕元に目をやると、重ねた紅の薄様を引き裂いたものが枕屏風に貼り付けてある。
『尋ぬべき君ならませば告げてまし入りぬる山の名をばそれとも』
(僕の行方を探してくれるような方であったなら、出家してどこの寺へ入山しますとお知らせいたしましたものを…)
さて、いったい誰がこのような歌を…とよくよく見てみれば、果たしてそれは三河の筆致であった。千手から三河へ、そしてまた千手へと。御室の移ろう花の心を目の当たりにして、そのような歌を残したのだろう。
さてその後、三河の行方を聞いて回ったもののとうとう行方は知れず。風の噂では、高野で法師になったとか…。
***
紫金台寺の御室…鳥羽院の皇子・覚性法親王には、千手という名の御寵童がいた。見目美しく心映えも優れた童で、お傍に侍らせては笛を吹かせ今様を歌わせ、御室は大変可愛がり、愛しておられたのだが。
そんな折、もうひとり三河という童が御室にお目見えした。三河が弾く箏の音も、歌も素晴らしく、御室の関心はすっかり三河に移ってしまった。あれほど寵を受けていた千手の輝きが些かくすんだように思われて、いたたまれなくなってか、千手は御室の御前を辞してそれきりしばらく姿を現さなかった。
ある日、紫金台寺にて盛大に酒宴が開かれ、みな管弦に歌にと様々な御遊びに興じていた。その座には甥にあたる御弟子の守覚法親王もおられ、「どうして千手はここにいないんだい?ここへ召して笛を吹かせて、今様でも歌わせましょうよ。」と仰せになる。すぐに千手へ遣いをやって召し出そうとしたが、千手は「いま体調が悪くで臥せっておりまして…」と出てこない。しかしそれではつまらぬと再三遣いをやれば、さすがに断りきれなかったようで。紗に模様を織り込んだ布地に、袖には茨の若枝に雀が留まる模様の刺繍をした水干を着て、足元へいくほど濃くなる紫色の袴を履いて千手は酒宴の席へ参上した。
ぱっと目が覚めるようか華いだ装いにも関わらず、美しいかんばせは思い詰めたように翳り塞ぎ込んでいる様子である。しかしちょうど御室の盃が止まった折であったので、列席の人々から御前で今様でも歌って御室を楽しませるよう言われ…千手は浮かぬ顔のまま御前へ進み出る。
『過去無数の諸仏にも、すてられたるをばいかがせむ。現在十方の浄土にも、往生すべき心なし。たとひ罪業おもくとも、引接し給へ弥陀仏』
(これまでのご寵愛を失って……僕はどうしたら良いのでしょう。居並ぶ皆様にお縋りしようとも思えません。たとえ罪深い僕だとしても、どうか阿弥陀様だけはお見捨てくださいますな…)
「諸仏に捨てられ」と歌うところなどは、何かを堪えるように声を詰まらせて。抱えきれない悲しみが滲み出るような千手の歌に、座の人々はみな目元を抑えている。やんやと盛り上がっていた宴は一転してしんみりと静まり返り、誰ともなく責めるような視線が集まれば御室もその場の空気に耐え兼ねたご様子で。すっくと立ち上がると、千手の腰を抱いてご寝所に入ってしまわれた。
座の人々は皆、御室の振る舞いに「さすが」と喜び安堵して、宴は大団円のうちにお開きになり夜明けを迎えた。
翌朝、目を覚ました御室は何気なく枕元に目をやると、重ねた紅の薄様を引き裂いたものが枕屏風に貼り付けてある。
『尋ぬべき君ならませば告げてまし入りぬる山の名をばそれとも』
(僕の行方を探してくれるような方であったなら、出家してどこの寺へ入山しますとお知らせいたしましたものを…)
さて、いったい誰がこのような歌を…とよくよく見てみれば、果たしてそれは三河の筆致であった。千手から三河へ、そしてまた千手へと。御室の移ろう花の心を目の当たりにして、そのような歌を残したのだろう。
さてその後、三河の行方を聞いて回ったもののとうとう行方は知れず。風の噂では、高野で法師になったとか…。
